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2015年5月3日(日) 「聖霊に満たされ」   使徒2:1-13   竹口牧師

イエス様が昇天なさる時、このような言葉を残されました。
使徒1:8のことばですが、「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、及び地の果てにまで、わたしの証人となります。」とでありました。

で、ここにありますように「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき」というところから、それまで聖霊のお働きは無かったかと言いますと、決してそうではありませんでした。イエス様がバプテスマを受けられた時のことを、マタイはこのように書いておりました。

「3:16 こうして、イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。」とであります。つまり、聖霊がすでにお働きになっていたのであります。

あるいはまた、ずっと時代をさかのぼりますけれども、聖書の一番最初の書、モーセ五書と言われるものの一つであります創世記には1:2にこうも書いてあります。

「 地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。」と、であります。

つまり、天地創造の始まりから聖霊なる神様は、働いておられた。これが事実なのであります。ですから、その事に、私たちはよく目を留めなければなりません。
従って、今回の聖書箇所での聖霊のお働きは、特異な働きである、あるいは、特別な働きであった。その事をまず確認してから、きょうの聖書箇所に入りたいのであります。

2:1にこのようにありました。
「五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。」とです。
ここにでています五旬節と言いますのは、別の言い方をしますとペンテコステであります。そしてこれは「50」という数字をさします。つまり、「50日の日になって」という事になります。

では、いつから数えて50日になったのかということになりますが、それは、3節を見ますと、イエス様が甦られてから40日して天に戻られましたので、その10日後、という事になります。

それと共に、五旬節とは、50日目の祭りという意味でありまして、過越しの祭りの翌日の種入れないパンの祭りから数えて7週目のことでもあります。(レビ記23:1-16)それでこの日は、「7週の祭り」とも言われました。これは、ニサンの16日から数えて7週後に五旬節(ペンテコステ)がきます。これは過ぎ越しの祭りの完了の祭りという事になります。

イスラエルには三大祭と言われる祭りがありまして、一つは、過ぎ越しの祭り(太陽暦で3-4月頃)であり、そしてその50日目にペンテコステ、あるいは七週の祭りとか五旬節とか初穂の祭りとか刈り入れの祭りとか色々言われます。

更に三つ目が仮庵の祭りで、これは(9-10月頃)であります。
この三大祭りには、ユダヤ人の男性なら、エルサレム神殿に巡礼しなければならなかったのでありました。つまり、この日は、世界中から多くの人がエルサレムに集まって来ていたというわけであります。そして、特異なことが起きたのでありました。
それが2-4節に出ております。

2節には、こう書かれています。
「すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。」とであります。

これを読んでお分かりのように、風が吹いているわけではありません。
激しい風が吹いてくるような・・・であります。
3節も同じであります。
「また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。」とです。
つまり、炎ではなく炎のような・・・であります。

一方は、響が起こったのですから耳に聞こえたしるしであります。
「風」と訳されている言葉は「息」とも訳されることばですし、それはまた、昔から聖霊の象徴に用いられ、イエス様もヨハネ3:8でこう言われました。

「風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」とです。

今開いています聖書箇所では、天から響いたのですから、天よりの霊が作用していることは確かであります。

では、もう一方のしるしは何かと言いますと、目に見えるしるしです。
「炎のような分かれた舌が現われて」とありまして、
この場合の「舌」というのは、「言葉とか言語」を意味しますので、11節では「国ことば」と訳されています。

そして4節を見ますと「すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。」というのであります。

外国語を習っていない者にとって、しかも初めて聞く者にとって、全くわからないものです。しかし、他国のことばで話し出したというのです。これは、すごいとしか言いようがありません。外国語の苦手な私にとってうらやましい限りであります。

余計な事ですが、その昔、私が学生時代に英語のほかにもう一つ外国語を取る事が必須でした。ドイツ語とフランス語のうちどちらかの選択肢がありましたが、私の専攻の学部は、ドイツ語と決まっていましたので、選択の余地はありませんでした。

ところで、そのドイツ語の一番最初の授業は、笑いの連続でした。
と言いますのは、私も含めて殆どの学生は、ドイツ語の響きというものを今までに一度も勉強として聞いた事がなかったからでした。不思議な響きに感じましたので、笑いが止まりませんでした。ドイツ語の先生も、一風変わった感じの先生でしたので、なおさらおかしかったのだと思います。

まあそれはともかくも、今、4節の状況を考えてみます時に、「みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした」とは一体、どんな状況だったのでしょうか。不思議な光景だったといえましょう。外国語でみなが話しているのに、互いに通じ合っている。理解しあっている。これこそ聖霊のお働きであったと言えましょう。訳のわからない事をぶつぶつ言うのでは決してありませんでした。

