2014年8月10日(日) 「ユダの裏切り」 マタイ26:14-16 竹口牧師
先回は、時ということを考えながら見ました。 即ち、1−5節では、祭司長や民の長老たちが、イエスをだまして捕えるのはいつ頃が良いかを考えていた所を見ましたし、その次にありました6−13節は、一人の女性がイエスに香油を施してさしあげた。これもまた、時が考えられていたとイエス様は見られた、そのように見て来ました。
一方、きょうは、何に焦点を当てるかと言いますと、裏切りという点に目を留めながら考えてみたいのであります。それも、イエス様を裏切るというのであります。これは、なかなか恐ろしい事でありますが、神様のご計画の一端ですから、そのまま見ていく事にします。
しかし、きょうの14、15節にはこう書かれております。 「そのとき、十二弟子のひとりで、イスカリオテ・ユダという者が、祭司長たちのところへ行って、こう言った。『彼をあなたがたに売るとしたら、一体いくらくれますか。」 すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。』とあります。
ユダはどうして、裏切らなければならなかったのでしょうか。イエス様と寝食共にしてきた間柄。しかも、先生として、師としてお従いしてきたお方であったはず。いいえ、まさにそうでした。しかし、この福音書を読んだ限りでは、そのユダが裏切る理由としては、2,3それらしきことはありますが、はっきりしません。そこで、私はある本を引用して、その理由を考えてみたいのであります。それには、7項目ほど載っていましたので、それを一つひとつ見る事にします。
まず、一つ目は、ユダの出身地が他の弟子とは違っていたのでガリラヤの漁師たちとそりが合わなかったのではないか。という考えです。 と言いますのも、ユダは、イスカリオテのユダとありまして、もしかしたら、このイスカリオテというのが、南部のカリオテ地方を指して、その地の出身ということなら、他の弟子たちはみな、ガリラヤ地方の人々でありましたので、孤立していたのではないかという考えであります。そして最終的には、イエス様を裏切る事となったのではないか。そういう憶測であります。誰に売ったらいいかと考えた時に、やはり一番思いつくのは、町の宗教的指導者であろうと考えただろうと思われます。ユダヤをローマが支配しているとはいえ、こまごまとした事、自分たちの民族間の事は、ローマはそれぞれの地に任せていたからであります。
二つ目の理由は、金銭に目がくらんでしまったのではないか。というもので、これも考えられなくもありません。と言いますのも、ヨハネ12:5-6にはこうあるからです。 先回見ました一人の女性がイエス様に香油を注いだという、同じ記事からの事ですが、ユダが女性にこういったとヨハネは書いているからであります。 「『なぜ、この香油を三百デナリに売って、貧しい人々に施さなかったのか。』 しかしこう言ったのは、彼が貧しい人々のことを心にかけていたからではなく、彼は盗人であって、金入れを預かっていたが、その中に収められたものを、いつも盗んでいたからである。」という風にであります。ヨハネが、この事を書いているというのは、ヨハネは、その事実を知っていた。あるいは見ていた。その証人でもあるからであります。つまり、金銭に目がくらんだという事も確かにあるのであります。
三つ目は、ローマの圧政から解放し、新しいイスラエル国家を建設してくれるメシヤをイエスに期待していたけれども裏切られたという決論に達したというものであります。これについては、そう考えられなくもありませんが、しかし、他の弟子たちの中には、熱心党員シモンもいたのですから、政治的に言うとするなら、むしろシモンのほうが、可能性としてはあるような気は致します。
次に第4番目に考えられる理由は、イエスの現実の行動に不満を感じていたというものです。確かにそれも言えるでしょう。あらゆる病気を治し、死んだ者を生き返らせ、海の荒波を鎮め、パリサイ人たちと議論になっても決して負ける事はなかった。それなら、いっそのことユダヤを自分たちのものになぜしないのか、そのように考え、イライラしても仕方ないと思えるからです。
第五番目は、イエスにローマへの反旗を翻させるためには、自らが何らかの行動を起こさなければならないとユダが感じるようになった、というものです。つまり、政治的な変化を起こせば、否応なくイエスは動かざるを得ないだろう。そのためには、自分がまず、行動をしなくてはというわけです。しかし、イエス様は、これまでに何回も、ご自分の使命がなんであるかを明らかにされましたし、今回は、その成就のためにエルサレムに向かわれたのでした。つまりそれは、自分の死を自覚しての前進でした。
イエス様は、いろいろな所へ出掛けて伝道されましたが、しかし、いよいよ時を感じられ、エルサレムに上ろうという時、このように言われたのでありました。それは、ピリポカイザリヤ地方に行かれた時の事でありますが、マタイは16:21で、こう書いておりました。「その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。」とであります。
