2003年11月2日(日) 「イエスの証言者」 ヨハネ1:29-34 竹口牧師
ヨハネの福音書を読み始めて今回で6回目になります。2回目に申し上げたことですが、このヨハネの福音書の1章は、前半は実に細切れにイエス様のことと、バプテスマのヨハネの事、あるいは、そのヨハネによるキリストの証言とが交互に書かれているようなことを申し上げました。
つまり1−5節まではイエス・キリストの事が書かれていて、6−8節には、バプテスマのヨハネの事が書かれ、9−14節の所では再びイエス・キリストの事が書かれ、15節には、バプテスマのヨハネの言った言葉が書かれ、更に16−18節の所では、イエス・キリストのことが書かれ、今回見ます所も含まれていますが、19−34節まではバプテスマのヨハネが、イエス様とはどんなお方か、その証言が書かれており、このように交互に著者ヨハネは書き進めておりました。
そして今回の聖書箇所からは、話の区切り目として「その翌日」と言う言葉を3回使っているのであります。29節の最初に「その翌日」とありまして、35節にも同じように「その翌日」とあり、43節にも同じように「その翌日」とある通りです。ですから、これから読んでいくときに、話の順序は、先回見ました箇所が第一日目としますと、今回見ますところは第2日目、そして次回見ます35節からは第3日目、45節から最後までは第4日目という時間的な流れがある事に気付かされるのであります。
まず、今回見ます所に入る前に、先回見ました所を手短に話しておきましょう。エルサレムにいる宗教的指導者からだと思いますが、19節の所で、バプテスマのヨハネのところにユダヤ人たちが祭司とレビ人を遣わして、「あなたはどなたですか。」と聞かせました。するとヨハネは、自分は「キリストではない。エリヤでもない。あの預言者でもない」と答えました。「じゃあ一体あなたは、どなたですか。私達は遣わされているのですから、報告をしなければなりません」と言われてヨハネは、「私は預言者イザヤが言ったように『主の道をまっすぐにせよ。』と荒野で裂けんでいる者の声です。」とそう答えたのでした。あるいはまたバプテスマを授けている事についての質問もありました。そのような事があった、その翌日の出来事が、今回、これから見ようとしているのであります。
まず、29節、30節をもう一度お読みします。「その翌日、ヨハネは自分のほうにイエスが来られるのを見て言った。『見よ、世の罪を取り除く神の小羊。私が『私のあとから来る人がある。その方は私にまさる方である。私より先におられたからだ。』と言ったのは、この方のことです。」ここでバプテスマのヨハネがイエス様とお会いしたのは、いつ頃の事だろうかと考えてみます時に、恐らく、最近としては、ヨハネによってバプテスマを受けられ、その後、荒野に行かれ、40日間の試みに会われ、 それから戻って来られて再びヨハネに会われた、そのような時だっただろうと思われます。
ところで、29節でイエス様のことをヨハネが言っています「神の小羊」という言い方には、大変大きな意味があります。それは、キリストが単に小羊のように柔和でやさしい、ということだけを意味しているのではないからであります。実は、この言い方には、キリストは罪に対する大いなる犠牲であること、そして十字架の死によって、罪の贖罪が完成するために来られたのだ、ということが含まれているからであります。
かつてアブラハムがモリヤの山にイサクを献げに行く時、イサクが、「全焼のいえにえのための羊はどこにあるのですか」と聞いた時、アブラハムは「神ご自身が……備えてくださるのだ」(創世記22:8)と言いましたが、そのまことの小羊でありました。また、神殿で朝に夕にささげられた犠牲が日々指し示していた真の小羊でありました。
更に、イザヤが53章7節で書いていますように「……ほふり場に引かれて行く小羊のように……」という、その小羊でありました。あるいはまた、イスラエルがエジプトを脱出する時のことですが、神様がなさった10の不思議な業の最後の時、過越しの小羊がほふられましたが、それも、キリストを指し示していたと言えましょう。つまり、キリストは、神様が永遠からこの世に送る事を契約なさった、罪に対する最大のなだめの供え物であったのでした。その事を、ヨハネは近付いて来られるイエス様を、「見よ、我々の方に向かって来られるあの方を。彼は、私があなたがたにこれまで宣べ伝え、信じるように教えてきた、神の小羊、メシヤである。」そのように述べているのであります。
