2007年11月11日(日) 「全き喜び」 Tヨハネ1:1-4 竹口牧師
長い間ヨハネの福音書を見てきましたが、一段落つきましたので、次にどこを始めるかで、いろいろ考えました。そしてやっとたどり着いたのが、このヨハネの手紙第一であります。 私としましては、福音書を扱った後は、手紙のどこかを扱いたいと常々思っておりましたので、では手紙のどこを読むかで色々迷ったのでありますが、イエス様の弟子でありましたヨハネが福音書を書きましたので、その続きとしてヨハネの手紙第一を読む事に最終的に決めました。 聖書の順からいいますと、第一の続きは、第二、第三でありますが、また、ヨハネが書きましたものは、黙示録もありますので、そのように続いていくかどうかは、まだ決定しておりません。少なくとも、第一の手紙の最後までには決めたいと思っております。
イエス様の弟子の中でも、ゼベダイの子のヤコブとその兄弟であるヨハネは、激しい気質と性格のゆえに、ボアネルゲ即ち、雷の子という別名がイエス様によって付けられた事がマルコ3章17節には出ております。 ですから、そういう性格の持主が、愛について書いているというのは、相当、イエス様によって変えられた人ではないかと思います。
ヨハネがこの手紙を書く頃といいますのは、他の弟子たちはもうこの世を去っていました80年代後半か、90年代の初め頃であっただろうと言われていますので、ヨハネはこの手紙を書く必要性を神様に導かれ書いたといえましょう。
これから順を追って見ていきますけれども、個人的なことをまず申し上げるとしますと、この手紙の1:9によって、私は大変慰められました。つまり「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」という言葉です。 罪に打ちひしがれていた私を神様の御前に立ち上がらせてくれた御言葉がこれでありました。あるいはまた、献身の思いが与えられたのも、この手紙でありまして3章16節によってでありました。
因みにその3:16はこう書いてあります。 「キリストは、私たちの為に、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。」であります。
しかし私が救われた当時は、まだ新改訳になったばかりでありましたので、私が手にしていました聖書は、口語訳であり、従って、私の頭にこびりついているのは、その口語訳であります。
「主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。 それによって、わたしたちは愛ということを知った。 それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである。」であります。実に素晴らしいお言葉ではないでしょうか。
イエス様の弟子の多くが、殉教していく中で、ヨハネには、まだまだその伝える使命が残されていて、この地上の生涯を、他の弟子の誰よりも長く生きる事が許された人、そして、与えられた使命を果たすように導かれた人、という事ができるといえましょう。 寿命の長さで、その人がどれだけ神様に愛されたか、その度合いを測ることは出来ません。 しかし、ヨハネは少なくとも長寿を全うし、神様の愛を伝えた、よき使徒であった事だけは確かであります。そのヨハネが書いた手紙の第一をこれから私たちは見るのであります。
この手紙は、あて先も、また最後の挨拶も、また著者名も、そして個人的な名前はひとつも出てきません。しかし、そうでありながらヨハネの福音書と内容がよく似ている事、初代教会の著作の中で、ヨハネが書いたといわれていることから、ヨハネが書いたものと思われています。 著者について詳しく述べれば、それだけで終わってしまいますので、それくらいにしておきますが、では、この手紙を書いた所は、どこかと言いますと、エペソであると言われています。
大雑把に言いまして、現在のトルコ、アナトリヤ半島の先、小アジヤといわれている所であります。エペソで書いた事は一致していますが、その経緯は、本によって少々違っています。つまり、ヨハネはある時期、迫害によって島流しに遭います。それが、パトモス島といわれています。 この島はエペソの南西約90kmのエーゲ海上にありまして、南北16 km、東西9 kmの三日月形をしている小さな島です。ヨハネは、その島に流されたといわれるのですが、 その島流しに遭ったのがいつかで、このヨハネの手紙がいつ書かれたかが分かれるのであります。
島流しに遭った後、エペソに戻ってきてこの手紙を書いたのか、それとも、書いた後でパトモス島に流されたのか、というこの二つに、分かれるのでありますが、恐らく、私は、この手紙第一、第二、第三を書いた後で、島流しに遭い、そしてそこで、ヨハネの黙示録を書いたと考えております。
