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2007年4月15日(日) 「最高権威は誰に?」 ヨハネ19:1-16  竹口牧師 

先々週は受難週礼拝でしたし、先週は復活節礼拝でした。ですから今回は、時の流れから言いますとイエス様復活後の話になるとよろしいのですが、ヨハネの福音書を少しずつ私は見てきていますので、しかも、イエス様の捕らえられた場面に当たっていますので、きょうは時を遡る事になりますことをご容赦いただきたいと思います。ですから、今回は3月18日の続きという事になります。

イエス様は捕えられ、裁判を受けておられる所を先回見ましたが、この朝も、その裁判の続きであります。しかも、最終審ともいえるでしょう。今回の審問の結果、イエス様は十字架刑を受けられる具体的な道へと入っていかれるのであります。

先回も言いましたが、訴えられているイエス様は、ピラトの官邸の中に入れられていましたし、訴えているユダヤ人達は、丁度、過超しの祭りの時期でありましたので、彼らが異邦人の家に入れば汚れて、過越しの食事が食べられなくなる、その事を心配して、官邸の外におりました。

従って訴えているユダヤ人と訴えられているイエス様との間に立って、ピラトは、官邸を出たり入ったりしなければなりませんでした。あるいは、あえてその方法を彼は取ったのでありましょうか。いわゆる、ユダヤ人の一方的な要求を受け入れまいとしてであります。いずれにしましても、ピラトは、総督官邸を出たり入ったりと、することになったのでありました。

今日の所でも、4節で官邸の外に行ってユダヤ人と話し、9節で官邸に入ってイエス様に質問をする。そして13節において、結審の為にようやくイエス様を官邸から連れ出し、
ユダヤ人の声に押されるようにして、彼らの意に添うように、イエス様を彼らに渡したのでありました。この出たり入ったりしている間に、ピラトはどう振舞ったか、イエス様はどう発言されたのか、ユダヤ人はどう要求したのか、それを見たいと思うのであります。

今までの流れから見ますと、ピラトはどうも、イエス様を許したいという思いを持っていたようであります。18:38「私は、あの人には罪を認めません」と言っていますし、今日の19:4で「よく聞きなさい。あなた方の所にあの人を連れ出して来ます。あの人に何の罪も見られないということを、あなたがたに知らせるためです。」とも言っています。

また6節の終わりの方で、「私はこの人には罪を認めません」と言い、12節では、著者ヨハネが、ピラトの気持ちを書いております。「こういうわけで、ピラトはイエスを釈放しようと努力した。」という風にであります。ですから、ピラトもそういう発言を繰り返ししつつ、具体的にイエス様に対する配慮をしていることも伺えるのです。
その一つは、39節にありましたように、ユダヤ人に向かって「過越しの祭りに、私があなた方のために、一人の者を釈放するのが慣わしになっている」と切り出して、イエス様を釈放しましょうか、と言っているところに現れています。

しかし、ユダヤ人たちは「この人ではない。バラバだ」と言って拒否したのでありました。それどころか、「バラバ」を釈放するように迫ったのでした。そしてもう一回は、今日の所で、イエス様に鞭打ちの刑をして、兵士たちは、いばらで冠を編んで、イエス様の頭にかぶらせ、紫色の着物を着せた。彼らはイエス様に近寄っては「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と言い、またイエス様の顔を平手で打ったのでありました。

徹底的にローマ側の兵士達はイエス様をさげすみましたが、しかしそれは、十字架刑ではなく、鞭打ち刑で終わらせようとしたピラトの考えがあった、そういう意図がここで見られるとある人は言います。もっとも、この鞭打ちは、十字架刑の前に、十字架刑の苦しみを和らげる意味で行われるものである、そういう考えもあります。