私達がキリストについて考える場合、いつも優しいイエス様。何でも聞いて下さるイエス様、共にいて下さるイエス様という面だけを見がちでありますが、それだけでなく、そのような方になっていただくためには、イエス様は、私達の罪を取り除くために生け贄とならなければならなかった、その事をまず優先的に覚える必要があると言えるでしょう。
確かに、この世は厳しいものがあります。つらい時があります。苦しい時があります。だからこそ、甘えたい、よりすがりたいと思う気持ちが出てきます。信仰者がそうすることをイエス様は少しも嫌がられません。むしろもっと求めなさいとさえ、勧めておられる箇所もあります。しかし、それが出来るのは、イエス様の犠牲があったからです。イエス様が、神の小羊として、犠牲になってくださったからなのです。そのことをいつも覚えたいのであります。
命を賭して私達を救って下さったゆえに、今日の私達がある事を覚えなければなりません。そして未来も約束されていることを感謝しなければなりません。ヨハネは、自分とイエス様とを比較してこのように言っています。30節で「私が『私のあとから来る人がある。その方は私にまさる方である。私より先におられたからだ。』と言ったのは、この方のことです。」と。この言葉を、聖書をまだあまり知らない一般の人が読んだなら、果して、どのような読み方、意味の取り方をするのでしょうか。あるいは、一般の方でなくても構いませんが、皆さんがキリスト教に興味を持ち始めて、聖書を読み始めた頃の事を思い出してほしいのです。そうしますと、このヨハネの言葉は、恐らくこのように受け取られた方もおられるのではないでしょうか。
「私のあとから来る人がある。その方は私にまさる方である。」これは、実際の状況でもそのまま説明出来ます。そしてまたその次もまた、あるいは問題ないでしょう。「私より先におられたからだ」とあります。しかし、よくよく考えて見ますと、「私より先におられたからだ」、だから私にまさる方であるとすべてに適用して考えると、問題が起きてくるのであります。私より先におられたという先とは何を意味するか分からないからです。この世には、先生と呼ばれる方が沢山おられます。
学校の先生もおられれば、政治家も先生と呼ばれ、あらゆる趣味の世界でも、教える人はみな先生と言われています。因みに、私も一応先生と呼ばれていますが、しかし、ある人が言われるには、「先生とは、先ず生れる、これが先生である。」と言われます。あるいはまた、先に生れた者が「先生」である、などとも言います。この場合、能力的なものは問いませんで、この世で生きている間の時間的な長さだけを指して言います。
まあ、そういう意味では、ここにおられる皆さんが、誰かと比べられますと、先生と呼ばれても間違いではありません。そして聖書の話に戻しますと、この地上で先に生れたという点において、ヨハネとイエス様とを比べるならば、ヨハネの方が、僅か半年先輩なのであります。ですから、生まれた順序から言いますとヨハネのほうが先生であります。しかしヨハネが言っていますのは、イエス様のことを、「私より先におられたからだ」と言っていますので、誕生の早さの問題ではない事がお分かりでしょう。つまり、イエス様が自分より先におられたということは、はるか永遠から存在しておられたことを指しているのであります。ですからこういう意味の取り違え方は、求道間もない方が、聖書を読まれても、そこまでは、なかなか分かるものではありません。
ところで31節では、今度は、キリスト者にとっても少し考えさせることを言っていす。それは「私もこの方を知りませんでした」ということばです。これは、33節にも同じように出ています。では、バプテスマのヨハネは、イエス様の事を、実際のところは、全く知らなかったのでしょうか。もしそうでなければ、どういう意味で知らなかったのか探ってみる必要があります。と言いますのも、バプテスマのヨハネが生まれることも、あるいは、その次にイエス様が生まれることも、共に、主の使いが現れ、二人の母親を会わせ、知らせて下さるからです。
