2005年5月1日(日) 「先入観を捨てる」 ヨハネ7:25−36 竹口牧師
今日の聖書個所は、先回の話の場面の続きであります。即ち、ガリラヤにおられたイエス様が、エルサレムに、公にではなく内密に上って行かれた。時は、仮庵の祭りという、ユダヤ人たちにとってとても大切な祭りの時期であった。そしてそのエルサレムでイエス様が目にされたのは、ご自分についてのさまざまな噂でありました。その噂を耳にしながら最初は、ひそかに行動されていましたが、仮庵の祭りが中ごろになったころ、宮に上って教え始められたのでありました。
レビ記23:34によりますと、仮庵の祭りは7日間であり、さらにそれに続いて聖なる会合を開かなければならないとあり、8日間が、ユダヤ人たちにとって休みとなったわけでありましたが、その中ごろですから4日目辺りに、イエス様は、公に行動されはじめられたのでありましょう。
ところで、先回の1節のところに出ておりましたが、イエス様は、命の危険を感じておられました。しかしまだ神様の定められた時、つまり殺される時が来ておりませんでしたので、公に行動するのを止められませんでした。今回の話もイエス様について、人々がさまざまな事を言い、それに対してイエス様が答えられる場面でありますが、今回の話の個所だけでイエス様以外の登場人物をいろんな現し方がされていますので、よく気をつけて読みませんと話がわかりづらいのであります。
今回の話の最初の25節にまず、エルサレムのある人たちとあり、30節には人々とありますし、31節には群集のうちの多くの者、更に32節には祭司長、パリサイ人、それに役人が登場し、最後の部分の方35節にはユダヤ人、というようにであります。ある部分、重なっている場合もありましょうが、 一体誰の言葉なのか、注意が必要であります。それに加えて、その人たちが口にしている言葉が、本心なのか、皮肉なのか、よく見極めて読みませんと、読み間違えるのであります。従って注意深く読んでいきたいと考えております。
まず25節で最初に登場しますのはエルサレムのある人達であります。ある人達とはどういう人達なのか、と言う問題があります。恐らく、エルサレム指導者達がイエス様に対して 行なおうとしていたことを知っていた人達。ある人はエルサレムに住む下層階級の人達の一部であったと言います。先回の所の20節にある「群集」とは違うと言います。その20節の所では、「誰があなたを殺そうとしているのですか」と言っているのに対して25節では、「この人は、彼らが殺そうとしている人ではないか」とあるからです。
また今回の31節の所には「群集」がでてきますが、「群集のうちの多くの者が」とあり、 これは、エルサレムのある人の中には含まれないのかなど、なかなか、区分けが難しいのでありますが、まあ、大きく分ければ、イエス様がどういう方か、メシヤであることが分かっている人とそうではない人。メシヤとは認めなくても、この世的に見て、イエス様の氏素性を知っている人と知っていない人。敵視している人とそうではない人というように、 大雑把に分けられるでしょう。30節に「人々」が出てきますが、彼らはイエス様を捕えようとしたとありますので、イエス様には危険な、祭司長、パリサイ人と同じグループだと言えましょう。
さて、では具体的に今日の所に入っていきますが、25,26節にこうあります。「この人は、彼らが殺そうとしている人ではないか。見なさい。この人は公然と語っているのに、 彼らはこの人に何も言わない。議員たちは、この人がキリストであることを、ほんとうに知ったのだろうか。」とであります。
しかし、そういう彼らに対して私は、「ではそう言っているあなた達はあの方を本当にキリストだと知っているのか」と言いたくなるのであります。そして、その質問に答えるかのごとく27節で彼らはこう言っています。「けれども、私たちはこの人がどこから来たのか知っている。しかし、キリストが来られるとき、それが、どこからか知っている者はだれもいないのだ。」と。この27節で言っています彼らの知っているというのは、実は、本当の意味でイエス様をしっている人達ではありません。
彼らが知っているというのは、イエス様が「ガリラヤのナザレの出身である」と言う事位でしょう。でも、そういう「私達は知っている」という人達に対してイエス様は、28節でこういわれるのです。「あなたがたはわたしを知っており、また、わたしがどこから来たかも知っています。」とです。確かにあなた方は私を知っている。しかし、本当の所は、あなた方は知らないのだよ、そのようにイエス様は皮肉を込めて言われるのです。
なぜ、そう言えるかは、その次のイエス様のお言葉から分かります。「しかし、わたしは自分で来たのではありません。わたしを遣わした方は真実です。あなたがたは、その方を知らないのです。わたしはその方を知っています。なぜなら、わたしはその方から出たのであり、その方がわたしを遣わしたからです。」と。
