7   霊的な礼拝 (ラブレター16 2007.01.27 第一礼拝)
あなたへのラブレター 16
『霊的な礼拝』
そういうわけですから、兄弟たち。
私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。
あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。
それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。
(ローマ人への手紙 12:1)
 
パウロは、このローマ人への手紙の第1章から第11章で、キリスト教の教理を説いています。
それは、私たち罪人のために、救い主が十字架にかかって、完全な贖いをしたこと。
この十字架を、自分自身の救いとして受け入れたなら、誰でもその信仰によって救われること。
まさに、キリスト教の根幹とも言える内容です。
それを受けて、第12章以降は、キリスト者の現実の生活を述べていくのです。
冒頭の「そういうわけ」は、教理と実生活を結ぶ言葉なのです。
 
この箇所では、「捧げなさい」が、強調されがちです。
また、そう読み取ってしまいがちです。
そして、捧げきれない自分の不信仰を、嘆いてしまいがちです。
しかし、この箇所の主題はそうではありません。
なぜなら、私たちが本当に捧げるべき捧げ物は、「イエス・キリスト」なのですから。
この完全な捧げ物によって、あなたがたは救われていると、パウロはすでに言っています。
 
「あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物として」
この部分から、4つの事柄を覚えていただきたいと思います。
 
1.あなたは、神様に受け入れられている。
イエスさまの十字架によって、あなたは神様に受け入れられています。
神様は、決してあなたを見捨てることはないのです。
私たちは、受け入れられたときに、他の人を受け入れることができます。
 
2.あなたは、聖い。
ここでの聖いとは、神様のために取り分けられたという意味です。
あなたは、神様のために取り分けられたものなのです。
神様は、他の誰でもない、あなたを選んだのです。
神様にとって、あなたはとても特別な存在なのです。
 
3.あなたは、生きている。
あなたは、神様の愛の中で、イキイキして生きていいのです。
あなたに与えられた人生は、奴隷のように希望もなく、いやいや従って過ごす人生ではないのです。
神様があなたに与える人生は、神様の王子として、自由に、イキイキと生きる人生なのです。
 
4.あなたは、傷がない。
旧約聖書にはっきりと書いてあるように、供え物・捧げ物は、傷のあるものはゆるされません。
ですから、あなたは傷がないものなのです。
私たちは、自分自身を足りないもの、傷ついたものと考え、自分を責めることもしばしばです。
しかし、神様の目には、あなたは傷のない完全なものなのです。
そう、イエスさまの十字架の打ち傷は、あなたの傷を全部背負ったのです。
 
霊的な礼拝とは、この4つのアイデンティティーを持って、私たちが生きることです。
神様に、生かされることです。
教会に集って捧げる礼拝もすてきですが、日々の生活を霊的な礼拝にできるのです。
それは、宗教儀式ではありません。
イキイキと、のびのびと生きることです。
愛されて、愛をいっぱい受けて生きることです。
 
この礼拝は、24時間365日可能です。
仕事をしているときも、食事をしているときも、散歩しているときもです。
さあ、あなたの本当の霊的な礼拝を始めましょう。
 
あなたは、神様に受け入れられています。
あなたは、神様にとって、とても特別な存在です。
あなたは、神様の愛の中で、イキイキして生きていいのです。
十字架の打ち傷は、あなたの傷を全部背負いました。
さあ、愛の中で、喜びにあふれた生涯を歩みましょう。
 
あなたの毎日が、素敵な礼拝でありますように。



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