今日のできごと


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2025/10/2(木)

 

訓練として耐え忍びなさい

1.訓練は神の子とされた証拠

 イエス・キリストを信じて、神の子とされた証拠は何で示されるでしょうか?
 それは、「主の訓練」が与えられることによってです。
 実の父親に訓練されない子がないように、神もご自身の子としたものを訓練なさるのです。

 その訓練は、単に苦しみを与えるだけのものではありません。
 私たちを罪から離れさせ、神と人を愛して生きられるように導くのです。
 神は愛するゆえに、訓練を与えて下さるのです。

2.神の子とされていなければ神の訓練はあり得ない

 もし、何の訓練も与えられていないようであれば、
 正しくキリストを信じて従っているかどうか、自分自身の信仰を疑うべきです。
 もしかしたら、罪を温存しキリストの言葉に正しく従っていないのかもしれません。

 自分では信じたつもりでいても、心の中が自己中心のままなのかもしれません。
 正しくキリストを信じたら、心は変えられてキリスト中心になり行動も変わるはずです。
 キリストに従って行きたいと願い、罪から離れたいと願います。

 もしそうでなく、依然として「憎しみ」や「怒り」や「恨み」を捨てずに
 自己中心の思いで生きているのなら、救われておらず神の子となってもいませんので
 主の訓練は、一切与えられていないことでしょう。

3.神の子とされていなければ最後は永遠に滅びる

 信仰を持たない人は、神の子とされていないので何の神の訓練もないのです。
 悠々自適に、この世で快適に生活して行くことができます。
 そしてそのまま、滅びに向かって一直線です。

 ただし、正しく信じて神の子とされていても訓練の時があるので、
 今はまだ、厳しい訓練の時ではないのかもしれません。
 これから、時が来て訓練に突入するのかもしれません。

 けれども、「いつまでたっても何の訓練らしきものがもない」という場合は要注意です。
 キリストを信じて生きるなら神の子とされ、必ず訓練を受けるはずだからです。
 キリストを信じたら喜びと平安で満たされますが、同時に訓練もあるはずなのです。

むすび.「信仰をもったのに辛い状況がある」というのは当然

 「信仰を持てば、様々な苦しみや辛さから解放されて、毎日楽しく喜んで過ごせます」
 というのではありません。なぜなら人は元々罪をもって生まれているので、信じた後も
 その罪の影響が、依然として残っているからです。

 必ず訓練があります。神にむち打たれるのです。
 けれどもその時に、弱り果ててはなりません。
 主があなたを愛するがゆえに、訓練しておられるのです。

 訓練として耐え忍ぶことが必要です。

 【今日の聖書】
 また子たちに対するように、あなたがたに語られたこの勧めの言葉を忘れている、
 「わたしの子よ、主の訓練を軽んじてはいけない。
  主に責められるとき、弱り果ててはならない。
  主は愛する者を訓練し、受けいれるすべての子を、むち打たれるのである」。
  あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。
  神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。
  いったい、父に訓練されない子があるだろうか。
 ヘブライ人への手紙 12章5〜7節


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