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2002年10月6日(日) 「恵みを分かち合う」 ピリピ2:6-11 竹口牧師

今朝私は、今回の話しを始める前に、パウロの書いた第1コリント10:12,13節をまず読んでから今日の箇所へと入って行くことにする。「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」

これを読んで気付かされるのは、私たちはみんな弱い者であるということである。もし自分が強くて、今立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさいとパウロは勧めている。また、もし仮に倒れているなら、あるいは倒れそうなら大丈夫。神様は真実な方であるから、試練に会っていても、それに耐えることの出来るように、否、試練と共に脱出の道をも備えて下さっていると、こうパウロは言っている。同じ神様を信じている者として、私は大変心励まされる。

さて、では今日の聖書箇所に入って行くことにする。ピリピ2:19である。そこでパウロはこう書いている。「しかし、私もあなたがたのことを知って励ましを受けたいので、早くテモテをあなたがたのところに送りたいと、主イエスにあって望んでいます」と。これはパウロのいわば大袈裟に言うと、助けを求めている、そのように、取れないだろうか。「あなたがたのことを知って励ましを受けたいので…」だから「早くテモテをあなたがたのところに送りたい」と言っているのだ。

ところで、一方、パウロは同じこの手紙の中で、それも1章の21節以下26節でこう言っていた。「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。しかし、もしこの肉体のいのちが続くとしたら、私の働きが豊かな実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいのか、私にはわかりません。私は、その二つのものの間に板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています。しかし、この肉体にとどまることが、あなたがたのためには、もっと必要です。私はこのことを確信していますから、あなたがたの信仰の進歩と喜びとのために、私が生きながらえて、あなたがたすべてと一緒にいるようになることを知っています。そうなれば、私はもう一度あなたがたのところに行けるので、私のことに関するあなたがたの誇りは、キリスト・イエスにあって増し加わるでしょう。」
つまり整理すると、1章ではパウロは、自分が生きることがピリピの人達の為になると言い、今回の所では、ピリピの人たちから励ましを受けたいと言っている。いわば助けを必要としているように書いている。そしてこれは、1章と2章とでは一見して矛盾しているようであるが、実はそうではない。

ではそれはどういう事かと言うと、人は一人では生きて行けない。その事を、パウロは如実に語っていると言えるだろう。そして、そこには分かち合いというものが、キリスト者にとってどうしても必要であると教えられるのである。パウロが1章で書いていることも真理であるし、今回の2章で書いていることも真理である。そしてその間に介在するのが、同じ神様に繋がっている者同士の分かち合い。これがクリスチャンにはどうしても必要であるということである。

確かに、御言葉によって励まされ、力を与えられる。反省させられ、また喜びが与えられる。教会に来て御言葉を聞き、神様の恵みで満たされる。でもその後、教会からさっさと帰る。クリスチャン同士の交わりが少しもない。これは、本当にキリストに繋がっているとはいいがたい。パウロがなぜ、早くテモテをピリピの人たちの所に送りたかったのであろうか。それは、自分の現状を正確に、また忠実に伝えたかったからだ。またピリピの教会の現状も知りたかったのである。それによって、同じ主にあるものが、交わり、祈り、語り合えるからであった。

しかしながら、21節には強烈な言葉が書かれている。「だれもみな自分自身のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことを求めてはいません」と。あるいはまた20節にも「テモテのように私と同じ心になって、真実にあなたがたのことを心配している者は、ほかにだれもいないからです」とある。これは、本当に恐ろしい状態であると言わざるをえない。交わりの点で、大変欠落した状況であるように思う。

私はこのパウロの言葉を読む時に、岡山にいた3か月間の信仰生活を思い出さずにはおれない。それは、学校を卒業して就職の為に岡山に引っ越してからの事である。大阪で信仰が与えられたので、その信仰を続けるためにその時所属していた教会の牧師に紹介状を書いていただき、岡山へと移った。そして教会生活が始まった。しかし、いつも礼拝説教で教えられ、恵まれるのであったが、私の性格上、なかなかその中に溶け込めなかった。だから教会で説教を聞き、恵みをいただき、励まされ、強められて自分の所へと帰って行くのであるが、教会で受けた恵み、励まし、力は、一体どこへ行ってしまったのかと思えるほど見事に消えていた。そしてまた6日間、闇の生活をしていた。

