2014年10月12日(日) 「御心を求めて」 マタイ26:36-46 竹口牧師
この朝取り上げます所は、十字架刑を間近にしたイエス様が、ゲツセマネの園で祈られるところであります。
「ゲツセマネ」とは、「油しぼり」という意味で、オリーブ山の斜面にあります。へブル語では、「ガト・シェマネ」と言われ、「ガト」は、酒槽(シュソウ)で、酒の桶とでもいいましょうか。桶と言いましても、ぶどうの実を踏む岩のへこみであります。また「シェマネ」とは、油であり、従って、繋げると「油を絞る石臼」という意味になります。
これは、人間の足で踏んで絞るのではなく、丸い大きな石臼の輪になったへこみを入れた所に実を入れ、大きな車輪のような石をぐるぐる転がしてつぶすのであります。 多分、オリーブ山で採れたオリーブの実を搾る搾油槽なるものが昔からあって「ガト・シェマネ」と言われていたのでしょう。しかし、マタイたちが、福音書を書く頃には、ゲツセマネと呼ばれるようになったのだろうと言われています。つまり、最初に言いました「油搾り」という意味であります。
ところでこの「ゲツセマネ」という言葉は、最初、私が聞いて育った頃には、口語訳でツが小さい発音で、ゲッセマネという言い方でした。皆さんの中にも、そういう言い方をされる方もおられますが、最近は、ゲツセマネという言い方が正しいとされ、聖書にもそのように訳されているのであります。つまり「ツ」を大きく書いてあります。
ギリシャ語の発音の仕方も、学んだ先生によって違っていまして、私の学んだ先生での発音で言いますなら「ゲツセマネ」ではなく、「ゲスセマニー」となるのですが、そのように書いてある本は、ありません。
「ゲツセマネー」というか「ゲスセマネー」というか、二つの読み方があるように書いた本はあります。それはともかく、きょうの話しの舞台は、そこでの事です。 そして今回特に目を留めたいのは、イエス様の心の思いであります。
まず最初に、イエス様は弟子たちに、こう言われました。 36節「わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」とであります。で、イエス様の弟子たちは、どうしたでありましょうか。「ここにすわっていなさい」と言われたのだから「座って待っていた」でありましょうか。イエス様は、そのつもりでそう言われたのでありましょうか。
このイエス様のお言葉を、そのように受け取るとするなら、それは勿論間違いであります。そのようにするなら、それはちょうど、魚を料理するために七輪で魚を焼いていて、用事が出来たので、ちょっと魚を見ていてくれる?と言われて、番をしていると、ネコが来て、魚をくわえて行ってしまった。 そこで頼んだ人が帰ってみると魚がいない。どうしたかと聞くと、見ていろと言われたので見ていましたという。まるで落語のような話しとなるわけであります。つまり、聖書に戻りましてイエス様の言われる「ここにすわっていなさい」とは、そこにただ座っているのではいけないのであります。
ある先生は、このように言われます。 これは勿論、座ると訳す事も出来る言葉だが、むしろ「かがむ」と訳した方が良い。 屈んでいる。ペタンと腰をおろしているのではなく、いつでも立てるように屈んだ姿勢である。
なぜなら、これは見張りの姿勢です。 自分の仲間の兵士がぐっすり眠っている。 そして、一晩中、歩哨に立たなければならない兵士がいる。 その兵士はしっかりとしていなければならない。
それと同じように、ここではただ身をかがめてしかし、ただ目を開けているだけではない。自分の神経のすべてを研ぎ澄まして、中腰に屈みこんで、私の祈りの間、目を覚ましていなさい、とお求めになったのである。 いわば、見張りのような役目ともとれます。
確かに、ユダは裏切る事が分かっていましたので、いつ、敵が来てもおかしくはない状態ではあります。ただ私は、「ここに座っていないさい」とは、何も考えないで言われるがまま、ボッとしているのではなく「ここで祈っていなさい」という意味も含まれていないだろうかと、そのようにも思えるのです。
勿論、先ほど述べましたように、歩哨の意味でイエス様が言われたとするなら目をつむることはできません。しかしながら、祈りというものは、目を開けても祈れるのです。ですから、イエス様はそこから、ペテロとヤコブとヨハネを連れてもう少し離れた所に行かれるのですから、そういう意味も含まれていても、間違いではないでしょう。
ところでイエス様は、38節でこう言われました。 「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」ここもまた、同じように疑問が出て来るのであります。 それは、「目を覚ましてい」れば、それでよいのかということであります。 どうもそうではないような気が致します。
