東京聖書教会TOP /毎月の説教

毎月の説教

[先月] [来月] [最新の説教]

2015年1月11日(日) 「ピラトの決断」  マタイ27:15-26  竹口牧師

ユダの裏切りによってイエス様は捕えられました。その後、たらい回しのようにされて審問や裁判を受けさせられ、きょうの所では、最後の第6回目の裁判の所であります。それも、ローマの総督ピラトが裁く裁判であり、弁護人なしの一方的な審理が行なわれるのであります。

先回の11節の所では、イエス様は、「あなたは、ユダヤ人の王ですか」とピラトに尋ねられ、それに対してイエス様は直訳で言いますと、「あなたは言う」と答えられたのでありました。そこを新改訳では「そのとおりです」と訳されていますし、新共同訳では「それは、あなたが言っている事です」との訳でした。それぞれ前後関係から導き出された訳でありますので、どれが正しく、どれが間違っているとも言えない訳であります。

ところで更に祭司長や律法学者達は、様々な訴えをしたようですが、それに対してイエス様は、一言も反論されませんでした。その沈黙がイエス様にとって何を意味したかは、分かりません。が、これには、ピラトも非常に驚きました。なぜなら、イエス様にとって不利な証言ばかりだったからです。

さて、ピラトは、今回の裁判を取り仕切るにあたって、いつもしていることをしようと思いました。それは、15節にありますように、「祭りには、群衆のために、いつも望みの囚人をひとりだけ赦免してやっていた。」ということでありました。

そしてそこで第一に考えなければならなかったのは、誰を赦免するかでありました。
ピラトには、ピラトの一つの考えがありました。それは、今訴えられてるイエスという者を赦免することでした。

一方、丁度その頃、名の知れた囚人が捕えられていました。その名をバラバと言いました。ピラトは自分の考えもありましたが、一応聞いてみる事にし、言いました。
「あなたがたは、だれを釈放してほしいのか。バラバか、それともキリストと呼ばれているイエスか。」とです。

ピラトにとって、イエスが訴えられているのはユダヤ人のねたみから来ていることを重々承知しておりました。そこであえて、聞いてみたのでした。あたかも自分にはどういう風にでもできるんだぞ、という権力じみた事をみせびらかすがごとくに、でありました。

一方、ユダヤ人たちにとって非常に残念なことは、彼らには、人を処刑する権限がないことでした。つまりそれは、ローマに委ねなければならない。判決は、ピラトに委ねられ、死刑執行はローマがする事であり、ユダヤ人たちには、それらの権限がありませんでした。

ところで、総督ピラトは、宗教的な問題には、あまり首を突っ込みたくない。
それはどうしてかと言いますと、それぞれの地域によって違うので、面倒であった訳であります。また、問題にもなりやすかったのでしょう。ですから、そういうピラトの事をよく知っている彼ら祭司長達は、宗教的な問題としてではなく、何とか政治的な問題として取り上げてもらおうと考えました。

ところで、ピラトは、イエスから話しを聞くと、どうしても、死刑に値する問題ではない事が分かってきました。そこで、大変困る訳です。
これまでの話から言いますと、祭司長たちが言いますイエスが死ぬに値する罪とは
次のようなものでした。
その第一は、イエスが反乱の扇動者であるとしました。
第二は、イエスが人々に納税を拒否するよう勧めているというもの。
第三は、イエスは自分が王であると主張しているというものでした。

これらは、明らかに宗教的な問題ではありません。極めて政治的であります。
つまりエルサレム当局は、そのような事をあえて取り上げたのです。
しかし、ピラトはそれを見抜きました。
ですから、何とかイエスを生かそうと考える訳であります。

まずは、ピラトは祭司長、長老たちに聞きました。
「あなたがたは、だれを釈放してほしいのか。バラバか、それともキリストと呼ばれているイエスか。」とです。

ここでバラバという名前について少し申し上げなければなりません。
それはまた、聖書の原典にまで遡らなければなりませんが、そもそも原典というものは現在ではないということは、もう皆さんご存知の通りですが、つまり、私達の聖書は写本から訳されております。そしてその写本の中には、ピラトの言った言葉の中で
「バラバか、それともキリストと呼ばれているイエスか。」という部分の「バラバか」に当たる部分が、「イエス・バラバか」となっているものもあるのだそうです。

大変少数だけれどもということです。
つまり、この事から考えて言いますなら、「バラバと言われるイエスか。キリストと言われるイエスか」そのどちらを釈放してほしいのかという事になります。実際のところはバラバは、本来イエスという名前であったそうです。そしてイエスという名前は、男の子の名前で、特に長男に広く付けられた名前でした。

そこで、バラバは、言わば後から付けられたニックネームであると言われています。
つまり、ニックネームを付けることによって、多くのイエスの中で区別したとも言われます。後の時代になってバラバであるにもかかわらず、主イエスと同じ名前であったことを嫌ってこのイエスという名前を消したのではないかと言われています。
ですから、数多くある翻訳された聖書の中には、「イエス・バラバ」と訳している聖書もあるそうであります。