ですから、イエス様の弟子である自分がまず、動かなければ、という思いがあったかもしれませんが、しかし、そうしなくても、弟子たちの考えている事とは違う道を、 イエス様は、宣言し、進んで来られたのでありました。 六つ目に考えられる理由は、誰かがイエスを裏切らなければならないことを悟り、自らその使命を買って出る事にした、というものです。やりたくはないけれども、ここで誰かが裏切らなければ、イエス様のお考え通りにはことは進まないのではないか。だったら、自分が犠牲になって差し上げよう。そういう考えではなかったかというものです。
もし、そのようにユダが考えたとするなら、それはユダの思い上がりだと言えましょう。神に対して人間が手助けしなければならないような事は何一つこの世には存在しないからです。ですから、六つ目の考えは、挙げる事は出来ますが、良く考えれば、人間の思いあがった考えから出てきたものです。
そして最後の第七番目は、二番目の金に目がくらんだというのと同じくらい有望でしょう。その第七番目は、サタンがユダの心に入ったというものです。これは、ルカの福音書22:3にはそう書いてありますので、否定できません。
ルカのところでは、きょうの記事をこのように書いております。ルカ23:1節から読んでみますと、「さて、過越の祭りといわれる、種なしパンの祝いが近づいていた。 祭司長、律法学者たちは、イエスを殺すための良い方法を捜していた。というのは、彼らは民衆を恐れていたからである。さて、十二弟子のひとりで、イスカリオテと呼ばれるユダに、サタンがはいった。ユダは出かけて行って、祭司長たちや宮の守衛長たちと、どのようにしてイエスを彼らに引き渡そうかと相談した。彼らは喜んで、ユダに金をやる約束をした。ユダは承知した。そして群衆のいないときにイエスを彼らに引き渡そうと機会をねらっていた。」お読みするのは以上ですが、
お気づきのように、ルカは、「ユダにサタンが入った」とはっきりと言っているのであります。それともう一つ、マタイは、この話しの途中に、女性の香油の話しを割り込ませているのに対して、ルカは、そうしていないという事です。つまり、ルカのほうが話しが流れやすくなっています。まあ、それはともかく、私達は今、マタイを見ていますので、それに戻りたいと思いますが、マタイ26:15で、マタイはこのように書いております。
祭司長の所に行ったユダは『彼をあなたがたに売るとしたら、一体いくらくれますか。』とです。まずは、一人の人の値段の交渉であります。それも、自分の先生であり、師であり、それ以上に、これまで様々な奇跡を目にしてきて分かっている通り、主なるお方の値段であります。
これは、先回の所で見ましたイエス様の頭に香油を注いだ女性の話しの中の香油の値段の大体の見積もりが300デナリ以上で売れる品物でしたので、また、当時の一日の労賃が1デナリなので、約1年分の香油をイエス様に捧げた事になります。従いまして、「弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。
『何のために、こんなむだなことをするのか。 この香油なら、高く売れて、貧乏な人たちに施しができたのに。』」と言ったというのですから、さぞかし高く値が付くかと思いきや、祭司長たちは、「すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。」とあるのであります。
銀貨30枚が、どれほどの価値があるのかと言いますと、脚注引照を見て頂きますとこう書いてあるのであります。「即ちシケル銀貨」とであります。そして、この銀貨という言葉を新約で調べてみますと、この4つの福音書以外に出て来るのは、使徒の働き19:19の1箇所だけであります。
で、そこには、こうあります。「また魔術を行なっていた多くの者が、その書物をかかえて来て、みなの前で焼き捨てた。その値段を合計してみると、銀貨五万枚になった。」とです。しかしながら、残念な事に、ここでの銀貨はギリシャ通貨でどうも単位がドラクマであります。ですから、結局の所、時代をさかのぼって旧約に手掛かりを求めなくては分からないということになります。
しかし、これもまた調べてみますと、旧約にもたった1回しか、でておりません。 唯一、出エジプト記21:32が手掛かりとなるのであります。そこには、こう書かれています。「もしその牛が、男奴隷、あるいは女奴隷を突いたなら、牛の持ち主はその奴隷の主人に銀貨三十シェケルを支払い、その牛は石で打ち殺されなければならない。」とです。
ここにあります「突いたなら」というのは「殺したなら」という意味に前後関係からなるそうですから、つまり奴隷一人に対する賠償金が銀30シケルという事になります。 しかし、この値段は、イエス様の時代から約1500年も前の話しでありますので、イエス様の時代の貨幣価値にしますと、とても奴隷一人を買う値段ではありません。
