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2006年1月8日(日) 「神の栄光を見る」  ヨハネ11:38-44  竹口牧師

新しい年を迎えて、早一週間が経ちました。子供の頃は、正月は楽しみの一つでしたが、年を重ねるごとに、老いの坂を登っていかなければならない、その大変さが、少しずつ私にも分かるようになって来ました。

生きるのは大変ですが、しかし、神様が長生きも恵の一つとして与えて下さるのですから、それも喜んでいただき、神様の御用のために用いられたいとそう私は願っておりますし、皆さんもそうでありましょう。

しかし、そのように聖なる願い、神様の御用のために生きたいとそのように願っても、これまた神様のご計画ですから、それにも限度があります。神様の定められた以上には生きられないのであります。

そういう意味で、私たちは死というものを常に意識し、この世を生きていかなければならない現実があります。高等教育を受けたかどうかではなく、この世の社会的地位の高さの違いでもなく、あるいはお金持ちであるかどうかでもなく、どんな人にも同じようにたった一つだけのこの世における命が与えられ、その命がやがて無くなる時が来るのであります。ですから、この世に生を受けてから、ひたすらその死に向かって進んでいるというのが現実であります。

言うまでもなく、この世における命は当然ながら有限であります。そして、その有限の命が切れた、終わったのに再び与えられるという、神様にしか出来ない業を今日は見るのであります。

福音書のほかの個所に、死んだ人が生き返った、否、生き返らせていただいた例がありますので、今日はまず最初にそれを見てから今日の箇所に入ることにします。

とはいうものの、聖書を開かないでお聞きくださるだけで結構ですが、マタイ9:18節以下にあります会堂管理者ヤイロの娘が病気になり、そして死んでしまいましたので、すぐさまイエス様の所に行き、生き返らせてくださいと願いますと、イエス様は、その会堂管理者の願いに答えてくださったのでした。

あるいはルカの福音書7:11節以下には、ナインという町に、母一人、子一人と言う家庭で、その子一人が亡くなった。母親は悲しみにくれ、遺体がまさに家から担ぎ出される所に、イエス様が通りかけられ、可愛そうに思って、「泣かなくてもよい」とそう言って慰め、棺に手を置いて生き返らせてくださったのでありました。

現代、この日本では人が亡くなってから24時間は葬儀はしない。あるいは、してはいけないことになっているようです。理由は、もし生き返ったらという配慮からかもしれませんが、まる一日は開けて火葬となります。

最近は何を持って死というかでも、厳密に規定があり、場合によっては、臓器移植に利用されると言う場合もありますが、今見ています聖書の時代、特にこのパレスチナでは、人が亡くなったらすぐに葬ると言うのが通例だったようです。ですから、今日の聖書個所に出て来るラザロの死もまた、そのようにされて葬られたであろうことは想像できます。

ところで、ある本を読みますと、パレスチナの墓が一般的にどういうものであったのかをこういう風に書かれておりました。墓は自然の洞穴か、あるいは、岩に掘られた横穴であった。それには入口がついていて、棺台はまずそこに置かれた。

入口の奥は、洞穴になっていて、普通のものでは長さが約1.8m、幅2.7m、高さ3mであった。そのような墓の中には通常、八つの棚が、両側の壁に三段ずつ、入口に面した壁に二段、岩を刻み込んで作られていた。そしてこの棚の上に遺体が安置された。

胴体は亜麻布の着物を着せられたが、手足は包帯のような布でくるまれ、頭はタオルのような布で包まれた。墓には扉がなかったが、入口の外側にみぞがついていて、その溝に車輪のような大きな石がはめこまれていた。そしてその石が入口のところにころがされると、墓穴は封じられた」というようにであります。まあ、今申し上げましたのは、一般的な墓の例であります。

ところで、私がイスラエルに行きましたときに見ましたラザロの墓と言われている所は、そのような大きなものでは決してありませんでした。人が一人やっと降りていける。そして中を覗き込む、そう言った感じでありまして、私は、それを少しはなれたところから見ていたのを記憶しております。

ですから、もしかしたら、個人の墓であったのかもしれません。まあ、ラザロの墓といわれている所でありまして、本当にそこであったのかどうかはよく分かりません。

ところで、先回の所にもありましたが、今回もイエス様は憤りを覚えられるわけであります。それが、何に対してなのか、どういう理由が何なのか分かりませんが、極めて強い言葉であり、新約聖書の他の個所では「厳しく戒める」とか、「厳しく責める」と言うように訳されていて、強い感情の表現の言葉のようであります。

ラザロが死んで悲しんでいる人々の不信仰に憤りを覚えられたのか、あるいは、この死という悲しむべき悲惨と嘆きの上に君臨している悪魔をご覧になっていたのか、その辺りは分かりません。

