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2011年12月4日(日) 「知恵の証明」  マタイ11:16-19  竹口牧師

2011/12/4   マタイ11:16-19  知恵の証明
日本の戦後生まれの私は、真の神か否かは別としまして、神の存在を知らないで育ちました。まさに科学万能の世界で育ったわけであります。人の力ではなしえない事は何もない。人間はいろいろなものを発見し、発明し、未来は非常に明るい。まさにユートピア(理想社会)がやってくる。そんな世界に私達、戦後生まれの者はあこがれ、育ちました。

宗教は、若者には関係ない。強い、力のある者には関係ない。そんな思いで育った私でした。しかし、今年の出来事、地震や津波や原子力事故などによって、人は如何に無力であるかを私だけでなく、多くの人が教えられたと思います。

そして改めて、神を無視してきた者たちは、本当にこの世に神がいるなら、どうしてこんな事をするのかと、批判の矛先を神に持って行く人もあると聞いた事があります。
普段は、神の「か」の字も口にしない人が言うのであります。
恐らく、神を意識せざるを得なかったからでありましょう。

ところで、今開いています聖書の中の世界、特にイスラエルでは、昔も今も宗教教育が小さい頃からなされ、宗教行事もなされ、否が応でも神に対する思いで育て上げられます。正しく教えられて育てば、正しく育ちますし、間違って教えれば、間違って育つ、これは当然の結果であります。

ところで、かつてバプテスマのヨハネが、こんな事を口にしたのを覚えておられるでしょうか。バプテスマのヨハネが、ヨルダン川でバプテスマを授けていた頃のことでありますが、マタイ3:5−9、読んでおきます。

「 さて、エルサレム、ユダヤ全土、ヨルダン川沿いの全地域の人々がヨハネのところへ出て行き、自分の罪を告白して、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けた。
しかし、パリサイ人やサドカイ人が大ぜいバプテスマを受けに来るのを見たとき、ヨハネは彼らに言った。

「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。
それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。
『われわれの先祖はアブラハムだ。』と心の中で言うような考えではいけません。
あなたがたに言っておくが、神は、この石ころからでも、
アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。」とです。

神様は、多くの人をヨルダン川へと導いておられました。
その中には、パリサイ人やサドカイ人もいましたが、彼らの中の多くは、バプテスマのヨハネが言いましたように、真の悔い改めを持って来ていたわけではありませんでした。彼らは、バプテスマのヨハネが何をしているかを見に来ていた、そう言っても過言ではないでしょう。だから、バプテスマのヨハネが非難したのでありました。

ところがイスラエルでは、このパリサイ人やサドカイ人が国の多くを牛耳っておりましたので問題がありました。つまり、宗教教育が正しく行われていなかったという事です。

そういう中にあって、神様は、ご自分の選ばれた民を、バプテスマのヨハネの所に導いておられたのでありました。間違った教え、間違った慣習、間違った体制の中にあっても、神様に正しく目を留めさせ、導いていて下さる方がいますので、神様の御霊のお働きによって、ある人は、バプテスマを受けておりました。

ところで、旧約から新約へ、バプテスマのヨハネからイエス様の時代へと変わりつつあるこの時代、イエス様が面白いたとえで、あらわされた所、それが、きょうの所であります。

きょうの聖書箇所に戻っていただきましょう。
イエス様はマタイ11章16,17節でこう言われました。
「この時代は何にたとえたらよいでしょう。
市場にすわっている子どもたちのようです。
彼らは、ほかの子どもたちに呼びかけて、こう言うのです。
『笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。弔いの歌を歌ってやっても、悲しまなかった。』」とです。

イエス様の先駆けとなって登場したバプテスマのヨハネ。
しかし、そのヨハネに対して民衆の多くは神様に導かれるようにして集まってくるのに、パリサイ人やサドカイ人はそうではありませんでした。

彼らのそのような態度はイエス様に対しても同じでありました。
バプテスマのヨハネのすること、イエス様のされること、
関心を持つのでありますが、批判的でありましたので、
彼らの状態、態度がどのようなものか気付かせようとして、
イエス様はたとえを言われたのでした。

