2015年11月1日(日) 「宣教の拡大」 使徒8:1-8 竹口牧師
先回は、ステパノが殉教した部分を見てきました。彼の最後は、まことに残酷無残でありましたが、その彼の死のことを著者であるルカは「眠りについた」と記して、外側の悲惨さよりも彼の内側の平安を記して終わっていました。
聖書では信仰者の死を「眠り」と呼ぶことがありますが、これは、世の終りに、再臨のキリストによって甦らせられる確信をもっての事であります。ですから死は、恐れではなく希望につながります。そして今日の聖書箇所へと入って行くのであります。
まず1節に「サウロはステパノを殺す事に賛成していた」とありますように「サウロ」という名前が登場致します。先回見てきた箇所にも7:58において、証人達の着物を預かる係りとして名前が出ていましたし、また今日の8:3 節にも三度登場し、9章から始まります彼の本格的な歩みのいわば伏線となっています。
今回は短く1-3 節までに登場していますが、大変なことを彼はしているのであります。即ち、ステパノの殉教の死を境にサウロは、キリスト教撲滅運動に積極的に身を投じるようになって行きます。
そして、多くのクリスチャン達を牢へと放り込み、後のパウロ自身の告白によりますと、「男も女も縛って牢に投じ、死にも至らせた(22:4)」という程であります。
今この3節にあります「教会を荒らし」という「荒らす」の言葉は、「野獣によって身体が被害を受けることを意味」しますので、そのひどさには、想像を絶するものがあったと思われます。
信仰者達はエルサレムに入ることが出来ないほど、またその為に出て行かなければならないほど、それはとても、大変な状況であったことが、今日の聖書箇所から読み取れるのであります。
しかしながらまた、そういった中にありながらも、理由は良く分りませんが、使徒達はしっかりとエルサレムに止まり、教会を守ることが出来たのは不幸中の幸だといえましょう。これはまた、今後キリスト者が増え広がる為の拠点として残された神様の布石だったのかもしれません。
ところで、今日の箇所にはもう一つ興味深い事があります。 それは2節にありますように「敬虔な人達はステパノを葬り、彼のために非常に悲しんだ」事であります。神を冒涜した罪で処刑されたステパノを、しかも彼の死刑をきっかけとして、教会が大きな迫害の渦の中に入ったその最中に、この所に出てくる敬虔な人達は、ステパノを葬り、彼のために非常に悲しんでいるのであります。真に驚くべき光景と言えないでしょうか。
と言いますのも、お分かりのように、時が時だけに、ステパノを葬れば、その彼等も捕らえられ、牢に入れられる可能性が十分にあったと思われるからです。これもまた、ステパノを最後まで見ておられた神様のご配慮であったのではないでしょうか。
この敬虔な人達とは、敬虔なユダヤ教の信者なのか、或いはクリスチャンなのか定かではありませんが、少なくともステパノは決して、神様を冒涜するような罪は犯していなかったと認めていた人達であったでしょうし、なればこそ、迫害の嵐の中にありながらも進んで葬りに参加し、ステパノの死を悼んだということが出来ます。
ところでイエス様はかつて、十字架の死の後、葬られ、三日目に甦られ、その後40日間、使徒達に現れて下さいました。そしていよいよ最後の日にこう言われました。「しかし、聖霊があなた方に臨まれる時、あなた方は力を受けます。そしてエルサレム、ユダヤとサマリヤの全土および、地の果てにまで私の証人となります。(使徒1:8 )」とです。
まさにこの言葉が、ステパノの死を境に成就し始めていたのでありました。イエス様の最後の言葉がまさかこのような形で実現し始めるとは誰が予想したでしょうか。
実は、実現のための苦しみは真に大きいものでした。クリスチャン達に対する激しい迫害、とりわけ、ステパノに従っていた人達に対する風当たりは 相当強かったと思われます。
使徒達以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされて行き、エルサレム教会は真に苦しい経験をさせられながらですが、福音はエルサレムから外へ外へと確実に広がり始めていくのでありました。
さて、エルサレムでは真の神様を信じ、従っている者が、家々から引きずり出され、男も女も次々に牢に入れられ、真に目を覆いたくなるような光景でありました。
しかし逆に、8節によりますと、少し時間的にずれはありますが、サマリヤの町は、「それでその町に大きな喜びが起った。」とあるのであります。真に対照的な光景であります。
勿論「それで、その町に……」と言いますのは、ピリポの働きを指しますが、元はと言えばエルサレムでの迫害が挙げられましょう。エルサレムでの悲しみとは逆にサマリヤの町には大きな喜びが起きました。それがエルサレムでの出来事の結果だと牢に入れられている人達が聞いたなら、どんな反応をしたでしょうか。
もしかしたら苦しみに絶える材料にはならなかったでしょうか。恐らくなったでありましょう。
さて5節からは、キリストの福音がエルサレムから他の地方に飛び火した状況の説明が始まります。そこにはこうあります。
「ピリポはサマリヤの町に下って行き人々にキリストを宣べ伝えた。」とであります。
今ここに出ていますサマリヤの町と言いますのは、サマリヤ市なのか、サマリヤ地方のある町なのかははっきりしないと言われています。サマリヤと言いますと、その歴史を簡単に振り返えりますと、ご存じのように、かつてイスラエルが南北の二つに分裂し、その北の方は紀元前722 年にアッシリヤという外国軍が攻め取り、主だった人達を連れ去り、その代わり、他の国から人々を連れてきて住まわせた事があったわけであります。
その結果、北側にあたるサマリヤでは、そこに住んでいた人達と移って来た人達との間で、真の神礼拝と偶像礼拝の二重礼拝が行われる様になって行ったのであります(U列王17:33 )。
その後イスラエルは、もう一方の側、つまり南側の事ですが、ユダがバビロン軍によって捕囚となるという事が起ります。そして時代を経て南側は帰還し、神殿を再建し、その間に、このサマリヤとエルサレムとの間には大きな溝が出来てしまったという歴史があるのであります。
捕囚という暗い歴史の中で、サマリヤの人達は自分達で礼拝する所をゲリジム山に独自に設け、エルサレム神殿に対抗しておりました。そして、こういう状況の中で、今回迫害でエルサレムから追われて、散らされた人々がサマリヤにやって来たのでありました。
普段は避けて通るような所だったのに、でありました。 またやって来ただけでなく、彼等はなんと御言葉を宣べ伝え始めました。 もっとも、このような事が起きる前にも福音が伝えられたことはありました。
それは、ヨハネの福音書4章にありますように、イエス様がこの地上におられました時に、わざわざ、サマリヤを通って目的地ガリラヤに行かれ、その時にサマリヤの一人の女の人を導かれた、そういう出来事もあったのでありました。
ところで、今日の聖書箇所では特に、あのかつて食卓に仕える人として選ばれた人の中の一人に挙げられますピリポの活躍が記されております。彼はサマリヤの地方に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えます。
群衆はピリポの話を聞き、その行なっていたしるしを見て、みなそろって、彼の語る言葉に耳を傾けました。長い歴史の中で出来た大きな溝も、聖霊なる神様のお働きによって埋められて行ったのでした。特にピリポの働きには目覚ましいものがありまして、汚れた霊につかれた人からその霊は出て行きますし、中風の人や足の不自由な人が癒されていったのであります。 さて、今日の聖書箇所全体の流れは以上ですが、この中から宣教拡大という事を頭に置きながら、幾つかの点を見て行きたいと思うのであります。
まず第一番目は、キリスト教撲滅は迫害を持ってしては、サウロを始め、ユダヤ人の達の思うようには行かなかったという事実であります。否、むしろ、それによって、彼等の思いとは逆に地域とか人数とかが益々増え広がる結果となりました。神様は長い歴史の中で、この様な方法を選び、用いて来られた事は言うまでもありません。
