2006年2月12日(日) 「歓迎された王」 ヨハネ12:12−19 竹口牧師
先回見ました所は、イエス様が過ぎ越しの祭りの六日前にベタニヤに来られ、そこでマリヤから非常に高価なナルドの香油を塗ってくれた。そしてそれを見ていた弟子の一人のユダが非難した。それに対してイエス様は、「マリヤは、わたしの葬りの日のために、それを取っておこうとしていたのです。」と言われ、これから間もなく起る死について暗示された所を見ました。
そして今回見ます所は、12節の最初にありますように、「その翌日」のことであります。イエス様は数回(ヨハネ2:13,5:1,6:4,7:10,10:22)エルサレムに来ておられますが、その中でも最後に当たるのが今回であり、時は、過ぎ越しの祭りを前にした安息日の翌日でありました。つまり、安息日は土曜日ですから、その翌日とは日曜日であり、その日にイエス様はエルサレム入りされたことになります。
そして、この日曜日は、受難週に入る日曜日でありますので、後にキリスト教会では、「しゅろの日曜日」と呼ばれるようになっていくのであります。そしてなぜ、そう呼ばれるようになって行くかが、これから見ますところに書いてあるわけであります。
イエス様がエルサレム入城されたのが日曜日。そして今日の個所の12,13節によりますと「祭りに来ていた大勢の人の群れは、イエスがエルサレムに来ようとしておられると聞いて、しゅろの木の枝を取って、出迎えのために出て行った。」のでした。
ユダヤ人であるなら、過ぎ越しの祭り、ペンテコステ、仮庵の祭りの三つは、ユダヤ人の三大祭りであり、参加する義務がありましたので、どんなに遠くても、よほどの事情がない限り、エルサレムに集まってきていたわけでありました。
それでも中には、どうしても参加できないユダヤ人もおりまして、その彼らの願いは、一度でもよいからエルサレムで過ぎ越しの祭りを守りたい。もし叶わなければ、「今年はここで、来年はエルサレムで」と言って望みをつないでいたのでありました。
ですから、今回の過ぎ越しの祭りも、ユダヤ人なら是非参加したい祭りの一つであったわけでありました。時折、どれだけの人が出席したか調査が行なわれ、それは過ぎ越しの祭りにささげられる小羊で推測され、それによりますと、ある年には、二百数十万人という数字がはじき出されたそうですが、あまりにも大きい数ですので、そんなにはいなかったのではないかとも考えられていますが、
まあ、その数字の信憑性はともかく、沢山の人がエルサレムに集まっていたことだけは事実であり、その中には、死人の中から甦ったラザロを見た人や、また、その事を聞いた人などもいたでしょうし、ですから、ベタニヤから一緒にエルサレムに上った群集もいた、そのことも今日の個所の17節からして間違いないでありましょう。
言うまでもなく、エルサレムの町は城壁で囲まれています。そして、その城壁にある門からイエス様が入られることを聞きつけ、人々は、「しゅろの木の枝を取って」イエス様を出迎えたのでありました。
「しゅろ」という植物がどんなものか百科事典で調べて見ましたら、中国原産で、各地で広く栽培されるヤシ科の常緑高木とありました。イスラエルに行きますとナツメヤシが沢山生えているのを見かけます。そこで、これもまた辞典で調べますと、デーツとも言われ、中近東原産とされるヤシで、アフリカを中心とした乾燥した熱帯域で多く栽培されるとありました。
ですから、しゅろとナツメヤシとは違った種類の物なのですが、聖書によっては、ここでしゅろと訳されているところを、なつめやしと訳してある聖書もあるのであります。ナツメヤシの実は、現在イスラエルにおられます熊谷姉妹から時々送られてきて皆さんも味わわれた方も多いのではないかと思います。とっても甘くて美味しい実であります。英語の聖書では、Palmとなっていまして、やしの葉となっています。
イスラエルにはエリコと言う町がありますが、その町は、別名ナツメヤシの町と呼ばれたそうであります。それほど、沢山エリコにはナツメヤシの木が生えているのであります。まあ、しゅろの木の枝か、ナツメヤシの葉かは分かりませんが、いずれにせよ、人々はその葉を用いて、イエス様のエルサレム入城を大歓迎したのでありました。
なぜ、彼らがそのような行動に出たのか、その理由はよく分からないのですが、人々は「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に。」と大声で叫んだと聖書にあります。ホサナとは、「ああ、主よ。どうぞ救ってください」と言う意味であり、これは、詩篇118篇25節のところから来ていると言われます。
