2016年3月6日(日) 「主の導きに従う」 使徒13:1-12 竹口牧師
2016/3/6 使徒13:1-12 主の導きに従う 使徒の働きを続けてみてきているのですが、この書は、内容的、構造的には、大きく二つに分れます。一つは、これまで見てきました1-12章の部分でありますし、もう一つはこれから見て行きます13章以下の部分であります。この後者の部分は、パウロ中心の、いわゆる伝道旅行記とみなされる内容であります。 第一回は、1400Km, 第二回目は1460Km, 第三回目は1600Kmに及ぶという大旅行を、パウロはこれから行うわけです。私の郷里は広島でありまして、東京から約800 km位の所にありますから、パウロの一つの伝道旅行は、私の郷里に行って帰って来る、そんな距離に、大雑把に言いますと当たります。 その間、パウロはあちこちを回りながら、アンテオケへと戻って来るのであります。この書の著者でありますルカは、アンテオケに歴史上初めて建てられた異邦人教会が中心となり、国外に、また遠くローマにまで福音が宣べ伝えられた記録を、パウロの伝道旅行記を通して述べるのであります。 それだけでなく、人間の活動を通して成し遂げられつつ在る神様の大いなる救いのご計画の実現を明らかにしようとしております。この書は、聖霊行伝とも言われていますように、聖霊なる神様のお働きによって事が進められていっていることを繰り返しルカは宣べていまして、今回もその事が2,4,9 節においてあらわされております。
まずは1-4 節においてアンテオケの教会がどの様に導かれたかを見て、その後で5-12におきまして、具体的な一つの出来事を見て見たいと思うのであります。 これまでの福音宣教は、クリスチャン達がエルサレムにおいて迫害に会い、そこから彼等は逃れて、各地に散って行き、その結果、彼等によって福音宣教の拡大がなされてきました。そしてその様な状況下で生まれた教会の一つにアンテオケ教会があった訳であります。 そのアンテオケ教会は、今のこの時は、当然ながら生まれて間もない、幼い集まりでありました。しかし、その彼等が福音伝道の為にとった行動というのは、これまでの様に個人的に導いて伝えるということもしたのですが、これからは教会が加わって宣教して行くという形になって行くのであります。その宣教活動のまず第一歩は、キプロスに宣教師を送り込む事から始まりました。 今も言いましたが、アンテオケ教会は、設立されてまだ日の浅い教会です。しかもその始まりは、信徒によって始められました。しかし、やがてバルナバとパウロによる1年間の指導によって教会は急速に成長していきました(11:20-26)。しかも、この間に預言者や教師として立つようになったすぐれた指導者達を多く輩出していったのであります。 その中の特に3人のすぐれた指導者をここでは紹介されております。一人はニゲルと呼ばれるシメオン。彼は「ニゲル」という言葉からアフリカ出身の黒人と推測されています。あるいはまた、もしかしたら彼はイエス様の受難の際に無理に十字架を背負わされた、あのクレネ人シモンであったのかもしれません(参照11:20,マルコ15:21 )。 二人目はクレネ人ルキオ。この人は、11章20節に記されたクレネ人の中の一人と思われます。 そして三人目はマナエン。 この人は、ヘロデ大王の子ヘロデ・アンティパスと「乳兄弟」と呼ばれています。つまり、王子と一緒に宮廷で養育され、身分の高い家柄の出でありました。 この他に、キプロス島出身のバルナバ、そして小アジヤのキリキヤのタルソ出身で生粋のユダヤ人サウロ、といった者達がアンテオケ教会のおもな指導者でした。彼等の出身地といい、育ってきた経緯といい、まことにいろいろでしたから、その様なアンテオケ教会が一つにまとまるには、人種や社会的地位を越えて、信仰に於いてしっかりと一致する必要がありましたし、事実一致していた、という事が分かります。 この様な教会だからこそ、神様はご自身の計画遂行のために、歴史的な任務を委託された、と言う事ができるでしょう。教会にはいろいろな人がきます。 しかし、信仰においては必ず一致が必要です。その一致によって、外部に向かって働くための力強いエネルギーを神様は与えて下さり、用いて下さるのであります。 さて、世界宣教の始まりの経緯をこれから見ていきたいのですが、そこには大変興味深いものがあります。その一つは、決して人間が発案し計画したものではなかった。また、教会で討議を重ねた結果、決議されたというものでもなかった。聖霊様なる神様が、世界宣教命令を発せられたという点であります。 