ところで今の時代は、あまりにも平和であり、国の政策によって激しく苦しめられるということは殆どありません。幸いにもと言ったらいいのでしょうか。
とは言いましても、その事に決して甘んじてはならないし、御言葉を伝える事をおろそかにしてもいけない。そう反省させられるのであります。一般の人となるべく衝突をしないように、避けている内に、それがいつしかこの世との妥協へと変わり、いつの間にかこの世の考えに取り込まれているとするなら、それは、大変危険であると言えましょう。
この世が熱くもなく冷たくもない時に、私たちの信仰の堕落は始まっていると言えないでしょうか。そうならないように、十分気を付けたいものであります。
第二番目はエルサレム からユダヤとサマリヤの諸地方に散らされたという事実は、この時点でもうすでに、現在の私たちの所にも福音が届けられる為の一歩が、始まったと言っていいという点であります。
そして、この事は約2,000 年たった今の私たちにとって、その散らされた人々の伝えた福音によってイエス様に接することになったといえるかもしれません。詳しくルートを調べないと、正確には分かりませんが・・・。
いずれにしましても、伝えられた福音を私たちは受けたのですから、今度はその私たちが、それをまだ受けていない人々に携えて行かなければならない責任、あるいは任務がさらには使命が与えられていると言えましょう。当時の人達は、迫害という否応なく散らざるを得なかった。その結果からですが、しかしその迫害を彼らは恐れる事なく受け、御言葉を宣べ伝えることを止めなかった。あるいは語りながら、巡り歩いた姿には大変教えられるのであります。
真理を知った人は、それを隠すことの出来ない、伝えたいという激しい願いを神様からいただき、そしてそれは現在の私たちにも与えて下さっているといえましょう。
第三の点は使徒達以外の者はみな追い散らされたという事ですから、外部に向かって御言葉を宣べ伝える大きな働きをしたのは、使徒達ではなく一般のクリスチャン達であったという事実であります。
彼等は、イエス様がこの地上におられた間に、直接、専門的な教育を受けたというより、間接的でした。しかし、確かなキリストの救いの恵みに預かり、それは即ち、すぐに伝道者となったと言えましょう。いわば、信徒伝道者とでもいいましょうか。それはまた、今の時代でも同じことがいえましょう。
イエス様と寝食を共にしなくても、御言葉を通して教えられ、訓練された人は同じ様に用いられるということです。そしてこれはまた一般の信徒の働きは、非常に効果があるといえましょう。
私達の教会で言うなら牧師、伝道師といった教職者が入り込むことの出来ない所にみなさんは自由に出入りし、その場を用いることが出来るからです。ただし、仕事は仕事としてきちんとすべきであり、仕事と伝道とを混同してはいけないのはいうまでもありません。
自分の結婚式や葬式のときに始めて、あっ、あの人はクリスチャンだったのかと知られるような、そんな日常の歩みはしてほしくないものです。
第四番目は、エルサレムの教会においては、使徒達以外は諸地方に散らされましたが、教会は決して活動を止めていたわけではなかった。この点に目を止めたいのです。
聖書は間接的に記しているのですが確かにエルサレム教会は活動を続けていました。そしてやがては大きな実を持って帰ってくる事を使徒達は楽しみに待っていたに違いありません。今や教会に加えられた迫害と言う物理的な力は、強制的に活動が外に向けられ、拡大して行ったのでありました。
現在の私たちクリスチャンは、政治的、思想的な迫害がなくとも仕事が忙しいという理由で、教会での礼拝を休みがちであったり、さらには職場でも御言葉を伝えられないと言うのは残念な事と言わざるを得ません。
この教会からこのあと各地に散って行く皆さんが、やがて、多くの実を結んで教会に戻ってくる事は神様の求めておられることであります。
「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ11:28 )」とイエス様は言われました。
キリストの体である教会は、特に同じ御言葉から、一緒に恵みをいただき、養われる場であると同時に、またここから遣わされていく基地のようなものです。エルサレムの教会が、ステパノの殉教という大きな悲しみを経験しながら、決してそれでくじける事なく、外へと神様の力によって押し出されていった彼等の姿は、私たちもまた、聖霊なる神様のお力を戴いて、外に向かって押し出され、積極的に遣わされて行く者とされたいものです。
ピリポ達はいわば迫害によって否応なく出て行ったのですが、私達はこの平和な時代にあって恵みとして遣わされて出て行けるのです。何という恵みの時代でありましょうか。
敬虔な人達はステパノを葬り、彼の為に非常に悲しみました。 しかし、所変わって、サマリヤ地方では大きな喜びが起っていくのであります。平和なこの時に私達が涙と共に御言葉の種を撒く事は時代性に相応しくないとも思われるかもしれません。しかし、私たちの回りには、まだ救われていない家族、友人、知人、会社の同僚等々が多くいることを考えます時に、「神様、どうぞ彼等を救って下さい」と真剣に祈らざるをえません。そして、語り伝えることの大切さを覚えるのです。
御言葉の種が私たちを通して撒かれるとき、私たちの弱さを越えて聖霊様は働いて下さり、やがて大きな実を結ばせてくださるのは、決して夢想でも何でもありません。まして、今、私たちは、新しい会堂を建てつつあります。
このチャンスを生かすことは、何という素晴らしいことでありましょうか。 新会堂が信仰者でいっぱいになるよう私達も一人ひとりを神様に用いて頂こうではありませんか。
2015年11月8日(日) 「正しい心で」 使徒8:9-25 竹口牧師
ステパノの処刑を境に、エルサレムではクリスチャン達に対する迫害が起こり、その結果彼らは、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされて行きました。その散らされた人達の中には、かつて食卓のために仕える者として選ばれた7人、後に教会の執事という働きになったのですが、そのうちの一人であるピリポがいまして、その人はサマリヤ地方で素晴らしい働きをしていたことを先回少し見ました。
今回は、その彼の働きによってサマリヤの人々が救い主、イエス・キリストを信じていく状況の中で、起りました一つの出来事を見ながら考えて見たいのであります。
まず、9節に魔術を行うシモンという人物が登場致します。 彼は、自分の行う魔術によって、サマリヤの人々を驚かし、自分を偉大な者だと自画自賛しておりました。
もっとも、自分だけのいわば、独りよがりとも言い切れませんで、10節によりますと、「小さな者から大きな者に至るまで、あらゆる人々が彼に関心を抱き、『この人こそ、大能と呼ばれる、神の力だ。』」と言われる程でありました。ですから、私達の目からはともかく、サマリヤの人達の目から見れば、シモンは自他共に認められた偉大な人であった、と言う事が出来るでしょう。
ところで、その様な注目の的になっていたシモンの所に、先程言いましたピリポという人がエルサレムでの迫害を逃れてやって来たのであります。 彼が人々にキリストを宣べ伝え始めますとサマリヤの人々の関心は、魔術師シモンから、ピリポの方へと移って行くのであります。
しかし、そんな状況にあってもシモンは不思議な事に、その事で人々に対して腹を立てるとかピリポの働きを邪魔するとか、そういった事はしませんで、いたって素直でありました。そして彼自らがピリポの話を聞き、信じる様になって行くのでありました。
13節によりますと、「シモン自身も信じて、バプテスマを受け、いつもピリポについていた」と言うほどでした。しかも彼は「しるしと素晴らしい奇蹟が行われるのを見て驚いていた」程に、ピリポのする事、なす事に大変魅せられていたのでありました。
