2015年6月7日(日) 「主の名によって歩け」 使徒3:1-10 竹口牧師
五旬節の日以来、イエス様の名によって集まるようになった集団は、急激にその力を現し始めました。それは使徒達による多くの不思議な業と証しの奇蹟によって、人々の間に恐れの心が起こり、その結果、主は、彼等を悔い改めへと導かれ、日々に弟子達の仲間に加えて下さったからでした。
そして当然ながら、この様になって来ますと、黙って見過ごすわけにいかなくなるのがユダヤ教指導者たちでありました。とりわけまず登場しますのが、4章1節に出てきます、祭司達、宮の守衛長、またサドカイ人でありました。
従って事態は悪化し、ついには迫害という状況になって行くのでありますが、使徒の働きの著者であるルカは、その迫害の始まりを記すに当たって、まずそのきっかけとなった「生まれつき足のきかない男」の癒しの事を取り上げているのであります。
この癒しの行為は、使徒達が多くの不思議な業と証しの奇蹟を行ったものの内の一つでありました。今回は、その癒しという出来事の部分を迫害へと進展して行く事とは切り離して見ていこうと思うのであります。 3章1節にはこの様に出ています。
「ペテロとヨハネは午後3時の祈りの時間に宮に上って行った。」とであります。敬虔なユダヤ人は一日に3回の祈りの時を持ちました。その祈りの時刻をユダヤ人の言い方で表しますと、第3時と第6時と第9時ということになります。これはユダヤ人の時間の数え方が一日は朝の6時から始まって、夕方の6時に終わるからでありまして、これを現在の私たちの時間に置き換えますと、午前9時、正午、それに午後3時ということになります。
聖書を見て戴きますと新改訳、文語訳の両方がそれぞれ午後3時とか昼間の3時と出ていますので、私たちの現在の時間の言い方に訳されている事が分かります。ですから、これから起こる事は私たちの言い方で言います午後3時ごろの出来事ということになります。
次にどこで起こったのか、ということになりますが、これはエルサレム神殿でのことであります。その場所にペテロとヨハネは、祈りの時間になったものですから上って来たのでありました。私たちは、祈る為の場所というものにはさほどこだわりませんし、ユダヤ人もまたそうであったようですが、
しかし、ある本によりますと、ユダヤ人のある者達には、神殿の庭でささげられた時は、その価値が二倍になると思っていたと記されていました。 その様にある人には思われていた神殿にペテロとヨハネは祈るために上って来たのでありました。
勿論、二人は決して神殿での祈りに二倍の価値があるから云々ということで、上ってきたのではありません。恐らく、民数記28章3,4 節などからきているのでしょう。即ち神様は朝夕、供え物を捧げるように定められましたので、その命令に従って、一日を神様に、祈り仕えることから始め、また祈りによって終わらなければならないとの考えから、この祈りに参加していたのだろうと思うのであります。
カルヴァンはこの祈りに参加した理由をこの様に説明しているそうです。 「もし人が、使徒達は律法の儀式に従って祈りをするために宮に上って行ったのかどうかを問うならば、祈りのためというよりも、福音を促進する最も良い機会を求めるためにしたように私には思われる」とです。
まあ時間といい、場所といい、祈りの動機はどうであれ、使徒達は今後の歩みについて毎日祈らされていただろう事を私は想像するのであります。 何しろ、あのペンテコステの日には3,000 人程の人達が弟子の仲間に加えられ、さらには毎日救われる人を神様は加えて下さったと2章の終りには記されているからでありまして、よく祈って、知恵と力が与えられなければならない、そういう状況に彼らはおかれていたと考えられるのであります。
さて、ペテロとヨハネが午後3時の祈りの為に宮に上って行きますと、そこに「生まれつき足のきかない男が運ばれて来た」のであります。この生まれつき足のきかない男の年齢はどの位だったでしょうか。
4章22節を見ますと「40歳あまりであった」と出ています。彼は、生まれつき足のきかない……と出ていますから、生まれてから40数年もの長い間、 一度も歩いた経験がありません。 その不自由さの故に、この男の人は、どうしても他人に施しを求めなければならなかったのでした。そして彼は、毎日「美しの門」という宮の門に置いてもらっていたのでありました。そして、宮に入ろうとする人に施しを求めておりました。
彼が運ばれてきて置かれていた所は、「美しの門」と呼ばれる所でしたが、この「美しの門」というのは「異邦人の庭」と呼ばれる所から、「婦人の庭」と呼ばれる所へ行く時に通る門でありまして、すばらしい細工を施したコリント式の青銅の門のことだろうと言われています。
その門があまりにも美しかった為に「美しの門」と呼ばれた様です。「異邦人の門」といいますのは、異邦人がここまでしか入れないところから由来している庭の名前であり、「婦人の庭」というのも、ユダヤの婦人達がここまでしか入れないところから由来している庭の名前であります。
ともかく、この歩けない男の人は、そこに来る人の慈善心に訴えて、施しを受ける為に連れて来て貰っていたのでありました。それも最も祈り心をかきたてる時刻を見計らい、毎日のように最も人通りの多い場所で施しを求めていました。今日はたまたま彼が運ばれて来たところへ、ペテロとヨハネが宮に入ろうとしてやって来ましたので、彼は、その彼等二人を見て施しを求めたのでありました。
彼の足が癒されること、これは彼にとって最も嬉しい解決でありましたが、それを彼はもう求める気持ちを失っていたのでしょう。ですから、この男の人は一番欲しなければならないものを求めずに、目先の物を求めたのでした。 40年という年月と現実を考えればそれもいたしかたないことだったかもしれませんが……。
時として、私たちも自分にとって一番必要なものは何かも十分に知っているはずなのに、それを求めようとしないことが少なくありません。しかし彼は、そんな状況にあって、今回は願いもしなかった最高の施しを受ける事が出来たのでした。