恐らく、私達も今、このエルサレムのある人達の中にいたなら、自分達はイエス様を殺そうとしている人達ではないと言いつつも、このイエス様のお言葉に対しては、「何をこの訳の分からないことをいうのだ」と思ったことでしょう。いいえ。思っただけではなく、30節をみますと、行動を起こすのです。イエス様を捕えようとであります。メシヤに対して、手をかけ、捕えようとする。これはもう、イエス様に対する罪だけでなく、そのイエス様を送ってくださった神様に対する大変な罪であります。
無知ゆえに分からないで振舞っているとはいえ、それは、決して赦されることではないのであります。しかし、この時は幸いと言うべきでしょうか。イエス様の時はまだ来ておりませんでしたので、捕えようという思いはいっぱいでありましたが、具体的に手をかけた者はいなかったのでありました。なんと言いましょうか。不思議な状況であります。
ところで、思い込みと言うのは、大変恐ろしいものであります。多くのイスラエルの人達は、旧約聖書を通して、メシヤが来て下さると堅く信じていました。だからこそ、どんなに困難を経験しても、またその中にあっても希望をもって生きてきたのであります。王国が分裂し、捕囚となっても、外国に支配され、圧迫されていても、従うしか道が無いと言うこの時でも、彼は決して希望を捨てなかったのでありました。しかし、その彼らのメシヤ観というものには、強い先入観と言うものがありました。
それは「ナザレから何の良いものが出るだろう」とかつてナタナエルが言いましたように、 メシヤが登場する場所にこだわりがありました。預言者の言葉によりますと、ベツレヘムから出るとあるからです。また、そのメシヤは、ユダ部族のダビデの家系でなければならない。そのようにも信じていました。ですから、彼らユダヤ人たちが、偽メシヤが現れればそのたびに、きちんとそれをチェック出来たのでありました。
しかし、それが正しく機能していなかったところに問題がありました。一旦違うと思い込んだら、徹底的に排除する。まして、自分達の行なっていることを否定などしようものなら、面目丸つぶれでありますから殺意をも抱くのであります。そして32節にありますように祭司長、パリサイ人は、イエス様を捕えようと役人を遣わすのであります。
思い込み、勘違い、固定観念、これらは、私達にも大いにありえるのであります。また、そういうものに縛られ、なかなかイエス様を救い主だと信じることが出来なかった。そういう方もおられるでしょう。宗教なんて、ただの気休めだよとか、何を信じても同じだよとか、悩みのある人が求めるものであって、そうではない自分には関係ないなどというようにであります。信じたくない口実はいろいろあります。
一方、今この聖書の場面では、切にメシヤの現れるのを待っている。そういう中で、実際にメシヤを目の前にしながら、その事を、現実のこととして受け止められないジレンマが、 ここを読む人にはあるのであります。ただし、イエス様がメシヤだと認めている人にはであります。メシヤだと認められない人には、殺意を抱いている人の思いが自分の思いとして伝わってくることでしょう。実際に、その歴史の中にいなくてもであります。この話の流れをつかんだ人は、必ずどちら側かにつくかと思います。そうでなければ、単なる傍観者になるだけであります。
そして、その傍観者としての立場で読む場合、パリサイ人や祭司長の思いは分かっても、 決してイエス様のお言葉の意味は理解できないものです。33節34節のイエス様のお言葉がまさにそうでしょう。「まだしばらくの間、わたしはあなたがたといっしょにいて、 それから、わたしを遣わした方のもとに行きます。あなたがたはわたしを捜すが、見つからないでしょう。また、わたしがいる所に、あなたがたは来ることができません」この言葉の一つひとつによく注意しながら考えていただきたいのです。そうすれば、35節のユダヤ人達の言葉の意味が良く分かりますし、36節の疑問も納得されるでしょう。彼らは言います。「私たちには、見つからないという。それならあの人はどこへ行こうとしているのか。まさかギリシヤ人の中に離散している人々のところへ行って、ギリシヤ人を教えるつもりではあるまい。」とであります。
イスラエル人は、捕囚を経験し、あちこちに離散していました。あるいは、商売などであちこちにユダヤ人が点在していたでしょう。その彼らが、特別に大事にしていた三大祭、 過ぎ越しの祭り、7週の祭り、仮庵の祭りのあるときには、世界各地からエルサレムにやってきておりましたが、祭りが終わりますと、再び自分達の住んでいる所へと帰っていく。 その帰って行く彼等の所にイエス様は行かれるのかとイエス様をメシヤとは認めないユダヤ人たちは考えたわけであります。
しかし、実際はそうではありませんでした。彼らに、これからのイエス様の歩みが分かったなら、今のような考えは少しも思い浮かばなかったでしょう。即ち、イエス様が、まだしばらくの間活動された後に、捕えられ、裁判にかけられ、十字架に架けられ、殺される。 そして葬られ、三日目に甦られ、40日間弟子達と共に生活をされた後、天に帰られる、そういうことがこれから起こる。そういうことがわかれば、「まさかギリシヤ人の中に離散している・・」とはいえないはずであります。知らないが故に、彼らにとって、今考えられることと言えば、この35節の考えが精一杯であったのでした。36節の疑問は依然として残るのであります。
