2012年7月8日(日) 「罪に罪を重ね」 マタイ14:1-12 竹口牧師
この朝の説教箇所は、バプテスマのヨハネの命が取られる経緯であり、それにヘロデ王家が関係し、大変残酷な話しであります。
きょうの所でまず最初に見たいのは、国主ヘロデの狼狽ぶりです。 1節、2節を読みますと、 「そのころ、国主ヘロデは、イエスのうわさを聞いて、侍従たちに言った。『あれはバプテスマのヨハネだ。ヨハネが死人の中からよみがえったのだ。だから、あんな力が彼のうちに働いているのだ。』」とありまして、ヘロデがイエス様の活躍を、バプテスマのヨハネと勘違いし、ヨハネを非常に恐れている状況が書かれております。
つまり、今回の所では、バプテスマのヨハネがすでに殺されていることが前提で話しが進むのであります。そして、なぜバプテスマのヨハネが殺されたのか、その経緯が3節以下で述べられております。
ヘロデ家の家系のことは、家系図を見ませんとなかなか複雑で良くわからないのですが、おおまかにまず、お話しておきたいと思います。
ちょっと時をさかのぼりますが、イエス様が誕生された時の王は、俗に言われますヘロデ大王でありました。あの時、その大王は、赤子のイエス様を殺そうと、ベツレヘムとその近辺の2歳以下の男の子を一人残らず殺させました。 その事は、このマタイの福音書2章に出てくるのであります。
その殺された子どもの事はともかく、ヘロデ大王自身のことについてみますと、このヘロデ大王の子供のうちの一人が、この朝取り上げます国主ヘロデであります。
ヘロデ大王には系図によりますと5人の妃がいまして、それぞれの間に子供をもうけ、7人の子供が系図に出てきます。そしてその中で、聖書に登場するのは4人だけであります。
今回1節に登場しています国主ヘロデと言われるヘロデ・アンティパスと、3節に登場していますヘロデ・ピリポそして3人目は、同じピリポという名前だけなのですが、ルカ3章に出てきます。それともう一人、マタイ2章22節に出てきますアケラオという人物のこの4人が、ヘロデ大王の子供としては、聖書に登場します。
ただし、4人目のアケラオは、父親ヘロデ大王の死後、父親が支配しておりました部分のうち、サマリヤ、ユダヤ、イドマヤを支配する事になったのですが、やり方がひどいために早々に失脚致しました。
ですから、ヘロデ大王の子供7人のうち、4人が聖書に出て来て、大きく取り上げられるのは、そのうちの2人というべきか、3人というべきかであります。 国主ヘロデ、つまりヘロデ・アンティパスとヘロデ・ピリポと、そして単にピリポと言われている人の3人であります。
なぜ、そんな言い方をするのかと言いますと、ヘロデ・アンティパスには奥さんがいたのですが、腹違いの兄弟ヘロデ・ピリポの奥さんのヘロデヤを奪ってアンティパスは結婚するのであります。
そのヘロデヤとヘロデ・ピリポとの間に娘のサロメがいまして、それが、今回出てくるヘロデヤの娘という事になり、しかもそのサロメが、ルカ3:1では単にピリポと呼ばれる人と結ばれるので、つながりが出てくるのでありますが、
今回の話しとは直接は関係ありませんので、単にピリポと呼ばれている人は、無視してもよいと私は考えております。 従って今回の話しは、ヘロデ・アンティパスとヘロデ・ピリポが主な登場人物であります。
ところで、もう一つここで申し上げなければなりませんのは、聖書には、ヘロデヤの娘の名前がサロメとしては出てきません。6節にありますように、ヘロデヤの娘としかでて来ないのです。でも、どういうわけかサロメという名前を多くの方は知っています。
では、それはなぜかと言いますと、これは、歴史の中でヘロデヤの娘がサロメとしてでてきて、芸術作品でよく知られるようになったからであります。なんとなく、聖書に出てくるような気が致しますが、実際は出てこないわけであります。
さて、周辺の事はそれまでにしまして、聖書に戻りますが、バプテスマのヨハネは、このマタイの福音書4:12の時点ですでに捕えられておりますので、ものの本によりますと、ヨハネは、牢獄には数カ月、あるいは1年くらいは入れられていただろうとありました。そして、今回の出来事の理由で殺されたのでありました。
バプテスマのヨハネも相当人気者でありましたので、アンティパスとしては、罪を指摘されて牢獄に入れはしたものの、自分の判断だけでは殺すわけにもいかない。とはいえ、自分の取った行動には責任があるために、いつも罪意識にさいなまれていたのでありましょう。 イエス様の活躍を耳にすればするほど、「あれはバプテスマのヨハネだ。ヨハネが死人の中からよみがえったのだ。だから、あんな力が彼のうちに働いているのだ。」と言って、怯えていたわけでありました。
アンティパスは、ガリラヤとペレヤの領主でしたが、やはり、自分のした行為に常に怯えなければならかったというのは、同じ一生を送るものとして、非常に残念な生き方だと思うのですが、皆さんは、どう思われるでしょうか。 やはり、誰にも責められることなく、できたら、感謝されて一生を終わる事が出来たなら幸いですね。もっとも、本当の褒美は神様が下さるのが一番でありますが。
さて、第2番目に見たいのは、ヘロデが人の目を気にした生き方をしている事に注目したいのです。4節で、「ヨハネが彼に、『あなたが彼女をめとるのは不法です。』」と言い張ったからである。」とありますが、しかも5節には「ヘロデはヨハネを殺したかったが、群衆を恐れた。というのは、彼らはヨハネを預言者と認めていたからである。」 とあります。