今、魔術を行っていた頃のシモンとその頃のピリポとを比較して見ます時に、そこには大きな違いがあった事を見逃す訳には行きません。それは、シモンは魔術によって自分には力があるかの様に人々に見せ、また彼等の目を自分のほうに引き付けていたのに対し、ピリポは神の国とイエス・キリストの御名について宣べ伝え、人々の目を自分にではなく、イエス・キリストの方に向けていたというこの違いがありました。
これは大変大きく違う点であります。 パウロはUコリント4:5 でこう言っています。 「私達は自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるイエス・キリストを宣べ伝えます。私達自身は、イエスの為にあなた方に仕える僕です。」と。シモンは自分の名を売り込み、ピリポはイエス・キリストを宣べ伝えたのです。
私達が福音を伝えようとする時に、自分の業ではなく、また、自分の知識を誇りとするのではなく、ましてや自分を売り込むことではなく、主の御名が限りなく褒めたたえられるように振る舞うことは何と大切なことでしょうか。ピリポの素晴らしさを私はここに見るのであります。
さて、サマリヤでピリポがその様な働きをしている間に、この状況がエルサレムに伝わりまして、急遽、エルサレムの教会ではペテロとヨハネを遣わすことになりました。
この二人のうちのヨハネという人は、かつてイエス様がサマリヤ人の町に入られた時の事ですが、サマリヤ人達がイエス様を受け入れようとしないのを見てイエス様に向かってこう言った人であります。「主よ。私達が天から火を呼び下して、彼らを焼き滅ぼしましょうか。」(ルカ9:54)とであります。
サマリヤの人達に対して何という厳しい思いを抱いた事でしょうか。まことに短気な人であったといえましょう。イエス様はこの時、ヤコブとヨハネの二人を戒められましたが、今、ピリポの働きによってサマリヤの人々が信じて行く事を考え合せますと、恐らく、エルサレムからサマリヤへと福音が伝わり、やがて彼等も救い主を信じるようになるとイエス様はあの時すでに知っておられ、見通しておられたのかも知れません。それゆえに、かつてのソドムやゴモラの町のごとく滅ぼす事をよしとされなかった、そんな気が私はするのであります。
さて、ピリポを通して救い主イエス・キリストを信じ、バプテスマを受けた人達に対して、ペテロとヨハネの二人は、15節によりますと、「人々が聖霊を受けるように祈った」とあります。
またその祈った理由を続けて16節でこのように説明されています。 「彼らは主イエスの御名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊がまだ誰にも下っておられなかったからである。」とであります。
ピリポは「神の国とイエス・キリストの御名について語り、」人々はその福音を信じました。イエス・キリストを信じると言う事は、人間的な感情で、その時その時の気分で出来る事ではありません。
なぜなら、パウロはTコリント12:3で言っていますように「聖霊によるのでなければ、誰も、『イエスは主である。』という事はできません」というくらいにできないからです。つまり、ピリポがイエス・キリストの御名について語った時、ピリポの上にも、またそれを聞いていた人々の上にも聖霊なる神様のお働きがあったという事。またそれ故に彼等は信じる事ができ、バプテスマを受ける事が出来たのでありました。
従いまして、その時に彼等は聖霊の内住、即ち、信じた人、一人一人の内に御霊が入って下さった事は確かなのでありました。現在でも、聖霊のお働きによって人はイエス・キリストを救い主と信じ、救われ、救われた人の内には聖霊の神が内住して下さるのですから、信じてなお「聖霊様。どうか私達の上に下って下さい」と求めたり、願ったりする必要はないのであります。
では、16節の、信じてなおその人々には聖霊が下っておられなかったとはどういうことでしょうか。今私達は更に18節を読み進みますと、「使徒達が手を置くと聖霊が与えられるのを見たシモンは……」とある事に気付かされます。 そして実はこの18節の所に今の問題の答えがあると言えましょう。 即ち、ペテロとヨハネが祈った時に与えられた聖霊とは、可視的な、つまり目に見える形で聖霊が臨んでおられる事を示したのです。それがシモンを初め人々の目には、鳩の様に見えたか、火の様に見えたか、あるいは何か特別な働きを見たのか私達には分かりません。
がいずれにせよ、彼は使徒達が手を置くと聖霊が与えられるのを確かに見たのでありました。聖霊が下られるという事実を他の聖書の箇所から見ます時、まだ旧新約聖書の66巻が完結していないこの時代、実にさまざまな仕方で一人一人に内住されたのを私たちは知る事が出来るのであります。
ペテロとヨハネはサマリヤ人達がイエス・キリストによって救われた事を確認する為にエルサレムから遣わされたのでした。そこで使徒達が知ったのは、信じたサマリヤ人達が聖霊のお働きとは知らずにいたことでした。そのため、サマリヤ人達は救いにおいて聖霊が働かれ、内住されている事を見える形で示す為に手を置いて祈った。そういうことができるでしょう。
ところで、元魔術師シモンの話に戻りますが、彼は使徒達の振る舞いを見て自分もそうなりたいと思うようになりました。そしてそれをお金で手に入れようと考えたのです。19節で彼はこう言いました。「私が手を置いた者が誰でも、聖霊を受けられる様に、この権威を私にも下さい。」とです。
なぜ、彼がその様な思いになって行ったかを考えて見ます時、シモンは、18節で「使徒達が手を置くと聖霊が与えられるのを見た」と有りました様に、あくまで目に見えるものを求めていたのでありました。
元来彼は、魔術を行って、人々の注目をあびていた人でした。また彼が救い主を信じてからも「いつもピリポにつき従い、しるしと素晴らしい奇蹟が行われるのを見て驚いていた」そういう人でしたから、目に見える不思議な奇蹟、それがいつもシモンにとって興味の的であった。そういうことができるでしょう。
そんな状況の所に、ペテロとヨハネ達がエルサレムからやって来て、人々に手を置いて祈ると彼等もまた聖霊が与えられるのを見たのですから、これはもうてっきりピリポよりもこの先生の権威によってなら不思議なしるしを行うことができる。そう思い込んだに違いありません。
シモンはそれを是非とも手に入れたいと思いお金持参で頼みこんだのでありました。実のところ、シモンが、自分の求めているものがお金で買えると真面目に考えていた所に大きな問題があったと言えましょう。そしてその事をペテロははっきりと指摘したのであります。
「あなたは金で神の賜物を手にいれようと思っている。あなたのお金はあなたと共に滅びるが良い。」とであります。シモンにとっては目玉が飛び出るほど驚いたに違いありません。
簡単に売ってもらえるものと思っていたら、そうではない。 手を置けば聖霊が下るというその「権威」や「職務」は、「神様からの賜物」として神様が下さったものであって、それをお金で買おうなどとはとんでもないことでした。
確かに、教会の尊い権能や職能を金品で買おうとする事は、神を冒涜するものだという考えから罪と言う事ができます。お金の様な物で買う事は出来ないもの。それが神様からの賜物だからです。
賜物と言うものは、一方的な神様からの授かりものです。私達でも、真心を込めて贈ったプレゼントに対して値段を付けられたり、「お金を払う」などと言われたりしたならば、恐らくガッカリするのではないでしょか。
贈物にはお金では換算できない真心が込められております。 まして、神様からの賜物は、お金はおろか人間の努力や修養や、どの様な代価を持ってしてでも得られる様なものではありません。つまり値踏み、値段を付ける事の出来る様なものではないのであります。
シモンには、この信仰の本質に関して根本的な誤りがあったのであります。彼は、イエス・キリストを信じる前までは実にあらゆる世代の人々から、もてはやされていました。
そして、今やそれをしのぐ有力な人が自分の前に現れた時に、再び人々の注目を浴びたいと彼は考える様になったのかも知れません。しかも、それを手っ取り早い方法で手に入れようと考えたのでしょうか。
イエス様は言われました。ルカ22:26 で「あなた方の間で一番偉い人は一番年の若い者の様になりなさい。また、治める人は仕える人のようでありなさい。」とです。