それは明らかに、霊的には、死んだ状態であることが分かります。
その事を彼らが町の広場で遊んでいる子供たちにたとえてこう言われました。
ひと組の子供たちが他の組の子供たちに「結婚式ごっこをしよう」と言いますと、
相手が「きょうはそんなに嬉しくないから嫌だよ」という。
そこで「それじゃあ、葬式ごっこをしよう」というと、
「きょうはそんなに悲しくないから嫌だよ」という。
これが即ち、あまのじゃくと言っていいでしょう。

昔、小さい時、車を見るのも珍しい時代に私は生まれ育ちました。
と言っても、私が生まれた所は大変な田舎でありまして、一日に数回しか見る事はありませんでした。が、しかし、車にとても興味を持ち、我が家の遠い先にある道路を時たま走る材木をいっぱい積んだトラックを見ながら、乗ってみたいなあというあこがれがありました。

そんなわけですから、小さい頃、私は自動車ごっこをよくして遊んだものです。
小さな箱の中に入り、ブーブー口で言いながら遊ぶのであります。
そのうちに、本当に乗っている気分になりました。

ところで、イエス様がパリサイ人やサドカイ人に言われているのは、
いい大人であります。その大人に向かって、子供扱いしておられます。
それも、全く話に乗って来ないたとえであります。
言うなれば、先ほども言いましたようにあまのじゃくと言ってよいでしょう。
何を言われてもやりたくない、したくない。
誘われても一向に乗って来ないのであります。

ユダヤ人は、生まれた時から宗教的に育てられています。
生まれて八日目には、割礼を受け、聖書を教えられ、祈りを教えられ、
御言葉を暗誦させられて育って行くのです。

13歳になりますと男の子は、成人の試験があります。
12歳で女の子は試験があります。
それを受けることを、彼ら大人のユダヤ人達は、大変喜びます。
それは、宗教者としては立派な大人になった事になるからです。

ついこの前、行きましたイスラエルでは、バルミツバの祝いがなされている所でありました。13歳になった男の子を家族、親族総出で祝っておりました。あの嘆きの壁のある所で、であります。ですから、それは現代のイスラエルではということになりますが、イエス様の時代もそうであったに違いありません。

それだけ、宗教教育を受けて育った大人たち。旧約聖書で語られているようにメシヤを待ち望んでいる民族、それが彼らだったのです。
しかしながら、バプテスマのヨハネが登場し、悔い改めを迫っても、彼らは、それに心から素直に従おうとはしませんでした。

勿論、イエス様の言葉にも従おうとはしませんでした。
この世界の、どの国の人々よりも神に近い民なのに、バプテスマのヨハネという旧約から新約へとつなぐ先駆者がいる。更には、そのヨハネの伝えている真の救い主イエス様を前にして、彼らはバプテスマのヨハネもイエス様をも受け入れませんでした。

なぜ彼らが受け入れなかったのでしょうか。
最も神に近い存在の彼らが、笛を吹いても踊らず、弔いの歌を歌っても悲しまなかったのか。それは、自分の考えに固執していたからだといえましょう。
自分たちのしている事は正しい。間違っていない。
自分たちのしている事を神様は喜ばれるのであって、バプテスマのヨハネのしている事、イエスのしていること、それは、この世を乱すものであって、何の意味もない。
むしろ、混乱させる害毒にしかならない。そのくらいに思っていたのではないでしょうか。ここに問題がありました。

パリサイ人やサドカイ人たちは、宗教に熱心でした。
熱心に伝承を引き継ぎ、宗教教育を施していました。
ユダヤ教でガチガチに育ってきておりました。
でもだから、神様はその人たちを救うとは言われません。
そういうことによって救われるというものではないからです。

いつの時代でも、問われるのは、
一人ひとりが、自分の経験や、体験や知識や、熱心さ、そういうもので救われるのではなく、神様のお働きによって救われるのである、このことに神様が気づかさせて下さる必要がある事を、知らなければなりません。

つまり、神様は何を本当に求めておられるかを人は知らなければならないのです。
神様はそのために、まず旧約から新約へと移り変わるその先駆けとしてバプテスマのヨハネを遣わされたのでした。彼らはまず、そのヨハネのいうことに真剣に耳を傾けなければなりませんでした。

ところがどうでしょうか。
聞く耳を持たず、批判的な目で見ていたのでした。
ですからイエス様はこう言われたのでありました。
18節「ヨハネが来て、食べも飲みもしないと、人々は
『あれは悪霊につかれているのだ。』と言」っていると、です。

