2014年11月2日(日) 「あなたは神か人か」 マタイ26:57-68 竹口牧師
イエス様は、ユダの裏切りによってついに捕らわれの身となられ、大祭司カヤパの所へ連れて行かれました。夜中の事であります。そこには、律法学者や、長老たちが集まっており、イエス様を死刑にするために偽装工作をして、有罪にしようと躍起になっておりました。しかし、なかなか決する事は出来ませんでした。
もっとも、正規の議会は昼間であり、今、ここで行なっているのは、非公式な協議でありました。彼らは、一刻も早くこの件を片付け、祭りの前には、済ませておきたい事情がありました。ですから、早め早めに進めていたわけでありますが、事はそう簡単には進みませんでした。つまり、イエスを訴える証言者を求めたけれども、肝心の証拠が見つからず、彼らは困っておりました。 イエスを訴える偽証を求めたけれども、証拠がなかなか見つからない。 しかし、沢山の偽証者の中の最後の二人の者が進み出て言いました。 「この人は、『わたしは神の神殿をこわして、それを三日のうちに建て直せる。』と言いました。」と。
この二人は、どこでそんな事をきいたのでしょうか。 それとも言わされたのでしょうか。 言わされたとしたなら、彼らは綿密に打ち合わせをし、これこれの尋問の時には、証人になってほしいと言っておき、はやばやとこの裁判の判決は死刑に出来る筈ではなかったかと思うのです。何もわざわざ本命の偽証者二名を最後に持って来なくても、とそう私は思うのでありますが・・・。
が、そんなことはどうでも良い事で、彼らの訴えが一番最後になりましたが、成立すれば良い訳でありました。偽証者が沢山出て来たが、結局は死刑には出来なかったでは、済まされないからであります。
ユダヤ人のしていることを、じっと見ていますと、非常に律法に忠実である部分と、そうではなく、非常に自分勝手な行動がある事に気付かされます。たとえば、それほどイエス様が憎く、殺したかったのであれば、いくらでも、そうする事が出来た筈でありました。イエス様がおっしゃったように、つまり、55節「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってわたしをつかまえに来たのですか。わたしは毎日、宮ですわって教えていたのに、あなたがたは、わたしを捕えなかったのです。」と言われましたように、いつでもチャンスはあったのでした。
しかし、彼らはそれをしませんでした。 と言いますか、出来なかったという面はあります。 おもには、周りの民衆を気にして、でありました。 正確に言うなら「時」ではなかったからでありますが。 彼らは、ユダが裏切り、ユダの誘導があるまで動きが取れなかったというのが現実でしょう。神様が、そのように導いておられたと言ってしまえばそれまでですが。
それにしましても、夜の夜中、イエス様を訴える偽証者を突然集める事等、なかなかできないと考えられます。あるいはまた、夜中に裁判を開くという事も、これまた、常識が外れた行為だといえましょう。夜というのか、朝というのか分かりませんが、招集された議会が、緊急としてなのか、それとも告訴文を作成するために集められたのか、どちらにしても予備的な物と思います。
というのは、朝の集まりが議会の正式であったからです。 ですから、今している事は、規則は一切お構いなしで進んで行っているようであります。 59節にはこうあります。「さて、祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、 イエスを訴える偽証を求めていた。」とであります。
これは、イエスに対する悪意そのものであります。つまり前もって仮に死刑としておいて、それを本会議では正式に死刑に決するためのお膳立てとして、一刻も早く整えよう、ということでありました。
そもそもその議会は、どういう構成になっているかと言いますと、祭司24人、長老24人、学者22人、それに議長の大祭司であり、合計すると71人からなりたっておりまして、通常は23人くらいで開かれるのが普通であったと言われます。23人といますと約三分の一でOKということになります。ユダヤの最高議会にしては、随分いい加減な感じがします。今回特に、夜のうちに始めた事は、自分たちの都合が丸見えです。
ところで、裁判の場合には、幾つかの規定がありました。 それは、刑事裁判はすべて日中に行なわれ、その日中に終わらなければなりませんでした。また、刑事裁判は過越しの祭りの期間中は禁じられていました。無罪の判決以外の場合には、審議は一日で終了してはならず、判決は必ず翌日に持ち越されました。 更に、議会が有効であるためには、神殿の境内にある切り石の間という公式の議場でなされたものでなければなりませんでした。
また、すべての証拠は、証人によって確立されなければならず、この二人の証人は互いに申し合わせをしないように、別の場所で調べられなければなりませんでした。また、偽証は死を持って罰せられました。命に関する裁判の場合には、証人は、事件の重大さを知らされる、というような決まりがあったようです。
さて、このような文言があります。 「証人よ。忘れてはならない。金銭に関する裁判において証しを立てる場合と、人の命に関する裁判の場合は、その性質が違う事を覚えなければならない。 金銭上の訴訟は、証言に誤りがあった場合、金銭で償う事が出来るが、命に関する場合、もし証人が罪を犯せば、証人は被告の血とその子孫の血に対して、永遠まで責任を負わなければならない。」