それは決して普段、祈っていなかったわけではない。御言葉を読んでいなかったわけでもない。しかし、そこには足りないものがあったのだ。つまりそれは交わりの欠如であり、また、自分の事しか考えない信仰でしかなかったのであった。問題は20節、「だれもみな自分自身のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことを求めてはいません」。これにあったのだと、今更ながらに反省させられている。以前にもお話ししたが、信仰のために苦しむくらいだったら、止めた方がいい。それが当時の私の信仰であった。ところが後に「キリストを信じる信仰だけでなく、キリストのための苦しみをも賜ったのです」という、パウロの言葉を知って私は驚いたわけであった。

ところで、パウロは今、牢獄にいる。そして彼の周りには、パウロを見張るローマの親衛隊がいる。と同時にパウロの信頼できる愛弟子テモテがいた。そしてまた、次回登場するエパフロデトもいた。そのエパフロデトは、ピリピ教会からパウロの世話をさせるために遣わされた人であった。そういう中で、パウロは今、テモテをピリピに遣わしたいと願っているのである。それも早く送って、ピリピ教会の事を知り、励ましを受けたかったのである。

考えて見ると、人がものごとを行うことには限界がある。必ず誰かの協力が必要だ。それは実際に力となり働いてくれる人、協力者も必要であるが、それと共に直接作業、行動には携わらなくても、離れていても、お互いの状況を知り、祈り、支え合うことは、どんなに力強い励ましとなることであろうか。だからパウロは2章4節のところで「自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい」と語ったのである。これを実行し合える群は、実に大きなすばらしい働きをすることができる。

しかし現実には「自分自身のことを求めるだけ」で生きている人が何と多いことであろうか。信仰生活にも、そのような姿勢を見ることがある。信仰を自分だけの幸せや安全、祝福、平安のためにひとり占めしたり、少し範囲を広げたとしてもせいぜい自分の家族にとどまり、無病息災、商売繁盛、家内安全を願い求める。これらは、信仰を自分のためのものとしか考えない態度である。御利益宗教的に考えると、この時点に止まってしまっている。そう言えるだろう。
ところで、今回の所には、テモテと言う模範的な信仰者の事が出ている。そのテモテはパウロの同労者であり、パウロの愛弟子である。そしてそのテモテを、19節にあるようにピリピの教会に「早く送りたい」と願っているのだ。また20節に「私と同じ心になって」とあるように、パウロはテモテを自分の分身のような存在として信頼している。そのテモテが、実際どんな人であったかを、このピリピ書から読み取ると、21節の言葉からして、テモテは、無私無欲であり、ただキリストのことだけを求めているような人であったと思われる。また、22節にあっては、子が父に仕えるように、忠実な人物であった。そのようにも受け取れる。だからこそ、一刻も早くピリピ教会に遣わしたい。そういう思いがパウロにはあったと思われる。

パウロとテモテは大変親しい関係にあった。二人の出会いは使徒の働き16章によると、パウロの第二回目、伝道旅行でルステラに行った時にあるのである。そしてパウロは、テモテを大変気に入り、霊的指導を施し、共に伝道旅行をするようになったのである。パウロの行く所には必ずテモテがいたと言えるほど、パウロの伝道旅行には、いつもテモテは同行していた。パウロがこの手紙を記している時も、獄中の彼の身を案じて、テモテは身の危険も顧みずローマに居住し、パウロを助けていたのであった。

パウロの絶筆とされるテモテに宛てた第二の手紙4:10,11にあるが、そこには「デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、また、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行ったからです。ルカだけは私とともにおります。マルコを伴って、いっしょに来てください。彼は私の務めのために役に立つからです。」と書いて、パウロの弟子の中には彼から離れて行く者もいたのである。しかしテモテは、パウロの伝道を助け、ある時は獄中のパウロに代って諸教会を訪問し、パウロの残したエペソの群の牧師としても働いた人であった。また福音に奉仕したという理由で投獄されたこともあることが、ヘブル13:23を見ると分る。このように、テモテの働きぶりはパウロにとって「子が父に仕えるようにして」(2:22)とあるように、立派なものであった。

当時父親の権威は絶対であった。子は父の言い付けに不服があっても、それを口に出すことはできず、必ず従わなければならなかったと言われる。もっとも、パウロがテモテに言い付けた事は、キリストにあって共に行動をしているので、自分を一切殺して、パウロの言うままに行動したとは思えない。むしろ、同じキリスト信仰にあるからこそ、又、パウロがルステラで会った時に、気に入ったように、意見を異にするような事は余りなかったのではないかと思う。
ところで、パウロがテモテについて述べたり、彼を人々に紹介するときに用いる言葉は、きわめて愛情と友情に満ちたものであることが分かる。今日の箇所の2章20節には、「真実にあなたがたのことを心配している者」と紹介している。また、1コリント人4章17節では、「テモテは主にあって愛する、忠実な子です」と紹介している。また、1テサロニケ人3章2節では、「キリストの福音において神の同労者であるテモテ」とも紹介している。1テモテ1:2では、「信仰による真実のわが子」という言葉も用いている。

