今日のできごと


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2026/3/19(木)

 

漁の技術よりも重要な事

 イエスの弟子であったペトロやヨハネたちは、元々漁師でした。
 ガリラヤ湖で、魚を獲る漁師だったわけです。
 漁師だった彼らは、イエスによって招かれて弟子になりました。

 取った魚を売って生活していたわけですから、当然漁に関しては
 相当な知識を持っていたはずです。自分たちの舟も、網も持っていました。
 しかしイエスが十字架に架けられ3日目によみがえられ、その後昇天されてからは

 再び漁師に戻ることはなく、教会の指導者として教会のために
 全精力を傾けて、働いているのです。
 福音を大胆に宣べ伝え、病をいやし死人を生き返らせているのです。

 「もったいない、せっかく漁師として長年腕を磨いて来たのに
  その漁師としての知識と技術と漁の道具と舟は、いったいどうなるんだ?
  教会の働きだけを行うなら、もはやそれらの技術や道具は無駄になるじゃないか!」

 そうです、実にもったいないのです。
 けれども、人の食糧として魚を捕獲して提供するのと
 人に永遠の命を提供するのとでは、まったくレベルが違うのです。

 どんなに新鮮で脂の乗った魚を提供したところで、人生が終わった後
 永遠に滅んでしまったら、何にもなりません。
 しかしイエスを伝えて、その人に永遠の命を提供できたならどれ程素晴らしい事でしょうか!

 その人は死んだ後も、天国で永遠に生きることができるのです。
 ですから、漁師の技術や舟など捨ててしまっても問題なかったのです。
 漁師の仕事よりも、福音を伝えることの方がずっとずっと重要度が高かったのです。

 【今日の聖書】
 ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。
 彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。
 すべての人に恐れが生じた。
 使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていたのである。
 信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、
 おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。
 そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、
 喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、
 民衆全体から好意を寄せられた。
 こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。
 使徒言行録 2章41〜47節


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