その人はまず、ペテロとヨハネに施しを求めます。 するとペテロは、ヨハネと共に、その男を見つめて、「私たちを見なさい。」と言います。当然ながら、その男の人は何か貰えるものと期待して二人に目を注いだのであります。彼はこの時、まさか自分の足が直して貰えるとは 夢にも思っていませんでしたので、いつも人から与えられている物を期待しておりました。
ところがそんな彼にペテロはこう言ったのであります。 「金銀は私にはない。」と。大抵の人が、金や銀をくれたであろう彼にとって、ペテロの言葉は何とも不思議に思えたことでしょう。
一方、ペテロは実際に金や銀は与えるほど持ち合わせていなかったのでしょうか?持っていないと言いつつ、「しかし、私にあるものをあげよう。」と言ったのでしょうか。いずれにしましても、自分に無いものは、人に与えようがない。これは真実です。時として私達は、神様が自分に何を与えて下さっているかをよく知らないでいる場合があります。
与えられていても、持っていないかのように不満を持つ場合もありえます。 用い方が正しくない場合もありえます。ですから、何が自分には与えられ、 それをどの様に用いるべきかを真剣に考えて見るのも大切な点ではなかろうかと思うのであります。
自分に与えられているものが隣人の為になるなら喜んで提供することもまた大切な点でありましょう。ペテロはここで、「金銀は私にはない。」と言いましたが、自分が神様から頂いているものはちゃんと知っておりました。ですから、その後で彼はその男の人に「ナザレのイエス・キリストの名によって歩きなさい。」と言って、彼の右手を取って立たせたのでありました。
なんと、その男の人は立つことが出来ました。 私は、時々人を見て思うのですが、肉体的には何不自由無く生活出来る人であっても、心には絶えず迷いがあり、悩みがあり、苦しみがあり、 そのことで頭がいつもいっぱい。そのような人を見る時、その人が自分の足で立ちながら、自分の足で歩きながら、人生と言う道を本当は歩んではいないなと感ずることがあります。
途中で立ち止まって、歩くすべをなくしている人、そんな人がもしイエス・キリストの名前を聞いたなら、そして、その方によって救いを戴いたなら、 その人はしっかりと自分の人生を歩み始めるに違いない、そう考えさせられるのであります。
勿論、今朝出てきた男の人は精神的に歩けなかったのではありません。 まさに40年あまりも自分の足では歩くこと出来なかった。 肉体的に不可能な状況だったのでありました。
そんな彼をペテロはイエス・キリストの名によって歩きなさいと命じたのです。これは何もペテロが自分の力を誇示して行なった事ではありません。
彼自身がその方によって歩ませて戴いているからこそ、そのように言うことができたのでした。「イエス・キリストの名」とは、イエス・キリストの人格と権威とを意味しています。その方の力のゆえであることをペテロははっきりとさせているのであります。
ある人は言いました。 「ペテロは男の願っているものを与える事は出来なかったが、彼の必要としているものを与える事ができた。」と。なかなかうまい事を言うものです。 この男の人にとって、これ以上の施しがあったでしょうか。
彼は確かに願っていませんでした。しかし必要でなかったからではありませんでした。彼は諦めていたのです。しかし神様は、その諦めていたものを彼に与えて下さったのでした。ペテロを通してであります。求めなかったのにであります。
彼は足が癒されると、もう誰の手も借りずに、どこにでも行けるようになったのでした。行きたい時に、行きたい場所に、行きたいだけ、動くことが出来るようになりました。 彼は癒された時、まず何をしたでしょうか。なんと彼は自分の感情が押さえられないかのごとく、踊り上がって神を賛美したのであります。
「赤勝て、白勝て運動会」ではありませんが、運動会競技の中で勝負に勝った時の子供の姿を思い浮かべますと、飛んだり跳ねたりしている姿が容易に想像出来ます。それと同じ様な振る舞いをこの癒された男の人はしたのではないでしょうか。
年は40才あまりであり、もういい大人であります。 その男がまさに童心に返って、回りを気にせずに、その喜びをあらわにしたのでした。その姿は、敬虔な信仰者が祈りのために宮に入って行く、 そういう場所にはとても似つかわしくない情景でありました。 それほど彼は喜びに満たされていたのであります。
またその彼は、今までさんざん世話になった人にまずその喜びを、あるいは癒された自分の姿を、見せるために行こうとはしないで、そのままペテロとヨハネと共に宮に入って行くのでした。彼のその姿勢には注目すべきものがあります。
今までの彼には見る事の出来なかった信仰の姿を見る事ができます。彼はペテロをほめたたえませんでした。神様を賛美したのでした。ペテロは自分の力でその男を癒したとも言いませんでした。十字架に掛けられたナザレのイエス・キリストの名によって歩きなさいと命じただけでした。
恐らく、癒された男の人は「毎日『美しの門』という名の宮の門に置いてもらっていた」のですから、イエス・キリストの名前は一度ならず聞いていたに違いありません。その方が、彼にとってはこれほど身近かであり、個人的な方になるとは夢にも思っていなかった事でしょう。
ペテロは、その方の権威と力によって歩むようにと言ったのでした。 ペテロは、神様の意志の代行者として行動しました。そして、男の人は癒されたのです。彼は、ペテロをではなく、神を賛美しました。
ペテロといい、癒された男といい、大変正しい行動でありました。 なぜなら、両者とも神様を第一とした歩みをしているからであります。 私はここでの事の成り行きを通して、神様の恵みが先行しているのを見るのであります。それは、ただ人々からの施ししか求めることの出来なかった一人の人間に対して、その人が真の神様の助けを正しく求めるか求めないに関係なく、神様は彼に目をとめていて下さった事。また彼は、神殿にいつも連れて来て貰っていましたので、聞くとはなしにイエス・キリストの名前が耳に入っていたと思われるのですが、