これらの言葉から分かるように、パウロとテモテとは、年齢的には親と子ほどの違いがあった。そのためか、二人の間は親と子のような親しい関係で結ばれていたのである。それだけではなく、神のみ言葉に仕えることにおいて二人は、まったく同等の働き人であり、同労者であると互いを見、互いを信じる協力関係の中におかれていたことも、知ることができる。だからこそ、その様なテモテをピリピの教会に遣わし、励ましを受けたいと考えたのであった。

福音に生きるとか、福音に仕えるということは、常にこのような共にとか、一緒にという要素を持っていることを私たちは教えられる。福音の内容そのものであられるイエス・キリストが人格的な存在である。神と共に歩み、また罪人と共に生きられるおかたである。そのキリストが福音の中核に立っておられるならば、福音にかかわる私達も、共に、一緒に、という要素を抜きにして福音の前に立つことができない、と言ってよいであろう。

私達もそれぞれの長所短所があったとしても、自分自身の信仰生活や教会生活を顧みるときに、共に福音に仕えて来た友達、共に福音に生きることが出来ている兄弟たち姉妹たちのことを覚えて、心踊る思いがすることがあるのではないだろうか。あの若い頃に、あの教会で過ごした何年間。あの人は今、どうしているのだろうか。一緒に教会の業に仕えることが出来た友が今もいる。共に教会のために祈り、共に労することの出来た仲間たちがいた。そのことだけで心慰められる思いがし、心弾む思いがするのである。

福音に生きる、福音に仕えることには、そのような一面があることを、パウロとテモテの関係から、そしてパウロが今、ピリピの教会の事を真剣に知りたがっている、その事から私たちは教えられる。教会同士の付き合い、その中には、さまざまな信仰者間の交わりがある。分かち合いがある。兄弟姉妹間のつまらない噂話ではなく、キリストにある福音に生き、福音に仕える分かち合いがある。それが必要なのだ。

いろんな感情を持ち、喜びや悲しみを共に受けとめることの出来る心をもったキリスト者が共にいることが、他の信仰者にとっての喜びと励ましの源にもなり得るのだ。そうではないだろうか。時には、人に躓くこともあろう。しかし私達それぞれに、共に生きる信仰の友、信仰の仲間、信仰の兄弟姉妹たちが与えられていることを、感謝をもって覚えたい。さらにそのような関係と交わりが、福音の前で深められ、広められ、より豊かにされることを願い続けていきたい。そして、このように共に福音に仕えることにおいては、ただ一方だけが益を受けるとか、一方だけが恵みを受けることにはならないということも、私達がわきまえておくべき大切な点である。

パウロもここで、テモテをピリピ教会に送ることによって、ピリピの人々を励まし、信仰にあって生きることがどういうことかを、テモテという一人の人物をとおして学んで欲しいと願っているが、その一方で同時に、あなたがたの様子を知って私も力づけられたい、とも述べている。一方的に何かを与えるのではなくて、パウロ自身も、ピリピの人々の信仰に生きる姿から、何事かを得たい、自分も力づけられたい、と願っているのである。

地上においては、他の信仰者から力づけられたり、励まされたりする必要がないほどに、完璧な信仰を持つ者は一人としていない、と言わなければならない。誰もが他の信仰者から何事かを学び、教えられ、恵みを受けながら、共に歩んで行くのである。パウロはここで、「わたしもあなたがたのことを知って励ましを受けたい」と言っている。相手から自分も力づけられ、慰められるのだ。教会から自分も励ましを受けなければならないのだと、自分の弱さを思いつつ、彼は真剣にそう考えていたと思う。そして牧師、宣教師、カントールという教職者を始め、役員、委員、教会員全員が、教会から励ましを受けつづけ、それを受けながら生きていくほかない者であるということを、ここから教えられるのである。

