2021年3月7日
ゼデキヤ王は人を送って、預言者エレミヤを自分のところ、主の宮の第三の入り口に召し寄せた。王がエレミヤに、「私はあなたに一言尋ねる。私に何も隠してはならない」と言うと、
エレミヤ書 38章14~23節
エレミヤはゼデキヤに言った。「もし私があなたに告げれば、あなたは必ず私を殺すのではありませんか。私があなたに忠告しても、あなたは私の言うことを聞かないでしょう。」
そこでゼデキヤ王は、ひそかにエレミヤに誓った。「私たちの、このいのちを造られた主は生きておられる。私は決してあなたを殺さない。また、あなたのいのちを狙うあの者たちの手に、あなたを渡すこ
とも絶対にしない。」
すると、エレミヤはゼデキヤに言った。「イスラエルの神、万軍の神、主はこう言われる。『もし、あなたがバビロンの王の首長たちに降伏するなら、あなたのたましいは生きながらえ、この都も火で焼か
れず、あなたもあなたの家も生きながらえる。
あなたがバビロンの王の首長たちに降伏しないなら、この都はカルデア人の手に渡され、火で焼かれ、あなた自身も彼らの手から逃れることができない。』」
しかし、ゼデキヤ王はエレミヤに言った。「私は、カルデア人に投降したユダヤ人たちのことを恐れている。カルデア人が私を彼らの手に渡し、彼らが私をなぶりものにするのではないか、と。」
エレミヤは言った。「カルデア人はあなたを渡しません。どうか、主の御声に、私があなたに語っていることに聞き従ってください。そうすれば、あなたは幸せになり、あなたのたましいは生きながらえます。
しかし、もしあなたが降伏するのを拒むなら、これが、主が私に示されたことばです。
『見よ。ユダの王の家に残された女たちはみな、バビロンの王の首長たちのところに引き出される。聞け。彼女たちは言う。あなたの親しい友たちが、あなたをそそのかして、押し切った。あなたの足が泥に沈むと、彼らは背を向けた。
あなたの妻たちや子どもたちはみな、カルデア人のところに引き出され、あなた自身も彼らの手から逃れることができずに、バビロンの王の手に捕らえられ、この都も火で焼かれる。』」
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
聖書には、イスラエルの民が平和に暮らしているところに、突如としてロシア、イランとシリアの連合軍がイスラエルを攻め、そうしてイエス様がこの地に再臨されることが預言されています。
現在の中東の動きを見ると、イランの核問題や、イランとシリアの関係など、聖書が世の終わりとして語っていることが起こる日が近いことが伺えます。
今回の聖書箇所も、イスラエルの滅亡を目前にした出来事でした。そして登場人物であるゼデキヤ王は、エルサレムが滅ぼされる時代の最後の王様でした。
当時の預言者であったエレミヤは、ゼデキヤ王に、もしバビロンに投降しないならエルサレムは滅ぼされ、あなたも捕囚として連れていかれる、と預言しました。そして次のことが実現します。
ユダの王ゼデキヤの第九年、第十の月に、バビロンの王ネブカドネツァルは、その全軍勢を率いてエルサレムに攻めて来て、これを包囲した。
エレミヤ書 39章1~8節
ゼデキヤの第十一年、第四の月の九日に、都は破られ、バビロンの王のすべての首長たちが入って来て、中央の門のところに座を占めた。すなわち、ネルガル・サル・エツェル、サムガル・ネブ、ラブ・サリスのサル・セキム、ラブ・マグのネルガル・サル・エツェル、およびバビロンの王の首長の残り全員である。
ユダの王ゼデキヤとすべての戦士は、彼らを見ると逃げ、夜の間に、王の園の道伝いにある、二重の城壁の間の門を通って都を出て、アラバへの道に出た。
カルデアの軍勢は彼らの後を追い、エリコの草原でゼデキヤに追いつき、彼を捕らえ、ハマテの地のリブラにいるバビロンの王ネブカドネツァルのもとに連れ上った。バビロンの王は彼に宣告を下した。
バビロンの王はリブラで、ゼデキヤの息子たちを彼の目の前で虐殺し、ユダのおもだった人たちもみな虐殺した。
さらに、バビロンの王はゼデキヤの目をつぶし、バビロンに連れて行くため、彼に青銅の足かせをはめた。
カルデア人は、王宮も民の家も火で焼き、エルサレムの城壁を打ち壊した。
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
まずここで一つ目に覚えたいのが、神様が語られた言葉は必ず実現する、ということです。エレミヤは、「あなたの妻たちや子どもたちはみな、カルデア人のところに引き出され、あなた自身も彼らの手から逃れることができずに、バビロンの王の手に捕らえられ、この都も火で焼かれる。」とゼデキヤ王に預言しました。するとそれが現実となり、エルレレムは火で焼かれたのです。
人は、自分にとって不都合なことを聞くと、そんなの嘘だと、自分の都合の良い様に解釈したい、物事を運びたい、と思うものです。しかし聖書は次の様に語っています。
天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。
マタイの福音書 24章35節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
