2007年9月9日(日) 「私の主、私の神」 ヨハネ20:24-29 竹口牧師
先回は、イエス様が死から甦られて、姿を現された。その姿を見た者は、弟子たちは勿論の事、それ以外にマリヤとか、エマオに行く途上のクレオパとか、その他、数人の弟子達に姿を現された。ですから、先回見たところは、イエス様が姿を現されたのは5回目であった、と言うところで終わりました。しかも、週の初めの日の夕方のことでありました。
そして今日見ます所は、26節にありますように8日後のこと、そしてこれはまた、週の初めの日の事を指すのであります。一週間、弟子達は何をしていたのか、ヨハネは何も書いていませんが、恐らく自分達も、やがては逮捕されるかもしれないという恐れで、戸を閉じて家の中にこもっていたのかもしれません。
先回のところで、イエス様は「平安があなた方にあるように」と二度も言われ、いつもの挨拶以上の意味を込めて彼らに語りかけられておられました。イエス様の体は、復活の体でありましたが、しかし、20節にありましたように、その手と体には、十字架にかけられた時の痕がしっかりと残っていました。
弟子達は、イエス様を見て、疑い様もない事実に大変喜んだのでした。しかし、残念ながらその場所に12弟子の一人であるデドモと呼ばれるトマスはいなかった。その事によって、今回の話は、トマスにとって、仲間から聞いた事はイエス様の甦りが嘘なのか本当なのか明らかになる所であります。
今12弟子の一人としてトマスをあげましたが、イスカリオテのユダもその場には勿論いなかったことは言うまでもありません。彼はすでに死んでおりました。
デドモと呼ばれるトマスと言われるくらいですから、他にも何人かトマスと言う名前の人がいたのでしょう。そしてまた、そのデドモとは「双子」という意味だそうであります。ですから、ここに登場しますトマスは、その双子のうちの一人で、もう一人はどこにいるのかわからないのであります。
今、ここに登場するトマスは、属に言われます「疑い深い」と言われる人であります。この疑い深いと言われるトマスは、マタイ、マルコ、ルカの福音書、つまり共観福音書といわれます中には、12弟子の一人として名前が挙げられているだけであります。
しかし、このヨハネの福音書には、トマスの発言を今回より前のほうで、2回、結構重要に扱っているのであります。振り返ってみますとその一つは、11:16節のところで、イエス様が身の危険を感じてヨルダン川を渡って、ヨハネが初めにバプテスマを授けていた所に退いておられた時のことであります。
ラザロの病気のことが伝えられましたので、イエス様はユダヤに行く事を決心され、「もう一度ユダヤに行こう」とそうイエス様が言われた時、弟子達はその事に身の危険と感じておりましたが、その時、トマスはこう言ったのでありました。「私達も行って、主と一緒に死のうではないか」とでありました。
なかなか、こんな事は言えるものではありませんが、イエス様を愛するが故の言葉であったでしょう。トマスは本気でその時そう言ったのでありました。あるいはまた、14:5節のところでは、イエス様が十字架にかかられる前の晩、最後の説教をされましたが、その時、これから去って行くけれども、「あなた方に場所を備えたら、又来てあなた方を私の所に迎えます・・・私の行く道はあなた方も知っています」とイエス様が言われますと、
「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちには分かりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう」と言って、自分の無知を恥じることなくトマスは述べているのであります。
他の福音書では記していないこのようなトマスの言葉を読みます時に、私は、トマスと言う人が、ペテロにつぐストレートな信仰の持主であっただろうと、そう言う思いを持つのであります。そして、その生まれ持った性格は、今回の個所にも多分に現れていると私には思えるのであります。
ある一つの事実を告げられた時、その事実を受け入れるか、あるいはまた否定するか、それとも、余り自分とは関係ないと無視するか、あるいは、何か面白そうだと興味を示すけれども話に乗らない。いわば、第三者的な立場を取るなどいろいろでありましょうが、今回のトマスの取った態度は、簡単に否定しないで、正しいものなら受け入れるという、条件付の受け入れの態度を取ったのでありました。
その条件と言いますのは、「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません。」というものでした。理屈ではなく、理論ではなく、自分の目で見、自分の手で触り、その体験によって信じる。そうでないものは、決して私は信じないと言う態度でありました。
しかし、トマスのこの言葉をよく読みますと、とても怖い感じが私はするのでありますが、皆さんはどうでありましょうか。体験すると言う事は、信じる上においてある意味で大変強い確信をその人に与えるものであります。しかし、私は個人的には、今回の場合は遠慮したい言葉であります。そこまではしたくない、という思いを持つのであります。
と言いますのは、イエス様が目の前に現れてくださった時に、私は、本当に自分の手をその釘の所に差し入る事ができるのだろうか。あるいは手を、その脇に差し入れることができるのだろうか、そう思うからであります。どうも、私は血には弱いものですから、想像しただけで、何か腰から力が抜けていく感じがするのであります。
しかし、トマスははっきりと、そうしなければ私は信じないと言っているのであります。まあ、そこまでしなくても、それくらいはっきりとした確証がほしい、と言う事かもしれません。