さて、そもそも、この手紙を書く目的は何であったかでありますが、イエス様が十字架にかけられ、殺され、葬られ、三日目に甦られ、そして天に戻られた後、イエス様の教えはどんどん広がっていきました。
その広がっていく過程において、異端的な教えも沢山出てきたのでありました。 パウロの手紙などをお読みになれば、その状況がよく分かるでしょう。 ヨハネが、この手紙を書く頃には、イエス・キリストが神の子であることを認めない者(2:23)や、キリストが肉体をとってこの世に来られたことを否定する者(4:2,3)が出てきたのでありました。 イエスがキリストであることを認めない。神が人となって来られた事を認めない。 これは明らかに異端であります。
そんな中で、パウロがあちこちに行って伝道しましたが、ヨハネもまたイエス様と共に生活をした生き証人としてイエス様を証し、し続けたのでありました。
イエス様の生き証人として、その業をつぶさに見た者として、それを否定される事の危機感を抱き、書かざるを得ませんでした。また、そのように神様はヨハネを導かれたと言っていいでしょう。
ヨハネのこの手紙を読みますと、一世紀末のキリスト教会がどうであったのか、異端がどのようなものであったかがうかがい知れるのであります。と同時に、今も同じ危険にキリスト教会はさらされている、その事を思わずにはおれません。私こそキリストだ、というものが出てきていますし、キリストはただの人間であって神ではなかったという者もいますし、ただ道徳を教える者としてキリストを捉える人もいるのであります。
しかし、イエス様と生活を共にしたヨハネは、そして聖書全体は、そうではないというのであります。それをこれから少しずつ見ていく事になるのであります。 このヨハネの全体的な傾向は、光と闇、真理と偽り、義と不義、愛と憎しみというように、それぞれを対立的に述べているのがこの手紙の特徴であります。
さて、前置きはそれくらいにしまして、具体的にきょうの聖書個所に入って行くことにします。まず1節でありますが、こうあります。 「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、 じっと見、また手でさわったもの、即ち、いのちのことばについて、」とあります。 また、ヨハネは、その著書「ヨハネの福音書」の始まりで、このように書いておりました。
「初めに、ことばがあった。 ことばは神と共にあった。ことばは神であった。 この方は、初めに神と共におられた。 すべてのものは、この方によって造られた。 造られたもので、この方によらずに出来たものは一つもない。 この方にいのちがあった。 このいのちは人の光であった。」であります。(ヨハネ1:1-4)
よく、私たちはこのことばをかみ締めて読まなければなりません。 ヨハネは、手紙の最初を「初めからあったもの」といっています。 これは、天地万物の創造以前からすでにキリストはおられた、といっているのです。 福音書では、「初めに、ことばがあった」と書いていました。何よりも先に「ことばがあった」といい、「ことばは神と共にあった。ことばは神であった。」と言って、永遠の昔から神様が存在しておられた。そして、その方によって全てのものは造られたとヨハネは言います。
その方のことをヨハネは更に、ヨハネ自身が聞いていたもの、また、目で見たもの、 じっと見、そしてまた触ったものだといいます。そしてそれは、いのちのことばであり、それについてこれから述べる、と言います。 「いのちのことば」だといえば、何か抽象的で、形として何もないような印象を受けます。しかし、ヨハネは、そうではないと言います。初めからあって、聞いて、見て、触ることができたもの、即ち、いのちの言葉だ、そしてそれはいうまでもなく、イエス・キリストを指しているのです。
「使徒の働き」という書を見ますと5章の所で、イエス様の昇天の後、イエス様の弟子達が活躍している事が書かれています。 そこには、大祭司とその仲間達全部、即ちサドカイ派の者はみな、妬みに燃えて立ち上がり使徒たちを捕らえて留置場に入れた場面がでているのであります。 ところが、「夜のうちに、主の使いが牢の戸を開き、彼らを連れ出した」わけであります。「行って宮の中に立ち、人々にこのいのちのことばを、ことごとく語りなさい。」とであります。
ここに、「いのちのことば」というのがでてきます。 これが神のお言葉であり、即ちそれは、イエス・キリストのことであります。 このイエス・キリストを宣べ伝えなさいと言ったその時には、もうすでに、反対者がいたのであります。ヨハネは、イエス様と生活を共にしたものとして、2節で、それが現れた。それを私たちは見たというのです。