つまり、早く人の上に立って目立とうではなく、時間をかけ、つつしみ深く、人に仕え続けている時に、やがてはその働きに相応しいものが与えられるものです。魔術で人々の人気を勝ち得ていた様に、神様の名前を利用して、それで得ようとした事は彼の大きな失敗でありました。
ペテロは22,23 節で言いました。「だから、この悪事を悔い改めて、主に祈りなさい。あるいは心に抱いた思いが赦されるかも知れません。あなたはまだ、苦い胆汁と不義の絆の中にいることが、私にはよく分かっています。」と。
シモンは自分に対して災いが起らないようにと執り成しの祈りを願うのでありました。この時彼がどの程度悔い改めていたでしょうか。自分の罪を指摘され、それが赦される事だけを願ったのでしょうか。喉もと過ぎれば熱さ忘れる、と言います。その場しのぎの悔い改めにはなりたくないものです。
私達もまた神様の前にとんでもない勘違い、思い違いをしている事が無いとは言えません。それだけに、シモンの犯した罪の怖さを感じない訳には行きません。
私達は、神様の下さっているものがいかに大きく、又それがお金では払い切れないものである事をよくよく知って置きたいものであります。神様が下さったことに対する応答として、教会に定期的に献金していればそれでよいというのではありません。
毎週礼拝に出席していればそれでよいのでもありません。 奉仕を沢山すればそれでよいとも言えません。 人はうわべを見るが主は心を見る方であられます(Tサ16:7)。 他人は自分の心を知らないからといって安心してもいられません。 主は何の妨げもなく、私達一人一人の心を見ておられるのです。
ところで、シモニアという言葉がありますが、それはここから生まれてきました。教会での聖なる権能や職務などを金銭や品物を持って売り買いすることを意味する言葉です。
このシモニアがローマ・カトリック教会の腐敗を示すものとして、それにプロテストしたのがプロテスタント教会の始まりです。私達もまた、同じ間違いを犯さない様にと心を配りたいものであります。
ある本にこんなことが載っていました。 「今日の私達の教会には聖職を金で買おうなどという大それた罪は見受けられません。しかし、みな奉仕を金に代えて手っ取り早く効果を上げてしまおう、という考え方は、巧妙に忍び込んでいます。
忙しい会員達が寄ってたかって会堂をへたに掃除するより、専門の掃除屋を雇う金を出すほうが早いとか、こつこつとまずい印刷をするくらいなら金をかけても印刷屋に頼もうなどなど。」とであります。
私達の教会が人数的に大きくなり、又新しい会堂が間もなく与えられようとしているこの時、こういう点は、身近な問題として私達も考えていかなければならないことです。
そんな時、私達の心が、神様の方に向いていなかったなら御前に正しい思いや願いは出来ないと言えましょう。私達は絶えず自分達の心が神様の方に向いているかどうか、聖い奉仕や業をどの様に考えているかについて確認する必要のあることを覚えさせられます。
最後にこの朝、もう一つの点を見ておきたいと思うのです。それは、パウロが言いましたイエス・キリストを救い主として信じている者の確かな事実です。それはこうであります。
エペソ1:13,14 「またあなたがたも、キリストにあって真理の言葉、即ち、あなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことによって、約束の聖霊をもって証印を押されました。
聖霊は私達が御国を受け継ぐことの保証であられます。これは神の民の贖いの為であり神の栄光が褒め称えられる為です。」という点であります。 神様は、イエス・キリストを信じた人々に、ただで、そして、今も、私達の心の中に聖霊なる神様を内住させ、私達を日々に清くして下さっているという事であります。何と感謝なことでしょうか。
またパウロは言いました。「あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させて下さる事を私は堅く信じているのです。」(ピリピ1:6 )とであります。
ですから、私達もまた同じ確信に立って、焦らず、気負ず、神様がイエス・キリストの死という大きな代価を払って、ただで下さったものがどんなに素晴らしいものであるかを覚えつつ、確かな信仰生活を続けさせて頂こうではありませんか。
私達は、自分のうちに素晴らしいものを手にしていながら、他の所に求めると言う誤ったことをしがちであります。あの人のようになりたい。あの人が持っている賜物が私もほしい。それがあったなら、もっとよい働きが私には出来るのに。そう思う事が度々在ります。
しかし、人が持っているものを得てから神様により良く仕えようとするのでは、魔術師シモンに似ていないでしょうか。シモンが「誰でも聖霊を受けられるようにこの権威をください」と言った様な不純な思いで神様に願う事は私達には無いかも知れませんが、しかし、人が持っていて自分には無いものを欲しがったり求めたりする事は大いにありえます。
ですから、本当は何を神様に私たちは願い求めるべきか、それを真剣に、よく吟味しなければならないのです。これは、とても大切な事です。 神様が今、私達それぞれに与えておられる時間、能力、富などなどを最大限に、あるいは最善に用いて主に仕えるようにと命じておられるのだといえましょう。
あの人と同じ様にではなく、自分にしか出来ないもので主に仕えて行く事。これが大切な点なのです。 そしてこれは、みなさんお一人お一人が主の前に出来る最高の奉仕と言えるでありましょう。間違った願いによってではなく、神様の前に正しい心でお仕えして行こうではありませんか。
2015年11月15日(日) 「一人の救いの為に」 使徒8:26-40 竹口牧師
先回は、エルサレムから散らされたクリスチャン達が、ユダヤとサマリヤの諸地方で御言葉を宣べ伝えながら、巡り歩いた。そんな状況の中で起こった一つの出来事を見ました。それは、魔術師シモンという人が神様のくださる賜物を使徒からお金で買おうとしたという事でした。
それに対してペテロは厳しくシモンを責めました。 20,21 節でこう言っています。 「あなたのお金はあなたと共に滅びるがよい。 あなたは金で神の賜物を手に入れようと思っているからです。 あなたは、この事については何の関係もないし、それに預かる事もできません。あなたの心が神の前に正しくないからです」とでありました。
神様のくださる賜物の素晴らしさに気付いた事はシモンにとって大変よい事でありました。が、それとお金とを結び付けたところに問題があった訳であります。欲しいものは何でもお金で買えると勘違いしやすいのは、今の時代も変わりません。
否、今はより一層豊かになっていますので、その危険は十分にあります。 お金では買えないものがあることを頭では知っていながら、何とか手に入れたいという思いが色々な事件を引き起こしているのが現代と言えましょう。
この世の物がそうであるなら、ましてや、目には見えない神様のくださる賜物はなおのこと、お金では買えるはずもありません。私たちもよくよく注意しなければならないと言えましょう。
さて今回は、お金をどんなに積んでも手に入れる事の出来ないもの、神様のくださる救いの恵み、あるいは賜物がある一人の人に与えられて行く、その過程を見てみたいと思うのであります。
元魔術師シモンの場合は、バプテスマを受けてから後の歩みの事が記されていましたが、今回の場合、一人の人物がどの様にして、救われて行くかが 順に詳しく述べられているのであります。いわば個人伝道の一つの例と言えるかも知れません。
この話には二人の人物が登場致します。 一人はピリポという伝道者です。 彼は今まで見て来ました様に、エルサレム教会で奉仕していましたが迫害のためサマリヤへと下って行くのであります。そして、そこで御言葉を宣べ伝えていました。
一方、もう一人はエチオピア人の女王カンダケの高官で、女王の財産全部を管理している宦官でありました。二人は恐らく全く面識は無く、会う約束も予定も無かったでありましょう。