ところでホセアは救いの意味で、ヨシュアの短縮形です。
あるいはヨシュアは主は救いという意味で、ギリシャ語化するとイエスとなり、好まれてつけられました。

一方バラバというのは、「アバという者の子」という意味で、アバとは父という言葉です。従って、わざわざ「父」、「アバ」と呼ばれていたこのバラバの父親は、もしかしたら律法学者、ラビ、大変優れた宗教的な指導者であった、そのように言う人もおられます。ですから、人を殺した者ではあるけれども、革命家或いは民族主義者であったのかもしれないとも言われます。

ところで、福音書ではどう言っているかと言いますと、バラバは、マルコ15:7によりますと「暴動の時、人殺しをした暴徒達と一緒に牢に入っていた」囚人とあるのであります。つまり、そのマルコの福音書によりますと必ずしもバラバが殺人を犯したようには書かれていません。

しかしながら、ではルカの福音書を見ますと23:19で、 「バラバとは、都に起こった暴動と人殺しのかどで、牢に入っていた者である。」とありまして、はっきりと人殺しをしたように書かれ、大罪を犯した事が書かれています。

次に、ではヨハネはどのように書いているかと言いますと、「このバラバは強盗であった」(ヨハ18:40)と簡単に記しており、つまり4人の書き方全体を見ますと、バラバは、単なる物とりではなかったことがわかります。

またバラバ逮捕のきっかけとなりました、エルサレムで起った暴動の動機については伝えられていませんが(ルカ23:19)、おそらくローマの支配からの武力による解放を目指す、政治的意図からの企てであり、この事件は(マタ27:16,マコ15:7)当時よく知られたものであったと思われます。

さて、バラバの支持者たちが、バラバ釈放の要求の機会としたのは、過越の祭りの時であり、しかも、ローマ総督が囚人を釈放する慣習については、この福音書以外(マタ27:15,マコ15:6,ヨハ18:39)、他の文献には言及がないと言われます。

しかし、さまざまの理由で囚人を解放した例はあるようであります。
祭司長たちは、バラバを支持する群集の要求を取り上げ(参マコ15:8)、イエスの釈放に傾くピラトを抑え(マタ27:17,マコ15:10)、結局、バラバ釈放へと事態を導いて行くのであります。

しかしながら、バラバを釈放し、イエスを拘留にするにはピラトにとっては、あまり気が進みませんでした。その理由の一つに18節のことがありました。つまり、祭司長や長老たちの本音は、ねたみから出ていて、逮捕に値しないということが分かっていたからです。

二つ目の理由は、19節にありますように、ピラトの奥さんからの願いが、もう一つの有力な力になっていたことでしょう。19節にこうあります。

「また、ピラトが裁判の席に着いていたとき、彼の妻が彼のもとに人をやって言わせた。『あの正しい人にはかかわり合わないでください。ゆうべ、私は夢で、あの人のことで苦しいめに会いましたから。』」とであります。

果たして、どんな夢を見たのでありましょうか。
イエス様を苦しいめに遭わせる事によって、自分がひどい目に遭った。
そんなことしか、私には想像できないのでありますが、少なくともイエス様が関係する何かの夢を見て、ピラトの奥さんは怯えて遣いを出したのでありましょう。相当ショックな夢を見たに違いありません。

いろいろな夢を私も見ますが、夢というものは、全く想像がつかないような現実離れしたものが多いものです。ピラトの奥さんも、恐らくその雰囲気にのまれたのかもしれません。

ところで三つ目は、24節にありますように、群衆を押さえ、留める事がもはや出来ないと思われるほどになった。群衆の勢いが増し、このままほおっておくならば、治安維持が出来なかったという責任問題がピラト自身に飛び火して来る、そんな状況になって来たといえましょう。もはや真実がどうのこうのという段階を飛び越えておりました。

こうなってきますと、当然ながら自分の身の安全をピラトはまず第一に考えるようになってくるものであります。21節から23節まで続けてお読みいたしますが、

「しかし、総督は彼らに答えて言った。
『あなたがたは、ふたりのうちどちらを釈放してほしいのか。』
彼らは言った。『バラバだ。』
ピラトは彼らに言った。『では、キリストと言われているイエスを私はどのようにしようか。』
彼らはいっせいに言った。『十字架につけろ。』
だが、ピラトは言った。『あの人がどんな悪い事をしたというのか。』
しかし、彼らはますます激しく『十字架につけろ。』と叫び続けた。
そこでピラトは、自分では手の下しようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、群衆の目の前で水を取り寄せ、手を洗って、言った。
『この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するがよい。』」
という風に進んで行きます。

お読みするのは以上ですが、完全に責任逃れをしていることが、よく見えて来ます。
今も最後の方で読みましたように、ピラトはこの後、水を取りよせ、手を洗ってこう言ったとありました。