ですからイエス様が、バラバという囚人とどちらを赦免するかピラトが聞いた時、民衆がみな「その人の血は、私達や子どもたちの上にかかってもよい」(27:25)と言ってバラバを赦免するほうを選ぶことになりますが、その時の言葉によくあらわれています。
さらに、どんな裁判の場合でも、まず最初に被告の無罪を証明するすべての証拠を提出し、そのあとで有罪の証拠をあげなければならなかったようです。これらは議会が取り決めた規定でありました。それにもかかわらず、議会はイエスを少しでも早く殺そうと自分たちの定めた規定を破っているのです。これが、現実でありました。
ユダヤ人は、イエス様を憎むあまり、イエス様を殺すためには手段を選ばなかったというのが、今の流れでありましょう。人の罪の大きさ、醜さを非常に覚えます。 これが第一番目の点です。
第二番目に取り上げたい事は、キリストを犯罪者として裁きたい審き方であります。 私たちがある人の事を調べようとしたとき、その前に、良い事を聞いていて調べに入るのと、悪い事を聞いていて調べに入るのとでは大きく違いがある事を知っています。 つまり先入観が強く働くということです。
裁判となりますと、それは赦されないことです。 地道に捜査し、証拠を積み上げていくというのが本筋でしょう。 ところが、ここにおいては、何とかして殺したいという思い、憎しみなどが十分にあったと思われる大祭司が、調べに入っている状況であります。従って何とか無罪にしようとするのではなく、何とか少しでも早く有罪にしようとしているのが読みとれます。
そして今61節で、「この人は、『わたしは神の神殿をこわして、それを三日のうちに建て直せる。』と言いました。」と言った証言は、最後の証言者にして大祭司としては安堵したことでしょう。そしてイエス様に向かって、つめよるのであります。 「何も答えないのですか。この人たちが、あなたに不利な証言をしていますが、これはどうなのですか。」とであります。
実は、イエス様は、ご自身の身体の事を神殿にたとえられ、しかもたとえ殺されても、三日目には甦られる事を言われたのでありますが、がしかし、証言者や大祭司に分かるはずもありませんでした。ですから、殺したい者にとっては、一つの大きな理由を手にしたことになりました。
心の中では「しめた!」と大祭司は思ったに違いありません。 大祭司は、議会の議長であり、又神殿管理に関する最終責任者でありますので、「神殿を壊して」というのを無視はできません。それは、そのような行為は、社会的・政治的な混乱を巻き起こす火種になることは当然で、大祭司は、十分死刑に値する、そのように考えたからです。
あるいはまた、神の神殿に対する態度は、神に対する態度として、冒とく罪として成立すると考えられ、これは死刑に値するとし、従って、イエス様に弁明を求めるのであります。ユダヤ法によれば、被告人には必ず告訴や証言に対する弁明の機会を与えなければならない、事になっていたからです。
そこで普通でしたら、誰でもが自己弁明の機会には雄弁になるものですが、 ところがイエス様は、黙っておられたのでありました。 黙っていることは不利になるにもかかわらず、イエス様は何もおっしゃいませんでした。黙っていれば、黙認とみなされるにも関わらずです。
現代の日本の法律では、言いたくない事は言わなくてもよいという黙秘権というものがありますが、イエス様がなぜ、黙っておられたのか、その理由が分かりません。 大祭司は、最後の証言者だけの理由では満足しなかったようで、更に踏み込んだ質問を投げかけました。と言いますのは、イエス様をメシヤ、即ちキリストと呼ぶ者もいたからであります。
大祭司は言いました。63節、「私は、生ける神によって、あなたに命じます。あなたは神の子キリストなのか、どうか。その答えを言いなさい。」とであります。
すると今まで黙っておられたイエス様が、返答されます。 「あなたの言う通りです」と。 この返事は、大祭司の言葉をそのまま認められたかに見えます。 しかし、実際は、25節にあります言葉つまり、イエスを裏切ろうとしていたユダが、 「先生。まさか私のことではないでしょう」と言った時、イエス様は彼に「いや、そうだ」と言われましたが、その時の「いや、そうだ」と言われたのと同じ事で、基本的にはその言明を受け入れながら肯定したとも否定したとも分からないように工夫した言葉です。 このような答え方は、後に27:11でもでてきますが、それは、状況が状況だけに、イエス様はわざわざ曖昧さを残し、大祭司の言葉に応答されたという事であります。 しかし、今回はそれだけにとどまりませんで、「あなたがたに言っておきます」というお決まりの言葉によってこれから話す事は極めて重要なものであることを示され、こう言われました。「・・・今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのをあなたがたは見ることになります。」
人の子とは、イエス様がご自分の事を指してよく使われた言葉であり、力ある方とは、当然ながら神を指します。しかし、その神という言葉を避けるために編み出された言い方、それが力ある方であります。更には、右の座に着き、とあります。これは、右があれば当然左もあるわけですが、そういう位置的なことを指すのではなく、神の意思を代行する権力を持つことを指し、王的な統治に対する象徴的表現であります。