ということは、30シケルの何倍ものお金を払わなければ買えない。しかし、ユダはそれなのに、奴隷の一人の値打もない値段でイエス様を売ったという結論になるのであります。これは一体どういう事だ。ユダは何を考えているのだ、という事になる、でありましょう。
最近のニュースを見ておりまして、特に年の瀬も迫ってきますと、強盗殺人が増えて来ます。それは、お金に切羽詰まって行なう場合が多いものです。ですから人を殺してみたら、被害者の手持ちのお金は数千円でしかなかった。そういう場合だってあるのであります。
たったそれだけのお金で、どうして人一人のいのちを奪うのか。殺された人の事を考えると、本当に心が痛むのであります。そして、多くの犠牲者は、弱者の女性であります。遺族の方は、怒りのあまり、「謝ってもらわなくていい。娘をちゃんとした生きたままで返してくれ」と言われます。そんな事は出来ない事が分かっていても言いたくなるものです。が、それはともかく、人の命はお金では買えないものです。しかし事件は、現実の世界では、今もそれが起こっているのです。
ところで、イエス様の弟子であったユダ。しかもお金の管理を任されるほど信頼されていたはずのユダ。しかし、その内実は、ヨハネが書いていた通りであります。その彼が、昔の奴隷一人の値にもならないお金でイエス様を売ったのでありました。お金にとても困っていたのかどうか、それは分かりません。先ほども見ましたように、7つも理由が考えられました。
昔、私が小さい頃で50年前頃、1円で2個飴玉が買えました。その一個の大きさが、直径2CMはあり、口にほおばって、楽しんだものです。今、それがいくらの値段でしょうか。1個10円は最低するのではないかと思います。それ位、実に物の値段は、高くなるものです。ですから、同じ時代のように考える事はできませんが、創世記のヨセフの時代、彼がイシュマエル人に奴隷として売られたのは、銀20枚であったと書かれています。(創世記37:28)
イエス様の時代から大変大雑把ですが2000年前の話しです。あれから何十倍にもなっていても当然でしょう。先ほど見ました出エジプト記21:32には、奴隷の値段が30シケルとありましたので、イエス様は、大変安い値段で売られた事になります。 神の御子であるイエス様が、銀貨30枚で売られた。その値段は、奴隷の値段以下であった。まことに恐ろしい光景であったと言えましょう。
きょうの26:16には、「そのときから、彼はイエスを引き渡す機会をねらっていた。」 とあるのであります。人の気持ちの醜さ。恐ろしさ。顔では笑顔で接しながら、実は心の底では全く逆の事を考えている。これこそ、悪魔がその人の中に住んでいるとしか言いようがありません。やがて種なしパンの祝いの日の第一日目がやってきます。 時は、いつもの通り流れています。
しかし、悪魔の手は確実にイエス様の体に伸びているのであります。私達は、ユダの行なった行為を見ながら、これは決して他人事ではない。あの恐ろしい思いが、自分自身の中にあった。その事を決して忘れはならない。そう教えられるのであります。 お金は決して悪いものではありません。しかし、お金を使う人によって、それは大きく変化します。
裏切り行為は、必ず自分の身に帰って来る事を覚えると共に、ですから、これから先ユダは滅びの道を降って行く事になりますが、私達は、イエス・キリストの身代わりの死によって、罪赦された事を改めて覚え、主のお働きに感謝しようではありませんか。そして主の喜ばれる道をひたすら歩ませていただきたいものです。
2014年8月17日(日) 「過越しの食事」 マタイ26:17-19 竹口牧師
2014/8/17 マタイ26:17-19 過越しの食事 先回は、ユダがイエス様を裏切って、祭司長に銀貨30枚で取引した所を見ました。 その結果、ユダは以後、イエス様をいつ引き渡すかで気を使う事になるところで終わっていました。
ところで、時は着々と流れて行くものでありまして、敵にイエス様の身柄が引き渡されるまでには、まだいろいろな事をイエス様は行なわなければなりませんでした。その一つが、過ぎ越しの食事でありました。しかし、その前に、種なしパンの祝いというものがありまして、それに続いて過越しの食事となっていくのでありますが、 ですから、17節にこうあります。
「さて、種なしパンの祝いの第一日に、弟子たちがイエスのところに来て言った。 『過越の食事をなさるのに、私達はどこで用意をしましょうか。』」とであります。 弟子たちは、どうもイエス様が準備されているとは思えず、心配になって来たのでありましょう。
この過越しの食事とか、種なしパンの祝いと言いますのは、昔モーセの時代に、イスラエル人がエジプトに於いて厳しい労働をさせられ、苦しみの中にあった時、神様が救い出された。その救出方法から来ておりまして、その当時、神様は、こう命じられたのでありました。時代を旧約時代に戻ってみ言葉をお読みしますが。