「この人の血について、私には責任が無い。自分たちで始末するがよい。」であります。従って、25節で民衆はこういうのです。
「その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい。」とであります。
本気でそういったのか、疑問でありますが、言った事に間違いはありません。

しかしながら、自分たちの上にならわかりますが、「子ども達の上にかかってもいい」と時代を越えて、彼らの罪が続く事を赦していることは、親としては、非常によくないと私には思えるのであります。なぜなら、未来に関わる負の遺産は残すべきではないからです。

この最後の沙汰を見ていまして、ピラトがどう言う人か、知りたくなってきます。
そして、結果はなるべくしてなったとも思えます。つまり、裁判の流れの雰囲気、打算などが働いての結果であり、もしかしたら、ピラトの性格を表していたのかもしれません。

私達の教会では、主の祈りは礼拝でご一緒に祈りますけれども、使徒信条は唱えないのであります。ですから、この教会で育った方には、よくわからない。
逆に、他の教会で育った方には、毎週、主の祈りと同じように使徒信条も唱えますので、よく覚えておられる事と思います。

因みに使徒信条でピラトの名前の出る所の部分だけと言いますと、「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」であります。そしてそれは、毎週唱えられなければならないほど悪であった。そのようにさえ思わされるのであります。イエス様を逮捕へと導いたユダがそうですし、今ここでは、死刑執行の道を開いたのがピラトだからです。

実はピラトとは、こんな人物であったようであります。
ピラトは、正式には、一地方の地方長官で、ローマの議会でなく、皇帝に直属していたようです。それも地方長官に任命される最低の年齢であったと思え、最低の年齢とは27歳だったそうです。彼は、相当の経験を積んだ人であったであろうといわれ、総督になるためには、軍務も含めて種々の役職を歴任して来なければなりませんでした。

ですから、ピラトは軍人としても、政治家としても、厳しい道を通って来た人であったに違いありません。彼がユダヤ地方の長官となったのは、紀元26年で、更迭されるまで10年間在職しておりました。

ピラトがガリラヤに着任した時、いろいろな問題に遭遇しましたが、その大部分は、自分で引き起こしたもので、理由は、ユダヤ人を少しも理解せず、ユダヤ人が固守する信条を、不合理で熱狂的な偏見として軽蔑したためであったからと言われています。

ユダヤの宗教が根強く、ユダヤ人の信仰が強烈なものであることを知っていたローマ人は、ユダヤ人の感情を刺激しないのが賢明だと考えていたものです。ところがピラトは、悠然と彼らに対して武力で臨んだそうです。

従って、最初から問題を引き起こしたと言われます。
ローマ軍の司令部はカイザリヤにありましたが、エルサレムに公式に入城するのに、ローマの軍旗をそのまま使うと問題が予想できたので、ピラト以前の総督は、変えて入城したと言われます。

ところが、ピラトはそうしなかった。
決して譲歩せず、妥協せず、軍旗の先には、ユダヤ人が嫌う刻んだ像が取りつけてあったそうです。従ってこれには、国民全体が嫌悪しました。国民全体がそうなのですから、罰するには国民全体をという事になりますが、そういう訳にも行かず、ピラトは折れたようです。

あるいはまた、エルサレムの給水設備を改善するために、費用として神殿の金庫の金を使用したという事もあったようです。まあ、そんなこんなでユダヤ人の心を逆なでするような事を次々としたようでありますから、人気がなかった。そして今回もまた、ユダヤ人の思いに反する事をしようとしたのでありました。

しかし、残念ながら彼は、今度は群衆の声に耳を傾け、彼自身は思い留まるしかありませんでした。そこで26節、「ピラトは彼らのためにバラバを釈放し、イエスをむち打ってから、十字架につけるために引き渡した。」のでした。

結局の所ピラトは、群衆の声に従わざるを得ませんでした。明らかにユダヤ人の嫉妬のためにイエスは殺されようとしている、その事を知りながら、何もできなかった。
自分の身を守るのが精いっぱいでした。

しかしそれはまた、今も使徒信条の中で「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け・・・」と教会によっては、毎週唱えられるようになったわけでありました。
私達は、何が正しく何が間違っているかをよく見極め、正しい見本として将来に残して行きたいものです。また、その正しさが聖書から導き出されたものであり、神様のお言葉に従ったものでありたいものです。

私達は今、大きな問題を抱えています。その問題を、見栄とか面子とか、体裁とか、そういうもので覆い隠すことなく、聖書の真理に照らし合わせて正しく行動したいものです。

2015年1月18日(日) 「知らずとも罪は罪」  マタイ27:27-31  竹口牧師

2015/1/18   マタイ27:27-31  知らずとも罪は罪
イエス様は、無実の罪で捕えられ、即ち、ユダヤ人たちの嫉みや嫉妬によって捕えられ、審きを受けられ、結局の所、十字架刑を受けさせられる事になりました。