ローマ人が用いた鞭打ち刑のための用具と言いますのは、数本の革ひもに金属片や骨などをつけた構造になっており、それらが肉に食い込み、ひどい苦痛を与えた、といわれます。ですから、鞭打ち刑であっても、相当ひどい刑でありました。ピラトの真意はわかりませんけれども、イエス様が鞭打ちの刑を受けられ、更にまた今回は、十字架につけろと言う言葉にピラトは押されてしまうのであります。

ピラトは、ユダヤ人たちに言いました。6節「あなたがたがこの人を引き取り、十字架につけなさい。私はこの人には罪を認めません。」と。先回の31節の所でピラトは同じ様なことを言っています。「あなたがたがこの人を引き取り、自分達の律法に従ってさばきなさい。」とです。

これは、ピラトの責任逃れとも考えられますが、他方、ユダヤ人たちはその時、前回は、「誰を死刑にすることも許されていません」と言っていますし、あるいはまた、今回は、「イエスは自分を神の子としたのだから、律法によれば、死に当ります」と言いつつ、あくまでもローマ側のピラトに死刑を要求しているのであります。

お互いに、罪の無い者を訴えることの恐ろしさを感じてでしょうか。8節では、「ピラトは、このことばを聞くと、ますます恐れた。」とあります。ピラトは一体何を恐れたのでしょうか。罪のない方を処刑することの恐れでありましょうか。イエス様をかばうことが無理であると感じての恐れでしょうか。あるいは、ユダヤ人の要求を飲むしかないことの恐れでしょうか。自分は一体、何をどうしようとしているのか分からなくなった、そういう恐れでしょうか。

ローマの総督であり、あらゆる権限がローマ皇帝から委ねられているはずのピラトが何を、なぜ恐れなければならなかったのでしょうか。これについては、マタイ27:19に興味深いことが書かれています。ピラトの奥さんのことづけの言葉であります。こう書かれています。

「また、ピラトが裁判の席に着いていたとき、彼の妻が彼のもとに人をやって言わせた。『あの正しい人にはかかわり合わないでください。ゆうべ、私は夢で、あの人のことで苦しい目に会いましたから。』」とであります。

この事があったからなのでありましょうか。ピラトはいらいらしていたに違いありません。そしてまた官邸に入り、イエス様に質問するのであります。「あなたは、どこの人ですか。」と。この言葉を、そのまま受け取るなら、おかしな質問です。なぜなら、裁判には、まずどこの誰かを確かめてから、罪状の認否に入るからです。ピラトはもう、何度も官邸を出たり入ったりしていて、自分が誰に話しているか分かっているからです。

とすれば、裁判の初期の質問ではないことが分かります。ピラトは前の章の33節で「あなたはユダヤ人の王ですか」と聞き、それに対してイエス様は、「あなたは自分でそれを言っているのか、それとも他の人が言っているから言うのですか」と切り返されるとピラトは「私はユダヤ人ではないでしょう」というやり取りがあります。

ユダヤ人のことは知ったことではない。関わりあいたくない。私はとにかく平穏にこのエルサレムで治安を保ちたいのだ、そう思っているかのようでもあります。イエス様はピラトの質問に対して、沈黙をされます。もっともあの時、イエス様は「私の国はこの世のものではありません」と36節で言われていますので、ピラトは今回、この地上の権威を振りかざしてこう言ったわけでありました。

10節「あなたは私に話さないのですか。私にはあなたを釈放する権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのですか。」と。勿論、イエス様は、ピラトの持っている権限を重々承知でありました。たとえば、イエス様はこういう場面に出くわされたことが以前にありました。

それは、ローマの百人隊長のしもべが病気で、家で寝て苦しんでいるので、癒してくださるように願い出た時のことであります。その時、イエス様が「行って直してあげよう」と言われますと、その百人隊長は、「とんでもありません。ただお言葉だけをいただかせてください。というのは、自分の下には兵士がいまして、「行け」といえば行くし、「来い」と言えば来るし、「これをせよ」と言えば、その通りにいたしますと答え、だから「ただお言葉をください」と言ったことにイエス様は大変驚かれ、その百人隊長の信仰をほめられたのでした。