天の雲に乗って来るとは、旧約では「雲」は、神の栄光を表しますので、雲が会見の天幕を覆ったり、天幕の上にとどまったり(出40:34,35)というように、神の栄光を表し、神の栄光に包まれる事を指し、しかも、それをあなた方はみることになると言われるのです。
これは、イエス様がご自分の事を言われていますので、天に昇り、また戻って来る再臨の事を話されているという事になります。イエス様は、御自分の立場、状況が悪く言われているのですから、少しでも弁護するような事を言えば良いのにと大祭司が思っている時、何もしゃべらない。
ところが、大祭司の言葉に、少しだけ話された時は、その内容たるや、非常に大きい。 つまりイエス様は、ごく近い将来に神の代理者として王位に就かれ、更にその後、神の栄光に包まれ、審判者として来臨すると言われた。そういうことなのであります。 これは、神殿を壊して三日で云々というのとでは訳が違う。そう大祭司は気が付いた訳です。
そこで65節には、「自分の衣を引き裂」き、怒りを露わにしました。 そしてこう言いました。65,66節 「神への冒涜だ。これでもまだ、証人が必要でしょうか。あなたがたは、今、神をけがすことばを聞いたのです。どう考えますか。」 すると議員たちは言いました。「彼は死刑に当たる」とそう言いました。
この時、サンへドリンの議員たちは、どのくらい集まっていたのでしょうか。 必要定数は集まっていたのでしょうか。大祭司カヤパは、議員たちに聞いております。65,66節「神への冒涜だ。これでもまだ、証人が必要でしょうか。 あなたがたは、今、神をけがすことばを聞いたのです。」と。
こうして、イエス・キリストの罪状は決まったのであります。 真の神を冒涜したという、涜神罪(とくしんざい)あるいは、冒涜罪であります。 そして、その後の扱いは、どんどん悪くなっていきます。 イエス様の番兵たちでありましょうか。67-68節を見ますと、 「そうして彼らはイエスの顔につばきをかけ、こぶしでなぐりつけ、 また、他の者たちは、イエスを平手で打って、こう言った。 『当ててみろ。キリスト。あなたを打ったのはだれか。』」 などと、イエス様を辱めました。
イエス様はこの時、目隠しされていましたから、つばきをかけられ、こぶしでなぐられ、平手で打たれ、誰が打ったか当ててみろという、行為はゆるされないこと。しかし、それが堂々とまかり通る政治状況であったのでした。イエス様が、そのような状況の中で耐えられ、更には十字架への道へと進まれた事は、誠に残念としか言わざるを得ません。
私達は、イエス様をこのような目に合わせた者を憎みます。 しかし、一歩下がってイエス様を見た時、その場に自分がいたなら、どういう行動を取っただろうか、本当に考えさせられます。そして同じ間違いを今のこの時代にしないようにと教えられます。キリストの捕えられた姿を想像しながら、預言者イザヤが書きましたように、
「私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」という十字架刑が成就するためにそして犠牲を払って下さったことを覚えたいのです。
イエス・キリストは私たちにとって神か人かではなく、神であり人であるお方であった。この真理をこの朝、もう一度確認したいものです。そして神であり、人である故にイエス様は、私達の罪を完全に贖う事が出来たし、赦された。その事の素晴らしさを神様に感謝しようではありませんか。
2014年11月16日(日) 「ペテロの涙」 マタイ26:69-75 竹口牧師
ユダの裏切りによってイエス様は捕えられました。ヨハネの福音書によりますと、その後イエス様は、元大祭司であったアンナスの所へ連れて行かれ、審問を受けられます。それから次に、今私達はマタイの福音書を開いておりますが、そこにも書いてありますようにその時の大祭司でありましたカヤパの所へイエス様は連れて行かれ、審問を受けられました。それが先回見た所であります。
イエス様は、そこで瀆神罪という罪名をつけられました。神を冒涜したというのです。そして、これは最も大きな罪で、死刑に当たるものでした。そこでイエス様は、毅然たる態度で大祭司カヤパに応じられ、正しく弁明されました。しかし、カヤパには、その正しさが分かりませんでした。
一方、では、そのイエス様の弟子であったペテロはその頃どうしていたかを書いてあるのがきょうのところです。ペテロは、なかなか勇気のある人でありました。マタイが58節に書いていましたように「しかし、ペテロも遠くからイエスのあとをつけながら、大祭司の中庭まで入って行き、成り行きを見ようと役人たちと一緒にすわった。」とある通りでありました。
身の危険を感じて弟子たちは一斉に逃げたのですが、ペテロは違っておりました。何しろペテロは、つい先ほど、ゲツセマネの園でイエス様が「あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散り散りになる。』と書いてあるからです。」とおっしゃった時、33節でペテロはこう言っておりました。