ところが、であります。 そんな二人を神さまは引き合わせて下さるのであります。そして親しくなって行きました。親しくなると言いましてもそう長い期間をかけてではありませんで、多分、一時間か二時間、長くて半日ではなかったでしょうか。
しかし、そのほんの僅かな時間に、このカンダケの高官は、忘れることのできない喜びを体験することになります。そして勿論、その様に導かれていく為には神様の大きな働きがあった事を見過ごす訳には行きません。
そして今回は、その神様の働きの中でも特に3つの点を取り上げて見たいと思うのであります。まず第一番目は、聖霊のお働きによって二人は引き合わされたと言う事です。
先程も言いました様に、ピリポはエルサレムで活躍し、迫害の為、やむをえずと思いますがサマリヤへと導かれました。ところが、その彼を今度は26節にありますように、「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に行きなさい。」と主の使いによって命じられるのであります。
今ここに出ています御使いとは後に出てきます、例えば29節にあります御霊とさほど違いが見られませんので御霊の導きと取ってもよいかと思われます。つまり、ピリポはエルサレムからサマリヤへ、そして今、サマリヤからガザの方へと導かれるわけです。
ガザという町について申し上げますと、かつてはペリシテ人の5大都市 (アシュドデ、ガザ、アシュケロン、ガテ、エクロン) の一つでしたが(Tサム6:17)、ずっと時代を下りますと紀元前332 年にはマケドニアのアレクサンドロス大王によって滅ぼされます。
一時期、ユダヤ人のマカベア家によって支配された事もありますが、前63年にはローマによるシリヤの管轄下に置かれるのであります。そして更に前57年には、その場所より地中海よりに移動し、再建されるに至るのでありました。
その結果、旧い場所のガザの事を「このガザは今は荒れ果てている」 と言われるようになりました。聖書の端の注欄を見ていただきますと、 「これは荒れ果てた道である」とも出ていまして、もとあった町も、あるいはそれに通じる道ももしかしたら荒れ果てていたのかもしれません。
ピリポはその様なガザに下る道へと導かれて行きました。ガザはエルサレムから南西に直線距離でも80Kmはあります。また、900 Mほど低い海沿いの平野にありますので、まさに下って行ったと言ってよいでしょう。
ピリポはサマリヤから下って行きましたので、距離的にはエルサレムからよりももっと遠くにありまして、移動は大変だったと思われます。もっとも、距離的に大変だったと言いますと、もう一人の人の方がもっと、ずっと大変だったことでしょう。
と言いますのは、その人は、エチオピアからエルサレムに礼拝に来ていたからであります。そして、その後、帰途に就いておりました。直線距離にしますと、千数百キロ、日本地図で言いますと、北海道、九州間の距離に当たります。
その距離を彼は、礼拝の為にわざわざやってきた。 そしてエルサレムで礼拝を終えて、その帰り道でありました。この人についてもう少し述べて置きますと、27節にありますように、カンダケの高官でありました。カンダケとは、私たちがエジプトの王の事を「パロ」と言ったり、ローマの皇帝を「カイザル」と言ったりしますが、そういうのと同じでありまして、つまり、カンダケとは、エチオピアの女王の称号でありました。 更にその人は宦官であったとでています。大抵、女王の側近として仕えるにはよく去勢されたそうですから、この人はそうしていたのかも知れません。
もしそうだとすれば、彼は、礼拝のためにわざわざ、エチオピアからエルサレムにやってきましても、礼拝そのものはエルサレム神殿の外庭から、はるかに礼拝する事しか許されなかった筈でした。
と言いますのは、申命記23:1節によりますと、「去勢した男子は、主の集会に加わってはならない」事になっていたからであります。礼拝は外庭で、去勢していれば正に割礼は受けられませんし、エチオピアという遠くからせっかくエルサレムに来ても、神殿を目の前にしながらも、更に神殿そのものの距離はずっと遠かったのでした。そういう状況にあったのがこのカンダケの高官でした。
しかし、彼の主に対する熱心は、そのどれもが苦にはならなかったようです。 千数百キロの道程をもろともせずにやってきていたのです。 いかにその人は熱心であったかが伺い知れるところです。 神様はこの人に会うようにとピリポを導かれたのでありました。
人との出会い。 これは、私達の人生にとって、最も大切な事であります。 「人生は出会いによって決まる」とさえ言われるほどに、世の中では、大変重要視されています。ましてや、天の御国では、一人でも多くの人が少しでも早く仲間に加えられる事を願っている点は確かだと言えましょう。
神様は御霊によって二人を互いに引き合わせて下さいました。 ここにおられる皆さんお一人お一人も、例外なく御霊に導かれて教会に来られたのでありますが、この事実を皆さんはどの様に受け取られるでしょうか。 否、私は自分の意志によって来たのだ。そういう方がおられても、一向に構いませんが・・・。
ところで、ピリポと宦官の二人は出会いました。 ピリポは神様が引き合わせて下さったその宦官を見ますと、 何と聖書を読んでいるではありませんか。 これが神様の働きの第二の点であります。
聖書を読んでいた。 神様はすでに、この宦官を、ピリポがやってくる前に、それも、昨日、今日と言うような突然ではなく、ずっと前から、御言葉を読むように、またそれを通して考えるように、この宦官を導いておられたのでありました。
当時は、現在の私達の様に、一人一人が一冊ずつ聖書を手にすることは出来ませんでした。ご存じの様に、当時は聖書は手書きで書き写されたもので、大変貴重なものでありました。さらには勿論、新約聖書はまだ出来ていない時代であります。しかも旧約聖書全部と言うよりは、一つの書が巻き物の様になっていまして、しかも大変高価なものであったと思われます。
聖書を自分の手にするには数の点においても、値段の点においても難しいものであったと言えましょう。恐らくその宦官は、自分の地位、あるいは収入などから、更には何よりも御言葉を読みたいと言う意欲が、聖書を手に入れるきっかけを作ったことでしょう。現在の印刷技術による大量生産とは訳が違っていました。
ところで、30,31 節にありますピリポとカンダケの高官との間で交わされた会話を見ます時に、私は何か奇妙なものを感じるのであります。 と言いますのは、もし、皆さんが、本を読んでいまして、それも見ず知らずの人に突然、「あなたは読んでいることが分かりますか。」と言われたら、どうお応えになるでしょうか。何か非常に失礼な事を言われた様な、違和感をお感じにはなられないでしょうか。
ところがであります。 この高官は全然そんな様子を見せてはいないのです。 聞く方が聞く方なら、それに答える方も答える方であります。 むしろ、分からないのが当然かの様にこう言っています。 「導く人がなければ、どうして分かりましょう。」というふうにであります。
「分からないのにあなたは読んでいるのですか。 何のためにそうしているんですか」 と、そう私なら聞きたなってくるのであります。
それでも、分かろうとして熱心に御言葉を読んでいた姿勢は、 すでに救われている私達も、もっと見習う必要があるように思います。 と言いますのは、御言葉を何回も読んでいますと、もう分かっている様な気になったり、思わず読み過ごしてしまう事は良くあるからです。 これは、私達の信仰生活に於いても注意を促してくれているようでもあります。
この宦官の素晴らしい点は、分からなくても、分かろうとしているところに、あるいは、熱心に求めているところにあると言えましょう。 そこには、求道心が十分に認められるのであります。 聖書が語り継がれて何年になるでしょうか。 一番古い書から言いますと3000年は十分に経っております。 しかし、聖書は読めば読むほど意味の深みが増します。 そして、「導く人がなければどうして分かりましょう」と宦官が言いましたように、神様は、御言葉を通して語り、人をも用いられるのであります。 これが第三番目の神様のお働きであります。 神様は人を用いられる。 宦官はイザヤ書53章の「苦難のしもべ」の預言の所を読んでいました。しかし、彼はそれが、自分についてなのか、それとも誰か他の人の事なのか分かりませんでした。そこにはこうあります。32,33 節