真の信仰者は誰であっても、御言葉を味わい、喜ぶだけでなく、それを共に分ち合うことによって成長して行くと言えるだろう。パウロは、このように、テモテという人物を送って、その人物を介して、自分自身とピリピ教会との間に交わりを深めていこうとしている。しかし、実際は25節以下で見るように、テモテを今回は送ることが出来なくて、別の人物であるエパフロデトを送ることになる。そのことはまた、次回ご一緒に学びたいと思うが、かつて私が経験したような、そして、パウロも指摘しているように、「だれもみな自分自身のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことを求めてはいません」と言われるような偏った信仰ではなく、共に分かち合い、共に成長していく、そういう信仰生活を送ろうではないか。


2002年10月20日(日) 「憐れんで下さった神」 ピリピ2:25-30 竹口牧師

2002/10/20  ピリピ2:25-30 憐れんで下さった神
先回パウロは、「ピリピの人達のことを知って、励ましを受けたいので、早くテモテをあなた方のところに送りたいと、主にあって望んでいます」と19節で言っている箇所を見た。しかし今日の箇所では、パウロはまたこのように25節で始めている。「しかし、私の兄弟、同労者、戦友、またあなたがたの使者として私の窮乏のときに仕えてくれた人エパフロデトは、あなたがたの所に送らねばならないと思っています」と。そして、その理由が30節までに書いてある。パウロは、テモテを早く送りたいと願いつつも、否、その前にエパフロデトを送りたいと思い、この手紙を書きながら、心が揺れるわけである。そして実際、このピリピ人への手紙を持っていかせたのは、1:1に「パウロとテモテから」とあるので、エパフロデトに持たせたことがわかる。

先回は、テモテについて短く見たが、今度は、エパフロデトについて簡単に見ていきたい。まず、エパフロデトは、今回と4章の2か所だけに出てくる人物である。そしてその名前は、「ハンサムな」とか「魅力的な」と言う意味である。そしてその彼のことを、パウロは、私の「兄弟」「同労者」「戦友」という言い方で表し、また「あなたがたの使者」という言い方をしている。ここでいう私の兄弟とは勿論、一般的に言われている同じ父母を持ち、血を分け合っている者を指しているのではなく、キリスト者は、キリストの十字架の血によって罪を赦され、同じ父なる神の前に子とされている。その意味でキリスト者はお互いに兄弟姉妹と呼び合っているのであり、パウロもエパフロデトの事をそう呼んでいるのである。

またパウロはエパフロデトを自分の立場に並べて置き、福音のために働く「同労者」であるとも言っている。それほどエパフロデトの協力の姿勢は真実であったといって良いであろう。更にまたパウロは福音宣教のための戦いに、苦しみを共に分ち合うという意味で「戦友」としてエパフロデトを考えたのである。今日では「戦友」と言う言葉は、あまりなじみのないものとなったが、パウロはそれを用いている。そしてまたピリピ教会から遣わされた「使者」という言い方もしている。

ギリシャ語では「12使徒」の場合の「使徒」と訳された言葉と同じだが、ここでは「使者」と訳され、これが適訳だと言えるだろう。そのエパフロデトをピリピ教会に送り返さなければならないと言う。そしてその理由として一つは、彼はピリピの人たちに会いたがっていると言う。慕い求めている、見る事を願い求めていると言うのである。それは、単にホームシックにかかっているというよりは、27節を見ると、死ぬほどの病気にかかった事が一つの原因のようだ。
ある本によると、エパフロデトは「ピリピ教会の指導者の一人であったが、ローマで獄中生活をしているパウロに仕えたいと願い、正式に教会から遣わされてローマに行き(4:18)、そこでパウロに仕えた(2:30)」と書かれている。しかし、このピリピ書に出てくるだけであるから、彼が教会の指導者の一人であったかどうかは分からないし、自らパウロに仕えたいと願い出たのかも分からないが、ピリピ教会から遣わされた人であることだけは確かである。自薦にせよ、他薦にせよ、教会から遣わされた人であった。しかも彼は、4:18に書いてあることから、ピリピ教会が贈物を携えさせて送り出した事が分かる。

彼の任務は、それを単に届けるだけと言うのではなく、獄中にあるパウロの身の回りの世話をすることであったようだ。しかしながら、彼はローマに行ってどのくらい経ってからであろうか。病気になってしまい、パウロの世話をするどころか、世話を受けなければならない事態になったのであった。

私の若い頃の事を今から考えて見て、下宿生活6年間の中で、あまり身体には自信の無い私であったし、気が小さい者であるから、いつも心配しながらの生活であった事が思い出される。特に試験の前は、その頂点にいつも達していた。親には心配かけまいと、元気でいますと手紙には書くが、実は風邪をひいてうなっていたり、下痢が激しかったり、病気といつも格闘したものであった。