マリヤがイエス様を身ごもるに当たりまして、御使いが不妊の女と呼ばれているエリサベツのことを、「あの年になって男の子を宿しています。…今はもう6か月です」とマリヤに告げますと、マリヤは急いでザカリヤに会いに行きました。そして、共に主のみ名を褒めたたえたのでした。また、二人は親類関係でもありましたので、お互いに生れてから一切会わなかったということは想像できないからです。親同士、子同士、あるいは家族同士、全然会わなかったとも思えません。ことに二人は、生れてくる子供の将来についての指示をいただいた存在なのですから、そういう事を一切忘れたとしても、少なからず、一度や二度は会っていたのではないかと私は思うのです。
まあ、聖書に書いていないことをいろいろ詮索しても仕方ありませんが、要するに、私の申し上げたいことは、ヨハネの言う「私もこの方を知りませんでした」とは、一般的な事は知っていても、旧約聖書で言われているメシヤであるとは、イエス様がバプテスマを受けに来られるまで知らなかった、つまりそういう認識がなかったと言う事だろうと思います。ヨハネは、自分の生れるに至る話を父親や母親から聞いていたでしょう。父親が祭司職の仕事に任じられ、神殿に入ってあったことを、そして、自分も祭司の子供として育ち、今のような歩みをしている。そういう中でヨハネは、神さまに導かれて、イエス様に会い、自分の使命のもっとも偉大なるものは、そのイエス様をイスラエル人にはっきりと示し、この方こそ、待っていたメシヤであると知らせることであった、そのように自覚するに至ったことを示していると言えましょう。
彼は、自分の派閥を一つ作るためとか、自分の名前でバプテスマを授けるためにヨルダン川に来たのではない。彼の宣教とバプテスマの全目的は、この時、聴衆の前にあったのでした。即ち、今も言いましたように、彼等がまさにその時に見ていた、力ある方、神の小羊、イエス様をイスラエル人に知らせる事にあったのでした。そのために、自分は今、水でバプテスマを授けているというのです。
32節から更に彼の証言が続きます。「御霊が鳩のように天から下って、この方の上にとどまられるのを私は見ました。」と。この時の模様を、マルコの福音書1章ではこのようにかかれています。「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来られ、ヨルダン川で、ヨハネからバプテスマをお受けになった。そして、水の中から上がられると、すぐそのとき、天が裂けて御霊が鳩のように自分の上に下られるのを、ご覧になった。そして天から声がした。『あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。』」とであります。そこでヨハネは、この時の模様を、今ここで述べているのでしょう。ところで、天からの声を聞いたのは、ヨハネだけだったのでしょうか。それとも、バプテスマを受けに来ていた他の大勢の人々も耳にしたのでしょうか。それについてはよく分かりません。
それは丁度、パウロがダマスコ途上でキリストに会ったときに、天からの声がしたとき、回りの人には、理解出来なかったと同じような現象かも知れません。しかし、いずれにしましてもヨハネは確かに『聖霊がある方の上に下って、その上にとどまられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である。』と天の父が教えて下さって、まさにその通りにイエス様に起こったのを彼は見たのでした。ですから「私は見ました」と証言しているのです。そして「それで、この方が神の子であると証言しているのです。」と彼は言うのです。
バプテスマのヨハネは、この後もキリストの証言者として証ししていきます。ヘロデによって捕らえられるまで、そして首を取られるまで、証言者としての働きをするのです。その歩みは、決してこの世から見れば、斜陽の道でありました。かつては、ヨハネの名前があちこちにとどろきましたが、イエス様が活躍されるようになりますと、イエス様の名前がどんどん広がり、彼の名前は、ますます廃れていくのです。しかし、彼は、そうなるのが自分の道であったことを納得の上で、歩むのでした。なぜなら、キリストを指し示すことが彼のこの世における使命であり、任務であったからです。
そして私たち信仰者もまた、キリストの証人なのです。世の罪を取り除くためにキリストは来られた。その方は、私達の罪の身代わりとなって、十字架にかかって死んで下さった方。かつて、旧約時代は子羊がその役割を果たしていましたが、今は、その必要がないように、キリストご自身がいけにえの羊としての働きを担って下さった。そのように、生涯をかけて伝える任務が与えられているのです。