「たとい全部の者があなたのゆえにつまずいても、私は決してつまずきません。」とでありました。つまり、強い意志と決意とがあったのでした。しかし、それに対してイエス様は、ペテロにこう言われました。「まことに、あなたに告げます。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」とでした。
これは、自信を持っていたペテロにとって想像しがたい事でした。 それどころか35節には「たとい、ご一緒に死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。」と言ったぐらい、死をも恐れない思いでありました。勿論、その後の続きに「弟子達はみなそう言った」とありますので、ペテロだけがそう言ったのではありませんでした。弟子たちみんながそんな思いでいたのが現実でした。
ところがどうでしょうか。 イエス様が捕えられると弟子たちは、蜘蛛の子を散らすがごとく、姿を消したのでありました。イエス様の死に向かっておられる勇気ある態度に対して、弟子たちの情けない事といったら、本当に残念です。と言いつつも、私も弟子の一人としてそこにいたなら、同じような行動をとったでありましょう。
ところで、イエス様の11弟子の中でも、ペテロは、少し違った行動を取った事をきょうの所でマタイは書いているのであります。それは、イエス様を愛するがゆえに、 心配しての行動だったのかもしれません。ペテロはまず、イエス様が捕えられてから、どういう行動を取ったか、福音書には詳しくは書かれていませんので分かりませんが、マタイは、大祭司の中庭での出来事を書いているのであります。
69節を見ますと、ペテロは「中庭」に座っていますので、そこにまず、入り込んだようです。しかし、誰でもが入れる訳ではありませんので、ある人は、12弟子のヨハネの活躍があったという人がいます。つまり、それは、イエス様の11弟子の中のペテロだけでなく、ヨハネも勇敢であったともとれるのですが。
しかしその一方では、そんな事はあり得ない。ヨハネの活躍ではないという人もいるのでわかりませんが、いずれにしましても、弟子ヨハネの活躍と言いますのは、ヨハネ18:16によりますと、「ペテロが外の門の所に立っていた。それで、大祭司の知り合いである、もう一人の弟子が出て来て、門番の女に話して、ペテロを連れて入った。」とありますから、このもう一人の弟子というのをヨハネだという人と、否、そうではないという人と二つの説がある訳です。
が、いずれにせよ、その人が門番の女に話してくれたので、ペテロは入る事が出来たという訳であります。それだけ、チェックは厳しかった訳であります。イエス様の11弟子の中の二人又はペテロ一人にしても、イエス様が、どうなるか、心配しながら遠くからでも眺めている。また見張っている。これは、相当度胸がないと出来ない事だと言えましょう。イエス様がどうなるか心配だけでなく、自分もそうだからです。
ところで、中庭について一言申し上げますと、その当時パレスチナの裕福な家は、中央の中庭の周囲に棟が建っていて、各部屋は中庭に向って開くようになっておりました。つまり、ペテロが大祭司の中庭に入ることは、獅子のおりの中に踏み込むようなものであったわけです。
つまり、相当度胸がないと入れませんし、また、それだけに精神的な緊張が常に走っていた、そういう状態であったでしょう。それは、イエス様を愛するが故の行動であったと言えましょう。そういう意味では、ペテロの勇気は買ってやらないといけないでしょう。「たとい、全部の者があなたの故に躓いても、私は決して躓きません」との宣言の何分の一は果たしている、そのように私は思うわけです。
そして第二番目は、その勇気がもろくも崩れ去る現実であります。それを次に見る事にします。 69,70節「ペテロが外の中庭にすわっていると、女中のひとりが来て言った。『あなたも、ガリラヤ人イエスといっしょにいましたね。』しかし、ペテロはみなの前でそれを打ち消して、『何を言っているのか、私にはわからない。』と言った。」とあります。
ペテロは、即座に話しを曖昧にしておりますが、考えてみれば、おかしな話でありまして、女中は一体、いつ、どこで、ペテロがイエスと一緒にいたのを見たのか。何も言っていないのです。
今は夜中です。イエス様が捕えられたゲツセマネの園に女中がいたとは思えませんし、 とするなら、町中を一緒に歩いている所を見た事があるということなら、それはあっても不思議ではありません。しかし、ペテロは非常に敏感に女中の言葉に反応しているのです。ですから、71,72節で次の女中の言葉には更にペテロは反応する事になって行くのであります。
71,72節 「そして、ペテロが入口まで出て行くと、ほかの女中が、彼を見て、そこにいる人々に言った。『この人はナザレ人イエスといっしょでした。』とであります。この女中もそうであります。イエス様が捕えられた時の暗がりのゲツセマネの園に彼女は行っていたのでしょうか。とてもそうとは私には思えません。
としますと、ペテロは、またも女中の言う事を信じ、恐れをなして、女中のちょっとした言葉に反応してしまった、ということでありましょう。そして誓って、『そんな人は知らない。』と言った。」というのです。
これもまた、よくよく考えてみますと、『この人はナザレ人イエスといっしょでした。』という女中の言葉、それが、どうしたというのでしょうか。いつもイエス様が行かれる所はひとだかりでした。そういう中で、ペテロを見かけたからと言って、それは、どうってことはありません。