ところで、エパフロデトの場合、誰がどのように知らせたのか分からないが、パウロの世話に行ったはずの彼が、病気になっていると伝わって、本人は大変それを気にしていたようである。パウロは、26節でその様に書いている。パウロの世話役を自ら進んで申し出たにしろ、選ばれて送り出されたにしろ、その目的が達成出来ない腑甲斐無さは、私にも、なんとなく分かるような気がする。勿論、彼がローマに行ってすぐにそうなったのではない。30節を見ると「彼は、キリスト・イエスの仕事のために、いのちの危険を犯して死ぬばかりになったからです」とあるように、働いた結果、そうなったのだといえるだろう。

パウロの協力者として遣わされた人物、エパフロデト。パウロの片腕として、牢獄の中で不自由なパウロに代わって、キリストの為に働く。それが彼の重要な役目であった。勿論、パウロが牢獄に入れられていたとは言え、外部からの援助を自由に受けとる事が出来、また、外の人との接触も許されていたのであった。そういう中で、エパフロデトは、パウロのために働いて過労になったのか、危険な目に会って、それが原因となって病となったのか、その病気になる経緯は分からないが、いずれにせよ、パウロはピリピの人達に、エパフロデトを送り返すに当たって「喜びにあふれて、主にあって彼を迎えて下さい」とピリピの教会の人に細かい配慮をしているのがうかがえる。

それは、エパフロデトを迎えるピリピの教会にあるかもしれない批判的な考え方を静めようとしてなされているものであろう。誰が何をどういうか分からないからである。なんとなく想像はつくような気がする。病を得たために労する事が出来ない。だから、それが癒されてから、自ら願ってピリピに帰って来ようとしているエパフロデトを、役にたたない、いくじのない人間として見ないでほしいという願いをパウロは強く持ち、この手紙の中で表していると言えるだろう。せっかく大切な務めを託してパウロの下に送ったのに、務め半ばにして帰ってくるなんて、なんとだらしのない奴だとばかりに、不満や失望の思いをもって彼を迎えないでほしいとパウロは強く願っている。

確かに手伝いに行って、それがかえってパウロの重荷となっては、それは、手伝いに行った甲斐がないのである。しかし、パウロは彼のことを、私の兄弟であり、同労者であり、戦友として懸命に働いてくれた人物である。彼が病に陥ったのも、キリストの業のために命をかけて働いた結果なのだ。十分に彼は自分の果たすべき務めを果たした。だから彼を大いに喜んで主にあって迎えてほしい。そのように29節の言葉において、パウロが強調しているのである。彼のような人々には尊敬を払いなさい、とまで言っている。主のご用の為に働く事がどんなに尊いかお分かりであろう。たといそれが直接伝道ではなくても、伝道者が働きやすいように、周りを整えて行く、世話をする。これはもう、十分に主のご用の為に働いているのである。そういう意味から、エパフロデトのような働き人を大変貴重な存在、働きであるとパウロは見ている。この彼のものの言い方、あるいは見方は大変牧会的であると同時に、まさに真理でもある。

さらにパウロは、エパフロデトの病が癒されたことを、病が治ったとは言わずに、27節を見てみると、「神は彼をあわれんで下さいました」と言い表している。つまり、ここでパウロが言わんとしていることは、神も、エパフロデトの病にかかる弱さを批判してはおられない、非難してはおられない、ということである。神は、もっと働けと命じるために、彼の病を癒されたのではない。彼はもう十分に働いた。そこで今度は、彼に休息を与えるために、癒しを与えて下さった。パウロはそのことを語ろうとして、神が彼をあわれんで下さった、という言い方をしているのである。そして、その憐れみによって自分自身も憐れみを受けたと述べる。

神の許しの下で、エパフロデトのピリピヘの帰還が実現するのだ、そのような思いを込めて、あわれみという言葉をパウロは使っている。そのことを語りながら、パウロはピリピ教会の人々に、エパフロデトを喜んで主にあって迎えてほしい。彼が帰ることも、主の御心だと受け取ってほしい。そのように願っている。

ところで、私が牧師になるために神学校に行っていた時、授業中にある先生が、こういう話をされたのを思い出す。「私は今、駅からここに来るまでの15分間、涙を流しながらやってきました。それは私どもの教会建設の為に、ある兄弟が大変労してくれました。そして今やその会堂が出来上がろうとするこの時に、その兄弟が、突然に天に召されのです。働き盛りの彼を神様がなぜ、天に召されたのか私にはわからない。涙が、とめどもなく流れてきて仕方がなかった。」そのようなことを言われたのであった。

