16   確かな愛 (レント04 2007.03.10)
レント2007 04
『確かな愛』 ローマ 8:31-39
 
サンパウロ・ゴスペルハウスは、ピンドラーマという情報誌に広告を出しています。
編集長が私の友人でもあるので、応援のつもりで広告を出すことにしたのです。
広告を出してからというもの、新しい人がゴスペルハウスを訪問してくださることが多くなり、「ピンドラーマ効果」と私たちは呼んでいます。
ただ、ピンドラーマを見て来たという人は1人もいないのですが・・・(笑)。
 
ところで、私の通っていた語学学校もピンドラーマに広告を出しています。
その担当さんとお話しをしたところ、「営業担当さんの態度に問題があって、スポンサーやめようと思う」とのことでした。
いろいろと聞かされたので、編集長にそのことを告げて、改善をお願いしました。
 
すると次の日、営業担当さんから電話がありました。
「何のことかな?」と思い、聞いてみると、彼は怒っているようでした。
「あなたにそんなこと言われるなんて心外だ!」
「いったい彼女はあなたに何を言ったんだ!」
私は、意外な展開に、あきれてしまいました。
 
さて、このローマ人への手紙の第8章は、実用聖書注解によると「神の愛の豊かさと確かさを歌う賛美歌」と言われています。
確かに、愛の確信あふれるすばらしい手紙です。
 
内容は実に単純です。
神様は私たちの味方で、ひとり子イエスさまのいのちをかけるほど愛してくれています。
イエスさまの十字架のゆえ、私たちは無罪なのです。
私たちは、神様の宝物として、王子として、神様の愛の中に生きることができるのです。
 
そして、誰も何も、どんな力も、神様の愛から、私たちを除くことはできません。
それは、私たちの信仰が堅いからではありません。
私たちの心は、もろくはかないものです。
あてにならないものです。
神様の愛が、神様の愛の力が、何よりも強いからです。
どんな被造物より強く、いのちより死より強い愛の力なのです。
 
私たちの強さのゆえではなく、神様の愛の強さゆえの確証なのです。
もう、ハレルヤと言うしかありません!
そして、これが事実であり、現実なのです。
イエスさまの十字架にあらわされたいのちがけの愛、復活の空の墓にあらわされた死への勝利です。
それを待ち望むレントの期間、なんとすばらしいことでしょう。
 
しかし、私たちはクリスチャンになっていても、この愛の実感(現実)から離れてしまうことがあります。
どんな被造物でも引き離せないはずなのに、なぜなんでしょう。
何が、私たちを神様の愛から離しているんでしょう。
 
答は、「気のせい」です。「勘違い」です。
何も私たちを、神様の愛から引き離すことなどできないからです。
自分の弱さを受け入れられないと、また、自分の弱さを受け入れてもらえないと感じると、責められている気持ちになってしまいます。
それで、他人に対しても、自分に対しても攻撃的になってしまうのです。
 
自分の弱さを受け入れることが大切です。
そして、その弱さが受け入れられていることに気がつくことが大切です。
では、私たちはどうしたらいいのでしょうか。
答は、「神様に求めたらいい」のです。
神様は、現実に生きています。
私たちに一番いいタイミングで、答を与えてくれるのです。
 
「どんなに愛しているか、わかるように教えてくれ!」
神様に求めましょう。
神様は、必ず答えてくれます。
そして、わかったら、「ありがとう、ごめんなさい」で、ハッピーエンドです。
先ほどのクレームも、一番初めにそれに気がついたら、ハッピーエンドになるのです。
 
もちろん、あなたの人生にも、このハッピーエンドが待っています。
神様の愛は、あなたの現実の中に生きる愛なのです。
自分の弱さを受け入れ、受け入れられている事実を受け入れたとき、あなたにハレルヤの人生が始まるのです。
 
 
神様は、あなたを愛しています。
どんなことがあっても、離れない愛、見捨てない愛で愛しています。
どんな環境も、どんな力も、この愛の前には無力です。
あなたの弱さを、受け入れましょう。
神様はもう、あなたの弱さを受け入れているんですから。
もう誰も、あなたを責めません。
あなた自身も、誰も責めなくていいんです。
 
神様の確かな愛の中で、ハレルヤと歩んでいきましょう。



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