2004年4月25日(日) 「サマリヤに向う」 ヨハネ4:1-6 竹口牧師
今朝から見ます話は、大変長いものでありまして、42節まで続くのであります。一気に進むのも一つの方法ですが、今回は、少しずつ分けて見たいと考えております。 ですから、途中で復習を兼ねて話しますので話が少し重なる部分が出てきますし、学ぶことにおいては、それもまた大切な要素だと考えております。今日の聖書箇所から少なくとも4つの点に私は注目したいと考えております。
まず第一の点は、1節と3節にあります。1節「イエスがヨハネよりも弟子を多くつくって、バプテスマを授けていることがパリサイ人の耳にはいった。それを主が知られたとき、」3節「主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた」であります。
これを読みます時に、なぜ、イエス様はユダヤを去らなければならなかったのか、と言う疑問が湧いてくるのであります。イエス様は本当はユダヤに留まっていたかったのでしょうか。自分の働きがパリサイ人の耳に止まったので仕方なくガリラヤに行くことをされたのでしょうか。
多くの人は、それぞれ計画を立て、あるいはその日の予定を作り、それに従って行動されるでしょう。しかし、現実には、予期しない訪問者があったり、いつもしていることなのに、今日は機械の調子が悪くて、事が旨く運ばなかったり、更には体調が優れなくて、予定の半分もできなかったというような事は良く有り得るのであります。
では、今回のイエス様の場合はどうだったのでしょうか。私たちと同じような理由で、ユダヤからサマリヤへと変更を余儀なくされたのでしょうか。どうも、イエス様のご性質からしますと、私たちと同じように考えるのは正しいようには思えません。多分、こうではなかったでしょうか。3章の26節で見たことですが、バプテスマのヨハネからバプテスマを受けられたイエス様のその後の働きは、バプテスマのヨハネの弟子たちが心配するほどに、イエス様のお働きは、大変人々に注目されたのでした。 そしてそれは、パリサイ人の耳にも入ることになりました。しかも、パリサイ派の人達は内心、恐れを感じるようになってきたのです。
すでにバプテスマのヨハネは、領主ヘロデ・アンティパスに捕らえられ、パリサイ派の人達としてはいくらか安心しておりましたが、しかし、バプテスマのヨハネの働きが弱まるに連れて、イエス様の働きは益々強まっていく、そのことに恐れを感じ始めていたと思えるからです。そして、その事を知られたイエス様は、無用な争いを避けるように、ユダヤからガリラヤ地方へと移ろうとされたと言えましょう。イエス様が、パリサイ人を恐れられて予定を変更されたのではなく、自分の成すべき働きを、そちらの方向に定められたと言えましょう。イエス様は、いつも自分の時と言うものを心得ておられますので、その時に従って行動されたのでありました。
第2番目に見たいことは、2節の傍線で囲んである部分です。「イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが」という部分です。これもまた、非常に注目に値する言葉であります。特に、誰々先生からバプテスマを受けた、 ということを自慢したがる人にとっては、大変意外に映るのではないでしょうか。イエス様から直接バプテスマを授けてもらったので価値がある。弟子からであったなら、その価値は半分かあるいは、それ以下である、と言うような事を考える人はいないと思いますが、もし、そのような考えをお持ちの方があるとするなら、それは、この2節の言葉で、意味がないことがお分かりでしょう。
イエス様はバプテスマのヨハネからバプテスマを受けられましたが、イエス様ご自身がバプテスマを授けられたなどという事は、どこにも書かれていないからであります。 もしかしたら、イエス様ご自身は、バプテスマを誰にも授けてはおられなかったと言うのが事実かも知れません。しかしその事が、現在の教会が行っている大切な礼典の一つでありますバプテスマをイエス様は軽くみられていたのではないかと受け取るなら、それは正しくありません。
なぜなら、イエス様は十字架刑によって殺され、三日目に甦えられて、その後に天に帰られるとき、弟子達に向かって、マタイの福音書28:19,20でこう言っておられるからです。「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子となさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守ように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたと共にいます。」