しかし、その十字架刑も場合によっては、避ける事が出来る可能性がありました。
それが、ピラトが行なう赦免というチャンスでありました。
15節を見ますと、祭りには、「群衆の為に、いつも望みの囚人を一人だけ赦免してやっていた」とありまして、そのような慣例を自分でつくっていたようです。

そして今回のような場合、ピラトはイエスを赦免したいと思っていたようですが、
群衆の声と力に押されて、イエスではなくバラバのほうを赦免する事になってしまいました。

一方、イエスさまの方はどうかと言いますと、十字架につけられる前にまず、むち打ちの刑を受けられました。ですから、身体はボロボロになっていたはずであります。
むち打ちの刑がどんなものか、私は実際には見たことはありませんが、ノンフィクションの映画を観た時、そのひどさに、思わず目を背ける程の厳しく痛いものでありました。

もっとも、その映画の時代は、アメリカの南北戦争が始まる少し前の設定でありました。イエス様の時代の、それもローマ帝国がおこなっていたものとは、そう大きく違うものではないと思いますが、しかし、ローマ時代では、鞭に鉛や骨などを付けていたと言われますので、映画の方は、少し緩やかだったのかも知れません。

奴隷の持ち主にとって、奴隷を殺す事は、自分の財産を捨てるようなものですから、それは、出来ない訳であります。ですから、その一歩手前で手を抜いておりました。
とはいえ、気絶するまで、打ち続けるのですから、それはもう、大変な傷でありました。

一方、イエス様が受けられた鞭打ちは、後の死刑が待っていたのですから、これまた調整されたものであったことでしょう。ユダヤの規則によりますと40回に一つ足りない回数と決められていました。まあ、それにしましても、映画を観た日のことを昨日のことのように思い出すのであります。奴隷が平気で売り買いされていた時代の事であります。

ところでイエス様は鞭打たれ、体中傷だらけでありました。
そんなイエス様が、今度は、ローマの兵士によって屈辱をあじあわされる所であります。ピラトは、自分の思う様にならないことが分かりますと、さっさと手を洗い、イエス様を兵士に任せるのであります。

恐らく、もう私の手から離れて、私とは関わりが無いことと思いたかったのでしょう。
イエス様には、ローマに対する敵意や挑戦的な意図を認める事が出来なかったからであります。

ところで、鞭打ちの刑を受けられたイエス様は、次に27節にありますように「それから、総督の兵士達は、イエスを官邸の中に連れて行って、イエスの回りに全部隊を集めた。」のでありました。これは、恐らく、十字架刑を執行するための準備であったでしょう。

ところが、その間に、一部の兵士がイエス様を侮辱するのであります。
しかし、イエス様は、それでも沈黙を保たれたのでありました。
ピラトは、普段はカイザリヤにおりましたが、祭りの時のように多くの人が集まるときは、エルサレムに滞在し、治安維持に当たっていたのでありました。

なぜならもし、混乱したら、責任を問われるからです。その際、ピラトの活動拠点はどこかと言いますと、伝統的には、神殿の北側にあったアントニヤの要塞にあった、そのように言われておりますが、今日では、ヘロデが建てた西の丘にある宮殿であった。そのように言う傾向にあるそうです。そこだとしますと、エルサレムの町の西側の端という事になります。

さて、一部の兵士達は、十字架刑の準備の前に少しの時間を利用してイエス様を辱めるのであります。何をしたかと言いますと、ユダヤ人の王として裁かれましたので、王のような格好をさせたのでありました。それも、非常にふざけておりました。

彼らは、3つの物を用意しました。
その一つが、王服でした。
28節「そして、イエスの着物を脱がせて、緋色の上着を着せた。」とあり、イエス様は、白い一枚の着物を着ておられましたが、兵士たちは、それをはぎ取りました。
そして「緋色の上着」を着せたのでありました。

マルコの福音書15:17では、「そしてイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ」とありますので、どちらかと言いますと紫色に近かったと思われます。

と言いますのは、紫色は、ヘレニズム世界では支配者、つまり(王とか富める者)、あるいは、それに対する忠誠を表す色だったからです。しかし、色の事を思いますと、非常に手回しの良い兵士たちの様に思えます。なぜなら、そんなに簡単に手には入ると思えないからです。上着は、左肩の上でボタンを留める短いスカーフのようなものでローマ皇帝や兵士が覆った紫のマントのことであります。

第2番目は29節にありますように、
「それから、茨で冠を編み、頭にかぶらせ、右手に葦を持たせた。・・」のでありました。王としての姿は、まずは来ている衣装であり、次には、最高の冠、王冠でありましょう。更には、杖も大切な役目を果たすのであります。

ところで、冠にについて興味深い事を書かれたほんがありました。
それは、作られた王冠は、「茨」で編んだものであったそうです。
そこで「茨」と言いますと、1,2センチのとげのあるバラのようなものを考えやすいのですが、ここでは5ないし10センチもある茨の木を指すのだそうです。