出エジプト12:17-23であります。少し長い部分ですので、御一緒に見ておいた方が良いように思いますのでお開き下さい。出エジプト12:17-23です。お読みいたします。 「あなたがたは種を入れないパンの祭りを守りなさい。それは、ちょうどこの日に、わたしがあなたがたの集団をエジプトの地から連れ出すからである。あなたがたは永遠のおきてとして代々にわたって、この日を守りなさい。 最初の月の14日の夕方から、その月の21日の夕方まで、種を入れないパンを食べなければならない。 七日間はあなたがたの家にパン種があってはならない。だれでもパン種のはいったものを食べる者は、在留異国人でも、この国に生まれた者でも、その者はイスラエルの会衆から断ち切られるからである。 あなたがたはパン種の入ったものは何も食べてはならない。あなたがたが住む所ではどこででも、種を入れないパンを食べなければならない。」 そこで、モーセはイスラエルの長老たちをみな呼び寄せて言った。『あなたがたの家族のために羊を、ためらうことなく、取り、過越のいけにえとしてほふりなさい。 ヒソプの一束を取って、鉢の中の血に浸し、その鉢の中の血をかもいと二本の門柱につけなさい。朝まで、だれも家の戸口から外に出てはならない。 主がエジプトを打つために行き巡られ、かもいと二本の門柱にある血をご覧になれば、主はその戸口を過ぎ越され、滅ぼす者があなたがたの家にはいって、打つことがないようにされる。』」以上です。そして、実際に、そのような事が起きたのでありました。
まず、年の最初の月の10日に羊を用意し、その羊は、傷のない一歳の雄でなければならず、14日まで良く見はり、夕暮れになったらそれをほふり、その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱とかもいに、それをつけます。 その夜、その肉を食べます。 その肉は、火で焼き、種入れないパンと苦菜を添えて食べます。 肉を生で食べたり、水で煮たりしてはいけません。 頭も足も内臓もみな火で焼き、朝まで残すことは許されませんでした。
この神様の命じられた通りの事をした家は、即ち、羊の血を家のかもいと門柱に塗っているイスラエルの民からは、死人が出る事もなく、主は、かもいと、二本の門柱の血を見て、通り過ぎられました。イスラエルは、以後、その事を覚えて過ぎ越しの祭りをするようになりました。また、神様がそうするように命じられたのでした。
この神様の命令は、エジプトにまだいた時に命じられた事であり、また、実際に彼らは、命が助かったのでした。それ以後、彼らは、主の命じられた通りを行ないますが、それは、主が通り過ぎられた事を記念して行なうのであって、主が実際に、毎回それを見て、通り過ぎられる訳ではありません。これが、過越しの祭りであり、その前に 種なしパンの祝いがあるのであります。
17節には「さて、種なしパンの祝いの第一日に、弟子たちがイエスのところに来て言った。」とありますので、もうすでに、弟子たちは種なしパンの祝いに入っておりました。それは、モーセの時代にユダヤ人は急いでエジプトから脱出しなければなりませんでしたので、それを表すように、小麦粉と水を混ぜ、発酵させずに焼いたパンを食べたのでした。これを種なしパンの祝いと言います。
次に過越しの食事について、もう少し述べますが、この過越しの食事をする前日、即ち、ユダヤ暦のニサンの月、太陽暦で言いますと、3,4月頃ですが、その14日を指します。イエス様がエルサレムにやって来られた年の「過越しの食事」は、二サンの月の15日、金曜夕方から始まりました。ユダヤ人は、一日の始まりは夕方であり、一日の終わりは次の日の夕方でありますので、そうなるわけであります。
しかし、話しがややこしくなりますので、私たちが使っています太陽暦に合わせて話しを進める事にします。 過越しの食事の前日からユダヤの家庭では、家じゅうのパン種を除去する事になっておりました。台所や食堂を中心に家じゅうを大掃除し、パン種の入ったパンはないか、パンとパンくずはないか、見つけ出した物はすべて、11時から正午までに焼却しなければなりませんでした。
過越しの食事を行なう日の前日の午後には、神殿で子羊をほふり、その肉を各自の家に持ち帰り、10人以上の親戚、縁者が集まって食べる事になっていたそうです。神殿 で犠牲をほふるのは、通常は午後2時半であるけれども、過越しの時には1時間早め、1時頃祭司の庭で行なわれました。過越しの時には量が大変多かったので、3回に分けて行われました。このようにして神殿で、ほふられる子羊を中心とする食事は、ユダヤ人にとっては、最も大切な宗教行事となって行きました。
もっとも、この命令は、民数記9:1-5にこう書いてありますので、神殿がまだなかった荒野の旅の時代から、行なわれていた事であります。その民数記にはこうあります。 「エジプトの国を出て第二年目の第一月に、主はシナイの荒野でモーセに告げて仰せられた。 『イスラエル人は、定められた時に、過越のいけにえをささげよ。 あなたがたはこの月の十四日の夕暮れ、その定められた時に、それをささげなければならない。その全てのおきてと全ての定めに従って、それをしなければならない。』 そこでモーセはイスラエル人に、過越のいけにえをささげるように命じたので、 彼らはシナイの荒野で第一月の十四日の夕暮れに過越のいけにえをささげた。イスラエル人はすべて主がモーセに命じられたとおりに行なった。」とでありました。