ところで、私がまだ信仰を持っていないときの話でありますけれども、私もトマスのような心境になった事がありました。勿論、今も言いましたように、血を見るのが嫌いな私ですから、イエス様の傷口に触るとかそう言った経験がしたいということではありませんでした。もし、本当にこの世に神様がおられるなら、その神様を見たい。そして信じたい。そう思ったのであります。
神様なしの家庭で育った私ですから。 いいえ、家には神棚があり、仏壇があり、供え物がしてあり、盆、正月には、それらしきしきたりもありました。それは、信仰があってなされてきたわけではありませんでした。昔から行なわれてきた事が引き継がれてきていただけなのです。
私の父親の教えてくれた事は、この世には神はいない、でした。心の弱い人が、心の支えとして信じるものだ、ということでした。そんな私にとって、信じる上において、やはり自分の目で確かめる事の重さは、大変大きいものがありました。
聖書には、はっきりとは書いてありませんけれども、トマスはイエス様の12弟子の一人ですから、ついこの間あった、ラザロの甦りを見たはずであります。
病気でラザロは死んでしまった。死んで四日も経ち、もう腐敗が始まっていた。そんな状況の中でラザロの姉妹のマルタとマリヤは悲しみに沈み、「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と言っていた。そういう場面に、彼はいたであろうにと私は思います。
もし仮に、そのベタニヤにトマスがいなかったとしても、イエス様のなさったラザロに対する業が多くの人に知られた事ですから、トマスが知らないはずはありません。ですから、十分に死んだ人が生き返ると言う事は、神には出来る、イエス様にはできると信じられたはずでありました。
しかし、トマスは、体験する事を求めたのでありました。「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません。」でありました。
そして、現代の多くの人もまた、真に残念でありますが、トマスに負けず劣らず、そのような態度を取るのであります。どれだけ奇跡的なことを経験しようとも、あの時はあの時、今のこの時は又別なのだという考えであります。
だからではないでしょうか。イスラエルがエジプトを出る事が出来、重労働から解放された、その喜びもつかの間、荒野の旅の中で、何回も試練に遭いましたイスラエルが、神様のなさった奇跡によって助けていただきました。
しかし、それでも、困難のたびに、真の神様に信頼する事が出来ず、不平不満を口にし、最後にはとうとう約束の地には入れなくなってしまうのであります。 今の危険、苦しみ、問題、悩みの解決に、神様の偉大な力の介入は期待できない、そういう信仰なのであります。神様の素晴らしさがつながってこない。これは、かつてのイスラエルが経験した不信仰と、現代の私たちの不信仰とは少しも違っていないのではないかとさえ思えてくるのであります。
ところで、長い歴史の中で、ずいぶん早い時期からトマスの事を「疑い深いトマス」というようになったそうです。しかし、考えてみますと、この世の多くの人が、そういう思いを持っているのではないかと思います。
自分でしっかりと調べて否定するのではなく、調べもしないで否定し、信じる事を拒否し、受け付けないのです。一方、今実際に信仰が与えられている私達はどうかと聞かれますと、改めて見直して見なければならないと教えられるのです。
以前は、頑固な頭で、真の神様の存在を否定し、目に見えないものは信じない。もし、本当にこの世に神様がいるなら、それを見たい、そういう思いを持っていた者を、神様は、ある日突然に信じるようにして下さったのでありました。それは、人の誰にも出来ない、神様のなさった奇跡以外の何ものでもありません。そうではないでしょうか。
信仰者の皆さん、お一人お一人考えてみていただきたいのです。 自分の救われた時の事を、であります。 そして今の自分がある。信仰者の一人としての自分がある。 これはまさに、奇跡であります。 脱落せずに今日がある。これもまた神様の恵みそのものであります。
さて、イエス様が甦られた日の夕方、トマス以外の弟子達は、同じ所にいたようであります。なぜ、トマスだけ他の所にいたのか理由は分かっていません。イエス様の弟子の一人として、自分も捕らえられるのではないかと、ただ一人、自分の家にいたのかもしれません。
「私達も行って主と一緒に死のうではないか」と言った勇気が以前にはあったものの、 イエス様の言われていた事が実際に起きたショックがあまりにも酷く、悲嘆にくれ、仲間の事を忘れ、ただ一人悲しんでいたのでありましょうか。
それとも、週の半ばには、他の弟子達と会って「私たちは主を見た」と聞きつづけていたのでしょうか。イエス様が甦られてから1週間後、再び週の初めの日を迎えたのであります。そして幸いにもそこには、トマスもいたのでありました。
「私たちは主を見た」と弟子達が言っておりました。 それに対してトマスは、「へえー。あそう。でそのイエス様はいまどこに?」とは言いません。
部屋の雰囲気がどのような状況だったのか想像だにできないのですが、部屋に弟子達は集まり、戸は締め切っておりました。その中にイエス様が現れてくださったのでありました。そして「平安があなたがたにあるように」と言われました。トマスの性格を知り尽くしておられるイエス様は、まず彼にこう言われました。
