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2012年9月9日(日) 「立派な信仰」 マタイ15:21-28  竹口牧師 

イエス様は、ガリラヤ地方で伝道をなさっておられました時に、パリサイ人や律法学者が、エルサレムからやってきまして、「あなたの弟子達は、なぜ昔の先祖たちの言い伝えを犯すのですか。パンを食べるときに手を洗っていないではありませんか。」と言って食前のきよめの習慣を破っているとの指摘をしましたが、

イエス様は、神の教えでないものに対しては、きっぱりと拒否の態度を示されましたので、ますますイエス様とパリサイ人たちとの関係は、険悪な事態となっていきました。そんな中で、イエス様は、しばらく国を離れて外国の地で過ごそうとされたのでありました。

それは、しばらくの時を弟子たちと共に過ごし、十字架の準備のために弟子たちを教えようとされたのかもしれません。十字架にかかる前に弟子たちを教え、また理解させなければならない事が多くあったからです。

パレスチナには、イエス様が一人になれる所はありませんでした。
どこに行っても、群衆がイエス様の所に集まって来ていたからです。
そこでツロとシドンの地方に行かれたのでありました。

そのツロとシドンと言いますと、現在で言うレバノンですから、ガリラヤからいいますと僅か60Kmから80Km離れた町であり、80Kmと言いますと東名高速で東京から御殿場まで83kmですから、それ位の距離の所にある町でありました。

この町は、マタイの福音書11章にも出ていたのですが、神様の審きの対象の町の一つでもあり、決して良い町ではありませんでした。しかし、その地では、一時的ではあっても、律法学者、パリサイ人の悪質な反抗と群衆がイエス様によせる危険な期待とを避ける事が出来ましたので、つまりイエス様としては、人目を忍んでやって来られたわけでありました。

しかしながら、22節にありますように、「すると、その地方のカナン人の女が出て来」たのでありました。そして、叫び声をあげてこう言いました。
『主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が、ひどく悪霊に取りつかれているのです。』と。こう言って、イエス様に近づいて行ったのでありました。

カナン人と言いますと、これまたイスラエルがカナンに侵入する前に住んでいた人達で、神の民とは、敵であり、旧約聖書エズラ9:1によりますと、古くからのつながりを断つべき民族とされていました。そんなカナン人の女性が、イエス様に助けを求めて来たのでした。

マルコ伝には「ギリシヤ人で、スロ・フェニキヤの生れであった」とあります。
こういう場合のギリシヤ人とは、「ギリシヤ語を語る、ギリシヤ文化の下で生活している人」という程度の意味で、当時の地中海沿岸地方は、ユダヤ人から見れば、異邦人はみな一括して「ギリシヤ人」と呼ぶ事が出来たようです。

つまり、マルコがただ「異邦人」という意味で「ギリシヤ人」と呼んだものを、マタイは、もっと露骨に、異邦人の中でも特に「カナンの女」、千何百年も昔、イスラエルが神から皆殺しにせよと命じられながら殺さずにおいたために、今は生き残っている「カナンの女」、選民イスラエルのもっともはっきりとした敵「カナン」の残党であった、といっているのですと、ある方は書いています。

「カナン人の女」についての説明はそれ位にしまして、今回の話しが外国の地とはいえ、助けを求めて来るというのは、どこに行っても、イエス様を必要としている人がいることを、改めて感じられたのではないでしょうか。

彼女にしてみれば、「主よ。ダビデの子よ」と言っていますので、イエス様のことをどの程度かは分かりませんが、知っていた人であったと言えます。しかもその女性は、人目もはばからず、叫び声をあげたのでありました。これは、どれだけ自分の子の事を考えているかが伺えます。

最近のニュースを見ますと、母親の育児放棄とか、虐待とか、はたまた子供に働かせて、親の自分は働きもせず、酒を飲んだり、賭け事に走るといった親がいるなどというのを耳にしますと、この聖書に出てくる母親は、親としては当たり前の行動ですが、
それでもどんなにか子ども思いであったか、深い親子の絆が伝わってくるように思えるのであります。

しかし、そんな彼女の姿勢に対して、イエス様の応対はどうであったかと言いますと23節にありますように「しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった」のでした。

彼女の姿勢に対して、イエス様の無反応、応答されなかったとは、これは非常に対照的であったといえましょう。つまり、ここを読んだ方の中には、イエス様の態度が
非常に冷たく感じられた方もおられましょう。

しかし、それでもなおカナン人の女性は、叫び続けたのでありました。
そこで弟子たちは、何とかしてやりたいとの思いからでしょうか。
「あの女を帰してやってください。叫びながらあとについて来るのです。」と言って
イエス様に願ったのでした。

こういう所を私が読みます時に感じますのは、もし、自分の子どもがそうであったなら、どうするのだろうかと、そう思わされるのであります。恐らく同じような行動をしたのかもしれません。ただし、イエス様がどんなお方かを知っていたならでありますが。

