2007年3月11日(日) 「二人の証言」 ヨハネ18:12-27 竹口牧師
イエス様は弟子たちと共に最後の晩餐をされた後、別れの説教をされ、それから、ゲツセマネの園に行かれました。エルサレムの町を出て、東のほう、ケデロンの谷を越えた所にその場所はありました。そこはまた、イエス様がしばしば会合されていた所でもありました。
そこへ、ユダの手引きのもとに、ローマ軍と祭司長、パリサイ人たちから送られた役人達がたいまつと武器を持ってやって来て、ついにイエス様は捕らわれの身になられた、と言うところで先回は終わりました。
先回も言いましたが、今日の最初の所に、一隊の兵士とありますが、これは、ローマの軍隊の一単位でありまして、600人を指すと言うことでした。それに千人隊長も同伴していますので、大変物々しい状態であったことが分かるのであります。
ユダヤ人達から送られた役人たちは命じられるままにイエス様を縛り、まずアンナスの所に連れて行きました。アンナスという人は、紀元6年から15年まで大祭司でありましたが、今はもう引退しアンナスの娘の婿となったカヤパが大祭司になっていました。
因みに、アンナスには、他に男の子が5人いまして、みんな大祭司でありました。カヤパはピラトの前任者である総督グラトゥスによって紀元18年に大祭司に任じられ、36年シリヤの総督ヴィテリウスによって解任されるまでその職にあった人でありました。
また、このカヤパは、14節に説明がありますように、「ひとりの人が民に代わって死ぬことが得策である、とユダヤ人に助言した人であ」ります。そして議会は、イエス様を殺す計画を立てたのでありました。
アンナスはもう大祭司を引退しておりましたが、カヤパが婿ということもあり、密接な協力関係にあったようです。と言いますか、隠然(いんぜん)たる権力を温存しておりました。ですからまず、ユダヤ人から送られた役人は、イエス様をアンナスのところへ連れて行ったのでありました。それから大祭司カヤパの所に連れて行くのであります。
実はイエス様を捕らえる前に、祭司長や、民の長老たちは、カヤパという大祭司の家の庭に集まり、イエス様をだまして捕らえ、殺そうと相談していたのでありました。イエス様が十字架にかけられる二日前の事であります。(マタ26:3)
さて、今日の19節に飛びますが、そこで大祭司カヤパはイエス様に尋問をします。するとイエス様は、こう答えられるのであります。「わたしは世に向かって公然と話しました。わたしはユダヤ人がみな集まって来る会堂や宮でいつも教えたのです。隠れて話したことは何もありません。なぜ、あなたはわたしに尋ねるのですか。わたしが人々に何を話したかは、わたしから聞いた人たちに尋ねなさい。彼らならわたしが話した事がらを知っています。」とでありました。
イエス様はこの時、堂々と答えておられます。事実を話しておられます。イエス様は正式に任職されたわけでもなく、あるいは正規の教育を受けられたわけでもなかったからですが、しかし、イエス様は、ご自分が教えを公然とされたこと、また、決して秘密結社や政治性を帯びた不穏なメシヤ運動ではない、そう断言されました(20)。もし証拠を集めたいのなら、多くの証人から事情を聞くことも出来るはずとも言われます(21)ただ、弟子のことについては触れておられません。
まあ、あまりにも堂々と答えられるので、そばにいた役人の気に触ったのでありましょう。「『大祭司にそのような答え方をするのか』と言って、平手でイエスを打った」とあります。
あるテレビ番組を見ていましたら、囚人がどうして看守に虐待されるのか確かめる為に、ある実験をした記録を放送していました。アルバイトで雇い、囚人側と看守側とに分けて実際に演じるのであります。確か、その条件として、看守は囚人に手で触れてはいけない、そういう条件があったように思います。
最初のうちはただの実験と思って囚人を演じる側は思っていますが、徐々に事態は変わり、ついには錯乱する者も出てきてリタイヤする者もでてくる。そういう事態に陥っていきます。それでもなお実験が進められ、その過酷さは日々に増していきます。体罰がおきてきます。腕立て伏せとか、いろんな事をさせるようになっていくのであります。