弟子たちが眠らないで目を覚ましている事が目的ではなく、イエス様の悲しみを、自分の悲しみとするほどに、イエス様のために祈る事ではなかったか、とそう思えるのです。勿論、イエス様の悲しみを、弟子たちが完全に知ることなどできませんから、部分的であることは言うまでもありません。
しかし、イエス様は31節で「あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます。 『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散り散りになる。』と書いてあるからです。」と言われたのを聞いていますので、ただならぬ夜である事は、弟子たちは知っていた訳です。ですから、祈らなければならなかった事だけは確かであります。
事態がどのように進展するのか、イエス様は全てお分かりですが、弟子たちには、ほとんど分かっていなかったのですから。 ところで、38節で言われたイエス様のお言葉「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。というイエス様の悲しみとは、本当は何だったでしょうか。 その前の37節後半には、「イエスは悲しみもだえ始められた」ともあるのであります。 「悲しみもだえ始め」るとは、なかなか尋常ではありません。
これは、実に大きな問題であります。 まあ、普通一般的に考えるなら、「明日は、殺される身である。それも、避けられない神の定めである」そう人間的に考えるなら、死が怖いという事もあり得ましょう。 イエス様は、人間でもあったのですから。 また、十字架の苦しみというものも予想できたのですから、考えれば考えるほど、苦しくなったとも言えましょう。人間イエスとしての苦しみであります。
イエス様は、十字架によって、体が引き裂かれるのであり、それは、肉体的にも精神的にも耐えがたい苦しみであったでしょう。それ故に、悲しみもだえ始められたともいえましょう。私達の罪による苦しみ、それがすべてイエス様の上に乗せられることもまた、苦しみの理由の一つでありましょう。
今の時代に留まらず、全人類の選ばれた人の罪を背負われた。 このことも考慮すべき大切な点であり、ここから苦悩が生まれたとも言えますし、また、それだけにイエス様時代を越えて今の時代の人たちも救うことができるという点と関連性があるわけです。
第2番目に取り上げたいのは、39節の人間イエスの祈りです。 「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。 しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」であります。
イエス様は、ペテロとヤコブとヨハネを連れて、いわば証人として、祈りの場に立ち会わせられました。勿論、すぐそばではなく、ルカ22:41によりますと「石を投げて届くほどの所」くらい離れていましたけれども。しかし、彼らは、イエス様の苦悩される姿を見ていたのであります。
イエス様のこの祈りの言葉を聞く時、私達は、その祈りの重さを感じない訳にはいきません。私達が、毎週、礼拝の中で、主の祈りをお献げしていますが、そして今日も祈りましたが、イエス様がここで「わが父よ」と祈られたその父への祈りを覚え、「天にましますわれらの父よ」と祈っているだろうか、とそう、考えさせられます。
つまり、イエス様のここでの「わが父よ」という呼びかけは、非常に重いものがあるということであります。 「わが父よ。できますならば、・・・」という祈りは、父と子の関係が、切っても切れない関係であり、全能の父には、出来ない事はない。その事を知っていて、なお出来ますならば・・とイエス様は祈られているのであります。
神には、苦しみの杯を取り除く事が出来るはずであるという祈り。 否、はずであるではなく、出来るのだ。 だからそうしてほしい。 ただし、私の意思ではなく、あなたの御心がなりますように。 そういう祈りであります。
ここには、神の全能の力を認めつつ、しかし、たとい、自分の願いどおりにならなくても、神の意思に全面的に服しますという点が、はっきりと打ち出されています。 神の御心ならば、結論がどうであれ、それに従いますという祈りであります。
この祈りは、父なる神様を信頼し、父なる神は、自分にとって最善をして下さるとの確信を持っての祈りであります。私達の祈りもまた、そういう祈りであろうかと考えさせられます。安易な祈りであっても、祈った通りになった。これは、祈った結果が現われたのだと結論し、又ある時は、祈ったけれども、祈った通りにならなかった。これは、自分の祈りが足りなかったのだろうとか、また、神様のお働きもあまりなかったからだ、というのではないのです。
そんな自分勝手な祈りではありません。 全能の神を認め、全能の神が最善な事をなさる。 だから、結果は全てそのお方に委ねる。そして受け入れる。 それこそが、真実な祈りであると言えましょう。