もっとも、イエス様をメシヤと認めている人たちでも、これから起こるイエス様の十字架への道が分かる人は、殆どいなかったと思われます。ルカの福音書2章に登場しますシメオンと言う人がいたなら、あるいは、少しは分かったかもしれませんが、しかし、具体的には何も知らされていなかったと言うのが現実です。聖書のお言葉が完結している今でこそ、私達は、イエス様の話されたお言葉を、一つひとつ読みながら、先を読むことが出来るのは、あるいは知らされているのは何という幸いでしょうか。
しかしその現代にあっても霊の目が開かれていない人には、イエス様のこのお言葉は謎めいていますし、更には、人によっては馬鹿にさえするのであります。果して、皆さんはどうでしょうか。先回の最後のところ、24節でイエス様はこう言われておりました。「うわべによって人を裁かないで、正しいさばきをしなさい」とです。イエス様がどこでお生まれになったか、また、系図はどうなっているのか、きちんと調べれば、聖書で約束されているメシヤであることは、分かるはずなのであります。
しかし、彼らはそれをしないで自分達の立場の擁護に必死なのです。自分達の間違いに対する指摘に対して、彼らは、それを受け止める度量が無いのです。だからこそ、捕えようとする。亡き者にしようとするのです。恐ろしいことです。これが、昔も今も変わらない罪の世界の現実であります。
最後にもう一つ彼らの間違った点を上げておきたいと思います。それは、私達も犯しやすい間違いかもしれませんが、救い主の到来について、神様がお遣わしになる救い主は、 人の目には分からない存在であり、それがいつかも知られないで、突然に現われるように思うことであります。ある意味では、実際そうですが、必ずしも当時の学者の一般的な考えではなかったようですが、この考えは、救い主になんとなく神秘的な性格を持たせ、 思いがけない時に現れるという、そういう期待感があったようです。
ですから、ナザレの大工の息子と言うイメージがある限り、イエス様をメシヤとは認めにくかったと言えましょう。さまざまな奇跡を行なわれてもでありました。私達は、この朝、もう一度、イエス様のお言葉の一つ一つを読み、イエス様の言われていることの確かさを確認し、信じない者にならないで、信じる者になろうではありませんか。また信じている者には、更に神様によって信仰を深めていただき、救い主として来られたイエス様の語られたそのお言葉には、何一つ間違いが無いことを覚え、更には、現在の私達の将来に対しても確かな約束を下さっていることに信頼し、期待しようではありませんか。
最後にイエス様が言われました私たちの将来に対するお約束のお言葉を読んで終わります。「わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」(ヨハネ14:2−3)お祈りいたします。
2005年5月8日(日) 「キリストに来る」 ヨハネ7:37−39 竹口牧師
私達は今、7章の初めのところに書かれていました仮庵の祭りの時に、イエス様がどんなお働きをなさったかを見ています。そのイエス様に、イエス様の兄弟達は参加するように勧めたのでありますが、「私の時は来ていません」と言われ最初は行こうとされませんでした。しかし、兄弟達が祭りに上ったことが分かりますと、ひそかに、ご自分もエルサレムに上っていかれたのでありました。ですから、その行動は、最初は公のものではありませんでした。
ところが、祭りも半ばに差し掛かりますと、宮に上って、いわば公に教え始められたのでありました。仮庵の祭りについては、前にもお話ししましたが、ユダヤ人たちが行なっている祭りの中でも、三大祭り、過ぎ越しの祭り、7週の祭りとこの仮庵の祭りは、大変重要な祭りでありまして、ユダヤ人の多くが、世界から集まって来ていたのでありました。
仮庵の祭り、それはエジプトを出たイスラエルが、荒野の旅をしている間に、仮の住まいに住まなければならなかった。そして神様は、その彼らを守ってくださった。そのことをしっかりと忘れることなく記憶に留め続けるために、実際に粗末な小屋を作り、1週間を過ごす。8日目にはきよめの集会があり、結局は8日間の時を過ごす訳ですが、そう言った仮住まいを意味する事と共に、収穫の終わりを指すものでもありましたので、 神様に恵みを感謝する時でもありました。
収穫感謝ですから、喜びの祭りでもあったわけであります。ある本にはこの様に出ていました。「晩秋に巡って来る祭りは、他の季節の祭りよりもはるかに喜ばしいものであった。 というのは、その祭りはあらゆる収穫物の取り入れの完了を表しており、この時期までに、大麦、小麦、ぶどうの取り入れが無事完了していたからである。律法が規定しているように、それは「勤労の実を畑から取り入れる年の終わり」に祝われるべきであり(出エジプト23:16)、 また、「打ち場と、酒ぶねから取り入れをしたとき」、とりおこなわれねばならない(申命記16:13,16)。それは、ただ取り入れに対する感謝と言うだけでなく、生きることを可能にし、生活を豊かにするあらゆる自然の恵みに対する喜びの感謝であった。」とであります。