それらを見ていて感じましたのは、人は、その置かれた状況によって変わるということであります。たとい実験であっても、であります。まして実際ならなおのこと、陰湿ないじめ、体罰が起こるのは当然の成り行きかもしれません。少なくともこのイエス様が捕らえられているこの時に、まだ尋問されているこの時に、兵士によってイエス様は平手打ちを受けられるのであります。
もしその兵士にとって、目の前にいる方が自分の父親だったら、あるいは、自分の直属の尊敬する上官であったなら、平手打ちをするでありましょうか。恐らくしないだろうと思うのであります。むしろ、捕らえられていることを悲しむのではないでしょうか。
兵士は、自分の前にいるお方が誰であるか知らない故に、あるいはわからない故に、取るべきではない行動をとったと言えましょう。知らないとは恐ろしいものであります。神の子イエス様に対して、この兵士は、恐らく大祭司の権力のかさに着てとった行動でありましょう。しかし、その事実は確実に残るのであります。大変、恐ろしいことであります。
イエス様はこの時、毅然とした態度で、その兵士に言われました。「もしわたしの言ったことが悪いなら、その悪い証拠を示しなさい。しかし、もし正しいなら、なぜ、わたしを打つのか。」と。
イエス様は縛られた状態でありました。抵抗できない状態のイエス様に、一人の兵士は行動しているのです。しかも神の御子に、であります。
人はそれぞれに社会的な立場というものがあります。仕事によっては、大きな権力を与えられている場合もあります。しかし、だから偉いのではなく、その職務についているから権力を行使できるのであり、この兵士の場合、たといイエス様ではなくても、他の囚人であっても、暴力をふるってよいという決まりなどはなかったでありましょう。
兵士の行動に目を留めつつ、まず、自分自身のあり方を考えさせられるのであります。人の前には勿論ですが、自分が今、神様の前にどういう行動をしているのか、常に吟味して行動しなければならないと教えられます。
ユダヤ人達側にとって、イエス様を殺すことは決まっていました。ですから、尋問は形式だけでありました。従って、たらいまわしにして、一応、調べたことにすればよかったわけでありました。ですから、次回見るのですが、今度はローマの総督ピラトの所に送るのであります。
この彼らの行なった罪を責めるとするなら、私たちもまた同じ事をしたであろうと認識する必要があります。そして、それは、まことに恐ろしい罪であります。神の子イエス様を、しかも罪無き方を罪に定め、殺そうとしているのですから。
ところで、今回の聖書個所には、もう一方で、大切な動きがあったことが書かれています。それは、イエス様の弟子の動きであります。時間的な流れは、同時並行的に流れていくのですが、文章にしますと、どうしても前後になることはやむをえません。
イエス様が、まさに尋問されている時に、あるいは平手打ちを受けておられる時に、ペテロともう一人の弟子は、大祭司の中庭に入ったのでありました。イエス様の様子をうかがうためであったのでありましょう。しかし、大祭司の中庭に入る事の出来るのは、限定されていたことが、16節を見ますと分かります。
最初は、大祭司の知り合いである、もう一人の弟子が、門番の女に話して、やっとペテロは入る事が出来たからであります。しかし、では、もう一人の弟子とは誰か。なぜ、その弟子は、すんなりと大祭司の庭に、イエス様と一緒に入る事が出来たのか、という疑問が湧きます。
ある人は、ヨハネだといい、また、別の人は、否、違う。大祭司の知り合いで、官邸に自由に出入りできたのだから、ゼベダイの子のヨハネのようなガリラヤ出身の弟子よりもエルサレム出身の弟子と考えたほうが相応しいといいます。いずれにせよペテロも大祭司の中庭に入る事が出来たのでありました。
そしてあの有名な、イエス様の弟子であることを否定する場面となるのであります。17節「すると、門番のはしためがペテロに、『あなたもあの人の弟子ではないでしょうね。』と言った。ペテロは、『そんな者ではない。』と言った。」とあります。まず、1回目の否定であります。
ところで、この頃の季節がいつ頃だったのか、18節を読みますと、興味がわいてくるのでありますが、もっとも、現在では復活節がいつ頃であったか決められていますので、今日の場面は、それから三日遡れば良い訳であります。
復活節は、春分の日の後の最初の満月の直後の日曜日とする、そのように決められています。大体、その頃、特にその年だけかも知れませんが、炭火で温まらなければならないほど寒い日であった事が分かります。