ヨハネは、いわばその先駆けの働きでした。またそれだけに、大変困難をも伴ったと思われます。私達は、ヨハネの場合とは違った状況の中にありますが、しかしそれでも、それぞれの状況の中で難しさがありましょう。とはいえ、この世のさまざまな問題に振り回されてはいけないのです。イエス様が来られた目的、またそのしてくださった働き、そして、今イエス様のしてくださったことによって受けている恵み、それをしっかりと伝えていきたいものです。
伝えるには、私達はしっかりとイエス様のお働きを知っていなければなりません。ですから、学ぶ必要にありましょう。しかし、今まで受けた恵みを語ることも出来ます。神様は、あなたのその働きを用いて下さります。もし口べたであれば、一枚のトラクトをそっと置くのも手でしょう。いろんな時に、主を讃美することも、良い証しでありましょう。大切なのは、全生活を通して、主があらわされることです。 主に愛され、主によって救われた私達は、そして今も主に愛されている私達ですから、その主を、愛されていることを、生活を通して現し、伝えて行こうではありませんか。イエス様の証言者として、であります。
2003年11月16日(日) 「メシヤに会った」 ヨハネ1:35-42 竹口牧師
現在、キリスト教は世界3大宗教のうちの一つになっています。それだけ、世界には沢山のキリスト信仰者がいると言う事でありますが、しかし、その一番最初はどうだったかといいますと、当然ではありますが、大変、小人数から始まったのでありました。今回は、その一番最初の出だしから見ていきたいのであります。そして、現在のように多くの信仰者がいるようになったのは、どうしてだろうか考えてみることにします。
先々回の所で、つまり19-28 節のところで、バプテスマのヨハネの働きについて見てきました。「あなたはどなたですか」というエルサレムから遣わされた人から質問されたバプテスマのヨハネは、「キリストではありません」「エリヤではありません」「あの預言者でもありません」「私は、預言者イザヤが言ったように『主の道をまっすぐにせよ。』と荒野で叫んでいる者の声です。」と言いました。そして、その翌日のことを先回見たわけでありました。
そのバプテスマのヨハネは、ご自分の方に来られるイエス様を見て、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」と叫び、人々に知らせたのでありました。バプテスマのヨハネは、その事を伝えるために立てられた人でありますから、その勤めを果たせば、果たすほど、自分の回りから人が去っていく。そして、イエス様の方に人が付いて行くようになる。そういう定めになっておりました。このような事態を彼自身はどのように受け止めていたのでしょうか。普通なら寂しい思いでいたでありましょうが、自分がこの世に遣わされた使命を考えれば、これも致し方ないとして受け止め、むしろ前向きであったでしょうか。
ところで、今日の聖書箇所の所で、まず彼の弟子のうちの二人が、最初にイエス様に付いていくことになるのであります。35,36 節「その翌日、またヨハネは、ふたりの弟子とともに立っていたが、イエスが歩いて行かれるのを見て、『見よ、神の小羊。』と言った。」そして37節「二人の弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った。」とこの様にあるとおりであります。この二人の内の一人は、誰であったかと言いますと、40節を見ていただきますと、シモン・ペテロの兄弟アンデレであったことが分かります。では、もう一人は誰であったかと言いますと、実ははっきりはしないのですが、伝説では、ゼベダイの子ヨハネ、つまり、この書の著者、使徒ヨハネではなかっただろうかと言われています。このヨハネの福音書では、アンデレと仮にもう一人をヨハネとしますと、では共観福音書はどういっているか興味がわくのですが、たとえば、マルコの福音書によりますと、最初シモンとシモンの兄弟アンデレがイエス様について行きます。そしてまた少しイエス様が行かれると、今度はゼベダイの子ヤコブと、その兄弟ヨハネが、ついて行ったことが出ております。つまり、二組の兄弟が最初の弟子入りをしたことになるのであります。