結果が神の御心であるから、それに素直に従うという信仰。 このイエス様の姿に、見習わなければならないと言えましょう。 イエス様の祈りに、そのことがよく現われております。 人間としてのイエス様は、徹底して人間として神に願われました。 そして、遣わされた者として結果には従われるのでした。 その祈りが39節であります。 ここでのイエス様の祈りは、そういう祈りでありました。
第三番目の点は、42節の祈りであります。 それは、御心が自分の願っている事と違っている事が徐々に明確になってきていることを確信される祈りであります。こう祈っておられます。 「わが父よ。どうしても飲まずには済まされぬ杯でしたら、 どうぞみこころのとおりをなさってください。」であります。
39節ではまだ「できますならば・・・」という、他の可能性も秘めた祈りでありましたが、42節になりますと、いよいよ飲む事のほうが御心であるとの確信に至った。 となれば、それが最善に行なわれるよう求める祈りとなっていきます。
44節を見ますと「イエスは、またも彼らを置いて行かれ、もう一度同じ事をくり返して三度目の祈りをされた。」とあります。私達は、今回の祈りの過程をよく、注意深く見ながら、私達の祈りの姿勢も正して行かなくてはいけないと教えられます。
それは、祈りの熱心さによって願いが聞かれる、聞かれないではありませんし、 自分の考えたようになる事が聞かれたというのでもありません。 そうではなく、神の御心がなる事を私達は、求める祈りでなければならないという事でしょう。イエス様は、それを求め、それに従われたのでした。
それは、父と子の関係を断つ。 人間の罪を清算するために一度、きっぱりと断つ必要を神様が求めておられた。 その事の確信を祈りつつ導かれて行かれたのであります。 実際の最終的な祈りは、あの十字架上での祈り、「我が神、我が神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」で、現われて来るのですが、私たちが今回イエス様の祈りから教えられます事は、祈りを通して、神は御心へと導いて下さるという事です。 祈りを通して教えられるという事実です。そして教えられた時、真実にそれにお従いする事です。祈りは、自分の考えを押し通すためのものでは決してありません。 今回は、弟子たちの動きは、殆ど考えませんでした。 イエス様が、一生懸命祈っておられる時、睡魔と必死に戦っていたのが弟子たちであり、それはまた、私達の姿でもあります。
その弱さを認めつつも、主の命をかけた祈りの姿に、 また、神様の導きを得られた過程に、私達は、祈りとはどうあるべきか教えられたいのであります。45節46節にこうあります。 「 それから、イエスは弟子たちのところに来て言われた。 『まだ眠って休んでいるのですか。見なさい。時が来ました。 人の子は罪人たちの手に渡されるのです。 立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました。』」
主が祈られた後の姿とは、こうでした。 私達の祈りの後もこうでありたいと願うのです。 確信を持って、次のステップに進ませていただく。 それが、自分の願いでなくても神の御心ならば、 それに邁進しようではありませんか。
2014年10月19日(日) 「イエス捕えられる」 マタイ26:47-56 竹口牧師
この朝の説教は、いよいよイエス様の言われていた通りの事が一つ、また一つと成就していく所であります。まずその一つは、過越しの食事の用意が出来た時の事であります。前の21節の所で「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちひとりが、わたしを裏切ります。」と言われましたが、正にその裏切り者が出て来るのであります。
弟子たちは、あの時まさか私ではないでしょうと言いましたが、そしてユダも言いましたが、そのユダが裏切るのであります。 47,48節「イエスがまだ話しておられるうちに、見よ、十二弟子のひとりであるユダがやって来た。剣や棒を手にした大ぜいの群衆もいっしょであった。群衆はみな、祭司長、民の長老達から差し向けられたものであった。イエスを裏切る者は、彼らと合図を決めて、『私が口づけをするのが、その人だ。その人をつかまえるのだ。』と言っておいた。」とありますように、そのように、ユダは行動するのであります。
この時点では、ユダだけが裏切っている形になっていますが、弟子たちもやがては、散り散りになるのであります。
ところで、この47節は、もう少し注意深く見ておく必要があります。 それは、裏切りのユダが先頭を切ってまずやってきます。 これは、敵側についたユダですから当然の行動ではあります。 騒ぎにならないようにユダは、連れてきた者によく教え、また、「群衆はみな、祭司長、民の長老達から差し向けられた者であった。」とありますので、顔を見られてはまずいと感じた者は、使いを出したと思われます。