ある本によりますと、後のユダヤ教では、この日をシナイにおいて十戒の与えられた記念日としたそうであります。

ところで、ルカは聖霊降臨の状況を簡単に済ませ、5節からどういう事がその結果起きたかを、もっと詳しく述べるのであります。

エルサレムには、敬虔なユダヤ人たちが、天下のあらゆる国から来て住んでおり、物音がし、大勢の人々が集まり、それぞれ自分の国のことばで弟子たちが話すのを聞いて、驚きあきれてしまった、というのであります。

この情景を考えてみます時に、私は、少し不思議な感じを持つのであります。
何が不思議かと言いますと、9節から11節に出てくる人たちというのは、全体で言うなら、いくつの言語だったのだろうかという疑問です。

そして、その言語に、弟子たちは、全てに対応できていたのだろうかという事です。
9節から11節をもう一度読みますと、こうあります。
「私たちは、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人、またメソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポントとアジヤ、フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者たち、また滞在中のローマ人たちで、ユダヤ人もいれば改宗者もいる。またクレテ人とアラビヤ人なのに、あの人たちが、私たちのいろいろな国ことばで
神の大きな御業を語るのを聞こうとは。」とそうあるのであります。

これらを地図で見ますと大変広い範囲であります。
それなので、言語も他言語だったと思います。
イエス様の弟子たちは11人でした。
いいえ、1章の所で一人追加しておりますので12人になりました。
その彼らが、一人2言語話したとして、24言語に対応できたことに、計算上はなります。

しかし、同時に12人が話したなら、それこそ、聞き取れなくて、混乱する以外に無かったでありましょう。ただ4節だけを見ますと、「みなが聖霊に満たされ、御霊が話させて下さる通りに・・」とありますので、話すのに難しさは無かったでしょう。問題は聞く側であります。

ところで、聖書に書いてあることは、11節の半ばから13節にかけてこう書かれているのです。「あの人たちが、私たちのいろいろな国ことばで神の大きなみわざを語るのを聞こうとは。」とであり、12節では、「人々はみな、驚き惑って、互いに『いったいこれはどうしたことか。』」と言った。

更に13節では「しかし、ほかに『彼らは甘いぶどう酒に酔っているのだ。』と言ってあざける者たちもいた。」とあるのです。

今日、英語やフランス語が世界の外交語として通用している以上に、当時はギリシャ語が、通用しておりました。その前には、ペルシャ帝国時代のアラム語が国際外交語でした。ですから、ここに名の出てくる各地の人々は、みなギリシャ語とアラム語を知っていたでしょうが、そのような共通性のある言葉ではありません。「それぞれ自分の国の言葉」を聞いたと言うのです。

これは、言うまでもなく、12使徒のできる業ではありません。つまりは、神様が理解できるようにさせて下さらなければわからなかったと言う事です。そしてそれこそが、聖霊の大いなる働きであったと言えましょう。

聖霊が働いて下さったからこそ、お互いが通じ合えたと言う事であります。
勿論、中には13節にありますように、ぶどう酒に酔っているのだという者がいて、理解できない者もいたわけであります。

が、それはともかく、きょうの聖書箇所で私たちが教えられます事は、世界から集まって来ていた人たちに、聖霊のお働きによって御言葉が伝えられたということであります。これは、きょうの最初の方で使徒1:8を引用しましたが、世界へと福音が拡がって行くことを予感させる出来事であった。そういう事も出来るのではないでしょうか。

言葉が聖霊の働きによって通じたということは、言葉そのものに目を向ける以前に、主が働いて下さるなら、伝わるものだと言えましょう。主がどのように働いて下さるのか、それは、異言でも預言でもない独特なしるしでありましたが、そこには、神様のお働きがあったことは見過ごせません。

それともう一つ言うとするなら、この時に起こったことは、特別な出来事でありましたので、同じようなことを今の時代に求めることは、正しいとは言えないと言えましょう。この使徒の働き、それもペンテコステの時に起きたことは、同じことを言いますけれども、特異な出来事であったと言う事です。

神様のなさることで、一度限りという事は、聖書の中には、数え上げればいろいろあるわけです。それこそ、ノアの方舟の話の所で、創世記8:21でこう言われているように、であります。
「 主は、そのなだめのかおりをかがれ、主は心の中でこう仰せられた。
『わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。
人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。
わたしは、決して再び、わたしがしたように、
すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。
地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、
昼と夜とは、やむことはない。』」とであります。

更にもう一つ付け加えるなら、
そもそも世界の言語が一つであったのが、多言語になったのは、聖書から言いますなら、バベルの塔の時からであります。創世記11:1以下の話であります。そのところで神様はこう言われています。

11:6「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。
11:7 さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、
彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」
11:8 こうして主は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。」以上です。

神様のお働きによって、通じる、通じないが起こってきました。
このペンテコステの時のことは、特別な神の働きであり、また世界へと福音が散って行く一つの例であると言えましょう。現在の私たちの置かれている状況は、彼らとは全く違った状況であることを認識しつつ、しかし、ただこれだけは共通していると言えましょう。