地球温暖化で、現在では冬でも暖かくなっていますので、特に今年は異常なほど暖かい冬でしたので、現在のエルサレムの3,4月の温度状況で考えることは無理でしょう。薄暗い中で、それも焚き火ではなく、炭火を起こして暖をとっていた、これは、顔がはっきりとよく見えない状況である事がわかります。
だからこそ、ペテロは否定できたのかもしれません。真昼であったなら、又違った転回に進むことも考えられますが、ペテロが否定することには変わりは無いでありましょう。イエス様のおっしゃった通りに事は進んでいくからであります。
25節を見ますと、2回目の問いかけがペテロになされます。「『あなたもあの人の弟子ではないでしょうね。』するとペテロは否定して、『そんな者ではない。』と言った。」 とそのようにあります。これで二度目の否定であります。
大体、イエス様といつも行動していたペテロが、そして、多くの人が注目していたイエス様の弟子であるペテロが、いくら否定しても、否定しきれないことは分かっていなかったのでありましょうか。捕らえられたイエス様が、どうなっていくのか、弟子として最後まで見届けたいと思っていたのかどうか分かりませんが、非常に危険な所にまで、ペテロは足を踏み入れていたと言えましょう。
そして駄目押しの3回目の問いかけがあるのであります。それも、不幸なことに、26節にありますように、「大祭司のしもべのひとりで、ペテロに耳を切り落とされた人の親類に当たる者が言った。『私が見なかったとでもいうのですか。あなたは園であの人といっしょにいました。』」と。
これはもう否定しきれない完全な目撃者によって言われていますので、逃げられません。しかし、それでもペテロは、否定しました。また、否定せざるをえなかったでありましょう。大変恐ろしかったと思えるからです。
でも、ここで私は不思議に思いますのは、この短時間のうちに、3度もペテロにイエス様の弟子であったことを問い掛けても、その周囲の人は、その質問に乗ってきていないことであります。
炭火の周りに何人の人がいたか分かりません。18節によりますと、しもべたちと複数で書かれていますし、役人達とこれまた複数で書かれているのであります。人は、あわただしく行ったり来たりしていたかもしれません。
しかし、ペテロがイエス様の弟子でしょうと言う質問に、「そうだ、そうだ、私も見た」という者がいなかった。ただ、3人の問いかけが、時間の流れの中で、ぽつん、ぽつんとなされていく。それを一つにつなぎ合わせていったのが、鶏の一声であったと言えましょう。
鶏が鳴いた。 そしてルカの福音書によりますと(ルカ22:61)、主が振り向いてペテロを見つめられた、と書いてあり、そのあとに、ペテロはイエス様のお言葉である、「『きょう鶏がなくまでに、あなたは、三度わたしを知らないと言う』と言われた主のおことばを思い出した」とあるのであります。
ペテロがイエス様を知らないと否定するのも、鶏が鳴くのも、イエス様にとってみれば、全てご存知でありました。しかし、ペテロにしてみれば、まさか自分がそのような事をするはずが無いと構えていました。
一度、二度、三度と否定しても、あの鶏の声を聞かなければ、イエス様が振り向かれたその姿を見なければ、イエス様のお言葉を思い出さなかったかもしれません。高慢の鼻はへし折られなかったかもしれません。
しかし、イエス様は、全てをご存知であられました。ペテロが否定することも、鶏が鳴くことも。そして、ご自分が十字架にかけられることもであります。イエス様はご自分の正しさをここでは主張しておられます。
一方、ペテロは、うその主張を繰り返しました。そしてその間違いに気付かされたのでした。鶏は鳴きました。ペテロも泣きました。私たちもまた、イエス様が振り向いて、見ておられ、あなた方も同じではありませんかと問われているような気がいたします。
イエス様には全てが読める。それだけに、その後のイエス様の姿はとても悲しい寂しい姿に思えてなりません。
では、私たちはどうしたらいいのでしょうか。ペテロは後に変えられました。そして活躍する者としていただきました。そして、私たちもまた変えられたはずであります。
では、どのように変えられたのでしょうか。 それは、自分の足で立って、自分の力で歩むのだという力みではなく、イエス様にしか、私にとって救いは無いのだと信じて、ひたすらより頼むことではないでしょうか。
