2004年1月4日(日) 「良きものはあとで」 ヨハネ2:1-11 竹口牧師
今朝見ます所は、イエス様が最初のしるしを行なわれたという、特に有名な箇所であります。場面は、結婚式か、あるいはその披露宴での出来事。それも先回見ました1章の最後の方で、ナタナエルという人が、イエス様の弟子になった、その三日目のことであります。場所はガリラヤのカナという所ですが、ものの本によりますと、ナザレから約3時間の旅行の道程であるそうですが、また、一応地図上には大体の位置が記されていますが、正確にはどこであったかはよく分からないと言われています。
一般的に結婚式には、新郎新婦と関わりのあった方々が招かれますので、その場所にイエス様の母親マリヤがいたというのは、彼女の親類か、或いは友人に当たる人の式であったであろうと思われます。そして、その式には、イエス様と、その弟子になったばかりの人達もいたのであります。現在の結婚式では、派手婚とか、地味婚とか言われ、いろんな言い方がされ、その時の経済状況に大きく左右されたり、それぞれ当人同志が話し合って決めたり、親がとりしきったりと、その家庭によっていろいろでありましょう。
今回取り上げています結婚式は、その当時の習わしに従って、普通に行なわれている結婚式だったと思われます。しかし、それにしましても、現在の私たちが考えるようなものではなく、古代イスラエルでは、そのもてなしが1週間も続いたことがあるそうですから、招く側は、それ相当のもてなしの準備が必要でありました。
裕福な家庭でありますと、その費用はあまり問題にはならないでしょうが、貧しい家庭でありますと、その為の蓄えをし、式の日に備えることをしなければ、招いた方々に対して恥をかくことになるのであります。そして、今回の場合がそうなりそうな場面でありました。現在なら、飲み物の種類は多く選ぶことも可能ですが、当時の飲み物は、ブドウ酒がメインであり、しかも、それが足りなくなるという事態になるのですから、その式の世話役人は冷や汗ものだったことでしょう。
イエス様の母マリヤは、この時、どういう立場で、この式に臨んだのか分かりませんが、イエス様に向かって「ブドウ酒がありません」と言ったのであります。そしてこの時のマリヤの言葉は、事実をそのまま述べただけなのか、それとも何か意図して言ったのか、いろいろな説があるようです。例えば、花婿、花嫁たちの貧しさが明らかになって恥ずかしい思いをさせることのないように、イエス様と弟子達が祝宴から離れるように言ったのだと言うのがあります。少なくともこの時点で弟子はアンデレ、ヨハネ、ペテロ、ピリポ、ナタナエルの5人、それにイエス様ですから、6人の人数が減るだけでも、主催者側には助かるのではないかとの考えからでしょう。
あるいは別の考えでは、イエス様がその場に相応しい勧めをすることによって、客の心を捕らえ、その関心をブドウ酒が底を突いたことから反らす、そのような意図があってマリヤがイエス様にお願いしたのだと言います。しかしながら、もう少し素直に、その話の流れをとりますと、マリヤは、事実を述べると共に、イエス様がなんらかの方法でブドウ酒の不足を満たしてくれる、そのように考えていたという風に取れるのではないでしょうか。
と言いますのも、幼ない時からのイエス様の言葉や行動を通してマリヤは、イエス様に驚くべき力と知恵とが備わっていることを認めていたからであります。特にどのようにしてほしいとは、具体的にはマリヤは要求しませんで、ありのままの事実を知らせただけでありましたけれども。そして、こういう所から教えられますことは、神様と私達との関係においての姿勢も、そういう場合も大切なような気が私はするのであります。
しかし、それではいけないとはっきりと言われる先生もおられます。神様にお願いする場合、より具体的であるのが良い、そのように勧めておられるのです。例えば、今回は結婚の話ですから、それに合わせて申し上げますと、女性が結婚を望んでいる場合、希望の男性は、身長が何センチで、体重は大体どれくらいで、趣味は何で、年収幾らで、血液型は何々でなどというように、できるだけはっきりさせたほうが良い、そのように言われます。
確かにそのほうが漠然とした祈りよりはよりはっきりはしていますが、しかし、これには、私はあまり賛成できません。まるで、神様は自分で思うようになる召使のように思えるからです。まあ、それはともかく、少なくともこの聖書の箇所で、マリヤが言った事は、それなりの意味があると思うのです。神様は、すべてをご存じでありますから、その時に相応しいことを行なって下さる方であります。そういう意味で、事実だけを神様に述べる、申し上げる、後は神様に委ねる、こういう信仰姿勢は実に大切だと考えさせられます。