それに、イエス様は捕えられましたけれども、エルサレム当局は、弟子たちを指名手配するような事は一切取りませんでした。つまり、エルサレム当局は、今回の場合、 弟子たちを捕える事等は眼中になかったのでした。とにかくイエスを捕える事だけが おもな目的であった訳であります。そういう意味からしますと、ペテロはイエス様の事を心配しながら、いつの間にか、自分の事がもっと心配になって来た。そして自分の身の安全の事がとても気になっていた。そういうことができましょう。 ペテロは最初中庭に座っていました。しかし、そこで女中の指摘に怖くなり、入口まで移動します。いつでも逃げられるようにであったでしょうか。
しかし、そこで更に女中の言葉に恐れをなすのです。 そして今度は、その辺りに立っている人々がペテロに近づいてきて『確かに、あなたもあの仲間だ。言葉のなまりではっきりわかる。』と言った。」というのです。
こういうことは、なかなかあり得ない事であります。 よほどペテロに対して印象深く覚えていなければ、また、同じ時に3人のひとから言われるなんて、明らかに神様のお働きがなければありえないような出来事とも言えましょう。ペテロは「そんな人は知らない」と言ったというのです。勇気、自信を持って大祭司の中庭にまで行ったペテロでした。しかし、それが如何にもろいものであるかを私達は教えられます。
ペテロはイエス様に言っておりました。 「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。」(26:35)と。しかし、その言葉も、虚しく消えて行ってしまいました。私達の信念、確信、熱意、それらはなんの力もありません。また、いかに頼りにならないかを教えられるのであります。
決してペテロを馬鹿にしたり、笑ったりできないのです。ですから、そのことをしっかりと覚えておきたいのであります。74節にはこうあります。
「すると彼は、『そんな人は知らない。』と言って、のろいをかけて誓い始めた。するとすぐに、鶏が鳴いた。」と。
ペテロはどうして、三度も否定しなければならなかったのでしょうか。それも、あまり時間が経たないうちにであります。それは、私たちが、あまりにも罪を犯しても忘れやすい。あるいは、気にも留めないということでありましょうか。指摘があったから、初めて気が付いたということでしょうか。
ペテロで言えば、鶏が鳴く事によって、イエス様のお言葉を思い出したという事でしょうか。とするなら、私達は、出来るだけ多くの御言葉を心に蓄え、罪を罪として認めるよう対処しなければならないと教えられます。
もし、罪の指摘がなければ、私達は罪を犯し続ける事になります。 コロサイ3:16-17にこういう御言葉があります。 「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。あなた方のする事は、言葉によると行ないによるとを問わず、全て主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。」とであります。
「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ」なのであります。 そうしないと、罪を罪として認識する事がなくなるのです。これはまた非常に怖い事です。
さて、最後にもう一つの点を取り上げます。それは75節の点であります。 「そこでペテロは、『鶏が鳴く前に三度、あなたは、わたしを知らないと言います。』とイエスの言われたあのことばを思い出した。そうして、彼は出て行って、激しく泣いた。」とあります。
ペテロは、最初自分の力、考えに頼っておりました。 ですから、イエス様がご自分の死の事を話されると、「そんな事が、あなたに起るはずはありません。」と言いましたし、「あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます。」と言われれば、「たとい全部の者があなたのゆえにつまずいても、私は決してつまずきません。」と啖呵を切りました。それだけの自信家が、いとも簡単にイエス様に言われる通りにやってしまったのです。
如何に、人間の決心、確信が当てにならないかを教えられます。 私達は、自分の力、能力、確信、の上に、知らず知らずのうちに立って行動しているというのが現実かもしれません。イエス様に頼って生きていると言いながら、実は、自分自身を信じて歩んでいる。だから、本当に信仰が問われる時、その信仰がぐらつく。ゆれる。どうしたらよいか分からない。そして、易しい方に選択をしてしまう。 そういうことでありましょう。
イエス様のお言葉は、何の偽りもありませんでした。現実を語っておられた訳です。 現実は、イエス様の死が音を立ててやってきておりました。 まさにそこまで、イエス様ご自身は感じておられました。 そんなイエス様の言葉をペテロ達は信じきれていませんでした。 だから、身の危険を感じると、さっさと逃げかくれしたのでありました。
ペテロは、これまで何度も失敗をしてきました。 自分の考えや力に頼った歩みであったと言えましょう。 ところが、それを徹底的にイエス様は、今回の事で打ちこわし、神様の御前に自分はどういうものであるか、示されたのでした。
