Skip to main content

牧師の妻のつぶやき

ふと、子どもたちの目がとても澄んでいて、笑顔が素敵だと感じた。

それは何も知らないからだろうか。何も責任や心配が無いからだろうか。

それは愛に包まれて寂しさを感じないからだろうか。

 

そんなことを感じながら、私も子どもの頃は澄んだ目をしていただろうかを思い返す。

今私の目が澄んでいないのかと自問自答するれば、半々ぐらいかと軽く考える。

しかし責任や心配や寂しさを感じて人を羨ましく思ったり、人に対して優越感を持ったりする時、

自分の目は澄んでいないだろうと痛感する。

 

「子どもの頃に戻りたいか」と、どうしようもない自問自答をすれば「戻りたい」とは思わない。

なぜなら私は知恵と知識があることを喜ぶからだ。責任を果たし、心配を克服することを喜ぶからだ。

そして愛し愛されることを喜ぶからだ。

 

「初めに神が、天と地を創造した。」(創世記1:1)

進化論の「偶然から世界は始まった」のではなく、「神のことばから始まった。」

この世界のすべてに意味と目的があり、秩序と配慮がある。

さあ、まわりに神の栄光が満ち溢れている。

自分ではなくそれを見るならば必ず私の目が澄み、輝くことができる。

上総キリスト教会

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です