次には「心を熱くして主に仕え」とある。心を熱くするとは、心を煮えたたせるの意である。原語 ζεω（ゼオー）は元來煮え立つ（英語 boil）を意味する語である。燃え上りわき立つごとき熱心をいうのである。愛のために煮えたつごとき熱心を起こすことを、パウロはここに望んだのである。キリスト信者というても、この種の人はあまり多くない。しかし、時にかかる人に会うことがある。その愛に煮え立てるありさま、あたかも母親が子の愛のために心を燃やしておるがごとくである。これ深くキリストの心を宿せる人の心の状態である。

　「心を熱くして主に仕え」と、一つの句のように譯してあるけれども、これは正確にいえば「心を熱くし、主に仕え」と、二句に譯すべきものである。何ゆえここに、兄弟に仕えよといわずして、主に仕えよというたのであるか。そは兄弟に仕うることがすなわち主に仕うることであるからである。いと小きき兄弟の一人になしたのは、すなわち主に對してなしたのである。（マタイ傳二十五章三十一節以下のうるわしき訓話を見よ）。主に仕えることは人を愛することである。われらは兄弟に仕えて、主に仕えるのである。ゆえにここに、主に仕えよとしるして、兄弟に仕えよとの意味を暗示したのである。

　ある原本には、「主に仕え」を「時に仕え」としてある。時に仕えよとは、時におのれを適應せしめよとの意である。すなわち場合場合に應じて、それぞれ適當に行動せよとの意である。これ兄弟に對する愛の實行の上においてはなはだ有益なる誡めであると思う。從つてマイヤー、ゴーデーのごとき一流の學者にして、前後關係に訴えて、この讀み方を採用する人がある。これ、たしかに捨てがたき讀み方であると思う。しかし、たいていの原本には、時とあらずして主とあるのである。

　次は第十二節である「望みて喜び、患難に耐え、祈りを常にし」という。ここに前節同樣、また三つの相連絡せる誡めがあるのである。希望をいだくがために喜び、患難に会しては忍耐をもつてこれに處し、すべてにおいて祈りを常にせよというのは、クリスチャンに對してきわめて適切の誡めであること、いうまでもない。ホフマン、この節を解きていう、「望むべき理由あらんか、われらをして喜ばしめよ。苦しむべき理由あらんか、われらをして忍耐せしめよ。祈りの戸、われらに向かつて開けんか、われらをして祈りをつづけしめよ」と。まことにそのとおりである。

　ことにこの節は、兄弟姉妹のうち罪におちいれる者ありし場合に、最もよく適用せらるる誡めである。かかる場合に、罪の人をさばき、卑しめ、遠ざけるは、大なるあやまちである。かくては彼は失望してついに滅びの道に走り去るに相違ない。かかる際にはまず望みて喜ばなくてはならぬ。すなわち彼が悔い改めて再び健全なる信仰の状態に立ち歸り、古き罪を洗い流されて、なお良き信仰に進み得る時のやがて來たるべきを望み喜ぶことがたいせつである。決して彼について失望すべきでない。かかる際に失望落膽は最大の禁物である。よろしく彼の前途について滿々たる希望をいだいて、まず喜ぶべきである。信者といえども、この危険にして誘惑多き世にあつては、測らずも罪におちゐることがある。かかる時、必ず用うべきは愛である。愛をもつて彼のためにおもんばかることである。パリサイ人の態度を學んで、彼をさばいてはならぬ。まず彼の復活すべき時あるを望みて、滿々たる希望の喜びをいだきて、彼のために計るべきである。しかして彼のために樣々の困難が起こるべきも、この「患難に堪え」ることを努めねばならぬ。波瀾の通過するまで、靜かに困難に堪えることを努めねばならぬ。またことに必要なるは「祈りを常にする事」である。祈りはすべての場合に必要であるが、かかる場合にはことに必要である。あやまちにおちいれる兄弟のために、また他のすべての兄弟姉妹のために、熱誠なる祈りが天に向かつてのぼらねばならぬ。以上の三つは、兄弟に對する愛の道として − ことに罪を犯せる兄弟のありし場合には − きわめてたいせつなることである。

　十三節に至つて、パウロの誡めはますます具体的になる。いわく「聖徒の乏しきをにぎわし、旅人をねんごろにせよ」と。「にぎわし」の原語 κοινωνεω（コイノーネオー）は、同情または援助をもつて自己を人に結びつけることを意味する語である。聖徒の窮乏に對して、同情と援助とをもつて、おのれを彼または彼らに結びつけよという�ﾍえである。これ實にキリスト信者間におけるうるわしき關係である。初代�ﾍ会の初めにおいて、�ﾍ会が一種の共産社会の姿を呈せしは、聖書の明記するところである。共産的なるといなとを問わず、兄弟姉妹の間において、餘れる者が足らざる者をにぎわすことは、愛の表現としてうるわしきことである。實にキリスト�ﾍ的愛があれば、兄弟の缺乏を互いに相補うということは、當然あるべきところのことである。