ヘロデの心は、殺したい一心。彼の罪を攻撃する者は、一気に殺したい。 また、殺せる地位にもある。
しかし、人の目が気になる。 人々はヨハネを預言者の一人だと思っているのだから、その者を殺したなら、自分は民衆に支持されなくなる。それは、自分の地位を追われる事にもなる。 それは、どうしても避けなくてはならないという事でありました。
アケラオという兄弟が、サマリヤ、ユダヤ、イドマヤの領主を追われたのも、そういう所から来ております。この世はなかなかままならないものであります。
ローマ帝国が上にあり、いわばパレスチナは、ローマの傀儡政権でありますので、なんでも自由には出来る訳ではありません。一応、ガリラヤとペレヤの領主でありますが、その自分が、人々の目を気にして生きなくてはいけない。
これは、ある意味では、本人としては、非常につらかったのではないでしょうか。 本来なら、民衆の目を気にしないで、ローマにこびへつらう必要もなく、 自分の思った通りの事をすればよいわけであります。 それが、どうにも出来ない自分の置かれた立場でありました。
そう考えて見ますと、出世するのも善し悪しであります。 私たちもまた、それぞれが社会の中でいろいろな立場の中で行動する事が求められます。そんな中で信仰の良心にそむくような歩みだけは、神様の前にも、人の前にもすべきではない事を教えられます。
なぜなら、仮にこの世を面白おかしく生きる事が出来たとしても、最後には、その歩みの全てを神様が精算されるからであります。バプテスマのヨハネは、こういう事を言えば、必ず自分が捕えられるということは重々承知でそれでもなおかつ、アンティパスに向かってバプテスマのヨハネは「あなたが彼女をめとるのは不法です。」と言い張ったのには、それだけ神様が与えて下さった使命に生きる事をヨハネは教えられていたからであります。
キリスト者として、私達はこの世に遣わされるのであります。 周りを見て、気を使いながら、この世の流れに身を任せ、 言われるまま、されるがままに生きる事がキリスト者の生き方ではありません。 キリスト者としての一本の筋を通した歩みをする。 一生を送る事が、寿命の長さ短さに関係なく大切である、 そう言えると思うのであります。
バプテスマのヨハネは、そういう意味では、預言者としての務めを最後まで貫き通したと言えるでしょう。死に方、殺され方が問題なのではありません。 命をかけて愛された一人の人間である私達は、いのちをかけて、その愛に応えて行くというのが、キリスト者としての筋だと私は思うのです。
第3番目に見たいのは、ヘロデの取った行為は、結局は、預言者の命に手をかけたという事実です。 その重さは、大変重大であります。 その昔ダビデという人は、サウルが王であった時、次に王になる者として油注がれました。しかしそのダビデは、いわれのない罪で追われたのでありました。
それでも迫ってくるサウルに対して、抵抗せず、またサウルを殺す事が出来るチャンスにも出会いながら、その状況を自分の都合のよいように神の導きと解釈して、サウルを殺す事さえしなかったのがダビデでありました。神が立てられた人をあくまでも立て続け、神様のなさる事に委ねたダビデでありました。
一方、きょう今見ていますヘロデ・アンティパスは、王である事を拒否された訳ではありませんが、自分の罪を指摘され、それが、人の道を外れている事を知りつつ、更には、自分の権力を利用して、ヨハネを牢獄に入れてしまった。
更には、ヘロデヤの娘が踊りを踊って喜ばせたので、願うものは何でも必ずあげるという誓いを立ててしまったためそれを破る事が出来ないという列席者の手前もあって、ヨハネの首を持ってくるよう命令せざるをえなかった。これらはすべて、アンティパスの大きな負うべき罪でありました。
そして、その罪の支払う報酬を彼は受け取る事に結局はなるのであります。 聖書には書いてありませんが、事の次第はこうであります。
アンティパスの取った行動は、つまりヘロデヤをヘロデ・ピリポから引き離し、そして自分の妻としたために、もともとアンティパスの正妻の父親は、ナバテヤ人の王アレタスでありましたので、娘に恥辱を与えたとして大変怒り、アンティパスを攻撃し、手痛い損害を与えたのでありました。
歴史家ヨセフスによりますと「ユダヤ人のある者は、ヘロデ軍の敗北は、神が与えたもので、バプテスマのヨハネに対して行った罪に対する罰であると考えている」と記しているそうです。
まあ、この時ヘロデは、ローマ軍にかろうじて助けられたようです。 しかし、事はそれだけで終わりませんでした。 イツリヤとテラコニテの領主であったピリポが死んだので、ローマは、その隣の土地を管理しているアンティパスに任せないで、ユダヤのアグリッパに与え、同時に王の称号も与えたのでありました。
そのことにヘロデヤは嫉妬して、何としても夫が王になる事を願い、ローマに行く事を夫アンティパスに勧めました。
最初はあまり乗り気ではなかったのですが、実際にローマ皇帝に懇願しようと行くのでありますが、残念なことにそれを喜ばない者がいて、先回りされて、アンティパスが謀反を企んでいるとして訴えられ、結局のところ、アンティパスは、遠くゴールの地へ追放されてしまうのでありました。
ローマ皇帝カリギュラは、ヘロデヤの財産を没収する意志のない事を伝え、命を助けようとしたのでありますが、ヘロデヤは、夫を捨てる事が出来ず、夫と共にゴールのさびしい地に一緒に流刑の身になったのでした。