それは、イエス・キリストを信じた人々の中には、聖霊様が宿ってくださるようになった。これこそは、その時も今の時代も変わっていないと言えましょう。
その事は、この後に続くペテロの説教から言える事です(2:33)。

それゆえに、ペンテコステの経験をしなくても、またイエス・キリストを信じた人には、聖霊が宿ってくださっている故に、消えそうな信仰であっても、決して失望する必要はないということです。それ故に、主のお言葉に耳を傾け続けようではありませんか。

それはまた、聖書をしっかり読み続けるということでもあります。
神様は御言葉を通して語られ、御霊の働きによって導いて下さいますので、その導きにしっかりお従いしたいものです。

2015年5月10日(日) 「十字架につけた私」   使徒2:14-36   竹口牧師

先程、司会者の方に読んでいただきました聖書の箇所は、
ペテロの説教の前半部分でしたが、今朝取り上げます範囲は、14節から始まりまして36節までとします。

今朝取り上げます範囲は少し長く2章14節から36節迄です。
先回は五旬節の日に聖霊がお働きくださり、弟子達に臨まれた時、彼等は世界各地から集まって来ていた多くの巡礼者の前で、御霊が話させて下さる通りにそれぞれの国の言葉で話し出したという所を見てきました。

聖霊は旧約時代におきましてもさまざまな場面でお働きになったのですが(士師記オテニエル、ギデオン、エフタ、出エジプト31:2-4ベツァエルなど)、この使徒の働きにあります五旬節の日に起こったことは、イエス様のお約束が成就したと言う事と、

初代キリスト教会の始まりの出来事という点から、大変注目すべき箇所であるともいえましょう。ある者はこの時起こった現象、聖霊のお働きを驚きあやしみ、またある者は惑ったのでありました。

そして13節においては「彼等は甘いぶどう酒によっているのだ。」と言う者もいたと記されていました。そこでペテロは「酔っているなどとはとんでもない」と否定して説教を始めたのであります。彼の説教はまず大きく3つの部分に分けられます。
第一の部分は14節から21節までで説教の序論に当たります。
第二の部分は、22節から35節までで本論であり、
第三の部分は、36節で彼の結論に当たります。

まず第一の序論から見ていきますが、彼はここで「酒に酔っているのではなく、預言者ヨエルによって語られたこと」の成就だと説明します。なぜ、酒に酔っているのではないといえるのか、という事になりますが、

それは彼等の習慣から言えるのであります。
つまり、「今は朝の9時ですから」と言っていますように、
朝9時と言えば、ユダヤ人にとっては祈りの時刻であります。
日に三度祈りを捧げていた彼等は、丁度朝の祈りの時刻に当たっていましたし、また、ユダヤでは朝食には決して酒は付かなかったのでした。

さらには、酒はおろか食事さえも、朝のいけにえが捧げられて祈りが済む10時ごろまで身をきよめる意味でとりませんでした。ですから、朝の9時に「甘いぶどう酒に酔っているのだ」などということはあまりにも不見識な発言と言えましょう。

丁度ここにおられる皆さん方が、この朝の礼拝に参加する前に酒を一杯ひっかけて来る、などとは思いもよらない事と言えないでしょうか。否、キリスト信者はもっと厳しく普段でも酒などはとんでもないという方が多いのです。

ですから、神の宮に祈りに来ていた人々の中に朝食前から酒を飲んでいるような者がいるはずもありません。従って、ペテロは酒のせいではないことを説明した後で、預言者ヨエルの言葉を引用するのであります。とっさにこの様に御言葉が出てくるところを見ますと、彼は、聖書によく精通していたと思われます。

彼の引用であります17節から21節までは、旧約聖書のヨエル書2 章28-32 節からのものですが、よく見比べていただきますと彼はそれをそのままというより、やや説明的に用いているのがお分かりいただけるかと思います。

例えば、「わたしは」という部分を「神は言われる」としたり、「その日」という部分を「終りの日に」とはっきり限定したりなどであります。これらの言い替えによってヨエルの預言をより一層明瞭にしているのであります。

そしてその結果、明白になった事は、たった今起った現象は、広い意味で終末到来のしるしだという点と、もう一つは、聖霊の賜物は無差別に万人に満ちるのではないという点であります。

終末到来のしるしだという点については、少し補足しますと、ペテロの引用しましたヨエルのことば「主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる」という部分は、この時本当になったとする説とこの世の終りに起こることで実際にはならなかったとする説とがありますが、ペテロは21節の言葉、即ち、「しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。」を引用するために用いたと思われます。

性別、年齢、身分などの違いを問わないにしても、聖霊を受ける人は「わたしの」しもべに限ると言うのであります。そして「主の名を呼ぶ者は、みな救われる」と告げたのであります。
ヨエルが(紀元前800 年頃と考えられるのですが)、預言した記事は、パレスチナを襲ったいなごによる災害を指して、イスラエルの罪ゆえの神の裁きであることを示し、また遠い将来聖霊が注がれる事を予見しているのであります。それをペテロは、このペンテコステの日に起ったと結論したのです。これで第一部、序論が終わります。