神様は、その事を通して働いておられたということ。さらには実際に癒しという事実を通して彼の目を開いて下さったことであります。この時に彼はイエス・キリストご自身の素晴らしさを知ることが出来たのでした。
かつて、私はイエス・キリストの名前を聞いたことはありませんでした。しかしやがて、その方の名前は聞くようになりました。その時はまだ聞いただけに過ぎません。ですからまだ私にとっては信仰の目は開けていませんでした。そしてある日、事実を告げられたのでありました。それはロ−マ5:6-8 節のことばであります。 私はこの箇所を何度も引用しますがご一緒に見てみましょう。
「私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んで下さいました。正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人の為には進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んで下さったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」 以上です。
まず、神様が私を愛して下さっていた。これは私にとって大変な驚きでした。 それにも拘らず、私はその事を何も知らず、自分の欲するままに行っていたのでありました。神様は、ご自身の御旨を知らせるために、また分からせるために、回りの環境をも備えていて下さった。そのことを後から知らされたのであります。
その一つ一つを思い浮かべますときに、その喜びを隠すことは出来ませんでした。つまり、自分の知っている周囲の人に伝えたものでした。 一方、「生まれつき足のきかない男の人」もまず、彼の願っていた目先のものにではなく、その人の本当に必要なものを今回は与えて下さいました。 その事を通して、真の神のすばらしさを示して下さり、彼はその結果、神様を誉め称える様になったのでした。
神様がまず私たち一人一人に働き掛けて下さっているという事は、何という幸でしょうか。いつも神様は、私たちの考えている事よりも ずっと先を見ておられ、知っておられ、少しずつ御心を分からせてくださるのであります。
この地上にあっては、旅人であり、寄留者である私たちは、さまざまな苦難、困難、悲しみ、苦しみをこれからも経験しなければならないのかもしれません。
しかし、その先には必ず、主の祝福が備えられていることをこの男の人の癒された事を通して、また自分自身の歩みからも告白できるのです。ペテロはイエス様のお名前によって、その方の持っておられる力と権威を現しました。
イエス・キリストのなして下さった贖いの業によって、すでに救われている私たちもまた、もっともっとそのイエス様のお名前によって御心を行うものとさせて戴こうではありませんか。
ペテロをはじめ、使徒達のこれからの働きは、この方のお名前によって 数々の働きを行っていくのであります。彼等の上に働かれたイエス様は、 私たちの上にも働いていて下さり、素晴らしい業をさせて下さるのであります。共に主にあってこれからも労する者とさせて頂きたいものです。
2015年6月14日(日) 「無知の恐ろしさ」 使徒3:11-26 竹口牧師
ペテロとヨハネは午後3時の祈りの時間に宮に上って行きました。 二人が「美しの門」という宮の門を通りかかりますと、そこに生まれつき足のきかない男の人がいまして、施しを求めたのでありました。そこでペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって歩きなさい。」と言って彼の足を癒しました。
その後、癒された男の人がペテロとヨハネにつきまとっているものですから、 癒される以前の姿を見ていた人々、その他、癒される時の状況を見たり聞いたりした人々などは、その男の人の身に起こった事で大変驚いていました。 そして、「ソロモンの廊」という回廊にいた彼等ペテロ達の所にやって来た、 というところから今日の話は始まるのであります。
この時の人々の驚きは単なる驚きではなく、誤解を含んでいましたし、正しい目でペテロ達を捉えてはいませんでした。このことに気付いたペテロは、早速説教を始めたのでありました。
12節から26節までがその部分であります。 今回はその内容を3つに分けて見て行くことに致します。 第一の部分は、12節から16節までの部分です。ここでは、ペテロが人々の誤解を解こうとしている箇所です。
私たちは人々から見られる時、事実よりも良く見られる場合が時としてありますし、また逆に、悪く見られる場合もあるわけであります。
前者の場合、自分にとって事実とは少し違うという面がありましても、わざわざ相手の思っている事を否定する事も無いだろうと、そう思ったりあるいはまた、否定することがかえって謙遜にさえ思われる場合もありますので、事と場合によりますが、そっとしておく人もあるいはありましょう。
しかし反対に、事実より悪く思われた場合、自分にとって不愉快であり、我慢ならない事でありますから、何とか事実を伝えようとやっきになるという事もあります。
しかし、それが良い結果へと進めばいいのですが、逆に後から説明した事によってかえって事実をより複雑にしてしまい、状況を一層悪くすることも起きてくるのであります。
ところで、今回のペテロとヨハネの行為については、どうだったでしょうか。 人々が特別な目で見てくれたのですから、その事自体は大変嬉しかったと思われます。その反面、ペテロ達を見る目は正しい理解のもとではありませんでしたので戸惑ったのでありました。
普通に考えますと、自分の行ったことは他の誰もが真似の出来ないことでありますので、その事に対しての尊敬のまなざし、驚きで見られているなら喜んでよいでありましょう。
しかし、今回のペテロとヨハネはあまり嬉しくは感じていない様子であります。と言いますのは、そこには誤解があることを感じていたからであります。 その誤解とは彼の行った癒しの行為そのものは、自分ではなく、自分を通して働かれたイエスの御名にあったのでありました。ですから、その事を正確に人々に伝える必要をペテロたちは覚えたのでありました。