さて、ここで、イエス様が最後の晩餐をなさったのが、いつであったのか、ヨハネの福音書と共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ福音者)とでは、違いが見受けられます。それは、なぜだろうかという問題があります。具体的に言いますと、ヨハネ13:1にはこうあります。
「さて、過越の祭りの前に、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時が来たことを知られたので、世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された。」とです。つまり、ヨハネによれば、イエス様が最後の晩餐を祝ったのは、過越しの食事の時ではなく、それよりも一日前と書いています。すると種なしパンの祝いの第一日とは木曜日になります。
一方、共観福音書では、主の晩餐と過越しの食事は、同じ日です。この違いをどのように解釈するか、考えられてきました。いろいろな考えがあるようですが、今一つ説得力に欠けるようです。(カレンダーの違いとか、両者に食い違いはないなど)いろんな解釈が試みられる中で、ある先生の解釈が正しいように思いますので、それを紹介しておきます。それはこうあります。
「共観福音書が事実を伝え、ヨハネ書が神学的な意図をもって記述したか、またはその逆のいずれかであろう。ただし、1世紀当時、『過越しの食事』という言葉の使い方は、曖昧で、ヨハネ書と共観福音書との間に対立はないと考える人もいる。最近の学者は、ヨハネ書が史実に近く、共観福音書が神学的な意図をもって報告をしている、と考える傾向が強い。本書もこの立場に立って、解説しておきたい。 この理解によれば、イエスが実際に十字架上で苦悩を味わわれて息を引き取られる瞬間と、エルサレム神殿で過越しの子羊がほふられる時間とが完全に符合する。 すると、共観福音書の著者たちは、過越しの食事の前日に行なわれた最後の晩餐を、 過越しの食事として描いた事になる。彼らは新しい契約のイエスの血が古い契約の過越しの子羊にとってかわったことを強調するため、このような記述をしたという事になる。」以上です。
なかなか聖書が言おうとしていることが現わされているように私は思います。 まさに、過越しの子羊と、イエス・キリストの死とが、重なって来るのであります。 ところで、私達はマタイの福音書に戻りまして、弟子たちの心配はどうなったのでしょうか。即ち「過越の食事をなさるのに、私たちはどこで用意をしましょうか。」という点です。
イエス様は、それに対して、こう言われました。 「都(エルサレム)にはいって、これこれの人のところに行って、『先生が「わたしの時が近づいた。わたしの弟子たちといっしょに、あなたの所で過越を守ろう。」と言っておられる。』と言いなさい。」とであります。
これを読みますと、もうすでに貸してくれそうな人と約束が交わされているようにも受け取れますが、実際の所は分かりません。イエス様が神の御子であられますので、ご自分の力で、そのように事を運ぶことも可能でありました。が、まあそれはともかく、普通に考えるなら、貸してくれそうな家は、一階は日常生活に使い、二階は、客間や宴会に使われるような構造になっていて、それも、弟子12人、それにイエス様を入れて、更には、椅子に座るのではなく、横に寝そべるような格好で食事をされたと当時の習慣からしますと、相当な広さがなければならない所を借りられたと言えましょう。決して絵画にあるような椅子に座った情景ではありません。
イエス様はここでこう言われています。 「わたしの時が近づいた」とであります。
この時というのは、イエス様が十字架に付けられる時を指します。しかも、近づいたというのは、間近に迫ったことを示します。6-13節で、あの一人の女が、イエス様に香油を注いだ話しを取り上げましたが、その時に弟子たちに対して12節でイエス様は、 「この女が、この香油を私の身体に注いだのは、私の埋葬の用意をしてくれたのです」と言われました。これがまさに、死を意識しての言葉でありましたので、今回の18節の「わたしの時が近づいた」というのもまた、同じく、その死を指して言われていると言えましょう。
もともと過越しの食事は、家族でいただくものです。 従って、部屋を貸してくれる者に対して「わたしの弟子たちと一緒に、あなたの所で過越を守ろう。」と言われているのは、弟子たちがもう、イエス様にとって、家族同然であったとも言えます。霊的に一つとなっていたと言えましょう。
ところで、最初のほうで過越しについて、少し詳しく見て来ましたが、最初種なしパンの祝いがあり、そして過越しの祭りに入ります。しかも、イエス様が過越しの食事をなさろうとされている日は、実際の子羊が殺される日より一日早い日でした。ですから、きょうの19節にありますように「そこで、弟子たちはイエスに言いつけられたとおりにして、過越の食事の用意をした。」のでありました。