マタイは、イエス様が捕えられカヤパの所に連れて行かれても、毅然とした態度を取られた事を書いておりますが、一方、ペテロはそのようには書いていないのであります。
ある人は、きょうのペテロの記事の所の項目を、「勇気の限界」とつけております。そしてこのように続けて書いています。「マタイはこれまで、勇敢なペテロの姿を書いて来ました。『鶏が鳴く前に三度、あなたは、わたしを知らないと言います。』とイエスの言われたあのことばを思い出した。
多くの人は、自分の犯した過ちに気が付きますが、それは、だれでもがしていることであり、大したことではない。私一人の問題ではなく、他にもいっぱいいるではないか。そのように開き直り、神様の御前に悪うございましたという心からの反省がありません。
しかし、ペテロは、どうだったかと言うと、「イエスの言われたあのことばを思い出した。そうして、彼は出て行って、激しく泣いた。」とある。ペテロの今までのさまざまな言動の失敗、一つひとつが、真剣であった事を私達は教えられる。真剣であったからこそ、自分の犯した罪の大きさが、手に取るようにわかったと、そのように言います。
そしてそれは、彼の心を激しく揺さぶり、従ってペテロは、出て行って激しく泣いたのだということになります。彼は、自分の弱さ、そして罪に対して、徹底的に悔いたのでありました。ペテロの新しい出発は、これがあってこそと言えましょう。
もし、これがなかったなら、ヨハネ21章にあるようにイエス様が甦られて、「あなたはわたしを愛しますか」と後に三度聞かれた時、正しくは答えられなかったでしょう。 私達は、罪赦され、神の子とされる特権が与えられ、天国への希望が与えられていますが、そこには、イエス様の大きな犠牲である死があった事を、常に覚え、信仰の原点を常に思いだしたいものであります。
罪を犯しても犯しても、主の憐れみは何という大きく深く、広いものでありましょうか。罪赦されている私たちがなお罪を犯してしまう。しかし、真剣にその罪に向き合い、神の御前に赦しを請う時そこにキリスト者としての赦された歩みがあると言えましょう。
2014年11月30日(日) 「ユダの死」 マタイ27:1-10 竹口牧師
きょうから27章に入って行きますが、マタイは、26章の終りのほうで、イエス様の毅然とした態度を、大祭司の質問に対してされたこと、そしてその次に、ペテロがイエス様を知らないと三度否んだ事を書き、更にきょうの所では、ユダが自殺に走った事を書いております。こうして見ますと、三者三様をマタイは続けて描いている事になります。
きょうの最初の1,2節は、ユダが自殺を考える動機となるところであります。 1節にこうあります。「さて、夜が明けると、祭司長、民の長老たち全員は、イエスを死刑にするために協議した。」とであります。
実は、すでに夜中に大祭司カヤパのもとに審理され、「神を冒涜した」という罪で、死刑の判決を下していました。しかし、それはまだ正式ではありませんでしたので、夜が明けるのを待って、議会を招集し、正式に決めるために朝にも開いたのでありました。何しろ、サンへドリンでは、昼間開く事が決まりだったからです。
とはいうものの、ユダヤ人は普通の裁判をする事が出来ても死刑に関しては、パレスチナを支配しているローマにあった。そういう状況でした。従って、朝早く集まったのは、正しく言いますと、イエスに対する正式な起訴状を作る為というのが主な目的でした。
死刑の宣告は、ローマ総督が行ない、その執行はローマ当局が行う事になっておりました。大祭司をはじめ、祭司長、民の長老たちは、自分たちで死刑を行ないたかったのですが、せいぜい総督ピラトに起訴状を提出し、その中で確実に死刑にもっていく事が彼らには精いっぱいでした。
ところがです。 ユダヤ人たちにとって都合が悪い事に、宗教上の問題は、それぞれの土地柄で処理するよう決まっていて、ピラトがユダヤ人の起訴状を却下する事は目に見えていたわけであります。
それでも、イエス様の今までの行動からすれば、多くの人をイエスのほうに向けた扇動者であり、何よりも自分が王であると自称しているその事は、ローマ帝国にとっては十分な犯罪者であるとして、訴えたわけでありました。
ユダヤ議会での協議の結果と言いますのは、死刑にするためには、先ほどあげました、人々を扇動した事、自分を王とした事。これらを理由として挙げる事で一致しました。 そして2節にありますように、イエス様を縛って、総督ピラトの所に送ったのでありました。議会でイエス様を犯罪人として扱われるようになり、更には総督ピラトの所に送られた。これはもう、大変な事になったとユダは考えたでありましょう。
次に、第二番目に見たいのは、ユダの動向であります。ピラトは本来、カイザリヤに駐在しているのですが、過越の祭りなどのような大きな出来事がある時には、治安を守るためにエルサレムの官邸に来ておりました。そしてこの事を知ったユダの心は動くのであります。それも、後悔の念でありました。
「(しまった。)私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりして」という風にであります。まあ、当然と言えば当然であります。自分からイエス様を銀貨30枚で売ったのですから。またゲツセマネの園に祭司長や民の長老たちを手引きし、捕えさせたのですから。更には、自分は直接関与していないものの、ローマの総督ピラトに引き渡されてしまったのですから。