更には「剣や棒を手にした大ぜいの群衆もいっしょであった」とありまして、その大勢の群衆とは、誰かでありますが、一般市民であったのかと言いますと、実はそうではありません。もしそうであったら、エルサレム当局にとっては大変です。イエス様を捕える事が、エルサレム中のみんなに知れ渡っていたということになるからであります。
それはまた、今回の出来事がもう、収拾つかないほど人々に知れ渡っていることを指しますが、しかし、実際はそうではありません。ここで言う大勢の群衆とは、ユダヤの指導者たちが派遣したレビ人のユダヤ兵士とローマ兵士の混成部隊をいうのだそうです。(ヨハネ18:3,12)軍隊がついてきているのであります。
そして更にルカ22:52によりますと「祭司長、宮の守衛長、長老達」も同行していたようです。彼らは、サンへドリンに所属する一部の議員たちと思われます。しかも、イエス様の顔をもしかしたらよく知らない者だったのかも知れません。
ともあれ、イエス様一人を捕えるために、その現場に多くの人が集結していたということになります。しかも、武器を持っていました。剣は、刃渡り30-40センチくらいの刀であり、ローマ兵が腰にベルトをつけていたものか、あるいは、ユダヤの民兵が持っていた物と考えられています。さらに棒を持っていまして、それはこん棒のことで、ユダヤの神殿警護隊が持っていた武具だそうです。
それにしましても、どうしてそこまでしなければならなかったのか、非常に物々しい出で立ちであったといえます。イエス様一人に、そんなに武力は必要なかったように思います。しかし考えてみますと、ユダを除く11弟子とそれにイエス様を入れて12人。その弟子の中には、武器を持っていて、抵抗する者もいるかもしれない。そういう予想をユダは立てていたのかもしれません。実際の所、ペテロが武器を持っていた事が51節で分かります。
では次に、イエス様が捕えられる状況へと更に進みますが、48節にありますように、イエスを逮捕するために派遣された兵士が、間違って人を捕えてはいけませんし、逮捕の状況によって、暴動を絶対に起こしてはならない。
あくまでも正確に捕え、穏やかに収監する。 そういう制限の中で、使わされた兵士たちは自分たちの役目を果たすように、ユダは指示したのでしょうし、遣わした人達も、そのように命じた筈であります。
ある学者はこういう場面に至るまでにこういう事を考えております。 それは、ユダは最初、兵士たちをエルサレムの二階座敷に案内したのではないかと言います。しかし、そこにはいなかったので、ゲツセマネに向かった。あるいは、イエスは、ゲツセマネで一夜を過ごすに違いない。そのように最初からユダは考え、直接ゲツセマネに向かったのだろうという風に考えます。どちらも考えられますが、聖書には何も書いてありません。
いずれにしましても、エルサレムの町の中は、イエスを捕えるために、一団が、ぞろぞろと移動することは、いつもと違った雰囲気である事だけは確かです。何しろイスラエルの三大祭りの一つであります過越しの祭りの時期であったからです。
ですから、それ自体は、毎年のことであり、普段とは確かに違っており、周りの人も警備が厳しくなっていると感じていたとしても、そんなに不思議には感じなかったでしょう。その事を考えますと、市民には、それほど気にならなかっただろうと言えばそれまでであります。
ところで、ユダはイエス様に近づき、「先生。お元気で」と言って、口づけしたと49節にあります。日本人である私達は、口づけなどという事は、公にはしません。それはテレビや映画、演劇の世界ですが、しかし、パウロの書きましたローマ人への手紙16:16には、「あなた方は聖なる口づけをもって互いの挨拶をかわしなさい」と言っていますし、Uコリント13:12には、「あなた方は聖なる口づけをもって互いの挨拶をかわしなさい。」とも言っております。
他にも3か所ありますから、パウロは挨拶として口づけを勧めていますし、しかし、それよりも前の時代のイエス様の時代であっても、口づけをしても、誰も違和感を持たない状況がその当時あったのではないかと思います。そして、それがまさに、イエス逮捕の目印として、ユダと当局者との打ち合わせでありました。
普通、口づけは、頬、あるいは手に対してなされ、特に頬は、平和のしるしだったようです。ユダがこの時、したのは、どちらだったかは分かりませんが、どちらにせよ、イエス様はユダの考えを全てご存じでありました。その上で、ユダにこう語りかけられたのであります。「友よ。何のために来たのですか」とであります。
一方、かつてイエス様は、ペテロに対して、「下がれ。サタン。」(マタイ16:23)と厳しくペテロをサタン呼ばわりされたことがありました。しかし、今ここでは、ユダが裏切りの口づけをしたにもかかわらず、「友よ」と優しく語りかけておられることに、 みなさんは、違和感を感じられないでしょうか。