ところで、ではマリヤの言葉に対してイエス様はどういわれたかと言いますと、「あなたはわたしと何の関係があるのでしょう。女の方。」とこう言われたのでありました。自分の母親に向かって、「女の方」という言い方は、何か違和感を感じないわけではありませんが、このヨハネの福音書の19:26 節のところで、つまり、十字架上のイエス様の最後のときにも同じように語りかけでイエス様がやさしくマリヤに、ヨハネの世話を受けるよう勧めておられますので、特にその呼び掛けをそんなに問題にする必要はないでしょう。また「あなたはわたしと何の関係があるのでしょう」とは、その意味するところは、「わたしの考えと、あなたの考えとは別のものです」という風に解釈している学者もいますが、まさにその通りでしょう。
手伝いの人達にマリヤが5節で、「あの方が言われることを、何でもしてあげてください」と言っているのを見ますと、これは、イエス様のお答えから、イエス様が何かの方法を採るに違いないと期待していたことが分かります。と言いますのも、マリヤはナザレにおいて30年間、イエス様の完璧な歩みと知恵を見てきていましたので、 特別に強い確信を持って、また、表面的ではない深い意味を込めて言ったように思えるからです。それは「イエスの語ることにはなんでも注意を払いないさい。そして、言われた事はなんでもそれを行ないなさい」と言う風にとれるのであります。
ところで6節は、その当時のパレスチナの風習をかいま見せてくれるのであります。それは、「ユダヤ人のきよめのしきたりによって、それぞれ八十リットルから百二十リットル入りの石の水がめが六つ置いてあった。」という文からであります。戒律に厳しかった当時の彼等にとって、きよめの儀式はとても大切な意味を持っていました。 ですから、水がめが置いてあるのには、衛生的な面からだけでなく宗教的な面がありました。ユダヤ人は、家に入るとき、ほこりで汚れた足を洗う習慣がありましたし、また、食事の前に、そして食事の途中でも、手を清める習慣がありました。
そして、そういう手足のきよめの為に、どの家にも水がめが用意されていたのでありました。今ここに80〜120リットルとありますので、真ん中をとって、100リットルとしますと、その水がめが6つ置いてあるのですから、600リットルは入るだけのかめが用意されていたと言うことであります。これを1リットル入りのペットボトルで換算しますと、600本ということになります。これは随分沢山の水が蓄えられていることになります。家族が何人か、一日の食事が何回か、一度にどれくらいの水を用いるかによってそれぞれのその家庭の状況は違うのは勿論ですが、恐らくこれが一般的な水の用意だったのでしょう。そして、それにイエス様は、水を満たすように言われたのでした。そこで手伝いの人達がしたのは、7節の最後にありますように、「彼らは水がめを縁までいっぱいにした」のでありました。
この「彼らは水がめを縁までいっぱいにした」というのは、あとから考えますと興味深いことになります。それは、この後でイエス様が水をブドウ酒に変えられますが、 もし仮に、イエス様が水を変化させるために、ここで何かを加えたなら、水はあふれてしまいますので、加えると言った工作をすることはできないからであります。8節でイエス様は言われました。「さあ、今くみなさい。そして宴会の世話役のところに持って行きなさい」と。
彼らはその指示に従ってそれを持って行ったのでありました。何の疑いもなくであります。運ぶときに、すでにブドウ酒になっていたのか、運ぶ途中でブドウ酒になったのか、それは定かではありません。水を一杯にした人には、運ぶことの意義を疑ったかも知れません。しかし、素直に聞いて従ったのでした。そして宴会の世話役が味見をしたときには、すでにブドウ酒に変わっておりました。水を縁まで一杯にした人。それを見ながら、それを知っていながら、真面目に運んだ人達でありますが、これを仮に私達信仰者が運んでいると仮定しますと、考えも及ばない事を、実際にして下さるのがイエス様ですから、期待して良かったでしょう。
しかしながら、信仰者でない人がこの場面を読みますと、まずは、こういう反応をするのです。そんな馬鹿なことがあるか。水がぶどう酒になるなんて。それでいて未信者の多くの人は困った時、奇蹟を求めるのであります。一方では信じないで、他方では求めるのであります。人は何と言う不思議な、またおかしな、矛盾なことをしていることでしょうか。