こうして見ますと、夫婦愛というものが垣間見えますが、しかし、アンティパスのした行為、また妻ヘロデヤが自分の娘に指図した残酷な願い、「今ここに、バプテスマのヨハネの首を盆に載せて私に下さい。」というのは、結局は、自分の身に背負う事になったのでありました。自業自得というのでありましょうか。
この世は、悪で栄えています。 そして正しい者が、虐げられ、苦しめられている事も数多くあります。 聖書の中には、神に仕えたにもかかわらず、残酷な最期を迎えた人たちがいます。
ですから、バプテスマのヨハネが、このような最期を迎えた事は、 一体、神に仕えているのになぜそうなるのだ。神は、そういう人をなぜ助けないのだ。 そういう皮肉が、信仰者以外の人から聞こえてきそうです。
しかし、だから何をしてもいいのだとはいかない事をこの世の人はしっかりと心に留めなければなりません。そして罪を犯した者は必ず審きを受ける。もしこの世で受けなくても、この世を去ってからは、なおのこと必ずその報いを受ける事になるのです。
私たち信仰者はそれぞれが、もうこの地上での使命がなくなれば、 神様はひとりひとり天に召して下さるのであります。 バプテスマのヨハネは、首を切られるという最期でしたが、主は彼を祝福し、天では喜びを持って迎えて下さった事は、私達信仰者には、疑いえない事実であります。
それ故に信仰者である私達は、この地上に命を与えられている限り、主の宣教命令に忠実にお従い通したいものです。
時代に翻弄される時もありましょう。 けれども、「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。 寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。」(Uテモテ4:2) との勧めに喜んで従って行こうではありませんか。
2012年7月15日(日) 「神、共にいます」 マタイ14:13-21 竹口牧師
先回は、バプテスマのヨハネの首が、ヘロデヤの娘の願いによって切り取られ、ヨハネは殺されたという経緯の所を見ました。このような記事を読みますと、神のために働く者の最後が、このようであってよいものかと、そう感じる方もおられましょう。
しかし、ヨハネの最後がどうであれ、神に用いられた人のそばには、神が共にいて下さった、その事実を私達は見失ってはいけないと思うのであります。なぜなら、死に方が問題なのではなく、最後まで主に忠実であったかが問われるからです。スミルナの教会に勧められていますように、「死に至るまで忠実でありなさい」(黙示録2:10)とある通りです。
主が共にいて下さって召して下さるなら、甘んじてそれを受けるべきだと言えましょう。ということでその続きのきょうの話しに入りますが、この朝の話しは、非常に大きな奇跡であります。
それだけに、福音書の記者4人全員が書いているのであります。 マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人の福音書の記者です。 4人が揃って書いている記事というものは、そう多くはありませんで、その他には、たとえば大変大雑把に言いますが、イエス様だけに限りますとバプテスマを受けられた事。荒野で試みを受けられた事。ガリラヤ伝道を始められた事。あとは、十字架にかかられるための一連の出来事。そして復活された事等が挙げられます。
ですから、4人の記者によって書かれていると言いますのは、どれだけ今回の記事は重要な出来事であったかがお分かりでありましょう。 それではまず、13-14節から、見て行く事にします。 まず、このように書いてあります。
「14:13 イエスはこのことを聞かれると、舟でそこを去り、自分だけで寂しい所に行かれた。すると群衆がそれと聞いて、町々から歩いてイエスのあとを追った。 14:14 イエスは舟から上がられると、多くの群衆を見られ、 彼らを深くあわれんで、彼らの病気を直された。」とであります。
「イエスはこのことを聞かれると、」というのは勿論、先ほど言いましたバプテスマのヨハネが殺された事でありますが、イエス様は「舟でそこを去り、自分だけで寂しい所に行かれた。」のでありました。
このさびしい所と言いますのは、ルカ9:10によりますと、「ベツサイダ」つまりヨルダン川が北からガリラヤ湖に流れ込む河口の少し東にある町であります。 ここは、ヘロデの領地ではなく、その兄弟ピリポの領地でしたから、ヨハネの死後、イエス様の所に弟子入りした者に平安を与え、また、訓練するために移動されたと言えましょう。
しかし、どうでしょうか。 イエス様はその寂しい所に去られましたが、人々はやってきて、イエス様と弟子たちだけには、させてはくれませんでした。
イエス様は舟で移動されましたが、人々は、その行く手で待ち構えていたのでありました。そして、そんな彼らをイエス様は決して邪魔者扱いにすることなく、 「彼らを深く憐れんで、彼らの病気を直された。」のでありました。 求めてくる者を拒まれなかったイエス様。 与える事を惜しまれなかったイエス様。 いつでも、どんな時でも受け入れて下さるイエス様の姿が、目に浮かんでくるのであります。
私たちもまた、イエス様を真剣に求めるなら、イエス様は、すでに私達のそばにおられるお方でありますので、信仰者である私達は、それをいつも感じ取りたいものであります。これが、この朝、まず第一に覚えたい点であります。