「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。 手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。 信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」と。
トマスはこの時、どのような反応をしたのでしょうか。 あっけにとられていたでしょうか。 指を実際に差し入れたのでしょうか。 頭の中が真っ白になったでありましょうか。 イエス様の声を聞き、姿を見て、かつて寝食を共にしていた日の事を思い浮かべていたでしょうか。思い出が走馬灯のように浮かんでいたでしょうか。
いいえ、いいえ、そうでは決してありませんでした。 彼は恐れを持って答えるのであります。 「私の主。私の神」とであります。 「私の先生」とは言っていないのです。 「主」なのです。「神」なのです。 トマスは、イエス様を今や恐れをもって、告白しているのです。
ユダヤ人たちは、神以外のものを決して神と言ってはならないと厳しく言っておりました。しかし、トマスはここで、自分の信仰告白として、イエス様を「私の主。私の神」と呼んだのです。なんという素晴らしい告白でありましょうか。
イエス様は、そのトマスの告白に対して、言われました。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」と。
イエス様を肉眼で見る事が出来た人たちはごく限られています。イエス様は死よりよみがえられて後、40日間彼らに現れて、天に上られる前に姿を現されたのが最後で、その後は誰もいないのです。しかし、そのイエス様を信じる人が、今も起こされているのです。
何がそうさせるのでしょうか。神様のお働き以外に説明は出来ません。 「見ずに信じる者は幸いです」と言われた事の意味の大きさは、そこにあると言えないでしょうか。もう一度私たちもまたイエス様を「私の主。私の神」と、この朝、信仰告白させていただこうではありませんか。
最後に、その後のトマスについての言い伝えを紹介しておきましょう。 あくまでも言い伝えであります。
イエス様の死後、弟子達の間で世界を区分し、それに従って、それぞれの国へ福音を宣べ伝えることになりました。くじを引いたところ、トマスはインドに当りました。 現在の南インドのトマス教会が、それに当るのだそうです。
ところで、最初トマスはインドに行くのを拒みました。 理由は「私はヘブル人です。インド人の中に行って、どうして説教する事ができるのですか」ということでした。しかしイエス様は言われました。 「恐れるなトマス。インドに行って、そこで御言葉を伝えなさい。 私の恵みがあなたと共にあるのだから。」
しかし、トマスはまだ強情に拒んで 「あなたがお遣わしになる所なら、どこにでも参ります。 ただ、インドだけは行きたくありません。」と言いましたら、 たまたまある商人がインドからやって来ておりまして、 腕利きのいい大工をみつけてインドに連れてくるように王からの任務を受けておりました。トマスは大工だったそうです。
そこでイエス様は、その商人と取引をされました。 「私には大工の奴隷がいて、売りに出したのだが」そして商談は成立。 トマスは、その商人に売られていきました。
その商人はトマスに、「これはお前の主人かね」と聞いたそうです。 するとトマスは「そのとおりです」と応え、商人は「私はこの人からお前を買ったのだ」と言いました。トマスは黙っていたが、朝早く起きて祈り、イエス様にこう言ったそうです。「主イエスであるあなたの望むところなら、どこへでも参りましょう。 あなたの御心がなされますように。」以上であります。
「私の主。私の神」と、信仰告白させてくださった私たちは、主を愛し、主の道を喜んで歩ませていただこうではありませんか。また、まだ信じておられない方には、信仰の光が与えられ、あなたの人生の全てを、このイエス様にお任せされますように。
2007年9月16日(日) 「いのちの書」 ヨハネ20:30-31 竹口牧師
きょう取り扱います聖書個所は、たったの2節であります。そして、この2節は、非常に大切な言葉であります。司会者の方に読んでいただきましたが、もう一度、読む事に致します。
30節「この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行なわれた。 31節「しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。」以上です。
なぜ、非常に大切なのかと言いますと、 お分かりのように、ヨハネが福音書を書きました意図と、また、聖書全体が言おうとしている事のまとめと言ったものが、ここに書かれているからであります。この目的を知らず、また目的に沿わなければ、聖書を読んでも著者である神様の意図から外れると言う事であります。
ところで、イエス様は、多くの不思議としるしを行なわれました。このヨハネの福音書だけでも、2章の所で、水をぶどう酒に変えられたとか、 4章の所で、王室の役人の息子が今にも死にそうでありましたが、その息子をイエス様が見る事も触ることも、声をかけることも何もなされないで、癒されましたし、 5章になりますと、38年間も病気で歩けなかった人を歩けるようにされました。 あるいは6章の所では、大麦のパン5つと小さい魚二匹で5000人もの人を養われました。
更に続いて6章では、嵐の中、ガリラヤ湖の水の上を歩いて弟子達の所に行かれ、 弟子たちを大変驚かされたと言う事もありました。 9章の所では、生まれつき目の見えない人を見えるようにされたと言う事もありました。 そして更に11章に入りまして、死んで4日も経っていたラザロを生き返らしてくださった、事もありました。