その茨は「冠」を装飾するものであり、額を傷つけるものではありませんでした。
「編み」は茨の木を組み合わせながら王冠を作ったことをいうのだそうです。そして更に王の右手には、王の支配力、権力を表しますが、王権を象徴する杖を持っていなければなりませんでした。

兵士たちは、その杖を象徴する「葦」をイエス様に持たせました。「葦」は弱く、風が吹くとゆらゆら揺れて、酷い風だと折れてしまう、そんな頼りの無いものであります。
つまりは、イエスの王としての権威が実質的に伴っていないことを象徴させようとしたものでした。

以上、王の衣、王の冠、王の杖、この3点セットで、全てがそろいました。
しかし、兵士たちは、イエス様がどう言うお方か知らないで、そのような偽の姿をさせ、「そして、彼らはイエスの前にひざまずいて、からかって言ったのでありました。
「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」とであります。

何か変だとは思われないでしょうか。イエス様は、正真正銘の王でした。
それも神の御子であられました。表向き、外側はいかにも見るも無残な王の格好をさせられています。しかし、実はその内側にあるお身体は、正真正銘の神であり、また、全く人でありました。

実は、エステル記を読みますと、全く逆の例が書かれています。
ただし、想像の域を出ないで終わってしまいました。
王に気にいれられたハマンという人物の事であります。
彼は、王が「王が栄誉を与えたいと思う者には、どうしたらよかろう」と尋ねた時に、
てっきり自分の事だと思いこんで、こう言いました。

「王が栄誉を与えたいと思われる人のためには、
王が着ておられた王服を持って来させ、また、王の乗られた馬を、その頭に王冠をつけて引いて来させてください。
その王服と馬を、貴族である王の首長のひとりの手に渡し、王が栄誉を与えたいと思われる人に王服を着させ、その人を馬に乗せて、町の広場に導かせ、その前で『王が栄誉を与えたいと思われる人はこのとおりである。』と、ふれさせてください。」とそう言いました。

しかし、本物の王はハマンにこう言いました。
「あなたが言ったとおりに、すぐ王服と馬を取って来て、王の門の所にすわっているユダヤ人モルデカイにそうしなさい。あなたの言ったことを一つもたがえてはならない。」とです。モルデカイとはハマンの宿敵でありました。そういう状況の中で、ハマンは、王の格好をするに相応しくない人間でした。

一方、モルデカイは、王の命を狙う者を通報し、未然に防いだ者でした。
ですから、王の格好をしたい者、させられる者は、それに相応しい者でなければなりません。

ところが、きょうの所では、本当に王であるお方が、その王に相応しい姿ではなく、笑い者にするための姿であり、しかも29節で兵士が叫んでいる言葉は「ユダヤ人の王様。万歳」と言いながら、実は、心では少しもそう思っていない。実に、イエス様を馬鹿にした思いで言っているのであります。

言葉だけではありません。
30節を見ますと、「また彼らはイエスにつばきをかけ、葦を取り上げてイエスの頭をたたいた。」とありまして、虐待をしているのであります。これは、非常に大きな罪であります。ただし、彼らよりももっと大きな罪の人がいます。それは、今回の事件を主導した祭司長、長老たち全員であり、裁いたピラトであり、大祭司もその責任から逃れられません。

なぜなら、ローマの兵士たちは、イエスという人物が、どこの誰だかよくわかっていなかった。あるいは知らない。またこの人たちは、ユダヤ人ではなかった。
ローマ帝国内に居住する者の中で、ユダヤ人は、兵役を免除されていたからです。
即ち、これらの兵士たちはみな徴用された者で、出身地は遠隔の地であり、乱暴な事に慣れていたと思われます。

ですから、ただ上の命令に従って行動しているその中で、感じたままを行なっているからにすぎなかったのでありました。彼らは偽の王として馬鹿にしましたが、その目には憎しみが無く、その行為は、イエス様にとっては、どれほどの苦しみもなかったでしょう。

ところが、祭司長、長老たちのとった行動は、確信犯としての行動であります。
彼らは、罪を指摘しても悔い改めなかったのでした。
そして敵意をむき出しにし、今の結果があるのです。

私達は、イエス様が緋色の衣装に変えられ、いばらで編んだ冠をかぶせられ、右手に権威、権力を表す杖を葦というすぐにも折れるような物を持たされ、馬鹿にした言葉を浴びせられた事を知っています。イエス様は、じっと我慢され、何も言われませんでした。

私達はここで気が付かなければならないのは、神様が黙っておられるから、あるいは罰をその場で下しておられないから、それは、問題無いのだと思わない事であります。
必ず恐ろしい刑罰が待っていることを忘れてはならないのです。イエス様がそれを代わりに受けて下さるのです。

バプテスト教理問答第86問にこういう問いがあります。
律法の違反はすべて等しく極悪か。それに対して「ある罪は、それ自体で、また、幾つかの加重の理由で、神の前に他の罪よりも、より極悪である。」とです。
そして続けて87問には、全ての罪は何に値するかに対して答は、全ての罪は、この世に於いても、また、来るべき世に於いても共に神の怒りと呪いに値する、とであります。そして、その罪から逃れる方法も88問にでております。