神様が自然を通して、またそれを用いて、豊かに恵んでくださった、そのことを覚える時でもあったわけでありました。その仮庵の祭りの最後の大いなる日と呼ばれる時になって、 イエス様は立って、大声で言われたと今日の最初の37節には書いてあります。大声で言われたのですから、自分の周りにいる人たちだけでなく、もっと離れている人たちにも届くように言われたことを指します。そしてそれは危険が迫ってあげる悲痛な叫び声のようなものではなく、温かみのある恵みの福音の叫びでありました。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」というお言葉でありました。
祭りのこの時に、それも収穫感謝のこの時に、人々のお腹は十分に満たされ、満足しているこの時に、イエス様の言われたお言葉が、これでありました。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」これは、明らかに、飲み食いの渇きではないことがすぐに分かります。もし、そうでなけれれば、イエス様の次のお言葉は人々の耳に入っていかなかったことでしょう。イエス様のお言葉に人々が注目するかどうかのいわば最初の分岐点がこの言葉であります。
イエス様がこの時、なぜ「渇き」とか「飲む」事について言われたのか、それには今回の祭りとの関係で訳がありました。それは、ユダヤ教のラビたちの学説をまとめた「ミシュナー」というのがありますが、それによりますと、その理由がよく分かるのであります。 ある本を引用しますけれども、それも、要約されたものをさらに要約して申し上げますが、 イスラエルの民たちは、エルサレムに上ってくるとき、右手には、柳やしゅろの枝をもち、 左手には、レモンやシトロンを持ってきたのだそうです。
右手に持っている柳などは何を表すかと言いますと、イスラエルの民がエジプトを出てから荒野を旅している間、天幕を張っていた時、神様の守りと恵みがあったことを指し、左手に持っているレモンなどは、収穫を表したのだそうです。こうした物を彼らは持ってエルサレムにやってきました。この時に雨が降れば、翌年は豊作になると考え、それはまた、水と関係していたわけでありました。
ユダヤ教では、この祭りの最初の日に朗読する聖書個所は、ゼカリヤ書の14章だったそうです。その8節には、こう書いてあります。「その日には、エルサレムから湧き水が流れ出て、その半分は東の海に、他の半分は西の海に流れ、夏にも冬にも、それは流れる。」とであります。つまり、仮庵の祭りは、収穫の感謝であり、また、その収穫のためには水は不可欠ですから、水とも関係した祭りであったと言われます。
ですから、エルサレムに来る人たちの行列は、シロアムの池にまでやって来ます。このヨハネの福音書の5章に出てきましたのはベテスダの池ですが、それは、神殿を中心に見ますと、北のほうにあります。そして今回今話していますシロアムの池は、神殿の南のほうにあり、それも下の町と呼ばれる地域のはずれ、ヒンノムの谷とケデロンの谷の境にあたりに位置します。そのシロアムの池にまでやってきますと、一人の祭司が、その水を汲み、一行は、イザヤ書12章3節の言葉、「あなたがたは喜びながら救いの泉から水を汲む。」 という聖句を合唱するのだそうです。
この行列は、更に続き、神殿に行くのだそうですが、まあ、儀式のほうはそれくらいにしまして、仮庵の祭りと、その水との関係がどうつながるのかと言いますと、イスラエルの民が荒野を旅していたとき、食物がなくなったときは、マナを天から降らせてくださいましたし、水がなくなったときは、岩を裂いて水を出してくださったという、神様の偉大な奇跡の御業と関係し、その故事に倣って、神様が雨を降らせて下さるようにと祈ったのだそうです。
ですから、イエス様が大声を上げて「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」と水に関係するようなことを言われても決してとっぴな話しではなかったのであります。ただ、実際の水と、霊的な話とが交差していますので、聞く人は、よく注意して聞きませんと、何の事だかよく分からないのであります。
イエス様の手元に水があるわけではない状況で言われたなら、なおのこと、何を指して言われているのか、聞いた人に分からなかったかもしれません。教会に来られる方で、現世利益だけを求める方は、しばらく続けてこられるでしょうが、やがて失望されるでしょう。 それは、神様は、この世での幸いだけを言っておられないからです。もっと大切なことをイエス様は言っておられるからです。そして、そのことに気づきませんと、必ず求める意欲を失います。そして教会から去っていくことになるのであります。真に残念ではありますけれども。