ところで、この女性が取った行動の結末を、私達は知っています。
イエス様が願いを聞いて下さるまで、食い下がったのでありました。
そしてその結果は、28節に書いてある通りであります。
「『ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。』すると、彼女の娘はその時から直った。」

つまり、娘の病気は癒されたわけであります。そして、これを読んで、感じさせられますのは、私達はとにかく神様に何か願う時には、必死に求め続けなければならないのだろうか。それこそ、自分の力で神をも動かす勢いで求める。また、そう言う信仰でなくてはならないのか。また、そう言う信仰の力というものが信仰者全てにあるのだろうか。そのように感じさせられるのであります。

もしそうなら、私にはそのような信仰、あるいは力はない。そして、それは信仰の落ちこぼれを意味するのだろうかと、考えさせられるのであります。

なぜ、このような事を私が言うかと言いますと、実は私は、性格的にあきらめやすいタイプだからです。学生時代に信仰を持って今日まで来られたのは、奇跡としか言いようがないからです。別に、私にそんなに強い信仰があったわけではありません。
つまり、私の信仰が無くならないように、自分で自分の為に祈った、その真剣に祈った結果が、今の私の信仰であるとはいえないからです。

いつもグラグラしながらなんども躓きながら、ある時にはこの世のものに目を引かれ、又ある時には、人の言葉に躓いて嫌になったり、いろんなことがあったからです。そして今日があることを思いますと、これは決して自分の力ではない。神様が下さった恵み以外のなにものでもない、そう思うのであります。

私達は、何か願い事があって神様に求めます。それに対して、神様が御心を示して下さいます。それが、自分の願った通りになったなら、神様は私の願いを聞いて下さったといって喜び、逆に自分の願った通りにならなかったなら、神様は、私の願いを聞いて下さらなかった、そのように取る人がおられますが、果たしてそれが正しい信仰の在り方なのでしょうか。

あるいは、もっと祈るべきであったのか。
祈りが足りなかったと反省すべきことなのだろうか。
そういうことを考える時に、そうではないのではないか、と思うのです。

くじけない信仰、諦めない信仰というものがあるとするなら、私は、そういう信仰を神様に与えていただきたいと思いますが、そんな信仰などないというのが、現実でしょう。

では、信仰とは一体何でしょうか。
自分の意志の力、強さで神をも動かす事が出来るのでしょうか。
いろんな壁が、自分の人生に立ちはだかります。
そんな時、神様、助けて下さいと叫びます。
これは、実に信仰者として自然な姿であります。

あるいは、あまりにも何でもうまくいきますと、
本当にこれで大丈夫なのだろうかと心配になります。
まあ、大体、そんなことは殆どないですが。
それだけに、いつもびくびくしている私の信仰は、
本当に情けないと思うし、弱い自分を見ます。

どうしたら、腰の据わった、でーんと構えた信仰者になれるのか、
まだ年齢が若いからなのかというと決してそうでもない。
もし年齢を売る事が出来るなら、10歳、20歳売りたい気持ちですが、売れるものではありませんし、また売れるものであったとしても買ってくれる者はいません。
そんな私の信仰でありますが、今日まで来られた事は、もう一度言いますが、神様の恵み以外の何でもありません。

ところで、今回出て来た女性は、イエス様についての知識が深いわけでもないでしょうし、神学的な勉強をしているのでもなさそうですし、勝手にそんな事を想像して信仰深いなどといえる訳はありません。

教会生活が長いとか、短いとか、そういう事は一切関係なく話しは進むのであります。
一人の女性とイエス様との間でやり取りが交わされるのです。
女性の叫びからして彼女はイエス様のことを、
「ダビデの子よ。私を憐れんでください」と言っていますから、
イエス様を、普通の人ではない事だけは知っているようです。
ダビデの血筋で、もしかしたらメシヤと信じていたかもしれません。

いずれにしましても、イエス様は女性の叫びをお聞きになられながら、最初は一言もお答えになられませんでした。弟子たちが心配してとりなしますと、24節で「わたしは、イスラエルの家の滅びた羊以外のところには遣わされていません。」と、こう言われたのでありました。

以前見ました10:5、6節でイエス様は、こう言われております。
弟子たち12人を各地に遣わされた時、「異邦人の道に行ってはいけません。サマリヤ人の町に入ってはいけません。イスラエルの家の滅びた羊のところに行きなさい。」とでした。

イエス様のお考えとしては、まずは、神の民と言われているイスラエル人に福音を、これが、イエス様の方針でした。
これを聞いていたら、私達は今回の女性に対してどうするのでしょうか。
イエス様のお言葉に素直に従うのでありましょうか。

では、女性はどうするでありましょうか。
「ああそうですか」といって、簡単に引き下がれるものなのでしょうか。
最初は無視され、次には、拒否する理由を聞かされ、
それでも彼女は、引き下がる事をしなかったのでした。

恐らく、この方以外に、娘を癒す方法はない。そう固く信じての申し出であったでありましょう。詩篇27:10には、こういうことばがあります。
「私の父、私の母が、私を見捨てる時は、主が私を取り上げて下さる」とであります。

