2007年7月1日(日) 「イエスの葬り」 ヨハネ19:38-42 竹口牧師
この朝は、イエス様の葬りについて見ようとしております。そして、この時に登場します人物は、二人であります。アリマタヤのヨセフと、ヨハネ3章のところに登場しましたニコデモと言う人であります。どちらも、ユダヤ議会、サンヒドリンの議員であったようです。
しかし、イエス様が議会で裁かれるときには、殆ど目立った行動をせず、静かに見守っていたようでありました。静かに見守っていたと言えば聞こえはよいのですが、要するに隠れキリスト者のようにも見受けられます。がしかし、本当にそうだったのでしょうか。
ヨハネは、この福音書の12章37節以下で、イエス様が人々の前で多くのしるしを行なわれたのに、彼らは信じることはなかった。それは、預言者イザヤの言葉が成就する為であったと書き、まさに、預言どおりになったことを書いていました。
そして、そういうイエス様のおられた時代の中にあっても、こういうことがありましたよと、その同じヨハネの福音書12章42節でこう書いておりました。「しかし、それにもかかわらず、指導者の中にもイエスを信じる者がたくさんいた。ただパリサイ人たちをはばかって、告白しなかった。会堂から追放されない為であった」という風に、であります。
信じる者はいた。 しかし、事情によってそれを告白しない者もいた。 会堂から追放されない為に。その当時、会堂から彼らが追放されれば、生活が成り立たないような時代だったわけです。
では果たして、信仰を告白しなかったのは、信仰の弱さから来るものなのかどうかと、非常に考えさせられるところであります。今日、登場します二人のうちのまず一人、アリマタヤのヨセフについて他の聖書個所を見てみますと、意外な事実がわかってくるのであります。
それは、ルカ23:51節にあることですが、50節から読みますとこう書いてあるのであります。お聞きくださるだけで結構です。イエス様の葬りの所で、
「さてここに、ヨセフという、議員のひとりで、りっぱな、正しい人がいた。 この人は議員たちの計画や行動には同意しなかった。 彼は、アリマタヤというユダヤ人の町の人で、神の国を待ち望んでいた。」という風にであります。
そして話は、マルコ14:64を見ますとイエス様のお言葉を聞いた大祭司は、 自分の衣を裂いてこう言っています。
「これでもまだ、証人が必要でしょうか。あなたがたは、神をけがすこのことばを聞いたのです。どう考えますか。」すると、彼らは全員で、「イエスには死刑に当たる罪があると決めた。」とあるのであります。
つまり、議会は、全員一致でイエス様を死刑にしたのですから、アリマタヤのヨセフもそこにいたのだろうかという事になります。ある人は、そこに彼はいなかったのではないかと言います。
とすれば、自分の信仰において、意図的に出席しなかったとも言えないでしょうか。そして、そういう彼が、今回のイエス様の処刑に際して、遺体を引き取りたいと申し出たのでありました。これはまた、大変勇気のある人であったと言えないでしょうか。
一見しますと、隠れキリシタンと思えるアリマタヤのヨセフ、実はそうではなかったのではないか、そういう見方もできるのであります。
一方、では、ヨハネの福音書の最初のほう3章に登場したニコデモはどうだったでしょうか。このヨハネの福音書によりますと7章50節でこう言っています。前後関係はこうなっています。
イエス様が宮でお話になっていたとき、人々は「あの方は、確かにあの預言者なのだ」とか「この方はキリストだ」とか言い出したものですから、群衆が分裂状態になりました。そこで祭司長、パリサイ人たちは、イエス様を捕らえようと役人を遣わしました。
がしかし、捕らえるどころかこう報告をしました。「あの人が話すように話した人は、いまだかつておりません」と。それを聞いてパリサイ人たちは怒るわけですが、そのときにニコデモがこう言ったのでした。
「私たちの律法では、まずその人から直接聞き、その人が何をしているのか知ったうえでなければ、判決を下さないのではないか。」とであります。これもまた、大変勇気のいる言葉であったと言えましょう。他のパリサイ人たちは、このニコデモの言葉に対して、「あなたもガリラヤの出身なのか。調べてみなさい。ガリラヤから預言者は起こらない。」そう言われているのであります。
こうしてみますと、聖書に書かれていることは数少ないのですが、どうも、人の信仰を見た目によって判断してはならない、とそう思わされるのであります。
神様は、いろんな人をご自分の働きのために用意し、時が来たら、その人をお用いになられる。そう教えられるのであります。そして今日のイエス様の葬りの所へと入っていきたいのです。
38節でヨハネはこう書いています。 「そのあとで、イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフが、イエスのからだを取りかたづけたいとピラトに願った。 それで、ピラトは許可を与えた。 そこで彼は来て、イエスのからだを取り降ろした。」と言う風にです。 私達は、この節だけでアリマタヤのヨセフという人の事を考えますと、どうも、あまり良い評価は出来ないように思います。勿論、これからする行動は置いといてでありますが。つまり、彼の信仰は、先ほど見たとおりであります。
