35   つのる憂いといらだちのため (祈りの集会準備02 2007.06.30)
ゴスペルハウス祈り会準備礼拝 02
『つのる憂いといらだちのため』 1サムエル 11:1-18
 
ハンナは、サムエル(最後の士師であり最初の預言者、また、サウルとダビデを選んだキングメーカー)の母親です。
今週は、ハンナの祈りの姿を通して御言葉をひらいてみましょう。
 
ハンナは、不妊の女でした。
彼女の夫エルカナには、もう一人の妻ペニンナがいて、彼女には子どもがいました。
ハンナは、ことあるごとにペニンナに心を傷つけられていました。
心傷ついているときのハンナの祈りが、今回の箇所です。
ですから、ハンナは決して豊かな気持ちで祈っていたわけではありません。
感謝の祈りや、賛美の祈り、また、よく言われるところの領収書の祈りではなかったのです。
「私はつのる憂いといらだちのため、今まで祈っていたのです。」(16節)
つのる憂いといらだちのため、なんと悲しい祈りでしょう。
 
ここから、3つのポイントをみていきましょう。
 
「ハンナの心は痛んでいた。彼女は主に祈って、激しく泣いた。」(10節)
まず第1に、「ハンナは、行くべき場所を知っていた」ということです。
ハンナは、心が痛んだとき、自分で何とかしようとしませんでした。
また、ものにあたることもありませんでした。
彼女は、心が痛んだとき、神様のもとへ来たのです。
 
私は、20代の頃、何か嫌なことがあると、すぐにものにあたっていました。
ゴミ箱を力いっぱい蹴っ飛ばして、それでイライラを吹き飛ばそうとしていました。
暴力的で、まわりに迷惑をかけ、しかも根本的には何も解決しないという、最悪の状況でした。
ハンナは、そういうことはなく、行くべき場所にきちんと行けたのです。
 
「私は主の前に、私の心を注ぎ出していたのです。」(15節)
第2のポイントは、「ハンナは、なすべきことを知っていた」ということです。
彼女の祈りは、本音の祈りでした。
すべてを知っている神様の前で、かっこつけてもしょうがありません。
彼女は、神様の前に、本音の心を注ぎだしたのです。
 
私たちは、何か悩み事があるとき、人に相談するだけですっきりすることがあります。
別に解決しなくても、聞いてくれるだけでいいのです。
不完全な人間に話してもすっきりするのですから、神様に話すなら、なおのことすっきりするでしょう。
ハンナは、このことを選んだのです。
 
詩篇第50篇15節にはこうあります。
「苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。あなたはわたしをあがめよう。」
ハンナは、この御言葉の通りに神様に呼び求めました。
なすべきことを知っていたのです。
 
「彼女の顔は、もはや以前のようではなかった。」(18節)
第3のポイントは、「ハンナは、勝利の未来を獲得した」ということです。
ハンナが祈り終えたとき、そのときにはまだ、何も起きていませんでした。
しかし、ハンナは信仰によって、すでに祝福を自分のものとして受けたのです。
「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」(ヘブル11:1)
行くべきところへ行き、なすべきことをした彼女は、この御言葉の通りに確信を得たのです。
 
私たちは過去の自分をもとに、現在の自分、そして未来の自分を決めてしまいがちです。
しかし彼女は、未来の祝福された自分をもとに、現在の自分を作り変えたのです。
「すでに勝利している」という確信が、彼女を変えたのです。
彼女は、新しい自分を得ました。
 
これは、ただの気休めでしょうか?
いいえ、そうではありません。
私たちの勝手な思い込みならば気休めにもなりませんが、神様が与えた確信は必ずそのようになるのです。
事実、ハンナは身ごもり、サムエルを産みました。
 
ハンナの心の痛みを知っていた神様は、あなたの心の痛みも知っています。
ハンナに与えられた祝福は、そのまま、あなたにも与えられる祝福なのです。
あなたに与えられた、新しい勝利の人生を、歩んでみませんか。
 
 
あなた心の痛みを、隠す必要はありません。
神様のもとへ行きましょう。
神様のもとで、その痛みを注ぎ出しましょう。
神様からの確信をもらって、新しい自分を生きましょう。
祈りを通して、信仰を通して、勝利の人生を手に入れましょう。
 
勝利の人生は、もう、あなたのものなのです。



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