こうして、百人隊長のしもべは癒されました(マタイ8:5-10)。
ですからイエス様は、百人隊長でさえ、そういう権限を持っているのですから、ましてピラトのような総督が与えられている権限など、言うに及ばない、大きな力を持っていることを知っておられました。しかしながら、イエス様は更に大きな権限を持っておられる方を知っておられたのでした。ですから11節でこう言われます。

「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。ですから、わたしをあなたに渡した者に、もっと大きい罪があるのです。」と。

このイエス様のお言葉は、大変厳しいお言葉であります。権威のないあなたに、権威のないユダヤ人たちが、私イエスをあなたに渡したユダヤ人にはもっと大きい罪がある、と、そう言われているのです。

ピラトはこの世で、このユダヤの地で権威を持ちながら、しかし、その権威を少しも生かすことができない事態に、自分で自分が嫌になっていたのではないでしょうか。いらいらしてもおかしくはありません。しかし、そうこうしている内にも、イエス様との会話が続いている時にも、外での騒がしさは官邸の中にまで伝わって来ていた事でしょう。

ユダヤ人たちは叫びつづけます。12節「もしこの人を釈放するなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王だとする者はすべて、カイザルにそむくのです。」と。これは、ピラトが最も恐れている言葉ではなかったでしょうか。自分は、権威を持っていると権威を振りかざしました。

しかし、ユダヤ人たちは、カイザルの名前を口にしています。治安を保つように命じられているピラトにとって、群衆を敵に回すことは、もはや得策ではない。権威のない者が集まって力となり、権威ある者を脅します。ピラトはここで、ついにイエス様を外に連れ出し判決の席に着くのであります。

時は、「第6時ごろであった」とヨハネは記しています。この6時というのが、ユダヤ時間なのか、ローマ時間なのか、良く分かりません。いずれにせよ、ユダヤ人たちはあせっていたことだけは確かです。イエスの処刑は、過ぎ越しの祭りが始まっては困るし、備え日に差し支えても困るからであります。

ユダヤ人たちは激しく叫んだと15節にあります。「除け。除け。十字架につけろ」
ピラトはなおもためらいます。そして言います。「あなたがたの王を私が十字架につけるのですか。」ピラトは、自分の責任を回避したい一心であったかもしれません。
が、祭司長たちはこう言ってのけます。「カイザルのほかには、私たちに王はありません。」と。

かつてイスラエルには、王はいませんでした。神様が王であられ、神様がイスラエルを治められる、そういう政治形態でした。しかし、旧約時代のある時点から、彼らは王を求めました。そして苦い経験を何度もしてきました。神様は、そうなるよ。それでもいいかと聞かれ、彼らは納得して王制を導入しました。そして、その結果が、今の状況なのでした。ローマに支配され、権力を握られ、税金を納入し、チャンスがあれば独立をと願っている状況でした。

しかし、その彼らの言っている言葉は、それも宗教指導者である祭司長の言う言葉は、「カイザルのほかには、私たちに王はありません。」だったのです。もう、ここまできたら、ピラトの出る幕ではありません。ローマ皇帝から委ねられた一人の総督として、カイザルにそむくことは出来ません。ピラトはイエス様を十字架につけるために、彼らに引き渡したのでした。

考えてみればおかしな事態であります。ローマが判決を下し、ローマが処刑をするというのではなく、結審はピラトが下したものの、処刑はユダヤ人主導のように見えます。それでいて処刑は、石投げと言うユダヤ形式ではなく、十字架というローマ方式でありました。悪がこの世を支配する時、秩序はもはやありません。

