神様は隠れた所で見ておられる

私たちは「人目を気にし過ぎの社会」の中で、人目を気にしないで生きていきたいと願っています。

 

「個性を大切に」「人は人、私は私」「自分を信じる」という響きは良いものとして受け取られます。しかしその根底には自分中心が見え隠れしています。

人々は人目を気にしながらも、自分の欲を満たすことに必死です。

 

宗教は何を教えているでしょうか。

神道では「自分を恥じることがない真心」が大切と教え、

仏教では「失着を離れて、足ることを知れ」と諭します。

キリスト教では「あなたは神の前にへりくだって生きなさい」と語ります。

 

人目を気にしてもがく私たちですが、神の目を気にすることはほとんどありません。

神様は隠れたところで見ておられます。それはもちろん悪いことをしない(罪を犯さないように)ということでもありますが、同時に良いこと(善を行うこと)もまた神様は見ておられるということです。

 

人目ではなく、神目を気にする人生を歩みたいです。

 

 

参考:日本人はなぜキリスト教を避けるのか 勝本正實著 いのちのことば社

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