今更後悔しても始まらないのですが、3節を読みますと「そのとき、イエスを売ったユダは、イエスが罪に定められたのを知って後悔し、銀貨三十枚を、祭司長、長老たちに返して、」とあり、さらに4節には「私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりして。」とまで言っているのであります。
さあ、ここで問題なのは、これらユダの言動は果たして罪の悔い改めと取れるのだろうかということです。これはユダにとって大変大きな問題でありました。
ある人はこう考えます。 「イエスが罪に定められたのを知って」というところから、ユダは、イエスが罪に定められるとは思っていなかったのではないか。むしろ敵方に波瀾を引き起こすことを 期待していたのかもしれない、という風にであります。いわば、ユダの無知が、こんな大きな事になったという訳です。イエスの死刑なんて考えてもみ見なかった、ということでしょうか。
あるいは、ユダは、自分が犯した罪の厳しい現実とその意味を初めて知って後悔した。こんなに大ごとになろうとは・・とです。そして、ユダが真実に悔い改めたかどうかについては、私は、ユダの言葉から罪を悔い改めたと理解するという人もいます。ただし、遅かったのです、という風に言われます。遅さ早さが悔い改めに於いてあるのでしょうか。
確かに、「時」というものがありましょう。そしてその「時」を、正しく読む必要はあります。ユダが、なぜ裏切ったのか。お金だったのか。12弟子の中でうまく立ちまわれなかったのか理由は分かりませんが、イエス様が死刑になる方向に自分は動いた事だけは確かです。
これは、決して消す事の出来ない事実であります。 また「時」というものを大切にしなければならないでしょう。 死をまたぐ前に、生きている間に神様の御前に真に悔い改め、それにふさわしい言動であるなら、その人は、確実に神様との正しい人生を送っていると言えましょう。
しかし、ここのユダの場合、どうでしょうか。 イエス様を敵に売った彼は、もはや止める事の出来ない処刑台へとイエス様を向かわせているのです。「時間よとまれ!」あるいは、「時間よもどれ。」そして、「イエスを売る前の弟子のひとりになれ!」とユダはそう叫びたかったでしょうか。いいえ。そんな事を考える余裕すらなかったでありましょう。
とにかく、自分の犯した罪を清算するべく、銀貨30枚を祭司長、長老たちに返し、と言っても、受け取ってくれないので、神殿に投げ込んで立ち去ったのでありました。 彼らは言っております。「私達のしったことか。自分で始末する事だ」 もうこの時、祭司長、長老たちの心は、ユダから離れています。 もっとも、そんなに近い存在ではありませんでしたが。
ところで、先回見た箇所では、ペテロがイエス様に罪を犯した事が出ていました。 それは、イエス様がペテロに向かって「鶏が鳴く前に三度、あなたは、私を知らないと言います」と言われていたにもかかわらず、更にはその受け答えとして、「私は、あなたを知らないなどとは決して申しません」とまで言ったにもかかわらず、イエス様の宣言通り、その通りになって、激しく泣いたことがでておりました。
ペテロは、その後どうしたかと言いますと、11弟子の一人として留まり続けるのであります。勿論、ガリラヤに戻って漁師に戻りかけた事はあります。しかし、それは彼らに与えられた主からの使命の確認の時であったと言えましょう
では、ユダはどうしたでしょうか。5節の終わりにあっさりと書かれております。 「外に出て行って、首をつった」とです。これが、ユダの最後でありました。
第3番目に取り上げたい事は、ユダの取った行動と、ペテロの取った行動との違いであります。ユダは、死を持って自分の生涯を閉じ、それで決着をつけたと思っています。これは、私の想像ですが・・。
しかし、彼の犯した罪は消える訳ではありません。 自分の命の責任と、イエス様を死刑にする者と組して、イエス様の命をも奪うことになるのであります。この罪に対する追求は、死の先まで追って来る事をユダは知っていたのでしょうか。
一方、ペテロはどうでしょうか。 ペテロのこの世の人生は、まだまだあります。 イエス様に対して罪を犯したけれども、罪を悔い改め、主の御用のために、身を献げて行く決心をしたでありましょう。ユダは、それさえも断ち切ったのでありますが、ここに、ペテロとユダの大きな違いがあります。そして、真の悔い改めとは何か、本当に考えさせられます。
命を絶つことなのか、生きながらえて主を証しする事なのか。 命を絶つことで、本当に罪の代価を払った事になるのか。 命を断って、次に何か生まれるものがあるのか。 色々と考えさせられます。
確かに罪を犯して、それを告白し、そのまま生き続ける事は、生き恥をさらすようなものです。ユダは、それに耐えられなかったのでしょうか。あるいは、そんな事など考えられる余裕などなかったのでしょうか。
しかしペテロは、自分の犯した罪が、マタイ、マルコ、ルカの3人が取り上げ、ヨハネもそれに関係する事を最後に取り上げています。「あなたはわたしを愛しますか」というようにであります。ペテロは、そのようにみんなに書かれても、恥ずかしさを諸ともせず、主に仕える者となって行くのであります。
