礼拝500字メッセージ
---ある出席者のレスポンス---

09年 7月12日

「心のきよい者」
マタイの福音書 5章 8節

「心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。」 
「きよい」とは常識より厳しい基準、神の求めるきよさのことです。
今までは大丈夫と思っていたことも、ふさわしくないことだと気づかされます。
この視点を持ちつつ世を生きるなら、悲しく苦しく無力感にさいなまれることばかり
です。神のきよさに気づく視点など、ないほうが気楽だったと思うこともあるでしょう。
しかし、神を知らずに生きていたら気楽に暮らせるのでしょうか?
人には悩みがあり、他者に比べてマシだと安堵しても自身の悩みはあり続けます。
私たちはキリストの十字架による贖いなしには決して得ることのできない
「きよさ」を心に持つ者として生かされています。自分の力で達成しようとしても
出来ません。何度も失敗し、イエスに赦されて、悲しみという感情が一番
ふさわしいと思うことが多いです。このように無力な者の全てを承知し、赦し、
生かしてくださる神を見上げ、愛されていることを知るにつけ、本当に慰められます。
イエスを知り始めた頃は自分の窮状を悲しむことで精一杯でした。
しかし、遙か彼方の希望を見失わずに歩み、その希望が真実であったことを
知りました。だから、無力なまま他者に寄り添い、神の全能の導きによって
歩んでいます。今も悲しみと希望が共存しています。

(K.T)

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