もし誤解されたまま黙っていれば、ペテロ達はそのまま尊敬されるかもしれませんし、一時の優越感さえ味わう事も可能でありました。しかし、二人は正しい信仰を持っていましたので、決して、自分にではなく神様に栄光がある事を示す必要を強く感じ、弁明あるいは証言へと導かれていったのでありました。
とは言いましても、彼等の誤解を解くのはなかなか容易な事ではありませんでした。なぜなら、今回の場合、人々が信じて来た事を一つずつ否定しなければならなかったからであります。否、否定というより、罪の指摘を行なって、事実を伝えなければならなかったからであります。
誰でもそうだと思うのですが、ある考えから他の考えに切り替えるのは なかなか出来ない事であります。しかも、その切り替えが、重大な過失として責められ、悔い改めを迫られるならなおのことであります。
普通なら、何とか相手の心が開かれ、自分の考えが受け入れて貰えそうな状況になったとき、こちらの要件を伝える。これが、人との対話をスム−ズに進めていく良い方法ではないかと思います。
しかし、聖書は決してその様な方法を用いません。必ず最初に罪の指摘が来るのであります。人はそれを聞いて一時的に拒否するかも知れません。しかし、神様がその人の心に働いて下さるなら、反発もまさに一時的に終わってしまうのであります。これは多くのキリスト者が経験した事実ではないでしょうか。
さて、ペテロは聖霊なる神様の導きに従って事実を伝えようと話を始めたのでありました。従ってこの時は、福音を話すまたとない絶好の機会となったのでありました。ペテロは自分の力とか信仰深さとかによって癒したのではない。そのことをまず疑問の形をとって問い掛けました。そして次に、真の神様とはどんなお方かを言います。
13節、「アブラハム、イサク、ヤコブの神、すなわち私たちの先祖の神は、・・・」とでありました。つまり、これはここに集まって来ている人々はみな、同じ真の神様を礼拝している事を示し、その点から見れば同じ仲間であり、同じ信仰の民であることを語っているのであります。
そして、その同じ先祖の神様は、「そのしもべイエス」即ち、この場合奴隷の意味ではなく、神の業をされるお方としてのメシヤを指していますが、そのメシヤであるイエスに栄光をお与えになった方なのだとそう言いました。
では一体どんな栄光を神様はイエス様にお与えになったのか、と言いますと、15節で、「イエス様をあなたがたは殺したが、しかし神様はそのイエス様を甦らせてくださった。」、この事だと言います。
「あなた方は殺したのに甦らせて下さった」これであります。そして更に、「あなたがはいのちの君であるイエスを殺した」と言ったが、と、その訳を13節の中ほどから15節にかけて説明したのでありました。 その部分を私は少し補足しながら話しますが。 この当時ロ−マ帝国がパレスチナに常駐させていた者の中に、行政長官がいました。その人の名がピラトでありました。
彼は、イエスを釈放しようとしました。しかし、あなたがたはそれを拒んだし、しかも拒んだだけでなく、その時にイエスの代わりに人殺しの男を赦免するようにさえ要求した。その結果、イエスは殺されたのだ、とペテロはいうのです。
ここに出てくる人殺しの男とは勿論バラバでありますし、また罪ある者を赦免するという方法は、ピラトがユダヤ人の歓心を買うために特別に行なったものでありました。
民衆はその事を良く知っていましたので、イエス様の裁判の時、その赦免を要求したのでありました。勿論、赦免の対象は、イエス様ではなく殺人者バラバであり、それがイエス処刑へと繋がって行ったわけでありました。
ペテロはイエス様の事を14,15 節で、聖い方であり、正しい方であり、いのちの君と呼ばれる方だったと言い、特別なお方であった事を強調し、 あなた方はその方を殺したのですとまで迫りました。
こんなにもストレ−トに罪を指摘された人々の心はどのようであったのでしょうか。ペテロはここで話を対比させています。あなたがたは、「ピラトが釈放すると決めたのに、しかし、その面前でこの方を拒みました。」
あるいは、あなたがたは「命の君を殺しました。しかし、神はこのイエスを死者のなかから甦らせました」とです。 そしてここには神様の大きな逆転の事実がある事を示しております。
即ち、ピラトの行為によって、メシヤが助かる望みがあったにもかかわらず、 その方を殺してしまった。しかし神様は、その様な大きな罪をキリストの甦りというその方法で神様の栄光を現して下さったのだ、そう言います。あたかも十字架に掛けられ、殺されて敗北者となった。その様に見えたイエス様であった。
しかし実はその方は死者の中から甦らせられて勝利者となられたのだというのです。別にここでは敗北者とか勝利者という言葉を使ってはいませんが、まさに勝利そのものなのであります。
なぜなら、彼等が殺したと思っている方が今は甦られて、実際には生きておられるからであります。 そしてそのことの証人としてペテロ達は人々の前に立っているのです。 そして、生まれつき足のきかない男が癒されたのも、この死んで甦られたイエスによって与えられる信仰が行なったのだと告げたのでありました。
ペテロの話を聞いていた人々の心の中には、何か今まで自分達が信じて行なってきた事をもう一度、考え直して見る思いにさせられたのではないでしょうか。ペテロはここで更に彼等の心の中に逆転を求めて迫るのであります。
それが次に見ます第二番目の17節から21節までの部分です。 「あなたがたは、自分達の指導者達と同様に、無知のためにあのような行いをしたのです。」と言います。
ペテロは、人々の罪を指摘し、しかもそれは無知からであったと言いましたが、実の所、イエス様の十字架刑が行われてから、人々は、少しも自分達の罪に気付いていなかった事でしょう。しかし今やペテロによって罪人として迫られ、しかもそれが無知からだったと告げられたのであります。
よく聞いてみますと、自分達の指導者達も同様だと言います。もしこれが事実なら大変な事を行なった事になるのであります。そしてすぐさまペテロの勧める様に悔い改める必要が起ってくることになります。