そして手にしゅろの木の枝を持って、エルサレムに入って来られるイエス様を迎えたのは、その昔、ユダヤがシリヤの属国であったときにシリヤのアンティオコス4世がエルサレムの神殿で冒涜的なことをしたのに対して、ハスモン家の祭司の一族が立ち上がり、神殿を奪い返し、宮きよめをしたとき、しゅろの木の枝をかざして宮きよめをした、その故事に関係があると言われます。
つまり新改訳で言いますと、ナツメヤシの葉ではなく、しゅろですが、彼らが棕櫚の木の枝を手に持って、イエス様を迎えたと言うことは、彼らがハスモン家の祭司たちのように、武力を持ってローマ帝国から独立を勝ち取る政治的救い主として、イエス様を歓呼して迎えたという事になるでしょう。
ところが、それはイエス様がこれからなされること、また意図しておられることと全く違っていたのでありました。それが14節前半に書かれている事から分かってくるのであります。つまり「イエスはロバの子をみつけて、それに乗られた。」とあるからです。
今ここで、この「ロバの子をみつけて」と言うのを読みますと、何かふと見たら偶然、そこにロバがいたのでと言うように感じますが、実はそうではありませんで、マタイの福音書21章を見ていただきますと分かるのですが、ロバの用意をするために弟子達が派遣されているのであります。ですから、ロバに乗られるのがイエス様の最初からのご計画であった、というわけでありました。
そして、このロバの子に乗ってのエルサレム入城行進は、当時の人たちが考えていることと違っていることを際立たせることにもなっていくのであります。
なぜならどんな時代であってもロバは王や支配者の乗る動物ではなく、また、公的な機会に、行進の先頭に立って行くのに、ロバが選ばれたと言うことはないからであります。そういう公的な機会には、馬が常に選ばれていたからです。
ですからイエス様があえてロバを用いられたのは、主のみ国は、この世の王国と完全に違うものである、ということを示すためであったと言えましょう。それと共に、ここで一番大切なのは、みことばの成就ということに主眼があったと言えましょう。
また、この書の著者ヨハネはイエス様がろばの子に乗られたことを15節で、このように書いています。「恐れるな。シオンの娘。見よ。あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。」とであります。
実はこれは、ゼカリヤ書9章9節の一部分でありまして(旧約1427頁)、全体は、もっと長く、このようになっております。「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。」とであります。
あるいはまた、ゼパニヤ書3:14−17もあわせて引用されているとも言われます。そのゼパニヤ書にはこう書いてあります(旧約1416ページ)。「シオンの娘よ。喜び歌え。イスラエルよ。喜び叫べ。エルサレムの娘よ。心の底から、喜び勝ち誇れ。主はあなたへの宣告を取り除き、あなたの敵を追い払われた。
イスラエルの王、主は、あなたのただ中におられる。あなたはもう、わざわいを恐れない。その日、エルサレムはこう言われる。シオンよ。恐れるな。気力を失うな。あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。」とです。
ゼカリヤという預言者は、紀元前500年頃に預言していましたし、ゼパニヤは、紀元前600年頃に預言していた人であります。そして、その両預言どおりイエス様は行動されたとヨハネは記します。
そしてそのイエス様のエルサレム入城の行為は、そしてその姿は、決してローマ側を刺激するものではなかったのでありました。人々は、熱狂的に迎えましたけれども、今も言いましたように、ロバは、王や支配者が乗る乗り物ではなかったからです。
勿論、旧約聖書をよく読みますと、指導的な立場の人がろばに乗った例はあります。ですから、ある人は、王は戦時中は馬に乗ってくるが、平和な時にはろばに乗ると言うのが通例のように言っております。
いずれにせよ、このイエス様のなさっておられることは、確実に大きな意味を持っておりました。それは、イスラエルの王として、世界の王としてエルサレムに入って行かれたことであります。
しかし、人々はそれを正しく受け取ってはいませんでした。16節でヨハネはこう書いています。「初め、弟子達にはこれらのことが分からなかった。」と。