ユダヤ人を恐れて、弟子であることを隠した時もあったかもしれない。しかし、彼の活躍の本当の時は、このイエス様の葬りの時だった、そう言えるのではないかと思うのであります。本来なら、弟子たちが一番先に申し出るべき事でありました。しかし実際はそうではなく、弟子たちは皆、姿を消していた。
勿論、名前こそ書いてありませんが、ヨハネはいたかもしれません。しかし、少なくとも遺体の引取りを申し出たのは、アリマタヤのヨセフ、彼だけだったのでした。
ピラトは、それに対して許可を与え、遺体は取り降ろされたのでした。これは、実に大変な勇気のいる申し出であったと言えましょう。神様が、実にこの時のために彼を用意しておられたと言っていいでしょう。
ところで、次に登場しますニコデモですが、彼もまた神様からの使いのごとく、やってくるのであります。決して彼は、アリマタヤのヨセフと相談しておいたわけではなかったでしょう。がしかし、十字架から降ろされたイエス様の遺体に塗る為の香料、防腐剤をニコデモは持ってくるのであります。まるで二人は打ち合わせをしていたかのように、であります。
「ヨセフ、お前は降ろす役目、私ニコデモは、イエス様の遺体の埋葬の処理をする係り。日没までには時間が余りないので、手順よくやってくれよ。」そういう相談はなかったでありましょう。神様の導きによってニコデモは行動していた。それも、前もって没薬などは手に入るようになっていたのでしょう。およそ30kgとありますので、並みの量ではありませんので、相当重かった筈であります。大体、一人の遺体にそれだけの量が必要かどうか。
かつて、イエス様の誕生に際しては、東方の博士たちは、黄金、乳香、没薬を持ってきたことがマタイの福音書には書いてありますから、しかも献げ物にしているくらいですから、非常に高価なものであることが分かります。それを一度に30kgも持ってきたのですから、相当な思いの入れようだと言えましょう。
新聖書辞典によりますと、「没薬にもいろいろな品質のものがあるが、液状の没薬が最も良質とされている。没薬は強い殺菌力と芳香を有し、これを他の香料と一緒に混ぜてオリーブ油に溶かした香油や、動物脂に溶かした香膏が古代エジプトの時代からソロモンの時代を経て、祭司や貴婦人達の化粧品や皮膚薬として用いられていた」とあります。
本来なら、十字架刑を受けるような犯罪人は、死んだなら、取り下ろしてそのまま放置するのがローマ式であります。
しかしここはイスラエルであり、大切な祭りも迫っておりましたし、遺体は、その日のうちに処理するのがユダヤ人の慣習でしたので、墓に葬られることになったのでありました。
それにしましても犯罪人が葬られる所は、一般的な墓地ではなく、囚人の為の共同墓地があったと、物の本によりますと書いてありましたので、他の二人の囚人はそうされたのでしょうが、イエス様だけは、違っておりました。丁重に遺体は扱われ、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、香料と一緒に亜麻布で巻かれたのでした。
ところで、マルコの福音書16章を見ますと、安息日が終わるのを見計らって、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤ、それにサロメは、イエス様の身体に油を塗ろうとわざわざ香料を買いに行き、週の初めの早朝に、墓に向かうのであります。
なぜ、彼女たちがそうしたのか、不思議に思えてくるのであります。アリマタヤのヨセフや、ニコデモのしていることを、彼女は見ていたはずではなかったでしょうか。十字架にかかられているイエス様が、彼女に話しかけられたことが、25-27節辺りにはかかれているのであります。ですから、一部始終を彼女たちは見ていたのでありました。それでも、安息日が明けるのを待って、墓へと向かうのであります。
男のすることは、大雑把と見えたのか、 安息日が迫っていましたので、彼らのしたことは、急いでいて十分なことが出来なかった、そのように見ていたのかどうか分かりませんが、彼女達も、イエス様の遺体に、手を施そうとするのであります。
バークレーという神学者によりますと、「パレスチナの習慣では、死体が墓に治められてから三日後に、愛する者の墓を訪問をするのが普通であった。霊は三日の間、もの待ちげに墓の周りをうろつくが、その後、霊は離れ去る、と彼らは信じていた。」と書いております。
これが、本当だとすれば、アリマタヤのヨセフやニコデモのした事が、不十分だからという理由は成り立たないことになります。この本だけでの結論は出せませんが、そうなのかもしれません。
まあ、マリヤがやってきますのは次の章のことでありますが、いずれにしましても、イエス様の遺体は、他の犯罪人とは違って、丁重に扱われたと言う点は、見過ごしてはならないことでしょう。犯罪人扱いにされても、イエス様の身体は、最期には、丁重に葬られたのでした。
それだけではありません。その葬られた所は、新しい墓であったという点は、注目に値します。それは、綺麗さの問題ではありません。後に甦りの出来事が起るのは、ご存知のとおりでありますが、墓は、岩をくりぬいて作られていまして、新しいと言うことは、弟子たちが遺体を盗む為に前もって、別の穴を掘っていたのではないかと言うことを否定するからです。遺体を入れた所から入らなければ、取り出せないからです。
もう一つは、誰も葬られていないのですから、最初から他の遺体はないわけで、これは即ち、他の遺体と見間違うという事はないないということです。ですから、そういうことも否定されます。