この世に権力者は多くいますが、永遠の権力者は一人もいません。なぜなら、権力者は常に狙われ、常に危険にさらされ、いつ倒されるか分からないからです。祭司長たちは、真の神様のみが真の王であり、最高の権力者であることを知りながら、イエス・キリストを殺したいばかりに、自分の信仰を曲げてでも、実力行使に入りました。いかに大きな罪を犯しているか、お分かりでありましょう。

イエス様が言われた11節のお言葉がいかに重い言葉かお分かりでしょう。「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。

ですから、わたしをあなたに渡した者に、もっと大きい罪があるのです。」彼ら祭司長たちは、自分の撒いた種を後に刈り取ることになるのです。状況に流されず、真理に生きることがどんなに大切であるか。そして、それはまた、どれだけ難しいか教えられます。

最高の権威者、それは、この世だけでなく、全ての分野、時代、空間を支配しておられるお方であることを確認し、また、その方を心からの畏れと敬う心をもって、お仕えしていきたいものです。そのお方は、「王の王、主の主」であられるイエス・キリストであります。この方以外に私たちがお仕えする方はおられません。まさに滅びより救って下さろうとしておられるイエス様に心から感謝し、お仕えしていこうではありませんか。

2007年4月29日(日) 「ユダヤ人の王」 ヨハネ19:17-27   竹口牧師 

先回は、イエス様が最後の裁判を受けられ、ピラトは、祭司長たちの執拗な脅しに、ついに折れて、イエス様の身体を死刑のために渡したところで終わりました。今日の17節でヨハネは「彼らはイエスを受け取った」と書いています。そして、先回の16節からの続きから見ますと、イエス様の身柄を受け取ったのは、祭司長たちのようですが、彼らには、イエス様を死刑にする権限はないのですから、祭司長たちがイエス様の身体を受け取ったとはいえ、あくまでもローマ側に身柄は委ねられたと思われます。

ここにはまた「イエスはご自分で十字架を負って・・」と書かれていますので、刑を執行される者は、十字架を自分で背負う事になっていましたが、イエス様の方から進んで十字架を背負われたとヨハネは書いている、とそう言えましょう。これは、私たちの罪を進んで背負って下さったことを現していると言えるかも知れません。

イエス様はその後、刑場に向かわれるのですが、しかし、その場所がどこかは、はっきりしたことは分かりません。ヨハネは「どくろの地」ヘブル語で「ゴルゴダ」と言われる所と書いています。少なくとも現代では、その場所が2箇所考えられています。

一つは、現在の聖墳墓教会があるところであります。これは、現在では城壁内にあります。もう一つは、ゴードン将軍が発見したと言われます丘のような所です。これは、現在の城壁よりも外にあります。レビ記によれば宿営の外に連れ出して殺すように書かれていますので、たとえば、ステパノが殺されたときは、町の外に追い出して石で打ち殺しております。ですから、たとい現在では城壁内に聖墳墓教会がありましても、もしその場所が正しければ、その当時は、城壁の外側にその場所は位置していただろう事は想像できます。

いずれにしましても、はっきりとした場所はわかりません。また、どくろの地と呼ばれています「どくろ」とはギリシャ語の単語は、クラヴューでありまして、そしてそれがヘブル語で「ゴルゴダ」と訳され、それが、ラテン語に訳され「カルヴァリア」(calvaria)となり、さらに英語で「カルバリー」(calvary)という語が出てきたのだそうです。語学に疎い私は、物の本を見て、紹介するだけでありますので、ご容赦いただきたいのですが。

どうして「どくろの地」と呼ばれたのか、ということについては、またある本にはこう書かれています(バークレー下p.335)。「ローマ法によれば、犯罪人は飢えと渇きと日ざらしのために、完全に死ぬまで十字架に架けられていなければならない。その苦闘は時として数日間も続くことがある。一方、ユダヤ法によれば、死体は日暮れには取り降ろされて、埋められなければならない。ローマ法では、罪人の死体は埋められず、ただハゲタカやカラスや、のら犬のなすがままに放置させられた。