これは、ダビデが歌った歌でありますが、でも、きょうの聖書箇所ではどうでしょうか。ダビデが歌ったこの歌、
「私の父、私の母が、私を見捨てる時は・・・、」
しかしそれであっても「主が私を取り上げて下さる」
とダビデは歌い、主だけは見捨てられないという信仰でした。

ところが、きょうの所では、そのイエス様でさえ、「わたしは、イスラエルの家の滅びた羊以外のところには遣わされていません。」とはっきり言われているのであります。
頼る者にとってこれは、愕然とした言葉ではないでしょうか。
何をしてもうまくいかない。
どうあがいても、駄目だ。
親も兄弟も、親戚も、友人も、自分の周りにいる者は、誰一人として助けてはくれない。もう、こうなったら神様に頼るしかない。これが多くの人の考えです。

溺れる者はわらをもつかむ、という言葉がありますが、
それが、信仰者でない人の多くの人の態度ではないでしょうか。
最初に神様ありきではないのであります。
一生懸命頑張った、でも後は神頼み、
運を天に任せる、そう言う考えの人が多くいます。

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉もこの世にはあります。
しかし、ここでは、イエス様さえも、拒否なさったのです。
イエス様は26節で更にこう言われました。
「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです。」と。
駄目押しの三連発です。

23節、24節、そして今の26節、彼女にとってすべて否定的です。
イエス様のこれほどまでのお言葉に、私達には、次の言葉が出て来るのでしょうか。
大抵の人は、諦めるのではないかと想像するのであります。
少なくとも私は、恥ずかしい話しですが、ここまでイエス様に言われたなら、もう駄目でしょう。立ちあがれないでしょう。私の最後の最後の砦、それが神様であるからです。

親、兄弟、親類、友達、ありとあらゆる者が聞き入れない。
そして、最後の砦となって下さるはずの神様まで、聞き入れて下さらないとなれば、最後は、どこに願い出ればよいのでしょうか。これ以上はないという所まで、彼女は来ているのです。

そういえば、イエス様が、ゲッセマネの園で祈られた祈りが、そうではなかったでしょうか。マタイ26:29
「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」とです。

私たちの人生にとって、こういう時というのはないわけではありません。
自分の願うようにはならないことというものもあるのです。
その事は、信仰者として知っておくことは必要です。

しかしまた、その一方で、今回登場している女性のように、あきらめずに、求め続けることも必要であると教えられます。彼女は、イエス様から願っているような言葉をいただけませんでした。それでも、彼女は諦めませんでした。

26節で「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです。」という言葉に対して、
27節「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」と、彼女は言ったというのです。

神様が、神の民に対して祝福してくださる豊かさは、あふれるばかりですから、それがあふれて、食卓から零れ落ちる。そんな落ちたもの位、戴いてもいいではありませんか、そう彼女は言っているようであります。

私は、この彼女の信仰の深さ、広さ、高さを見ないわけにはいきません。見倣いたいものです。そしてイエス様は、そんな彼女にこう言われたのです。

「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」とであります。
そして、彼女の娘の病気は、その時から直ったのでした。

一見すると、彼女の信仰の粘り勝ちのように見えます。
しかし、決してそうではありません。
信仰は、神様が与えてくださるものです。
ですから、彼女の信仰も神様が下さったものであります。
彼女は、その信仰をイエス様に対して表したのです。
私たちもまた、同じように信仰が与えられております。
その信仰は、ユダヤ人、異邦人、関係ありません。
恵みであり賜物なのです。
そのことを覚えようではありませんか。

ある時イエス様はペテロに言われました。(ルカ22:32)
「わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。
だからあなたは立ち直ったら、兄弟達を力づけてやりなさい。」と。

イエス様が信仰を与えてくださり、その信仰が無くならないよう、イエス様が祈ってくださることを思えば、私たちは、神様のお守りを感謝しつつ、気取らないで歩むことでいいのではないでしょうか。

「ああ、あなたの信仰は立派です」ともしイエス様が言ってくださるとするなら、それはただただイエス様が与え、イエス様に守られた信仰ですと、素直に感謝する、そう言える信仰者でありたいものです。

2012年9月16日(日) 「イエスの憐れみ」  マタイ15:29-39  竹口牧師

この朝、取り上げます聖書の話しの中の、パンと魚で人々を養われる部分は、このマタイ伝の14章15節以下でも取り上げられておりましたので、一見しますと同じ出来事を繰り返し書いているのではないか、そういう見方をする人もいるようですが、よくよく読み比べて見ますと、同じ出来事ではなく二度イエス様はそのような奇跡を行なわれた事が分かってまいります。ですから、新鮮な目で見たいと思うのであります。

まずは、29節から31節までのことを見る事に致します。
29節「それから、イエスはそこを去って、ガリラヤ湖の岸を行き、山に登って、そこにすわっておられた。」とあります。

この「それから、イエスはそこを去って、」とありますのは、言うまでもなく、その前の出来事でありますので、ツロやシドンを去られてからという事になります。しかも、マルコの福音書によりますと(マルコ7:31)「それから、イエスはツロの地方を去り、シドンを通って、もう一度、デカポリス地方のあたりのガリラヤ湖に来られた。」とありまして、