そして、第2の点にうつりますが、15節の最初を見ますと、こう書いてあります。 「夕方になったので、弟子たちはイエスのところに来て言った。」とであります。
ここにあります夕方と言いますのは、ユダヤでは、ここの場合、午後3時頃から日没に入るまでを指していまして、次の23節の夕方よりは、まだ明るい時間帯であります。 ですから、そんなに薄暗い情景を思い浮かべる必要は無いようであります。
そこで、弟子たちがイエス様にこう切り出したわけでありました。 15節の括弧の中ですが。「ここは寂しい所ですし、時刻ももう回っています。 ですから群衆を解散させてください。そして村に行ってめいめいで食物を買うようにさせて下さい。」とこう、弟子たちはイエス様に言いました。
21節を見ますと、 「食べた者は、女と子どもを除いて、男五千人ほどであった。」とありますように、非常に大勢であったわけでありました。
私達の教会で、何らかの集会をする場合、必ず、食事の用意をするかどうか話題になります。用意するとなると、食べる人の人数の読みが必要です。天候にも関係し、2,3家族が減る事によって、あるいは増える事によって、用意する数もまた違ってきます。
しかし私達の教会で食事の用意をする数なんて、たかが知れております。 1年に1回の恵み会の時で、多くても100食から120食くらいでしょう。 しかし、今回の話しでは、女と子供を除いて5000人ですので、それはもう、ちょっとやそっとでは、用意できないのであります。
ですから、めいめいが自分の事を自分で用意すれば、それですむと弟子たちは考えました。ところがイエス様は16節で、こう言われたのであります。
「彼らが出かけて行く必要はありません。 あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。」とです。 これに対して皆さんがイエス様のそばにおられたら、どう言われるでしょうか。 現状をよく調べ、状況をそのままイエス様に話されるでしょうか。
マルコの福音書によりますと、イエス様もパンがいくつあるか調べるよう指示されました。ですから彼らも調べたでありましょう。 その結果、彼らは、「ここには、パンが五つと魚が二匹よりほかありません。」 ということが判明しました。
まあ、これが、普通のやり方でありましょう。 状況を調べて、こうこうこういう今の状況なので、みんなのお腹を満たすのは無理です、そういう結論をだす。これが一つの方法であります。
もう一つは、さっとあたりを見て、先生、この人数を見て下さい。 考えるまでもなく、私達にはどうする事もできませんよ。 そう言って、イエス様の言われる事に取り合わない、そういう方法も無い訳ではありません。
私達は、この二つの方法を考える時に、やはり、何もしないよりは、現状を正しく把握し、そしてイエス様に報告する、イエス様に期待する、これがあれば、信仰者としては、大変良い信仰のあり方だと言えましょう。弟子たちが、その点で、どの程度イエス様に期待していたかは、このマタイの書き方では読み取れません。
マタイは、この話を淡々と書いておりまして、弟子たちがどう考え、どう行動したかは他の記者ほど詳しくは書いておりません。 例えば、5つのパンと2匹の魚の出どころはどこかとか、 弟子が、群衆の人数を数え、いくらパンが必要であるかとか、 自分たちで出来る方法を考えたのですが、 そういった事は、マタイは一切省いているのであります。 ということは、恐らくマタイは、イエス様の奇跡だけに焦点を当てて書いたのかもしれません。
実際の所、ちょっと横道にそれますが、 我が家では、数年に一度くらい、野球場に行きます。 今年はまだ行っておりませんが・・・。 最近は屋根つきの球場もありますが、屋根のないところに行きます。 するとその野球場へ行く通り道には、弁当屋がいっぱいあります。 雨か晴れかによって、弁当の売れ行きが全く違いますので、 当然ながら、実に自然を相手に、彼らは予測し準備しています。 野球が中止になる時など、全くの大損害であります。 それだけに天候の読みは真剣であります。
弟子たちだって、そうであります。イエス様から 「彼らが出かけて行く必要はありません。あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。」と言われれますと、弟子たちは、どのようにしてこの大勢の人たちを食べさせようか、と考えたでありましょう。 そのうえで、無理である事の結論を出すのであります。
が、それはともかく、イエス様は 女、子供も入れれば1万人はいたであろうといわれる人たちのお腹を満たされることになるのであります。しかも、あるのは、5つのパンと2匹の魚だけであります。 普通に考えれば、信じられない事であります。
ですから、ここでまた、何とか、その信じられない事が起こった、 そのことを、何とか受け入れようと、ああでもない、こうでもないと人は、その長い歴史の中でいろんな事を考えたのでありました。
例えば、こんな解釈があるそうであります。 なんとか、その現状を納得するための理屈であります。 一つは、群衆の中の誰でもが何も持っていなかった訳ではなかった。 弟子たちの方が不用意なのであって、群衆は、これからイエス様の後を追いかけるのだから、かなりの時間がかかるだろうと思って弁当を用意していた。