2節を見ますと、「彼等が主を礼拝し断食をしていると、聖霊が、『バルナバとサウロを私のために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい』と言われた」とある通りであります。「彼等が主を礼拝し断食をしていると」でありました。 そういえば、世界大宣教命令と言われていますマタイ28: 18-20 のイエス様のお言葉も弟子達が集まって礼拝していた時でありました。 「わたしには天においても、地においても一切の権威が与えられています。それ故、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。 そして父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべての事を 守るように彼等を教えなさい。…」。と命じられたのでした。 世界宣教の任務は、常に主を礼拝する教会に委ねられていましたし、それは今も、少しも変わっていないのであります。イエス・キリストの福音によって罪赦された者達が集まって、真の神様を神様として、心から礼拝し崇めているその集いの中に、神様は必ずおられますし、またその神様はご自身の救いのご計画と目標をその教会に示さずにはおれない。そういうお方であります。主は聖霊によって、ご自身の計画を明らかにされたという事です。
ところで、時として目に見えない聖霊様のお働きが分からない求道者は、かつての私自身がそうでしたが、自分が救われたいと願って、何か特別な出来事が起きる。例えば自分の耳に神様の声が聞こえて来るとか、夢の中に出てきて語って下さるとか、そう言った非日常的な事が起きないものかと、あるいは起きてほしいと言うような事を考える場合があります。 あるいはまた、クリスチャンの中にも、難しい決断に迫られた時、神様の導きがはっきりしないために、何か特別なしるしを期待する人が無きにしも非らずです。 しかし、それらはみんな適わないことであり、いつまでも求め続けるなら、失望すること大であります。すでにご承知のように、現在の私たちに対する神様の語りかけは、その様な方法を用いられないからです。神様の語りかけは必ず、御言葉を通して、聖霊様のお働きによって必要な答えをあたえてくださるからであります。これが今日に於ける私たちに対する神様の導きであります。 求道者であれ、クリスチャンであれ、御言葉に聞かなければなりません。 静かに御言葉に聞く訓練の出来ていない人はなかなか神様の御心を知ることは出来ませんし、導きをいただくことはできないのであります。これはクリスチャン生活において最も基本であり、また、それだけに、忠実に守って行かなければならない大切な点なのであります。 アンテオケの教会のクリスチャン達は、心静かに主を礼拝し、断食をし祈っていました。断食は文字通り「食を絶つ」ことですが、聖書ではしばしば断食は祈りと共に記されています。(13:3)ですから、断食は祈りに専念する為の補助的手段ともいう事が出来まして、彼等は一心に神様に心を傾けていた事が分かるのであります。 神様からの導き、答え、それらは全知全能の神様を主と崇め、礼拝しているその人に与えられるのであります。現代は非常に忙しい時代ですが、だからといって日曜日だけ神様を礼拝するという状況は正しくありませんし避けなければなりません。日毎の生活の中で、決めた時間を取り御言葉に親しみ、祈り、礼拝しなければならない事を、もう一度強調しておきたい。そう思うのであります。 第二番目に興味深いのは、聖霊様からのお言葉をいただきながら、なお彼らは断食と祈りをしたという点であります。 私達のこの時代には、どうも考えられないような気が私はします。 なぜなら、この忙しい時代に生きている私たちは「神様の命令が出た。さあ、出ていこう。」とばかりに、直ぐに走りやすいからです。しかし、彼等は決してそうではありませんでした。 「バルナバとサウロを私のために聖別して……」と、より具体的な指示を神様から頂いて尚かつ祈りと断食を彼等はしたのです。彼等は、これから遣わされていこうとしている二人のその任務の大きさ、重大さを覚えつつ、二人のために特別な祈りを捧げたのでありましょう。 二人の働きが守られますように。祝福して下さいますように。導いて下さいますように。恵みがありますようにと、それはまさに自分達が遣わされるかの様に祈ったでありましょう。遣わされる者、送り出す者、そこには全員が一体のなっている姿を私は見るのです。 アンテオケの教会のクリスチャン達は、聖霊さまの導きをいただいてなおかつ、断食と祈りのうちに、バルナバとサウロを教会の派遣伝道者として公認して送り出すのですが、3節を見ますと、「二人の上に手を置いてから送り出した」とありますから、教会で言いますいわゆる「按手」をして送り出したのであります。