だが、ユダヤ法の下では、それは全く非合法的なことであった。だから、ユダヤの死刑場に、されこうべが散らばっているようなことはなかったわけである。恐らくその場所がそのような名前をつけられたのは、それが、されこうべに似た丘の上にあったからであろう。この方がもっとも可能性がある。

思えばそれは、悲惨なことが行なわれる場所に相応しく、じつにむごたらしい名前であった」とであります。ともかく、イエス様はそこに向かわれたわけでありました。ヨハネは、共観福音書と言われていますマタイ、マルコ、ルカが書いたことを殆ど省いて、彼らが書かなかったことを書いています。そういう意味では、ヨハネの福音書があることによって、私たちは、その当時の状況をよりよく知ることができるのであります。

そんなわけで、刑場に向かう途中での事、イエス様の代わりに十字架を背負ったクレネ人シモンの事や、十字架上の両側にいた強盗どもの悪態ついた言葉などは、ヨハネは全く書いていません。淡々とそのあらすじを書いており、17,18節のたったの2節で、イエス様の身体はピラトの手から離れ、もう十字架にかけられているのであります。

イエス様を真中に、そしてその両側に他の二人が十字架に架けられたと、であります。19節には、ピラトが罪状書きも書いて十字架の上に掲げたとあります。それには「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」と書いてありました。

20節には「それで、大勢のユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったからである。またそれはヘブル語、ラテン語、ギリシャ語で書いてあった」とあります。

十字架刑場に行くには、できるだけ多くの人の目にとまるように、多くの街路を引き回されたと言われます。現代のエルサレムでは、イエス様が十字架を背負って行かれたと言われている道をヴィア・ドロロサと呼ばれ、ラテン語で、悲しみの道の意味だそうです。ローマ総督ピラトの官邸から、聖墳墓教会に至る道がそう呼ばれています。

さて、イエス様の罪状書きについてですが、三つの言語で書かれていたとありました。ヘブル語、ラテン語、ギリシャ語でありました。なぜ、三つの言語で書かれたかは、今も言いましたように、できるだけ多くの人に知ってもらいたかったからということがありましょうが、それがなぜ、ヘブル語、ラテン語、ギリシャ語であったのか、色々な本が、いろいろなことを言っていますので、その中の一つを紹介しておくことに致します。それにはこう書いてありました。

「罪状がヘブル語で書かれた理由は説明する必要は、殆どあるまい。それはユダヤ人がみな知っていた世界で、最も古い言葉であり、旧約聖書の言葉であった。ギリシャ語でかかれた理由は、それが当時の東方のすべての国々で最も知られた言葉であり、文学の言葉、教養人の言葉であったからである。

ラテン語でかかれた理由は、それが当時の世界の支配者ローマ人のことばであったからである。ローマの兵士はラテン語が理解できたであろう。ギリシャ人のユダヤ教改宗者や、ギリシャ化したユダヤ人はみな、ギリシャ語が理解できたであろう。そして、過越しの祭りのために、ガリラヤ、ユダヤ、諸国から集まった生粋のユダヤ人たちはみな、ヘブル語が理解できたであろう。これらの人々はみな、過越しの祭りにイエスと言う人物がユダヤ人の王として十字架の刑を受けたと言う知らせを広めたことであろう」と、このようにありました。

ローマが征服する前に、地中海世界を支配していたのは、ギリシャ帝国であり、アレクサンダー大王が、ギリシャ文明を普及させたことから、ギリシャ語は一般的に使われていたことは理解できるのですが、なぜラテン語なのか、今の説明によりますと、当時の世界支配者ローマ人の言葉であったというところから納得させられるのであります。

いずれにしましても繰り返しになりますが、できるだけ多くの人に見てもらう意図があったことだけは確かであります。しかも、その罪状書きが祭司長達から21節にありますように、「ユダヤ人の王、と書かないで、彼はユダヤ人の王と自称した、と書いてください。と言ったにもかかわらず、ピラトは「私の書いたことは私が書いたのです」と言って突っぱねた所に、非常に大きな意味があるのであります。