さて、第二部は22節から35節まででペテロの説教の本論に入りますが、ここで彼は何を言わんとしているか、と言いますと、つい50日前にエルサレム市民の手で殺されたイエスとは一体何者か、そして、そのイエスと今注がれた聖霊とはどういう関係にあるのかの二つの点について述べているのであります。

ペテロはイエス様について3つの事実を指摘します。
一つは地上の歩みであり、2つ目は十字架刑の事であり、そして3つ目は、死からの甦りであります。

これを彼は一気に23,24,25節で述べます。すなわち、まず地上での歩みについて、「イスラエルの人達。この言葉を聞いてください。神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと、不思議なわざと、あかしの奇蹟を行われました。それらのことによって、神はあなたがたに、この方のあかしをされたのです。これは、あなたがた自身がご承知のことです。」と言います。

イエス様の地上での生活について、聴衆自身よく知っておりました。彼等が親しく見聞きしたところであったからです。

ところで、彼等は、イエス様が行われた「奇蹟や不思議なしるしの数々」と言ったことに目を見張らされてよく知っていましたが、それが何のためであるか知りませんでした。そこで、ペテロは、「それらのことによって………つまり、奇蹟や不思議なしるしなどによって………神はあなたがたに、この方のあかしをされたのです。」と言ったのであります。「イエス様とはどんなお方であったかを見せられたのだ。」とであります。

人々は、自分達を喜ばしてくれるような奇蹟をイエス様がして下さっている時は歓呼でこの方を迎えました。しかし彼等はその奇蹟によってイエス様が旧約で約束され、神から遣わされた真の救い主である証拠を示されても、それを認めようとはしませんでした。かえって当時の宗教指導者達の風向きが変わり始めるや否や、人々の心も一気に変っていったのでした。

まさに手のひらを返すようにして、イエス様を十字架につけることもやめませんでした。従って、イエス様はやがて処刑されました。しかしこの事実は偶然の出来事でもなく、神にとって番狂わせでもありませんでした。「神の定めた計画と神の予知とによって」成されました。23節でペテロが語っている通りです。

私たちは、この世界を自由に行き来し、計画を立て、まさに世界を動かしているのは他でもない私達人間であると思いがちであります。しかし、神様が私たちの思いをはるかに超えて、この世界を支配しておられるのであります。しかも、永遠のご目的とご計画とを持って進めておられるのであります。

その方を無視した人間の歩みが神様に認められるはずがありません。神様のご計画であったとはいえ、彼等はその方を無視して、イエス様を十字架に付けて殺したのでありますから、その罪は大変大きいのであります。

人間はイエス様を死刑に値するとして処刑しました。しかし、神様は、イエス様を正しいお方として甦がえらされました。
24節後半からペテロは言います。
「この方が死につながれている事などありえないからです。」と。そして、31節まで復活を論証するのであります。

ペテロはイエス様の地上生涯についてより、復活、昇天について、より強調しています。

まずはペテロの引用した箇所、25節から28節の部分を見ることに致します。この25-28 節は、旧約の詩篇16篇8-11節(P.841-842 )の引用であります。大体はこういうことを語っております。

ダビデ王は、「いつも、自分の前に主を見ていた」し、「主は……私の右におられる」神との交わりの生活をしていましたから(25節)、死も両者の仲を引き裂くことは有り得ず、きっと「私の魂をハデスに捨てて置かず、あなたの聖者が朽ち果てるのをお許しにならない」との確信を述べています(27節)。

ハデスとは死んだ者の行く所を指しますが、ここでは、詩篇16:10の後半にあるように、墓と関連させてよいでしょう。
とすれば、「ハデスには捨て置かず」、とありますからダビデは死んだ者としてハデスにとどまることなくなく、墓にもいないことになりますが、29節にありますように、ペテロは確信を持って「ダビデは死んで葬られ、その墓は今日まであります」と言うのであります。

つまり、ダビデの語った預言は、ダビデ自身のことを言ったのではなく、詩篇132 篇11節にあるのですが、「あなたの身から出る子をあなたの位に着かせよう。」と主がダビデに言われたメシヤのことを語っていたのだ、ということが分かるのであります (30節) 。

ダビデは預言者として、メシヤの復活の約束を知らされていたのであります。そこでペテロは、31節において「それで後のことを予見して、キリストの復活について『彼はハデスに捨てて置かれず、その肉体は朽ち果てない。』と語ったのです。」と、この約束がイエス様において成就した、即ち、イエス様こそ救い主キリストであると人々に明らかにして言ったのでした。