けれども多くの人は、その矛盾にさえ気付いていないと言うのが現実なのです。大きな病気にかかって、医者から見放され、もはやあなたは、死を待つしかありませんと言われると、途端に、神を求めるようになるのです。水をブドウ酒に変えられたことを信じられなくてもです。私たち信仰者もまた、同じような間違いをしないようにしたいものです。その世話役人は花婿を呼んでこう言っています。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、人々が十分飲んだころになると、悪いのを出すものだが、あなたは良いぶどう酒をよくも今まで取っておきました。」これは、実に、この世の常に行われていることをよく表しております。また、人の心と言うものの姿をよくあらわしていると言っても言い過ぎではないでしょう。人は、大抵見栄を張るからであります。
良い酒をまず飲んでもらって、ほろ酔い気分になったら、次に出すには、少し質が落ちても酔っ払いには分かりはしない、そういう計算が働くのであります。しかし、神様の私たちに下さるものは違います。キリストは、そのしもべたちに、最終的には最もよきものを下さる。最初は十字架があり、クリスチャンの信仰生活の中で多くの戦いがあり、ついには安息と栄光と冠とがある。それは再臨のときに、より明確にされるのであって、その時信者たちは、確信を持って「あなたは今まで(私の為に)よいブドウ酒をとって置かれました。」と言うのであるとある人は言います。本当に、主が私たちにして下さることとはそうではないでしょうか。だからこそ、ますますイエス様に期待できると言えましょう。楽しみが増し、待ち焦がれもするのであります。たとい、この世で不測の事態になったとしても、なお希望があるのではないでしょうか。
当時のイスラエルの人達は、自分を清めるために、水がめに水を用意して置きました。 神さまの前に清くあろうと願って用意された水でありましたが、イエス様はそれを変えて用いられました。それはあたかも、清く変えることのできるのはこの私であると イエス様が言われているような、そんな気がしないでもありません。特に4節の言葉「わたしの時はまだ来ていません」というイエス様のお言葉から考えますと、イエス様の十字架の死の事を指していますので、より一層、そう思うようにさせてくれます。 11節では、「イエスはこのことを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行ない、ご自分の栄光を現わされた」とあります。
イエス様の神の子としてのお働きが今、始まろうとしているのです。神であり人である方が、いろいろな所で、そのしるしを人々に明らかにされるのであります。そして、ご自分がメシヤである事を明らかにされて行かれます。11節の最後のほうには、「それで、弟子たちはイエスを信じた」とあります。これは言うまでもなく、初めてここで弟子達が信じたと言うことではなく、更に信仰が増したと言う事でありましょう。彼等はすでに1章の時点で信じて、従っているからです。そして、私達の信仰もまた、彼等と同じだと言えましょう。
信じて従っていても、ある時は大きな壁にぶっつかり、悩むことがあります。しかし、イエス様の不思議なお働きによって、その危急の場を逃れる事ができます。その時、私達はまた一段とイエス様に対する信頼を厚くされるのです。そしてもっと良いものを、イエス様のもっと素晴らしいものを見せていただき、信仰から信仰へと進ませて下さるのであります。そういう意味で、私達は今、ヨハネの福音書の出だしを見ていますが、これから行われるイエス様の業や、お言葉を通して、私達の信仰が更に深められる事を私は期待するのです。
宴会の世話役はこう言いました。「あなたは良いぶどう酒をよくも今まで取っておきました」とであります。イエス様は、皆さんに対して、これまで以上に素晴らしいものを用意して下さっていることを思えば、何と言うこれからの人生に希望が持てるでしょうか。期待しようではありませんか。2004年が始まったばかりのこの時に、 神様に大いなる期待し、お仕えしていきたいものであります。
2004年1月18日(日) 「しるしを求める」 ヨハネ2:12-25 竹口牧師
先回は、イエス様がカナで行われていた結婚式に出席なさり、その披露宴の席で酒が足りなくなりましたので、水を葡萄酒に変えられて補って下さったと言うところを見ました。そこには、困っている者を助けられたイエス様の姿が現れておりました。
その後、イエス様一行は、つまり母親や兄弟や、弟子となったばかりの者達と一緒にカペナウムに下って行かれ、長い日数ではありませんでしたが、そこに滞在されました。その目的が何であったのか、何も書かれていないのであります。伝道されたのか、結婚式のために疲れて、束の間の一時、みんなと和やかな休暇の時を持たれた定かではありません。そして、今日見ます所は、ユダヤ人の過越しの祭りが近付いた時に、イエス様がエルサレムに上られた時の出来事であります。