今、イエス様のなさった奇跡を取り上げましたが、実は、これはヨハネが取り上げた部分だけで7つありました。そして、この他にも共観福音書と言われます、マタイ、マルコ、ルカの3人が書きました福音書には、イエス様のなさった奇跡がまだいろいろ書かれているのであります。
たとえば、悪霊につかれた人の癒しとか(マルコ1章、ルカ4章)、中風の人の癒し等々であります。(マタイ9章、マルコ2章、ルカ5章)そのように共観福音書と言われているものの中からでもあげますと、もっと、もっとありますし、更には、聖書には記されていないしるしも恐らくそれ以上にあったと思われるのであります。
ヨハネが今日の所の30節で書いている通りであります。「この書には書かれていないが、まだ他に多くのしるしをも行なわれた」とです。
ヨハネはあえて、その中の7つだけを取り上げたのでした。 ヨハネは又、この福音書の最後の章であります21章、その21章25節でもこのように書いています。「イエスが行なわれたことは、ほかにもたくさんあるが、もしそれらをいちいち書きしるすなら、世界も、書かれた書物を入れることができまい、と私は思う。」 と言う風にであります。
凡人の私の行なう事などは、書き記して残すものは全くありませんが、仮に何かを残すとしましても、千年、二千年経ってなおそれが、何かに役立つかといいますと、その保証は何もありません。恐らく、書き残しても余り意味のない事でありましょう。
時が経つに連れて、廃れていく。歴史に耐ええるものというのは、この世にはそれ程多くはありません。しかし、神であるお方が人となって来て下さったイエス様の一挙手一投足、ことに公の生涯に入られてからは、ご自身の歩みの全てが、十字架への道の歩みでありましたので、書き残すに値するものでありました。
その歴史的事実、その持っている意味、また人に与えた影響の大きさ、何一つ取ってみても、決して省略できないのであります。それだけに、多くの人はそれを見た、聞いた、驚いた、感謝した。あるいは反対派は、憎しみにかられた、馬鹿にした、ののしったなどいろいろであったわけでありました。
そして、現在の私たちが、イエス様の事を知ることが出来たのは、 いいえ、救いの道を知ることが出来たのは、神の言葉と言われているこの聖書を通してでありました。
ところで、イエス様の行なわれた事は重要な、しかも、いつの時代にも耐ええるものでありながら、それが、イエス様が書かれた物とか、イエス様が身に付けられた物とか、イエス様が愛用された物とか、そういうものではない。いやむしろ、そういった類の物は一切ない。本当に何もないというのは、何という驚きでありましょうか。それは、見事なものであります。またそれは、とても素晴らしい事であります。
あちこちに、これがイエス様をくるんであった布であるとかと、そういう言い伝えとして話題になる事はありますが、みんな信じるに値しないものばかりであります。
神様は、私たちが如何に偶像に弱いかよくご存知でありますから、恐らく、何も残されなかったと言えましょう。何か一つでもあれば、必ず人はそれを礼拝の対象とし、神様に目を向けないで、その物に目を向けるのであります。そういう意味で、神様のなさったことは素晴らしいと思います。
あるのは、イエス様の語られたお言葉だけであります。それも肉声ではなく書かれたお言葉であります。文字にされたお言葉であります。しかし、その書かれたお言葉でありながら、それは実に、私たちに力を与える言葉なのであります。なぜなら、真理だからであります。しかも真理でありますから時代によって変わると言う事はありません。
ヨハネは今日の31節の所で、書いた目的を表しています。 それを読んで頂ければ分かりますように、イエス様のなさった全ての事を書き表してはいませんし、又そんな事などできないのであります。またその書き表す事が目的でもありませんでした。
ですから、多くのしるしを行なわれたけれども、それを残らず書く事が目的なのではなく次の点に集中して書いたとヨハネは言っているのです。即ち、「イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため」に書いたのだ。 それだけではない。「また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。」とであります。
聖書を読む者がみんな信じ、いのちを得るためであるとヨハネは言うのです。そしてこの目的は、最初に言いましたように、ヨハネが目的としただけでなく、聖書全体の目的でもあるわけでありました。
つまり、旧約の最初、創世記から始まりまして、新約の最後の書、黙示録に至るまでに66巻ありますが、それら全ては、その目的を達成する為に書かれているのであります。 ですから、聖書は色々な用いられ方をされますが、たとえば、考古学の一つの資料として、或は、歴史の資料として、更には文学的にといろいろでありますが、しかし、本来の目的は、そして一番の目的は、イエスが神の子キリストである事をあなたが信じる為であり、また、信じてイエスの御名によって命を得ることなのであります。
私は、創世記を読んで、神様の存在を知りました。 また、福音書の中の一つのイエスのお言葉によって命をいただきました。 更には、ヨハネの手紙第一を通して、生きる目的が与えられました。 それは、聖書を初めから終わりまでを読む事によって、イエスが神の子キリストであることを信じる事ができるようになり、イエス様の御名によっていのちをいただいたのでありました。
その意味で、聖書は私に対して、十分にその目的を達成した、そう言ってよいでありましょう。皆さんにとってもそうでありましょう。