　近時は社会主義的の�拐~がしだいに勢力を得つつあるように思われる。これ、貧富の差別を打破し、すべての人餘れるもなく足らざるもなき社会を造り、もつて萬人一家族たらんとするをもつて理想とせる思想である。その實行せられ得べきかいかがは知らず。しかしながら、人類間に愛の缺けたる時において、形のみに愛をおこなわんとするはいかに。われら同一の主にある兄弟姉妹はまずわれらの間に愛の遺憾なき實現を計るべきである。その形はいずれにせよ、有無相通ずるの實を擧ぐるが愛の道である。今日の�ﾍ会が、信者間における愛の實現を計らずして、ただ世に向かつて社会政策を施すことに熱中しつつあるごときは、本末を轉倒せるのはなはだしきものである。�~を信ずる兄弟姉妹の問に愛の道がおこなわれずば、不信者の間にそれがおこなわるるはずがないのである。われらクリスチャンは、兄弟姉妹に對する愛の道として、何らかの形において互いに缺乏を補うの態度を取るべきである。

　「聖徒の乏しきをにぎわし」とあるが、聖徒といえば、初代�ﾍ会において信徒をさす語となつてゐる。しかしあるいはこの場合ことに�ﾍ師をさしたのであるかも知れない。いずれにせよ、�ﾍ師の缺乏を補うということは、信者として常に心がけねばならぬことである。眞正たる�ｉｹの�ﾍ師はおおむね窮乏に惱まさるるものである。パウロのごときはもちろんそうであつた。ルーテルも生涯の大部分は貧しくあつた。もとより�ｉｹの師はこの世の安樂致富を願つてはならぬ。窮乏はむしろその喜ぶところでなくてはならぬ。さりながら、信者にして師の缺乏を少しも念とせざるごときは、愛の缺乏の著しきものである。彼らに、その師を富ます必要はない。けれどもその缺乏を補うだけの心がけは常になくてはならぬ。

　「旅人をねんごろにせよ」とは、いわゆるホスピタリティー hospitality の�ﾍえである。すなわち見知らぬ人を客として、しんせつに待遇することをいうのである。原語 φιλοξενια（フィロクセニヤ）は、未知の人にしんせつなるを意味する語である。旅館のなき國、旅館のなき時代においては、民家に宿するよりほかに道なく、從つてホスピタリティーという美風が起こつたのである。わが國においても、蓮月尼（れんげつに）が

　　　宿かさぬ人のつらさを情にて

　　　おぼろ月夜の花の下ぶし

と詠じたるごときは、旅館なき處にての作として見て初めておもしろみがわかるのである。今日においても、アラビヤ、メキシコ、露領沿海洲等においては、旅館なくして、この美風を見ることができる。ことにアラビヤ人間においてこの美風の盛んなりしは、昔より名高きことである。しかして初代�ﾍ会の時代においては、甲地の信者が乙地に旅するや、そこの信者の家に客となりて、主人一家の歡待を受け、信仰と愛とを交換して、主客ともに大なる慰めを得たのである。實にうるわしき風習であつた。ゆえにパウロはキリスト�ﾍ的愛の表現の一つとして、ここにこれを數えたのである。なおペテロ前書四章九節、ヘブル書十三章十一節、テモテ前書五章十節、テトス書一章八節にも同樣なる�ﾍ訓がある。もつてこの事が初代�ﾍ会時代において、いかにうるわしき�ｺとして見られたるかを知るのである。わが國においても、明治の初め、キリスト�ﾍ会の初現時代には、かかるうるわしき事の多少おこなわれたことがあつた。しかし、たちまちこの美風は衰え去つたのである。歎ずべきことである。

　次は十四節である。「なんじらを害（そこな）う者を祝し、これを祝してのろうべからず」とある。九節より十六節まで、主として信者間の愛を説きつつあるに、その間にはさまる十四節が、ひとり敵に對する�ﾍえを説くはふしぎである。これはむしろ十七節以下の愛敵の中に加わるべきものであると思う。しかしながら、�ﾍ会の腐敗、信徒の信仰の堕落は、すでに當時においてきざしていたのであれば、同じ�ﾍ会員と稱する者の中にさえ、他の兄弟姉妹を毀謗（きぼう）し、讒害（ざんがい）し、陥穿（かんせい）する者があつたと思われる。ゆえに、なんじらを害う者を祝せよという誡めは、不幸にして對信者道�ｺの一部を形造ることとなつていたかも知れないのである。