がしかし、そういう思いを持ちながら、墓の入口の石を取り除けるようイエス様は命じられたのでありました。

先ほども言いましたように、当時のパレスチナでは、死ぬと直ぐに墓に葬るのが通例であり、しかも4日も経っている。そこでマルタは言ったのでありました。「主よ。もうくさくなっておりましょう。四日になりますから」と。

私は最初の方で、会堂管理者ヤイロの死の場合と、やもめの一人息子の死のことを話しました。この二つの例は、みな死んですぐにイエス様は、生き返らせてくださったのでした。

しかし今回の場合亡くなってからすでに四日経っているのであります。季節がいつ頃か分かりませんが、現在のようにドライアイスなどありませんので四日も経てば、腐敗がかなり進んでいることは確かであります。そして、そういう中でイエス様は奇跡を起こされるのであります。

腐敗が進んでいると言うことは、身体の細胞が崩れてきているということであり、これは、現代でも細胞が壊れるのをドライアイスで遅らせるか、一時的にとめることは出来ても、一旦死んだ細胞は元に戻りませんので、そのようなラザロを生き返らせることは、奇跡以外の何ものでもないのであります。

死んで直ぐであっても、人には出来ない。まして四日も経っていますなら、どうにもなりません。そのように、私たちは考えるのであります。しかし、イエス様は言われたのです。40節「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。」と。

ずっと先のことは、希望として持つことが出来ます。マルタが24節で言っていますように、「私は、終わりの日のよみがえりの時に、彼がよみがえることを知っております。」それは、遠い先のこととして受け入れやすいものです。

しかし、イエス様は、今のこの時を大切にしておられるのです。今、それが出来ないのに、後に起ることを信じられますか。今が大切ではありませんかとでもイエス様は言われているようです。

「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る」なのです。私たちは、自分の不信仰を改めなければならない気がします。今を信じられないで、どうして遠くのことが信じられるのでしょうか。今、信頼できなくて、遠い将来、今以上の信仰でありえるでしょうか。

イエス様は、25,26節でマルタにこう言われました。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」

私たちはいつも、常識で考え、常識で行動します。最近は、その常識が通用しないようなことが多くありますので、常識自体を考え直さなければなりませんが、しかし、それにしましても、死んで四日になる人が、まさか生き返るとは、誰も考えていないのです。

でも、イエス様は一貫して、ご自分のされようとしていることを、着々と進められるのであります。イエス様はまず父なる神様に祈られました。それは、力を与えてくださいと言うものではなく、ラザロを生き返らせてくださいではなく、「父よ。わたしの願いを聞いてくださったことを感謝いたします。」という、感謝の祈りでありました。

どうして、こういう祈りが出来たか、その理由が、次の言葉の祈りに表れています。42節「わたしは、あなたがいつもわたしの願いを聞いてくださることを知っておりました。」でした。

父と子とは一つであります。そして、父は子の願いにいつも答えてくださっていたのです。ですから、願うまでもなく、イエス様のお考えがそのままラザロに表わされる事をご存知でした。つまり、続いての祈りにもありますように、イエス様の祈りは、周りにいる群衆を意識しての祈りであったわけでありました。

私たちは、常日頃からイエス様に対する信頼が厚ければ、主のみ心をいつも知ることが出来ますし、また、その主のみ心を行なうことが出来るのでありますが、自分中心の、そしてこの世の常識的な判断でものを考え、実行していますので、イエス様のなさろうとされていることが分からなかったり、また、失望したりするのであります。

これは、皆さんだけでなく私自身の信仰も問われている気が致します。新しい年を迎えて、今のイエス様に対する信仰、イエス様は、これほどまでに私たち一人一人を愛し、救って下さった。私たちに良いことを行なってくださる、あるいは行なってきてくださった、その事実によって、主に対する信頼が、これからの一年にも及ぶ、そう私たちが信じるのは、信仰者として自然ではないでしょうか。

死んで四日も経っているラザロに対してイエス様は叫ばれます。「ラザロよ。出てきなさい」と。そして、そのイエス様のお言葉にラザロは応答するのです。死んでいたラザロが、イエス様のお言葉を聞いて、起き上がってくるのです。

私達が、死人に対して、何十回、何百回叫ぼうと、死人が生き返ることはありません。
しかし、イエス様には出来るのです。キリスト教の中には、病気の人に対して「悪霊よ、出て行け」と叫ぶ人がいるようです。何回叫んでも、そして自分の言葉によって「あなたは癒された」という宣言をしても、その人の病気は直らず、確実に死に向かっている。そして死を見届け、失望する牧師もいると聞いております。

私たちはイエス様に信頼することは出来ても、決してイエス様にはなり得ないことを忘れてはなりません。私たちは、恵みと憐れみによって救われた弱いものであって、イエス様と同じ力が与えられていると思ってはならないのです。