エルサレムの群集は、イエス様を偉大な民族的英雄と考え、イエス様こそ、イスラエルをローマの支配から解放する勝利のメシヤ、そのように思って、大歓迎したのでありました。
人々は誤解をしておりましたし、更にイエス様の側近中の側近である弟子達でさえ、イエス様のご人格とその御業、及び、彼らの周りで起ったことが、聖書に記されていることの成就であるとの理解が、完全ではなかったことが16節より分かるのであります。
しかし、それもやがて分かるときが来ます。「イエスが栄光を受けられてから、これらのことがイエスについて書かれたことであって、人々がそのとおりにイエスに対して行なったことを、彼らは思い出した。」と16節にある通りであります。
つまり、彼らにとってそのことが分かったのは、これから後にイエス様が十字架に架けられ、殺され、三日目に甦られ、昇天され、神の右の座につかれてからであります。
私たちも、その時には分からないということはよくあります。時を経て見れば、なるほど神様は、そのようにご計画を進めておられたのか、そのように分かるものであります。主の再臨については、いつかは分かりません。しかし、確実に近づいていることだけは確かであります。
では聖書で言われていることのどの部分が、今の私たちの時代に起っている部分のどれだと言えるのか、はっきりといえる者は誰もいません。しかし実際に主が来て下さることは確かであり、また、その時には全てがはっきりするのであります。
翻って、イエス様の時代、イエス様がエルサレムに入城されたこの時、人々は正しい目でイエス様を見ていませんでしたし、弟子達もそうでした。弟子達も、主の甦りと昇天のあとで、聖書の言っていることの確かさを、より一層確実なものとしたと言えましょう。
ヨハネがこれを書いているのは、新約聖書の一番最後の書でありますヨハネの黙示録、それが書かれたのが紀元90年代だと言われていますので、従ってヨハネの福音書は、それよりも少し前の85年から90年頃に書いたと言われています。
その頃、ヨハネは、神様に導かれて、イエス様がエルサレム入城されたときのことを書き、人々がイエス様を知るに至ったことを書き表わしているのであります。
あのろばに乗り、人々がイエス様の入城を喜び迎えた。その中には、17節にありますように「イエスがラザロを墓から呼び出し、死人の中からよみがえらせたときに、イエスといっしょにいた大勢の人々」がいた。
そしてその彼らは、「そのことのあかしをした。」偉大な奇跡を実際に行なったあのイエスと、人々の目の前をロバに乗って入城した人物とは、まさに同じ人物であったと証ししたとヨハネは書いています。
彼らは、そのイエスがメシヤであると信じていたかどうかは、このヨハネの書き方では、私には分かりません。
ただ、彼らの証しは、18節にありますように、「そのために群衆もイエスを出迎えた。イエスがこれらのしるしを行なわれたことを聞いたからである。」とあり、イエス様のなされたことを、真実そのままに伝えられたか、あるいは、拡大されて伝えられたかは別としまして、多くの影響を与えたに違いありません。
そして、その状況に大変慌てたのがパリサイ人達でありました。彼らは言っています。19節「どうしたのだ。何一つうまくいっていない。見なさい。世はあげてあの人のあとについて行ってしまった。」と。
パリサイ人たちは、11章47節のところで議会を召集し、「われわれは何をしているのか。あの人が多くのしるしを行なっているというのに。もしあの人をこのまま放っておくなら、すべての人があの人を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も奪い取ることになる。」と言って恐れたことが、ますます実現へと近づくことに成り、大変な脅威を覚えるのであります。
神様は、御子イエス・キリストをこの世にお遣わしになられました。イエス様は、その父のみ心を着実に行なわれ、平和の王としてエルサレムに入城されました。
地上的にイエス様を見ますと、この時が一番最高の場面だといえましょう。人々に賞賛され、イスラエルの王として迎えられるのですから。そして、このときを境に、闇がイエス様を覆っていくのであります。イエス様もまた、それを知っておられ、その道を進まれるのです。
人に誉められ、賞賛され、有頂天になり、失敗することは私たちには大いにありえます。しかし、イエス様にはそれはありませんでした。主のみ旨を忠実に行なっていかれるのであります。良いときも、悪いときも、歩むべき道を知っておられたイエス様。父のみ心を行なうこと、それがこの世に遣わされた任務でした。