失敗はつきものです。 けれども、イエス様に頼るものに、開かれない扉は無いのです。なぜなら、イエス様ご自身が道であり真理であり命のお方だからです。あとで使徒となったパウロは2コリ12:9,10節でこう言いました。
「私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。」と。
私たちは弱い者ですが、強い者でもあります。正しく証言することによって命をも危険にさらされることもありましょう。しかし、神様の愛から離れてまで、生きることの価値があるのでしょうか。イエス様の愛にひたすら応えていく、そういう愛に生きる人生でありたいものです。
2007年3月18日(日) 「あなたは王か」 ヨハネ18:28-40 竹口牧師
イエス様はユダの裏切りによって、また手引きによって捕らえられた後、5回の裁判を受けられました。1回目は、先回見ましたヨハネの福音書18:12-13、19-24にありますアンナスによる尋問でありました。第2回目は、カヤパとサンヒドリンでの裁判であります。 これはマタイ26:57-68,27:1にでていることであります。
そして第3回目は、ピラトの法廷での第一審であります。マタイ27:2,11-14にあります。そしてそれは、今回のヨハネの福音書の聖書個所にも当るでしょう。次に4回目は、ヨハネは書いていないのですが、ヘロデによる尋問でありました。これはルカの福音書23:6-11にでております。
そして最後5回目は、ピラトの法廷での最終審であります。マタイ27:15-26にでておりまして、そして、この部分をヨハネは、今回見ます3回目の審理とつなげて19:16まで書き、ピラトがユダヤ人たちにイエス様を十字架にかける事を許し、引き渡すところまで続くのであります。
イエス様が夜中、何時ごろ捕らえられたのか分かりませんが、その夜中中、一睡することも恐らく許されることなく続き、さらには、ユダヤ人議会は夜が明けないと開けませんでしたので、ずっとイエス様は拘束されておられました。
そのように続いていくわけでありますが、今日見ますところは、今も言いましたように第3回目のピラトによる裁判であります。ユダヤ人達は、時の大祭司であるカヤパの所からローマの総督官邸に連れて行きました。時は明け方であったとあります。
かつてイスラエル人たちが、エジプトで奴隷状態にあった時、神様はイスラエル人達の中からモーセを指導者に立てて、エジプト脱出をさせてくださいました。その時、神様の大きな働きの一つとして、一頭の羊を生贄として献げ、その血を家のかもいと二本の門柱に塗って、朝まで、戸口から外に出なかった家は神様が通り過ぎてくださる。それを守らないエジプトの地の全ての家の初子、王の子供から地下牢にいる捕虜の初子まで、また家畜の初子まで打つといわれ、
そして多くの死者が実際に出て、それを期に、イスラエルはエジプトから脱出できたのでありました。そして、その過ぎ越された事を記念して、過越しの祭りをするように神様はお定めになりました。(出12章)その過越しの祭りの夜には、生贄となった羊の肉と種入れないパン、それに苦菜を添えて食べることになっていました。
ところで、今日の所の28節に、ユダヤ人たちは、イエス様をカヤパの所に連れて行ったものの、その官邸には入らなかったことがでています。それは、過越しの食事が出来なくなる事を恐れてでありました。異邦人の家に入ることは汚れると彼らは信じていたからでした。これは自分達で勝手に決めて守っていた言い伝えに過ぎません。
しかし、彼らはそのような決まりごとをきちんと守る一方で、救い主イエス様を救い主とは認めず、殺すことへと奔走するのでありました。今や、イエス様の命は、彼らの手の中にありました。あとは、理由をつけて、死刑にするだけでありました。
一応、裁判形式をとっていますが、これはやはり、裁判を受けさせたことを人々に認めさせるためであり、自分達の行ないの正当性を明らかにするに過ぎませんでした。こういう状況を見ながら、自分自身のことを考えますと、私たちの心も、はなはだ悪へと転びやすいし、また、そういう弱さを持っている事を思わずにはおれません。
そして、安易にユダヤ人たちの犯した罪を責められない、むしろ彼らの行動を見ながら謙虚になることを教えられます。彼らは一方では、宗教的に細心の注意を払いながら、他方では、自分達の救い主を殺そうとはかっている。間違った確信がどんなに恐ろしい事かも考えさせられるのであります。