バプテスマのヨハネは、命をかけ、生活をかけ、自分のすべてを神様に献げて、活動しておりました。しかし、ヨハネの振る舞いを彼らは悪霊呼ばわりしているのです。

それだけではありません。
救い主の到来を待ち望みながら、実際に来られているにも拘らず、その方の事をこう言っているとイエス様ご自身は言われます。

19節「人の子が来て食べたり飲んだりしていると、
『あれ見よ。食いしんぼうの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ。』とであります。
イエス様のおっしゃっている彼らの間違った指摘は、真に当を得ていると言えないでしょうか。

バプテスマのヨハネのいでたちは、「ラクダの毛の着物を着、腰には皮の帯を締め、
その食べ物はいなごと野密でありました。」普通の人と少し変わって見えたかもしれません。しかし、そのようにして神様の御用をしておりました。

イエス様のなさった事にしても、
上流階級の人たちとの交際よりも、まずは取税人や病気の人、
弱っている人、いわゆる弱者にまず目を留められました。
そして、食事を共にされたり、病人を癒されたりされました。

パリサイ人やサドカイ人達にすれば、罪びとと食事を共にすれば汚れるとしてしないものですから、『あれ見よ。食いしんぼうの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ。』という見方になったのであります。

イスラエルの人たちは、宗教熱心でした。
旧約聖書に預言されている救い主とその先駆者を待ち望んでいました。
ですから、目の前に現われると簡単に信じそうなものでした。
しかし、現実にはそうなりませんでした。

何がそうさせたのでしょうか。
何がそうさせるのでしょうか。
これは、じっくりと私達は考えてみなければなりません。
と言いますのは、神様によって救われている私達であっても、自分の中にある固定観念によって、御言葉に書かれている事を正しく受け取れない事もあるからです。

パリサイ人やサドカイ人たちが、旧約聖書を手にしながら、彼らは一見すると神様に従っているように見えますが、実はイエス様にきょうの聖書箇所で批判されなければならなかった様に私達もなりやすいからです。

私達は確かに、御言葉によって御霊のお働きによって信じる者として頂きました。
しかし、その私達が、自分の生まれ育ってきたものによって真の神様の真理を正しく読み取れないようでは、彼らパリサイ人やサドカイ人と同じようになりかねないのです。御言葉を正しく聞けないという点に於いてでありますが。

パリサイ派の人たちは、厳格な宗教生活をしておりました。
しかし、バプテスマのヨハネのすることには満足しませんでした。
自分たちのやり方に固執していたからです。

彼らの厳格さは、旧約の律法の正しい守り方として決めた律法学者の教え、
つまり、外形的に守る事が正しい厳格さだと思っていたのでした。
バプテスマのヨハネは、その間違いに気づいていたわけです。
だから厳しい言葉で「まむしのすえたち。
誰が必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。」と迫りました。

それに対してパリサイ人たちは、ヨハネを「悪霊につかれている」と言ったのでした。
断食にしても、安息日を守る事にしても、様々な規則を設け、それを守る事が主に従っている事だとパリサイ人達は考えました。

しかし心からの悔い改めなしには聖い生活が送れるはずもありません。
イエス様が、まず罪びとと呼ばれている人たちの所に行って、彼らと同じ目線に立って、神の言葉を語られたからこそ、真理がその人の内に働き、その人たちは、だんだん信じていくようになったといえましょう。

イエス様はきょうの最後の所でこう言われています。
「知恵の正しいことは、その行ないが証明します。」とです。

ああでもない、こうでもないと信じ、従いたくない人はいろいろと理屈をこねます。
そしてケチをつける事は、誰でもが出来る事です。

一億、総評論家と言われた事があります。
日本人の多くが、ああだこうだと、人を批判批評しますが、
その批判をしている人の実際の行動は伴っていません。
「知恵の正しいことは、その行ないが証明します。」とイエス様は言われました。

果たして、私達の信仰は、どうでしょうか。
知恵の正しいことは、その行ないが証明しているでしょうか。
批判を他人に向けるのではなく自分に向けて、主にあって、真摯に自分の信仰のあり方の正しさをチェックしてみる必要はないでしょうか。