主の語られた言葉は滅びませんが、この世界は必ず滅びます。主の語られたことは必ず実現するのです。
しかし、今ある天と地は、同じみことばによって、火で焼かれるために取っておかれ、不敬虔な者たちのさばきと滅びの日まで保たれているのです。
ペテロの手紙 第二 3章7節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
この世界には、世界を滅ぼすことのできる火山が六つあり、その内の二つは日本にあるそうです。そして聖書には、この世界は火で焼かれるために取っておかれている、と記されています。私達はこの聖書の言葉について、もっと真剣に向き合わなければなりません。また、聖書は次の様にも語っています。
このように、これらすべてのものが崩れ去るのだとすれば、あなたがたは、どれほど聖なる敬虔な生き方をしなければならないことでしょう。
ペテロの手紙 第二 3章11節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
この世の終わりには、人々の愛が冷たくなり、不法が蔓延ります。しかし、その様な時代にあっても、私達が天に宝を積む生き方をして、天国に入るための努力をすることが神様の御心です。
天国は、神様の御心を行う人のみが入れる場所です。神様の御心とは、神様の命令を守ること、すなわち、神様を愛し、自分の隣人を自分自身の様に愛することです。そして、一度裁きが決まると、それは決して覆されることはありません。
裁きの日には、天国に入れる人の名前が書かれている「いのちの書」とは別に、「裁きの書」というものもあります。「裁きの書」には、私達がこの地上でなしてきたことが書かれており、私達はこの書に基づいて裁かれます。
聖書には、どんなに今まで悪いことを行ってきたとしても、神様に立ち返るなら、その悪い行いは神様の御前に覚えられない、と書かれています。そしてその逆として、どんなにこの地上で良い行いをなしてきたとしても、最後に神様の御前に悪を行うなら、これまでしてきたどの様な良い行いも覚えられない、とも書かれています。
私達は、この様に書いている御言葉に真剣に向き合っていくことが必要です。ロトの婿達の様に、世界が滅ぼされることをまるで冗談の様に思え、滅ぼされることのないようにしたいと思います。
また、二つ目に覚えたいのが、主は恵み深く憐み深い方なので、それを無駄にしてはならない、ということです。今回の聖書箇所に出てくるゼデキヤ王は、残念ながら最後まで主に聞き従いませんでした。
ヨシヤの子ゼデキヤは、エホヤキムの子エコンヤに代わって王となった。バビロンの王ネブカドネツァルが彼をユダの地の王にしたのである。
エレミヤ書 37章1~2節
彼も、その家来たちも、民衆も、預言者エレミヤによって語られた主のことばに聞き従わなかった。
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
それでも主は、最後の最後までゼデキヤ王を憐まれて、この様に忠告されました。
エレミヤは言った。「カルデア人はあなたを渡しません。どうか、主の御声に、私があなたに語っていることに聞き従ってください。そうすれば、あなたは幸せになり、あなたのたましいは生きながらえます。
エレミヤ書 38章20~23節
しかし、もしあなたが降伏するのを拒むなら、これが、主が私に示されたことばです。
『見よ。ユダの王の家に残された女たちはみな、バビロンの王の首長たちのところに引き出される。聞け。彼女たちは言う。あなたの親しい友たちが、あなたをそそのかして、押し切った。あなたの足が泥に沈むと、彼らは背を向けた。
あなたの妻たちや子どもたちはみな、カルデア人のところに引き出され、あなた自身も彼らの手から逃れることができずに、バビロンの王の手に捕らえられ、この都も火で焼かれる。』
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
しかし、ゼデキヤ王は、その忠告を聞かず、結局それを無駄にしてしまいました。
ですから、聖霊が言われるとおりです。「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない。荒野での試みの日に神に逆らったときのように。
ヘブル人への手紙 3章7~8節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
「今日」と言われている間、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされて頑なにならないようにしなさい。
ヘブル人への手紙 3章13節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
私達は心頑なにせず、神様の御言葉に対して心を開いて、神様の憐みを無駄しにしない様にしたいと思います。
そして三つ目に覚えたいことがあります。それは、主のことや御言葉を聞いて知っていても、それに聞き従わなければ意味がなく、何の益にもならない、ということです。聞き従うことが祝福の鍵です。