イエス様は、ガリラヤ湖から東寄りに北上されツロに行かれ、更に北上されシドンに行かれ、そこからぐるっと回ってガリラヤ湖の東側にあるデカポリス地方を通られ、それからガリラヤ湖に戻られたようですので、相当の旅をされた事が分かるのであります。
これはまた、イエス様がエルサレムに向かって最後の旅をされる前、弟子たちと過ごす時間を出来るだけ長く伸ばす為であったに違いない、そう考える人もおります。

何はともあれ、イエス様は、旅を終えてガリラヤ湖の岸に行き、山に登って座っておられたのでありました。

山に登って座る。これを読みながら私はつい、イエス様はどのように座っておられたのだろうか。あぐらを組んでおられたのだろうか。正座をしておられたのだろうか。
石の上に腰かけるように座っておられたのだろうかといろいろな姿を想像するのであります。聖書には何も書いてありませんので、いろいろ想像できます。

イエス様の背後から迫ったのか、真正面に向かって行って、イエス様の前に出たのか分かりませんが、いずれにしましても、イエス様が座っておられる所に、大勢の人の群れがやってきたのでありました。それも、健康で元気はつらつというのではなく、
30節を見ますと「足なえ、不具者、盲人、おしの人、その他、沢山の人をみもとに連れて来た」とあるのであります。

私は、1年に1回は健康診断を受けていますので、必ずその診断と結果を聞きに病院へ行きます。また風邪をひく事もありますので、やはりその時にも行きます。元気な人が病院に行くというのは、今いいました健康診断か、あるいは就職などの為に、健康診断書を書いてもらうために行く、そういう事はあっても、その他の人はみんな、
どこか具合が悪くて病院には行くものであります。

イエス様も言われました。(マタイ9:12)「医者を必要とするのは、丈夫な者ではなく病人です。」と。そういうように、病院には多くの病の人が来ております。それが、当り前なのでありますが、そして、私もその一人として、医者の前に出るのですが、
具合が悪いから行くのですから、決して笑顔で医者の前に出る事はありません。

そんなことを考えますと、医者は、なかなか大変な仕事だなと考えさせられるのであります。普段、笑顔でもない私が、病気で医者の前にでる。どんな顔が、想像できるでありましょうか。

まあそれはそれとして、と同時に今29節を見てお分かりのように、イエス様の所には、多くの病人、痛み、苦しみ、また、毎日の生活に不自由している方々が集まって来ていた。動けない人は、担いで連れて来られたのでしょうか。

30節の終わりの方を見ますと、「イエスの足もとに置いたので、」とある通り、まるで荷物のごとく置かれたのでありました。

もっとも、これは新改訳の訳でありまして、他の訳では、「イエスの足元に横たえたので」となっていまして、ぶっきらぼうに病人を置いたわけではありません。そして、その人たちに対してイエス様は、決して嫌な顔もなさらないで、「彼らをおいやしになった。」のでありました。医者とはそういうものでありましょうけれども。

31節「それで、群衆は、おしがものを言い、不具者が直り、足なえが歩き、盲人が見えるようになったのを見て、驚いた。そして、彼らはイスラエルの神をあがめた。」のでありました。

私はここに、イエス様の愛を感じないわけにはいかないのです。
確かに、この世には、病院があります。医者がいて、適切な治療を施し、
あとは、神様が与えて下さった治癒力によって、治っていくのを待つのみであります。
そのようにして、病人は癒されていきます。

しかし、イエス様のなさった事と言いますのは、恐らく、その当時、どのようにしてもなおらない、諦めるしかない、そんな人ばかりがイエス様の元に連れて来られたのではないか。しかもそういう方々をイエス様は少しも嫌がることなく応対され、「お癒しになった」とあるのであります。

イエス様もお疲れになっている時もあったでしょう。
でも、人々がやってくる事に対しては、拒む事をされませんでした。
それと共に、今もいいましたように、大体がイエス様の所に来る病人というのは、その当時の医者が手をつけても直らない、そういう人ばかりが連れて来られたと思うのです。

とすればその癒しとは、奇蹟以外の何ものでもありませんでした。
イエス様は、特別の力を持って、異邦人に臨んで下さったという事です。
前の方の記事でマタイが書いておりますのは、イエス様は、「わたしは、イスラエルの家の滅びた羊以外のところには遣わされていません。」と言われたとか、
「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです。」と言われたとか、そのように書いて、

しかし、女は言った。「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」と言ってユダヤ人だけでなく、神の恵みが溢れて異邦人にも及んだ事が書かれておりました。

きょうはその続きで、イエス様の癒しをマタイは書いているのです。31節の終わりには、癒された人、連れてきた人みんなが言ったのだと思いますが、「彼らはイスラエルの神をあがめた。」と書いてあるのであります。

