37   詩篇 第111篇 (詩篇に楽しもう19 2007.07.14)
詩篇に楽しもう 19
『詩篇 第111篇』 詩篇 第111篇
 
この詩篇は、バビロン捕囚からの帰還後の詩篇で、もともと第112篇と1つだったといわれている、アルファベット形式の詩です。
アルファベット詩なので、前後の文脈のつながりより、全体の主題をつかまえることが肝要です。
この詩の主題は、神様の力・みわざの大きさ、愛の深さに対する賛美です。
アルファベット詩という技巧を凝らして、神様を感謝し、賛美する作者の姿を見ることができます。
 
主のみわざは偉大で、みわざを喜ぶすべての人々に尋ね求められる。(2節)
そのみわざは尊厳と威光。その義は永遠に堅く立つ。(3節)
ここで作者が賛美しているのは、人間が作り出した、ただの信仰の対象としての神ではありません。
現実に生きて働く神様です。
その神様から与えられる、永遠に揺らぐことのない愛と恵みを心から賛美しているのです。
3節の後半は、新共同訳聖書では、「恵みの御業は永遠に続く。」とあります。
 
主は、御民に贖いを送り、ご自分の契約をとこしえに定められた。(9節)
このときまでには、出エジプトとバビロンからの解放が、神様の民への贖いとして彼らに与えられていました。
出エジプトは、奴隷状態からの救い、神様の民としての選び、永遠の契約をあらわしています。(参照 5,6節)
また、バビロン捕囚からの帰還は、神様を裏切った民への神様の愛、そして、神様の民としての再出発をあらわしています。
 
そして、現代に生きる私たちには、第三のみわざ・第三の贖いがあるのです。
それは、イエスさまの十字架です。
すべての人のための完全な贖いと、罪の力に対する絶対的な勝利が、ここにあらわされたのです。
 
主は、その奇しいわざを記念とされた。(4節)
出エジプト・バビロン捕囚からの帰還は、ユダヤの祭りとして記念となって残っています。
第三のみわざ、イエスさまの贖いも、私たちに記念として与えられているのです。
クリスマス・受難週・イースター・ペンテコステ、そして、毎週の礼拝での聖餐も神様が与えてくださった記念です。
この詩篇の作者が、心から喜び賛美したように、私たちも共に祝い、喜び、記念していきたいものです。
 
この心からの喜びを自分のものとするための秘訣が次にあります。
主を恐れることは、知恵の初め。(10節)
 
私は、勉強を教えている塾の生徒に、一番初めに求め、そして最後まで求め続けていることがあります。
それは、「自分がすごいことを知る」ことです。
教科書や学校や試験の内容よりも、ずっと自分がすごいと知って欲しいのです。
そのとき、彼らは学習面でも、精神面においても、ぐんと伸びるからです。
それも、喜びを持って伸びるのです。
 
「主を恐れること」、それは、ただ神様を知るということではありません。
唯一の創造主なる神様、全宇宙を創られた神様を知ることです。
それはつまり、自分が神様の作品であることを知ることでもあります。
知るだけでなく、そのアイデンティティーを持って生きることです。
このとき、神様の愛のみわざは、他人事ではなく、自分自身のものとなります。
3000年以上も前に起こった奇蹟が、もはや他人事ではなく、あなたの人生に与えられた奇蹟になるのです。
 
モーセを導いた神様、バビロンから解放した神様、イエスさまを与えてくれた神様が、あなたの人生に直接的に働くのです。
そして、あなたは、記念し、喜び、感謝して生きることができます。
永遠に堅く立つ契約が、あなたの人生の中で生きた契約になるのです。
 
生きた契約を受けて、永遠のいのちの契約を受けて、イキイキと生きていきましょう。
みわざを感謝して、賛美して、ハレルヤの人生を生きていきましょう。
いのちあふれる祝い、記念のときは、もう、あなたのものです!
 
 
さあ、神様を喜びましょう。
神様はあなたに、永遠の愛といのちをくださいました。
さあ、あなたを喜びましょう。
あなたは、神様が作った最高傑作なのです。
さあ、喜んで生きましょう。
最高の神様が、最高のあなたに、最高のお祝いを用意しているんですから。



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