このような話しを思い出しながら、パウロを助けるために遣わされたエパフロデト、そのエパフロデトが死ぬほどの病気にかかったが、しかしこの場合、エパフロデトを神様が憐れんで下さった。そればかりでなく、パウロも、いろいろな悲しみがあったけれども、それに更に、悲しみが重なる事のないように神様はしてくださった。そのように、27節で言っているのである。パウロにとって真に幸いだったと言えるだろう。しかしまた、神様が憐れんで下さったエパフロデトを送り返す時に、ピリピの人達が、その事を本当に心から喜んでくれる事を願うと共に、無事に送り届けたという事で、自分も安心できる、心配することが少なくなる、その事を願っているのであった。

教会は、兄弟姉妹たちの集まりであり、同労者たちの集まりであり、この世に対しては戦う友たちの集まりである。また教会は、福音によって招かれ、救われ、生かされ、福音を伝えるために召された者たちの交わりであり、共同体である。それぞれに自分のおかれた立場があり、自分に与えられた賜物に従って、主イエス・キリストのために働きたいと願っている者たちの集まりだ。しかし、それぞれに弱さや脆さを抱えている者たちであることも、私達は決して忘れてはならないと言える。終始一貫して、変わらない姿勢を保ち続けることが出来るものではない。否、むしろ長い間には、体の不調のために、心の乱れのために、奉仕が中途で挫折してしまうことだって私たちには有り得る。疲れを覚えて、休息をとりたいとの願いを強く持つこともある。信仰に迷いが生じて、教会の働きどころではない、そういう状態に陥ることもある。

牧師にしても弱さがあり、いつも完全であろうとすると、そこには無理があり息詰まりが出来る。それだけに、その時、その挫折の部分でのみ、その人の見せた弱さの部分でのみ、その人を見、判断し、裁くことを私達はしてはならないと言えるだろう。そのことを、私たちはここから教えられるのではないだろうか。勿論、兄弟姉妹として戒めることがあってもよい。忠告をしてあげることも大切な場合もある。間違いがあれば正さなければならない。励ますことも大事である。

しかし、人がある時、ある場面で見せた弱さ、そして、その人自身も心を痛めている事柄においてのみ、その人のすべてを評価することは、私たちはどうしても避けなければならないことである。そのことをパウロは教えている。本人も勿論それに甘えないようにしなければならないのは当然のことである。しかし、ある時、ある人が見せた一つの弱さが、その人のすべてであるかのように判断する過ちを犯してはならない。その弱さの中に働いてくださる神様のあわれみを見て、どのように神様が弱さを抱えた一人の人物を用いようとしておられるかを、共に尋ね求めることのほうが大切であると教えられる。

イエス・キリストを除いて、聖書の中に登場する人物で、完全な人は一人もいない。アブラハムもイサクもヤコブもダビデもソロモンもヨハネもペテロも、そして勿論、パウロもそうである。誰でも、その人の人生の中には、どうしても消せない汚点がある。しかし神様は、それ以上に、一人ひとりの器を聖め、神様のご用の為に用いて下さるのである。パウロのエパフロデトに対するピリピ教会の人達への牧会的配慮、それは、もう一度言うけれども、29節にあるように、「喜びにあふれて、主にあって、彼を迎えてください。また、彼のような人々には尊敬を払いなさい。」なのである。エパフロデトが気にしていることを、ピリピの人達が彼に気にさせてはいけなかったのである。むしろ尊敬を払うべきだったのである。私は、自分で説教しながら、本当に自分自身が足りないものであることをつくづく考えさせられた。それぞれの、弱さを認めあい、補い合い、助け合い、仕えて行くところに、キリストの体である教会が立て上げられるのである。

弱さを厳しく責めるだけでなく、一歩下がって考え、弱さを持つ者の為に祈り、支え、働いていこうではないか。キリストは、私達の弱さを知らない方ではない。執り成しをしていて下さる方なのだ。その執り成しによって、今の私達があることをしっかりと覚えようではないか。神様はエパフロデトを憐れんで下さった。パウロをも憐れんで下さった。そして、私達をも憐れみ、この教会の一員として仲間に加えられているのである。私達はみな、兄弟姉妹、同労者、戦友である。主の憐れみの中で、キリストに仕えて行きたいものである。

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