ところで、その目的を外しての聖書の読み方は、この聖書全体の著者は神様ですから、神様の本意ではありませんが、人間的にものを考えますと、ヨハネはこの30,31節を、どうして20章の終わりに書いたのか。どうして21章の終わりにしなかったのか。あるいは、20章の終わりに書いて、それで終わりにすればすっきりしてよかったのではないかとさえ思えます。
ですから、ヨハネはなぜ21章を書いたのかと、学者はいろいろと詮索するのであります。私は、あるまとまった本というものを1冊も書いた事はありませんので、よく分からないのですが、書いたといえば、学校の卒業論文でしょうが、今にしてみれば、もうその題すら忘れてしまいました。
それは、よけない話ですが、ある先生によりますと、本を書いていて、結論まで書き終わって、すぐ印刷すれば、それで世に出るのだが、もし、書き終わって少し印刷までに時間があれば、これを書いておかなければと付け足しの思いが湧いてくる。恐らく、ヨハネはそうだったのではないかと言われます。
勿論、その当時印刷機が有った訳ではありませんけれども。例えばの話であります。 つまり、ヨハネは20章で終わったつもりであったけれども、あとでまた付けたしたくなったと想像するのです。
もし仮にそうだったとしましても、聖書は神様のお言葉ですから、売られています本とは違い、その人の気分で、追加されたり削除されたりされるものではありませんので、つまり、もしヨハネが本当に書き終わって、更に付け足しの必要を感じで書いたとするなら、それはもう、神様の導き以外の何ものでもないといえましょう。
神様のお言葉は、必要ではない言葉は少しもありませんし、あるいはまた、足りない事もないのでありますから。一旦、ヨハネは筆を置いたかもしれませんが、神様はなお、21章の出来事を書く必要を認めて、ヨハネに書くように導かれたといえましょう。
それは、イエス様が甦られてから後のことであり、29節でイエス様が言われました言葉、「あなたは、私を見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです」と言われたその言葉が、後にイエス様を見ないで信じさせていただく人にとって、大切な部分になっているのではないかと思うのであります。
内容につきましては、次回以降に取り上げますけれども、それがあってこそ、聖書として完結したのだと思うのであります。付け足しといいますと、何か余分のような意味合い、感じがしますが、決してそうではないのであります。なくてならない部分を神様はヨハネに示して下さったといえましょう。
この説明によい例かどうか分かりませんが、挙げておきますと、 Tコリント1章13節以下で、パウロはこういう事を書いているのであります。それは、コリントの教会が分裂分派でもめている事に対してですが、
13節以下「 キリストが分割されたのですか。 あなたがたのために十字架につけられたのはパウロでしょうか。 あなたがたがバプテスマを受けたのはパウロの名によるのでしょうか。 私は、クリスポとガイオのほか、あなたがたのだれにも バプテスマを授けたことがないことを感謝しています。 それは、あなたがたが私の名によって バプテスマを受けたと言われないようにするためでした。 私はステパナの家族にもバプテスマを授けましたが、 そのほかはだれにも授けた覚えはありません。 キリストが私をお遣わしになったのは、 バプテスマを授けさせる為ではなく、福音を宣べ伝えさせるためです。 それも、キリストの十字架がむなしくならないために、 ことばの知恵によってはならないのです。」以上です。
パウロは14節で、明らかに 「クリスポとガイオのほか、あなたがたのだれにもバプテスマを授けたことがない」と言いながら、16節では「私はステパナの家族にもバプテスマを授けましたが」と書いています。つまり、パウロは自分で書いていて、神様に導かれ、ステパナの家族にもバプテスマを授けたことを思い出した。そして書いた。
その当時書かれていた物は、羊皮紙で、間違って書いた場合、簡単に消す事は難しかったと思うのですが、それにしましても、間違ったら塗りつぶすとか何か出来たはずです。しかし、パウロは思い出したそのままを書き送っているのです。そしてここに、私は神様のお働きを見るのです。
本来なら14節にステパナの家族というのを入れておけば、16節は必要ないはずです。しかし、神様はそのまま残されました。ということは、多くの人が読む事になるこの手紙、また、多くの人が読む事になるヨハネの福音書。神様のお言葉として、まさにその部分がなければならなかった。
だから、パウロは自分の間違いを消さなかったし、ヨハネは21章を書いたと言えましょう。そして、この事と関連して申し上げるなら黙示録22章18-19節の言葉が思い浮かぶのであります。
「私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。 もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。」という部分であります。このお言葉もヨハネの黙示録のことを指しつつ、聖書全体に言われている言葉なのであります。
今回取り上げましたヨハネ20:30-31節もまた、聖書全体を指して言われている言葉であります。まさに、神様のお言葉に無駄は少しもない、と言えましょう。
ユダヤ人たちは聖書を一生懸命調べました。しかし、その彼らにイエス様は言われました。「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。」(ヨハネ5:39-40)とであります。