翻って、私達もまた、罪の中から救い出され、神の子とされた者の歩みがどうあるべきかを考える時、それは明白であります。
人生最高のときでも決して高ぶることなく、また、最低と思われる時でも決して投げやりにならず、又卑下せず、御心を求めて、ひたすら御心を行なっていくべきでありましょう。
私達は、自分の人生を振り返ってみて、今、自分がどのような状況に置かれていようと、人の目を気にせず、主のみ心だけを行なって行くよう、神様に求められているのであります。
大歓迎され、エルサレム入りを果たされるイエス様。しかし、そこには大きな使命があったことを覚え、私達もまた、神様が救ってくださったことの理由、また意義、また使命を考えてみようではありませんか。そして、それを行動に移したいものです。
2006年2月19日(日) 「仕える者の報い」 ヨハネ12:20−26 竹口牧師
先回見ました聖書個所は、イエス様のエルサレム入城のところでした。人々は大変喜び、手にはしゅろの木の枝を取って、出迎え、「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に。」と言って叫びました。
そして、この朝、見ます聖書個所は、その続きであり、ギリシャ人がイエス様を尋ねてくるところでありますが、しかし、日にちからしますと、先回と今回とでは、恐らく、1日か2日くらい経ってからのことだろうと考えられます。
と言いますのも、イエス様がろばに乗って入城された時は、多くの人の目に、その行動が一部始終知られていましたので、もし、イエス様を誰かが尋ねるとするなら、そのイエス様の所に行くのは容易と考えられるからであります。
また、このイエス様を訪問するギリシャ人達は、果して信仰者であったのかどうか、という点につきましては、分からないというのが真実ではないかと思います。
21節の所で「先生。イエスにお目にかかりたいのですが。」と尋ねてきたギリシャ人達は言っておりますが、この新改訳で「先生」と訳されている言葉は、他の所では「先生」とか「ご主人さま」とか「主」とかというように色々に訳されております。
因みに今回の個所だけで別の訳で言いますと、「お願いです」とか、「君よ」とかに訳されています。英語ではSirに統一されているようです。いずれにしましても尋ねてきたギリシャ人は、イエス様と弟子達に対して、尊敬の意味を表わしていることだけは確かであります。
ところで、イエス様の弟子は12人いるのですが、なぜ、ガリラヤのベツサイダの出のピリポに願ったのか、たまたま、ピリポが応対に出たのか、それとも、ピリポだから頼みやすかったのか分かりませんが、彼に頼んでいるのであります。
そしてそのピリポは又、アンデレに相談し、一緒になって、それからイエス様へと願いが伝わっていくのであります。
ピリポ、アンデレ、ペテロは同じ町の出身でありましたので、もしかしたら、弟子達の中でも特に親しい関係にあり、何でも相談したし、出来たのかもしれません。そして、その結果、彼らギリシャ人達は、イエス様と会う事が出来たのかもしれませんが、実際のところ会う事が出来たのかどうかも、ここには書いていないのであります。
ですから、彼らがイエス様に会えたのかどうか、あるいはまた、彼らが信仰者であったのかどうか、更には、何を求めてイエス様にお会いしたいと願ったのか、いろんなことにおいて、分からない部分が多いのであります。
が、少なくとも、彼らがイエス様に会いたいという思いは、イエス様についての大なり小なり噂を聞いていたであろう事を考えますと、興味があって、そういうことがあったのは間違いはないでありましょう。だからこそ、会いに来たのだとも言えます。
数日しますと過ぎ越しの祭りが始まりますので、遠くギリシャからも信仰者が集まって来ていた。その世界各地から集まってきていた人たちの中のギリシャ人、という風にも考えられます。
そして、そういう人たちをも含めてかどうかわかりませんが、イエス様は、今やご自身にとって大変大事な時がきていることを明らかにされたのでありました。
ところで、今も言いましたように、尋ねてきたギリシャ人がイエス様に会えたのかどうか分かりませんので、これからイエス様が話されることは、ギリシャ人も含めて聞いたのか、あるいはピリポとアンデレだけだったのか、それとも12弟子全部がいた、またギリシャ人だけに言われたのか、推測すればきりがないのですが、