考えてみますと、イエス様がどこに葬られることになるか、その日、その時まで、誰も知らなかったのでありました。アリマタヤのヨセフさえ、遺体取り降ろしの許可がでるかどうか、確信はなかったでしょうし、イエス様が十字架に架けられた場所が、まさか、自分が入る為に造っておいた墓のそばであるなどとは、想像もしていなかったでしょう。
それとも、十字架刑が行なわれる所にわざわざ自分の墓を前もって造っておいたのでしょうか。どうも、そういう風には私には思えないのであります。更には、アリマタヤのヨセフは、まさか三日目にイエス様が甦られるなどと言うことは、全く考えていなかったのではないでしょうか。
イエス様のために用意したわけではなく、自分のために用意した墓、それが、イエス様の葬りに役立ち、後には、その同じところに自分も入る。しかも、それで自分の死は終わらない。イエス様が甦られたように、自分もその墓から出てくるときが来る。甦りという主の恵みに与ることができる、これは、何という素晴らしい特権でありましょうか。
この福音書を書いたヨハネは、42節でこう書いています。 「その日がユダヤ人の備え日であったため、墓が近かったので、彼らはイエスをそこに納めた。」とです。
イエス様がアリマタヤのヨセフの墓に葬られたのは、単なる「墓が近かった」という理由だけでした。現在、個人の墓を買うには、共同墓地でも、200万、300万円は最低必要でしょう。それも、死んでからでは用意できませんので、生きている間に用意しなければなりません。そのためには、それだけの費用が要るということです。
それだけではありません。 埋葬に至るまでにさまざまな費用がかかるのであります。そう考えますと、死ぬ事さえ、ただではない事が分かって来ます。イエス様が甦られたように、三日目には墓が空くとすれば、一つ墓があれば、それで十分でしょう。しかし、現実はそうではありません。
この地上には、寿命が来て亡くなる方もおられれば、事件、事故、或は戦争などで、命をなくする人がいます。この地上は墓で満ちる時が来るかも知れません。いいえ、そういう消極的な考えではなく、墓の要らない時代が来るのであります。
イエス様が再臨されると、墓はもはや空になるのです。どんなに立派な墓を造っても、所詮、その中は亡骸だけです。イエス様は、私たちを罪から救う為に、私たちが通る道を通ってくださいました。それが、死であり、葬りでありました。 そして甦りをなされるのです。
私たちもまた、その死を迎え、またイエス様のごとく甦りを経験させていただけるときが来るのです。なんという希望のある将来でしょうか。
死で終わりではない。 この世の悲しみ、苦しみ、痛み、辛さなどなどの全てを取り除いて、永遠の休みを与えてくださる為に、イエス様は葬られました。そのイエス様の葬りを考えつつ、私たちの葬りの時がある事に目を留め、しかしそれは決して失望ではなく、希望であることをしっかりとこの朝、確認しておこうではありませんか。
2007年7月8日(日) 「信仰の深みへ」 ヨハネ20:1-10 竹口牧師
先回は、イエス様が十字架に架けられ、殺された後、非常に丁重に、アリマタヤのヨセフとニコデモによって、墓に葬られたという所を見ました。時は、イエス様が亡くなられてから、恐らく1-2時間、多くても3時間なかったであろうと私は想像します。なぜなら、安息日が目前に迫っていましたので、急ぐ必要があったからです。
安息日とは金曜日の日没から土曜日の日没までを言いますし、その間、仕事をしてはいけないことになっていました。従って遺体はその日のうちに、つまり、日没に入って安息日が始まるまでに、処置をすることが定まっていたのでありました。
ところで、今日の聖書個所の1節には、「さて、週の初めの日に、マグダラのマリヤは朝早くまだ暗いうちに墓に来た」とありますので、マリヤの行動を、現代の私たちの時間に置き換えて考えますと、土曜日は丸一日休みとして置いておいて、その夜中の12時を過ぎ、つまり、もうすでに土曜日の日没から始まっています週の初めの日の夜、午前零時を過ぎた日曜日の朝、マリヤは墓にやってきた、ということになります。
その頃は、日曜日は休みではありませんでしたので、一日の働きが始まる前に、マリヤは香料を準備して行ったようであります。夜明けが来ますと、働きの準備をし、時間が来ますと、働きに出るというのが、当時の日曜日の行動でありました。マリヤは、その働きの前、それも夜明け前に行動したようであります。もっとも、1節には、マリヤだけが行ったように書かれていますが、2節を見ますと、「主をどこに置いたのか、私たちにはわかりません」となっていますので、複数の人が行ったことは確かであります。
また、他の福音書を見ましても、「女たちは」(ルカ)、とか、マグダラのマリヤと他のマリヤ(マタイ)とか、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメ(マルコ)と言う風に書かれていますので、マグダラのマリヤだけが朝早く行ったのではないことが分かります。
ところで、このマグダラのマリヤについてマルコ16:9には、「さて、週の初めの日の朝早くによみがえったイエスは、まずマグダラのマリヤにご自分を現わされた。イエスは、以前に、この女から七つの悪霊を追い出されたのであった。」とありますので七つの悪霊を追い出されたその人の事かもしれません。もしそうなら、非常に感謝な思いをもって、イエス様の遺体を、もう一度丁寧にしてあげたいという思いがあったのかも知れません。