イエス様の所に来た人はみんなが神を崇めた。
しかも、「イスラエルの神を」とありますので、これは即ち、崇めた人は、ユダヤ人ではなかったという事でしょう。ユダヤ人が「イスラエルの神をあがめた」というのは、
無い事はないでしょうが、ちょっと不自然に聞こえます。「彼らは自分たちの神を崇めた」というのならわかるからです。

ということは、多くの異邦人たちが癒されたという事でしょう。
そう考えて見ますと、イスラエル人から見れば異邦人である私達、その私達にも神の恵みがあふれ出て、それに与る事が出来たという素晴らしい事実であります。
これは、何という幸いな事でしょうか。

異邦人である私達もその恵みに与ったという事で、私は、今回のこの記事を読みながら、このイエス様の働きに、心から感謝するのであります。
そしてきょうの聖書箇所の後半もまた、イエス様の憐れみを私はとても感ずるのであります。それは、前の14章の時の5つのパンと2匹の魚の奇跡と同じようです。

14:15節で「 夕方になったので、弟子たちはイエスのところに来て言った。
『ここは寂しい所ですし、時刻ももう回っています。
ですから群衆を解散させてください。そして村に行ってめいめいで食物を買うようにさせてください。』」と言って、弟子たちが群衆の事を心配していましたが、

一方、イエス様はどうかといいますと、
「彼らが出かけていく必要はありません。あなたがたで、あの人たちに何か食べるものをあげなさい」と言ってイエス様もそのことを考えておられましたが、きょうの所でも、イエス様は、群衆の事を心配して下さっているのであります。

32節「イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。
『可哀そうに、この群衆はもう三日間もわたしと一緒にいて、食べる物を持っていないのです。彼らを空腹のままで帰らせたくありません。途中で動けなくなるといけないから。』」とであります。

イエス様は、どんなに私達の事を心配して下さっているか、これを読みますと伝わってくるのではないでしょうか。

それに比べて、私達はどうでしょうか。
自分中心に物事を考え、困った時には、特別熱心にお願いする。
思うようにならなかったら、御心ではなかったのだと簡単に諦めるか、
どうして聞かれなかったのだろうか、もっと熱心にお願いすべきだったのだろうか、
あれこれと詮索する人もいるでありましょう。

実は、そんな事で神様を動かせるような私たちではありません。
私達は、所詮、神様に造られたものであります。
結果がどうでようと、神様はあなたを確実に愛しておられる。
可哀そうに思っていて下さる、この事実は変わりません。
それ故に、それに対して、私達はどう、応答していくか、
その事が大切なのであります。

感謝して、主の御心に沿う事を熱心に求めるか、
相変わらず、自分の願い中心に生きるかであります。
イエス様は、空腹な群衆をほっておかれる事はありませんでした。
むしろ、可哀そうに思って下さったのでありました。
この聖書の時点では、あくまでもイスラエルの家の滅びた羊の所へ遣わされているというのが原則でありました。
しかし、今の私たちにとってイスラエル人も異邦人もないのであります。

神様の御前に罪びとである私たち人間は全て、イエス様によって愛される対象なのであります。これはまことに感謝なことであります。

ところで、14章の記事の時には、草の上に座らせたとあり、これは即ち、春の青草が生えている頃の事であり、一方きょうの15章では、35節で地面に座らせたとありますので、草が全くない夏かそれ以降という風に考えられ、最低でも3,4カ月は経っていたであろうと言われています。あるいはもっと半年くらい先であったかもしれません。

実際にある本では、6か月かかって、ガリラヤ湖の岸に来られたと書いた本もあります。ツロやシドン、それにデカポリスを回って来られるとそのくらいの期間がかかったのではないか。そしてそれ位かけて、弟子たちを訓練されたのかもしれない、そのようにいう人もいます。ですから、弟子訓練のために十分に時間を取られたという事でもありましょう。

さて36節には「それから、七つのパンと魚とを取り、感謝をささげてからそれを裂き、弟子たちに与えられた。そして、弟子たちは群衆に配った。」とあります。その7つのパンと複数の魚、それをもって男性だけで4000人を養われたのでありました。

38節は、読みようによっては、「食べた者は、女と子どもを除いて、男四千人であった。」とありますので、男にしか食べさせてもらえなかったのか、そのように、ひがんで受け取る人もいないわけではありませんが、勿論、イエス様がそんな差別をなさるはずもなく、ですから女、子供もいて、その人たちもいれると、倍はいたのではないか、それだけ多くの人が満たされた。そのように思われます。

37節は特に目を引きます。
「人々はみな、食べて満腹した。そして、パン切れの余りを取り集めると、七つのかごにいっぱいあった。」とあります。無から有を創造される神様は、5つのパンであろうが、7つのパンであろが、関係ありません。何匹の魚であろうが関係ありません。
魚がなくてもよいわけでありました。人々の空腹を満たすには、神様にはどんなことでも出来るのです。いいえ、空腹を満たすだけでなく、「パン切れの余りを取り集めると、七つのかごにいっぱいあった。」とありますように、余りまで出るのであります。