ところで、29,30節で交わされている会話は、何という曖昧模糊としたものでありましょうか。ピラトの質問に対して、ユダヤ人ははっきりとは答えていません。ピラトは言うのであります。「あなたがたがこの人を引き取り、自分たちの律法に従ってさばきなさい。」とであります。そしてユダヤ人たちはピラトに言います。「私たちには、だれを死刑にすることも許されてはいません。」と。
お分かりのように、ここでも、もう、彼らはイエス様を死刑にすることをほのめかしているようなものであります。その死刑が彼らには許されていないので、そのように判決を下してほしいとさえ言っているのが読み取れます。
しかしそもそもその死刑制度というのは、ローマ帝国の支配の中では、本当にユダヤ人たちに認められていなかったのでしょうか。認められていたという人と、そうではないと言う人と分かれるようです。
死刑制度が認められていれば、彼らが、31節で言うようなことは言う必要はありませんし、また、本当に認められていなければ、使徒の働きに出てきますステパノの処刑は違法なのであります。
また、もし死刑が許されているとするなら、十字架刑ではなく、彼らは石打で行なうべきでありました。そのほうが、彼らの律法には合っているからであります。
レビ記24:16には、「主の御名を冒涜する者は必ず殺されなければならない。全会衆は必ずその者に石を投げて殺さなければならない。在留異国人でも、この国に生まれた者でも、御名を冒涜するなら、殺される。」とありますし、申命記17:7によれば、「死刑に処するには、まず証人たちが手を下し、ついで、民がみな手を下さなければならない。こうしてあなた方のうちから悪を除き去りなさい。」とあるからです。
彼らがもし、律法によって死刑を決めたのであれば、律法によって、死刑も執行されるべきでありましょう。しかし、彼らはそうしないのであります。あくまでもローマの決定によってなされるようにもっていきました。
英国の神学者バークレーという人は、ユダヤ古代史にこう書いてあるといいます。「祭司であったアンナスが、彼の敵を死刑にすることを決定したことによって、それを決める権利も執行する権利もないということで、それをしようと考えただけの理由で、免職にされたとある」そのように書いています。そういうことからしますと、当時、ユダヤ人たちには、やはり、死刑の許可は無かったのかもしれません。
いずれにしましても、彼らが死刑をローマ総督に求めたことは、32節にありますように、「これは、ご自分がどのような死に方をされるのかを示して話されたイエスのことばが成就するためであった」のでした。
こういう所を読みますと、実に私たちは、一生懸命知恵を絞り、行動しますけれども、神様の御手の中で、ささやかな抵抗を試みているだけだ。実際は、神様が全てのことの実権を握っておられるのだ、と言うことを強く思わされるのであります。
ローマ総督であったピラトは、エルサレムの治安を任され、何とか平穏に事を進めたい一心であったと思うのですが、その為に多くの民衆がまだこの時点ではイエス様を支持している。他方で、イエス様を訴えているユダヤ側の指導者の言い分もある。その両者を旨くすり合わせる為に、苦慮するわけであります。ピラトが、その両者の間を取り持つように、部屋を出たり入ったりしている様子が十分読み取れます。
まず28節で、ユダヤ人たちは、過越しの食事が食べられなくなることのないようにと思って、官邸の中に入ろうとはしない。異邦人の家に入ると汚れると考えていたからですが。そこでピラトは官邸から出てきて、ユダヤ人達に会います。
一方、イエス様は捕らわれの身であり、官邸の中におられますので、ユダヤ人の話を聞いて、33節でピラトは官邸に入り、イエス様に質問をするのであります。38節ではまた出て行って、ユダヤ人たちに告げるのであります。
19章に入りますと、恐らくピラトは又官邸に入り、イエス様を鞭打ちにするように命じ、そのあと又出て行って、ユダヤ人たちに会うというように、実に官邸を出たり入ったりしている様子が目に浮かぶのであります。
この状況を想像しながら、考えられますことは、この世の問題を、いかに旨くすり抜け、騒動にならないように、平穏無事に治める事が出来たとしましても、全ての事を見ておられる神様は、その全ての行いに応じて裁かれる。