ペテロは19節で勧めました。「あなたがたの罪を拭い去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。」とでありました。 18節において、「神は、すべての預言者たちの口を通して、キリストの受難をあらかじめ語っておられた事を、この様に実現されました。」とペテロは言いました。
よくよく考えてみますと、仮にたとい神様が計画され、それを実現なさったとはいえ、その中で人が行なった事はやはり罪でありました。私たちの住んでいる現代で、犯罪の多くを裁く時に、その犯罪に加わった者が計画的であったか、なかったか、あるいは知らないでその中に巻き込まれてやってしまったか、悪いと知りつつ行なったかによって、その刑罰が違うと聞いておりますが、
まあ犯行の大きさによっては、情状酌量の余地はあるとしましても、現在の刑法でも全く裁きから免れる訳にはいかないのであります。自分はたまたまそこにいただけだ。なにもしていないと言っても、駄目ですね。 その場所にいた事がすでに罪なのですから。
ところで、今、ペテロ達を取り囲んでいる礼拝者達の事を考えますと、一体どういう状態なのでしょうか。 彼等はエルサレム神殿で祈るために来ている人達ですから、真の神様について知っていないはずはありません。否、彼等は当然ながら、聖書を通して知っていたのでした。
勿論、この時には新約聖書はまだ存在していませんから、旧約聖書を通して知っていたのであります。しかも彼等の熱心は、その祈りに集まってくるその行為にも見られると思います。彼等が真の神様を知るための大切な聖書を持ちながら、そしてそれを読みながら、あの忌まわしい十字架の刑を許してしまい、刑の執行をストップさせる者は誰もいなかったのでありますから、 これは大きな罪でありました。
しかし、その罪は、ペテロに言われるまで罪の自覚は無かったと言えましょう。この事実は、現在の私達にも言える事であります。なぜなら、私たちにとっては、旧約のみならず新約さえも与えられ、神様からの啓示は完結した時代にいるのですから、なおもその中に書かれてあることに無知であるなら、 彼等と同じ様に真の神様のご威光を損なう事は必至です。
ペテロは礼拝者達に「無知のためにあのようにしたのです。」と言いました。 その無知は許されるべきことではありませんでした。事実を教えられた時、それを謙虚に聞いて受け止め、行動に移す必要がありました。それが悔い改めでありました。
彼等は真の神様に祈りを捧げていました。否、そう信じていました。 しかし19節の終りの部分の言葉を見ますと「神に立ち返りなさい」と言われていますから、信じて行なってはいますが、それにもかかわらず罪赦されていないという現実と彼らの行なっている行為とは、掛け離れている事になります。
これはどういう事でしょうか。 かつてイエス様はこう言われた事がありました。 「私に向かって、『主よ。主よ。』という者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父の御心を行う者が入るのです。」と(マタイ7:21)。
これは、非常に大切な事です。 正しいと信じて行なってきた事が実は間違いであったと知らされたならば、失望、落胆させられることは言うまでもありません。しかも、自分達が待ち望んでいた方を殺すなんてこれはもう悲劇としか言いようがありません。
ですから決して無知であってはならないのです。 今の私たちにとって聖書読みの聖書知らずであってはいけないのです。 聖書を読んでその中に記されている神様の言葉を正しく知り、 それを信じ、受け入れ、行うものとならなければならないのです。 今後の事を申し上げるとするなら、無知をそのまま無知であったと済まされる事は決してありません。
必ず、時がくればその無知であったことに対して神様は精算をされるのであります。この事を是非覚えて置いて頂きたいのです。
さて第三番目、22-26節に入りますが、ペテロは22節から26節までに聖書を通して神様の約束と計画とを語っています。それは死んで甦られたイエス様抜きには語れないことでした。ペテロはモ−セの言葉を用いて「私のような一人の預言者をあなたがたの兄弟達の中からお立てになる。この方があなた方に語る事はみな聞きなさい。」と言って、ユダヤ人から尊敬されていたモ−セでさえ、メシヤを待ち望んでいたことを語りました。
24節では「また、サムエルをはじめとして、彼に続いて語ったすべての預言者達も、今の時について宣べました。」と
神様の約束の成就を明らかにしたのでありました。そしてペテロの話を聞いている人達にとって何よりも喜ばしい事は、紀元前1900年も前に神様がアブラハムに対して約束された「あなたの子孫によって、地の諸民族はみな祝福を受ける。」とは、紀元30-40 年の今のあなたがたこそ、その「契約の子孫だ」と語っていることであります。
エルサレム神殿に祈るために集まってきていた彼等にとって、真に幸せであったと言うほかはありません。なぜなら、彼等は聖書を手にしていましたし、しかもイエス様の弟子達から直接その方の事を聞くことが出来たからであります。
欲を言いますなら、イエス様のおられた時に、聖書を通してイエス様の事を正しく理解していたならもっとよかったことでしょう。
ペテロは26節で言いました。 「神は、まずそのしもべを立てて、あなたがたにお遣わしになりました。 それは、この方があなたがたを祝福して、ひとり一人をその邪悪な生活から 立ち返らせて下さる為なのです。」とです。
神様がこの世に遣わして下さったイエス・キリストをどの様に信じ受け入れるかによって、契約の子孫と呼ばれるか、あるいは滅ぼし絶やされる者と呼ばれるかにかかっているといえましょう。