さて、今日の聖書箇所のヨハネの福音書に戻りますと、バプテスマのヨハネが指し示したことによって、アンデレともう一人の弟子がイエス様について行ったとでています。それも探偵ごっこのように、イエス様が道を左に曲がられれば、左に行き、街角を右に曲がられれば、右に回ると言うような状況だったのでしょうか。ところが、そんな彼等の方にイエス様は振り向いて、こう言われたのでした。「あなたがたは何を求めているのですか。」
恐らくイエス様には分からないつもりでついて行っていた二人は、突然の質問にびっくりしたのでありましょうか。「ラビ(訳して言えば、先生)。今どこにお泊まりですか。」と言うのであります。本来なら、イエス様の質問に対して、とっさにとはいえ、 「先生、どこにお泊まりですか」とは普通は言わないのではないでしょうか。泊まる場所が問題なのではなく、イエス様が何者かが知りたかったのですから。ですから普通に考えますと、「私の尊敬している師匠は、あなたが、神の子羊と言っておられるのですが、本当でしょうか。」ぐらいに答えても良さそうであります。
でも、この一見して、不釣合な受け答えが、実は、決して不釣合でないことが、後の彼等の行動から分かってきます。イエス様は、彼等の質問に、「来なさい。そうすればわかります。」と言われたのであります。そして彼等は、その言葉に素直に従うわけであります。今回の場合、責任者であるバプテスマのヨハネが指し示した訳ですから、弟子としては、イエス様とは、どういう方か、そんなに疑いの思いはなかったかもしれません。が、現代では、実に恐ろしいものを感じないわけにはいきません。声をかけられたのでついて行ったら酷い目に遭った、というのは、良く耳にすることだからであります。
今、我が家に家内の姪が同居していますが、町を歩いていると、いろんな人から誘いがかかるのだそうです。そこで、絶対について行くんじゃあないよと、口を酸っぱくして、その度に言い聞かせております。いろんな事件に巻き込まれる可能性が現代では非常に大きいのです。実は、事件には巻き込まれませんでしたが、ちょっとそこまで来て下さいと言われて着いて行ったのが、そもそも私は宗教との関わりを持つようになるのですから、何と表現したらいいのか、困るわけであります。まあ、着いていくにも、注意が必要であることだけは確かであります。
ところで、今、ヨハネの弟子の二人がなぜ、イエス様の泊まられるところを知りたかったかと言いますと、実は、泊まられている建物の善し悪しとか、その生活状況とか、 何をしておられるのかと言った事を知りたいと思ったのではありません。本当に「神の子羊なのか」、その事を話をよく聞いて確かめてみよう、そういう思いがあったのだろうと私は思うのであります。たといバプテスマのヨハネが「神の子羊だ」と言っているとはいえ、通りすがりで、立ち話で、自分の人生について話しをし、即座に決断し、自分の人生をお任せする、そうすることができるとは、なかなかいえないからであります。
少なくとも私は言えません。イエス様は、「あなた方は何を求めているのですか」と言われ、ヨハネの弟子たちは、イエス様に着いていきましたが、もし、皆さんがそう言われた時、はっきりと自分の求めているものは何か答えられる人は幸いであります。と言いますのも、大抵は、自分の求めているものが何であるのか分からないからであります。何を求めて良いのかも分からない。誰に求めるべきかも分からない、そういう人が多いのであります。勿論、ここに登場している弟子たちがそうであったとは思えません。なぜなら彼等はすでに、ヨハネの弟子であり、神について知っているからであります。
一方、イエス様が彼等に質問されたのは、イエス様ご自身が、彼等の心の中をご存じでなかったから聞かれた、そのように受け取るならそれは正しくありません。なぜなら、イエス様は、神様であられるからであります。つまり、二人の弟子の心と動機とを完全に知っておられた、と言う事は疑い得ない事実であります。
ではなぜ、そのような事をイエス様は言われたのだろうかと言うことになります。それは、イエス様は、彼等にそういう事によって、彼等の勇気に問い掛け、また幾分かは、彼等を自己吟味へと駆り立てようとされていたと言ってもいいかも知れません。 「あなた方は何を求めているのですか。私があなたがたにしてあげられることがありますか。教えてあげられる真理がありますか。取り除いてあげられる重荷がありますか。もしあるなら、言いなさい。畏れることはありません。」と言うような事も含めて問われたと言えましょう。