そこでゼデキヤ王は、ひそかにエレミヤに誓った。「私たちの、このいのちを造られた主は生きておられる。私は決してあなたを殺さない。また、あなたのいのちを狙うあの者たちの手に、あなたを渡すことも絶対にしない。」
エレミヤ書 38章16節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
ゼデキヤ王は、主が自分のいのちを造られたこと、そして主は生きておられるということも知っていました。この様に主の言葉を聞いて知っていたのにも関わらず、主に聞き従うことはしませんでした。このため、捕囚に連れていかれ、目を潰され、滅ぼされたのです。
もし、あなたが、あなたの神、主の御声に確かに聞き従い、私が今日あなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、あなたの神、主は、地のすべての国々の上にあなたを高く上げられる。
申命記 28章1~3節
あなたが、あなたの神、主の御声に聞き従うので、次のすべての祝福があなたに臨み、あなたについて行く。あなたは町にあっても祝福され、野にあっても祝福される。
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
しかし、もしあなたの神、主の御声に聞き従わず、私が今日あなたに命じる、主のすべての命令と掟を守り行わないなら、次のすべてののろいがあなたに臨み、あなたをとらえる。
申命記 28章15~16節
あなたは町にあってものろわれ、野にあってものろわれる。
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
どんなにその人が預言などの素晴らしい働きをしていても、困っている兄弟がいるにも関わらず心頑なにして助けないなら、イエス様に聞き従わないことになります。神様は、兄弟を助けることを蔑ろにするならそのことをとても悲しまれます。
御子を信じる者は永遠のいのちを持っているが、御子に聞き従わない者はいのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。
ヨハネの福音書 3章36節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
聖書には、主に聞き従わない者はのろわれ、天国にも入れない、と書かれています。それゆえ、私達に対する主の願いは、私達が御言葉に聞き従うことです。そして聞き従うこととは、自分自身を全く主に委ねることです。これが神様の私達に対する祝福と御怒りを分けるものなのです。
それでは、四つ目に、なぜ主に聞き従えないのか、ということについて見ていきましょう。
しかし、ゼデキヤ王はエレミヤに言った。「私は、カルデア人に投降したユダヤ人たちのことを恐れている。カルデア人が私を彼らの手に渡し、彼らが私をなぶりものにするのではないか、と。」
エレミヤ書 38章19節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
ゼデキヤ王は、人を恐れていました。そして主の言葉よりも人を恐れる方が強かったので、主を信頼することができなかったのです。私達は、もちろん、人からの迫害については覚悟しなければなりません。しかし聖書には次の様に書かれています。
わたしの友であるあなたがたに言います。からだを殺しても、その後はもう何もできない者たちを恐れてはいけません。
ルカの福音書 12章4~5節
恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺した後で、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。”
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
人は、私達のからだを殺しても、神様はそれ以上に私達を永遠の地獄の火に投げ込む権威を持っておられるお方です。聖書は人を恐れるのではなく、このお方をこそ恐れなければならない、と語っているのです。また、次の御言葉の通り、私達は人を恐れると正しい決断ができなくなります。
人を恐れると罠にかかる。しかし、主に信頼する者は高い所にかくまわれる。
箴言 29章25節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
そして人を信頼することについては、この様に書かれています。
主はこう言われる。「人間に信頼する者はのろわれよ。肉なる者を自分の腕とし、心が主から離れている者は。
エレミヤ書 17章5~7節
そのような者は荒れ地の灌木。幸せが訪れても出会うことはなく、焼けついた荒野、住む者のいない塩地に住む。
主に信頼する者に祝福があるように。その人は主を頼みとする。
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
人が私達を殺せても、神様は私達を永遠の御国、すなわち天国に連れて行ってくださるお方です。私達にとって、死は単なる通過点であって、何も恐れる必要はないのです。