ユダは、それが耐えられなかったのでしょうか。 それとも、イエス様を死に導いた責任は自分にあるとして、死をもって報いようとの考えが最初からあったのでしょうか。それならそれで、神の御前に判断を求めるべきであったでしょう。勝手に自分の命を絶つ事は赦されない事です。
先ほども言いましたが、彼は、イエス様を敵に売った罪だけでなく、自分の命を断つという二つの大きな罪を犯した事になるのです。マタイは、ユダの最期を、「首をつった」とだけ書いております。しかし、ルカは、使徒の働き1章の所で、こう書き表しております。
16節以下ですが、 「兄弟たち。イエスを捕えた者どもの手引きをしたユダについて、聖霊がダビデの口を通して預言された聖書のことばは、成就しなければならなかったのです。ユダは私たちの仲間として数えられており、この務めを受けていました。(ところがこの男は、不正なことをして得た報酬で地所を手に入れたが、まっさかさまに落ち、からだは真二つに裂け、はらわたが全部飛び出してしまった。このことが、エルサレムの住民全部に知れて、その地所は彼らの国語でアケルダマ、すなわち『血の地所』と呼ばれるようになった。)」とまで詳しく書いているのであります。
このように、ルカによる使徒の働きに書いてあるユダの最期は、壮絶たるものであります。ですからこのルカの書いたものとマタイの書いたものとの調和をとってユダの死をこのように説明しているものがありますので、一応、取り上げておく事にします。 このように説明がなされています。
「ユダはイエスを裏切った金で、ある地所を購入しようと計画し、交渉していた。しかし、イエスを裏切ったことを後悔し、ユダヤ教指導者に金を返却した。そして、購入しようとしていた地所で木に縄をかけ首をつった。ところがその縄が切れ、地に落ちて体が飛び散るような死に方をした。ユダヤ教指導者達は、ユダから戻された金で、外国人を葬る為の墓地として、ユダが購入しようとしていた地所を買った。その際払った金は、法的にはユダの者だったので、ユダの名義で購入した。」というようにであります。
ユダの死んだ状況が良くわかります。 そして、その死後の事も書かれておりましたが、きょうの聖書箇所であります27章9-10節のことについて一言申し上げますとまずこうあります。 「そのとき、預言者エレミヤを通して言われた事が成就した。『彼らは銀貨三十枚を取った。イスラエルの人々に値積もりされた人の値段である。 彼らは、主が私にお命じになったように、その金を払って、陶器師の畑を買った。』」つまり、ここに「預言者エレミヤを通して言われた事が成就した。」とあるのですが、
実はこれは、ゼカリヤとエレミヤの預言の組み合わせであり、このような場合、有名な預言者の名を一人あげるのが普通で、ここでは、エレミヤの預言とされています。これと同じような例は、マルコ1章にも出ておりまして、マルコは「預言者イザヤの書にこう書いてある」として、マラキ書とイザヤ書の引用を書いております。
それはともかく、この朝見ました事は、 第一に、ユダの自殺の動機というものを見て来ました。 彼の取った行動によって、イエス様は逮捕、極刑へと進んだことをみました。 次に、第二番目に見たのは、ユダの動向であります。 いわば、自殺へと走る行程を見ました。 そして第三番目に取り上げた事は、ユダの取った行動と、ペテロの取った行動との違いでありました。 ユダは自殺し、ペテロは悔い改め生きることを選びました。 生きるか死ぬか、それは紙一重であります。 ダビデは、自分の息子のアブシャロムと戦わざるを得なかった時、アヒトフェルがアブシャロム側に着いた時、ダビデは大変力を落としました。それほど、アヒトフェルは優秀だったからでした。
しかし彼は、自分の思うようにならないと、後々の結果を読み、自殺をしてしまいます。(U列王17:23)また自殺にまつわる話としましては、ヨブ記の中でヨブの妻が、夫の姿、状況にいたたまれなくなってついに、「神をのろって死になさい」と自殺を勧めます(ヨブ1:9)
ところで、十戒の第6番目は、「殺してはならない」とあります。 そしてその答えは、バプテスト教理問答(71問)によりますと、「我々自身の、あるいは隣人の生命を不当に奪う事、およびそういった傾向のある全ての事を禁止している」とあって、自殺を禁じています。
ユダの自殺の事実に直面し、私達は、普段の生活が正しく営なまれているか確認すると共に、主は、必ず逃れの道を備えておられる事を信じ、ひたすら主にすがって生きて行きたいものです。
言うまでもない事ですが、主にすがって生きて行くのですから、神様を敵に回すような事はしない事であります。これをするなら最後は死である事、永遠の審きにあう事を覚悟しなければならないでしょう。
周りがすべて敵であっても、神様が味方であるなら、敵に勝利はないのです。 最後に、先ほど歌いました讃美歌340番の歌詞を味わって終わりと致します。
1 ただ主をたたえて ただ主を歌わん 望みも救いも 主にのみあれば
2 ただ主に仕えて みわざをつとめん みもとを去らする 力はあらじ
3 ただ主をあおぎて おのれをささげん したしく主イエスに まみえまつれば
4 ただ主に、ただ主に 我らはならわん 十字架の恥さえ しのべるイエスに どんな時も主を褒め称えて、人生を歩みたいものです。
|