この「友よ」と訳された言葉は、仲間とか同僚という意味の言葉でありまして、これまでの続きを指してイエス様は言われておりますので、これは、もしかしたらユダに対して最後の悔い改めのチャンスを与えておられるのかもしれません。
一方、その後の言葉は、「何のために来たのですか」という風に新改訳では、訳されております。しかしながら、ギリシャ語では、この文は、疑問文にも命令文にも訳される文でありまして、疑問文に訳すか、命令文に訳すかによって訳は大きく違ってきます。
言うまでもなく、新改訳は疑問文に訳しております。 「何のために来たのですか」とです。 一方、新共同訳などは命令文に訳しております。 「友よ。しようとしていることをするがよい」と命令調です。 これは即ち、彼らはイエスを逮捕する事が目的ですから、 従って、そのようにそれをしなさいという事であり、イエス様の主権が強調されているのであります。
ともあれ、疑問文でも命令文でも、大切なのは、ユダがこの言葉を聞いて、実行を思い留まれるかどうかでありました。しかし、残念な事にイエス様の配慮にも関わらずユダはイエス様との会話が終わるや否や、群衆は、イエス様に手をかけ、捕えたのでありました。
先ほども言いましたように、ここでの群衆とは、イエス様を逮捕するために遣わされたレビ人のユダヤ兵士とローマ兵士の混成部隊のことであります。そしてここについに、神の御子は人の手によって自由を奪われたのでありました。全ては、神様の御心の通りでありました。
ユダは裏切り、イエス様は捕えられ、祭司長達は、念願のイエスを逮捕する事が出来ました。ユダは、思った通り事が進み、祭司長達も喜んだでありましょう。しかし神様の前には、大きな罪を背負った事になるのであります。
私達一般的なことを言いますなら、人生のどの時点で気付くか、あるいは気付かされるか、或いは気付かされないで、この世を去ってからのちに、とんでもない事をしたと教えられるか、一人ひとり違うでしょう。
しかし、どこで気付かされるにしても、この世を去ってからではもう遅いことは、確認しておかなければなりません。それはもう後戻りはできない事だからであります。神の御子を殺す事に加担したのですからその罪は、非常に重いものです。また、大変恐ろしい事をしたことになるのです。それは、その場に居合わせなかったとしてもです。
さて、次に第二番目に51-53節までを考える事に致します。 まず51節にはこうありました。イエス様が捕えられました。すると51節「すると、イエスと一緒にいた者の一人が、手を伸ばして剣を抜き、大祭司のしもべに撃ってかかり、その耳を切り落とした。」とであります。
ここには、誰が大祭司に切りかかったかは書かれておりません。 しかし、ヨハネは福音書でこう書いております。 「シモン・ペテロは、剣を持っていたが、それを抜き、大祭司のしもべを撃ち、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。」(ヨハネ18:10)とです。
何とそこには、切った人の名前も、切られた人の名前も書かれているのであります。 本来なら、名前は書けない筈なのですが・・・。 というのは、切りつけた人の名前が分かりますと、捕えられることも考えられるからです。しかし名前を書けたという事は恐らくヨハネの時代の頃には、もう書いても問題はなかったのではないか、そのように言う人もいます。あるいは、耳が切り落とされても、また元に戻ったので、罪に問われなかったともいう事が出来ましょう。
ところでイエス様は、この時何と言われたかと言いますと、52節「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。」と、言われました。この言葉は、なかなか有名な言葉のように思います。
がしかし、どうでしょうか。 有名ではありますけれども、なかなか現実には逆の方向に進んでいるように思います。 軍備の増強、拡大によって安心を得ようとする考え。 そこには、お互いの不信によって限界が無い状態です。 武器を持てば、使ってみたくなる。そういうものです。
ですから、真理であっても、罪ある人間は、血を流す事が止められないのです。そしてそれは、昔も今も、そしてこれからも変わらないでしょう。この言葉は、剣で戦う者が必ずしも剣で倒される訳ではありません。
また、イエス様は、いかなる場合にも絶対に武器を手にしてはいけないと教えられた訳でもありません。これは、「天の御国」が、剣とは完全に関係のない世界であることを強調されたものです。御国は、確かに絶対無抵抗主義、平和主義の世界です。 と言いますか、そういう言い方は、この世と比べての言い方であり、あまり相応しくない言い方かもしれません。
クリスチャンは、戦争に対してどう考えるべきか、非常に重い課題が突きつけられていると言えましょう。戦後生まれの世代の私達は、戦争を知らない世代とも言われ、平和で今日までやって来ましたが、何とそれも来年は、戦後70年を迎えようとしております。