パリサイ人やサドカイ人を批判しながら、同じ道をたどる事のないように、
イエス様の正しさに教えられ、お仕えしたいものです。

2011年12月11日(日) 「関係を持たない罪」  マタイ11:20-24  竹口牧師

先回私達は、人々がバプテスマのヨハネの働きにも、又イエス様の働きにも目を留めず、強い勧めにも聞く耳を持たず、悔い改めるどころか、的外れのことを言っているとイエス様が言われている所を見ました。

つまり18節において「ヨハネが来て、食べも飲みもしないと、人々は『あれは悪霊につかれているのだ。』と言い、そしてイエス様のことは19節で、「 人の子が来て食べたり飲んだりしていると、『あれ見よ。食いしんぼうの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ。』と言います。」というように、でありました。

つまり、人々の反応が取り上げられておりましたが、今回は、人ではなく町々の反応が取り上げられている所であります。

20節、「それから、イエスは、数々の力あるわざの行なわれた町々が悔い改めなかったので、責め始められた。」というふうにです。

では具体的には、どんな町かと言いますと、コラジン、ベツサイダ、カペナウムの3つです。しかし、今回の話しに登場します町は、更にそれに対比するように3つの町、ツロ、シドン、ソドムの名前が登場し、合計六つの町が出てくるのであります。

しかもイエス様の非難は、3つの町の非難をするために、別の悪い町3つの町を取り上げて、それよりも更に悪いという悪の最上級のように取り上げておられる所であります。それがコラジンであり、ベツサイダであり、カペナウムです。

私達は、ここで気をつけなければならないのは、今も言いましたように、比較のために採用されている町が決して良い町ではない、という点です。つまり、ツロ、シドン、ソドムの町々は、このように良いが、それに比べてコラジン、ベツサイダ、カペナウムという町はこんなに悪いというのではないという点です。

ある町を非難するために、たとえとして別の町が挙げられている。
ですから引き合いに出されたその町は、決して喜ばれるような町ではないという事であります。

これを、私達が自分自身へと当てはめるとするなら、
AさんはBさんより悪いと言われて、Bさんは喜んではいけないということであります。
私はあの人よりはまだましだなどという安心はいけないのです。
そもそも比べる基準がどこにあるかを知らないで、
あるいはよく確認しないで喜ぶべきではないのであります。

今回は先ほども言いましたように、人ではなく、町と町とを比較し非難しておられる所であります。

ところで、話しを本題に戻しますが、先ほど取り上げましたように、今回の話しに6つの町が登場します。まず最初の4つが20節、21節に出ている訳であります。

イエス様は言われました。
「ああコラジン。ああベツサイダ。おまえたちのうちで行なわれた力あるわざが、
もしもツロとシドンで行なわれたのだったら、彼らはとうの昔に荒布をまとい、
灰をかぶって悔い改めていたことだろう。」と。

灰をかぶって悔い改めるという言葉を聞きますと、
私の頭にまず思い浮かべますのは、預言者ヨナが遣わされたアッシリヤの首都ニネベの町です。イスラエルの敵であるアッシリヤが助かる事を喜ばなかったヨナ、しかし、神様の命令によってアッシリヤに遣わされ、見事にアッシリヤは、灰をかぶり、悔い改めたのでした。しかし、ご存じのように、後にその国は、悪の故に滅ぼされました。
神様は、一時赦されましたが、後に彼らの悪ゆえに裁かれました。

ところで、今回のここでの非難の対象は、コラジンとベツサイダという町であります。
この二つの町を非難するためにツロとシドンを挙げられました。
では、まず最初の非難の町となりましたコラジンとベツサイダ、その町の位置について申し述べておきます。

実に、大変大雑把な言い方でおゆるし願いたいのですが、
イスラエルの北の方、ガリラヤ湖の周辺で、しかも、そのガリラヤ湖の北側周辺で、つまりヨルダン川が流れ込む近辺、その川を挟むように、西側にカペナウムが、そして反対側の東側にベツサイダがあり、コラジンは、西側のカペナウムより北西に3Km行った所にありました。ですから、ガリラヤ湖の上の方を想像していただければよいでしょう。

一方、その二つの町の対比の対象となったツロとシドンは、 現在で言いますと、フェニキヤあるいはレバノン地方という、ガリラヤより北の方にある町であります。
更に言いますと、ツロとかシドンは、ガリラヤ湖より50km-100km北の地中海側にあり、ソロモンが神殿建設するさいには、大変、友好的な町であったわけであります。特にツロは。しかし、偶像に満ちた町でもありました。