イエス様は、ご自分の死の事を常に意識し、一つ、ひとつの行為が、無駄なく行なわれ、私たち、罪人の罪を贖うための状況を整えて行かれた。そして、まさに過越しの子羊がほふられるその時に、時を同じくしてイエス様は息を引き取られる事へと繋がって行く。弟子たちは、その事をまだ、はっきりとは意識していないのであります。 イエス様の言われる事を、何の疑いもなく従っているだけであります。
改めて、旧約で行われた神様の不思議な業、前もって雄の子羊を用意する事、種を入れないパンを食べなければならない。そして時が来たら、羊をほふり、家のかもいと門柱に子羊の血を塗っておく事によって、その家庭の命は守られた。その新約版がまさにそこまで来ているのであります。過越し食事を弟子たちは、どんな気持ちで頂いたでしょうか。それが、次回見る所であります。
私達は、過越しの食事はしませんが、イエス様は新しい契約の記し、記念としてこれを行なえと命じられた主の晩餐を受ける時、主の犠牲の上に今、自分が生かされていることを覚えます。出エジプトに於いて、過越しの犠牲となった羊が、今まさにイエス・キリストの命がささげられる事によって私達罪人のいのちが守られることになる。 それが起ころうとしています。
現代の私達は、イエス・キリストの贖いの死によって罪赦され、自由の身とされていることを覚え、心から感謝したいものです。2000年前のあの出来事が、私と何の関係があるの?ではなく、まさにあなたのためにイエス・キリストは十字架にかかられたのでした。過越しの食事は、神の家族の一員とされている事のしるしとして心に留め感謝しようではありませんか。
2014年8月31日(日) 「最後のチャンス」 マタイ26:20-25 竹口牧師
全てをご存じであるイエス様は、26:2で、こう言われました。 「あなた方の知っている通り、二日たつと過越の祭りになります。人の子は十字架につけられるために引き渡されます。」とでした。
そして、その頃、カヤパという大祭司の家の庭では、祭司長や民の長老たちが、「イエスをだまして捕え、殺そう」と、そのように相談をしておりました。そんなおりに、タイミング良く十二弟子の一人の、イスカリオテ・ユダが祭司長の所にやって来て、取引を始めました。ユダは言いました。「彼をあなた方に売るとしたら、一体いくらくれますか。」と。この状況を皆さんは、どのように受け取られるでしょうか。
祭司長や、民の長老たちは、今までにイエス様からいろいろな事で、間違いを指摘されていました。一方、人々の心は、イエス様のほうになびいていっていました。 そこで、これは非常に危険な人物として、出来るだけ早く捕え、殺さなくてはいけない、祭司長たちはそう思っていた訳でありました。
そこへ十二弟子の一人のユダがわざわざ足を運んで、イエス様を売りに来たのでありました。自分の先生であり、師である方を、でありました。まことに悲しい師弟関係と言えないでしょうか。
イエス様を誰よりも憎んでいたのは、弟子たちではなく、祭司長や民の長老たち、律法学者たちでありました。しかも、彼らが十二弟子を買収したのではなく、ユダが、自分から進んでやって来て、しかもお金を要求し、わずか銀貨三十枚、奴隷一人にも値しない値で売ったのでした。
交渉成立。あとは、イエスを引き渡すだけという段取りです。 祭司長や、民の長老たちにとってみれば、願ってもない事でありました。 ただこの事は、祭りの時期は避けたいという思いがありました。 大勢の人が集まる中で問題が起こってはならなかったからです。
16節には、「その時から、彼はイエスを引き渡す機会を狙っていた。」とありますように、ユダはチャンスを狙うわけであります。
一方、イエス様は、これら全ての事をご存じでありました。 なぜなら、イエス様は、その場に居合わせなくても、全てを知っておられるお方だからであります。それだけに、このイエス様のユダに対する思いは、非常に強烈であり、心に迫るところがあります。
では具体的にきょうの所にはいって行きますが、20節「さて、夕方になって、イエスは十二弟子と一緒に食卓に着かれた。」とあります。つまり、ここでは、過越しの食事の用意も出来、みんなが席に着いた所からはじまるのであります。
もっとも、みんなが席に着いたと言いましても、イエス様の時代、私達の教会の集会室にあるようなテーブルや椅子のような状況ではありませんで、まず、椅子はありません。更にテーブルはとても低い物でした。
人は、左わき腹を下にして、右手を自由に仕えるようにし、横になって、机の上にあるものを取るようにします。ですから、床から少し高いテーブルがU字型に置かれ、その外側に、頭をテーブルにつけ、足を放射線状に広げるような形で横になりました。 従って、絵画で見るような椅子に座って一列になったものとは全然違う様子であります。