私達は生きるために、まずパンを求めます。しかし、そういう私達に対してイエス様は、 「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉による」と言われます。まず、パンを求めるのが普通であり、また、それではいけないとイエス様は言われるのであります。イエス様はまた6章27節のところでこう言われていました。「なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠の命に至る食物のために働きなさい。」と。
そういう食物がこの世にはあるということにまず私達は気づく必要があります。そして、それがなければ人は生きていけないことも知る必要があるでしょう。生きる意味の分からない人が、インターネットで呼びかけあって、一緒に練炭自殺をするというのは、真に残念です。 一つの与えられた命が、自分のものだと錯覚している故に、自分のものは、自分でどのようにしても良いという考えへと進んだ結果ではないかと私は思うのであります。
イエス様の言われた38節のお言葉を読みますと、死しか考えられない、まさに生きながら死んでいる人に命を与える、そういうものがイエス様にはあることがはっきりと分かります。イエス様は言われます。「わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」と。
昔、田舎で育った私は、山奥に入ったとき、大きな川の源流とも言えるそのところで、小さな泉を発見し、水と共に砂を吹き上げているのを見ながら、手で、その水をすくって飲んだものです。透き通って、冷たくて、何とも言えない美味しさを感じたものです。その湧き出ているところに指を差し入れても、そのもっと奥に源流があるものですから届くはずもありませんでした。
イエス様の38節のお言葉を読みますときに、イエス様が下さるものは、私達の心の中に一旦入れてくださいますと、その心から、無尽蔵に神様の恵みの泉が川のようになって流れ出る。そのようにされると言われるのです。暗い心に、光を。渇ききった心に潤いを。冷たい心にぬくもりを。主が与えてくださるといわれるのです。
私達は毎日、あくせくと働いています。心の余裕が少しもありません。自分で一生懸命動いて、動きまくって事をなしていると思っています。しかし、実はそうではありません。神様は、神様なしの生活が、どんなに意味の無い、そして疲れだけが溜まる、満足感の無い生活であるかを教えておられるのではないでしょうか。本来なら、生ける水の川が流れ出るようになるために、一旦、すべてを置いて、イエス様のもとに行くべきだと言えましょう。また、イエス様は、今朝、私たちにそれを求めておられるのではないでしょうか。
一度あなたが生ける水の源流に触れたなら、もう、他の水を求めることはなくなるでしょう。その味は決して忘れられないものとなり、又更に与えられることに喜びを感じるからです。実は、その水には大きな犠牲が伴っていることを、ヨハネは39節で述べているのであります。ですから、素晴らしい水ではありますが、根拠無く出てくるものではないのであります。イエス様はこう言われています。「これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、 御霊はまだ注がれていなかったからである。」と。
イエス様はこの時十字架への道を一歩また一歩と歩んでおられました。その十字架とは、私達罪人のために、身代わりとなって死んでくださるというものでした。イエス様が話されているこの時点ではまだ、それが成就していませんでした。「御霊はまだ注がれていなかったからである」とは、人々が頭や心で理解できる完全な仕方で、御霊の選びや現れを示していなかったと言うことであります。イエス様が、身代わりの死を遂げられ、甦られ、天に戻られてから神様が送って下さった聖霊のお働きのようではなかったと言うことです。
聖書をよく読みますと、イエス様が地上におられた時も、また、旧約時代も聖霊なるお方のお働きが書いてありますので、今も申し上げましたように(イザヤ63:10マルコ12:36)、 ペンテコステ以前と以後とでの聖霊のお働きの現れに違いが見られますが、決して、働いておられなかったわけではありません。今日の私達にとっては、言うまでも無くペンテコステ以後ですから、イエス様を信じるすべての人に御霊が注がれていることは、何という幸いでしょうか。そして、そういう私達の心の中には、生ける川の水が存在するのであります。
ところで、水の話で言いますと、(2サムエル23:13−17)イエス様の時代より約1000年前に活躍しましたダビデですが、彼は、ペリシテ人と戦っていた時に部下の前でこう言いました。「だれか、ベツレヘムの門にある井戸の水を飲ませてくれたらなあ」と、このようにしきりに言ったのだそうです。そして、そのダビデが欲したベツレヘムの門にある井戸の水は、何と、強敵のペリシテ人が陣取っていたのでした。しかし、ダビデの願いに答えて部下である3人の勇士は、そのペリシテ人の陣営を突き抜けて、そのベツレヘムの門にある井戸から水を汲み、それを携えてダビデのところに持って来たのであります。
