次世代に語り続ける大切さ

「次世代に語り続ける大切さ」2020年10月11日 動画はこちら 

(序)本日から四回に分け、詩篇78篇からメッセージを取り次ぎたいと思います。これまで見た来たアサフの歌です。表題にある「マスキール」とは、「考える」という意味の言葉から派生しており、教訓詩と言われたりもしますが、正確な意味は不明です。この詩自体は、イスラエルの歴史を取り扱った教訓的な詩です。この詩篇は、詩篇の中でも、詩篇119篇に次いで二番目に長い詩です。

一、語り続ける大切さ

 1~7節に、この詩篇の主題ともいうべき内容が歌われています。すなわち、先祖の人々から聞かされてきたことを、次の世代の人々に語ることの大切さが歌われています。詩人は、「私の教え」「私の口のことば」「たとえ話」「昔からのなぞ」と言い、彼の言うことをよく聞いて悟るようにと勧めています。「たとえ話」は、主イエスもしばしば用いて話しておられ、その意味を悟ろうと真剣に求める者の記憶に、非常に印象深く残ります。「昔からのなぞ」とは、信仰をもって聞く耳を持つ者のみが悟ることの出来る不思議な神の御業です。

そして、彼らがただ聞くだけでなく、聞いたことを次の世代に語り続けるようにと教えています。3~4節をご覧ください。「それは、私たちが聞いて、知っていること、私たちの先祖が語ってくれたこと。それを私たちは彼らの子孫に隠さず、後の時代に語り告げよう。主への賛美と御力と主の行われた奇しいわざとを。」(3~4節)

ユダヤ人は、非常に子どもの宗教教育に力を入れていました。例えば、過越の祭りにおいて、出エジプト記12章の過越祭の起源に関する記事をもとにしたペサハ・ハガダーと呼ばれる式文に従って、過越の食事を各家庭で行うことにより行っていました。過越の食事という普段とは異なる特別の食事を行い、食事の中で、一つの儀式として、子どもが父親にその起源を尋ねる形で、体験的に宗教教育を行っていたのです。また、シェマーと呼ばれる申命記6章4節以降の信仰告白を暗唱させることによって宗教教育を行っていました。さらに、会堂における聖書の朗読によっても教育がなされていました。同じくキリスト教会の歴史においても教会における子供の宗教教育は重んじられていました。

 昨年と今年、私たちの教団の標語は、「今こそ、次世代への宣教と信仰の継承を」です。そして、私たちの教会の標語も、昨年から来年にかけて、「信仰を次世代へ」を掲げています。これらは、「次世代への信仰継承」が急務であることを示しています。この事をおろそかにすることなく、私たちにの責任を果たして行きたいと思います。

二、神に不忠実な世代とならないために

7節を見ると、次の世代に語り続ける大切さの理由が記されています。

すなわち「彼らが神に信頼し、神の御業を忘れず、その仰せを守るためである」(7節)とあります。次の世代の者たちが、神を信じ、その恵みに満ちた御業を忘れることなく、みことばを守つて祝福された生活を送ることができるように、しっかりと宗教教育をするようにと言うのです。そうでないと、先祖たちのように、かたくなで、逆らう世代、心が定まらず、その霊が神に忠実でない世代の者となってしまうからだ、と言うのです。

三、神の御業と恵みの導きを常に覚えよ

9~16節は、イスラエルの歴史における神の御業と恵みの導きについて歌っています。12節の「ツォアンの野」とは、ナイル川沿いの町の地名で、出エジプト記1章11節にある「倉庫の町ピトムとラメセス」とあるのがそれであろうと言われています。すなわち、出エジプトに際して、主なる神が奇しい救いの御業をなさったことに言及しているのです。

13節は、神が、紅海を二つに分け、紅海の中に道を開き、イスラエルの民をエジプトの軍勢から守られたことについての歌です。14節の「神は、昼は雲をもって、彼らを導き、夜は、夜通し炎の光で、彼らを導かれた」とは、荒野を進むイスラエルの民を、昼は雲の柱、夜は火の柱をもって導かれたことを歌っています。15~16節は、水のない荒野で、神が岩から水を湧き出させられた奇跡を歌っています。数々の奇跡を体験しながらも、イスラエルの先祖は、神の数々の御業を忘れ、神の契約を守らなかったというのです。

(結論)私たちは、神の御業を忘れることなく、神の契約を守る者となりたいと思います。。そして、次世代の者が、神の御業を忘れることなく、神の契約を守る者となるように、絶えず語り続けて参りましょう。