イエス様は、そのツロとシドンの町と、コラジンとベツサイダとを比べられたのであります。
で、イエス様は言われました。
「ああコラジン。ああベツサイダ。」とです。
ここにあります、「ああ」と訳されています言葉は、字義訳は「おまえはわざわいだ」、だそうです。

極めて強い悲痛さを表し、怒りというより強い嘆き、悲しみを表すのだそうです。
旧約聖書では、神の審きが宣告される時に用いられたと言われます。それだけ、イエス様は、がっかりされたということでしょう。

今私は簡単に「がっかりされた」という事でしょうと言いましたが、別の本では、こんな表現がされています。

「これは、怒りよりもむしろ悲しい憐れみを意味する。
ここに聞かれる語調は、自尊心が傷つけられた時の憤怒でもなく、侮辱された人の激情でもなく、また憎悪の発露でもない。それは悲しみの調べであり、世の人に最上のものを与えようとして退けられた者の声であり、悲劇を目前にしながら、そこに引き込まれて行く人々を阻止する事が出来ない嘆きの調べである」という風にでありまして、誠に複雑な意味のこもった「ああ」であります。

一方、それに対してツロとシドンの町が挙げられています。
22節「しかし、そのツロとシドンのほうが、おまえたちに言うが、さばきの日には、まだおまえたちよりは罰が軽いのだ。」とです。

お分かりのように「まだおまえたちよりは罰が軽いのだ。」とあり、決してツロとシドンは罰がないとは言われておりません。それは、非常に注目に値する言葉であります。
更にイエス様は、23,24節を見ますと、カペナウムという町を非難するためにソドムの名前を挙げておられます。

しかし、ソドムの名前を挙げるとしますと、すでに10章15節で見ましたように、ゴモラという町も、普通、対にして聖書ではたびたび登場し、主の遣いを退けた罪故に硫黄の日で滅ぼされた町として有名で、今回のところでは、それがカペナウムの町と比較し、イエス様はこう言われているのであります。

23節、24節「カペナウム。どうしておまえが天に上げられることがありえよう。ハデスに落とされるのだ。おまえの中でなされた力あるわざが、もしもソドムでなされたのだったら、ソドムはきょうまで残っていたことだろう。
24節、 しかし、そのソドムの地のほうが、おまえたちに言うが、さばきの日には、まだお前よりは罰が軽いのだ。」という風にです。

今回の旅でも、カペナウムの町の遺跡を見てまいりました。
昔栄え、イエス様時代のカペナウムの会堂跡を土台として、その上に石灰岩の会堂が3世紀頃建てられたと言われる会堂跡が残っておりました。
ダビデの星、なつめやし、メノラーなどの装飾浮彫が残っており、カペナウムはイエス様の宣教基地であったことを思い起こしたものでした。

しかし、そのカペナウムもここでは審きの対象になっている。
これは、イエス様にとって、非常につらかったでありましょう。
祝福を述べるのではなく、審きを述べる。それも、悪い町と言われている町よりもさらにひどい審きを受ける。そういう宣言ですから、話す方も聞く方も、気が大変重いのであります。

22節、24節は、町の名前だけ代えていただければ、全く同じ文になっている事にお気づきでしょう。つまり、コラジンもベツサイダもカペナウムもみな同じように、審きを受けるという事です。

で、私達がここを読みながら教えられます事は、イエス様が直接、語られただけでなく、業を行なわれた。いいえ、それだけでなく、実際に来て下さったという素晴らしい出来事の前に、無関心でいてはならないという事であります。

バプテスマのヨハネが一生懸命叫び、イエス様が、神の国の福音を宣べ伝えられているのに、反応がないというのは、大変な罪なのであります。

前にも引用しましたが、黙示録3章にでてきますラオデキヤの教会のようであってはならないのです。
3:15 「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。
3:16 このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。
3:17 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。」
とこう言われないようにしたいものです。

イエス様の伝道は、ガリラヤ地方を中心に伝道なさったとき、カペナウムを拠点として伝道活動をされました。それにもかかわらず、そのカペナウムも、コラジンやベツサイダと同じように審きの対象として挙げられている事は、何と云う悲しい現実でありましょうか。