ところが、だんだんお腹がすいてくるけれども、ここで自分が弁当を広げたらどうなるか。この隣の人は、どうも持っていそうでもない。あそこの家族は、何も持ってきていないようだ。周りの連中は、不用意な連中ばかりだ。私は用意が良かったのだが、今ここで広げたら、不用意な人々にも分けてやらなくてはいけない。
それはどうも・・、と思ってためらっている時に、イエス様と弟子たちが、ほんのわずかの食べ物を喜んで分け始めた。そこで恥ずかしく思って、人々が懐から取り出して、あちらでもこちらでも取り出して分けあうようになり、そうしてみると、なんと5000人がみんな食べる事が出来た、そういう説明です。
もう一つは、分けあった物はわずかであったけれども、イエス様の御言葉を聞き、その愛の中で食べる食事は、肉体的には、満腹出来なくても、心においては、満腹出来るようなものであったというものです。
あるいは、奇跡そのものをどうこういうのではなく、この話からは、こういう事を教えようとしているのではない。その事に注目すべきであると、否定面を教えるのであります。
つまり、奇跡そのものは、その通り事実として受け取り、 しかし、これは、こういう事を教えるものではないと言います。 それはどういう事かと言いますと、 それは、我々がもう働かなくてもよい、という事を教えるためではない。 イエス様は、ほんのわずかなパンと魚があれば、それをいくらでも増やす方であって、 イエス様を信じれば、まるで打ち出の小槌を手に入れたように毎日働かなくてすむというのでもない。
お祈りさえしていればよい。 お祈りしながら、わずかなパンを神の前に差し出しておけば、気がついたら、増えて余り余るほどになるというのでもない。信仰とは、そういう生活をするようになることではない。そのように教えているといいます。 まあ、いろいろな捉え方はあります。
ところで、私は最初の方で申し上げましたが、きょうの個所は、5つのパンと2匹の魚で、5000人もの人のお腹を満たしたということで、4人の福音書の記者が書いた、そういう大変大きな記事である事を述べましたが、
この朝、私達は、その奇跡の大きさの方に目が行って、本来、マタイが書こうとしていた事は何かを見失ってはいけないと思うのであります。 奇跡そのものよりも、それを誰が行なったかという点がとても大切なのであります。
弟子たちは、群衆の食事の事を心配いたしました。 それに対してイエス様は、「あなた方で、食べる物をあげなさい」と言われました。 それは、単なる人々に配る事を意味していなかった。 沢山、食べる物があるので、みんな等しく分けあうように、 そう言っておられる訳ではありませんでした。
分けることではなく、食べる物をあなた方で用意しなさいという事であります。 でもそれは、出来ない事でありました。 弟子たちには、そして人には、であります。
ですから弟子たちは、イエス様の指示に従うしかありませんでした。 これはまた、イエス様に対する信頼がなければ、その行動も出来ない事でありました。
マルコの福音書によれば、みんなをそれぞれ組にして座らせるように指示されています。そこで、50人、100人と組になって固まりにしました。一体何が起こるのか、さっぱりわからない。けれども、弟子たちはイエス様の言われる通りに動いた訳です。
初めに否定ありきではなく、イエス様が言われる事は、なんでも「はい」「はい」と 弟子たちは動きまわったのでありました。これは、信仰なくしてはできないことです。 イエス様なら、何とかして下さるという信仰です。
でも、話の途中で、ここでの話は、毎日働かなくてすむというのでもない。 お祈りさえしていればよい。お祈りしながら、わずかなパンを神の前に差し出しておけば、気がついたら、増えて余るほどになる。信仰とは、そういう生活をするようになることではない。そこのところを勘違いしてはならないとある人の言葉を引用しました。
ですから、その点については私も同じ思いであります。 しかしながら、怠け病はともかく、イエス様に信頼して、イエス様が共にいて下さるので、何かをして下さるに違いないという信仰は、決して捨ててはならないと思うのであります。
イエス様に信頼する。 イエス様と共に歩む。 イエス様の命令には、忠実に従う。 この事は、他の何よりも大切であるという事です。 イエス様を信じ、信頼して従う所に、私達の想像しえなかったことが起きる。 起こされると信じる事は、決して無謀ではないと私は思うのです。
一番最初に、先回のバプテスマのヨハネの事を切り出しました。 神に仕えた者の最後が、どうして、あのような死に方なのか。殺され方なのか。 そういう疑問を持つ方もおられましょう。
しかし、彼のそばにも神様はおられたのでした。 そして今、この5000人以上の人たちがいる所にも、神様がおられたという事であります。そして、今の時代でも、この小さな集まりの中でも神様はおられるという事です。
神様のおられる所には必ず、神様のお働きがあります。 そのことを、私達は決して忘れてはならないのです。 その当時、イエス様が人々になさったことは、 五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、 それらを祝福されると、人々はみんな食べて満腹するほどになった。
そして、パン切れの余りを取り集めると、十二のかごにいっぱいになった。 食べた者は、女と子どもを除いて、男五千人ほどであった。 この事実を、信じる信じないは、あなた次第です。