さて、当時、イエス様の遺体が治められている墓はどう言う状態であったかと言いますと、岩をくりぬいた穴に遺体を収め、その入口には大きな石で蓋をされ、更には、三日目には甦ると言っておられましたので、弟子たちが、イエス様の遺体を運び出して、イエス様が甦ったなどと弟子たちが言わせないようにわざわざローマ兵を見張りに立てたという、物々しいものでした。
しかし、それを知っていたのか知らないでか分かりませんが、マリヤ達はイエス様の墓に向かって行ったのでした。そして着いたところが、墓から石が取り除けてありました。そしてその状況をいち早く伝えたのがマグダラのマリヤでした。
どの程度伝えたのか、ヨハネは記していません。ペテロとヨハネはそれを聞いて、現場に走っていくわけであります。ここにペテロとヨハネの徒競争が始まるのであります。そして結果は、先に到着するのはヨハネでありました。
なぜ、ペテロではなくヨハネだったのか、昔の人は色々考えたようであります。ある本によりますと、ヨハネの方が年が若かったからであろうとか、ヨハネのほうが近道を知っていたからだろうとか、あるいは、ペテロは三度も主を否んだ罪のために、心に重荷があって走れなかったのだろうと言うようにであります。
ペテロよりヨハネの方が年が若かったなどということは、聖書のどこを読んでも書いてありませんので、つまりは、いろいろ想像は出来ますが、聖書に書いていないことは、結局は分かりません。ヨハネが折角最初に着いても、墓の中を覗き込んで見るだけで、中には入ろうとはしませんでした。
一方、後から到着したペテロは、すっ飛んで中に入ります。これの違いなども、想像すれば色々考えられるでしょうが、結局は想像でしかありません。今までのペテロの行動からしますと、まあ、何となく想像はつきますが、あくまでも想像であります。
たとえばイエス様が湖の上を歩かれますと、それを見て、ペテロは、「・・私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになって下さい」(マタイ14:28)などと言ったり、あるいは、高い山にイエス様がペテロとヤコブとヨハネを連れて登られ、イエス様が変貌された時などは(マタイ17:1-4)、まず、言葉を口にしたのはペテロでありましたので、そういう例を考えますと、ペテロについてはいろいろありますので、墓に走っていって、覗き込むと言った行動は、ペテロにしたら当然な行為でありましょう。そしてそれは、ペテロがいの一番に墓に入って行く事となるのです。
ここで非常に大切なのは、誰が先に入ったかではなく、その墓の中がどういう状態であったのかという点です。7節に書いてあるとおりでした。それは、不思議な情景でありました。「イエスの頭に巻かれていた布切れは、亜麻布といっしょにはなく、離れた所に巻かれたままになっているのを見た。」とあります。
これを読んでお分かりのように、頭に巻かれた物と、それ以外とでは違うことが分かります。因みに、ラザロが病気で死んで、イエス様が甦らせて下さったとき、墓から出てきたラザロの姿は、顔は布切れで包まれていて、手と足は長い布切れで巻かれておりました。(ヨハネ11:44)ですから、イエス様もそのようにされて、葬られたと思われます。
ところが今見ましたように、頭に巻かれていた布切れは、一緒には無く、離れた所に身体に巻かれた状態で亜麻布は有り、しかも、体がすっぽりなくなっていたのでありました。イエス様の甦りを信じられない人は、色々なことを言いますが、なかなかこの状況をきちんと説明できる決め手となるものはありません。
弟子たちが隠したにしては、どうしてペテロやヨハネが走っていかなければならなかったのか。ローマ兵は、何を見張っていたのか。イエス様の身体を盗むにしても、わざわざ巻かれた布を解いて、巻かれた状態にそっくりそのままにして置く時間などないのであります。それこそ、もし遺体を盗むのなら、巻かれた状態のままで盗むというのが、一番考えられやすいのですが、実際はそうではありませんでした。
イエス様の甦りを信じられない人は、いつの時代にもいますので、もし、ここおられる方の中で、それが引っかかって信じられないとしたら、気の済むまで検討されるのがよいと思います。そして少しでも早く8節にありますように「信じる」人になっていただきたいものです。
ヨハネは8節でこう書いています。「そのとき、先に墓についたもうひとりの弟子もはいって来た。そして、見て、信じた。」と。これを読んで、皆さんは不思議に思われないでしょうか。誰が信じたと、ここに書かれているのでしょうか。それはお分かりのように「先に墓についたもう一人の弟子」なのです。そして、その弟子とは、ヨハネのことなのです。しかも「見て、信じた」とあるのであります。
では、今の今までヨハネはイエス様を信じていなかったのでしょうか。そういう問はわいてこないでしょうか。わいてきて当然でしょう。もし、これまでにもイエス様のなさったことで、この方こそ、自分のお従いすべきお方であり、否、このお方しかおられないと信じて来ていたなら、今ここで、「見て、信じた」とはどういうことなのか、ということになるのです。