「屠り場に連れて行かれる羊のように、また黙々として毛を刈る者の前に立つ小羊の様に、彼は口を開かなかった。彼は卑しめられ、その裁きも取り上げられた。彼の時代の事を、誰が話す事ができようか。彼の命は地上から取り去られたのである。」とであります。
私たちが聖書を読みます時、気を付けませんと自分の思い込みで、自分の経験の中で読み進むことがあり、全然関係のない解釈をすると言うことが起こって来ます。ですから、聖書をよく知っている人から正しい導きを受けるのはなんと大切な事でしょうか。聖書と注解書を片手に信仰生活を正しく送る事は不可能なのであります。
今回、このカンダケの高官を導くのには、ピリポはそれにもっとも相応しい人でありました。彼は、このイザヤ書の言葉から始めてイエス様の事を述べ伝えたのであります。神様は、一人の人を救うために、ご自身、聖霊を送られ、その働きによって二人を引き合わせ、そして、御言葉をもって語ると同時に、ピリポを通して福音の神髄を明らかにされました。
全知全能の神様ですから、その様な回りくどいやり方ではなく、直接働かれるだけでどんどん、救われる人を起す事がお出来になるはずなのに、神様はそうなさらないのであります。
福音を宣べ伝える為に神様は、聖霊のお働きによって、御言葉を通して、人を用いてなさるその業は、今の私たちの時代にも全く変わっていないのであります。そして積極的に神様のご用のために用いられることを願い、実際に用いていただかなければならない事を示しています。
そして求道者の方々もまたそれに相応しい歩みの切り替えが必要である事を私はここから教えられるのであります。 宦官は36節でこう言っています。 「御覧なさい。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何か差支えがあるでしょうか。」とでありました。
自分でイエス様はわたしの罪の為に死んで下さったと信じ、救われた者は、それを隠すことなくバプテスマを受けることによって公にし、はっきりとその様な行動で示す事は、自分の信仰の成長にとっても、とても大切であります。
私ごとで恐縮ですが、わたしはかつてバプテスマを受けるか否かで、悩んだ者のひとりであります。それと言いますのも、大迫害があった時、自分はクリスチャンとして正しい行動が出来るだろうかと心配したからであります。 あるいはまた、教会員になってその責任を十分に果たせるだろうか、と言う心配もしました。
自分の態度を、この世と教会との中間に置く事はある意味では非常に都合が良い様に感じた時がありました。全てに於いて曖昧でいられるからです。 責任がないからです。しかし、神様が御子イエス・キリストを私の罪のために十字架に掛けて殺してまでも救おうとして下さったその犠牲、 払って下さったその価、その事実から私は目を背ける事はできなくなったのでした。
そして、たとい弱くても、あるいはできなくても、今のあるがままで従って行く事の大切さを教えられたのでありました。そして、迷いは無くなりました。今回出て来ました宦官は、神様の恵みの素晴らしさを知った時、それをそのまま素直に行動で現そうとしました。そして、彼は本当の喜びに満たされたのでした。なんという素晴らしい導きでしょうか。
ピリポはサマリヤで目覚ましい働きをしていました。 多くの人がイエス様を信じ、バプテスマを受けていました。 その様な素晴らしい働きをしていたピリポを神様は「今は荒れ果てている」と言われているガザへとわざわざ遣わされたのでした。
考えてみますとあまり人がいないような荒れ果てた所へ行くよりは、サマリヤに彼がいた方がもっと沢山の人が救われるであろうにも拘わらず、そんな所に神様は遣わされたのでした。
たった一人の救いの為に、でした。 神様は、たった一人の魂をどれだけ愛しておられるか、お分かりでしょうか。 彼はその後、アゾトと言う所に現れ、すべての町々を通って福音を宣べ伝え、 カイザリヤへと帰って行くのであります。
このピリポの働きは聖書に記されている中でも最初の異邦人伝道であった事は、これから更に福音宣教が世界に向けて広がりを見せる中で、三つの大きな働きがこれからも必要である事を確認させられるのであります。
神様は、聖霊を通し、聖書を通し、人を通して今も、そしてこれから後も語り続けられると言う点であります。そして、私たちにとってもっと注目したい点は、神様のなさる救いは、大きな網を広げて有無を言わさず救うという方法ではなく、一人一人の心に働き掛け、一人一人がよく吟味し、 真の神様の前に罪を認め、悔い改めるようにと導かれ、そして赦しを与えられるという点であります。
かつて、ペンテコステの日には3,000 人程の人が弟子に加えられた事がありました。たといその時、3,000 人という大勢の人が救われましても、神様のなさった事は決してひとまとめにしてでは無かった。神様は、一人一人に語り掛けられ、一人一人の心を探ってくださったのでありました。
翻って今朝の聖書では一人の高官の為に、正に一人の人が遣わされました。 私達が救われたのもそうではなかったでしょうか。たとい、同じ伝道集会で一緒に救われた人がいたとしても、神様は、他の人には関係なく、一人一人に会ってくださり、一人一人の心に迫ってくださったのであります。 私達はこの事実を大切にしようではありませんか。
一人の救いの為に、主は働かれ、聖書は語り、人を用いられる方ゆえに、今も一人一人が神様のみ前にどの様にあるかが問われているのであります。罪の赦しの経験をした私達が、その喜びを消すこと無く、更に他の人も味わえるように遣わされていきたいものであります。
また、まだ救われていない方も、かすかなみ声で、あなたに語りかけておられる神様に、静かに耳を傾け、その声に従われてはいかがでしょうか。主は今も、一人一人に語り掛けて下さっているのですから。
2015年11月29日(日) 「キリストに捕えられる」 使徒9:1-19 竹口牧師
先回私たちは、一人のエチオピア人が神様の導きによって、ピリポという一人の伝道者に会うことが出来、救われたという部分を見てきました。 このエチオピア人は、とても求道熱心でありました。ですから、ピリポの行なった福音の説明、即ち旧約聖書から初めてイエス・キリストに至るまでの話しは、正に、砂にしみいる水のごとく、その宦官の心の中へと入って行きました。 そして彼は大変な喜びに満たされたのでした。
ところで、今回見て行きます箇所は、御言葉を素直に受け入れたいというような言わば、整えられた相手ではなく、イエスは、聖書に約束された救い主 即ち、キリストではないと確信して、逆に立ち向かってくる一人の人物に、それも、イエス様ご自身が直接語りかけられるという例をみようとしているのであります。その名をサウロ、後にパウロと呼ばれるようになる人の事であります。 このパウロは、ご存知のように以前7章の終りの所で見ました石打ちの刑によって処刑されるステパノのそのそばで、証人達の着物の番をしていた青年であります。ステパノはその処刑の現場において「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」と言いましたように、イエス様を目の当たりにしながら死んでいくのであります。
そして今朝、ステパノが見たあのイエス様、甦りのイエス様とこのサウロは、出会い、全く変えられていくと言う場面なのであります。このサウロの回心は、今後の宣教にとって極めて重要な出来事でありました。従って、この書の著者でありますルカは、この中で2回もサウロ自身の証言として載せているのであります(22:3-16 と26:9-18 )。 ではなぜ、このサウロの回心という出来事が重要なのかと言いますと、一つは、ステパノを殺す事で「教会に対する激しい迫害」の火蓋を切ったその最中に、その急先鋒を努めていた人物であるサウロが、キリストに捕えられ、今度は逆に、キリストの福音を伝える急先鋒になって行くという一大転機であったという点だからであります。