聖霊なる神様はペテロを祝福してこの時用いられました。 ペテロの話に耳を傾けていた人々の上にも 同じく聖霊なる神様が働いておられたことも 見逃すわけにはいきません。 当時のイスラエルの人々に約束された特権や恵みの数々は、 イエス・キリストを神様が遣わされた約束のメシヤであると信じるなら、現在の私たちにとっても、決してその特権や恵みから漏れることはありません。 私たちもまた、神様の言葉である聖書を聖霊様の助けによって正しく教えられ、導かれる必要があります。 私たちキリスト信者は、聖書の言葉に無知であることは、その言葉から恵みを十分に戴いていないことであり、また、まだ信じておられない方には滅びをさしている。そう言っても過言ではありません。
現在の科学技術の進歩に対して無知であっても、それは私たちの命、生きるか死ぬかには関係ありません。しかし、こと聖書の約束に関する限りはそうはいきません。自分が無知であることは、彼等イスラエルの人々のごとく救い主を待ち望みながら自らの手で殺したりしたように、悲劇的な事を行うものとなってしまうのであります。
ペテロは21節において、こう言いました。 「このイエスは、神が昔から聖なる預言者達の口を通してたびたび語られた、あの万物の改まる時まで、天にとどまっていなければなりません。」とです。 すなわち、私たちは聖書に従って正しく、主の再臨、再び来られるのを待ち望まなければならないのです。イスラエルの人々は真剣に神様に従おうと努めました。
しかし、彼等には多くの過ちがあり、イエス様はそれを正されました。 私たちもまたその様な過ちをしているかも知れません。 それ故に、互いに御言葉に正しく聞き、死に勝利されたイエス・キリストの教えに正しく従っていきたいものです。 そのために、御霊の働きを切に求めつつ、無知のゆえに罪を犯さないように願いつつ歩ませていただこうではありませんか。
2015年6月21日(日) 「恐れずして」 使徒4:1-22 竹口牧師
使徒の働きの著者であるルカは、始めの僅か4章の中にペテロの説教を3回も載せています。1回目は2章にあります五旬節の日の出来事の中で記し、2回目は先回見たのですが、3章においてペテロ達が宮で祈るために上って来た時、足の不自由な男の人が施しを求めたものですから、その男の人の足を癒した後で行なった説教でした。
そして第3回目は、今朝の箇所である4章で行なっているのであります。もっとも、この3回目は、説教と言いましても序論、本論、結論と言うように整っている訳ではありません。と言いますのも、足の不自由な人を癒した結果、騒ぎが大きくなり、説教したという2回目の出来事が更に大きな波紋をおこしたからであります。
その結果、ペテロは捕らえられ留置されるという事態となり、そして、議会で証言しなければならなくなった、そういう場面での説教だからであります。つまり、説教と言いましても誤解を解いて、真実を伝えなければならないという思いが強くありました。
また、場所が議会の中においてでありましたから時間も限られていたのでしょう。それでいて、内容はしっかりと福音の神髄をとらえて、聖霊に導かれるままに語っているのであります。
ところで今回は、そのペテロの説教の中身を見ていくというよりも、彼とその回りを取り巻く人々の動きを見て行きたいと思うのであります。
まず、初めは祭司達、宮の守衛長、またサドカイ人達の動きであります。 2節、3節を見ていただきますと、この様に出ております。 「ペテロとヨハネが民を教え、イエスのことを例にあげて死者の復活を宣べ伝えているのに困り果て、彼らに手をかけて捕らえた。……」とであります。
3章の後半に書かれている説教が、ペテロの口を通してなされている間に、宮の中はいつもと状態が変わってきました。と言いますのも、祈るためにやって来た大勢の人々がいつの間にかペテロやヨハネ、それに先程まで物乞いをしていた男の人の3人を取り巻いていたからであります。 その状況にまず、神殿の当局者達が注目し始めました。そして更に祭司達と宮の守衛長が駆けつけました。彼等は宮の中の秩序を守る警備の責任を帯びていました。祭司からみれば、ペテロの説教の内容には認めがたいものを感じたでしょうし、宮の守衛長の立場からすれば、群衆が一か所に集まることは、宮の中の通行の妨げにもなりますし、何よりも暴動を起こす可能性もありますので、不安を覚えたことでありましょう。
そこへ、さらにサドカイ人がやって来ました。サドカイ人は、聖書の中に度々登場しますが、その名称の起源は、ハッキリしていません。彼等は貴族や祭司の家柄と関係のある支配階層でありました。またロ−マ占領軍とは出来るかぎり協力するという現実的妥協を図りました。
ですからロ−マ人から嫌疑を掛けられるような宗教的、政治的運動には反対する立場にありました。また、議会では主流派を占めておりましたし、神学的には保守派を代表していましたが、肉体の復活は信じていませんでした。 それゆえ、ペテロやヨハネの話すことには困っておりました。
そこで祭司や宮の守衛長それにサドカイ人が止めに入ったわけであります。 今ここに登場しました祭司や守衛長は、サドカイ人の一門でありますから、今回ペテロやヨハネを捕えたのはこのサドカイ人によるといってもよいでしょう。
それぞれの立場は違えども、ペテロ達のしていることを止めさせるに十分な理由があった訳でありました。
時間的な流れから言いますと、ペテロとヨハネが祈るために宮に上って行ったのが午後3時ごろでした(使徒3:1)。そして、男の人の足を癒し、それに説教と続いて早いもので二人が捕らえられた頃にはもう、夕方になっていたのでありました(使徒4:3 )。
もしペテロ達が、宮のどこか見えにくい所で、それとなく話しをしていたのならこんなに大きな事にはならなかったかも知れないのですが、白昼堂々と宮の中で話されては、サドカイ人もほうっておくわけにはいきませんでした。
ペテロ達を留置するという強行策へと進んだということは、集まりを解散させるだけでなく、それなりの理由があっただろうと思うのであります。即ち、2節にあります「死者の復活を宣べ伝えているのに困り果て」ているだけでなく、ペテロ達の動きが益々大胆になってきた事に手を焼き始めていたのではないかという思いがします。
特にサドカイ人にとっては、宗教的にも政治的にも、あなどれない存在になってきたといえましょう。ですから、今のうちにここで何とかしなければという思いが強く働いていたのではないでしょうか。