聖書の書かれた目的をはずすことなく、学びだけに終わらず、知識だけに留まらず、体験に頼らず、イエス様の御名によって永遠のいのちをいただき、愛のある、真の信仰生活を送りたいものです。
イエス・キリストは、この朝も、皆さんお一人お一人に聖書を通して語りかけておられるのであります。疲れた人には、平安があるように。血気盛んで力がみなぎっている人には、倒れないようにしなさいと。本当に生きた御言葉を下さいました真の神様に心から感謝し、この一週間を過ごそうではありませんか。
2007年9月30日(日) 「復活の主と共に歩む」 ヨハネ21:1-14 竹口牧師
今日からヨハネの福音書の最後の章、21章に入ります。先回申し上げた事ですが、ヨハネは20章の最後のところで、まとめのような事を書いていました。そして、それは非常に大切な言葉であるとお伝えいたしました。
書き方からしますと、本来なら、そこでこの福音書は終わっても不思議ではないのですが、更に21章へと続きますので、学者は色々な事を言いますが、しかし、神様はヨハネに、21章の部分を書くように導かれて、書いたのであって、決して付けたしではないと申し上げました。むしろ、イエス様が甦られてからイエス様のなさった出来事の故に、これまた非常に大切な記事であると教えられるのであります。
これを通して私たち信仰者は、ますます、主の甦りの事実が確かなものであると知る事が出来ますし、実に興味深い内容で満ちているのであります。この章を、今回もあわせて3回で見たいと考えております。1節にはこのように書いてあります。
「この後、イエスはテベリヤの湖畔で、もう一度ご自分を弟子たちに現わされた。その現わされた次第はこうであった。」と。
ここに出ていますテベリヤの湖畔とは、一般によく知られていますガリラヤ湖のことで、マタイ、マルコの福音書で使われています。旧約ではキネレテの海(民34:11)と呼ばれ、後にはゲネサレ湖(ルカ5:1)とも呼ばれまして、色々な言い方がされている淡水の湖であります。
ところで、マタイの福音書(28:7)によりますと、イエス様は、死より甦られて間もなくのことでありますが、墓にやってきたマリヤたちに、主の使いを通して、このようなことを告げられたのでありました。
「イエスはもう、その墓の所にはいない。あなた方より先にガリラヤに行かれた。だから、そこで会う事ができる」そう言いなさいとであります。そこで、どのくらいの日にちを置いてからでしょうか。よく分かりませんが、イエス様の弟子達は、ガリラヤに集まっていたと思われます。
しかし、そのガリラヤに集まっていた弟子達は、今日のこのヨハネの福音書の所でいいますと、自殺しましたユダを除く弟子11人全員ではないわけであります。2節に書いてあるとおりであります。
ペテロにトマスに、ナタナエルに、それにゼベダイの子達とありますので、ヤコブとヨハネ、他に二人の弟子がいたとあり、7人が登場するのであります。
又ここにでています「他に二人の弟子が一緒であった」とは、恐らく、ピリポとアンデレでありましょう。と言いますのも、この二人は共に、ベツサイダ出身で、ガリラヤ湖に近いからであります。
ところで、弟子達は、これからイエス様のことをどのようにして伝えていくか、考えなければなりませんでしたが、その前にまず、生活の糧をと考え、ペテロは以前、漁師でありましたので、漁に出たのでありました。そしてそれに連れられるようにして、他の弟子達も漁に出かけました。
しかしながら、その夜は何も捕れませんでした。あるのは、疲れのみでありました。今も言いましたように、ペテロは以前、漁師でありました。ですから、ガリラヤ湖のどこあたりに、どの時間帯に網を打てばよいか、よく知っていたはずでありました。
2-3年、漁から離れていたとしても、小さなガリラヤ湖でありますから、そんなに自然体系が変わるようなところではなかったわけであります。でも、その夜の収穫はゼロ、3節の終わりにありますように「何もとれなかった」のでありました。網を打っても、打っても何も取れないというのは、寂しいといいましょうか、虚しいと言いましょうか。疲れ方も酷かったのではないかと思うのであります。
ところで、夜が明け染めたそんな折に、イエス様は、岸辺に立たれておられたのでありました。そして今まで、大体がそうでありましたが、イエス様が甦られてから後に、人々に姿をあらわされたとき、なかなか最初は、イエス様だとは気付きませんでした。
マルコの福音書16章には、「イエスは別の姿でご自分の姿を現された」とありますし、 ルカの福音書24章には、エマオに行く途上にあった弟子達二人も、後からその仲間に加わられた方がイエス様だとは最初気付きませんでした。(マルコ24:13-31)
そして今見ていますヨハネの福音書では、20:25で見ましたように、マリヤは最初、園の管理人かと思ったわけでありました。マタイだけが、そのような事を書いていないのですが、もしかしたら省略したのかもしれません。
ですから今も言いましたように、大体が、最初は甦られたイエス様に出会っても、分からないのであります。そしてその理由を、マルコは、別の姿で現されたと書いていましたし、今回の場合、もやがかかっていたのではないか、と言う人もいます。
あるいは、まだ夜が明け染めた頃であるから、暗くて見えなかった、そういう風にも言う人がいます。まあ、少なくとも話す相手が誰だか分からずに、イエス様の言葉に応答するのであります。イエス様は言われます。「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」とであります。