私たちに求められていることは、人には出来ないが、神には出来ると信じることなのです。人の行なうことに一喜一憂しないで、イエス様の行なってくださることを感謝と信頼を持って受け止めていくことだと言えましょう。

イエス様のなさったことを見て、驚かない人は誰一人いないでしょう。そして、イエス様を神の子と認め信じる人と、ますます心を頑なにする人と出てくることでしょう。
それは、昔も今も全く変わりません。大切なのは、あなたは、そのどちらに属する人なのですかとイエス様は問われる時に、明確にしなければならないと言うことでしょう。

この度のラザロの甦りは、後に起るイエス様の十字架と復活に大きな影響を与えます。なぜなら、死んで四日経っている、しかもすでに腐敗が進んでいる人を生き返らされた神様は、イエス様を三日目によみがえらされることは、十分に信じることが出来るからであります。

ラザロの甦りは、そういう意味で、会堂管理やヤイロの娘とか、ナインのやもめの息子の生き返りとは、全く違うと言っていいでしょう。

ところで、ラザロが生き返らせてもらった後どうしたか、ラザロの後日談というのがあるそうです。それは、良いのもあれば、悪いのもある。まあ、それは当然でありましょう。色んな人が色んなことを考えるからです。

ある本にこう書いてありました。「きっと墓から出てきたラザロは、後でぼやいたであろう。墓から呼び出されたけれども、どうせまた、わたしは死ななければならない。その二度目の死を迎えるまでの間に、いろいろな体験をする。あの時に死んでいたらよっぽどよかった。そうしたら、こんな嫌な思いはしなかったであろう。そのようにぼやき、つぶやいたのではないだろうか」と。

そして、その本では更に続いて、
「私はそのような想像をする必要はないと思っています。ただどうしても考えざるを得ないこと、思い浮かべざるを得ないことがあります。それは、これからいくにちもしないうちに、ラザロがベタニヤにすぐ近いエルサレムの郊外のゴルゴタの丘で、自分を墓から呼び出してくださったイエス様が殺されるということを聞かなければならなかったし、

もしかしたら十字架を取り囲む群衆の中で、或いは十字架上のイエス様を見つめる母マリヤの傍らで、ラザロは、それを見ていたかもしれないということです」と。

考えてみますと有りえることであります。そして、それはどんなに辛かっただろうかと思いますと共に、主は三日目に甦られたという情報には、自分に神様がしてくださった業とを重ね合わせて、神様にはどんなことでもおできになると言う確信を更に強めたのであろうと私は想像するのであります。

今日に生きる私達は、ラザロが死んだのに生き返らせていただいた。イエス様は十字架において殺されましたが、三日目に甦られたという聖書の記録を通して、私達もまた、同じ恵みに与かれることを確信するのであります。

そして、マルタやマリヤのような信仰ではなく、否、それ以下の信仰であるかもしれない私たちかもしれませんが、主はご自分の愛する者を決して手放すことなく、捉えつづけてくださり、恵みの道を歩むものとしてくださることを感謝するのです。

新しい1年が始まりました。過ぎ去った自分の信仰に生きるのではなく、聖書を通して今日も語って下さる変わる事のない神様にしっかりと信頼して行こうではありませんか。

2006年1月15日(日) 「人の計画、神の計画」 ヨハネ11:45-57   竹口牧師 

今まで続けて5回ほどラザロの死と甦りに関する記事を読んできましたが、今回は、先回の甦りの出来事を巡って祭司長とパリサイ人たちが議会を召集し、動き出すところであります。

イエス様は、この地上の生涯において、公の生涯の期間は短くありましたが、多くの不思議をなさり、そしてそれを目にした人々の中には、イエス様を信じる者も多く起こされたのでありました。

今日の最初の出だしの45節にもそのことが書いてあります。マルタとマリヤの兄弟であるラザロを甦らせたという事実を目にして、「・・イエスがなさったことを見た多くのユダヤ人が、イエスを信じた」とある通りであります。

しかしまた、その一方で、46節を見ますと、「しかし、そのうちの幾人かは、パリサイ人たちの所へ行って、イエスのなさったことを告げた」とありまして、イエス様のなさったことを、あまりよく受け取っていなかった、そういう人もいたことが分かります。

そしてこれは、奇跡とか、不思議とかを行なえば、それを見た人は必ず、信じるようになると思いがちでありますが、そうではないことを私たちに教えてくれるのであります。聖書がこのように教えているにもかかわらず、昔、私の考えた伝道の方法の一つにそういう考えがありました。

神様が私に奇跡を起こす力を与えて下さるならば、どれだけ多くの人をイエス様の救いに至らせることが出来るかと、真剣に考えたものでした。しかし、それは言うまでもなく、間違いでした。人の救いというのは、神様のお働きであり、人の業や、人の弁舌のうまさとか、集会の仕方や、伝道方法によると言う、いわば人の業による救いではないからです。