按手という字は、手へんに安心の安と書きますし、意味としましては、手を押し付けるということであります。 送り出された彼等は聖霊に遣わされてセルキヤへと下り、そこから船でキプロスに渡ります。キプロス島と言いますと、鹿児島県ぐらいの大きさに当たりますし、セルキヤから島に一番近い所の突端で、150 Km位離れています。 バルナバはその島の出身地でもありました(4:36,37 )。 イエス様はかつて、ご自分の郷里ナザレに帰られ教えられた時のこと、「預言者が尊敬されないのは、自分の郷里、家族の間だけです」と言われた事がありますが、そしてバルナバは、その尊敬されがたい自分の郷里へと聖霊によって導かれて行ったのでした。 もしかしたら、バルナバ自身、自分の郷里を伝道したいし、あるいはしなければという責任を感じながら、ずっと心に掛けて祈っていたのかも知れません。としますと、彼にとってキプロスへと聖霊によって導かれた事は、またとないチャンスであり、彼の願いが適ったとも言えるかも知れません。そして彼はその島で一つの出来事に会うのであります。 なお5節には、バルナバ、サウロの他に、ヨハネを助手として連れて行った事が書いてありますが、このヨハネは、バルナバのいとこでありまして、マリヤ(イエスの母でなく、マグダラのマリヤでもない) の息子のヨハネ・マルコであります。(コロサイ4:10) 彼はやがてペテロの筆記者になったと言われていますが、この時も、バルナバとサウロの説教を記録する役目を果たしていたのかもしれません。 さて、キプロスでの出来事であります。キプロス島の東の部分で第一の町が「サラミス」であり、西の方に首都「パポス」がありました。島全体を巡回して、パポスまで行った所で、にせ預言者で、名を「バルイエス」という ユダヤ人の魔術師に出会います。 バルイエスとは「救いの子」という意味でありますが、別名がありまして、その名を「エルマ」、訳すと魔術師であるとでています。 で、この人は、超自然的な御告げを受けもしないのに、受けたかのように見せ掛けるトリックを行なっていました。従ってそれが「魔術」だったといえましょう。エルマとは、「賢者」あるいは「知恵者」とも訳せる言葉で、自他共に賢いと認め、怪しげな魔術に身を委ねていました。そしてそのような彼をローマの地方総督セルギオ・パウロは、自由に出入りすることを許していたようであります。 そんなある日のことであります。セルギオ・パウロは、バルナバとサウロの名前を耳にしたのでありました。セルギオ・パウロはルカが記していますように、賢明な人でありましたから、さっそく彼等を招きたいと考えました。勿論、彼のその賢明さは、エルマにはない、何か正しいものをバルナバやパウロが持っていると気付いた点ぐらいであったと思われます。 非常に現実的に言いますと、ローマの地方総督になれるような人なら、知的にも権力的にも、財的にも申し分なかった人であります。誰でもが就く事のできるような地位ではありませんから、彼はそういう意味からも賢明であったと言えるかも知れません。しかし、たといそういう人であったとしても、真の神様に対しては全く無知であり、事の善悪が全く分からないのがこの世の常であります。 この日本には、博士も天才もいます。 しかし、彼等がすべて、真の神さまを信じているかと言いますと、答えは勿論ノーであります。彼等が真の神様を信じたなら、もっと速く、もっと多くの人に、あるいは広く福音が広まって行くのではないだろうかと私は考えるのですが、実際はどうもそう簡単には事が進みそうに在りません。
パウロはTコリント1:20-21 においてこう言っています。 「知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。 それゆえ、神は御心によって、宣教の言葉の愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。」と。 この世の知恵によっては、誰ひとり真の神様を見出だす事は出来ませんし、ましてや救われる事などとんでもありません。ここに、神様のお働きの必要が出てくるのです。聖霊なる神様のお働きが必要なのです。私達がかたくなに信じているこの世の知恵、経験、理性を打ち砕き、十字架の愚かさを信じさせてくださるなら、どんなにこの世では愚か者と言われようとも、救われるのです。 地方総督セルギオは、彼に取り入っていたバルイエスと共に、バルナバとサウロの話を聞こうとしました。しかし、このバルイエス即ち、魔術師エルマは、総督から彼等を遠ざけようとするのであります。 なぜだったでしょうか。彼のこれからの生活がかかっていたからです。 