神様のなさることの豊かさが、ここにも表れているのであります。
私達は、何らかのきっかけで神様を求める心が与えられます。
それが、お金の絡むことであったり、人間関係であったり、家族関係であったり、いろいろです。けれども、イエス様にとってみれば、みな同じであります。
イエス様に頼る者に対して、イエス様は最善をなして下さるのです。
ですから、頼る者としては、安心なのであります。

ところで、様々な病気を癒されたイエス様を見、
また、空腹で可哀そうな人に食物を与えられたイエス様を見ます。
更には、人生に疲れ、この世をやっと生きている人を励まし、
いたわって下さるイエス様を見ることになります。

イエス様とは、そういういろいろな面を持っておられるからです。
それ故に、私達はそのイエス様に、何のためらいもなく求めます。
それは、子供が親にものをねだるのと、もしかしたら同じようであるかもしれません。
それは、決して悪いことではありません。
むしろ、イエス様は、「求めなさい」とさえ言って下さるのです。

しかし、であります。
自分の願いが聞かれた聞かれないで一喜一憂する信仰は、正しい信仰とはいえないでしょう。もしそうなら、私達の信仰は、いつも揺れ動く信仰といえましょう。
弟子たちは、イエス様のお言葉に信頼して、おっしゃる通りに従いました。いいえ、イエス様が捕えられ、十字架に架けられた時は、クモの子を散らすごとく隠れたのでありました。

でも、そんな彼らを、本当の信仰者ではないとは言いません。
否、言えないのです。
そういう弱さを持っているのが、私達だからです。
だから、人を責める事が出来ないし、責めるべきではありません。
私達は、ただただ、主の憐れみにすがるだけだと教えられるのです。
何度も何度も同じ願いをしても叶わぬ時があっても、夢のような事が実現し、信じられないような嬉しい時であっても、いつでも変らないお方を信じて、お従いして行く信仰でありたいものです。

なぜなら、憐れみ深いイエス様は、私たちを神の子としてくださっただけでなく、本当の必要を知っていて下さり、そして、その必要を満たして下さるお方だからです。


2012年9月30日(日) 「時代を読む」 マタイ16:1-4  竹口牧師

イエス様は、ツロ、シドン地方に一時退かれましたが、デカポリスを通って再びガリラヤ湖の岸に戻られました。そして先回見ました最後の所では、15:39で、「それから、イエスは群衆を解散させて舟に乗り、マガダン地方に行かれた。」とありました。

このマガダン地方とは、どのあたりを指すのか、よくわかっていないのですが、恐らくガリラヤ湖西岸のどこかの地方であろうと言われています。そして、そのイエス様が行かれた所に、パリサイ人やサドカイ人がやって来たのでありました。

パリサイ人とサドカイ人とは、もともとは、敵同士の関係でありました。
しかし、イエス様を亡き者にしようとの考えでは一致し、共通の敵を前にしては、協力関係にありました。ですから、国内でありますと、イエス様の行かれる所にはどこにでもついて回っておりました。

勿論、同じメンバーがついて回るというよりは、その地域、地域にいるパリサイ人やサドカイ人であったのかも知れません。そして、イエス様のなさる事を批判したのでありました。今回取り上げますところも、その一場面であります。

パリサイ人とサドカイ人についてもう少し詳しく述べますと、
パリサイ人とは、あまり政治には関心を持ちませんで、むしろ、律法書に生きる事を、とても喜びとしておりました。パリサイ人とは、言葉の意味では、分離を意味し、
「分かたれている人」という意味で、その当時、信仰も政治も決して良い状況ではありませんでしたので、自分たちは、この時代にあって信仰を揺るがすまいと、純粋な信仰、義なる生活に生きようとしていた人たちでした。

それだけに、いい加減な生活をする人に対しては、非常に厳しく接したのでありました。ですから、政治に対しては、少々無頓着でありまして、宗教的な原則を守る事を許す限りにおいて、どんな政府でも受け入れる用意がありました。

一方、それとは違い、サドカイ人と言いますと、その起源は定かではありませんが、祭司ザドクというのがおりまして、そのザドクの流れをくむ人々であると言われます。あるいは、サドカイという言葉は「正義」という言葉と響きが似ている所から「正義の人びと」を意味する言葉であったかもしれないとも言われます。

このサドカイ人達は、少数の富裕な貴族階級で、政府与党、即ち、富と特権を維持するために、進んでローマに奉仕し、協力する人たちでありました。

パリサイ人は、復活を信じているのに対して
サドカイ人は、復活を信じてはおりませんでした。
従って、パリサイ人はメシヤが来られることを熱心に待望しておりましたが、
一方、サドカイ人は、期待しておりませんでした。何とかローマと平穏に過ごしたい方でありました。

このように根本的に異なる宗派、政党はないと言える程なのに、このパリサイ人とサドカイ人との両者は、イエス様を殺そうという意図においては一致していたわけでありました。

彼らは、こう言ってイエス様に迫りました。
きょうの1節の所ですが、「パリサイ人やサドカイ人たちがみそばに寄って来て、イエスをためそうとして、天からのしるしを見せてくださいと頼んだ。」のでありました。