ですから、大変間違った考えをしていた初期の頃のことを思い出すのであります。奇跡がおこれば、それを見た人は全員救われると言うのは、間違っていることをこの個所は教えてくれます。

46節が語っていますように、人の心はかたくなであり、奇跡を見たなら、人は必ず信じるというもので決してない。ある者はむしろ更に心を頑なにする者さえいるのを知るのであります。

キリスト教のグループによっては、病気の人を前に出させて、癒しの儀式とか、悪霊を追い出す儀式とか、いろいろしていると耳にすることがあります。本当に病気の人が癒されているのかどうか分かりませんが、教会は、それが目的ではないことだけは確かであります。

全ての人が健康になるのは望ましいことです。しかし、神様が病気を通しても何かを教えようとされることもある、その事を忘れてはならないと思います。また、癒された人が全て信仰に入るかいいますと、そうとは限らない。癒されないと救われないかと言うと、それも正しくない。

大切なのは、人の救いは神様のなさることであり、私たち救われた者は、教会を通して、こつこつと御言葉を宣べ伝え続ける。そうしているうちに、主は、救われる人を必ず起こしてくださる。それは、私たちの努力によってではなく、神様のお力が働いて救われる人を起こして下さると言うことです。ですから、み言葉の種をまき続けることの大切さを教えられるのです。

ところで、ラザロの甦りというイエス様のなさった業を見た人が、その事を祭司長やパリサイ人に伝えますと、それを聞いた人はどうしたかと言いますと、議会を召集したのでありました。

なぜ、彼らがそうしなければならなかったかと言いますと、イエス様の行なわれることが、多くの人に注目されればされるほど、自分達の立場が脅かされる事態になって行く。そのように考える人たちがいたからでありました。それが、当時の宗教指導者であり、また政治的指導者でありました。

そのために彼らは何とか手を打つべく議会を招集したのでありました。議会と言いますと、ユダヤ人の政治、司法最高議会、および下級小議会の名称でありまして、その中で議会は、ヘブル語でサンへドリンといわれるもので、エルサレムにおける71人の議員よりなる「大サンヘドリン」と(マタ5:22,26:59,使4:15,5:21)と最低7人,最高23人の議員よりなる地方都市における「小サンヘドリン」(マタ10:17、マコ13:9)の2種類がありました。今回の場合、恐らく大サンへドリンだと思います。

この大サンヘドリンの議長職については、帝国政府の下で最高行政官であった世襲制の大祭司をこれに当て、新約聖書は引退した大祭司の存在を指摘しています。議員はサドカイ派出身の祭司グループ、書記とか賢者と呼ばれるパリサイ派、それに一般人グループから成っていました。

福音書では「祭司長、律法学者、長老」の3者として記されています。そのうちの2者だけがあげられているところも少なくないのですが、当時、サンヒドリンを構成している議員を大まかに言いますと、パリサイ派とサドカイ派でありましたが、中でもパリサイ派は党派ではありませんで、彼らの唯一の関心は、生活に則した律法の細分化にありました。

律法を慎み深く細かいことまで心を配り、律法を遵守することがゆるされれば、誰が政権を取ろうと、あまり意に介さなかったのでありました。

一方、サドカイ人は、極めて政治的な党派であり、また富んでいる者が多く、貴族的な党派でありました。彼らはまた、ローマ政府に協力的な党派でもあり、自分達の富と安逸と権力者としての地位を享受し、保持することが赦されれば、喜んでローマに協力することに甘んじました。

議会で支配的な地位にあったのは明らかにこの祭司達でありました。いうなれば、発言力を持っているのは全てサドカイ人であった、と言うわけであります。

ところで47節を見ますと、「そこで、祭司長とパリサイ人たちは議会を召集して言った。『われわれは何をしているのか。あの人が多くのしるしを行なっているというのに。もしあの人をこのまま放っておくなら、すべての人があの人を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も奪い取ることになる。』」こういって、自分達の立場が脅かされることを恐れたのであります。

人には、それぞれの立場と言うものがありまして、その立場が崩れることを大抵の人は嫌うのであります。祭司長やパリサイ人たちは、伝統的なユダヤ教の教えが、イエス様によってことごとく間違っていると指摘されて、大変慌てているのでありました。

ほって置けばどうなるか、考えただけでもぞっとしたのでしょう。ローマに支配されている中で、平穏が保たれれば、自分達の生活に影響はない。しかし、これ以上イエスの人気が高まれば、ローマもほっておく事はないだろうという考えであります。

ところが、49節にありますように、その年の大祭司であったカヤパが言うのであります。「あなたがたは全然何もわかっていない。ひとりの人が民の代わりに死んで、国民全体が滅びないほうが、あなたがたにとって得策だということも、考えに入れていない。」と。