サウロとバルナバの 二人がやっている事と自分の行っている事とを比べたなら、彼には自信がなかったからです。ですから魔術師エルマは総督を信仰の道から遠ざけ様としたのでした。 当然ながら、パウロはこの事に対して大変に怒るわけです。そして、そこには、聖霊なる神様の強いお働きがありました。彼は、聖霊に満たされ、彼をにらみつけて言っております。 「ああ、あらゆる偽りとよこしまに満ちた者、悪魔の子、全ての正義の敵。お前は主の真っ直ぐな道を曲げる事を止めないのか」と言って 厳しく迫っています。 真の神さまの御言葉を偽りの言葉に変えたり、或いは、曲げたりする事が、どんなに大きな罪であるか、後に彼は思い知るのであります。私達は、このエルマを通して、少しは伺い知れるのではないでしょうか。魔術師エルマならずとも、私たちの歩みもまた、少々叱責に値するものがあると感じるからです。
なぜなら、御言葉を読む者には必ず、それを通して、聖霊なる神様が働いて下さり、いろいろなことを教え下さる事を知っていながら、さまざまな理由をつけてみことばを読もうとしなかったり、或は読んでもそれに従おうとしなかったりするからです。 今の生活のままではいけない、と神様は語り掛けられます。 そしてそれを聞くのですが、しかし、そのいけないことを捨てようとはしません。その結果、キリスト者としての強い確信のある歩みではなく、いつも従いきれない破れた信仰を続ける事になってしまうのです。 従って、救われたい。神様の恵みに預かりたい。そう願いながら、その一方では、今までの生活が変えられる事の心配から、そのあとの一歩の決心が下せないのです。新しい自分になるには古いものを捨てなければなりません。 しかし、依然として、古いものに執着してしまうのです。離れられない。そういう今の自分を捨て、神様が造って下さる新しい自分を求めることは大変、大切な点です。
パウロはエルマにはっきりと宣言しています。 「見よ。主のみ手が今、おまえの上にある。おまえは盲になって、暫くの間、 日の光を見ることができなくなる」とであります。パウロはここで、「暫くの間、日の光を見ることができなくなる」と言っていますが、これは、パウロ自身がダマスコ途上でキリストの幻に打たれて、暫く目が見えなくなったのとよく似ています。 今まで見慣れた世界が閉ざされ、見慣れた生活と世界から否応なく離されるであります。エルマは日の光だけでなく、出入りしてきたあの総督官邸も或いは総督の顔色も、何もかも見る事は出来なかったでありましょう。 そして、その見えなくなって失った後に得るものが、真の神様に対する悔い改めであり、救いに入る一歩となったなら何と素晴らしい事でしょうか。 残念ながら、その後の彼の事は記されておりません。 一方、ローマの地方総督セルギオの場合は12節に出ております。 「この出来事を見た総督は、主の教えに驚嘆して信仰に入った」とあります。 もしかしたら彼は、信仰に入る前に色々考えたかも知れません。 ローマの地方総督としてこれからもやっていけるだろうか。 皇帝やローマの神々を祭る国家の行事にどう対処したらよいだろうか。 しかし、彼が信仰に入るのを妨げるあらゆる理由も、主の教えの素晴らしさと、御言葉の教えの正しさに勝つ事は出来なかったのであります。 彼は神様の恵みによって信仰に入れていただいたのでした。 9節の所に、「サウロ、別名でパウロは…」と出ていますが、このサウロいう名前は、この時を境に、以後出て来なくなるのでありますが、そして変わって、パウロという名前が使われるようになるのであります。 これは、一説によりますと、地方総督セルギオ・パウロのパウロを彼はこの時もらったとも言われています。蛇足ですがサウロはユダヤ名であり、パウロはローマ名です。神様は、聖霊様を通して、教会に命じ、伝道者、説教者を派遣させ、滅び行く罪人一人一人のもとに救いの御言葉を運んで下さいます。 神様が教会を建て、神様が宣教者を起こし、神様が福音を宣べ伝えさせておられるのであります。それは、受ける側にとってはこの上ない恵みであります。聖霊なる神様は、今の生活を変えられたくないという、頑なな心をも砕き、また私達を暗黒の中に突き落としてでも、自分の力の無力さを悟らせることによって、救いの恵みに入れて下さろうとされることもあります。 その人にとって最善の道を神様は取られます。 神様は、どんなに頑なな心でも打ち砕く事の出来るお方です。しかし、ある人に対しては強制的に砕こうとはなさいません。ご自分の御子イエス・キリストを十字架に掛けてまでも、罪人である私達を赦そうとされたその愛を見せながら、これでも、あなたは私の愛が分からないのかと迫られます。 それゆえに、どうか自分の今の状況、立場にとらわれず、真の神様の招きに、聖霊様のお働きに応じて頂きたいのです。またクリスチャン、あるいはノンクリスチャンに関係なく、神様は、ここにおられる全ての方に、神様のご命令に従って新たなる歩みを始めるよう求めておられます。