もう一つは、ステパノの殉教を契機に宣教地の拡大にともなって、迫害もまた外地にまで伸び、更には、エルサレムから200Km 以上も離れているダマスコにおいてさえ、キリストが現われたと言う事であります。これは、外地伝道の広がりを見せる中で画期的な出来事と言えましょう。つまり、ただ単にエルサレムという場所に止まること無く、「地の果てにまで、私の証人となります」というイエス様のお言葉の始まりを意味しているのであります。
さて、では具体的にはどの様にしてサウロがキリストに捕らえられ、変えられて行ったのでしょうか。これを私は仮に、3段階に分けて考えてみました。 第一番目の段階、それは、1-2 節にあります様に、サウロのキリスト信者に対する迫害の熱心さは異常ともいうべきであったという事から始まります。 聖書にこう書いてあります。 「さてサウロは、なおも主の弟子達に対する脅かしと殺害の意に燃えて、大祭司の所に行き、ダマスコの諸会堂宛ての手紙を書いてくれるように頼んだ。それは、この道の者であれば、男でも女でも見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いてくるためであった。」とであります。
パウロの目指すところは、クリスチャン達のキリスト信仰を止めさせ、キリスト教を根絶することにありました。ですから、それをかたくなに守り通そうとする者には死が待ち受けていたのであります。他の箇所で彼は言っています。「私はこの道を迫害し、男も女も縛って牢に投じ、死にまでも至らせたのです。(22:4)」とであります。あるいはまた、「しばしば彼等を罰しては、強いて御名を汚すような言葉を言わせようとして……」(26:11 )とも告白して、力ずくで否定させようともしました。大変恐ろしいことでありました。 このサウロの迫害によってどれぐらいの人が殺されたのでしょうか。また、どれ位の人が自分の信仰を見失なったのでしょうか。何時の時代にも、宗教的のみならず、政治的に、あるいは民族間で、人種間での対立があるものであります。そしてその対立の中で、私達の想像を絶する様な事が実際に行なわれ、多くの犠牲者が今までに出てきました。
憎しみの故に、あるいは間違った正義感などによって拷問が、あるいは虐殺が、あるいは集会の取締が行われてきました。今も、この地球のどこかで行われているのであります。信仰という宗教的な面だけを取り上げましても、 自由が認められず、牢に入れられたり、何とかして洗脳しようとあらゆる試みが成されている事は否定できません。サウロの狂気に近い迫害は、彼自身、真の唯一の神に対して忠誠を尽くす行為であるとの確信に立って、積極的に行なっていました。 それは、彼が学んできた事からすれば、当然でありました。即ちユダヤ教の教えにより、十字架に掛けられる様な者は呪われた者である。その様な者が神であるなどとは、とんでもないことだ。またその様な事をいう者は、真の神を冒瀆していると信じて疑わなかったのでした。そしてその様な神を冒涜するような者を彼は断じて許しておく訳にはいかなかったのであります。
しかし、その正義感に燃えたサウロも第二の段階を迎えるのであります。それは、自分のはっきりとした目的を見失なった状態であります。3-6 節に於いて、突然、彼はそれを経験しました。事の次第はこうでありました。 彼は大祭司から最高議会の権限を委託されて、エルサレムからダマスコへと向っていました。そのダマスコの近くまで来た時突然天からの光が彼を巡り照らしたのであります。そして彼はその場に倒れてしまいました。彼が受けた天からの光は、砂漠における太陽の光り、という様なものではありませんでした。超自然的な光でありました。なぜなら、彼と一緒にいた仲間達の目は盲目にはなっていないからです。つまりサウロにのみに光が当ったといえましょう。
また、光だけではありませんでした。サウロは天からの声を聞くのであります。「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」と。これも、一緒にいる者達には理解できないものでした。ですからこれもイエス様の特別な働き掛けであった、と言えましょう。
さて、彼はその質問に応答しました。「主よ。あなたはどなたですか。」とです。この質問には二つの意味が含まれていると言えます。一つは、「サウロという私の名をご存じのあなたはどなたですか。」そしてもう一つは「自分としては教会を迫害しているつもりなのに、『わたしを迫害する』と言われるあなたはどなたですか。」という意味であります。
なお、ここで彼が「主よ。」と呼び掛けているのは、彼が神的存在者に対する恐れを持っての呼び掛けの言葉でありまして、相手が自分が迫害しているイエスであるとは気づいていないで呼び掛けている言葉であります。そして、彼の質問に対して答えが戻ってきた時、彼はその答えに大変驚いたと思われます。 イエス様は言われました。「わたしはあなたが迫害しているイエスである」とです。パウロはキリスト者を迫害していました。しかし、イエス様は「なぜ私を迫害するのか」と言われて、キリスト者の痛み、苦しみはご自分の痛みご自分の苦しみとして受けて下さっていたということでした。ここに、私達は、私達の重荷を負って下さるイエス様との一体性を見る事が出来ると言えましょう。
サウロは、自分の歩んできた道には誰にも引けを取らない自信がありました。それは彼がキリキヤのタルソで生まれ、生粋のユダヤ人であり、ガマリエルという律法学者の元で厳格な教育を受けた者であったからでした。彼の生まれたタルソという町はアテネやアレキサンドリヤと並び、学問の都でした。 ですから、ヘレニズム文化については申し分のない教養を持って育てられました。
恐らく、サウロは自分の前に置かれた道を、迷う事なくまっしぐらに歩み、今で言いますと、エリートコースを難無く進んできた人と言えるでしょう。つまり、人生の挫折など一度も経験した事のなかった人ではないでしょうか。 しかし、であります。彼は、キリストとの出会いによって今までの歩みがプッツンと断ち切られるのであります。自ら、正しいと信じて行ってきた事に対して、「なぜ、わたしを迫害するのか、とげのついた棒を蹴るのはあなたにとって痛いことだ。」(26:14 )と言ってイエス様に間違いを指摘されたのでありました。
真面目に、一生懸命に生きている人ほど、それを否定される事から受けるショックは大変大きいものと言えましょう。パウロもその一人でありました。 そしてそんな彼は霊的にも肉体的にも真っ暗な時を経験することになるのであります。生まれてから何一つ壁にぶっつかった事のない人の事を幸いな人と言ったらいいのでしょうか。それとも、不幸な人と言ったらいいのでしょうか。
もっとも、人生の中でどんなに大きな壁に出会っても、また、どんなに多くの行き詰まりを経験しましても、最も大切な、真の命に至る道に入ることが出来なければ、その壁はその人にとって何の意味も持たないといえるでしょう。なぜなら、その人の命が永遠へとつながらないからです。 パウロにとって、イエス様との出会いが、今まで歩んできたことの道の全否定であり、今後どうしたらよいか全く白紙になっていたと思われます。がしかし、やがて真の使命が与えられる事になって行くのであります。サウロの行ってきた事、それが具体的にデータとして残っているわけではありませんから、聖書に記されている事からしか分かりませんが、それにしましても、自分が今まで何を考え、何をやってきていたのか。それを深く考える時というものは彼にとって必要でありました。 9節を見ますと「彼は3日の間目が見えずまた飲み食いもしなかった」とありますから、この時を断食と祈祷の時として過ごしたでありましょうか。実際のところ、彼はこの3日間で心の中の全てが精算されたのではありませんでした。