ペテロとヨハネは留置されました。しかし、それにもかかわらず4節にありますように、「御言葉を聞いた人々が大勢信じ、男の数が5000人ほどになった」とあるのであります。正に無視できない存在に成長しつつありました。
群衆達は目の前でペテロ達が捕えられ、連行されるのを見ながら、それでも神様を信じ、従って行こうとする勇気を神様は彼等に与えておられたのですから、この様な動きにサドカイ人は手をこまねいているわけにはいかなかったのであります。
そこで、今の内に芽を摘んでしまおうと考えても不思議ではありませんでした。それには裁判にかけることでありました。しかし、この日はもう夕方になっておりましたのでとりあえず留置して、次の日に延ばすことにしました。
さて、サドカイ人の企みはどうであれ、捕らえられたペテロとヨハネはその夜どんな過し方をしたのでしょうか。後にパウロとシラスが、マケドニヤで 牢獄に繋がれるのですが、その時には、鞭によって打たれ、その上、足かせが掛けられ、そんな状態でありながらもパウロとシラスは祈りつつ神様に賛美の歌を歌っていたのでした。
この出来事は、同じ使徒の働き16章にでているのですが、ペテロとヨハネが受けたこの最初の留置は、それ程までには厳しくはなかったかも知れません。とはいえ、キリストの名の故に留置される様な目に会うのは二人にとって初めてでありますから、心は穏やかではなかったでありましょう。
留置された場所がどの様な状況なのか皆目分かりませんが、しかし、次の日のために神様に助けを求めて祈りを捧げたであろうことはクリスチャンなら誰しも考えるのではないでしょうか。
さて次は議会側の動きであります。 朝を迎えました。 二人の行なった事に対して審議する為に議会が招集されました。この議会は、サンヘドリンとも呼ばれ、大祭司、律法学者、長老などのサドカイ人とパリサイ人などからなる71人で構成されたユダヤの最高議会でありました。
ロ−マの支配にありながらも民事、刑事事件だけでなく、宗教問題についての裁判権を持っていました。集まって来た人々は5節を見ますと、「民の指導者、長老、学者達」でありました。そして6節には「大祭司アンナス、カヤパ、ヨハネ、アレキサンデル、その他大祭司の一族もみな出席した。」とあります。
大祭司というのは一人しかいませんが、一度、大祭司の職につきますと、それは終身制でしたから、死ぬまで大祭司であります。ですから現在の大祭司カヤパのほかに、前の大祭司アンナスも大祭司と呼ばれ出席していました。また、ヨハネやアレキサンデル、さらには大祭司一族も出席したのでありました。
ここに出てきましたヨハネとアレキサンデルについては、どんな人物かよく分っていませんが、大祭司の一族だった様です。この様に裁判のために必要な人々全員が集まったところで、議会が開かれました。
まず、ペテロとヨハネを真ん中に立たせて尋問を始めました。 この様な議会での裁判は、実はイエス様も同じ様に尋問を受けられた事が以前にありました。しかしその時はイエス様から真実を聞こうとしたのではなく、死刑にするための口実を作るためのものでした。
ですからイエス様の時は、全議会は偽証者を次々に立てて、証拠をつくりあげようとしたのでした。そして最終的には、神を冒涜した罪として起訴したわけでありました。 (マタイ26:59-68) ところで、今回のペテロ達の起訴事項は、最初は、サドカイ人による考えによって、「死者の復活を宣べ伝えているのをやめさせる」ことが主な目的だったのですが、今や全議会が招集した中にあっては、それを強く出すわけにはいきませんでした。
というのは、議員の中には律法学者たちがいまして、彼等は、パリサイ人であり、しかも死者の復活を信じていたからであります。つまり、全員の賛同を得ることは無理であった訳です。そこで、急きょ尋問の内容を変えました。
その質問は7節にあります。「あなたがたは、何の権威によって、また誰の名によってこんなことをしたのか。」でありました。サドカイ人の考えているように、死者の復活を宣べ伝える事をやめさせる事を第一にもってこないで、「何の権威によってか、誰の名によってか」ということに訴えを変えたのであります。
しかし、だからと言ってペテロは自分が捕らえられた理由をうやむやにするはずもありません。むしろ、彼は聖霊に満たされて、取り調べられている理由が何であるかをはっきりと明らかにした上で話を進めました。
8節の箇所からこう言って話し始めました。 「民の指導者たち、ならびに長老の方々。私たちが今日取り調べられているのが、病人に行った良いわざについてであり、その人が何によって癒されたか、という事であるなら、……」 と問題を明確にした上で答え始めたのでありました。
そして「この人が治って、あなたがたの前に立っているのは、あなた方が十字架につけ、神が死者の中から甦らせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです」とこう言った訳であります。
恐らく、サドカイ人にとっては「神が死者の中から甦らせたナザレ人イエス・キリストの御名による」ということは語って欲しくなかった事でしょう。しかし、律法学者達がいるてまえ、甦りについては黙って聞いておくほかはありません。
そしてペテロはさらに言葉を続け「御名の権威」について、いつものように旧約から説明を始めたのでありました。それは詩篇118 篇22節の引用でありました。もともとこの箇所は神殿再建の工事中に、「家を建てる者達に捨てられた石」が、神殿完成のときには、二つの壁が合わさる隅の「礎の石」となったという、神の不思議な摂理のわざをたたえた歌であります。
直接的にはイスラエルの将来を意味した預言だったのですが、イエス様ご自身が引用された事によっても分かりますように、(マタイ21:42 、マルコ12:10,11、ルカ20:17 )明らかにイエス・キリストご自身を指しておりました。
ペテロは言います。 『イエス様は、神の家を建てる者達であるはずの「あなたがた」から「捨てられた」方であるが、神が甦らせて下さったことによって神の家の「礎の石」となられたのだ。』とであります。