アンテオケの人々は祈りました。神様を礼拝していました。そこには、「神様、どうぞ私達を自由にお取り扱い下さい。」という開かれた心で祈っていた事を私は想像するのです。その様な彼等だからこそ、神様は彼らに海外伝道の使命を与えて下さったと言えましょう。そしてそれは彼等にとって重荷ではなく、喜びでありました。それゆえに彼等は従ったのです。 そして従う事の喜びをまたいただいたのでした。私たち一人一人もこの朝、聖霊なる神様の導きをいただいて、御旨を行うために、ここから遣わされていこうではありませんか。
2016年3月13日(日) 「救いのことば」 使徒13:13-41 竹口牧師
今朝、司会者の方には13:13-25節迄を読んで頂きましたが、これから取り扱います範囲はもっと広い範囲でありまして16-41 節までのパウロの説教全部を含みます。13-25節迄を一気に見たいと思うのであります。
先回の所では、アンテオケの教会のクリスチャン達が礼拝し、祈っていましたら、聖霊なる神様は、「バルナバとサウロを、私の為に聖別して、私が召した任務に付かせなさい」と命じられました。そこで、教会の人達はその二人の為に祈ってから送り出しました。聖霊によって導かれた二人はキプロス島へと行き、そこで伝道したという部分を見たわけであります。 やがて、バルナバとサウロ、それに同行していたヨハネ・マルコと3人は、キプロスでの働きを終え、船でパンフリヤのペルガへと渡りました。島から、アジア大陸へと渡ったわけであります。
ところで、13節には、「…ここでヨハネは一行から離れて、エルサレムに帰った」とさりげなく書かれているのですが、実はこの時の出来事は、後に、パウロが第二回目の伝道旅行をしようとする時に、このヨハネを連れて行くかどうかで、パウロとバルナバとの間に大論争が起きることになるのであります。そしてその結果、バルナバとサウロは別々に行動をする事に発展します。 この模様は後に同じ書の15:37-39で見ることになりますが、なぜマルコがパンフリヤのペルガで別れたのか、その理由は全くわかっておりません。しかし、理由はともかく、第二回目の伝道旅行が、別々になって行く事を考えますと、相当大きな問題をこのペルガにおいてつくったと思われます。そして、この事は、聖霊に導かれて行った伝道とはいえ、全てが順調に行くというよりは、前途多難である事を暗示させる様にも思わされるのであります。
さて、14節を見ますと、パウロ達は、ペルガから進んでピシデヤのアンテオケに行き、そこで安息日に会堂に入って礼拝に参席したのでありました。このピシデヤのアンテオケと言いますのは、ガラテヤ州のフルギヤ地方にあります。当時の会堂礼拝の根幹は、まず最初に申命記6:4-9 が、大きな声で唱えられます。即ち、「聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただ一人である。……」と始まっている部分です。 次に、司会者の祈祷と祝祷が行われ、その次に律法と預言者の朗読、そして説教となりました。説教者は、その時読まれた聖書の御言葉から、説教するのが通例でした。説教者はあらかじめ定められているか、さもなければ、その時になって、会堂の役員達が指名することもありました。パウロが指名されたのも、こうした理由によるものでした。
さて、これからパウロの説教を見ていくのですが、説教と言いますと、今までにもペテロの説教が2章に、ステパノの説教が7章に載っていました。しかし、この二人とは違って、パウロ自身、タルソで生まれ、ギリシャ・ローマ文化を吸収した文化人であり、また、エルサレムでラビ・ガマリエルから正式にユダヤ教学の訓練を受けた人でありましたから、先の二人とは少し違った感じを与えてくれます。例えば、外形的に言いますと16節にありますように、「そこで立ち上がり、手を振りながら言った」という素振りなどは、もしかしたら、ギリシャ風の雄弁術のポーズを取っていたということができるのかもしれません。 内容的には、パウロの説教は大きく三つの部分に分かれています。 第一番目は、16節の「イスラエルの人達、ならびに神を恐れるかしこむ方々。よく聞いて下さい」との呼び掛けで始まっている部分で、25節までです。 第二番目は、26節にあります「兄弟の方々、アブラハムの子孫の方々、ならびに、皆さんの中で神を恐れかしこむ方々」で始まって、37節までです。 そして第三番目は38節の「ですから、兄弟達…」で始まって41節までとなっています。