また、過越しの食事と言いますのは、出エジプトの時から始まっているのですが、その頃は、立って食事をしたと言われています。それは、いつでもエジプトを出られるようにという事を意味していたと思われます。
イエス様の時代には、今言いましたように寝そべったような格好で行なわれていたと言われています。また、その時代、大部分は聖書に従っていたと思われますが、イエス様が指摘されましたように、安息日問題とか、献げ物のこととか、癒しの問題とかなどなど聖書が言っている事と違っている部分がありましたので、イエス様は、指摘された訳でありました。
当時の人たちは、聖書よりも、言い伝えのほうを優先していたからでした。つまり口伝律法優先で行われていたのでありました。それがイエス様の時代から200年〜300年後のころになりますと、タルムードとして体系化されて行きました。
それによりますと、過越しの食事は、その家の主人が祭りの祝福をするところから始まります。そして一同、最初のワインを飲み、過越しの話しを復唱し、ハレルヤ詩篇を歌います(詩篇113篇または114篇)。続けて主人がパンを祝福し、その意味を説明します。そして一同は、野菜、果物、種なしパンを食し、その後、過越しの子羊の肉を食べます。
ここで、子どもが祭りの意味を問い、父親がエジプトの奴隷状況からイスラエルの民が救出された話しをします。そして三番目の杯に対する祈りがささげられ、ハレルヤ詩篇(詩篇115-18篇)が歌われます。最後に四番目の杯に対して祝福の祈りをささげ、終わります。この過越しの食事のすべては、日没後に始め、夜中までに終わらなければなりませんでした。おそらくイエス様もそうされたのではないかと私は思います。
ところで、イエス様は十二弟子たちと食卓に着かれて、どれくらいの時間が経ったでしょうか。弟子たちにとっては大変悲しい事を言われたのでありました。それは21節の言葉であります。
「まことに、あなたがたに告げます。 あなたがたのうちひとりが、わたしを裏切ります。」とであります。 みんなではない。「あなた方の内のひとりが」と言われました。 そして、この時、この話しの一番最初に申し上げましたように、ユダが裏切ることをイエス様は、知っておられたのでありました。しかし、それを明らかにされませんでした。あくまでも「あなたがたのうちひとりが」で留められました。
従って他の弟子たちは、自分の事をまず心配しはじめました。 そして「主よ。まさか私のことではないでしょう。」と言ったというのであります。 それも「かわるがわるイエスに言った。」とありますので、ユダもここで言ったかもしれませんが、はっきりわかるのは、25節で言っていることです。
この部分はまだ後で取り上げるとしまして、ユダは、どんな思いでイエス様のお言葉を聞いていたでありましょうか。もしかしたら、周りを気にしながら同じように振舞い、いつどの場面でイエス様を祭司長たちに引き渡すか、その機会だけを狙っていたのでしょうか。彼は、誰にも気づかれないよう慎重に行動した事でしょう。
その結果、ユダは、仲間の11人を騙す事は出来ましたが、イエス様を騙す事はできませんでした。だから、今回のような悔い改めのチャンスを与えられたのでした。 私達には、自分の内側を誰にも見せないで隠す事は出来ます。 しかし、イエス様には、全てが見えるお方なので、つまり、イエス様に対して秘密というものは持てないのであります。そのことを、今更ながらですが、この朝、覚えたいのです。
でも、私達は、イエス様の前に秘密は持てませんが、自分の口では言い表す事の出来ない真実な思い、それをイエス様は、知っていて下さる事もまた事実であります。 それが、神の御心に反しない限り、心は平安が保たれると言えましょう。
イエス様に知られて困るような事を考えたり、行なったりしなければ良い訳です。 大切なのは、イエス様との関係が、崩れない事です。 御心に反すると、決して神様に祝福されたものとはならない。 この事はしっかりと覚えておく必要があります。 ところで、イエス様は23節で、更に踏み込んだ言い方をされます。 「わたしと一緒に鉢に手を浸した者が、わたしを裏切るのです。」と、そう言われました。これなら、誰を指して言われたか、すぐに弟子たちに分かりそうなものですが、実際のところは、分かりませんでした。
と言いますのは、机はU字形の長いテーブルで、器は、みんなが取りやすいように真ん中に置かれていたと思われ、それをそれぞれが手を伸ばすか、あるいはその器を回して会食をしていたようですから、「わたしと一緒に鉢に手を浸した者が」と言われても、それが、その時の瞬間を指して言われたというよりは、同じ器から飲食している仲間を指して言われているだけだったからであります。
従って、それだけに、弟子たちは一層、「まさか、私ではないでしょう」と一人ひとり自分に目を向け、悲しんだものと思われます。
さて次に24節にはこうあります。 「・・・確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。 しかし、人の子を裏切るような人間はのろわれます。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」とあります。