平和で今日まで来ましたが、しかし、最近、全く様子が変わってきました。 世界のあちこちで戦争が繰り広げられ、戦争が全く無い日は一日もないのが実際です。 最近特に、対岸の火事としてのんびりとしていられない時代になり、世界の一員としての役目と共に、隣国との関係もよくしていかなければならない状況なのであります。
また日本は資源、原材料、食糧などをすべて輸入に頼っていますので、国内だけでは、もはや成り立たない時代です。従って、日本の私達キリスト者は、どういう立ち位置であるべきかが問われる時代に来ているように思います。
ところで、ある人は、はっきりとこう書いておられます。 「自らを守るために武器を使うぐらいなら、不義に甘んじて殉教の道を選ぶのが、イエスに従う者の歩みである」とであります。 実際の所、本当にそんな時が来たならば、私達は否応なく選択しなければならないのであります。そこで主が正しく導いて下さるよう願わざるを得ません。
イエス様は53節でこう言われています。 「それとも、わたしが父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使いを、今わたしの配下に置いていただくことができないとでも思うのですか。」とです。
これを読みますと、イエス様は、逃げる道があるにもかかわらず、その道を選ばないで、御心に素直に従っておられる事がはっきりとしてくるのであります。 12軍団とは、イスラエルの12部族と関係があるのかもしれません。 また1軍団は6,000人の歩兵と120人の騎兵隊とからなり、つまりは約72,000人の歩兵と1440人の騎兵隊を配下に置く事ぐらい、イエス様にとっては簡単であるという事になります。
それだけの軍団がありながら、イエス様は御心に従うために、あえて、それを父にお願いしないと言われるのです。逃げる道、助かる道は、いくらでもありながら、あえてそれを選ばず、むしろペテロを叱られたのでした。 果たして、私たちがこの状況に立った場合、どのような道を選択するのでしょうか。御心に迷わず従いたいものです。
長くなりましたが第三番目に考えてみたいのは、54-56節で、イエス様の行動は、すべて、聖書が実現するためであったという点であります。 今、2番目の所で見ましたペテロが、大祭司のしもべの耳を切り落した時、イエス様は、「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。」と言われ、
イエス様ご自身がやる気になれば、12軍団よりも多くの御使いを、配下に置く事が出来ると言われました。しかし、そうしないのは、54節の理由があるからだと言われます。
54節「だが、そのようなことをすれば、こうならなければならないと書いてある聖書が、どうして実現されましょう。」とであります。あるいは56節にはこう書いてあります。「しかし、すべてこうなったのは、預言者たちの書が実現するためです。」とであります。 イエス様が、ゲツセマネの園で祈られ、父の御心を確認された後、イエス様の言動は、今までにも増して堂々とされています。それは、自分の歩むべき使命がはっきりとし、 しかもそれが、聖書によって預言されていることを確認されたからだと言えましょう。
勿論、イエス様は、この地上にお生まれになられた時からご自分の使命がなんであるかはご存じでありました。そして、いよいよその時が来た事を実感された時、ますます、その使命を強くされたと言えましょう。ですから、最初に見ました47-49節では、 ユダに最後のチャンスを与えられましたし、50-53節では、血を流す事の愚かさを言われました。今や、イエス様にとって最大の働きは、御言葉の通りになる事でありました。
それはつまり、旧約聖書の預言の通りになることでした。 イエス様は、それを意識しながら一歩を踏み出され、 弟子たちは、そんなイエス様を見捨てて、逃げ出したのでした。 彼らも旧約聖書を良く知っていた筈でした。 しかし、イエス様の今後を知って、そばにいようなどという事は、少しも考えが及ばなかった様です。
彼らは、イエス様が捕えられた時、とっさに身の危険を感じ、逃げ出しました。 それは、ある意味では、非常に正直な行動であったと思います。 それはまさに、私達の姿ではないかと思います。 イエス様は、そういう弱い者のために、憐れみの心を持って、更に一歩先へとこの後進まれるのです。十字架への道を更に一歩踏み込まれたイエス様の姿を思いつつ、 全ては、我が罪のためであった事を覚えると共に、私達の弱さをも受け入れて下さり、 罪赦されていることを感謝しようではありませんか。
それだけでなく更に言うなら、天の御国に入れて下さるお約束もいただいているというのは、何という恵みでありましょうか。
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