では、その天からのしるしとは、
どんなしるしを彼らはイエス様に求めたのでありましょうか。
どんなしるしであるなら、納得できたのでありましょうか。
これは、非常に大きな問題でありました。

なぜなら、相手は最初から殺そうと考えている人たちであります。
どんなことをしても、彼らは受け入れる筈がないからであります。
信じたくても信じられないので
何とか奇跡的な事がほしいと求めているのとは訳が違います。

とは言いましても、彼らの言い分が全く間違っているとも言い難いのでありました。
と言いますのは、その当時、自分が預言者であるとか、メシヤであるとか、そう言ってはばからない人物が数多く出ていたからでありました。

その彼らは、時に奇跡を行ない、民衆を引きつけもしました。
しかし、やはり偽物は偽物であって、人はついていきませんでした。
ですから、何をもってその人が神から遣わされた方とするか、これは非常に大きな問題でありました。

恐らくパリサイ人やサドカイ人が求めたしるしといいますのは、旧約聖書に出て来るようなしるしであったのかもしれません。たとえば、燃える柴の中からのモーセに対する天からの声(出3:2-6)、あるいはまた天から降って来たマナを降らせる(出16:13-20)、
更には、ヨシュアがエモリ人と戦った時起こった事ですが、太陽も月も動かなかった(ヨシュ10:12-13)というような事とか、エリヤがバアルの預言者と戦った時に、
天から主の火が降って来て、全焼のいけにえとたきぎと石とちりを焼き尽くしたというように(T列王18:37-40)何か特別な現象を指していたのかもしれません。

ちょうど先週伝道礼拝で取り上げました聖書箇所では、ヒゼキヤ王が病気で死ぬと神様が言われたとき、ヒゼキヤ王は涙ながらに祈りますと、神様はもう15年寿命を加えようと言ってくださいました。しかし、ヒゼキヤはその言葉だけに安心せず、その確証として神様にしるしを求めました。

日時計の影が十度あとに戻るようにして下さいと預言者を通して願うと、そのようになった(U列王20:8-11)ということもありました。そういった出来事を、パリサイ人やサドカイ人がいう天からのしるしを指していたのかどうか分かりませんが、それに近い事を求めていたのではないでしょうか。

実は、天からと言いますと、イエス様の時代、
まさに、イエス様がバプテスマを受けられた時、天からこう告げる声があった事を
思い出される方もおられましょう(マタイ3:17)。
「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」と神様は言われました。
あくまでも、天にこだわれば、でありますが。

もし、天にこだわらなければ、牢獄に入れられていたバプテスマのヨハネが弟子をイエス様の所に遣わした時、そのヨハネの弟子たちにイエス様が応えられましたその言葉で十分にあらわされておりました。即ち、イエス様はその時こう言われたのでありました(マタイ11:4-6)。

「あなたがたは行って、自分たちの聞いたり見たりしていることをヨハネに報告しなさい。盲人が見、足なえが歩き、らい病人がきよめられ、つんぼの人が聞こえ、死人が生き返り、貧しい者には福音が宣べ伝えられているのです。だれでも、わたしにつまずかない者は幸いです。」とでありました。

確かに、イエス様のなさったこの地上での出来事は、数々の奇跡の連続であり、一度や二度ではありませんでした。パンの奇跡もそうですし、水の上を歩かれたのもそうです。水をブドウ酒に変えられたのもそうであります。死んだ人を生き返らされたのも、歴然とした事実です。

つまり、パリサイ人やサドカイ人が、イエス様をメシヤとは認めないというのなら、
また疑いがあるとするならイエス様の弟子たちと共に、その奇跡の数々を目撃するべきであったでしょう。
しかし、もともと信じる気のない者が、いいえ、自分たちの立場を危うくするような危険人物は消せ、とそう思っている者には、どのようにしても信じない、受け入れないというのは、これはもう、どうする事も出来ない現実であります。

両者に深い溝があり、それをまた埋める事はできませんので、そこでイエス様は、質問をなさったわけでありました。あなた方があくまでも、天からのしるしを求めるとするなら、あなた方は、空模様で天気を予測するのですから、それでは、私の「天のしるし」に無理解になるのは、一体どういう事ですかと言われます。

2−3節にこうあります。
「しかし、イエスは彼らに答えて言われた。『あなたがたは、夕方には、【夕焼けだから晴れる。】と言うし、朝には、【朝焼けでどんよりしているから、きょうは荒れ模様だ。】と言う。そんなによく、空模様の見分け方を知っていながら、なぜ時のしるしを見分けることができないのですか。」と、そうイエス様は、おっしゃいました。

「なぜ、時のしるしを見分けることができないのですか。」とです。
これは、実に大切な言葉であります。
なぜなら、この世がどのように動いているか、正しく読み取らなければ、それこそ命に危険があるからです。実際の所、イエス様の時代、バプテスマのヨハネが登場し、彼は、このようにパリサイ人たちに訴えたのでありました。