ある方は、ここの訳を、「食べる物は何かとれましたか」の方が良いといわれますし、また、ある方は「何か食べる物でもありますか」と訳すほうがよい、そのように言われますが、意味するところはみな同じであります。魚が取れなくて残念ですね。食べる事が出来ませんね、と言う事であります。
弟子達は、自分達の経験から、網を打ったけれども駄目だった。その見たままを、そのまま言う人がいても、何の不思議ではない。ですから、弟子達は「はい。ありません」と応えたのでありました。誰が話し掛けたのか、そういうことは誰も気にもしていませんでした。
しかし、更に次の言葉が出たときは、さすがに気にしてもよさそうでありますが、やはり気にもせず従うのであります。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」と。
「三年も、漁をするのを止めていた。久しぶりの漁だから勘が鈍っていたかもしれない。どこのどなたか知りませんが、それではやってみましょう」、と言うのではないのですが、弟子達は言われるままに網を打つのであります。すると、網が引き上げられないほど、魚が捕れたのでありました。
ここで、なぜ、イエス様は、魚のいる位置を知っておられたか、人はいろいろ考えるものであります。イエス様は神様であるから、当然、どこに魚がいるかお分かりであり、それを示されたのだとある人は考えますし、又ある人は、舟に乗っている弟子達には見えなかったが、岸の方から見れば、魚がどこにいるかは良く見えたので言われたのだ、そのように言います。
私は、当然でありますが前者のほうであります。 と言いますのは、イエス様が甦られて後のことをヨハネは書いていますので、イエス様のなさった不思議の一つとして書いているからです。
が、何はともあれ、余りにも大漁の故に、弟子達の疲れはふっとび、網を引くのに力は入ります。と同時に、一体このことを教えてくれた人はどなたさんですかと、思わずヨハネが、イエス様の方に目を向けるのであります。
もっとも、ここには「イエスの愛されたあの弟子が」と書き、ヨハネだとは書かれていません。しかし、今まで見てきましたように、このヨハネの福音書では、決してヨハネは自分の名前を書くことなく、「イエスが愛しておられた者」(ヨハネ13:23)とか、「イエスが愛された、もう一人の弟子」(ヨハネ20:2)という言い方で通しておりましたので、この場合もヨハネであると言えましょう。
そのヨハネが、「主です」と叫びます。そして、それに敏感に反応したのはペテロでありました。しかも、その反応は尋常ではありませんでした。彼は何を思ったか「主であると聞いて、裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ。」のでありました。
どうも、ここを読みまして、私はひっかかるのであります。 なぜ濡れるのに、わざわざペテロは上着をまとったのか、であります「主であると聞いて、裸ではあったけれどもとっさに飛び込んでペテロはイエス様の下に行った」というのなら分かるのですが。
あるいはまた、かつてペテロが海の男、漁師であったとしても、上下衣服を着けて泳ぐと言う事は、大変な行為であり、相当泳ぎにくかったと思うからです。たといそれが陸地から僅か100Mであったとしてもであります。
考えてみますと不思議なのですが、ある先生は、「主にお会いするのに、裸でいることは出来なかったのだろう」そのように言われていますが、果たしでどうでしょうか。
大体、相当泳ぎの達者なものでも、足を滑らせて水の中に落ちて死ぬというのは、着衣がありますと大変泳ぎにくく、思うように泳げなくて、溺れるからであります。その事を実際に実験しているテレビの番組を目にした事があります。
ですから、溺れている人を見ても、助けに行く場合、それこそ、裸同然の姿で飛び込まなくては、まして、苦しくてもがいている人を助けるのであればなおのこと、相当気をつけなければならないと教えておりました。
まあ、今回の場合、ペテロが自分で意識して、上着をまとって、湖に飛び込んだのですから、溺れる心配はなかったでありましょう。
そういえば、かつてペテロは、イエス様が湖の上を歩いておられるのを見て、「主よ。もしあなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになって下さい」と言ってお願いし、途中で怖くなって「主よ。助けてください」と悲鳴をあげたことがありました。(マタイ14:28-31)あの時も、上着を勿論まとっていた事でしょうから、生きた心地はしなかったでありましょう。
それはともかく、今回は、ペテロは自分の意志で、上着を着、湖に飛び込みましたが、 一方、他の弟子達は、しっかりと魚の満ちたその網を引いて、小舟で、陸に近づいたのでありました。
9節は不思議ですね。 「こうして彼らが陸地に上がったとき、そこに炭火とその上に載せた魚と、パンがあるのを見た」とあります。弟子達が陸に上がったときにはすでにイエス様は、食べ物を用意して待っていてくださったのでした。
イエス様はかつて5つのパンと2匹の魚によって、5000人を養ってくださいました。今は、選ばれた弟子達だけでありますけれども、炭火まで用意して、焼いて待っておられたのであります。どこでどのように食べ物を調達されたのかと考えてしまいますが、この9節は、間違いなく奇跡であるとある人は言います。恐らくそうでありましょう。
と同時に、イエス様は、弟子達の肉体の疲れを知っておられ、そのために肉の糧をも用意してくださり、待っていてくださった、これは、主に従う者が、決して飢える事のないようにして下さる、そういう、生きた証を示されたようにも私は思うのであります。心に平安だけでなく、身体の必要も全て、主に従う者には備えてくださる、そう教えられます。