まして、神の御子を殺すことに加担した者など言うに及ばない。ピラトも何とかイエス様を生かそうと考えているようでも有りますが、結果的には彼の下した判決で十字架へと進んでいくのでありますから、その罪は大変重大でありました。
裏切ったユダも悪ければ、ユダヤ人も悪い、そしてピラトもです。しかし、よくよく考えてみますと、遠い過去に起ったこととはいえ、私たちには関係ない。彼らがしたことというように、第三者的な目で見るなら、それは、本当にそうだろうかと考えて見なければなりません。
私たち一人ひとりの背きの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれたと聖書にあるからです。とするなら私達もその仲間に加わっていると考えられるのではないか。そう言えるのではないでしょうか。
もっとも、キリスト者である私達はそう信じているのですが。優柔不断な行動をとっているピラト。とにかく死刑を求めて何とかしようとしているユダヤ人。そこには、恐ろしいことですが、私たちもその場にいることを認め、しかし、その私たちは今は赦されていることを感謝し、イエス様にお従いしたいと思うのです。
神様の前に恥ずかしくない行動が、罪赦されている今も、この世においてもとれるよう、神様に願っていきたいものであります。
さて、ピラトは、官邸に入ってイエス様を尋問します。「あなたはユダヤ人の王ですか」するとイエス様は言われます。「あなたは、自分でそのことを言っているのですか。それともほかの人が、あなたにわたしのことを話したのですか。」と。
これは実に大切な質問であります。人を裁く立場にある人は、周りに左右されない。自分の得た情報で、正しい結審あるいは判決を、自分の責任において下す必要があるからです。「誰々さんがこう言ったから、この判決を下す」とか、「これこれのところで、こうやったそうではないか、だからこう判決を下す」では済まされないからです。
ですからイエス様は、ご自分が尋問を受けながら、逆にそのところを厳しく問われたのであります。しかし、ピラトは、あくまでも第三者的な立場でものを言います。 35節「私はユダヤ人ではないでしょう。あなたの同国人と祭司長たちが、あなたを私に引き渡したのです。あなたは何をしたのですか。」と。
両者の言い分を聞くのは、判決を下すものにとって必要です。しかしその結審には、大きな責任が伴うことを知る必要があります。現在の裁判制度においても、判決を下す裁判長は、大きな責任が委ねられていることを感じておられるでしょう。そしてまた、私たちのように公的な立場で、裁判に加わる権限のないものであっても、私たちの毎日の歩みが、人生最後には神様の御前にどうであったか、後に問われることを覚えておく必要があるでしょう。
いわば、裁く側ではなく、裁かれる側としてであります。誰一人例外はありません。イエス様はこう言われています。「わたしの国はこの世のものではありません。もしこの世のものであったなら、わたしのしもべたちが、わたしをユダヤ人に渡さないように、戦ったことでしょう。しかし、事実、わたしの国はこの世のものではありません。」
イエス様は、私たちの罪のために遣わされたお方であります。しかし、そのことが分からなければ、このイエス様のお言葉は理解できないのであります。そして、何でこんな事を言うのかと疑問をもちます。
今の時代に限ったことではないかもしれませんが、多くの新興宗教が現れ、人を惑わしているのを見ながら、イエス様のこの36節のお言葉を、聖書がなくて聞いた場合、人はどのように感じ、どのような反応をするのだろうかと考えます。
イエス様は神の子であり、救い主であるが故に、ご自分の国のことをおっしゃっておられる。しかし、聞き手の私たちには、イエス様が何者か分からない。本当のメシヤなのか、それとも偽者か、その聞き分ける力がない。それは即ち、まっすぐに受け取れない。そして神を冒涜しているということへとつながっていくのであります。いわゆる間違った判断であります。そして、聖書によれば、人は生まれながらにしてそういう判断に傾いて行くと言っています。罪を持って生まれているからであります。