32節でペテロはこういうのであります。
「神はこのイエスを甦らせました。私たちはみな、そのことの証人です。」と。ペテロは、イエス様が旧約聖書で預言されたキリストであることをこの復活の事実で語ると同時に、自分達がまさにその事の証人であることを明らかにしました。そして話しを、イエス様の復活から次は昇天へと進めます。

彼は三度目の旧約聖書の引用を致します。
これはイエス様ご自身が生前引用された(マタイ22:44,45)
詩篇110 篇1節です。今日の聖書箇所では34-35 節の箇所に当たります。これもダビデの詩ですが、しかしダビデ自身には当てはまりません。「ダビデは天に上ったわけではない」からです。

当時のユダヤ人がみな認めていた通り、この歌もメシヤ預言であります。つまりイエス様がつい十日程前に昇天したというニュースは、イエス様がメシヤであることのもう一つの強力な証拠となったわけであります。復活については旧約の預言と弟子達の言う「私たちみなそのことの証人です。」と言う二重の保証があったように、昇天の場合にも、旧約の預言のみならず、33節で語っています様に、「神の右にあげられたイエスが、み父から約束された聖霊を受けて、今あなた方が見聞きしているこの聖霊をお注ぎになったのです。」という目撃証言とがあるのでした。

今起こった現象が酒のせいでないということを、エルサレムの人々は、イエス様の復活と昇天とから認めざるをえないはずなのであります。イエス様が約50日程前に復活されたころ、祭司長達は民の長老たちと共に集まって協議をし、兵士達に多額のお金を与えて「夜、私たちが眠っている間に、弟子達がやって来て、イエスを盗んで行った」と言うのだと、命令し偽りの情報を流した事がありました。(マタ28:12,13)

しかし、この事に対して弟子達は全く一言の反駁をする必要はありませんでした。彼等は何も臆する事無くエルサレムで日を過ごしたのでした。そして真実を人々の前に明らかにされたのは神様でした。

本当にイエス様が復活して今も生きておられるということを、
弟子の一団に聖霊様がお下りになり、それが昇天されたイエス様からの贈物だと知らせ、しかもこのことが一般の人々にも立証されたのでした。

そこで、ペテロは結論として、36節の言葉を述べるのです。「ですから、イスラエルのすべての人々は、このことをはっきりと知らなければなりません。即ち神が今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」と。
これは、何ともいえない強烈な宣言ではないでしょうか。偽者のメシヤと信じて疑わなかったあのイエスが、「主であり、キリストであったとは。」なのです。しかも、それをはっきりと教えるかのように聖霊降臨の事実が彼等の目の前で起こったのですから、人々の驚きといったら大変なものでありました。

ところで間違った確信ほど恐ろしいものはないと言います。なぜなら、真実からその人を全く遠ざけてしまうからです。イエス様を十字架に掛けるとき、罪状書きには「ユダヤ人の王」と書かれていました。しかし、十字架にかけるその人々はそれを全く認めず、皮肉たっぷりの罪状書きのつもりでした。

十字架につけられたイエス様に対して、道行く人々は、頭を振りながらイエス様を罵ってこういったものです。「おお、神殿を打ち壊して三日で建てる人よ。十字架を降りて自分を救ってみろ。」というふうにでした。祭司長達や律法学者達も言いました。「他人は救ったが自分は救えない。キリスト、イスラエルの王様。たった今、十字架を降りてもらおうか。われわれは、それを見たら信じるから。」と。

最も教育を受けた、しかも宗教的な指導者さえもこの様にイエス様を罵っていたのでした。イエス様を殺すことに何のためらいもなかった彼等。しかし、彼等が正に求めなければならなかった方を、自分達の手で殺してしまったのです。ペテロが旧約聖書から話し出した時、この五旬節の日にエルサレムに集まってきていた熱心な礼拝者には旧約の内容は真によく通じたと思われます。しかもイエス様の死そして復活は最近の事でありましたので、彼等の記憶に新しいものでありました。

そんな彼等にペテロは「神が今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」と宣言したのでした。その事実を知らされたとき、彼等はどうしたでしょうか。

その結果、その言葉を聞いた人々は「心を刺され、ペテロとほかの使徒達に、「兄弟達、私たちはどうしたらよいでしょうか」という応答となって返ってきました。つまり弟子達の周りに集まっていた人々の心は裂かれた訳です。そして次の段階へと導かれて行きました。
ペテロは意外なとき、意外な方法で導かれてイエス様こそ真のキリスト、救い主だという説教をしました。しかし、それをさせて下さったのは、彼の上に下られた聖霊さまの働きでありました。また、直接的にも、間接的にも、イエス様を十字架に掛けた人々を悔い改めへと導いたのは、聖霊なる神様のお働きでした。