いずれにしましても、イエス様がこれから話されることは、大変重要なことでありました。23節でイエス様はこう言われています。「人の子が栄光を受けるその時がきました」と。そして、それは何かと言いますと、イエス様の死のことでありました。 しかもそれが、非常によく知られた自然を例に用いて、聖書の偉大な真理をイエス様は明らかにされるのであります。
植物や種において、それが死ぬ事によって命がもたらされる。それは、実際種を植えて、何かを作ったことのある人なら、誰でも理解できることであります。
一粒の種から芽が出て、地に根を張り、地上に茎が伸び、やがて花を咲かせ、実がつきます。実がついたときには、もうすでにその元になった種の形はありません。無くなっているのであります。その無くなった一粒の種から次の実が出来るのであります。
しかも、それは決して一つではありません。必ず複数以上であります。そのようにして、一つからいくつもの数に増えていくものであります。
イエス様はある時、種まきのたとえ話をされましたが、そのとき、良い地に落ちたものは、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ、と、話されました(マタイ13:1−9)。
秋の収穫時期、或いは、夏前の収穫時期、あるいは物によっては、1年間のうちのどこかで、収穫期を迎えます。植えたり、育てたりしている者にとってその収穫時期は、喜びの時、至福の時でもあります。
物を植えて、収穫の喜びに与っていない私にとっては、植え、育てた人の喜びを同じように味わうことは出来ませんが、田舎で、親がしているのを見て、十分にそれを私は感じ取っています。
一方、翻って、今ここでイエス様の話されている事は、ご自身の死のことについてでありますので、これは私たち罪人が心して聞かなければならない大切な事であります。つまり、イエス様は一粒の麦を例えとして語っておられるのであって、本当の狙いは、麦にはないのはご存知のとおりであります。
イエス様は言われました。24節「まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」とであります。
この「一粒の麦が・・もし地に落ちて死ねば豊かな実を結びます」とは、この福音書を書きましたヨハネが3章16節で、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」と言う言葉ともつながってくるのであります。
つまり、神様が御子イエス・キリストをこの世にお遣わしに成り、この世を愛してくださった。そして一粒の麦、イエス・キリストが死なれる事によって、御子を信じる者が、永遠のいのちをいただくことができる。いわば、イエス様の死が、実を結んだことになるのであります。
一粒の麦の死が、つまりそのイエス様の死によって、素晴らしい霊的な収穫をもたらすと言われているのであります。ですから、これは決して私達人間の死を指していないことは確かです。イエス様にしか出来ない死のことです。
一方、25,26節を読みますと、逆説的な言い方で、今度は、私たち信仰者のあるべき姿が語られているのであります。つまり、当時で言いますと、キリストがいのちを献げられるように、あるいは現在で言いますと、献げられたように、自分のいのちを献げることによって多くの実を結ぶものになると言われます。また、そのように仕えるべきだと言われるのです。
イエス様は25節で言われております。「自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。」と。
これは、別に自殺を勧めておられるわけではありません。つまり「この世でそのいのちを憎む者は」というところから、そのように取るべきではありません。キリストに見習いなさいと言うことであります。キリストがご自身を献げられた様に、自分自身を献げなさい、と言っておられるのです。
そして、それはどういうことかを更に26節でこう言われるのです。「わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます。」と。
この節を言い換えますと「自分のいのちを愛する者、あるいは、来るべき世、死んで後における生活よりも、この世における生活のほうが大切であると考える者は、人生の中でもっとも大切なもの、即ち、自分の魂を失うことなんだ。