実はヨハネの福音書を、もう一度始めのほうから読んでみますと、弟子達は、2章の時点でイエス様を信じた場面が出てきます。2章に戻っていただきましょうか。2章と言いますとイエス様が水をぶどう酒に変えられたという奇蹟を行なわれたところですが、11節にこう書かれています。
「イエスはこのことを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行ない、ご自分の栄光を現された。それで、弟子達はイエスを信じた」とあります。ですから弟子達はイエス様を確かにあの時点で信じたのでありました。勿論、言うまでも無く、イエス様に従っていく。弟子となってお仕えしていくと決めた時には、もうそこで、イエス様を信じていたことは当然であります。
そして更に、この福音書が書かれたのが、紀元85年から90年頃書かれたのですから、この2章のその後の18節以下にも書かれている事が言えるのであります。そこにはこう書かれているのであります。
「そこで、ユダヤ人たちが答えて言った。「あなたがこのようなことをするからには、 どんなしるしを私たちに見せてくれるのですか。」イエスは彼らに答えて言われた。 「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」そこで、ユダヤ人たちは言った。「この神殿は建てるのに四十六年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。」
しかし、イエスはご自分の体の神殿の事を言われたのである。それで、イエスが死人の中からよみがえられたとき、弟子たちは、イエスがこのように言われたことを思い起こして、聖書とイエスが言われたことばとを信じた。」とです。
2章の時点でもう、こう書かれているのですから、ヨハネは、以前に起ったことを神様に導かれて、正しく書いていることが分かるのであります。そして、信じるとはどういうことかを、改めて私は確認させられるのであります。
つまり、イエス様を救い主と信じるとは、一度限りのことではないということです。信仰の深みに神様が入れてくださるには、何度も何度も、試練を経験しながら、信じさせていただく。それは、決して始めの信仰が不完全で、救いが不完全であると言うのではない。神様の救いの業は、イエス様のあの一度限り、十字架の死によって私たちの罪を贖ってくださったと信じた時、完全に救われた、救われている。
ですから、もう一度今日の聖書個所20章に戻っていただきますと、8節にありますことは正しいと言えるのであります。ペテロとヨハネは、競うようにして墓へと走っていく。ヨハネが先に到着しますが、中には入りません。ペテロが先に入り、そして8節、「そのとき、先に墓に着いたもう一人の弟子も入ってきた。そして、見て信じた」のであります。
そして9節、ヨハネは、空の墓、イエス様の身体に巻かれた亜麻布のある状況などを見て、イエス様が兼ねてから言われていたこと、聖書に書かれている事とが合致して、本当にそうなったと信じたのでありました。
ところで私は、今までに東京聖書教会の会員になりたいという方の試問を何回もしてきたのですが、そしてバプテスマクラスでもお話をし、何度も確認していることがあります。それは、イエス様は、あなたにとってどんなお方ですか。それが分かったのはいつですか。どんな時ですか。と言うことです。
クリスチャンホームで育った方には、生まれた時から神様の存在、イエス様のお働き、神様の審き、天国と地獄の存在などなど聞いて育っていますので、明確にイエス様が救い主だと分かったのはこの時だ、などと言えない方もおられますが、それでも、聞くわけであります。いつかは分からないけれども、聖書に書いてあることに間違いはない。イエス様こそ、唯一の私の救い主ですと告白できることは、とても大切なことだからです。
それが、徐々に分かってくる方もおられましょうが、やはり、つきつめていきますと、大体どの頃かが分かって来ます。そういう時と言うものを、私は大切に致します。それは、神様とその人にとっての大切な時だと考えるからです。
自分の罪の認識、それからの救い、イエス様のお働き無くしての救いはありえない。イエス様の救いをいただいて、その道に歩みたい、心からそう願うようになった時、その時というのはとても大切だからです。
その信仰が与えられた時は、いわば、信仰の始まりであります。そしてそれを更に成長させてくださるのが神様です。時には、私のような信仰では駄目なのではないか、そう思うこともありましょう。そして、救いが自分の力で得たのなら、駄目かもしれません。
しかし、救ってくださったのが神様であるなら、何度も、人生の途上で迷うことはありましょうが、決して心配はいらないのであります。あの信仰の出発地点に戻ればよいわけです。イエス様以外に、私を救ってくださるお方はいない。あの方が、御言葉を通して語り、救ってくださった。そこに戻っていくのです。
信仰者は、人生の中で何度も試みに遭うでしょう。丁度弟子たちがそうであったようにであります。イエス様の弟子として選ばれ、遣わされて行く。しかし、どうもイエス様のようには旨く行かない。イエス様に聞くと、ある時には、祈りが足りないと言われる。またある時には、信仰の薄いものよ、といわれる。
イエス様が、十字架に架けられた時には、わが身可愛さに、逃げ隠れしてしまう。本当にイエス様の直弟子なのかと思わせるような行動を彼らはしています。