従って、神の家に連なろうとする者であるならば、この「礎の石」を抜きにすることはできない。それ故に、「この方以外には、誰によっても救いはありません。世界中でこの御名の他には、私達が救われるべき名としてはどの様な名も人間には与えられていないからです。」と話を進めたのでありました。
イエス様が捕らえられた時、ひそかにその後をつけ、様子を伺っていたペテロは、その時、イエス様の弟子であることを三度も否定しました。そんな彼が今や堂々と、議会の真ん中に立って、イエス・キリストが救い主であることをはっきりと証言しているのであります。
その力は、あるいは勇気は、どこからきているのでしょうか。議員達はペテロとヨハネの大胆さを見、「また二人は無学な、普通の人であるのを知って驚いた」と13節にはでております。
無学なとは無知であることを意味していません。ただ律法学者のように専門的な教育を受けていない、という意味なのであります。また、二人がイエス様と一緒にいた者であることも徐々に分かってきました。更には、癒された男がそばにいるとあっては癒された事実を否定することも彼らには出来なかったのであります。 しかも、それだけでなく、数々の奇蹟が行われたことは、エルサレムの住民にすでに知れ渡っていたのですから、議会側としてはどうすることもできませんでした。神様は、専門的な教育を受けた律法学者のような者ではなく、ペテロやヨハネのような者をも用いて働き人とされました。
しかも、律法学者、祭司、長老達の前で堂々と答えるようにされたのでありました。議員達にとって今や出来ることは脅ししかありませんでした。しかし、その様な脅しがペテロ達に通用するはずもありません。
ペテロ達は議会から一旦出された後で議会側は相談し、その結果「一切イエスの名によって語ったり教えたりしてはならない」と命じたのでありますが、それに対してペテロとヨハネは、どのように答えたかと言いますと「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません」(使徒4:19,20 )と言って断ったのであります。 まことに勇気ある発言であります。
ところで、私たちがキリストに従おうとするとき、多くの決断あるいは選択に迫られる事があります。その時の基準が自分にとって益となるか、不利益になるか、人は大抵、瞬間的に判断すると思うのです。
キリスト者であるならその基準は当然ながら、御名の栄光のためにということになるのですが、事実は果たしてどうなのだろうか、と考えさせられます。もし、キリスト者が、その判断を損得で下したなら、あるいは欲と得で下したなら、結果はどうなるでしょうか。
言うまでもなく正しい決断を下す事は出来ません。 ペテロは議会に立って答える時、その基準を神に置いていた事が19節においてはっきりしていることにお気付きでありましょう。従って、議会側のねらいは、これ以上、民の間に広がらないようにすることにありました。
そこで、18節においてこのように命令を下しました。 「一切イエスの名によって語ったり教えたりしてはならない」とであります。 つまり、その命令に従わなければ、それ相当の罰が加えられることが予想されたのでありました。我が身が可愛ければ、そのまま黙っていることも可能でした。権力に屈することはいとも簡単でありました。
しかし、ペテロとヨハネは毅然とした態度でこう言ったのであります。 「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。」とです。これはこの世に対するキリスト者の態度、或いは姿勢、或いは生き方がはっきりと言い表されているといえましょう。
そしてこの様な歩みこそが世に対して、キリスト者とはどんな者であるかを教える良きチャンスになのであります。
かつてパウロはこの様に言いました。 「私にとっては、生きることはキリスト。死ぬこともまた益です。」 (ピリピ1:21) と。或いは又、「私たちをキリストの愛から引き離すのは誰ですか。患難ですか。苦しみですか。迫害ですか。飢えですか。裸ですか。危険ですか。剣ですか。『あなたのために、わたしたちは一日中、死に定められている。私たちはほふられる羊とみなされた。』と書いてある通りです。しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべての中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」( ロ−マ8:35-37) とパウロはローマ書に書いています。
今やペテロはイエス様以外に救いはないとはっきり宣言し、彼のこれからの道は神様のみ声に聞き従って歩むことである、そのことを述べたのでありました。また自分の見た事、聞いた事を話さないわけにはいかないとも述べたのであります。
私たちは、今の自分の信仰生活を今一度振り返りながら、この方以外には救いはない。この方のみ声だけに喜んで従いたい。また従う者です。そのように神様に叫ぶと共に、また世に対しても、そのような歩みになるよう、更に神様から力をいただいて歩みたいと願います。
どんな時代が来ようとも、キリスト者がキリスト者としての行動を止めさせるような事になるなら、私たちは恐れずしてペテロのごとく、立ち向いたいものであります。今、私たちがこの世に生き、生かされているのは、キリストの愛によると言う他はありません。そして、その方の御旨を行うことが私たちの使命なのです。
私たちはそれぞれ弱い部分を持っています。けれども、それ以上に素晴らしいものを一人ひとりに神様は与えて下さっているのであります。それを用いて、この世で証しして行こうではありませんか。人と比べることではありません。自分に与えられているもので仕えていくのです。
弱いペテロをここまで強くして下さった方は、私たちをも造り変えることの出来るお方なのですから。
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