ただ、この事実は、4人の記者がそろって書くほど、重要であり、驚く事であった、 省くことのできない出来事であった。そのことは、この聖書の読み手の私達は理解しなければなりません。
イエス様の行かれる所に、必ず何かが起こる。 否、何かが起こったのであります。 弟子たちが、イエス様のお言葉を聞いて、 その通りに動いた時、イエス様は、ことを起こされたのです。
神、我らと共にいます。 そしてその方が、信じるものと共にいて、一番良い事をして下さる、 この事をこの朝、信じて、ここから帰って行こうではありませんか。
2012年7月29日(日) 「水の上を歩く」 マタイ14:22-36 竹口牧師
先回は、イエス様が5つのパンと2匹の魚で、男5000人を養われた所を見ました。 女性や子供を入れますと、その倍はいたと思われますが、この事によって、イエス様がただの人ではないことを多くの人々が分かる事になりました。
ヨハネの福音書6:14-16には、こうあります。 「人々は、イエスのなさったしるしを見て、 『まことに、この方こそ、世に来られるはずの預言者だ。』と言った。 そこで、イエスは、人々が自分を王とするために、むりやりに連れて行こうとしているのを知って、ただひとり、また山に退かれた。」というふうにであります。
それゆえ、きょうの聖書箇所の最初にありますように、 22節「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群衆を帰してしまわれた。」と、でありました。
イエス様が強いて弟子達を舟に乗り込ませなければならないほど群衆は、間違った方向に進もうとしていたのでありました。即ち、イエス様を来るべき王であるとして無理にでも王に即位させようと熱狂的な雰囲気になっていたわけであります。
それに対してイエス様は、その誤った政治的運動を未然に防ぐために、人々を解散させられたのでありました。そして弟子たちを先に、向こう岸に行くよう、舟に乗り込ませられました。
イエス様はと言いますと、一人になられ、祈られたのでありました。 父なる神との間の深い祈りであったでしょう。 人々の熱気が、間違った方向に行かないように、ますます行動を慎まなければならない事をイエス様は非常に強く感じられました。
ところで、ひと足先に向こう岸に送られた弟子たちは、湖の途中で舟が進みあぐねて困っておりました。ガリラヤ湖特有の突風に見舞われていたわけであります。 弟子たちの中には、ペテロのように漁師だった者もいましたから、その彼らが、どうする事も出来ない、進みあぐねているということ自体が、これはもう大変な状況であったと言えるでしょう。
24節「しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。」とある通りです。ペテロを始め、元漁師だった者たちは、 舟が沈まないよう必死で態勢を整えたでありましょう。そんな所に、25節にありますように、 「すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。」とあるのであります。
果たして、こんなことがあり得るのか。 ここを読んだ人の多くは、これを問題にします。 一方では、必死で舟が沈まないように頑張っている。 もう一方では、何も起こっていないかのように、何か人影らしいものが近づいてくる。 こんなことが本当にあり得るのか。 全く信じられない、という具合に、であります。
嵐の中をうんぬんはともかく、水の上を歩くなどという事が、果たしてあり得るのかということで、ある人は、弟子たちには見えなかったのだけれども、実は、イエス様が歩かれた所には、岩があって、その上を歩かれたのであって、水の上を歩かれたのではないなどと、そういう事を言います。
昔、忍者が水の上を歩く時に使ったという物を見た事があります。 それは、雪の上を歩く時に使うかんじきに似たような物でした。 実際に、それを使って再現しようとあるテレビ局が実演したのを昔見たような記憶があります。
勿論、歩けませんでした。 そんな物では、決して歩けないのであります。 これは、どんなに修行を積んでも、同じであります。 この水の上を歩く行為は、信仰の問題ではなく、 技術の問題でもなく神が行なわれた奇跡だからです。
でも、そう言いますと、信じられない人は、 それは非科学的だよと、真っ向から否定します。 しかしながら、人がどんなに否定し、反対しようとも、 また、もっともらしい説明をしようとも、 決して、イエス様のなさった事は変わりはないのであります。
26節を見ますと、 「弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、『あれは幽霊だ。』と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。」とあるのであります。
幽霊さえ、お目にかかっていない私にとっては、幽霊であるという確信さえありませんが、幽霊とは、大体こんなものだと言われていますので、もし、そこに私が居合わせた場合、そう叫んだかもしれません。
が、それはともかく、イエス様は、こう言われました。 27節「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」とです。