　十五節は、これにつづいていう、「喜ぶ者と共に喜び、悲しむ者と共に悲しむべし」と。これ一見（いっけん）平凡なる�ﾍえなるがごとくして、實は深き�ﾍえである。またキリストの靈に浴さずしてはとうてい實行のできざる�ﾍえである。人の心は自然と人の悲しみに對しては同情する。人の不幸、災禍、哀苦を知りては、いかに冷淡なる人にても、少しは同情を感ずる。これ人間の天性である。ゆえに、クリスチャンとなつても、兄弟姉妹に對して同情（英語 sympathy すなわち悲しみを共にすること）を感ずることは比較的容易である。すなわち「悲しむ者と共に悲しむべし」という誡めは、わりあいに實行しやすき誡めである。しかしながら、人の難（かた）しとするところは、喜ぶ者と共に喜ぶことである。他人の成功、光榮、立身等に会しては喜ばざるを人情の常とする。いかに自己に親しき者といえども、その成功はかえつて嫉妬を起こさしむる。ある場合には、その失敗がかえつてわれの喜びとなることがある。これ罪の子たる人においては自然のことである。從つて、信者となりし後といえども、その實行はなかなか困難である。兄弟姉妹の失敗過誤を見て、かえつて一種の快感を覺ゆるというごときことが、たとえわずかなりとも起こりやすきものである。しかしこれ兄弟姉妹に對する道ではない。われらはよろしく喜ぶ者と共に喜ぶの域に達し得るよう祈らねばならぬ。聖靈の感化を祈り求めて、心の惡しき嫉妬を去り、兄弟が成功し繁榮して喜ぶ時は、あたかもわれが成功し繁榮せしごとく共に喜ぶよう努めねばならぬ。このなしがたきを、主の靈を受けてなさんとするところに、信仰生活の力が存するのである。悲しむ者と共に悲しむだけでは足らぬ。喜ぶ者と共に喜ばねばならぬ。換言すれば、共に主にある者は常に悲喜哀樂を共にせねばならぬ。これ兄弟に對するの道である。

　以上、十一節より十五節までを反復熟讀せよ。いずれも簡單なる誡めであるが、しかし一つとして意味の深からぬものはない。われらクリスチャンはいずれも再思し三考してその實意を深く味わい、そしてこれを實行し得るよう、祈り求めねばならない。

　

　

第五〇講　約　説

愛の表顯（十二章十二 〜 十八節）

　

　第十二節「望みて喜び、患難に耐え、祈りを常にし」、特に兄弟に對する愛の發露（あらわし）に關していう。彼、あやまちて攻めざる場合あるか、その改悛（かいしゅん）を望みて喜ぶべし。彼、なんじに患難を與えんか、これに耐えよ。彼のために祈りてやむなかれと。「兄弟よ、もし計らずも過失（あやまら）におちゐる者あらば、なんじらのうち聖靈（みたま）に感じたる者（導かるる者）は、柔和なる心をもてこれを正すべし。またみずからをも顧みよ。おそらくはなんじも誘わるることあらん」（ガラテヤ書六・一）と、パウロは他の個處においていうた。兄弟の堕落に失望してはならない。彼の囘復を望み、信じ、祈るべきであるという。

　第十三節「聖徒の乏しきをにぎわし、旅人をねんごろにせよ」。信者相互の缺乏を補うべし。「その中に一人の乏しき者なかりき。そは地處あるいは家を持てる者はこれを売りて、その売りしところの價をもち來たり、使徒たちの足下に置く。これをおのおのの用に從いて分け與えしがゆえなり」（使徒行傳四・三四 〜 三五）とは、キリスト�ﾍ会創立當時のありさまであつた。「聖徒」は、特に�ﾍ師をさす。�ﾍ師は乏しきが普通である。これをにぎわすは信者の義務である。ピリピの信者がエパフロデトをつかわして、ローマの獄屋にパウロの乏しきをにぎわしたのがその好例である。ピリピ書は、この愛の贈り物に對するパウロの感謝の禮状である。

　「旅人をねんごろにせよ」。「異國人を愛する愛を發揮せよ」。φιλοξενια（フィロクセニヤ）他の國語にはないことばである。單に客人優待の意味ではない。一面識なき外國人を家に迎えて、彼を家族の者のごとくにもてなすことをいう。アラビヤ人の間におこなわるる美風である。今日なお南阿ボアー人の間に、またメキシコ土人の間に、カムチャッカ、ロシア人の間に、古代のフィロクセニヤの遺跡を見る。初代�ﾍ会間における旅人接待（旅人なる兄弟を受くること）の實行については、ヨハネ第三書を、その濫用については、同第二書を見るべし。