過越しの祭りと言いますと、時をさかのぼること紀元前1400年頃、イスラエル人の先祖がエジプトにおりまして、厳しい奴隷生活を強いられておりましたが、神様は彼等をエジプトから助け出すために、一つの業を行われました。それは、一頭の羊を殺し、その血を家の門柱とかもいに塗っている家は神様が通り過ぎられ、そうでない家では、最初に生まれたものが死ぬと言うものでした。イスラエル人は神様の指示に従いましたので、その家は通り過ごされ、死人が出ることはありませんでしたが、
一方、エジプト人の家庭では多くの死人が出たのでありました。この過ぎ越してくださったことを記念して行う祭りが過ぎ越しの祭りであり、その出来事はご存じのように、神様がその民を救ってくださる御業の象徴として示しております。過ぎ越しの子羊はイエス・キリストが私たちの罪を贖うために十字架において死んでくださいました、その御業を象徴しています。ところで、イエス様がその十字架にかかられるためにエルサレムに後に入城されますが、その時がやはり過越しの祭りの時期でありましたので、今回取り上げますイエス様のエルサレム行きは、最初の頃の事をヨハネは取り上げていると言えましょう。
一方、共観福音書と言われていますマタイ、マルコ、ルカのそれぞれの福音書もイエス様のエルサレム行きを書き、しかもイエス様のこの地上での最後の方に載せていますので、イエス様によります宮清めというお働きは二度あったものと思われます。さて、イエス様と言えば、先回見ました婚宴の席で酒が足りなくなり、困っているのを助けられたように、病人を癒したり、神の国を宣べ伝えられたりと、 優しさが前面に出ているように受けとられがちでありますが、今回は、そうではない、とても厳しい面が書かれているのであります。
また、その厳しい面を一つひとつを取り上げて見ましても、どうしてイエス様がそこまでなさったのか、ある方は考えさせられ、またある人は、こういう部分は聖書には載せないでほしいな、そういう思いをされる方もあるいはおられるのではないでしょうか。聖書は、イエス様の優しい面だけでなく、厳しい面もきちんと書いているところに、素晴らしさがある、その様に思われます。
ところで、ユダヤ人にとって過越しの祭りは大変大事な祭りでありました。ですから、それに参加することは大変大きな喜びでありました。しかしまたその一方で、多くの費用がかかるのも事実でありました。特に遠くに住んでいる者、あるいは貧しい者にとっては、そのための蓄えを日々に行ない、その日を待ち侘びるのが現実でありました。神殿での献げものは、律法で決められておりますので、それに従って彼等は献げていたのでありました。遠くから来る人達の為には、その利便性を図って牛や羊や鳩を売る者たちが神殿のそばにいましたし、またお金についても、普段使っているお金ではなく、神殿用のお金が必要でしたので、その両替人がいたのでした。
外国から来る人、遠方から来る人達にとって、彼等の存在は、なくてならないものでありました。しかし、イエス様の取られた行動は、細縄で鞭を作って、羊も牛もみな、宮から追い出し、両替人の金を散らし、その台を倒し、更にはまた、鳩を売る者には「そこから持って行け。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」と言われたのですから、そうされた者達は、大変びっくりしたでありましょう。
ではなぜ、イエス様はこれほどまでに怒られたのでありましょうか。それは、良い目的のためと称して、それを利用し、利益を貪っていたからではないでしょうか。神殿で仕える祭司達は、自らの欲望のゆえに、見て見ぬふりをし、業者や両替人と結託し、その利益を山分けし、あるいは宮の中での商売ということで、場所代を祭司たちは受け取っていたのでありましょう。
ここで宮の中で、とは言いましても、これは勿論、神殿を取り囲んでいる庭の事であります。がしかし、このような庭もまた神殿の一部であるとみなされておりまして、聖なる場所であるとされていた事に違いはありませんでした。ですから、イエス様は怒られたのでありました。イエス様は、その地上での宣教活動において、これ程激しく行動し、正義の憤りを示された事はありませんでした。また、祭司たちが神の律法に熱心であると言いながら、貪りを許容していた、この甚だしい不敬虔ほど、 イエス様の聖なる怒りを引き起こしたものはありませんでした。しかしまた、この箇所は、私達にいろいろな点で深く心を探られるのではないでしょうか。主の日のために祈り、備えつつも、あの人と会ったら、これこれのことを伝えて置かなくては、あれを渡しておかなくては、あるいは受けとらなければと、1週間のうち限りある会う時間に、全てを済まそうと、もしかしたら、神様への礼拝への思いよりも、 用事を済ますために教会へ行く、そのようになっていないだろうか、考えさせられるのであります。
