「みことばの教師イエス様」
礼拝説教メモ
ルカの福音書24章13-32節
女たちがイエス様の復活を使徒たちに伝えました。
使徒たちは、イエス様の復活を信じませんでした。
過ぎ越しの祭りを終え、
エルサレムからエマオへ向かう2人の弟子がいました。
栄光の体となったイエス様が、彼らと一緒に歩いていました。
彼らは、話の的であるイエス様と気づきませんでした。
(彼らの目は、イエス様によってさえぎられていたのです。
→後にイエス様によって目 が開かれます。)
⒈イエス様が「話していることはどんなことですか?」と質問したのはなぜ?
→十字架と復活について、事実を知ってはいるが、
聖書の預言から理解していないことを指摘する為だった。
2.イエス様が、十字架と復活をどのように説明されたか?
→聖書全体からの説き明かしを丁寧になされた。
復活したことを示すだけなら、
会った瞬間に「私がイエスだ。」とご自分を現されるだけで良かったでしょう。
しかしイエス様は彼らの目を遮り、ご自分を現さないようにされ、
エマオヘの2時間ほどの間、イエス様は彼らに聖書全体から教え られた。
3.みことばを理解した弟子たちはどうなったか?
→彼らの心のうちは燃えた。
彼らはイエス様に聖書を教えられ、
イエス様の十字架と復活をみことばから確信した。
彼らの心が燃えたのは、イエス様に会ったからではない。
(彼らはイエス様と気づいていなかったからだ。)
みことばからイエス様の十字架と復活を理解し、
確信したから、彼らの心のうちは燃えた。
イエス様がパンを裂き、彼らに与えると、
彼らはイエス様だと分かった。
イエス様が彼らの目を開かれた。
イエス様は声もかけず、抱擁を交わすこともなく、姿を消した。
イエス様との再開によって心が燃えたならば、
イエス様がまた見えなくなってしまえば、その心の炎は消えてしまうかもしれない。
しかし、永遠に変わる事のないみことばを学び、確信した彼らは
みことばにあらわされている神のみこころを
みことばの教師イエス様の思いを
受け取ったのではないだろうか。
私たちは、自分が聖書を知らない事を自覚しているだろうか。
私たちは、聖書全体から神様を 理解しているだろうか。
私たちの心のうちは、燃えているだろうか。
→みことばを知らないこと、
聖書全体(みことば)から理解していないこと、
心のうちが燃えていないことを神の前に悔い改め、
神の助けを祈り求めよう。