ピラトは36節のイエス様のお言葉を受けて、「それでは、あなたは王なのですか」そのように聞きます。イエス様は「そうだ」と言われます。そして、この国に来られた目的を明らかにされるのです。「わたしは、真理のあかしをするために生まれ、このことのために世に来たのです。真理に属する者はみな、わたしの声に聞き従います。」と。
実際の所、イエス様の弟子達は、イエス様に従ってきました。今、この時には恐れをなして、身を隠しておりますけれども、ずっとイエス様にお従いしてきました。これからも従っていくことは、皆さんご存知のとおりです。
「真理とは何ですか」とピラトは率直に聞きます。そして、その真理とは、イエス様ご自身が、そして、イエス様の歩みそのものが真理であったことは言うまでもありません。神様の義を、言葉と業において明らかにされ、ここに神の愛あると示された、その歩みそのものが真理であります。
イエス様の歩みに非の打ち所がなく、完全な歩みでありました。そのようなイエス様に多くの人が従っていくのを目にしますと、間違った歩みをしている者にとって嫉妬となり、憎しみとなり、このままでは、群集はイエス様についてしまうと恐れたのでした。
多くの人が従う故に、ユダヤ人たちにあせりが有ったと言えましょう。神様に対する純粋な思いがいくら強くあっても、正しい熱心でなければ、意味がないのであります。ピラトはイエス様のお言葉を聞いて、ユダヤ人たちに言います。「私は、あの人には罪を認めません。しかし、過越の祭りに、私があなたがたのためにひとりの者を釈放するのがならわしになっています。それで、あなたがたのために、ユダヤ人の王を釈放することにしましょうか。」と。
ピラトのこの言葉に「とんでもない」とユダヤ人たちは叫びます。「この人ではない。バラバだ。」とそう言ったのでした。バラバは、ルカによりますと、都に起った暴動と人殺しのかどで牢に入っていたものであります(ルカ23:19)。
ピラトにとっては、釈放したくない存在でした。騒動を起こしてもらいたくないからであります。しかし、ユダヤ人たちは、バラバだと叫ぶのであります。ピラトは何とか平穏に事を終わらせたかったことでしょう。ですから、イエス様を有罪と認めて訴えているユダヤ人をも満足させ、他方で又、無実と思われるイエスを生かそうと考えたと言えます。
しかし、釈放すべきはバラバであって、イエスではない、そう訴える者の声は大きくなってきます。ピラトの心は揺れるばかりであります。イエスは正しいと思っていても、周囲がそれを受け入れない。その時、私たちはどういった態度をとるのでありましょうか。
罪人の叫びが聞こえてきます。「この人ではない。バラバだ」と。ピラトは、その声に押されていきます。私たちの信仰もまた、そのようであったならどうなのでしょうか。ヘブル書の記者はこう書いています(12:2-4)。
「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それはあなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。あなたがたはまだ、罪と戦って、血を流すまで抵抗したことがありません。」
状況に左右されず、しっかりとキリストの土台に立って、信仰の道を歩ませていただこうではありませんか。イエス様は、この世の者ではないと言われました。この世でないお方をこの世の者が裁く。「あなたは王なのですか」と尋問します。「真理とはなんですか」と聞きます。
しかし、ピラトのこの質問は、この世をうまく生きようとするためのものであり、心からの質問ではなかったといえましょう。もし、救われることを願っての質問であったなら、何という幸いでしょうか。そしてあなたは、イエス様に対してどう質問をされるでしょうか。
それとも、「あなたは王なのですね」「あなたは真理そのものなのですね」と言われるでしょうか。この世の単なる生き方上手ではなく、真理に生きる事こそ、真の生き方であることを知って欲しいものです。
イエス様を「あなたは王なのですね」と王と認めたなら、イエス様をまさに王としてあなたは従う事に徹する必要があります。私達信仰者は、イエス様に対して「あなたは王か」ではなく、「あなたは私の王ですから、お従い致します」というへりくだりの信仰を持ってこれから益々イエス様にお従いして行こうではありませんか。
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