私が初めて教会に来る様になりましたのは、今を去る事、47年前であります。その後、私は聖書を買い、読み始めましたのは旧約の一番最初、創世記からでした。そして45章まで読み進みました時に、私は、神様のご計画の大きさ、素晴らしさに感激し、思わず涙したのを今も鮮やかに思い出す事ができます。その当時、神様がこの世におられるなんて思いもしませんで、その事を聞いた私は、大変な衝撃でありました。 しかし、その後、どんどん読み進んで行くだけで、組織的に勉強したわけではありませんでしたので、分からないことがたくさん有りました。例えば、今までの所に出てきましたペテロの説教(2:14-39 )、あるいはステパノの説教(7:2-53)の部分を読みました時に、いろいろな人名あるいは場所名が出てきましても、どれが人名でどれが地名か直ぐには分かりませんでした。しかし、それでも、ただただ読み進んだのでありました。
しかし後に、ある勉強会で旧約、新約を通して学ぶ機会が与えられ、その学びによって聖書全体の概略が分かってきた時に感じました事は、ペテロも、ステパノも、またこれから見ようとしていますパウロも実に要領よくまとめたものだという感想でした。そして、これを覚えていれば、旧約は大体説明出来るのでは、という思いすらしたものでした。 旧約全体を短くまとめて話すのはなかなか難しいものです。あれも話したい。これも話したいと結局長くなってしまうのであります。ペテロもステパノもパウロもそれぞれの説教の強調点は違いますが、実に大切な点をコンパクトに述べております。今回のパウロのしている説教では、かつてイスラエルが、あれ程神様の前に罪を犯し反抗したにも拘らず、その姿を少しも第一の部分では現していませんで、むしろ恵みが表されているというように特徴はあります。
強調点は、その人、その回ごとに違うかもしれません。しかし、会堂で語られていた事は、聖書そのものが語られていたのであります。神様のお言葉を繰り返し彼らは語り、また聞き、それをまた喜びとし、神様に礼拝を捧げていました。42節を見ていただきますと分りますように、「次の安息日にも同じ事について話してくれる様に頼んだ」とある事からも御言葉を聞く事を喜び楽しみとしているのがお分かりだと思います。私達もまた、いつもそのように有りたいと思うのであります。
さて、いよいよパウロの説教に具体的に入っていきますが、その第一の部分では、歴史における神の救いのご計画を明らかにしております。この説教は「律法と預言者の朗読があって後」にされたものですから、パウロはまずその、「律法と預言者」の内容を順に従って話す事にします。つまり、17,18 節で「律法」といわれます旧約聖書の初めの5巻に記されている歴史を、手際良くまとめ、19-22 節では「預言者」即ち、ユダヤ人達が預言者と理解していた書の中で、ヨシュア記から列王記までの歴史を要約してダビデに至っています。この様にしてパウロは、ダビデの歴史を手短に述べながら、そこに貫かれた変らない神様の恵みを示しております。
そして、それらの歴史の中で起きた出来事は全て、約束に基づくキリストの出現に向かっての準備でしたから、23節にありますように「神は、このダビデの子孫から、約束に従って、イスラエルに救い主イエスをお送りになった。」と述べ、その救い主がイエス・キリストである事を証言したのがヨハネであると結んでいるのであります。 私たちクリスチャンが、イエス様を救い主と信じ、宣べ伝えたりできるのは、決して個人的な主観からではなく、2000年間の歴史という客観的な裏付けがあっての事である、そのことを、今一度確認したいものです。
と言いますのも、これはとても大切な点だからです。と同時に、もし仮にですが、ここに救い主イエス様を信じたくない方がおられますなら、その人は、2000年のイスラエルの歴史を別に説明し直す責任をとっていただかなければなりません。なぜなら、この歴史は、一人の人が一つの国の歴史を、その人なりの歴史観をもって書いたのではなく、多くの人の、違った時代の中の、さまざまな背景の人々が、一貫して証言し、体験してきた、歴史だからであります。
この旧約の歴史の数々の証拠は、まさに世界中の奇蹟の中の奇蹟と言ってよいでしょう。そして私達の信仰はまず、この歴史の土台に基づいて築かれている事をはっきりとしておく必要があります。 どこかの誰かが難しい質問をし、それに自分が答えられなかったなら、キリスト教は駄目になる、そのようなものではありません。私たちの信じている神様は、その存在、知恵、能力、聖、義、善、真実において無限、永遠、不変の霊なるお方だからです。その様な素晴らしい神様を、私たちは信じさせていただいているのであります。そうでありましょう。