で、ダビデはその水をどうしたかと言いますと、飲もうとはせず、それを注いで主にささげて、こう言ったと言うのです。「主よ。私がこれを飲むなど、絶対にできません。いのちをかけて行った人たちの血ではありませんか。」私は、この所を読みますときに、3人の勇士は、どう感じたのだろうかと思うのであります。
ダビデが欲しいというから、命がけて取ってきた。取ってきたら、今度は、いのちをかけて行った人たちの血であるので飲めないと言う。この頃、ダビデは要害に住んでいましたので、水の一滴は血の一滴に相当するものだったと思います。しかし、彼はそれを飲まないで主に献げたのでした。それほど、価値ある水であったのです。翻って、イエス様は、私達に「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」と言われました。
イエス様の流して下さった血によって、またそのみ代わりの死によって、私達信仰者は、罪ある者でしたが罪赦され、命の水をいただけるようになったのでした。何という感謝な事でしょうか。イエス様のもとに行くことの幸いを私達は今知っているのです。とすれば、まだイエス様のもとに言っておられない方々、永遠に至る命の水を、まだいただいておられないあなたも、同じ恵みに今日、与かってほしいものです。そして、ご一緒に残りの生涯を満たされて歩もうではありませんか。
2005年5月29日(日) 「直接見て聞いて」 ヨハネ7:40−52 竹口牧師
イエス様は言われました。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」と。すると、この言葉を聞いたエルサレムにいた人たちは、イエス様がどういうお方なのか、いろんな事を言ったのでありました。今回の聖書個所の40,41,42節にある通りであります。
ある者は「預言者なのだ」と言い、またある者は「この方はキリストだ」と言い、更には、「まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。キリストはダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から出る、と聖書が言っているではないか」と言う風にいろいろでありました。まあ、沢山の人がいれば、いろんな見方をする人がいて当然です。人は、それぞれ偏見があり、先入観があるからです。
前にもお話しましたように、私自身が、中立でいたいと願いつつも、それが出来なかった現実をお話しました。人は、その生まれから、あるいは育ちから有形無形の影響を受け、 現在の私達一人ひとりを形作っているのでありますので、そのことを理解した上で、何事においても、批判なり批評なりをおこなっていると自覚しておく必要があるでしょう。そして、真理はどこにあるのかを絶えず求める事が大切でしょう。ただし、真理に対しては、私達はそれを受け入れるかどうかではなく、受け入れるしかない、選択の余地はない事も記憶に留めたいものです。
では何が真理なのか、ということになってきますが、それは慎重に調べる必要があるでしょう。単なる言い伝えや、経験や、知識や、あらゆる人間的な力によって判断してはいけないことは確かであります。神様の助けなしには、分からない部分がどうしてもあるのであります。今回は、先回見ました37,38節のイエス様のお言葉を受けて、人々がどのような態度を取るかを見ると共に、では、あなたはどういう見方をイエス様に対してしますか、 と聖書はこの朝、問いかけるところであります。何も調べもしないで、ただの憶測でものを言う、あるいは経験だけで、知識だけでものをいう。それは、大変危険な行為であることをまず最初に私は申し上げなければなりません。なぜなら今回の場合、イエス様をどう見るかは、その人の永遠の命に関わる事だからであります。
さて、では具体的に、聖書の話に入ることに致しますが、43節に、「イエスのことで分裂が起こった」とあります。そして先ほども言いましたように、「あの預言者」だとか「この方はキリストだ」とか、「否、そうではない」と言う風に分裂が生じました。44節を見ますと、その中には、イエス様を捕えたいと思っている者もいた事が出ています。これは、真理が捻じ曲げられる可能性を十分に含んでいた、ということでもあります。イエス様を捕えるためには、どんな方法でも使うと言うのが、捕えたい者達の心の思いだからであります。
ところで、私は、今日の聖書個所には、大きく分けて四つの立場に分かれる人たちが登場していると思います。その一つは、40節にありますように、ここに出ている人たちは聖書と言いますと、旧約聖書ですから、その旧約聖書で言われていますモーセに次ぐ預言者がでる。メシヤとまではいかなくても、預言者には違いないという見方をする人たちです。メシヤが来るまでに、預言者が現れ、この困難な時代にあって人々を励まし、助け、導いてくれると思っていたからです。マラキ書の最後のところには、預言者エリヤを遣わすと出ています。しかし、イエス様は、その預言者エリヤではありませんでした。当然ながら、イエス様はメシヤそのものであられました。