私は、思うのであります。
この東京聖書教会にイエス様が来られた。
イエス様が、この礼拝に出席して下さった。
この礼拝の中にいて下さった。
そんな礼拝の中で、私達の心はどうであろうか、とであります。

実際の所、私達が意識するしないにかかわらず、イエス様はこの礼拝の真ん中におられるのですが・・。
というのは、「二人でも三人でも、私の名において集まる所には、わたしもその中にいるからです」(マタイ18:20)とイエス様は言われているからです。

私達が、礼拝を終えて帰って行く時、その心に、何か燃える物があるのでしょうか。
イエス様から指摘を受けて、変えられて、新しい行動へと、主の喜ばれる歩みへと踏み出そうとする、そういう一歩に変えられているのだろうかと、考えさせられます。

数々の力あるわざの行なわれた町々が悔い改めなかった様に、私達の心も、悔い改めなしで帰って行ってよいものだろうかと思わされるのです。
少なくとも、イエス様が、他の教会に来ておられるなら、
ここにも来て下さっている。礼拝を共にして下さっている。
その事に対して何らかの反応、応答、行動が必要ではないか、
そのように私は思うのであります。

イエス様を礼拝している私達が、
イエス様があたかもどこかに行っておられるようなそんな礼拝になってはいないだろうか。イエス様が語って下さったのに、何の喜びも、何の悔い改めもない、そのようではないのか。イエス様に直接礼拝を通して触れたのに、無知ゆえに、何も知る事がなかった。それを果たしてイエス様は喜ばれるのでしょうか。
そうではなく、イエス様の語らいに応答し、反応してこそ喜ばれると言えましょう。

もうまもなくイエス様のご降誕を祝う日が来ますが、何事もなかったかのように過ごしてしまう人のようであってはほしくないのです。あなたの戸口にもイエス様が来られた。そして、イエス様が戸口に立っておられる。そして入って来て下さった。
その事をクリスチャンである私達は素直に喜び、その喜びを外に向かって表したいのです。もしそうしないなら、イエス様と関係を持とうとしなかったコラジンやベツサイダやカペナウムという町と同じように思えてくるのです。

ルカの福音書19章に、イエス様がエリコに入って町を通られた話しが出ております。
その時、取税人のかしらで、金持ちであったザアカイは、イエス様がどんな人か見ようと、イエス様を見るために前方のいちじく桑の木によじ登りました。

するとイエス様は彼を見て言われました。
「ザアカイ。急いで降りてきなさい。
きょうは、あなたの家に泊まる事にしてあるから」
この時、ザアカイが喜んだのは言うまでもありません。
彼は、その晩悔い改めたのでした。
どんなに物質的に栄えた町でも、どんなに豊かな生活を行なう事が出来ても、
前に立っておられるイエス様を喜んで迎えない人、町、それらは、祝福を受けないのであります。

イエス様が来られた。
人々は喜び歓迎した。
そして罪を責められ、彼らは全て悔い改めた。
そして新しい道を出発した。
これこそが、主の求めておられる姿であります。

それなのに、「ああ、コラジン。ああ、ベツサイダ。」
「カペナウム。どうしてお前が・・・」
とイエス様が言われなければならなかったのは、誠に残念です。

なぜ彼らは、イエス様を主と認め、迎えなかったのでしょうか。
無視したのでしょうか。

世界は広いです。
しかし、その広い世界の中でも、神が人となって来られ、
更には数々の力あるわざを行なわれたにもかかわらず、
悔い改めなかった罪は、裁かれて当然でしょう。

願わくば、私達の心のそばに立っておられるイエス様を、
聖霊なる神様のお働きによって迎え入れさせて下さった私達は、
イエス様の数々の働きを覚え、喜び讃美しようではありませんか。

また、まだイエス様を心に迎え入れておられない方は、
喜んでお迎えし、イエス様と共に喜ぶ人生を送らせていただこうではありませんか。

ツロとシドン、それにソドム以上に悪いとされたコラジン、ベツサイダ、カペナウムという町と同じように、私達の個人の名も挙げられないようにしたいものです。
主は、私達との関係を深くし、素晴らしいご計画をお持ちであるが故に、このように、礼拝に招いてくださったのですから、その事に感謝し、主のなさった業をこころから讃美し、ほめたたえようではありませんか。

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