ところで、「来なさい」と言われて、すぐについて行くというのは、現代では大変危険であると言いました。しかしまた、堅く心を閉ざして、全く外の意見、話が聞けないのもまた危ないのであります。孤立し、社会生活が営めないようにさえなるからであります。ですから、この辺りの加減が大変難しいのであります。外界に対してあまり神経質になりますと、閉じこもるしかなくなります。また余りにも人を信じ過ぎますと、今度は騙されて被害に遭うのであります。
私は学生時代、誰も信じられない不信感の時がありました。しかし、その一方で、助けを求めている自分がいました。閉ざした心を開けるべきか否か、自分の心の中で葛藤がありました。そういう中で、とても親切な方が、絶えず声をかけてくれました。そして、私の心が少しずつ開いて行ったことを思いだします。しかしながら、親切だから良い人とは限らないのがこの世であります。狼は、羊の毛をかぶって近寄ってくるからであります。そういう意味では、本当に良い人との出会いと言うものが大切であると、今更ながらに考えさせられるのであります。
ヨハネの弟子の二人は、イエス様と出会いました。ヨハネの示しによって、もっとよく知りたいと言う思いが、「今、どこにお泊まりですか」という質問に発展したと言えましょう。そして、イエス様の泊まっておられるところで、彼等は変えられたのであります。どのように変えられたか、41節にある通りであります。特にアンデレは、兄弟シモンを見つけて「私たちはメシヤ(訳して言えば、キリスト)に会った。」と言った。)と言ったのであります。38節の時点では、「先生」と呼んでいたのですが、 今やアンデレはイエス様のことを「メシヤ」と言うようになったのです。この変化は実に大きいものがあります。
なぜなら、その後のアンデレの行動が物語っています。また、救われた時の皆さんの押さえることのできない心の喜びを、思い出された方もあることでしょう。じっとしてはおれない。誰かに、この事実を伝えたい、そういう思いにかられるからです。「来なさい。そうすれば分かります」というイエス様のお言葉は、そういう意味で、とても大切であります。
イエス様は、私たち一人ひとりを招いていて下さっています。私たちは、その招きに、皆で行くと言うよりは、一人ひとりを知っておられる方の下に一人で行くべきであります。なぜなら、イエス様は、一人ひとりの命を扱っておられるからです。一人、ひとりを大事にされる方だからです。
神様の招きに、従った者だけが、アンデレと同じ思いにされるのです。初めてイエス様を知った場合の喜びと、イエス様を知ってはいるが、さらに深くイエス様を知った場合、喜びの質には違いがあるでしょうか、喜びに満たされることに違いはないのであります。皆さんも、もう一度、そういう思いをいただきたいとは思われないでしょうか。それとも、毎日、そのような思いで過ごされているでしょうか。私は「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、私の所に来なさい。」というイエス様の招きのお言葉にしたがって、一番最初は勇気をもって、その一歩を踏み出した者の一人です。 そこは、私にとって新しい世界であり、不安な面がなかったわけではありませんでしたが、重荷がありました。そして、アンデレのように、変えられた者の一人であります。
すでに救われておられる方は、イエス様のどの言葉で、御前に出られたでしょうか。あるいはまた、まだ信仰告白をしておられない方は、何が、イエス様の招きに対して応答できなくしているのでしょうか。今日のように世界に沢山のキリスト者がいるのは、キリストの御前に出て、喜びをいただき、黙ってはおれなかった。そういう人達の言葉が、どんどん世界へと広がっていったからだと言っても言い過ぎではないでしょう。二人の弟子は、バプテスマのヨハネの弟子でしたので、旧約についてよく知っていたことでしょう。そしてその事が、アンデレの言葉によく現れています。「私たちはメシヤ(訳して言えば、キリスト)に会った。」とあります。