ほんの数時間、イエス様と離れ離れになっていた弟子たち。 嵐と格闘していた弟子たち。 彼らは、イエス様を幽霊だと最初勘違いしましたけれども、 イエス様だと、確認した時、本当にほっとしたに違いありません。
先回の話しで、私は、「神、我らと共にいます」という主題でお話ししました。 5000人の人が、共に食事が出来たのも、神であるイエス様がいて下さったからであり、 今回もまた、イエス様が来て下さった事によって、弟子たちは、どんなに勇気をいただいたことでしょうか。
「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」 とは、何という非常に力強いお言葉でありましょう。 それだけに、ペテロは、他の弟子が考えもしなかったことを口にしたのだと思います。
28節「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」と。
これは、実に大胆な言葉と言えないでしょうか。 なかなか、こんな言葉は言えるものではありません。 イエス様のお力がどんなものか知った者だけが言える言葉と言えましょう。
ところで、個人的な事を申し上げるなら、 「神様、もしできるものなら、私を牧者にしてください。」と言った事があります。 これが、私の若気の至りでありました。 それがどんなに大変か知らない者の言える言葉だったと後から気付かされました。
だから、能力もないのに、こうしてここに立ち、悪戦苦闘しているのであります。 神様が立たせて下さっているのです。
でも考えて見れば、あの時の私の言葉は、イエス様を信じ切っていたから言えた言葉であり、また、そのように導かれた神様がおられたので、こんにちの私があるのであります。
ペテロとて、イエス様を心底、信じ切っていたからあのように言えたのだと言えましょう。そして、そんなペテロの言葉にイエス様は応えて下さいました。 29節「イエスは『来なさい。』と言われた。 そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。」とであります。
ところがどっこいであります。 30節「ところが、風を見てこわくなり、沈みかけたので叫び出し、『主よ。助けてください。』と言った。」とあるのであります。
イエス様を見て、歩み始めたものの、周りを見たら怖くなった。 そしてイエス様に助けを求めなくてはならなくなった。 これは、別に水の上を歩くような事でなくても、 この世において、たくさん経験する事であります。
イエス様を信じて、信仰の一歩を踏み出したのに、急に怖くなり、前に進む事が出来なくなった。まるで女王イゼベルに睨まれた預言者エリヤのようです。 勇敢にバアル祭司と戦ったエリヤでさえ、 そのように突然に恐れを抱く事になるのであります。
31節でイエス様はペテロにこう言われました。 「そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。『信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。』」とであります。
この言葉は、実に非常に重い言葉だと私は、思います。 『信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。』、 この言葉を、何度も何度も心の中で反芻し、 考えなければならない大切な言葉だと私は思っております。
イエス様の言われた『信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。』ということは、どういう事なのか。その言葉の奥にある真理は何か、であります。 今、この聖書の状況を頭に描きながら考えていただきたいのです。
つまり、ではイエス様を信頼し、信仰が厚く、完璧であったなら、ペテロは溺れなかったのでしょうか。 ヤコブが言いました。ヤコブ書2:14で 「私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、 その人に行ないがないなら、何の役に立ちましょう。 そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。」 そして2:17で 「それと同じように、信仰も、もし行ないがなかったなら、 それだけでは、死んだものです。」と、そう書いています。
ヤコブがこれを書いたのは、正しい信仰があれば、行ないも伴いますよという事ですが、では、信仰があれば、水の上をも歩けるのかと言いますと、どうでしょうか。
私は歩けないと思うのです。 なぜなら、自分の信仰の力で歩くのではないからです。 あくまでも歩かせて下さるのは神様であって、自分の力ではないからです。
イエス様は、水の上を歩かれました。 それは、信仰の問題ではありませんでした。 イエス様は、神様であるがゆえに歩くことがお出来になったのです。 ペテロがイエス様にお願いして水の上を歩きました。 何歩歩いたかは、分かりませんが、 これは決して、ペテロの信仰が歩かせたのではありません。 イエス様が歩かせて下さったから歩けたのであります。
昔、私は、中学生の時、学校にプールがありませんでしたので、川で水泳の授業がありました。準備体操をした後、みんなで手を組んで、順番にぞろぞろと水の中に入って行きました。