しかし、イエス様と共に行動し、イエス様のなさった奇蹟を何度も見て、イエス様の素晴らしさに感動し、彼らは信じてきていたのであります。いわば、信仰の深みに神様は導いてくださっていたという事でしょう。
神様を信じること。これは、人生において、何度も何度もあることだと私は思います。 なぜなら神様の大きさは、人の理解力にとは格段に違うからです。ヨハネは、空の墓を見て信じたと書いています。他の弟子たちもまた、実際にイエス様の体が無くなって初めて、これは一体どう言うことだと考えさせられたことでしょう。そして、以前から言われていた事の成就であることに気付くのです。
次の次の回になりますが、トマスの話が出てきます。これなども典型的な例であります。一度神様によって救われた人は、たとい信仰の試練にあっても、神様は必ず、更に一歩進んだ信仰に進ませてくださいます。
確かに、その人にとって、大変危機的な時もあるかもしれません。しかし最期まで導き、救いを完成し、天の御国へ入れて下さるお方が、イエス様ですから、その信仰の深みへと入れていただくために、何度も何度も信じさせていただこうではありませんか。
空の墓を見て、ヨハネは信じました。甦られたイエス様の姿を見て信じた多くの人もいます。更には、昇天なさって実際目では見ることの出来ない今でも、イエス様を信じる人がいます。更には、これからもそういう方を神様は教会に加えてくださいます。何という素晴らしい神様のお働きでしょうか。
これらの流れを見ますと、決してその人の信仰は、その人に依存していないことが分かります。神様が与え、神様が育ててくださるのが信仰であります。真の神様からいただいた信仰が、更に神様によって深められるよう、これからも願い求めて行こうではありませんか。
2007年7月29日(日) 「主の呼びかけ」 ヨハネ20:11-18 竹口牧師
2007/7/29 ヨハネ20:11-18 主の呼びかけ 先回は、イエス様が葬られた墓に、イエス様の身体は無かった。イエス様の身体に巻かれていた布だけが残っていた。その状況を見たヨハネは、信じたというところで終わりました。その後10節によりますとペテロとヨハネは帰って行ったとあります。そして今日の所へと入っていくわけでありますが、今日の最初のところの11節で、「しかし、マリヤは外で墓のところにたたずんで泣いていた」とあります。
何回も聖書を読んでいるはずの私なのですが、一体、このマリヤは、どのマリヤなのか、一瞬、考え込んでしまいました。と言いますのは、聖書の話から言いますと、マグダラのマリヤをはじめ、ヤコブの母マリヤ、それにサロメなども墓を訪れた筈だからであります(マルコ16:1)。しかも、2節によりますと、空になった墓を見たマグダラのマリヤは、 急いでペテロやヨハネに伝えに行った筈であります。つまり、このままだとマリヤは墓にいないことになります。
マグダラのマリヤが、ペテロとヨハネと一緒に競争してイエス様の葬られた墓に向かわない限りマリヤは墓を離れたままです。つまり、ペテロやヨハネだけが競争するようにして 墓にやって来たことになり、彼らが墓に到着した時点では、マグダラのマリヤはいないのではないか。一体、この11節からいうマリヤとはヤコブの母マリヤなのか、しばらく考え込んでしまいました。
18節を読むに至って、はじめてマグダラのマリヤであることがやっと分かるのであります。皆さんは、何の疑問も無く、読み進まれたでありましょうか。注解書を読みますと、何の疑問も抱かせないで、マグダラのマリヤということで話が進められています。
まあ、考えてみますと、マグダラのマリヤが、墓の現状を伝えて、そのまま他の所に行くとは考えられませんけれども。やはり現場に戻ってくるのが普通でありましょう。と言うわけで、前置きが長くなりましたが、マリヤは一旦墓を離れましたが、又戻ってきて、墓にいる状況で今日の話は始まるのであります。
イエス様の身体があると信じてやってきたマリヤたち。しかし、墓には遺体は無かった。11節には、その状況で泣きながら墓を覗き込んでいる事が書かれています。
では、その流している彼女の涙は、何の涙なのか。イエス様が殺されたと言う悲しさの涙なのか。それとも、その上、遺体がなくなったことの悲しさからなのか。その彼女の涙の意味を知ることは私たちには出来ません。
いいえ、13節には、その涙の理由がはっきりと書かれています。「なぜ泣いているのですか。」と言う二人の御使いの質問に、「だれかが私の主を取って行きました。どこに置いたのか、私にはわからないのです。」とあるからですが。
しかしまた考えてみますと、これまた不思議な状況なのであります。この日は、日曜日でした。この時の日曜日はまだ、休みではありませんでした。つまり休みは、土曜日の安息日でありました。ですから、わざわざ仕事が始まる前に、あるいは、一刻も早くイエス様の身体をもう一度丁寧に葬りたい、そういう思いだったかどうか分かりませんが、マリヤ達はやってきていたわけでありました。本来なら、誰もいないはずでありました。
もしイエス様の遺体を盗むのを防ぐ為にローマ兵が番をしていることを知っていれば、そのローマ兵がいることは予想できたでありましょう。しかし、実際は想定外のことが次から次へと起こるのであります。イエス様の遺体は無い。墓を覗き込むと、二人の御使いがイエス様の置かれていた所に座っている。しかも、その御使いは話し掛けてきたのです。彼女たちは、この御使いを何だと思っていたのでしょうか。彼女達が怖がったとも何も書いてありません。