ガラテヤ書1章によりますと、彼はキリストによって変えられてまもなく、アラビヤの地へと赴き、3年間の時を過ごすのであります。ここにおいて彼は主イエス・キリストとの関係を揺るぎないものにした様に私は思います。 今回はまだそこまでは行きませんで、彼の心が変えられる所までですが、その為に主は、サウロだけに注目しないで、サウロを受け入れる態勢をも整えて下さるのでありました。これが第3段階目と言えるでしょう。
闇の世界から光の世界へと彼は導き入れられたのです。その為に主は先ず、アナニヤという弟子を立てられました。先回も見たことですが、神様は、一人の人を救うために、直接その人に働き掛けるだけでなく、その人を導く人をも用意され、その人を通して働きかけられたのでありました。
先回神様は、サマリヤにいたピリポをガザの方へと導かれ、カンダケの高官はエチオピアからエルサレムにやってきて、礼拝が終り、その帰り道に二人を出会わせられました。そして今回は、エルサレムからダマスコにサウロは向かい、そのダマスコに神様はアナニヤを用意しておられました。後にパウロはローマ人への手紙の中でこう書いております。
「神を愛する人々、即ち神のご計画に従って召された人々の為には、神がすべての事を働かせて益として下さる事を、私たちは知っています。(ローマ8:28)。)」とであります。サウロのダマスコヘ行く目的は、クリスチャン達を捕らえ、エルサレムに引いていく事でした。ですから、まだ神を愛するとは到底言えない彼でした。
だがしかし、にも関わらず、すでに彼はしっかりと、主の手に捕らえられていたのでありました。私達の目には見えない神様のお働きが彼の回りにありました。私たちも何気なくしているその行ないの中に神様の奇しいみ手が延ばされていることを知ることは、信仰者としてどんなに幸いなことでしょうか。 信仰のにぶい私は、信仰を持って先を見る目よりも、いつも後を振り返って神様が自分にしてくださった神様のお働きの素晴らしさを見させて頂くのですが、果たして皆さんはどちらでしょうか。三日間目が見えず、飲み食いしなかったサウロ、そこには、どれだけの心の葛藤があったでしょうか。
この時、彼には、過去も未来もありませんで、全く時が止まっているようではなかったでしょうか。しかしその様な時、主は彼が働くべき環境を徐々に 整えておられたのであります。主はダマスコにいたアナニヤに命令をされました。11節「立って、『まっすぐ』という街路に行き、サウロというタルソ人をユダの家に尋ねなさい。そこで彼は祈っています。」とでありました。 当然ながら、アナニヤは言い返しました。 「主よ。多くの人々から、この人がエルサレムで、あなたの聖徒達にどんなにひどい事をしたかを聞きました。彼はここでも、あなたの御名を呼ぶ者達をみな捕縛する権限を、祭司長達から授けられているのです。」と。
アナニヤにとっては大変恐ろしいことでありました。しかし、神様には遠大な計画があった訳でありました。そして、その計画にアナニヤは従わねばなりませんでした。イエス様は言われました。「行きなさい。あの人は私の名を、異邦人、王達、イスラエルの子孫の前に運ぶ、私の器です。」とです。そして更に、「彼が私の名のために、どんなに苦しまなければならないかをわたしは彼に示すつもりです。」と。 サウロには神様の明確なご計画がありました。そして、その実現の為に、アナニヤをまず遣わされたのです。アナニヤは恐ろしくはあったでしょうが、しかし、主の使命をいただいて彼のところに現れるのです。そして、サウロは目が見えるようになり、バプテスマを受け、食事をするようになっていきました。
さて、サウロの歩みを見てきましたところで、今度は、私たちのことを少し考えてみたいのであります。この会堂の中には当然ながらキリスト者即ちキリストに捕らえられた方々とまだ、捕らえられておられない方々とがおられる訳であります。そして先ず前者、キリスト者お一人お一人について2、3確認していただきたい事を取り上げたいのであります。
サウロはダマスコ途上でイエス・キリストに会いました。そして罪の悔い改めの後、バプテスマを受け、キリスト者としての仲間入りをしました。では皆さんはいつ、イエス様にお会いなさったのでしょうか。そして、どこで自分の人生の全てをそのイエス様にお任せになられたでしょうか。
当然、みなさんそれぞれ違っているでしょう。 しかし、今は同じ主に繋がっているのでありますから、必ずその時があるはずであります。たとい、サウロのように劇的な状況に遭遇しなくても、であります。その出会いを今朝もう一度思い出し、確認していただきたいのであります。
第二番目は、サウロのこれからすべきことは、「異邦人、王達、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器」となることでありました。 では皆さんはどの様な器として神様は選んで下さったと思われているでしょうか。神様の選んでくださった選びには、目的があります。その目的に従って歩むことは大変大切な事であります。そしてまた、それによってのみ、より完全な充足感を神様からいただけるのであります。 私は本当はこうではなかったという後悔の人生ではなく、主にある明確な人生の目的をもって一日一日を送らせていただこうではありませんか。キリストに捕らえられた囚人としてであります。
第三番目は、サウロはイエス・キリストの名のゆえに、「どんなに苦しまなければならないかをわたしは彼に示すつもりです」 とイエス様は言われました。この事はこれからの彼の働きには多くの困難が待ち受けている事を暗示していますし、現に私達は彼の書いた多くの書簡の中からそれを知る事が出来ます。 そして私達もまた、神様のくださる素晴らしい恵みと同時に、キリストの囚人となった故に受けなければならない苦しみをも賜っている事をここで確認しておきたいのです。そしてまた、その苦しみの故に、万が一にも以前の自分に戻りたいとは願う事のない様にしたいものであります。サウロは後にこう言っています。
「今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます」(ローマ8:18)とであります。彼は、困難の中にありながらローマ人への手紙でそう言っているのであります。あるいはまた、彼は、「私にとっては生きる事はキリスト死ぬ事もまた益です。(ピリピ1:21)」とピリピ人への手紙で書きました。 自分にとっては、生きることも死ぬ事も益であるが、しかし、今はこの肉体に止まる事があなたがたのためには、つまり、ピリピの人の為にはもっと必要であると書いています。 自分は、いてもいなくてもよいのではなく、いる事の方が今は神の栄光の為である事をはっきりと自覚しているのであります。もはや、キリストに捕らえられた者は自分のために生き、自分の為に死ぬのではなく、神様のご計画の中で生き、また死ぬのであります。 パウロの回心を通して今一度、私たち一人一人がキリストに捕らえられたことの意味と目的とその素晴らしさとに心を巡らしながら、キリストに仕える思いを新たにさせていただこうではありませんか。
最後に、申し上げたいのは、まだキリストにお会いしておられない方々にであります。サウロと言う迫害者でさえ、今朝見てきましたように、 神様は人を造り変えることのできるお方ですから、ましてや求めておられる方々にはなおのことイエス様は遠くから眺めておられる様な事はなさいませんで、確実にあなたを導いておられます。ですからその事を確信し、キリストの足跡に従っていただきたいのであります。 サウロは自分の学んできた事の多くを後にキリストを宣べ伝える為に用いるものとなりました。同じ様に、神様は、私たちのすべての過去を、それは、良いことも悪い事もすべてですが、生かして用いて下さるお方なのです。 従って今ある罪も、過去の罪も全て、十字架に掛かって死んで下さったイエス・キリストの尊い贖いの業のゆえに赦され、変えて下さることを信じ、そして受け入れ、安心して、従っていただきたいのであります。キリストに捕らえられ、奴隷になって始めて、キリストにある本当の自由と言うものの素晴らしさを味わってほしいものです。
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