二番目は、メシヤだと認めている人たちであります。ただし、ここでメシヤだと言っている人たちの中には、メシヤであられるイエス様がお生まれになって八日目にそのイエス様が両親によって神殿に連れて来られた時に迎えた人達、シメオンとか女預言者アンナと言う人のように、もっとも、この二人はもう天に召されていたでしょうが、彼ら二人のように、まさに神様がお約束してくださっていた本当のメシヤだ、とそう信じている人達と共に、そういうグループと共に、
そうではなく、この世的な見方でイエス様を見るメシヤ、つまり、ローマの圧制に対して立ち上がる、独立を望んでいる人たちのいうメシヤ、という見方の両方の人たちがいたことが考えられます。そうなりますと、前者の方の見方は正しいのですが、後者の独立を求めてのメシヤと言うのは間違いと言えましょう。
第三番目の見方は、聖書のある部分的な知識によって、メシヤがどこで生まれるとか、ダビデの子孫でなければならないとか、そう聖書から言われている事を知っていながら、実はその知っている事と目の前におられるイエス様とがつながらない、そういう人たちであります。聖書を頭では知っているのですが、目の前におられるイエス様の表面的なことだけで判断し、正しくイエス様を見ることの出来ない人たちであります。
聖書が本当にダビデの子孫であると言っているのなら、またベツレヘムの村から出ると言われているのなら、イエス様は、そうではないのか具体的に調査すべきでありましょう。 綿密にであります。そうして初めて、このイエスはメシヤではないと本当にメシヤでないのなら結論づけることが出来るのではないでしょうか。
まず初めにメシヤではないという事から始めるべきではないのです。大変個人的なことになりますが、私の車の免許証の本籍はこの東京聖書教会の所になっています。 でも以前の本籍は、広島にありました。結婚したときに、籍を広島から東京に移しましたので、そうなっているわけであります。もし、誰かが私の免許証を見て、あなたは東京の人ですかと言われれば、生れ育った年数よりも、生活した年数である東京の方が多いものですから東京の人であるけれども、東京の人ではないとも言えるのであります。
明らかに日本の戸籍制度と、2000年前のローマ時代の制度とは大きな違いがありましょうから同じようにはいえませんが、イエス様は、ナザレでお育ちになられましたので、世の中、ナザレ人イエスで通っていましたが、実は、ベツレヘムに住民登録の原簿はあったのでありました。ですから、イエス様の両親であるヨセフは、妻の臨月になって、今にも生まれそうでも、わざわざローマの命令に従ってナザレからは遠いベツレヘムにまで行かなければならなかったのでした。
それはただ単にタイミングよくイエス様がベツレヘムでお生まれになったと言うだけでなく、イエス様は、そのベツレヘムの出身であり、また、家系を調べればダビデの家系であることも証明で来たのでした。ですから疑い深い人は、そこまで調べてものを言わなければ、とんでもない間違いを犯すことになるのであります。表面的に見えていることだけで判断することは間違いを犯すことになります。
そして最後の4番目の人たちは、イエス様を何が何でも捕えたいと、そう思っている人たちであります。32節の所で、祭司長やパリサイ人達は、イエス様を捕えるために役人達を遣わしていました。そしてその役人達は戻ってきたのでありますが、イエス様を捕えてはきませんでした。それどころかイエス様を好意的に報告するのであります。「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません」と。
状況からしますと、仮庵の祭りの半ば頃からイエス様は公に行動されるようになりました。 そして32節のところで、役人達は使わされました。しかし37節にまで来ますと、いよいよ祭りも終わりに近づいた、大いなる日と呼ばれるときが来ていますので、そしてその時に戻ってきて役人が報告するのですから命令から言いますと2,3日は経っていたことになります。そして、その間に、イエス様のお言葉を役人は十分に聞いて判断し、任務不履行のまま戻ってきて報告したと思われます。
イエス様に対する圧倒的な支持に手が出せなかったこともあるかも知れませんが、彼らの報告をよく読みますと納得できるのではないでしょうか。「あの人が話すように話した人は誰もいません」と報告しています。話す人は多いのですがイエス様のように話す人はどこにもいなかった。まさに、権威ある者のように話されていたのでありました。そして、そうであればこそなおのこと、その役人に対して命令を出したパリサイ人たちは怒りがつのるのであります。
パリサイ人が言っています。「おまえたちも惑わされているのか。 議員とかパリサイ人のうちで、だれかイエスを信じた者があったか。だが、律法を知らないこの群衆は、のろわれている。」と。 ドラマ的に言いますと、部屋の中を行ったり来たりしながら、いらいらしながら答えている様子が目に浮かぶようであります。彼らにとっては、邪魔者は消せ、という一点につきます。しかし、イエス様の言葉といい、行動と言い、そこには、他の誰にも比べられない何かを彼らも感じ取っていた。だからこそ、使わされた役人は何も出来ませんでしたし、また、そういうイエス様を捕えることの出来ない苛立ちがパリサイ人には強く表に出てくるのであります。