ユダヤ人達にとって、礼拝のために参加するその場合、定められた献げものをするためにはどうしても、認められた物を買わなければ、そしてそれを捧げなければならない。そこには、大きな利権が伴うものでありました。だからこそ、イエス様の言われた「商売の家にしてはならない」と言われたのでありましょう。
現在の私達が教会の礼拝に行くのに、献げる献金は、この貨幣でなければならないとか、自分たちの収入に併せて、牛や羊や鳩を買い分けて購入し、献げる必要はありません。一人ひとりが、心で決めたとおりに準備をし、備えて礼拝に臨む、それが正しい姿であり、皆さんそうしておられることでしょう。イエス様が、山上の説教の中で(マタイ6:21)「あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです」 と言われましたように、私達が礼拝に臨むに当たっての心が、主にだけ向いていなければならないことを教えられるのではないでしょうか。
イエス様の行ないに対して、弟子たちは17節にありますように、「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす。」という詩篇69:9の言葉を思い出したのでありました。 この詩篇69篇は、新約聖書では少なくとも7回以上メシヤの語った言葉として引用されています。(ヨハネ2:17,ローマ15:3、マタイ27:34,48、マルコ15:36,ルカ23:36,ヨハネ19:28〜30) この詩篇の最初の21節までの部分は、メシヤ自身がご自身の受難と結び付けておられます。特に69篇5節にあります「神よ。あなたは私の愚かしさをご存じです。私の数々の罪過は、あなたに隠されていはいません。」という、「私の愚かしさ」とか「私の数々の罪過」という言葉が主から発せられたものならば、確かに注目すべきでしょう。この箇所についてある人は、「罪の不当な転嫁」あるいは、「あなたは、私の敵が責めるような罪が、いくらかでも私にあるかどうかご存じです。」ということを意味していると述べていると言います。
そしてこの箇所から教えられることは、神の栄光にかかわることであるなら、時には我を忘れて行動することも弁護され得ると説明します。だから、誰か何か誤った方向にいこうとしている者がいるなら、そのままにしないで、注意、警告、説得などして、やめさせるように。決して座ったまま何もしないのではいけないと言います。
まあ、教訓としてはそのように教えられるでしょうが、少なくとも弟子たちは、イエス様のお姿を見て、後に、イエス様自身に、受難が来ることを感じたと言う事でしょう。ところで、では、この今の時はどうかと言いますと、イエス様の行なわれたことに対して、すぐさま怒って、イスラエル人達は行動を何か起こしたかと言いますと、どうも、そのようには見受けられません。むしろ18節の彼等の言葉を見ますと冷静でさえあるように思えます。「あなたがこのようなことをするからには、どんなしるしを私たちに見せてくれるのですか。」とこう言っているのであります。
これは、最初の方で申し上げましたように、イエス様の活動の最初の頃のことでありましたので、まだイエス様に対して、敵対心がでていなくて、もし、イエス様のなさったことが、神様からの委託された者である、そのように説明できるなら、彼等は、それを合法的なものとして受け入れることができる、そういう心の余裕と言うものがあったように思えます。イエス様はこの時、祭司でも、レビ人でもありませんでしたが、実際に神殿の庭での営業活動を妨害し、やめるよう迫られたのでした。
しかし、それには、それだけの根拠が求められるのは当然であったでしょう。彼等はそれを「しるし」を見せることによって納得しようしたのでした。ところで当時の人々が待ち望んでいた救い主といいますのは、ロ−マ帝国から政治的な独立をイスラエルにもたらす人でありました。それは真の神様に信頼せず、また無関心でありましたので、その彼等を、つまり神に背いている罪人をご自分の死をもって救い出すと言うイエス様の救いのお働きとは全く違っていたのでありました。従って「しるし」を求めた人達が、イエスの答えを聞いてびっくりしました。イエス様はこう言われるのであります。
