「荒野の回り道」
(第13章)


 神はイスラエルの民をエジプトの奴隷生活から解放し、約束の地に導き帰るに当たって、最短距離の海沿いの道ではなく、シナイ半島の荒野に導かれました。これは明らかに回り道でしたから、民の多くの人々にとってショックだったことでしょう。しかし、それは危険な戦争を回避するための主の深い配慮によるものでした。
 信仰は私達の人生に生きる目的と喜び、そして生存充実ともいうべきものをもたらしますが、だからといって日々の生活に敗北的な現実がないということではありません。どんな人の人生にも苦しみや悲しみ、そして二度と繰り返したくない失敗や過誤また挫折というものがあるものです。しかし、それにもかかわらず信仰世界が喜びであり、それを隣人と分かち合い、その世界を共有したいと思うほどになるのは、たとえ否定的現実と思われる状況が存在しても、その現実のただ中にあって、神がキリストにおいて共に苦しみ、失敗をも赦して下さり、涙の谷を通して私達を新しい存在へと造り変えて下さるということを確信するからです。

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「紅海の渡河」
(第14章)


 エジプト王ファラオの頑固さを、神は10の災害をもって打ち砕き、イスラエルの民を奴隷状態から解放しました。そして出エジプト記第14章はいよいよ古代イスラエルの信仰歴史上一大金字塔をなす紅海渡河の記録です。この奇跡を行われるに当たって、神は民をバアル・ゼポンという地点に導かれました。
 そこは前が海、後ろが追跡するエジプトの精鋭部隊という、八方塞がりのような所でした。前も後ろも死という絶体絶命の状況に追いつめられ、民は恐慌に陥ります。しかし、主はモーセを介して紅海を左右に分け、乾いた道を開かれるという巨大な奇跡を行われます。こうしてイスラエルの民は安全に渡河しますが、後を追って渡ろうとしたエジプト軍は戻ってきた水によって全滅します。
 私達は状況が困難になり、前後左右が塞がってしまったようなとき絶望してしまいがちですが、そのような時でもクリスチャンには上が開いています。信仰者は平面ではなく立体の世界に、つまり、“活路は上にあり”との確信に立って歩む者です。

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「讃美の力」
(第15章)


 今日の聖書箇所は長大なモーセの賛歌で始まっています。それもそのはず、紅海の渡河という空前絶後の奇跡によって、イスラエルの民が400余年間のエジプトでの奴隷生活から解放されたのですから。この喜びを表したのがこのモーセの賛歌なのです。その時歌われたメロディーは伝わってはいませんが、歌詞は3500年後の今日でも味わうことができます。
 ところが、賛歌が歌われた直後紅海渡河からわずか3日後に、民は飲み水が尽きたと言って、モーセに不満を呟きました。主なる神の偉大な力を目撃しながら、彼らは信仰を確固としたものにすることがなかったのです。この呟く民とは対照的に、モーセは主なる神に助けを叫び求めました。神は一本の木をメラという所の水に入れさせ、甘い飲み水に変えて下さいました。
 神は呟く不信仰の民にではなく讃美と感謝を捧げるモーセの叫びに答えて下さいました。呟き暮らすも一生ですが、讃美と感謝に生きるも一生です。あなたはどちらの人生を送っていますか。

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「いのちのマナ」
(第16章)


 奇跡に満ちた出エジプトを体験した1カ月後に、恐らく百万人を優に超えるイスラエルの民は、荒野で食料が尽きるという深刻な事態に直面しました。民はモーセに向かって呟き始め、中には「腹一杯食べることのできたエジプトでの奴隷生活の方が良かった」などと言う者も出る始末でした。これは神の奇跡を目撃した民の行動としては情けないと言うべきですが、飽食日本に住む私達は彼らを責める資格があるでしょうか。衣食住がそれなりに備えられている、現代の私達を考えると、「あったほうがいいもの」が得られないと心を悩ませることが多いのではないでしょうか。彼らが直面していたのは食料という「なくてならぬもの」の危機だったのですから。
 この故か、神は民を一言も叱責していません。むしろ、天からマナと呼ばれる奇跡の食物とうずらを降らせ、その飢えを救われました。しかも、マナはその後、彼らが約束の地に着く迄の40年間降り止むことがなかったと記録されています。神は言われたことを必ず成し遂げられる方です。

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「マッサでの呟き」
(第17章)


 イスラエルがマッサという所まで来たとき、飲み水が尽きてしまい、人々は呟き始めました。メラで水がなくなった時に主が備えて下さった経験(15章)が信仰の確信になっていなかったのです。今度は神はモーセに岩を打たせて水を湧き出させて下さいました。マッサとは「試みる」という意味ですが、「絶望」という意味もあります。神への絶望が神を試みることだということが含意されているのでしょうか。
 8節からアマレクの襲来が書かれています。ヨシュアが戦い、モーセは神が命じられたように丘の上で手を上げて祈りました。彼が祈りをやめるとアマレクが優勢になり、手を上げている間はイスラエルが勝つので、従者たちの支えを得て一日中祈り続け、イスラエルは勝利しました。一難去ってのまた一難でした。神の民がこれほど苦難を重ねた原因の一つとして分かることは、メラに始まりマッサに至るまで彼らには神への感謝がなかったことです。同様に、もし私達の生活に喜びや平安よりも不平や不満が絶えないなら、それは神にではなく、私達の方に問題があるからではありませんか?

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「エテロの助言」
(第18章)


 現代日本の問題の一つは「三過ぎ」だと言われます。つまり「勉強し過ぎる子供、仕事し過ぎの父親、暇過ぎる高齢者」。確かに、三者のバランスの良いあり方が、これからの日本社会の課題です。
 ただ、ことモーセに関する限り80歳を越えた彼にとって問題だったのは、為すべきことが多過ぎるということでした。彼自身は持ち前の正義感と使命感から百万人を優に越えるイスラエルの民の間に起きる様々な問題について、朝から晩まで裁定していましたが、このことを見たしゅうとのエテロが、「これではモーセも民も疲れ果ててしまう」と洞察して、モーセに民の長を選んで、権限を委譲するように助言します。
思えば、民が神に対して為した度重なる呟きは、モーセをして民に対する不信感を募らせたのかも知れません。しかし、民を約束の地に導き帰るという、神の栄光の業はモーセ一人で負えるものでなく、また負うべきものでもありません。エテロの助言を通して、神はモーセに民を信頼すべきことを求めたのでした。

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「神の聖められる民」
(第19章)


 「十戒」という言葉を聞けば、すぐにユダヤ人を連想するほどにその結びつきは強力です。そして神がこの十戒を与えた場所がシナイ山なのですが、現代に至るまでこの山がどれであったのかについて、議論が続けられていてはっきりしません。また、この山がシナイ半島にあることは確かですが、シナイ半島が現在エジプト領になっていることからも分かるように実はユダヤ人にとって当時から、この地は外国だったのです。
 最も大切な法律を外国で授けた神は、一体どのようなお考えだったのでしょう?これは実は人間を救う神のご計画が、単にイスラエル一国に留まらず、全世界に向けたものであったこと、つまり福音の世界性を表しているのです。しかも、ユダヤ人を神の選びの民としたのは彼らが優れていたからではなく、むしろ弱く小さい民族だったからであることが後に述べられています(申命7:7)。この福音は更に新約聖書にも宣言されています(ヨハネ15:16)。この方への感謝をこめて、私達は自分を精一杯聖く保とうとするのです。

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