ところが、そういうパリサイ人の中にも、すでにこのヨハネの福音書3章に登場しましたニコデモと言う人が、怒りを静めるがごとく言うのであります。「私たちの律法では、まずその人から直接聞き、その人が何をしているのか知ったうえでなければ、判決を下さないのではないか。」とであります。実に冷静であります。
御存知のように、このニコデモという人は、イエス様が、「人は新しく生まれなければ、神の国を見ることは出来ません」と言われたとき、「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎にはいって生まれることができましょうか。」と言った人であります。このニコデモという人は、不思議な人でありまして、 このヨハネの福音書の終わりのほうの19章39節でもう一度登場するのであります。イエス様が十字架に架けられ殺され、葬られるとき、没薬とアロエを混ぜ合わせたものを持ってくるのであります。
ですから、彼はもしかしたら、隠れ信者であったのかもしれません。少なくとも彼は、この7章の時点では、他の怒るパリサイ人に対して正しい助言をするのであります。これは、ニコデモにとって大変勇気のいることだったと思います。だからこそ、それに対して52節でパリサイ人たちは怒りを抑えながら、そのニコデモに対して皮肉たっぷりにこう言ったのです。「あなたもガリラヤの出身なのか。調べてみなさい。ガリラヤから預言者は起こらない。」とであります。
そうでなくても、イエス様に対して怒りをあらわにしている時に、少しでもイエス様の側に立とうものなら、他のパリサイ人たちはそれはもう、頭から湯気が出るほどの怒りに満たされたに違いないのであります。「あなたもガリラヤの出身なのか」とは、激怒、侮辱、ひどい軽蔑のことばであります。ある人いわく「指導者であり学問のあるパリサイ人、我々の一人であるあなたまでが、このガリラヤの連中の一人になろうというのか。 あなたはこの新しいガリラヤの預言者の主張に賛同してしまったのか」 と言う風にパリサイ人の思いを表しています。
そして、更にこのような説明を加えています。「この苦々しげな問の調子は、ニコデモが、 この場で最大限、言える限りの事を言った証拠であるように思える。主の人気が高まる一方であることへの失望と苛立ち、更に主の行く手を止められない自分達の完全な無能さを味わっているパリサイ人たちの心は、主に好意的なことば、親切な言葉がちょっと出ただけで酷く怒ってしまった。実際彼らは、公正かつ律法にかなって行動することが好ましい と暗示されただけで、パリサイ人の同胞に、あなたもガリラヤ人なのかと言ってしまうほど、ひどい心の状態にあったに違いなかった」という風に説明をつけています。
まさにそのとおりだと思います。ニコデモのちょっとした言葉でも他のパリサイ人たちは、 過剰に反応しているのが私達にも伝わってくるのではないでしょうか。しかし、ニコデモの言葉が、彼らの心を更にかたくなにするのは、真に残念でありますが、罪びとの姿でもありますので、私たち自身も、振り返って見なければならないでしょう。「おまえさんがそういうのなら調べてみなさい。ガリラヤからは預言者は起らない。」とパリサイ人は言います。
では果して皆さんは、どのように今、イエス様を見ておられるでしょうか。イエス様をあなたの罪からの救い主と信じておられないのであれば、イエス様は、本当はどういう方なのか、真剣に調べていく必要があるのではないでしょうか。人任せにしないで、自分でお調べになってはどうでしょうか。そして、確信を持って、結論を出してほしいのです。この方は、モーセにつぐ預言者であるとか、ナザレ人イエスであり、大工の息子に過ぎないとか、言葉には力があるけれども、同じ人間に違いは無い。ただ他の人とは違って抜きん出ているだけだ、などというようにです。
それが、聖書を深く読んでのあなたの結論であるなら、真に残念でありますが。聖書はそう教えておりません。イエス様は、あなたの罪からの救い主であり、十字架にかかって、その罪のために身代わりとなって死なれた、唯一真の救い主であると教えているのであります。どうか、間違った先入観で、神様のお言葉を読まないで、聖書に書いてあることをそのまま受け入れてほしいものです。
疑問をもつことは不信仰ではありません。その疑問に対して、正しい答を得ることが重要なのです。疑問をそのままにしておくことも正しくはありませんが、場合によっては、神様が下さっている時が、その疑問を解決してくれることもあります。大切なのは、あなたにとってイエス様はどういうお方なのかです。周りの人がどういっているかではなく、 聖書から正しい結論を出し、イエス様から恵みと祝福をいただいて、価値ある人生をおくってほしいものです。
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