大祭司といえば、そのサンヒドリンの議長であります。その議長が、議員に向かって、そういうのであります。態度が非常にでかいと言いましょうか。まあ、それだけの権限があって言葉なのでしょうが。その大祭司の言葉に人々は同調するのであります。

カヤパの考えによれば、イエスが民の代わりに死ねば、国民全体が滅びないで済む。そして、それは、みんなにとって得になるという損得勘定でした。それは、大祭司という人の魂を扱うものとしての言葉よりも、世俗的な一人の権力者としての言葉でありました。こうして、これからイエスを一日も早く捕らえようとの計画が立てられたのでありました。

人の計画とは、大体、こういうものであります。利害関係がからみ、損得勘定で人を生かしもし、殺しもする。生き残るために、また自分の地位を守るために、さまざまな戦いがいつの時代でも行なわれているのであります。

ところで、サンヒドリンで決まったことは、イエスを殺すと言うものでした。その計画がこれから着々と進んでいくわけであります。

今日の最後の57節を見ますと、「さて、祭司長、パリサイ人たちはイエスを捕えるために、イエスがどこにいるかを知っている者は届け出なければならないという命令を出していた。」とありますように、イエス様の活動は大変限られてきました。

人は自分のことばかりを考え、神様のことを考えていない。これが現実であります。
神なしの計画、それが人の計画であります。しかも、その人の計画は、神様に敵対する計画でありました。

一方、神様のご計画も着々と進んでおりました。それをヨハネは、こう書き記しております。49,50節のカヤパの言葉に対して51,52節でこう書いています。

「ところで、このことは彼が自分から言ったのではなくて、その年の大祭司であったので、イエスが国民のために死のうとしておられること、また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである」と。

今でこそ、ヨハネのこの言葉によるイエス様の死は、私達のために起こったこと、
神様が私達のためにして下さった事として、受け止められます。しかし、当時の人達は、イエス様を殺すことを目的に計画が立てられ、そのことを進めていることが、まさか、神の一つの大きなご計画の中にあったとは知らなかったのでありました。
そういう中で、ことはどんどん進んでいくことになります。

イエス様は当然ながら、公然とユダヤ人の前に姿をあらわすことは出来ませんし、またそのために、荒野に近い地方に去り、エフライムと言う町に入られるのであります。このエフライムと言う町がどこにあったか定かではありません。

ある人は、ヨルダン川の向こう、ペレヤ地方であったであろうと考えますし、又ある人は、エルサレムの北方約30キロの地点、サマリヤとの境界にある別名オフラと称される村であった、と言います。

イエス様は、その後、エルサレムに上られる途中、サマリヤとガリラヤの境を通られた(ルカ17:11)とルカにありますから、そしてその後、ペレヤを通過してエリコに赴いたと言う風に考えるのだそうです。

まあ、いずれにしましても、イエス様は、ご自分の死と言うものが、だんだんに迫って来ている、その事をひしひしと感じられていたことは確かであります。

私は思うのでありますが、人は無い知恵を一生懸命出して考え、これが最善として実行に移します。それが良いことであるなら、あまり問題ではありませんが、もし悪いことであるなら、そのような人間の計画を神様は用いられないで、聖なるご計画によって、事を成してくださるようにと私は願うのです。

でも、聖書を読んでいますと、神様は人の目には良いと思われること、悪いと思われること、全てを用いられて、ご自身のご計画を進めておられるのを見ないわけにはいかないのであります。

どちらにしても神様の御用のために用いられるのであったなら、それでいいではないかと思う人がいるかもしれません。

でも、たとえば、まだ先の話になりますが、イエス様を裏切ったユダのような用いられ方つまり、イエス様が捕らえられるための働きをユダはしたのですから、イエス様が身代わりの死を遂げられるために一役買った事になります。

しかしイエス様は、そのユダの事をこういう風に言われています。「確かに、人の子は自分について書いてある通りに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はのろわれます。そのような人は生まれないほうがよかったのです」(マタイ26:24)

ですから、もし皆さんが、神様に用いられたいとお思いでしたら、そしてキリスト者であるなら当然、そういう思いで毎日を過ごしているわけですが、自分を、神様の喜ばれる事だけに献げたいと思うのではないでしょうか。

自分には大したことは出来ない。でも、イエス様が自分の背中に乗ってくださるなら、ロバの子の子ロバにでもなって、お仕えしたいと思うのです。

旧約聖書に登場する預言者達のことを考えて見ますと、彼らは、神様の御用のために働いた人たちでした。しかし、その歩みは決して楽しいものではありませんでした。

反対に遭い、馬鹿にされたり、牢獄に入れられたり、そういう中で、神様の計画を人々に伝え、神様のもとに帰るようイスラエルの人々に勧めたのでした。そのように、苦難の預言者たちの歩みも一つの例であります。