先ほどもいいましたが、いのちのことばと同じく、永遠の命と聞きましても、やはり形がなく、とらえどころのない、永遠に果てしなく存在するいのちとして漠然となりやすいものです。
しかし、ヨハネは、2節で「永遠の命」のお方は、み父と共に存在しておられて、私たちに現されたお方ですといいます。永遠のお方が、私たちの住んでいる所、時間と空間と時代の中に、現れてくださった、というのであります。そして、そのことを伝えるのだと言います。
後でもでてきますが、肉体を悪、霊を善として、神が悪である肉体をとるはずがないといって受肉を否定する者がいました。 あるいはまた、イエスは、肉体をとられたように見えたのであって、肉体も、血も、物理的、人間的な身体も決して持たなかった。ただ純然たる霊であったという考えもでてきます。 しかし、ヨハネはそれに対して、経験者また体験者として、永遠の命である方が、実際に肉のかたちをとって、来られた。だから、そのことを伝えるのだといいます。
3節には、その伝える目的も書かれています。 「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、 あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。」とです。 「私たちと交わりを持つとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです」と言います。 人と人との間の人間的な楽しみ、親しいやり取りではなく、神との交わりを持つためである。それを通して、あなた方も私たちと交わりを持つようになる、そうなる為だと言うのであります。教会がいわば、社交の場とならないように、主にある交わりである事の大切さを思わされます。
ヨハネは、私たちが、御父と御子との交わりの必要性を述べます。暗闇の中に、光となってきてくださったイエス・キリスト。 滅びるしかないこの世の人々に、いのちと希望と力を与えるため、人のかたちをとってきてくださったイエス・キリスト。 その方との交わりを持つようになるためだと言います。
交わりとは、「共有する」「分かち持つ」という意味で、今回の場合、「キリストのいのちを共有する」ということで、キリスト者になると言うことは、キリストのいのちを共有する関係に入れていただくことであります。
Tコリント1:9には、 「神は真実であり、そのお方の召しによって、あなた方は神のみ子、私達の主イエス・キリストとの交わりに入れられました」とあります。
この神様との個人的な関係、いわゆる縦の関係、キリストとのしっかりとした交わりの関係の中で与えられるもの、それが、喜びであります。
私たちは、横との関係、つまり人と人との関係を大切にします。 しかし、まず一番大切なのは、「神の国とその義とをまず第一に求めなさい」(マタイ6:33)とありますように、縦との関係、神様との関係がしっかりしないといけないのであります。その関係がしっかりしてくる時に、横の関係も問題なく出来てきます。
ヨハネは言っています。 この手紙を読んでいる「あなたがたも、私たちと交わりを持つように」なりますと。 正確に御言葉を引用するとするなら「私たちと交わりを持つようになるためです」であります。
当然ながら、ヨハネはこの手紙を書くに当って目的がありました。 その中の一つが、まず今日の4節に書いているのであります。 「私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。」と。 それぞれが喜びを持っています。しかし、その喜びはまだまだ完全ではない。 「御父および御子イエス・キリストとの交わり」をもってこそ、本物の喜び、完全な喜びとなるというのです。 そして、そうなる為に書いたとヨハネは言うのです。
全き喜びが与えられるなら、それは、場所や環境や立場がどうであれ、それらに左右される事は無い。内側からわきあふれる喜びによって、その場所、環境、立場を、喜びの場とされるのです。 そうなるために、神との交わりに入れられるようにとヨハネは勧めるのであります。 みなさんはもうその交わりの中に入れて頂いておられるのでしょうか。 それともまだでしょうか。
ヨハネがこの手紙を書いた目的の一つは、「私たちの喜びが全きものとなるためです。」と言います。キリストとの交わりの中に是非入ってくださり、キリストがあなたにして下さった恵みの数々を数え、喜びに満たされて欲しいものです。 そして、その喜びを又、他の人にも分かち合ってほしいものです
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