つまり、ここで教えられますのは、バプテスマはキリスト教信仰の最も重要な要素ではないと言う事であります。信仰によって救われたその結果、次に来るものであると言っていいでしょう。ですから、バプテスマを授けることは、キリスト教の牧師、伝道師などが、自分は何人の人にバプテスマを授けたか、そういう事が目標とされる、 あるいは最も大切な働きである、というのではないのであります。
イエス様が福音を語られ、祈られた姿は度々記されておりましても、バプテスマを授けられたことが全く載っていないのは、そういうことでありましょう。もちろん、教会の大切な礼典である、聖餐式、バプテスマはしてもしなくてもよい、というものではありません。もう一度言いますけれども、イエス様ご自身がするように命じておられるのであります。それぞれの礼典には意味があり、私たちの救いと信仰に密接な意味があるのであります。
パウロはコリントの教会にこう書き送っています。第1コリント1章17節で「キリストが私をお遣わしになったのは、バプテスマを授けさせるためではなく、福音を宣べ伝えさせるためです。」と言っています。その前の14,15 節には、こうも書いているのです。「私は、クリスポとガイオのほか、あなたがたのだれにもバプテスマを授けたことがないことを感謝しています。それは、あなたがたが私の名によってバプテスマを受けたと言われないようにするためでした。」
パウロがこのコリント人への手紙第一を書いたのは、第3回伝道旅行の時、エペソに滞在している時に書かれたものだろうと言われていますから、いわば、パウロの伝道も使徒の働きの書でいいますと、終盤にさしかかっていますので、それで、数人の名前しか書かれていないのですから、バプテスマを授けることが目的なのではなく、福音を伝えることにあったことがお分かりでしょう。
しかし、ここで決して忘れてならないのは、だから教会は、その礼典を軽々しく扱ってよいというのではないのです。むしろ、イエス様のご命令に従う教会は、その礼典を大切に扱い、執り行なっていると言えましょう。イエス様の福音が、正しく行われている教会であるなら、礼典も正しく行われているはずである。また、そうでなければならないのであります。
次に第3の点を取り上げることにいたします。それは4節の言葉であります。「しかし、サマリヤを通って行かなければならなかった。」とあります。私は、今回の最初のところで、パリサイ人を恐れて、ユダヤからガリラヤに向かわれたのではないと申し上げました。時というものを知っておられたからであるとも言いました。そして更に、この4節を見ていただきますと、イエス様には、ある目的があったことがお分かり頂けるでしょう。「サマリヤを通って行かなければならなかった」つまり、サマリヤにおいてしなければならないことがおありだったのでした。そして、それは、一人の女性と会うためでありました。
それはまた、決して予約を取っておられたわけではありませんでした。ご自身の神の子という性格から、すでに会う人を知っておられたのであります。さて、5節にこう書いてあります。「それで主は、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルというサマリヤの町に来られた。」
サマリヤと言いますと、かつてイスラエル王国がソロモンの次の時代に南北に分裂し、北が神様に従いませんでしたので、アッシリヤと言う外国軍の手によって捕囚させられ、国外に強制移住させられたのでした。その結果、残された人達と、外国から連れて来られた人達とが一緒に住むようになり、混血となったのでありました。後に、南のユダも捕囚となりましたが、彼等はかたくなに自分たちの民族を守りましたので、元のユダと北イスラエルの人達との間に軋轢ができました。そしてユダヤ人達は極端にサマリヤ人を嫌ったのでした。
ユダヤからガリラヤ地方に行くには、その間にあるサマリヤを通っていくのが近いのですが、ユダヤ人達は、決してそこを通る事なく避けるのようにして、わざわざ遠回りをして通っていたのでありました。しかし、イエス様は、そのサマリヤを避けることなく、いいえ、ある女性と会うために、わざわざそこを通ってガリラヤに行こうとされたのでした。5節にありますように、サマリヤには、その昔、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルという所に、ヤコブの井戸がありましたが、そういう名所旧跡を見るためではなかったのでした。一人の女性と会うためでした。