一方、今日の所では、議会がイエス様のなさった事を正しく理解せず、敵対心を丸出しにして、殺すことを議決し、計画を立てていきます。それを神様はじっと見ておられて、彼らの行ないが成功裏に終わるようにされるのです。

そして、悪が勝ったと思ったら、何とそこには、神様のご計画が進んでいた。その事を当事者は後から知らされるのであります。

この神様の人間に対してなさる皮肉を、私達はどのように捉えればよいのでしょうか。非常に考えさせられるものがあります。

今回登場した議会の人達は、自分達のことしか考えていませんでした。そして、自分達の救い主を殺す計画なのですから、立てた計画も間違っていました。

考えて見ますと、とんでもない計画なのであります。人の計画と、神の計画と言う点で考えます時に、その当時、私たちが生きていたなら、どちらの視点で見、どちらの立場に立っていたのでしょうか。そしてまた、現在の私達の計画は、どちらに視点を置いて考えているのか、とても考えさせられます。

教会の中で、将来のことを考えるときに、本当に神様のことを考えて計画しているのか、それとも、自分の都合、自分のやりやすさ、あるいは、周りの目を気にした上での計画ではないのか、一つ一つがとても探られるのではないでしょうか。

大祭司カヤパの言った言葉は、まさに神様のこれからのご計画そのものでしたが、その事を理解して言ったとは到底思えません。神様のご計画でありながら、実は、その計画は最も恐ろしい計画でもあったわけです。自分達の救い主を殺す計画なのですから。

私はここで考えるのです。そして、神様に祈りたくなるのです。それは、「神様どうぞ私をお用い下さい。けれども、あなたの喜ばれるような用い方をしてください。
私達はいろいろな計画を立てますが、それは、自分達を喜ばす計画ではなく、主が喜んでくださる計画であり、主の御名が崇められる計画でありますように。

また私達は、その計画を実行できますように。私たちは、あなたのご計画を実行するその僕に過ぎませんから、どうぞ、あなたの良いご計画のためにお用いください」
そう祈らざるを得ないのです。

どうぞ、私達一人一人が今一度、主にどのようにお仕えしているか。また、どのようにお仕えして行くべきかを考えて、示された通りにお仕えで来ますように。喜んで主に栄光を帰するものとならせてください。そのように求めていきたいものであります。お祈りいたします。

2006年1月29日(日) 「最高の献げもの」  ヨハネ12:1-11  竹口牧師

私たちは11章全体を通して、ラザロの病気のこと、死のこと、そして、その死からの甦りのこと、更には、イエス様のなさったラザロに対する不思議の結果、多くの人がイエス様を信じるようになったこと、

また、そのことにより、祭司長とパリサイ人達は危機感を抱き、議会を開き、イエス様を殺す計画を立てたことを見てきました。その結果、イエス様は身を隠さざるを得なくなったという事でした。

実際、11章54節では、「そのため、イエスはもはやユダヤ人達の間を公然と歩くことをしないで、そこから荒野に近い地方に去り、エフライムという町に入り、弟子達と共にそこに滞在された」とある通りでありました。そういう中で、今日の12章へと入っていくのであります。

イエス様は、身の危険を感じながら、過ぎ越しの祭りの6日前に、エルサレムから僅か3キロしか離れていないベタニヤに来られました。そして、人々はイエス様のために晩餐を用意したのでした。

しかし、その晩餐の開かれた場所がベタニヤのどこであったのかは、二つの説がありまして、はっきりいたしません。

一つは、11章の話の流れから、
これはマルタ、マリヤ、ラザロの3人兄弟の家ではないかというものであります。
そうでなければ、マルタは2節にあるような給仕など出来ないではないかと考えます。自分の家であるからこそ、マルタは勝手と言いましょうか、台所を自由に使い、みんなに振舞うことができたと言うのです。

もう一つの説は、4つの福音書全体から見て、これは、パリサイ人シモンの家ではないかというものです。マタイ、マルコの2つの福音書から見ますと、らい病人シモンの家ということになります。

イエス様がシモンの病気を癒してくださったことの喜びで、彼はイエス様を招いたと取ります。マルタはそこで、お手伝いをしていただけだと言います。

もう一つルカの福音書にも同じような記事が出ているのですが、そこには、罪深い女とでていますので、ここに出ているマリヤとは違いますし、また、時間的な流れからしても合いませんので、別の話と思われます。

ということで話としては、マタイ、マルコ、そして今見ていますヨハネの福音書の記事とは同じで、場所としてはシモンの家かもしれませんが、分かりません。もし仮にそうだとすれば、マルタ、マリヤ、ラザロは招かれていたことになります。

ラザロのことはここでは、それとなく書かれていまして、イエスと共に食卓に着いている人々の中に混じっていたとあります。時は、過ぎ越しの祭りの六日前のことであり、イエス様の死も、いよいよ近くなっていた時の事であります。