　

　第十四節「なんじらを害（そこな）う者を祝し、これを祝してのろうべからず」。異國人といえは、ユダヤ人にとりては、モアブ人、エドム人、カルデヤ人のごとき、害をおのれに加えし者をいう。他國人、他藩の人といえば、近來に至るまで、同じ日本人の間においても互いに相傳じなかつた。しかるに、キリストの愛によりて、人種的差別が徐々と取り去られつつある。「異國人をもてなすべし。なんじらを害う者を祝すべし」といいて、同じ眞理を説きつつある。兄弟を愛するのみならず他人を愛すべし。見ず知らずの他國人を愛すべし。なんじらに害を加うる敵をも愛すべしと。愛に境界なし。萬人に及ばざればやまず。

　

　第十五節「喜ぶ者と共に喜び、悲しむ者と共に悲しむべし」。なんじら自身をして鋭敏なる同情同感の機關たらしむべしと。愛は自己忘却である。しかして自己に對して冷淡となるだけ、他に對して熱心になる。ゆえに、他（ひと）の喜ぶを見ては自身その喜びを感じ、悲しむを見ては自身その悲しみを覺ゆ。しかしてキリストの愛によりてのみ、ことに他の喜びを分かつことがきる。同情と譯せらるる英語の sympathy は、「悲しみを共にする」の意である。まことに生まれながらの人といえども他人の悲しみを感ずることができる。されども他の喜びを分かつことのできる人はたれか。他の成功を見て�~に感謝し得るクリスチャンはどこにゐるか。されどもキリストの愛に励まされて、われら、この事をもなし得るのである。父なる�~はわれらの立身、成功、繁榮を見て喜びたもう。しかして父の喜びたもうことは子もまた喜ぶべきである。ほんとうの信仰のある處に、�ﾍ派間の嫉視、�ﾍ師間の競争等のあるべきはずがない。喜ぶ者と共に喜び、悲しむ者と共に悲しみ、すべての人と笑いを共にし、涙を共にして、初めてキリストの愛があるのである。

　第十六節「相互に意（こころ）を同じゅうし」、思うところを一つにして和合一致すべし。「すなわち、われら一体に多くの肢体あれども、みなそのつとめを同じゅうせざるがごとく、おのおの、キリストにおいて一体たれば、また互いにその肢体たるなり」との意義を完全（まっとう）すべしである。「高きを思わず、かえつて低きにつけよ」。高き地位または職務につかんとせず、かえつて低き人に引かれて彼らと班を共にせよ。理事または執事の職をねろうて他と競争するなかれ。むしろ好んで下駄番の職につけよと。信者各自にこの心ありて、�ﾍ会に平和がみなぎらざらんと欲するも得ない。「みずからを賢しとするなかれ」。箴言三章七節より引用せることばである。自分の知慮に信頼するのあまり、他の意嚮（いこう）を顧みずして、ひとり斷行するなかれと。独斷を誡めたることばである。相互に意を同じゅうする以上は、ひとり定めずして、衆議によつて決すべきである。各自にこの自己不信（セルフディストラスト）なくして、団体の平和を維持することはできない。さらば全体ことごとく誤りて自己ひとり正しと思わるる場合はいかに。その場合には、長く考えて容易に結論に達せざるが第一、より大なる世論に問うこと、すなわち人類の經驗の記録たる歴史の證明を得ることが第二である。いわゆる「單独の人」は、實は單独の人ではない。人類の經驗を背負（せお）いて立つ人である。容易に自己を信ぜざる人、自己を疑うこと深く、千思萬考の後に、やむを得ずひとり時の世論に反して立つ人である。單独の人の模範たるモーセ、イザヤ、エレミヤらが非常に謙遜なる人でありしことは、聖書の明らかに示すところである。

　第十七節「惡をもて惡に報ゆるなかれ」。なんじらを害（そこの）う者を祝すべし。彼に對して惡意をいだくなかれ。復讐の行爲に出づるなかれ。目にて目をつぐない、歯にて歯をつぐなう態度を取るなかれ。「萬人の善とするところは、心にとめてこれをなすべし」。信者は世になろうてはならない。しかしながら、世人全体が善と認むるところはみずから進んでこれをなすべきである。これ世に迎えられてその贊成を博せんがためでない。�ｉｹにかかわるつまずきを除いて、彼らがこれを受けゐるるの機会を作らんがためである。エクレジャは秘密団体ではない。人類最善の理想を掲げてその實現を圖るものである（ピリピ書四・八參照）。