パウロは、イスラエルの歴史を語りながら、自分を選ばれた神様が、アブラハムのいた時代からの2000年の歴史の中で、神様に対して数限りない罪があったにも拘らず、それを語っていません。例えばエジプトを出たイスラエルが40年間も荒野で生活をしたのは、神様に対する彼等の不従順のせいでした。また、サムエルの時代に彼等が王を欲しがったのも、外国にならいたいという世俗主義の罪でした(Tサム8:5 )。サウル王を神様が退けられたのも、サウル王に高ぶりがあったからであります。 しかし、パウロは、一切それらを語っていません。 ただ「荒野で彼等を養われた」神様の恵み、「王を欲しがった」民に、求めをかなえた神の寛容、或いは又、サウル王を退けた代わりにもっと良いダビデ王を備えた神の恩寵。そうした神様の側での恵みばかりを数え上げております。そしてその恵みのクライマックスとして、「救い主イエスをお送りになりました」と23節で結んでいるのであります。
私たち信仰者は、歴史の中に生きて働いて来られた、そして今も働いておられる神様が、私たちの救いを完成する為に、着々とその歴史の中で完成へと押し進めて下さっていること、その恵みをもう一度改めて感謝しようではありませんか。パウロは、イスラエルの歴史を述べながら26節から第二部に移って、イスラエルに拒絶されたイエス様こそ救い主である。その事を述べております。 27節から30節までは特に福音の精髄、最も重要な部分ですのでお読みしたいと思います。せっかく神様がイスラエルに救い主をお送りになったのに、27節「エルサレムに住む人々とその指導者達は、このイエスを認めず、また安息日ごとに読まれる預言者の言葉を理解せず、イエスを罪に定めて、その預言を成就させてしまいました。 そして、死罪に当る何の理由も見出だせなかったのに、イエスを殺すことをピラトに強要したのです。こうして、イエスについて書いてある事を全部成し終えて後、イエスを十字架から取り降ろして墓の中に納めました。しかし、神はこの方を死者の中から甦らせたのです。」以上であります。
そしてこれら全ての事を神様が「約束を果たされ」たとして詩篇2篇、イザヤ書55章、詩篇66篇を次々に引用しながら語っているのであります。私たちは、福音を理解しようとする時、自分の罪から目を背けるわけにはいきません。 それ故にパウロは、当時のエルサレムに住む人々とその指導者の罪をするどく指摘しております。彼等はイエスを認めなかった。安息日ごとに読まれる預言者の言葉を理解しなかった。死罪に当る何の理由も見出だせなかったのにイエスを殺す事をピラトに強要した事などなどであります。
現代のある人はこう言います。「2000年も前に起った出来事と私とどういう関係があるのか、自分の罪とは全く関わりのないことだ」とです。もし本当に関係がないのなら、パウロの説教を聞いているこのピシデヤのアンテオケの人々にもその事が言えるのであります。「イエス・キリストを十字架に架けたのは私たちではない。あれは、エルサレムの指導者達だ。なぜ、あなたは関係のないことをここで話すのですか。」と言ってもよさそうであります。
しかし、彼等はパウロの話す言葉を否定するどころか、熱心に聞いているのであります。この事実を不思議に思われないでしようか?イエス様の十字架の現場に居合わせなかったにも関わらず、自分の事として受け取ることが不思議とするなら、イエス様を十字架に掛けた当時の指導者達の方がもっと不思議です。なぜなら、それまでのイスラエルの2000年の歴史から、救い主の事を聞いていながら、イエス様を救い主として受け入れられなかったからです。 しかしこの不思議は、そう簡単にはすまされない重大さがあるのであります。神の子、イエス・キリストを自分達の手で殺したのですから。しかも、それは、福音を聞きながらも滅びの道へと進んだのだからです。何時の時代でも、救いの言葉は語られ、それに対する応答が求められています。救いの言葉を聞いて、それを受け入れる事も、拒否する事もできましょう。
しかし、罪人である私たちに対する神様の愛と真実は変わりません。罪人は、罪無き方を十字架に掛け、殺し、墓に葬った遺体を見張らせたのでした。一見してそれは、罪人の勝利のように見えました。しかし、実はその一つひとつは神様のご計画でした。私たち罪人の罪を赦すための神様のお計らいでした。神様はご自身の栄光のために、イエス・キリストを殺すだけでなく、その方を死者の中から甦らせられたのであります。 そしてその事実を40日近くも現れて下さり、また多くの人々の前に現れてくださいました。時代は変わります。人々の心も時代によって変わるでしょう。しかし、神様のなさった事実は決して変わりません。人の思いや考えはころころ変わります。しかし、神の真理はいつまでも変わりません。