そんなおりに、3節によりますと、「マリヤは、非常に高価な、純粋なナルドの香油三百グラムを取って、イエスの足に塗り、彼女の髪の毛でイエスの足をぬぐった。」
そのため、「家は香油のかおりでいっぱいになった」とあります。

私は植物のことは、まったくと言っていいほど知りませんので、辞書を参考にするだけでありますが、「ナルド」というのは、「おみなえし科の宿根草で、現物は今日もなお、ヒマラヤの山中の村々で栽培されていると言われ、またその乾燥したものは、漢方の甘松香(かんしょうこう)として輸入されていて、大変香りの強いものであるそうであります。

ナルドの香油そのものは、今日ではすでに古典香料の一つとして入手困難であると聖書辞典にはでておりました。

いずれにせよ、そのナルドの香油を300グラム取って、イエス様の足に塗り、彼女の髪の毛でぬぐったのであります。この行為自体は、東方諸国においては特異なものではないとあります。

と言いますのも、それらの国では、気温が高く、サンダルを履いているので、足は高温にさらされ、乾燥し、焼け付くようになり、また女性がこのような奉仕をするのは、何も珍しいことではなかったとも言われます。

なぜなら、パウロが1テモテ5:10のところで、「聖徒の足を洗い」と書いているからであります。

ですから、ここで注目されているのは、普段でしたら、水で行なうところを、高価な香油を使ったから、と言うことになるでしょう。

しかも、値段が半端ではありませんでした。何と300グラムの香油の値段が、当時の生活費に換算しますと10か月分に相当するそうでありますから、これは、誰が見ても驚きの対象となるわけであります。

しかし、マリヤからしてみれば、決して惜しむ心からしたのではない事が分かります。それは、自分の愛する兄弟ラザロが死んでしまったにもかかわらず、再び生きるものとしてくださったのですから。

そして今、この時にもラザロもイエス様のそばに同席させていただいている。この喜びは、何にも変えがたいものであったと思います。

命はお金には替えられないと言いますように、再び命をいただいたラザロのためには、どんなことをしても、お返しできるものではない、そうマリヤは自覚していたことでありましょう。ラザロは、肉的に死んでいたのに、イエス様によって、再び生き返らせてくださいました。

一方、私たち信仰者は、肉体的には死んではおりませんが、霊的に死んでいたのに、命をいただいたのであります。私は今でも、その命をいただいたときの喜びは忘れられません。だからこそ、こうして皆さんの前に立たせていただいているわけです。

死から命へと変えられた喜びは、マリヤにとって、何にも替えられなかったと思います。何を差し出しても、惜しくなったと思います。彼女の感謝の気持ちが如何に大きかったかは、その香油が非常に高価なものであったにもかかわらず、それを惜しむことなく用いたことにも表されております。

「彼女の髪の毛でイエスの足をぬぐった。」とある通り、香油は豊かに注がれたのでありました。

私達が普通に考えても、足は決して綺麗なものとはいえません。それを自分の顔に一番近い髪の毛でぬぐうこと自体、彼女がイエス様に対して、どれだけの思いを込めていたかを感じざるを得ないのであります。

しかしながら、ここで、このマリヤの行為を好意的に見ないで、むしろ、悪く見ていた者がいました。それが、イエス様の弟子の一人であったイスカリオテのユダでした。

彼は、このように5節で言っているのであります。「なぜ、この香油を三百デナリに売って、貧しい人々に施さなかったのか。」とであります。

このユダの言葉以外に、他の弟子たちはどう思ったのかは、ヨハネは書いていませんが、マタイは、「これを見て憤慨して言った」と書いていますし、ルカは、「すると、何人かの者が憤慨して互いに言った」とあり、どうも、ユダだけがマリヤの行為を悪く思ったのではないことが分かります。

しかしながら、ヨハネが書いていますように、ユダの思いと言葉とは、他の人たちの考えていたこととの間に、大きな違いがあったことを示しています。6節にあるとおりであります。

「しかしこう言ったのは、彼が貧しい人々のことを心にかけていたからではなく、彼は盗人であって、金入れを預かっていたが、その中に収められたものを、いつも盗んでいたからである。」と。

みんなも、マリヤのしていることに、何かもったいない思いを感じた。しかし、それ以上にユダの考えは、計算ずくであった。なぜなら、彼は金入れを預かり、その中からいつも盗んでいたからでありました。イエス様は、それを全てご存知でありました。

ヨハネはユダが、イエス様の弟子になってからずっと、その姿勢が変わっていない事を教えてくれます。イエス様と共に行動しながら、決して他の弟子と同じではなかったと言えましょう。

一方、マリヤがイエス様に精一杯の事をして差し上げたいと思っていたこともイエス様は知っておられましたので、そしてイエス様ご自身は、ご自分の死期について、
つまり、何時殺されるか、よくご存知でありましたので、7,8節でこう言われる訳であります。