2000年という時代を経た今日でも、その聖霊なる神様はみなさんの上に働かれるのであります。私はあの時代に生まれていなかったから関係ないと思われる方がおられるでしょうか。とするなら、ペテロの説教を聞いた多くの人々の中にも、私はあのイエス様の十字架の刑には直接かかわりをもたなかったという人も含まれながら、しかし、「わたしたちはどうしたらよいでしょうか」と使徒達に問い掛けている言葉をどのように理解されるでしょうか。

ここで大切なことは、その十字架刑の現場にいたかどうかなどではなく、ペテロが旧約聖書を用い、又、死と復活と昇天によって示されているイエス・キリストの救いのみわざを聖霊様の働きを通して受け入れることだと言えましょう。

願わくは、聖霊なる神様がお一人お一人の上に臨んで下さり、まことの悔い改めへと導いて下さいますように。またすでにキリストの恵みに与かっておられる方は、益々、その恵みに感謝して、証しの生活に前進させていただこうではありませんか。


2015年5月31日(日) 「信じた者の群れ」  使徒2:37-47  竹口牧師 

この朝取り上げました聖書箇所は、大きく二つに分けて見ようと思うのであります。まず前半は、37節から41節までで、ペテロの説教を聞いた人達の反応に対して、ペテロがさらに突っ込んだ勧めをしている部分であります。
次に後半は、弟子達の仲間に加えられた人々がどの様な歩みを始めるかを見ることにします。

では最初に、まず前半の37-41節を見る事にします。
ペテロはイエス様と共に歩んで来た弟子の一人ですが、その彼が今、多くの人々の前で力強く説教を行ないました。イエス様とはどんなお方であったか。どんな最後を遂げられたか、そして、今はどうなさっているか。過去の事実を彼等の前に示し、旧約聖書を用いて真理を明らかにし、彼は最後に、このような言葉で結んで終わりました。

36節「ですから、イスラエルの人々は、この事をはっきりと知らなければなりません。即ち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」とであります。

イスラエルの人々は救い主を待ち望んでいました。しかし、ペテロの話をよく聞いているうちに、人々はその救い主を自分達の手で殺してしまったことに気付いたのであります。いや、聖霊さまがその様に彼等を導かれ、気付かせて下さったのでありました。

そしてその事は彼等の心を刺して、ペテロとほかの使徒達にこう言ったのであります。「兄弟達。私たちはどうしたらよいでしょうか。」と。

よく考えてみますと、この時、エルサレムに集まって来ていた人々にとって指摘されたことはとんでもないことでした。つまり、イエス様に対して行った態度の事でありますが・・・・。直接イエス様に手を下す下さないには関係なく、自分達を救って下さる方を知らずとはいえ、或いは又自分達の考えていた方とは違っていたからとはいえ、その方を殺してしまったのですから、これはとても大変な事であり、取り返しのつかない事でした。

イエス様はこの地上で、いろいろな方法を用いてご自分が神の御子であり、救い主であることを見せ、また語られました。それもあらゆる時間を惜しむことなく、彼等に示されたのでした。それにも拘らず、人々はそれに気付きませんでした。

彼等のかたくなな心は、閉ざされたままでした。
「後悔先に立たず」と言いますが、まさに救い主を待ち望んでいながら、その方を殺してしまったということは、悔やんでも悔やみ切れない事実なのでありました。

ですから、自分達はこれからどうしたらよいのだろうかと問う気持ちが分かるような気が致します。頼みの綱を自らの手で断ち切った彼等でしたから、どうしようもない事ですが、しかしそれにしても、これから先、自分達はどうしていったらよいのだろうか?これが彼等の率直な問い掛けであり、また正しい答えがどうしても必要でありました。

しかし、ここでよくよく考えて見ますと、彼等の態度が少し変だと考えられないでしょうか。と言いますのも、ペテロは32節において「神はこのイエスを甦らせました。私たちはみな、そのことの証人です。」と語っています。

にもかかわらず、その事を喜びもせず、また神をほめたたえもせず、ひたすら自分達の行った行為に目を向けているのであります。自分達はこの手でイエスを殺した。しかし、神はその方を甦らせて下さった。何と言うすばらしいお方だろう。

そしてこの方なら、何か素晴らしい事を自分達にして下さるに違いない、とそう考えてもよさそうなのでありました。その様な考えはあまりにも楽観的でしょうか。否、もしかすると、その反対に極端に悲観的になり、甦られた主は、必ず自分達に報復されるに違いない、と、そう考えたのでしょうか。

この状況からしますと、そのいずれでもなく、つまり、御名をほめたたえるのでもなく、報復を恐れるのでもなく、ただただ、自分達の犯した罪に対して目を向け、真剣に考えている事が分るのであります。これは決していい加減な気持ちではないことがお分かりでありましょう。

もし彼等が自分の犯した罪にいい加減であるなら、殺した事実よりも、神がイエスを甦えらせた事実に目を向け、自分の犯した罪から目を背けたかも知れません。

もし主の甦りだけに目を向けるなら、たとい自分達が救い主を殺してもなお望みが十分にあると思うことも可能であります。なぜなら、自分達は選びの民だと思っているからです。