従って、皆さんが何時の時代に生まれたとしても、神様の成された十字架の、あの事実は 決して消えないのです。そしてその事実の前に、一人一人が必ず 立たなければならない時が来るのであります。ユダヤ人達は、毎週礼拝の度ごとに読まれる御言葉を聞いていました。
しかし、彼等はそれを正しく理解していませんでした。安息日ごとに読まれる預言者の言葉も退けていました。果たして私たちはどうなのでしょうか。イエス様の十字架から約2000年の月日が流れています。その時の流れた分だけ、私たちの心は神様から離れて来ているのでしょうか。それとも、あの十字架は、私の罪の為であったと今も間近に感じ、良い解決を探されるでしょうか。私は探される事をお勧めしますし、また、そうされるべきだと思います。
パウロは第三番目の最後の部分で、こう言っています。 「ですから、兄弟達。あなた方に罪の赦しが宣べられているのはこの方によるということを、よく知っておいて下さい。」と言って、決断を迫っているのであります。そしてその後で、大事な信仰義認の教理を述べています。
旧約の2000 年のイスラエルの歴史の中で、39節「モ−セの律法によって解放される事の出来なかった全ての点について、信じる者はみな、この方によって解放されるのです」とであります。ここに「解放される」という言葉が2回出ていますが、これは直訳では、「義と認められる」と欄外に出ていますように、「モ−セの律法によって義と認められる事の出来なかった全ての点について」、イエスをキリストと信じる信仰によって義と認められると言う福音の本質をはっきりと打ち出しているのであります。
パウロはかつてパリサイ人であった時に、神に義と認められる為にはモーセの律法を誰よりも細かな点に至るまで、守るように努力しなければならないと理解していました。ですから、かつての彼はその点でも誰よりも熱心でありました。 しかし、その努力には限界がありました。熱心ではあっても、律法を全うすることができかったのです。そして罪の重さはいよいよ増して行きました。真面目であればあるほど、律法と現実とのギャップに悩み、律法は彼にとって耐えられない重荷でしかなくなって行きました。しかし、パウロはキリストにある罪の赦しを経験するのであります。そして初めて律法からの解放を知ることとなりました。
彼はガラテヤ書2:20,21 で 「私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私の内に生きておられるのです。 今、私がこの世に生きているのは、私を愛し、私の為にご自身をお捨てになった神のみ子を信じる信仰によっているのです。私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。」と言っているのです。
「義と認められる」のは律法を守る者ではなく、「信じる者」であることを悟ったのです。パウロは最後にこの福音によって人々の悔い改めと信仰を促す為に、旧約聖書のハバクク書1:5 の警告をもってこの説教を結ぶのであります。「見よ。あざける者達、驚け。そして滅びよ。わたしはおまえ達の時代に一つのことをする。それは、おまえ達に、どんなに説明しても、とうてい信じられない程の事である。」と。 パウロはこの言葉において福音を信じる者はみな義とされ解放されるが、それだけに、福音を無視する者に対する裁きも厳しい事を付け加えているのであります。パウロを通して語られたこの救いの言葉をピシデヤのアンテオケのクリスチャン達はどの様に受け取ったでしょうか。そして、今朝、皆さんはどの様に聞かれたでしょうか。
イエス様が十字架に架けられる時に、たといそこにいなくても、その後、次から次へ、現在に至まで多くの人が、キリストは私の罪の為に死んで下さったと告白する人が現われたのです 。私もその一人です。キリストは私たちの歴史の中に現れて下さり、私たちの歴史を造って下さり、私たちに今も語りかけておられるのであります。 パウロを通して、ペテロを通して、ステパノを通して、そして多くのクリスチャンを通して今も神様は語りかけておられるのです。みなさんはそれにどう答えられるでしょうか。キリストの十字架によって罪赦された者どんなに幸いであるか、その恵みを今一度確認してみようではありませんか。
神様の前に、その恵みをかたくなに拒否しておられる方は、素直に従う事の素晴らしさをこの朝少しでも味わっていただきたいものであります。
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