「そのままにしておきなさい。マリヤはわたしの葬りの日のために、それを取っておこうとしていたのです。あなたがたは、貧しい人々とはいつもいっしょにいるが、わたしとはいつもいっしょにいるわけではないからです。」と。

マリヤがイエス様の死のことどれだけ知っていたかは分かりません。否、むしろあまり知らなかったのではないかと私は思います。ですから、彼女のイエス様に対する行為は純粋に、感謝から出たものであるといえましょう。

一方、イエス様はご自分の死のことを知っておられましたので、「私の葬りの日のために・・」と言われたのでありました。マリヤの感謝の行為は、まさに時期にかなったものでありました。イエス様は、それを言われたのでありました。

私達は、自分の行なっていることが、自分達の考えていること以上に、神様の深いご計画にあることを知らないでいます。マリヤの行なった行為を、私達は決して忘れてはならないでしょう。そして私達もまた、神様からいただいている恵みに対して、喜んでささげていくものでありたいと思うのです。

そしてその献げられたものが、神様によって祝福され、まさに時期にかなって用いて下さると言えましょう。

私たちには見えない神様の大きなご計画があります。私達は、御心を求め、計画を立て、それを実行します。そして成就することは、神の御心だけなのです。自分達の思うようにならなかったからといって決してそれがムダであったとは言えません。
神様は全てのことを用いて、最善に導かれるお方だからです。

「大ぜいのユダヤ人の群れが、イエスがそこにおられることを聞いて、やって来た。
それはただイエスのためだけではなく、イエスによって死人の中からよみがえったラザロを見るためでもあった。」と9節にあります。

珍しいこと、不思議なこと、驚きに満ちたもの、そういうことに私達は誰でも興味を引きます。ひきつけます。しかし、イエス様のなさったことは全て、その事が、あなたとどういう関係にありますか、それが問われつづけていたのであります。

イエス様が、この地上の生涯を終えられたときは勿論の事、今、天におられる時でさえ、イエス様とあなたとの関係が問われているのです。

イエス様によって死人の中から甦ったラザロを見るために集まるのは、それはそれでいいでしょう。しかし、そこで終わってしまうところに問題があるのです。

ラザロの甦りが、自分にも影響してくる。つまり、イエス様の力によれば、自分もそういう恵みに与かることが出来るということへと発展しなければ意味がないのであります。それがなければ、マリヤのような感謝は起らないでしょう。

他人事ではなく、自分のこととして受け止められなければ、イエス様は、単なる歴史上の人物で終わってしまうのです。イエス様は、神の子としてこの地上に来てくださったにもかかわらずです。

考えて見ますと、驚くべきことであります。病気で死んだラザロ。墓に葬られて4日も経っているラザロの身体。その彼が今、自分達のそばにいる。食べたり、飲んだり、話したりしている。

一体、あの死んだラザロはどうなったのか。ラザロを見、ラザロと一緒に声を交わした人達は、そして死んだ姿を見た人達は、イエス様のなさったことの不思議さに驚かない者はいないでしょう。

そして、それが、自分にも及ぶ事へとつながる人は幸いであります。イエス様を見るため、ラザロを見るために集まった多くの人たち。しかし、そういう中で、イエス様を殺す計画は着々と進んでいくのであります。

それは、イエス様を信じる方向に、多くの人達の心が向いていったからであります。11節の最後に「イエスを信じるようになったのである」とありますが、残念なことに、その「イエスを信じるようになった」彼らは、イエス様はメシヤであるというところまでは行っていないのです。

少なくともこれからイエス様が十字架への道を進まれるその状況では、彼らは単なる傍観者でしかなったと思われます。しかし、救いに至る下地になったことだけは確かでしょう。

私達は改めて、イエス様のなさった業に、目を向けると共に、自分とのかかわりの中で、イエス様のお働きを見なければならないといえましょう。

そうでなければ、マリヤのように最高の献げ者は出来ないし、それは即ち、救われていることの喜びがまだ十分に分かっていない、不完全な者のようにも私には思えるのです。

イエス様は、罪の奴隷の中から、この私を救い出すために、自ら命を捨てて、この私を救ってくださったと信じることが出来なければ、そして、その信仰がなければ、私たち一人一人の信仰は、ただ、惰性の信仰に過ぎなくなっているのではないかと
考えさせられます。

願わくば、ラザロになさったイエス様のお働き、そして、それを素直に喜んだマリヤの信仰、ユダのような計算づくの信仰ではなく、最高の献げ物を持って喜ぶ信仰生活でありたいものです。

イエス様が、あなたに何をしてくださったか、それが確かめられるとき、自ずから感謝の心が湧いてくるでしょう。

イエス様だけに目を向け、イエス様が、あなたに何をしてくださったかをいつも確認しながら、喜びを互いに分かち合い、神様に感謝の最高の献げ物をしようではありませんか。

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