しかし、幸いなるかな、であります。人々は、自分達の選民意識よりも、またイエス様の栄光の姿に目を向けるよりも、自らの罪へと目を注いだのでありました。しかも、その心は、大変緊迫した、将来に対する不安で満たされておりました。

それは救い主が彼等の目に見える形ではおられなくなった。そのことから来ていたのかも知れません。そんな彼等にペテロはまず、こう言ったのであります。「悔い改めなさい。」とであります。

これは彼等にとって何という慰めと励ましの言葉だったでしょうか。
ペテロの言葉は「あなたがたは神に裁かれる。覚悟していなさい。」という裁きの宣告ではなく、「悔い改めなさい。」という勧めだったのであります。

もっとも、その勧めは、神様の前に出てただ単に「ごめんなさい」と赦しを請う事では在りませんでした。時に私たちは冗談交じりに「ごめんなさいですめば、警察なんかはいらないよ。」などと言いますが、つまり、それ以上のことが必要でした。

即ち、自分の犯してきた罪に対して神様の前に申し訳なく思って謝る、あるいはお詫びをするというのは当然としまして、真の神様が遣わして下さった御子イエス・キリストを十字架に掛けて殺したのですから、それに対して赦しを請うと同時に、今までの歩みから全く180 度方向を転換した歩みを始めなければならない事を意味していたのであります。

即ち、イエス・キリストを自分の主とし、又救い主としての歩みを始めなければならなかったのでした。ペテロは「悔い改めなさい。」と言った後で続けて、「そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名前によってバプテスマを受けなさい。」と話を進めました。

バプテスマと言えば、ペテロが今この時に勧めるまでもなく、それ以前に、バプテスマのヨハネがヨルダン川などにおいて行っていたわけであります。ですから当時の人々はバプテスマについては知っていたと思われます。私たちも聖書を通してその事をよく知っているのであります。

ところでそのバプテスマのヨハネが説いていたバプテスマは、「罪が赦されるための悔い改めのバプテスマ」でした(マルコ1:4 )。そしてそのヨハネの行為は、回心者達に悔い改めの外的なしるし、即ち、目に見える印として水でバプテスマを授けていたのでした。

そして今、ペテロも罪を覚えた聴衆達に同じようにバプテスマを受けるように求めたのです。ペテロもバプテスマのヨハネも共にバプテスマを勧めました。がしかし、ペテロの勧めるバプテスマは、ヨハネの時とは少し違った新しい特色が加わっていました。

その一つは「イエス・キリストの名によって」受けるように、ということでしたし、今一つは、「聖霊の賜物」が加えられるという点でありました。この「イエス・キリストの名によって」受ける場合、その受ける者が、イエス様をメシヤと告白するか、あるいは呼ぶかを意味していたと思われます。

今朝の聖書箇所のずっと後の使徒の働き22:16 を見ますとこの様に出ております。「さあ、なぜためらっているのですか。立ちなさい。その御名を呼んで、バプテスマを受け、自分の罪を洗い流しなさい」とであります。

つまり、御名を呼び求めるようになっているのでした。またバプテスマには、聖霊の賜物が加えられたのであります。ここで注意しておきたいのですが、この聖霊の賜物は、メシヤを通して父なる神様から与えられる聖霊ご自身のことであり、一人一人に与えられる諸々の霊的能力とは違うという事です。

ところで、イエス様は昇天される前に弟子達にこう言われたのを思い出される事でしょう。それは同じ使徒の働きの1章5節の言葉でありますが、「ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もうまもなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」と、この様に言われた言葉です。

この言葉の意味は、聖霊のバプテスマが水のバプテスマに取って代ることを指しているのではない。このことに注意して戴きたいのです。なぜなら、聖霊のバプテスマを受けるか受けないは、主の大いなる権威に属することだからです。それが明らかになったのは、主が弟子達の上に「父の約束」の賜物を注ぎ、彼等を新しい民とされた、あの五旬節の日に起こった仕方であり、それは一度限りでありました。

そして、現在の私たちは、彼等と同じ様な仕方ではありませんが、主イエスを自分の救い主と信じている人々はみな、人の目には見えないのですが、聖霊様が内住しておられるのであります。

一方、水のバプテスマは、福音を信じ、罪を悔い改め、イエスを主と認めた者が霊のバプテスマを受け、神の新しい民の交わりに公に加えられた事の外的なしるしとしてなお実施されているものなのです。

つまり、両方ともキリスト信者は受けたことになるのです。そして、そうなるように、ペテロは人々に語り掛けているのであります。
彼の勧めのまず第一は「悔い改めなさい。」でありました。

まず、自分の罪を神の前に明らかにし、今までの歩み方から、180 度方向を転換した歩みへと聖霊なる神様のお働きによってしなければならない、というのであります。内的な真の悔い改めがなされて始めて第二番目に外的な水のバプテスマがされるのであります。