「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」これは、その言葉の深い意味を知らなければ理解できない事であります。それは、語った人の意味、目的、意図を知らなければ、とんでもない誤解を招く言葉であります。神殿を三日で建てるなどというのは、とてつもなく無理なことであったからです。現にユダヤ人達はこう言ってイエス様に反論するのであります。「この神殿は建てるのに四十六年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。」神殿の大きさ、構造、今日に至った過程を考えるならとんでもないことでありました。旧約聖書を読んでおられる方であるなら、その形、寸法、材質、内部に収める備品や設備等々、実に細かく規定されているのをご存知でありましょう。
それは、神様の命じられたものであり、それに従って最初ソロモン王が建てたのでありました。しかし、イスラエルが度々神様に背き、従わなかったために、彼等をバビロンへの捕囚とされ、神殿は破壊されたのでした。そして、再建がなされましたが、後のまた破壊されました。そしてイエス様の時代は、実に3度目の再建であり、ローマ帝国時代になって、ユダヤの支配者ヘロデ大王が再建を始め、しかも、その工事がこの時代にも引き続いて行われていた、というのが現実でありました。 彼等の言うように46年もかかって、まだ完成していないのです。それを、イエス様は三日で建てると言われたのですから、彼等が驚くのも無理はありませんでした。 驚きと言うよりはあきれていたことでありましょう。何をこの「ほらふきめ」、と思ったかも知れません。
しかし、彼等がどう思おうと、あるいは感じようと、著者ヨハネは適格にイエス様の意図を書き記しております。21節、「しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。」と。22節を見ますと、この時、弟子たちもイエス様のお言葉を正しくは捕らえていなかったことが分かります。「それで、イエスが死人の中からよみがえられたとき、弟子たちは、イエスがこのように言われたことを思い起こして、聖書とイエスが言われたことばとを信じた。」とある通りであります。ヨハネがここで指摘していますように、イエス様はご自分のからだを神殿と呼ばれたのでありまして、しかも、「この神殿を壊してみなさい」とは、命令形ではなく、仮定的、預言的言葉であることはいうまでもありません。
「仮にあなたがこの神殿を壊したならば」であります。即ち「仮にあなたがわたしを殺したならば」であります。このイエス様のお言葉によって、ユダヤ人指導者たちがイエス様を死に至らせること、そしてそのイエス様は三日の後に死からよみがえられることを指しておられたのでありました。そしてまた、これが救い主としてのお働きであり、しるしだったのでありました。22節で「弟子たちは……信じた」とありますし、先回見ました一番最後の11節の所でも、「弟子たちは信じた」とありました。これは、私たちの信仰生活の姿を見せてくれているように思います。
私たちの信仰生活は、信じる生活であります。一度信じたから、もう完璧な信仰生活が一生涯送られる、と言うものではありません。神様にお従いしながら、ある時はイエス様の言われていることが良く分からなかったり、またある時は、その語られた言葉が生き生きと迫ってきたりするのであります。その度に、私たちの信仰は、成長していくのであります。そして、その信仰の成長にとって無くてならない土台というのが、イエス様の死と復活の事実なのであります。罪に死に、主によってよみがえらせていただいた私たちは、イエス様こそが、そうおできになる、そうと信じることができるようにされたものなのであります。エルサレムの神殿におけるイエス様のお働きとこのお言葉は私たちにとってとても大切な箇所であります。23節を見ますと、エルサレムの人々も、イエス様の行なわれたしるしを見て、御名を信じたとあります。しかし、彼等の信仰がどういうものであったか、 それは、これからのイエス様の行動に対する彼等の態度で十分分かって頂けることです。
本物の信仰には至っていないことがよく分かります。そして、これは決してしるしを見たから真の信仰に入るのではないことが良く分かります。人を信じさせるには、しるしほど、有効、かつ効果的なものはない、そのように考えがちですが、決してそうではありません。イエス様のお言葉の真の意味を、そしてお働きを知って、その方に全幅の信頼を置いて歩むことこそ、真の信仰の歩みであります。イエス様は私たち一人ひとりの心をこ存じであります。
そして、イエス様ご自身、ご自分の事をご存じでありました。だからこそ、その道にしたがって、一歩も逸れる事なく歩まれるのです。私たちもまた、そのような信仰生活をこれからも続けさせて頂きたいものです。弟子たちは信じました。そしてまた信じました。私たちもまた、イエス様こそ、神殿を三日で建てることのできる方、死からよみがえらせて下さる方として、何の恐れもなくついていこうではありませんか。
|