メシヤとかキリストとは、どちらも油注がれた者という意味です。そして油注がれたのは、旧約では、王や祭司や預言者だけでした。つまり、アンデレは、イエス様は油注がれた方であると告白しているのです。これは、彼が実際にこの世の何かの油を注がれたことによって、油注がれた方であると言っているのではなく、神様が、このイエス様に聖霊と、力を注がれたことを指しています。アンデレは決して上流階級とは言えず、否、むしろ貧しい家庭であったことでしょう。しかし、彼の宗教的知識は、 イエス様がどういう方かを受け入れるに十分でありました。それは、バプテスマのヨハネによって、自分の罪と言うものに非常に敏感なものに変えられていたでしょうし、そして、それから救われるには、この方以外にないと神様が導いて下さったからです。
39節後半には、「その日彼らはイエスと一緒にいた。時は十時ごろであった。」とあります。ユダヤ人の一日は、夕方の6時からはじまりましたので、ここでいう十時は、午後の4時のことであると言われます。この遅い時刻に、弟子たちは、イエス様との話し合いを終えることができないと分かり、 結局は、その晩、ずっといたようであります。そして、それは彼等の疑問をすべてなくする祝福の時であったことでしょう。
とはいえ、一晩ですべてを知り尽くすと言う事ではありません。イエス様を知るのは、徐々に、徐々に深まっていくものであります。そして誰でも、その最初があるのです。 アンデレがイエスをキリストと信じたこの時の信仰は、あとでさらに深められ、やがてキリストが復活されたあと不動のものとなるのであります。だからと言って、この時の信仰は決していいかげんなものではありません。神様が一歩、一歩変えて下さるのであります。アンデレを変えたのは、実際にイエス様との出会いによるものです。イエス様と出会ったことによって、イエス様が確かに救い主キリストであることが分かりました。
イエス様は今も私たちに質問されると思います。「何を求めているのですか。」それに対して、私たちは、それぞれの信仰に応じて答える必要が求められています。「来なさい。そうすれば分かります」と言われたイエス様は、来て、見ることを求めておられるのです。そして、分かるのであります。更には、分かった人は、アンデレがしたごとく、必ずや他の人に伝える、あるいは伝えたという思いにかられるに違いありません。なぜなら、それだけイエス様はすらばらしいお方であるからです。
アンデレは、早速兄弟シモンをイエス様の所に連れて行ったのでした。もし私たちが今の信仰状況が、あのアンデレのようでないようでしたら、「来なさい」というイエス様の招きに従って、イエス様のそばに、もっともっと近付くべきでしょう。そして、イエス様の素晴らしさを今一度味わうことが必要です。あるいはまた、まだイエス様の素晴らしさを知らない方は、イエス様の招きに、素直に従ってほしいものです。イエス様は、あなたを個人的に招いて下さっているのですから。そして、イエス様があなたにとってどういう方か知ってほしいものです。
42節をみますと、「あなたはヨハネの子シモンです。あなたをケパ(訳すとペテロ)と呼ぶことにします。」とあります。アンデレが前もって兄弟の名前を伝えていたのかどうかわかりませんが、少なくとも、ここを読んだ限りでは、そしてまたイエス様がどういう方かを知っている私たちは、聞かなくても、名前、事情について、完全な知識を持っておられたことは十分に納得できます。なぜなら聖書の他の箇所を読みますと、イエス様の神性、神様であることを示す性質が随所に現れているからです(4:18他)。そのイエス様が、「ケパ」とシモンにあだ名をつけられるのです。意味はご存じのように「岩」を意味します。それも、一つの岩、あるいは岩の一かけらを意味します。あだ名が着けられる人というのは、それなりに愛着があるからであり、イエス様も特別にペテロの将来を読み通してつけられたと言えましょう。
彼は生来、衝動的で、むら気であり、不安定な人でした。しかし、神様の恵みがシモンの心の中に働くのであります。イエス様との出会いにより、イエス様との新しい関係が始まるとき、別に名前を変える必要はありませんし、クリスチャンネームをつける必要もありません。それよりも大切なのは、個人的にイエス様にお会いし、イエス様にすべてをお任せすることです。そして新しい人に変えられることであります。どうぞイエス様に会ってください。そして、アンデレのように喜びを伝えるものになってほしいものです。
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