「問88.罪の為、我々に当然な神の怒りと呪いとから我々は、どのように免れられるか。」これは、私たちにとって大切な質問です。答は、罪の為、我々に当然な神の怒りと呪いとから免れるためには、主イエス・キリストを信じ、イエス・キリストの地と義だけに信頼しなければならない。この信仰は、過去への悔い改めを伴い、未来への聖潔へと導くものである。とであります。

知らなかったのでやってしまったでは済まされないのです。大きな罪も小さな罪も、罪には決して変わりはありません。そして、その罪の支払う報酬は死ですとはっきり聖書は宣言します。罪を犯しても、その罪によって捕えられても決して裁かれるまでは、犯人ではありません。罰も受ける必要はありませんし、いじめにも遭う必要もありません。裁判によって結審された時、その結審で出された量刑に、それ以後は服するだけで、済むのであります。

しかし、イエス・キリストの場合、どうでしょうか。
罪は無いのに、裁判を受けさせられ、しかも作り上げられた罪によって死刑の宣告がなされ、更には、実際に死刑執行前にも、王の恰好をさせられ、もの笑いにされているのであります。どれだけイエス様に忍耐が必要であったでしょうか。又、主の苦しみがどれほど大きいものであったでしょうか。

イエス様は、どれだけ忍耐して下さり、あの十字架上で私達の罪を贖って下さったでしょうか。その事を考えてみようではありませんか。
罪から来る報酬は死です。
しかし、です。
しかし、神の下さる賜物は、私達の主キリスト・イエスにある永遠の命ですと、聖書は語るのです。

とするなら、今の私達は、その恵みによって生かされているという事でありましょう。
罪を罪と知らずとも罪は罪なのです。
ローマの兵士は、まさか自分たちが神の御子にふざけて王の恰好をさせた事を知らなかったでしょう。

でも実際はそうでした。
ですから私達は、この事を覚えて、ふざけてでも罪を犯さないよう、そして示された時、素直に主の御前に謝りたいものです。
故意に犯す罪は、赦されるものではありません。
また仮に、故意ではなくても罪は罪なのです。
その事が分かる時、主の憐れみによってしか生きる道がないと知らされます。
それ故に、主の御前に罪人のひとりとしてへりくだって出ようではありませんか。

2015年1月25日(日) 「正論に見えても」  マタイ27:32-44   竹口牧師

本日は、伝道礼拝ですので、いつもの調子より少し話の範囲を広くお話しすることに致します。

先ほど、司会者の方がきょうの聖書箇所を読んで下さいましたが、それを聞きながら、皆さんはどのように感じられたでしょうか。通りゆく道の人の言うとおり「うん。そうだそうだ。神殿を三日では建てられないよ」と言われるでしょうか。
具体的に入る前に、まず、それまでの話のあらすじを申し上げておきましょう。

イエス様は大工の子としてマリヤとヨセフとの間にお生まれになりました。その生まれることは、天使が告げていましたし、しかも結婚しない前から身ごもることが告げられており、聖霊によって、身ごもることが告げられました。ですからよく処女マリヤより生まれたと言われるゆえんです。

ところで、イエス様は、どんどん成長され、30歳頃になられますと、神様からいただいた特別の使命を実行する時が来た事を悟られ、その実行に入られるのであります。
それは、罪人の罪を救うという特別な働きでした。それはまた、十字架にかかって死ぬという事でもありました。

しかし、その十字架にかかって死ぬという時というものは、公の生涯に入られても、すぐにではありませんでした。3年半の後に、その時を迎えられるのですが、それまでに、イエス様には多くの弟子が生まれるのであります。

その多くの弟子の中から一緒に行動する者をイエス様は選ばれました。それが、有名な12人の弟子たちでありました。イエス様は、イスラエルの各地を回られ、病気の人を癒されたり、嵐を鎮めたり、水をぶどう酒に変えたりと不思議なことを次々とされました。弟子たちは、それをよく見ておりましたし、ある時は、二人ずつで遣わされたという事もありました。

さて、イエス様のなさる多くの業を見て、やがて、それが多くの人に知れ渡ることになるのであります。そして、イエス様のあとを追うようになりました。イエス様の行かれる所はみな、人だかりでありました。

今で言いますと、追っかけのような人がいっぱいいました。ただずっとついて回ったのは、イエス様の選ばれた12弟子達で、彼らは言うまでもなく、追っかけではありません。
イエス様があちこち旅をされ、そして、天の御国とはどんなところか、神様はどんなお方か。弟子たる者は、どのように神さまに仕えるのが良いのか、などなど大切な事を教え、話してくださいました。

イエス様の時代、ローマがパレスチナを支配しておりましたので、ローマから独立すること願う者や、ローマに税金を払うのを嫌がる者や、聖書の御言葉に正しく従いたいと思っているのに、ローマ法に従わなければならないので反感を持つ人などなど、いろいろな人がいました。