御使いといいますとこんなことがありました。 まだイエス様がお生まれになっていない頃のこと、イエス様の母マリヤに御使いが現れたその時、マリヤは、とまどい、恐れました。あるいは、ザカリヤが、祭司職の習慣によって、その務めが任じられ、神殿に入って御用をしている時に、御使いに会い、彼も恐れました。あるいはまた、イエス様がお生まれになった時、野宿で夜番をしていた羊飼いの所に主の使いが現れた時も、羊飼いはひどく恐れました。
というように、この世の一般的な人とは違う、神の御使いに出会って、大抵は恐れを抱くのに、マリヤは平然として、自分の思いのままに振舞っています。愛する者の死という悲しさが彼女を支配していた故でありましょうか。
まあそれほど、イエス様の身体に対して、心が捉われていたと言えるでしょう。愛する者の死、それは誰しもが経験する悲しみであります。まして、その身体がなくなっているというのは、信じられないことだったのであります。
時折、ニュースになることがありますが、有名人の表札が盗まれたり、あるいは、有名人の家族の遺骨が墓から無くなったり、そういうことは、度々ではありませんが、現代でも実際にあり、そんなもの盗んでどうするんだ、と思うことはあります。
しかし、たった三日前に、しかも十字架刑という刑を受け、人々にさらし者にされた遺体を一体誰が、どういう目的で盗んだのか、マリヤにとって見れば、悲しい出来事であったに違いありません。いいえ、少なくとも今の時点では、彼女はそう思い込んでいるのです。
肉の身体に執着する。それは、主と崇め、お仕えしてきた方の遺体であるならなおの事です。三日前に、アリマタヤのヨセフと、ニコデモが丁重にイエス様の身体を葬ったとはいえ、安息日も近づいていた中で十分には出来なかったであろう処置を、もう一度、綺麗にして差し上げなくては、という思いだったのかもしれません。
しかし、肉の身体は、所詮肉の身体であります。朽ちていくものであります。マリヤは何をどう思ったか、御使いの質問に答えながら、ふと後ろを振り返るのであります。何か気配を感じたのでありましょうか。
するとそこにはイエス様が立っておられました。しかし、彼女はその目の前におられる方がイエス様とは気付きません。「園の管理人」だと思っていたとヨハネは書いています。実際の所、イエス様がどのような姿だったのか何も書かれていません。全く別人のような姿だったのか、それとも、イエス様の殺された時の姿がマリヤの脳裏に深く刻み込まれていて、イエス様は生きている筈は無い、死んで横たわっているはずである、その思いが強い故に、イエス様と認識することが出来なかったのか。あるいはまた、復活されたイエス様の体は栄光の体でありましたので、イエス様と認識することが出来なかったのか、理由は分かりません。
15節でイエス様はこう言われています。「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」と。恐らく墓の中は薄暗く、よく見えなかったかもしれません。しかし、私たちの耳は、非常に良く出来ています。顔が見えなくても、普段良く話している人の声でしたら、誰が話し掛けているか分かるものであります。
それが、この今の場合、マリヤには分からなかったというのは、今まで一度も無かったことが起きたからでありましょう。復活という想像だにできなかったことゆえでありましょう。人類初めての経験、未知の出来事の故理解できなかったのでしょうか。
もっとも、イエス様が殺される日が近くなった頃、イエス様の愛されたラザロが病気で死に、そのラザロを復活させて下さったのがイエス様でした。死んで四日も経っていましたので、腐敗がすでに始まっていました。そのことをマリヤは、聞いて知っていたか、あるいは立ち会っていたかもしれません。
しかし、それらの一切の経験、これまでの体験、イエス様とのやり取りで得たことは、この時全く働きませんでした。現代のさまざまな事件、事故、災害などなどで愛する者を亡くした家族、遺族の方々が、周りの人を全く気にすることなく、激しく取り乱している姿をテレビで見かけることがあります。
考えもしていなかったことが起きてしまった。突然にこの世から消えた。話し掛けても、返事は帰っては来ない。失ったことから来る激しい寂しさ、虚しさが一気に襲う。そういうことから来る悲しさでありましょう。
マリヤの悲しみもまた、愛するイエス様の体が無くなった。そのことから来る悲しみと共に、死という、これまでのようにイエス様と共に歩む事の出来なくなった、そういう悲しみも十分にあったと思うのです。そういう悲しみの中にある彼女が、甦られたイエス様を前にしても、「園の管理人」と勘違いしても、それは有り得る事でありましょう。
ただ、あまりにもマリヤは、イエス様の遺体のほうに目が向いていたことは、残念でしたし、私たちも気をつけないといけないと言えましょう。肉の身体なるイエス様、人となってきてくださったイエス様。その事実と共に、神であられたお方であることを忘れてはいけないのであります。
としますと、甦られたイエス様が、15節で「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」と聞かれている時に、イエス様はマリヤの心が分からなくて聞かれているのではないと言うことであります。