ピラトは、イエス様には罪があるとは認めていませんでした。それと共に、今回の事にはかかわりたくなかったようであります。しかし、ユダヤ人たちは、そうはさせなかったのでした。ピラトは言いました。「あなた方がこの人を引き取り、自分達の律法に従って裁きなさい」するとユダヤ人たちは、「自分達には死刑が許されていない」と言ってピラトに判決を下させようとします。

またピラトは、「過越しの祭りには、一人の者を釈放する慣わしになっているが」と切り出しますが、祭司長たちは、イエス様を釈放するのではなく、「この人ではない。バラバだ。」と言って譲りませんでした。このようにして、退けられたピラトの最後の手段は、自分の考えを通すことでありました。そして、これは皮肉にも十字架に架けられたイエス様がどういうお方であるかが、限定的ではありますが、明確にされ、人々に知られる事になるのでありました。

限定的と言いますのは、イエス様はユダヤ人だけの王ではなく、世界の王だからであります。そういう意味で私は言っているわけであります。イエス様はまさにユダヤ人の王であり、世界の王であられます。あの十字架上のイエス様を人々がどのような目で見ようとも、決して、その事実は変わらないのであります。

ユダヤ人の王という3つの言語による表示は、多くの人の目に留まり、後にその事の意味が理解されるようになっていくのであります。神様は、色々なところに布石となるものを置いておられ、人は、自分達の計画どおり、全てが旨くいっていると思いきや、実は、神様の御心が成就していっているのを後で知ることになります。

そういう意味では、私たちが、イエス様の時代にいなかったことは幸いですが、
現代に生きる私たちもまた、現代のさまざまな問題点においては、その当事者ですから、似たような過ちを犯しかねません。ですから、それを防ぐためには、神の御心はどこにあるかをいつもしっかりと見極める知恵を聖書を通して真の神様からいただく必要があるでしょう。

ユダヤ人たちは、御言葉に精通しておりました。しかし、多くの点でその解釈に間違いがありました。イエス様は、それをいろいろと指摘なさったわけでありました。彼らはそれを受け入れることができず、逆に、イエス様を敵とする者となったわけでありました。

現代の私たちもまた聖書が与えられ、しかも彼らと違って私たちには、完結している聖書が与えられ、それが正しく解釈され、生きることが求められているのであります。間違った解釈のもとに、神様に敵対する行動を取らないように、正しい知恵を神様が与えてくださるようにと求めていきたいものです。

ところで今日の所の最後の部分23節からは、ローマの兵士たちがイエス様の下着を分け合うことが出ています。がしかし、彼らは聖書に精通しているわけではありませんでした。と言いますか、殆ど興味はなかったと思います。

ですから、ローマの兵士たちは、旧約聖書にはこのように書いてあるので、我々は、そのように行動しなければならない、そのように思って行動をしていたわけではありませんでした。何も知らずに、その欲するままに行動した。がしかし実はその事が御言葉の成就へとつながっていくのであります。

詩篇22:18には「彼らは私の着物を互いに分け合い、私の一つの着物を、くじびきにします」とありますが、まさに、その言葉の成就でありました。兵士たちは、イエス様を十字架につけると、自分達の任務は終わり、そういう役を担った者が報酬に与る、それが、この分け合う行為だったようです。

とはいえ、何年も前に書かれたことが、今、正に成就しようとしているのであります。イエス様の着物をとり、一人の兵士に一つずつあたるよう4等分したとあります。これは、イエス様の持ち物を4人で分けたということで、ある者は頭を覆う布、またある者は腰帯、またもう一人は服、最後の一人はサンダルか何かだったのかもしれません。ところが、その下に身につけておられた下着は、上から全部一つに織った、縫い目無しのものでありましたので、これは、切ってしまいますと使い物にならないということで、くじで決めたのでありました。