当時、外国に支配されていましたので、中には、ローマと出来るだけ仲良くやろうではないかという人たちと、否、私達は神に選ばれた選民であるから一緒は嫌だ、自分たちの国を持とうという人もいました。実にいろいろな人がいたわけであります。特にきょうの41節に出てくる祭司長、律法学者、長老たちというのは、イエス様を敵としていつも命を狙っていました。

なぜなら、彼らも聖書に従って生きようとしていたのですが、人の言い伝えを守る事のほうが正しいと考えていたために、イエス様の言われる本来教えている聖書の本当の意味を知ってそれに従うのとは、違っていたからでした。

ですから、自分たちと違う考えを人々に宣べ伝えられては大変困る人であり、早く殺さなければならない。そうしなければ、その教えがイスラエル全体に広がってしまうという危機感があり、また、そういう事を恐れていたわけであります。

安息日には仕事をしてはいけないと聖書にあるのですが、彼らはそれを、病人を癒すことも仕事だとして、禁止していました。しかし、イエス様は、そうされませんでした。癒されて神様をほめたたえる方が、ずっと神様の御心だからです。イエス様の言われる事は正しいものですから人々は従う。討論してもことごとく負けてしまう。勝ち目がない。それがまた、祭司長や律法学者たちには気にいらなかったのでした。

イエス様は、自分の時という者をよくわきまえておられましたので、自分の死の事を弟子たちに話し始められました。そして弟子のひとりが裏切る事も宣言しておられました。それが弟子のユダでありました。イエス様はユダに裏切られ、逮捕され、死刑の判決を受けられ、十字架刑へと進むことになった訳でありました。

さて、ここで、私達はきょうの聖書箇所から3つの正論とも思えることを見たいのです。その内の一つは、
道行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって、こう言ったというのです。
「神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い。」とでありました。

普通の人が考えるなら、神殿を打ち壊して三日で建てると言うのは無理だと思います。
なぜなら、神殿は、数年をかけて作られていたからです。
たとえばヨハネの福音書2:19以下22節まででこう書いてあります。
お聞き下さるだけで結構ですが。
「イエスは彼らに答えて言われた。
『この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。』
そこで、ユダヤ人たちは言った。
『この神殿は建てるのに四十六年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。』
しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。」とであります。

確かに46年もかかって神殿を建てたものを、たったの三日で建てるとは、いくらなんでもオーバーではありませんか、とユダヤ人は言いました。しかし、その後ヨハネが書いている注釈を読みますとイエス様の言われた事がわかるのであります。

「しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。」とであります。
つまり、イエス様が言われたことは、神殿の事を言いながら、実は別の事を言われた。
人の甦りの事を言われていたのでした。ですから、人の甦りを信じられない人には、
建て物が出来ない事だけでなく、人が甦るということも信じられないわけです。
これまた難しいのです。

次に第2番目のイエス様のお言葉を見たいのですが、きょうの聖書箇所の42節のことばであります。「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王さまなら、今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、我々は信じるから。」と強盗の一人が言いました。

これは、誰しも考える事であります。他人は救ったが、自分は救えない。
これを私達に当てはめますと、どうなるでしょう。
他人を救えないが、自分も救えない。
だったら、そんなに大きな事を言いなさんなと馬鹿にされます。

こんなことも言われます。
「いっておくけどねえ。クリスチャンよりもずっと真面目な人がいっぱいいるよ」
これには頭が上がりません。

さて、第3番目は、こう書いてあります。
43節の言葉であります。即ち、「 彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ。』と言っているのだから。」とであります。

こう言ったのは、神様を信じているので、神様が助けて下さるといっているあなたは、早く神様に助けてもらいなさいよ、ということでしょう。
実は、このことをイエス様が経験されたのは、公の生涯に入られたばかりの時もそうでした。40日40夜断食をされた後、悪魔がイエス様を試みたのでした。
「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。」とか、

「あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい。
『神は御使いたちに命じて、その手にあなたをささえさせ、
あなたの足が石に打ち当たることのないようにされる。』
と書いてありますから。」

と、悪魔はイエス様に向って、
しかも聖書の言葉を使ってイエス様を試みたのでした。
聖書の言葉をもって攻めてくる。
これには、なかなか返答に困りますが、
しかしイエス様はまた、みことばをもって反論されました。
「あなたの神である主を試みてはならない」とも書いてあるとです。

ですから43節「 彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ』と言っているのだから」というのは、理屈では通っていますが、しかし、イエス様は、神の御心を知っておられましたので、その事をされませんでした。

41節にもう一度戻りますと、「彼は他人を救ったが、自分は救えない」等と言った人は、律法に強い祭司長、律法学者、長老たちでありました。
彼らは、理論派で、どう言えば相手が反論できないか知って問いかけているのであります。