ここには、二つの面が書かれています。 一つはイエス様のこと。もう一つは、裏切ったユダの事であります。 最初のイエス様ご自身の事は、聖書にある通り、殺されるという事です。 これは、イザヤ書53:4-9などから言えます。
もう一つの部分、ユダの裏切りについては、「そういう人は生まれなかった方が良かったのです」と言われています。なぜなら、神から呪われる存在だからだと言われます。 しかし、このイエス様のお言葉には、少なからず反発を覚える方がおられます。 なぜなら、自分が生まれることを拒否できないからです。また、誰かが裏切らなければならなかったからです。
ユダは、神の計画の中で、自分の役目を果たしただけなのです。 そういう風に考えるのです。 ユダは可哀想だという、感情的な問題となってきます。 はては、ユダの裏切りの原因は、神にあるとして、神にその責任があると言う人がいます。
しかし、本当にそうでしょうか。 本当に神様は、そういうお方でしょうか。 確かにユダは、神様の永遠のご計画の中で生まれて来て歩みました。 しかし、ユダは、そのような中にあってもなお、自分の意思を持って選択し、自らの責任で行動したのではないでしょうか。彼は決して、人間に作られたロボットのごとく、自由がなく、神に操られ、罪を犯したのではないのです。
ユダは、いつでも自分が罪を犯した事に対して、悔い改めの機会をイエス様は提供して来られたのでした。ユダが裏切ることを名指しされなかったのも、その一つではないでしょうか。
21節でイエス様が言われた時に、悔い改めても良かったのです。 23節でもその時はありました。 25節となると、もはや白々しささえ感じさせられます。 なぜなら、もう彼は、お金を手にしているからです。
「人の子を裏切るような人間はのろわれます。」 とイエス様は言われましたが、まさに呪いを受けて当然なのです。 テレビでニュースをみている中で、殺人事件、放火事件、ひき逃げ事件、などなどの捜査が行なわれている模様が放送される時があります。その時、犯人があたかも目撃者かの様に振舞い、いろいろ細かく説明する場合があります。
事件の捜査が進んできて、犯人の特定が出来た時、実は、あの時、インタビューに答えていたあの者が、実は犯人であったという事が時々あります。それがまさに、この25節に当たるのではないかと、私には思えてならないのです。
イエス様が24節で、「確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間は呪われます。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」とイエス様が言われた時、そのイエス様に向かって25節でユダはこういうのであります。
「先生。まさか私のことではないでしょう。」と、あたかも他人事のように言っているのであります。他の弟子たちは、「主よ。まさか私のことではないでしょう。」と言っているのに対して、ユダは、「先生」と言っています。ユダは、何食わぬ顔で、他の弟子たちと同じように言ったつもりでしょうが、そこには、他の弟子たちとは違った思いが出て来ています。
イエス様は、それに対して彼に、「いや、そうだ。」と言われたのでありました。 これだけはっきりと、イエス様が言われれば、弟子たちは、気付きそうでありますが、 弟子たちは気付いていない。 ということは、そこには何があったのか、疑問がわいてきます。 他の弟子たちには、声が小さくて聞こえなかったというのもありでしょう。 あるいは、直訳では「あなたは言った」ですから、ユダが言った事を確認する言葉と取ったという風にもとれます。
なぜイエス様は、そのようにしてまで、ユダの悔い改めを求められたか、悔い改めのチャンスを与えられたか、疑問さえ湧いてきます。しかし、それはともかく、ユダは相変わらず、自分の罪に留まり、決して悔い改めようとはしませんでした。
ユダは、なぜ、ここで悔い改めなかったのか。ユダが、ここで悔い改めていたら歴史はどう変わったか。それは、その後に展開されるイエス様のお働きと直接関わってきますので、考えるだけでも恐ろしくなってきます。
私達は、きょうの所で教えられます事は、決してイエス様は人を罪に定めるためにこの地上に来られたのではない。このことは、しっかりと心に留めておかなければなりません。ユダでさえも、何度もチャンスを与えられたという事であります。
一方、私達は、キリストの贖いの業の故に罪赦されましたが、だから、もう何をしても赦されるとして、罪に走ってはならない事を確認させられるのです。罪赦され、神の子とされた私達は、ひたすら神の栄光のために労する者となるよう求められています。イエス様はいつもそれを私たちに求めておられる事を知って、主に喜ばれる歩みをさせて頂こうではありませんか。
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