「どうして泣いているのですか。泣かなければならないようなことなのですか。一体誰を捜しているのですか」とイエス様は言われています。実際の所、マリヤはここでは泣くべきところではないのです。むしろ喜ぶべきところなのです。しかし、現実が正しく受け取れない状況の中で、全く感情が逆転しているのでありました。
私たちの流す涙は、嬉し涙と言うのがあります。悲しいのではない、嬉しくても涙が出てくる。涙とは不思議なものであります。しかし、マリヤのここでの涙は、現状が理解出来ないゆえの涙でした。もしかしたら、私たちが流す涙の中には、本来、喜びの涙であるべきはずなのに、逆に悲しみの涙を流しているということは無いでしょうか。
神様の大きなご計画が理解できないことから来る、誤解した悲しみであります。もし、そのようなことがあるとするなら、主を正しく見上げて、正しい涙を流すべきでありましょう。マリヤは、イエス様をイエス様と認識しないで、園の管理人だと勘違いして言います。
15節後半、「あなたが、あの方を運んだのでしたら、どこに置いたのか言ってください。そうすれば私が引き取ります。」あくまでもイエス様の遺体にしか心が向いていないマリヤ。生きている方を捜しているのではなく、殺されたイエス様の身体を捜しているマリヤ。 このちぐはぐとした会話は、ラザロが病気で亡くなり、墓に葬られてしまっていた時の、 マルタとマリヤがイエス様と交わした言葉とそっくりであります。少なくとも私にはそう思えるのであります。
私たちが信じている神様がどういうお方であるのか、頭では知っていても、実際に適用困難だからです。信仰が働かないからです。現実に目を奪われ、信仰の目が奪われてしまっているからです。しかし、そういうマリヤにイエス様は語りかけて下さるのであります。 「マリヤ」。
以前に何度も呼びかけてくださっていたあの呼びかけで、であります。マリヤはまさか、と思ったでありましょう。まさかあのイエス様だろうか。否、まさにあのイエス様だ、そう確信して彼女は答えるのです。「ヘブル語で[ラボニ(即ち先生)]とイエスに言った」とあります。
声というものは、とても不思議なものですね。「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」と、声をかけられた時はまだイエス様と認識していません。しかし、「マリヤ」と言われると明らかに変わって来るのです。
それは、自分というものを、誰がどのように呼んでくれているか、私達は知らず知らずの内に感じ取っているからだと言えましょう。そして、その呼びかけによって相手は、好意的であるかどうかも、その時に読み取っていることさえあります。
「マリヤ」とイエス様が呼びかけられたとき、マリヤははっとしたと思うのです。あの声は、あの呼びかけは、私の愛するイエス様だと言うように、です。これはとても大切だと私は思います。
神様を神様と認めることの出来なかった私たちを、神様が一人、一人の名前を呼んで、招いてくださった。あの時のこと、その時のこと、決して忘れてはいけないのです。それはまた、一番最初の呼びかけでなくても構いません。人生の荒波の中で、名前を呼んでくださった声でも構いません。「何をそんなに恐れているのか。○○よ」と言う時でも構いません。
見失っている神様に対する信頼を呼び覚ましてくださった時の声、それは、決して音として耳に達するものではありませんが、確かに御言葉を通して、聖霊の働きによって心に語りかけ、「私があなたの主である。○○よ」と名前を呼んでくださった時を、 いつでも思い出すべきであります。今、ここではわたしの名前を入れて言いましたけれども、皆さんのお名前を入れてくださればよいでしょう。
私たち一人ひとりの名前を呼び、「わたしがあなたの主である」というお方に、その主の御名によって我はここに立つ!と宣言しようではありませんか。
イエス様は17節でこう言われています。「わたしにすがりついていてはいけません。わたしはまだ父のもとに上っていないからです。わたしの兄弟たちのところに行って、彼らに『わたしは、わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神のもとに上る。』と告げなさい。」
マリヤにとって、まさにこの方を捜していたのです。そして、その方を見たのです。どんなに嬉しかったでしょうか。それが「すがりつく」と言う行動に出ました。もう放したくないという思いであったでしょう。しかし、イエス様の求めておられる事は違っていました。イエス様のお言葉を伝えるものとして出て行くことでした。
マリヤは、イエス様の葬られた墓の中に、傷ついた、そしてもう腐敗が始まっている、布にくるまれたイエス様の身体ではなく、生きて働かれるイエス様を目にしたのでした。マリヤは言っています。「私は主にお目にかかりました。」と。マリヤの信仰の変化、今日の最初の頃と、最後の所とではどんなに違うかお分かりでしょう。真の主を見失った者と、再び見えるようになった者との違いです。そしてそれは、マリヤの名前を呼んで下さった主の声を思い出した時、変えられたのでした。
私達もまた、一人ひとりの名前を呼んで、罪から救い出し、それだけでなく、さまざまな私たちの願いに応えてくださり、今日まで歩ませていただきました。これからもまた、その主の呼びかけに応答して、主と共に歩ませていただこうではありませんか。
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