ところで、今日の聖書個所は、次から次へと不思議な事が書かれていると感ずるのですが、それは、私だけでしょうか。
11節もまた、非常に興味深い節であります。 「シモン・ペテロは舟に上がって、網を陸地に引き上げた。それは百五十三匹の大きな魚でいっぱいであった。それほど多かったけれども、網は破れなかった。」とあります。
この節で特に目を留めさせられるのは、何と言っても取れた魚の数でありましょう。 153匹でありました。何という中途半端な数字でありましょうか。 100匹とか500匹とか1000匹とかという区切りのいい数字ではありません。 しかし区切りの良くない数字である故に本当にそうであったと思えるのですが、この数字が又、多くの学者の興味の的となり、いろんな説が飛び出しているのであります。
たとえば、153という数字は、3つのものから成り立っている。 第一は、100がある。これは異邦人が満ちる事をあらわす。 第二は50である。これは集められるイスラエルの残りの民をあらわす。 第三は、3である。これは三位一体をあらわし、 全てのものはその栄光の為になされる。というふうに解釈します。
あるいはまた、第2番目の説は、 153は、1+2+3+4+・・・と17まで足すと153になります。 計算機で計算してみましたら、本当にそうなりました。 で、その17は10と7に分けられ、10は律法の数であり、7は恵みの数である。 だから153は律法ないし恵みによって、イエス・キリストへ至るように動かされた人々の全てをあらわす、そのように解釈するのであります。
次に3つ目の説は、海には153種の異なった魚がいて、魚があらゆる種類を含めた操業をあらわす。そこで、この数は、いつの日にか全世界の全ての人がイエス・キリストに集められるという象徴であるというものです。
まあ、色々な説があるものですが、私は、余り深く考えないで、捕った魚を数えたら153匹という数だった、しかも、魚はいっぱいであったけれども、決して網が破れて逃してしまうような魚はなかった、それだけで良いと思っております。
イエス様のお言葉に聞き従った者は、豊かな祝福をいただく事が出来た、それで十分だと思います。そしてまた、以前にも似たような情景がありました。つまりルカ5章での出来事ですが、そこでも、イエス様のお言葉に聞き従った事によって、魚をいっぱい捕る事が出来たという、聞き従う事の大切さのほうにむしろ私は目を向けさせられるのであります。
イエス様は、朝食の用意をしていてくださり、「さあ来て、朝の食事をしなさい。」と招いてくださり、それも、「弟子たちは主であることを知っていたので、だれも『あなたはどなたですか。』とあえて尋ねる者はいなかった。」とありますように、主と共に食事をする幸いを彼らは今、再び味わっているのであります。
主が無残な姿で殺された。 墓に葬られた。 しかし、その方が今は甦られて、目の前におられる。 しかも、漁をしても何も捕れなかった、疲れだけがあったその時に、思わぬ食事をいただく事になった。弟子達は、どんな思いで食べたのでしょうか。 そこには、十字架にかかられる前のイエス様の姿がはっきりと記憶に残っていて、更に、その後の、死から甦られたイエス様を目の前に彼らはしている。
神であられ、人であられるイエス様の前に、弟子達は、大変、畏れの面が強かったのではないかと私は思うのであります。ですから、決して、飲めや歌えのドンチャンさわぎではなく、静かに、厳粛に行なわれた食事であったでしょう。
イエス様が、この食事において、何を7人の弟子達に教えようとされていたかわかりませんが、かつて、僅かなパンと魚で5000人を養われた事などの奇跡を思い出させ、その主が今また食べる物を用意して下さり、共に食べているのだ、その甦りの事実が、もう疑い様のないものである事を、弟子達に示されたと言えるでしょう。
この福音書の著者ヨハネは、そのことを念を押すように、14節において「イエスが、死人の中からよみがえってから、弟子たちにご自分を現わされたのは、すでにこれで三度目である。」と記してまとめているのであります。
イエス様が人々の前に姿を現されたのは、たとえばマリヤとか、ヨハンナとか、ペテロとか、エマオ途上の二人の弟子とかというようにありまして、数えていきますと、最初に復活された日に現れたのが5回で、その後1週間後にトマスの為にあらわれられ、そして更に今回の顕現で、7回目となります。そして、厳密に弟子たちだけに現れたのが3回であるとライルと言う人は書いています。
まあ、少なくとも、イエス様の甦りをどんなに否定しようとも、この事実は確かな事として、ヨハネは書いているのであります。そして、目的は、先回見ました20:31にありました。
イエス様は甦って弟子たちのところに現れ、共に食事をされることによって、主の甦りを、否定できない事実として彼らに教え、それをまた命をかけて伝える者に変えられていったともいえるでしょう。
現在の私たちもまた、私達の罪のために身代わりとなって死なれたイエス・キリストを霊的な目で見、それだけでなく、死に勝利され、甦られた主を信じる事ができるようにされ、希望のある信仰生活が送れるようにしてくださったことを感謝しようではありませんか。
私たちが何かをして悟るのではなく、主がして下さったことを信じさせていただき、また、それを伝えるものとならせて戴いているのであります。この確かな事実に裏打ちされた信仰に立って、将来に対しても力強い信仰生活を送らせて頂こうではありませんか。
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