だんだん、川が深くなり、水が私の胸から首に、首から口に、そして、遂には額までつかり、私は溺れました。
私の両側にいる友達が気がついてくれて、 「竹口君、どうしたの?」と言って、腕を引き上げてくれました。 すると、すっと空中に頭が出ました。私は死ななくてすんだわけであります。
これなどは、私の両側に、私より背の高い友達がいてくれて、 軽く引き上げてくれたから、呼吸できるようになりましたし、 その後、浮いたまま進んで、やがて地上に上がる事が出来ました。 あの時の情景はなかなか忘れる事ができません。 私の両サイドの友達によって浮いていることができたわけです。
話しを元に戻しますけれども、一見してきょうの話しを読んでいきますと、 ペテロの不信仰が、溺れる結果となったようにも読めますが、 実は、ペテロが水の上を歩く事が出来たのは、 イエス様のお働き以外の何ものでもない、 その事を私達は、決して忘れてはならない、見落としてはならない。そう思うのです。
私達の信仰、それは、からし種ほどの信仰すらない。 これが、私たちの本当の姿なのです。 だから、私たちは、神様に頼るのです。 また、頼らなければならないのです。
救い、信仰、これはひとえに神様が下さったものであります。 それだけに、更に信仰が深められるよう祈り求め続けなければならないのです。 人と比較して何になるのでしょうか。 ペテロの信仰を笑う事ができるのでしょうか。
32,33節にこうあります。 「そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。 そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで、 『確かにあなたは神の子です。』と言った。」とであります。
『確かにあなたは神の子です。』という言葉は、これまた非常に重い言葉であります。 そして大切な告白であります。 それはまた、神様が教えて下さった確信であります。
5つのパンと2匹の魚で5000人が養われた。そんなバカな。 イエスが水の上を歩いた、そんなバカな事があるか。 そのように、聖書を信じない人は、言うでしょう。
しかし、私達はしっかりと、イエス様は神の子であり、 それは即ち神であると告白するのです。 いいえ、告白できるのです。 神様が、そのように私たちを信じさせてくださったからです。
考えてみますと、イエス様が、今まで私達にして下さった事は、 その当時の人たちと同じように奇蹟だらけではないでしょうか。
考えてもみて下さい。 最初は信じないで、否定ばかりしていたのに、今は信じているではありませんか。 最初は祈れなかったのに、今は祈っているではありませんか。 最初は、隣の人は全く他人だったのに、今や兄弟姉妹として互いに愛し合う仲にされているではありませんか。 何をするにも、神様を中心に物事を考え、行動しているではありませんか。 これはまさに、神様が私達一人ひとりに行なって下さった神の御業、 奇跡と言わずして何と言えるでしょうか。
ペテロが水の上を歩けたのは、決してペテロの信仰の力ではありません。 イエス様が歩かせて下さったのです。 そういう意味では、31節のイエス様のお言葉、 「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」というのは、 イエス様がペテロを励ましておられる言葉とも取れましょう。
パウロはエペソの教会にこう書きました。(2:8-9) 「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。 それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。 行ないによるのではありません。 だれも誇ることのないためです。」とであります。 恵みも信仰もすべて神様が与えて下さったものです。
「あれは幽霊だ。」と言って怯えるのも私たちの姿。 「主よ。助けてください。」と助けを求めるのも私達の姿。 「確かにあなたは神の子です。」というのも私達の姿です。
神様の憐れみによって、信仰を与えられた私達は、 いろいろな姿をこの世にさらけだすことになります。 それで、恥じることもあれば、誇りに思う事もあります。 勿論、誇りは主にあっての誇りでありますが。
いずれにせよ、自分の力で勝ち取った救いではなく、 恵みによって頂いたものである故に、私達は、誰にも誇らず、感謝が出来るのです。
34-36節を続けて読みますが、 「 彼らは湖を渡ってゲネサレの地に着いた。 すると、その地の人々は、イエスと気がついて、付近の地域にくまなく知らせ、病人という病人をみな、みもとに連れて来た。 そして、せめて彼らに、着物のふさにでもさわらせてやって下さいと、イエスにお願いした。そして、さわった人々はみな、いやされた。」とあります。
イエス様は、神の子としての力を発揮され、 人々に惜しみなくその力を注がれ、病人を癒されました。 そしてますます人々は、イエス様を信じる者へと変えられていきました。
私たちもまた、その信仰者の一人なのです。 私たちは、誰をも恐れることなく、恥じることもなく、 「イエス様は神の御子です」と告白できることを感謝しましょう。 そして、主の御名によって、これからも この世を歩ませていただこうではありませんか。
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