考えてみますと、互いに一度もあったことがないのに、しかも、一方は、そんなイエス様に会うなどとは考えもしないで、事は進んでいくのであります。私たち人間側から見ますと、不思議な巡り合わせでありますが、イエス様から見れば、目的を持った当然の行動であったのでした。そして、それは単に会って世間話をするというのではなく、初対面でありながら、救いに至らせるという目的がありました。それも名もない、そして、もっと先を読みますと分かるのですが、この世の人から見ますと、恥ずかしいような事をしている人でした。イエス様は、そういう者にも目を止めて下さり、 救いへと導いて下さるお方であります。いいえ、イエス様は、そういう人をむしろ選んで、救いに与からせて下さったようにさえ思えます。
私自身のことを考えてみましても、本当はもっと別な人、もっと有名な、地位とか、名誉とか、権威とか、財力などなど、この世の人から見れば選ばれるに相応しい、 そのように思えるような人が、神様のご用に当たるべきではないか、そう思わされるのでありますが、神様のなさる事は実に不思議で、そうではないのです。第1コリント1章には「神のみ前で誰をも誇らせないためです」と書いてあるとおり、この世の人の見る目ではなく、神様の主権によって、神の器を立てられるのであります。神様に選ばれたとは何と言う幸いなことでしょうか。
最後に第4番目を見ることにします。それは6節の半ばにあります「イエスは旅の疲れで…」と書かれている点です。イエス様は神の子として、この地上に来て下さいました。私たちのこの肉の体をもってであります。そして、私たちが日々に味わっています疲れをイエス様も味わって下さったのでした。イエス様は、この地上に来られたとき、肉体を取られて来られました。しかも、罪だけは例外として、ほかのすべての点に於いて私たちと同じ本質を取られたのでした。
私たちと同じように、母の胎を通して生まれられ、幼児から子供、青年、大人へと成長されました。私たちと同じように、空腹や喉の渇きや痛みを感じられ、眠ることも必要とされました。私たちが弱さを持つように、イエス様も罪でない弱さを持っておられました。その体は、すべての点で、私たちと同じように形づくられたのでした。そしてこれは、私たち信仰者にとって大変な慰めとなるのであります。イエス様が地上におられた間、まぎれもなく人間の性質を持っておられました。天に上られた折にも、真の人間性を身に付けておられました。
私たちには、今も神の右の座に、私たちの弱さという感覚を共感し得る大祭司であるイエス様がおられるのであります。なぜなら、イエス様自身、試みにあって苦しまれたことがあるからです。実際の苦痛や弱さを覚えて叫ぶとき、イエス様は、私たちの訴えをよく理解して下さるのであります。私達の祈りや賛美のことばが肉体的な弱さによって弱々しくなる時、イエス様は、その状態を理解して下さるのであります。イエス様は、私たちの体のつくりを熟知しておられるのです。人間であるとはどういうことか、体験的にも知っておられるのです。イエス様以上に、私たち一人ひとりの必要、願い、叫びなどなど、理解できる者はいないのであります。
人となられたイエス様だけが、人間が経験するすべての状態に完全に入り込むことがお出来になります。貧しい者、病気の者、苦しむ者には、全能の救い主というだけでなく、最も深い同情を寄せる事の出来る方が天におられるのであります。私たち信仰者は、自分たちがお仕えしているイエス様は、そのお方のうちに、二つの完全無欠の本性が宿っているという、この重大な真理を忘れてはならないと言えましょう。人としてのイエス様は、「旅の疲れを覚えられ、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。」なんとものどかな情景でしょうか。
しかし、そのイエス様が、神の子としてのご性質も合わせお持ちになられ、それをこれから明らかにされていくのであります。私たちはこれから一人の女性にイエス様がどのように語りかけられるか、見ていこうとしているのであります。そして、その前に、イエス様がどういうお心で、このサマリヤに向かわれたかを見たのでした。イエス様は、人に左右されず、また目的を持って行動され、時を良くわきまえて歩まれるお方である。それも、私たちの良き理解者としていて下さる。そういうお方であることを見てきました。イエス様を信じている私たちは、これからも一層、そういうイエス様にしっかりとついて行きたいものであります。
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