勿論、イエス様はここで、反論できなかった訳ではありません。
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人の記者が書いている福音書に「神の子」と出ているのは31回、その殆どは、周りの人々がイエス様に向かって言っている言葉です。
1回だけ話しの中で「わたしは神の子である」と私が言ったからと言って、どうしてあなた方は・・云々と言って、言われているところはあります。

しかし、それは話しの流れからであって、はっきりと「わたしは神の子である」とは言われていません。言われるとするなら、繰り返し繰り返しご自分の事を「人の子」と言われています。
もっとも実の所意味するところは、同じですが。

「人の子」とイエス様はあえて言われておりましたが、実質意味するところは「神の子」ということでありました。ですからとにかく祭司長、律法学者、長老たちの言い分は正しいと多くの人は思うでしょう。

42,43節をもう一度お読みしますが、「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王さまなら、今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。 彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ。』と言っているのだから。」そして、祭司長、律法学者、長老たちと同じように44節を見ますと「イエスといっしょに十字架につけられた強盗どもも、同じようにイエスをののしった。」とあるのであります。

十字架に架けられたイエス様に向かって、通りすがりの人たち、祭司長、律法学者、長老たち、そしてイエス様の両側に同じように十字架に架けられた強盗共も言ったというのです。

一見すると、彼らの言い分はすべて正しいように思います。
「神殿を打ち壊して、三日で建てられるものならやってみろ」
「人をすく前にまず、自分を救ってみろ」
「『私は神の子だ』というのなら、その神に救ってもらいな」
実は、これが多くの人が持つ考えであります。
そして、まことにそれが正しいと思えるのです。

しかし、その裏側にある、
いいえ、裏側どころか、表になるもの、一番大切な部分が
彼らには、見えていなかったのであります。

十字架につけられたイエス様の姿を見た人々は言いました。
十字架から降りて来るなんてイエスには出来ない。出来るものか。
あのナザレから出てきたイエスとやら。
どこでどんな人に律法を学んだのか知らないが。
沢山の人の病気を直したり、5000人以上の人を一度に養ったり、
本当にすごいやつであったが。
やっぱりあいつは、今は、手も足も出ない。
やはり、普通の人間であった、そのように思っておりました。

さて、ここで皆さんに、考えていただきたいのです。
イエス様は、天から目的をもってこの世に来られました。
それは、人々の命を救い、永遠のいのちを授けるその使命でした。
その使命を果たすために、今、十字架にかかっておられるのです。
もし仮にですが、あなたが十字架上の強盗の一人でしたら、
あの強盗どもの言うようなことを言ったかもしれません。

またもし、あなたが、祭司長や律法学者、長老であったなら、
やはり同じことを言ったかもしれません。
通りがかりの人であっても同じでしょう。

ではもし、あなたがイエス様の立場であったなら、
あの十字架上でどのような振る舞いをされるでしょうか。
彼らの言うことに同調され、神様を恨まれるでしょうか。
どうして、私がここで殺されなくてはいけないのか。
私は、今ここで死ぬべきではない。
もっと多くの人の病気を癒し、神様を伝え、
弟子たちを多く作らなくてはいけないのだ。
そう思われたでしょうか。

イエス様の歩みは、実はこの十字架にすべてがかかっておりました。
それは、神に頼んで十字架から下ろしてもらうことではなく、
自分がどんなに能力があるかを人々に見せる事ではなく、
そこで死ぬことが、ご自分の与えられた働きである。
そう受け止めておられたのでした。

実は、今回の聖書箇所には含まれていないのですが、
つまり次回の話の中でイエス様の声が出てきます。
それが46節に書いてあります。
イエス様が十字架にかけられたのが朝の9時でした。
そして午後3時ごろの事が書かれています。
「三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」と叫ばれた。
これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」という意味である。

これを読んで、あなたは、どのように感じられるでしょうか。
何だ、イエスの最期は、やはり本音がでたか、でしょうか。
それは間違いです。

私たちは、イエス様のこの言葉を聞かない限り、
いいえ、聞かせてくださったことによって、
父なる神が、ご自分の独り子、イエスを殺された、
その事実の重さ、その意味が分かるのです。

なぜなら、人の罪を徹底的に憎む神様は、
その罪を取り除くために、ご自分の独り子イエスの血が必要だったからです。
私達の罪を赦すためには、わが子の命を犠牲にすることしかなかったからです。

ヨハネは、こう書いております。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

神様は、罪人のあなたを救うために、イエス・キリストをこの世に遣わされました。
そして身代わりとなって死んで下さいました。
この事実をあなたはきょう、信じていただきたいのです。
十字架にかかられたイエス・キリストを見ながら道行く人のことばではなく、
祭司長、律法学者、長老たちのことばでもなく
あなたの救いのために十字架から降りられなかったイエスさまを見上げてほしいのです。
あなたのために死んでくださったイエス様を見上げ、
あの方の死によって私は今、生かされているのだ。
そう確信していただきたいものです。

[先月] [来月] [最新の説教]

 東京聖書教会TOP /毎月の説教