「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。『われわれの先祖はアブラハムだ。』と心の中で言うような考えではいけません。

あなたがたに言っておくが、神は、この石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。」と警告したのでありました。

その当時、ローマ帝国がユダヤを支配し、苦しめておりましたし、イエス様の働きの数々も、そして語られた言葉も、霊的な目で見るなら、そして聞くなら、メシヤが来ている事がわかったはずだからでありました。それを、更にしるしを求めるというのは、どういう事だったのでしょうか。

現代では、天気予報は、雲の動き、気圧、温度、湿度、風の向き、積雪などなど、さまざまなことをアメダスという気象観測衛星や様々なものを使って昔よりは随分正確に予測できるようになりました。それでも、外れると、私達は、ブーブーつぶやくわけであります。今年起こった竜巻など、予測は殆どお手上げのような状況が今の技術では現実のようです。

それだけに、世の中がどのように動き、次に何が起こるか全く予測が付かない時代、それが今の時代です。もし、時代を読む事が出来たなら、リーマンショックとか、
東日本大震災とか、タイの大洪水とか、欧州金融不安とか、今はまた近隣諸国とうまくいっていないなどなどを予測し、ありとあらゆることを先回りして、先手を打っていたならば、今では、左うちわというのが考えられますが、なかなかそうはいかないのが現実であります。

今や、物造りにしても、1か所からの部品の調達は非常にリスクが高いとか、部品のみならず、それを作っている材料の手配先も、1か所では危ない、そういう時代に入って来ております。それだけに、常に先読みをし、対処しなければならないのです。

しかし、それにも限界というものがあります。
イエス様の時代とて、どんなに先を読んでも、人には、読み切れないというのが現実なのです。それだけにイエス様はこう言われました。

4節「悪い、姦淫の時代はしるしを求めています。しかし、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません。」と。悪いとは、道徳的に堕落している状態、姦淫とは、神に対して不誠実な状態を言います。まさに、今の時代と昔の時代がそのままであります。そう言っても過言ではありません。そして今も同じように、しるしを求めているのであります。

否、求める心があればまだましです。
そう言われているのに、その言葉に振り向こうとさえしない。
それが今の時代ではないかと思います。

イエス様は、「『ヨナのしるしの他には、しるしは与えられません。』
そう言って、彼らを残して去って行かれた。」のでした。
ヨナのしるしとは、すでに12:39-40のところでお話ししました。
ここは、その繰り返しであります。

手短に言いますと、預言者ヨナは神様の命令をうけて、イスラエルの敵に当たるアッシリヤという国に遣わされるのですが、敵であるだけに、悔い改めてほしくなかったので、神様の命令に反抗して反対方向に行く船に乗り、しかし、海に投げ込まれる羽目になりました。大魚の中で悔い改め、三日三晩大魚の中にいたあとに吐き出され、使命を全うするというものでありました。

実は、イエス様が後に十字架にかけられ、殺され、葬られて三日目に甦るという奇跡がおこるわけですが、そのことを指して、ヨナの事をイエス様は話されました。
イエス様の時代においても、西の空が夕焼けであると、明日は「晴れ」になると予測され、逆に朝の東の空が「真っ赤」な空であると「荒れ」になる前兆と人々は読み取ったのでした。私たちもまた、夕焼けの次の日は、天気がいいと言います。

しかし、空模様を見分けながら、時代を読む事が出来なければ、それは、大変大きな危険をはらんでいる事を、改めて、この機会に確認したいのであります。

イエス様の奇跡、イエス様への群衆の人気に対して、ヘロデの迫害などをみても、それらと異教的魔術、偽メシヤ運動の騒ぎ、政治的闘争との違いを見抜けず、天からのしるしとベルゼブルのしるしの違いとが見分けられないというのは、まさに、霊的な目が見えないという事に他なりません。

人は生まれながらに罪びとであるというのは、このように霊的な目が見えない状態であるからこそ言えます。そしてこの事は、イエス様の時代も今の時代も少しも変わらず大変危険な状態である事を一人一人が自覚しなければならない問題であると教えられます。

神の遣わされたイエス・キリストを救い主と認めず、それどころか、殺意さえ抱く状態は、何と言う事態でしょうか。私達は、その時代にいませんから、イエス様に対して殺意を抱くという事はありえません。

しかし、もしかしたら、キリスト者でなければ、キリストを信じる者に対して殺意を抱いている人がいないとは言えません。これもまた恐ろしい事です。

真理をどれだけ耳にしても、心を固く閉ざし、それまでに聞いて育った知識、言い伝えにしがみつくなら、また、しがみ続けるなら、パリサイ人やサドカイ人が辿った道と同じようになる事を覚悟しなければならないと聖書は教えます。

聖書の指摘は、昔も今も変わりません。そして、その指摘は、的を射ています。時代を読みなさいという事です。そして、世の終わりに備えなさいということです。その事に、この朝、もう一度気付かせ、真理に導いて下さった神様に感謝しようではありませんか。それと共に、イエス・キリストの再臨に備えつつ、歩んでいきたいものです。




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