そして、その様に導かれた人には必ず、聖霊の賜物が与えられるのでありました。しかもこの約束は、39節に有りますように、「あなたがたと、その子供達、ならびに全ての遠くにいる人々、即ち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。」と、

ただ単に、その場に居合わせた人々に及ぼされただけでなく、また、同時代の人々に及ぼされただけでなく、彼等の子孫にまで及ぼされる。さらには、エルサレムの人々のみならず、異邦人にも与えられているからだと勧めたのでした。

この箇所は次の二つの旧約聖句が結び合わされています。
聞いて下さるだけで結構ですが、
一つはイザヤ書57:19 でありまして、こういう言葉です。「『……平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。わたしは彼をいやそう』と主は仰せられる。」。

もう一つはヨエル書2:32の言葉でありまして、使徒の働き2 章21節に続くことばであります。即ち、「主が仰せられたように、シオンの山、エルサレムに逃れる者があるからだ。その生き残った者のうちに、主が呼ばれる者がいる。」という部分であります。

つまり「主の名を呼ぶ者は、みな救われる。」という主の名を呼ぶ者とは、主ご自身が呼び給うた者、しかも、効果的に呼び給うた者、その者が救われる、ということであります。

このように、ペテロは、福音の事実と救いの約束とについて、筋道の立った話をしたのでした。ついこの間まで、イエス様ご自身が、「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ」(ルカ9:41)と言われました。あるいはまた、「この時代は、悪い時代です。」(ルカ11:29 )とも言われましたが、

この世は神様がイスラエルの油注がれた救い主として遣わされた方を退けた、そういう時代にありながらペテロもまた、「この曲がった時代から救われなさい。」と言って彼等に勧めたのでした。

この新しい信仰者の群れは、真に古いイスラエルの忠実な残る者であり、同時に、新しいイスラエルの中核を成していく人達でありました。そして、キリストの教会を形成していくのであります。

41節を見ますと、何とペテロの言葉を受け入れ、バプテスマを受けた者は、3000人ほどだったと出ております。実に多くの人たちが弟子達の仲間に加えられたのでした。

この様にしてキリストを主であり、救い主と信じた者が集まって、一つの共同体を形成してゆくのでありますが、その後、彼等がどの様に導かれて行ったかを42節から47節までに簡単に述べられているのであります。

この一つ一つをここで取り上げることは出来ないのですが、現在の私たちにとって、とりわけ関係のある部分だけを見てゆきたいのであります。それは42節にあります「彼等は使徒達の教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた」という点であります。これらはみな、現在の私たちが教会で行っていることと、全く違っていないことを確認されるのではないでしょうか。

まず第一に、使徒達の教えを堅く守り、という点について、私達は、旧約聖書と又、使徒達が書き残した新約聖書との教えに従い、それを守っていますし、第二に、共に兄弟、姉妹が同じ御言葉に養われつつ、それと同時に、それを通しての主にある交わりをしています。第三には、イエス・キリストの裂かれた体を表すパンと流された血を表す杯をもって、イエス様が私たちにして下さった罪の贖いを覚えつつ、新しい契約に入れられた事を感謝し、それを記念する聖餐式を行っているのであります。
さらに第四は、私たちは週の半ば、水曜日には祈祷会を設け、御心がなりますようにと共に祈っているのであります。

ペテロの時代、彼の説教を聞いて、一つの群れができました。
そしてやがては、それが全世界へと広がって私たちの所にも福音が伝えられました。しかも、彼等が行っていた多くの事は、時代を経た今日も変らずに、今なお、続けられているのであります。

これは歴史の上に働き給う真の神様の業以外の何ものでもありません。
時代と共に、変わっていく事も中にはあります。
その理由が何であるか、私たちには分からない事もあります。
しかし、本当に大切なことは真理として、
昔も今もこれから後も、神様がその真理を保護し、伝えて下さるのであります。

当時の人々を、ペテロの説教を通して、悔い改めへと導いて下さった主は、現在の私たちの上にも働いていて下さり、悔い改めへと働き掛けて下さっているのであります。

180 度変えられたはずの私がなぜ今この様な状態にあるのか、そのように悩む人も中にはおられるかも知れません。キリストのして下さった贖いの業が
今一つはっきりしなくなった、そういう人も中にはおられるかも知れません。

さらには、イエス様を十字架につけたのは自分であると認められない方もおられるかも知れません。いずれにしましても、聖霊さまは、今も私たちに働いていて下さっている事を忘れないようにしようではありませんか。

そして、その方が、私たち一人一人の必要を知り、それに答えて下さる方である事を信じ、委ねたいものです。キリストの教会、それは今も神様の前に悔い改めた者が集まってくる所であります。神様を賛美し、救われる人がさらに加えられるように共に祈ろうではありませんか。


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