逆に、自分の命を憎む者は、あるいは死んで後における生活のいのちのほうを大切にし、この世における生活を余り心配しない者は、人生の中で最も大切なもの、即ち、自分の魂を保って永遠の栄光に至る。」ということでしょう。
これをまたある人はこのように言っています。「生はただ死によってのみもたらされると彼(イエス様)は言われる。麦の実は、それがいわば安全に保存されているだけでは役に立たない。役にも立たず、実も結ばない。それが実を結ぶのは、それが冷たい土の中に投げ入れられ、ちょうど墓に葬られるようにそこに埋められる時である。
教会が成長したのは、多くの殉教者の死によるのである。『殉教者達の血は教会のいしずえである』と言う有名な言葉がある。彼らが死んだことによって、教会は生ける教会となったのだ。偉大なことを成し遂げた人々は、多くの場合、死ぬ覚悟でやったからそれが出来たのだ。
だが、それはもっとも個人的な問題となる。人が本当に神に用いられるのは、しばしば自分の個人的な目的や野望を葬るときである」とであります。
イエス様のこの地上での歩みは、もう数えるほどしかなくなっていました。そしてご自身を罪人の為に献げ尽くそうとしておられるのであります。それはまた、私たちにも求めておられることでありました。
イエス様の死は、滅びに至る人々に、どれだけ素晴らしい実を残されたことでしょうか。そして、その実を受けた人々の中で、24節のみことばをそのまま実践した人が、どれだけいることでしょうか。
とはいえ、そういう実践によって、実際に多くの人が実を結び、今日があるのであります。キリストから受けた実を、又他の人にも与えていく。神様がそのように用いてくださるのは、何と言う幸いでしょうか。
未開の地に伝道に行った宣教師が、土着の人達に殺された。しかし、その死を通して、その地の部族が後に全員キリスト信者になったという話はお聞きになったことがおありでしょう。そのようにして多くの実が各地で生まれています。
もっとも、言うまでもないことですが、彼らの死は、イエス・キリストの死とは意味が全く異なっています。イエス・キリストの死は罪人を救う、罪の贖いの死であり、キリスト者の死は、そのイエス・キリストの犠牲を自分の事として信じ、イエス・キリストにお仕えした結果の死なのであります。
これからイエス様は、私たちの罪の贖いの死を経験されます。そして、その死の意味が知らされた者は、イエス様にお従いするように求められるのであります。イエス様の死をこの世の人々は、馬鹿にさえします。愚かな死だと言います。当時の体制に立ち向かい敗れた人としてある人は見ます。
しかし、聖書はそれを否定します。罪人が永遠の命へと至るために必要であったと述べます。キリストの死を正しく理解できない人は、従って当然ながら、そのキリストの死に倣う人の死をも馬鹿にします。
人から賞賛受けることはありません。しかし、イエス・キリストは、その服従を信仰者である私たちに求めておられるのです。この世に認められるような、またほめ称えられるような服従の仕方は、ある意味ではやり易いかもしれません。
しかし、イエス・キリストの意図されている本当の意味での服従は、はるかに多くの苦しみを要求されることを、現実の事として自覚しておく必要があるでしょう。
嘲笑、軽蔑、反対、迫害などが、キリストに従うときに起ってくる。これは、驚くに値しないものです。この世と親しく交わりながら、キリストを表わすことは難しいものです。
とはいえ、キリストに従う者がこの世において孤立しているかと言えば、決してそうではありません。なぜなら、キリストに従う者には、キリストもまた一緒に伴なっていてくださるからであります。共にその苦しみを味わってくださるからです。
そして26節の後半にありますように、「わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます。」と、その報いを約束してくださっているのであります。
この世に偶像が満ちていることを思います時に、キリスト者は、それに対して毅然とした態度で臨むことの大切さ、また、それが求められていると言えましょう。それに対して、この世もまた厳しく迫ってきます。私たちの働きが強ければ強いほど、この世の抵抗は強くなります。
しかし、主はそういう者を守り、助け、必ず、それに相応しい真の報いを与えてくださるのです。私たちはその方にこそお従いし、最後に喜びをいただけるのは私たちであることを確信しつつキリストの跡に従っていきたいものです。
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