イエス様が全てのものを取られ、最後の最後の一枚まではぎ取られている姿に宗教改革者カルバンはこう言っているそうです。「主イエス・キリストが着ている物をはぎ取られたのは、彼の義を私たちにまとわせるためである。彼のからだが裸で、人々の辱めにさらされたのは、私たちが栄光をまとって神の御座の前に現れるようにする為である」とであります。本当にそう言っても間違いではない、そう思わせてくれる状況であります。

イエス様は、贖いの業を成し遂げる為に、ほふり場に引かれて行く小羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、黙ってただ従われたのでした。イエス様は、十字架の上で、その苦しみの中で、その十字架のそばにいるご自分の母親に語りかけられるのですが、その十字架のそばには他にもいろいろな人がいました。

そこには、母親の姉妹、名前はでておりませんが、物の本によりますとマタイ27:56にあります「ゼベダイの子らの母」で、つまりヤコブとヨハネの母親、名前をマルコ16:1よりサロメといい、このヨハネの福音書の著者の母親でもある彼女もいました。さらにクロパの妻のマリヤ、これはマタイ27:56より「ヤコブとヨセフの母マリヤ」、そして最後のマグダラのマリヤとは、ルカ8:2に登場します。7つの悪霊を追い出していただいたマリヤであります。そして愛する弟子と記している著者ヨハネであります。

こういう人たちを十字架から見下ろすようにしてでしょう。ご自分の母親に対する思いやりをイエス様は述べられるのであります。26節にはこうあります。「イエスは、母と、そばに立っている愛する弟子とを見て、母に『女の方。そこに、あなたの息子がいます。』と言われた。」これは、読み方によっては、非常に冷たい言い方に聞こえます。

しかし、実際はそうではないのであります。と言いますのは、ユダヤ人の祭司長たちは、「ユダヤ人の王と自称した」と書くように迫りましたが、そのイエス様は、ユダヤ人の王、そのものであり、また、世界の王であられたからです。しかし、その王であるお方が、人間としてこの世に来られた故に、家族の一員でもあられました。それゆえに、これから後のことを考えて、周りの人に母親を委ねられたわけでありました。

ですからこれは、ご自分の家族に対する愛ある言葉なのでありました。つまり、27節にあります「そこにあなたの母がいます」とは、ヨハネに向かって、後をよろしくとの配慮だったのでありました。イエス様がお生まれになった時もそうでしたが、ユダヤのベツレヘムで、粗末な家畜小屋でお生まれになられました。そして今、亡くなる時は、十字架刑という犯罪者扱いで殺されました。そして、それは世界から見ますと、小さな国イスラエル、いいえ、ローマの支配下にある一管轄地域の一地方にしか過ぎません。

しかし、そこで行なわれていることが、福音として、また、良きおとずれとして、今まさに世界へと広がっていく、その芽ができようとしているのであります。一粒の麦が、地に落ちて死のうとしています。そして豊かな実を結ぼうとしています。

イエス様そのお方は殺されますが、それによって罪人である私たちには命が与えられることになるのです。ユダヤ人の王という「王」の地位がどういうものであるか、それが、どれだけの広がりをもち、力を持ち、権威を持っているか、イエス・キリストを主と認めたもの以外には分かりません。ユダヤ人の王であり、世界の王である方、十字架にかかられた方をあなたは今、あなたの王として認め、礼拝しておられるでしょうか。

王の王、主の主として、心から崇め、このお方のお働きによって罪の奴隷から解放されているキリスト者は、何という幸いでしょうか。まだの人は、イエス様をあなたの王として心にお迎えしてはどうでしょうか。イエス様はユダヤ人の王であり、世界の王であり、あなたの王でもあるのですから。そして、その方が下さる平安をいただいて欲しいものです。

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