創世記45章1節~8節
先週はエサウとヤコブの兄弟を通して、神が与えて下さる祝福について学びました。
今日は、ヤコブの12人の兄弟について学びます。
1、ヤコブの家庭の問題(創世記29章)
ヤコブは兄エサウの怒りから逃れ、叔父のラバンのもとに向かいました。そこでヤコブはラバンの娘ラケルと出会い、彼女に恋をしました。そこでヤコブは叔父のラバンに言いました。創世記29章18節「ヤコブはラケルを愛していた。それで『私はあなたの下の娘ラケルのために、七年間あなたにお仕えます。』と言った。」とあります。また、20節「ヤコブはラケルのために七年間仕えた。ヤコブは彼女を愛していたので、それもほんの数日のように思われた。」とあります。ヤコブの喜びが伝わってきます。ところがラバンはヤコブよりもさらに狡猾でした。婚礼の後、ヤコブの寝床に送られたのは姉のレアでした。翌朝、ヤコブはその事に気づき、ラバンに抗議しました。25節「朝になって、見ると、それはレアであった。それで彼はラバンに言った。『あなたは私に何ということをしたのですか。私はラケルのために、あなたに仕えたのではありませんか。なぜ、私をだましたのですか。』」ラバンの言いわけはこうです。26節27節「ラバンは答えた。『われわれのところでは、上の娘より先に下の娘を嫁がせるようなことはしないのだ。この婚礼の一週間を終えなさい。そうすれば、あの娘もあなたにあげよう。その代わり、あなたはもう七年間、私に仕えなければならない。』」ラバンは初めから、ヤコブをだまし、七年以上ただ働きをさせるつもりだったのです。当時、女性の地位は低く、娘は父親の所有物のように扱われていました。また娘は父に逆らうことは出来ない状況でした。ラバンは二人の娘を利用して、一日でも多くヤコブをただで働かせようと考えたのです。ヤコブは叔父のラバンのことばに従い、姉のレアと妹のラケルを同時に妻に迎えました。当時は一夫多妻の社会ですから、妻が二人いても罪とはなりません。しかし、姉と妹が同じ家庭に住まえば問題が起こるのは当然のことです。さらにヤコブはラケルを愛しました。父に利用されてヤコブに嫁いだレアはかわいそうな立場に置かれました。31節「主はレアが嫌われているのを見て、彼女の胎を開かれたが、ラケルは不妊の女であった。」とあります。レアは主の慰めによって、ルベン、シメオン、レビ、ユダの四人を産みました。しかし、ラケルは子を産むことが出来ず、今度はラケルがつらい立場に立たされました。そこで、ラケルは自分の女奴隷ビルハをヤコブに与え、彼女によって子を得ようと考えました。ビルハはダンとナフタリの二人の男の子を産みました。すると、レアも自分の女奴隷ジルパをヤコブの妻として与えました。彼女はガドとアシェルの二人の男の子を産みました。レアはさらにイッサカルとゼブルンを産みました。ラケルはヨセフを産み、後にベニヤミンを産んで亡くなりました。結局、レアが六人、ビルハが二人、ジルパが二人、ラケルが二人を産みました。合計ヤコブの家族は妻が四人、子どもが十二人の大家族となりました。母親が四人おり、それぞれ母親が違うこどもが十二人もいる家庭が仲良く暮らせるはずがありません。特に、ヤコブはラケルを愛し、彼女の子ヨセフを特別に愛しました。他の兄弟たちはヨセフのことをどう思ったことでしょう。兄弟たちはヨセフに対して憎しみや嫉妬の思いを募らせました。創世記37章4節「ヨセフの兄たちは、父が兄弟たちのだれよりも彼を愛しているのを見て、彼を憎み、穏やかに話すことができなかった。」とあります。ヨセフの兄たちは彼に対して殺意を抱くほどになりました。
2、ヨセフが受けた苦しみ
ある時、ヨセフ以外の兄弟たちは、羊の群れを世話するために出かけていました。ヤコブはヨセフに兄たちの様子を見てくるように言いました。兄弟たちの様子を見に来たヨセフを兄弟たちが見つけて、彼を殺す計画を立てました。それほど、ヨセフに対する兄弟たちの憎しみは大きく膨らんでいたのです。そんな中、長男のルベンはヨセフを助けるために、穴に投げ入れることを提案しました。ルベンはヨセフを助けようとしたのです。ところがルベンがいない間に、ミディアン人の商人を見つけたユダが、ヨセフを彼らに奴隷として売ることを提案し、ヨセフはエジプトに売られてしまいました。
ヨセフはエジプトで、ポティファルに売られ奴隷として働かされました。しかし、主が共におられ、主人の信用を得て働いていました。ところが、主人の妻に言い寄られ、そこから逃れると、主人の妻はヨセフが自分に悪いことをしようとしたと主人に告げ、ヨセフは牢獄に入れられてしまいました。牢獄にいても主が共におられ、ヨセフは監獄の長に気に入られ、監獄の管理を任されるようになりました。その監獄に、献酌官長と料理官長が監獄に入れられました。二人は不思議な夢を見ました。ヨセフは二人に夢の説き明かしを伝えました。すると、ヨセフのことば通り、献酌官長は釈放され、料理官長は処刑されてしまいました。それから、二年の後、エジプトの王も不思議な夢を見ました。王は、エジプト中に夢を解き明かす者を探させました。この時、献酌官長はヨセフのことを思い出し、彼を監獄から出して王の前に連れて来ました。ヨセフはエジプトの王の夢を解き明かし、エジプトの王の次の位に命じられたのです。
しばらくして、ヨセフの預言の通り、全地に飢饉が訪れました。ヤコブの兄弟たちもエジプトに食べ物を求めてやって来ました。ヨセフに会った時、兄弟たちはヨセフだと気が付きませんでした。ヨセフはエジプトの高官として、兄弟たちに末のベニヤミンを連れてくるように命じました。兄弟たちは家に帰りその事を父ヤコブに告げました。しかし、ヤコブはベニヤミンをエジプトに連れて行くことを強く反対しました。しかし、食べ物が無くなり、兄弟たちはベニヤミンを連れてエジプトに行くことを父ヤコブから承諾を得ました。この時、ユダは父に対して、必ずベニヤミンを連れて帰りますと固く約束をしました。
再び兄弟たちはベニヤミンを連れてエジプトに向かいました。ベニヤミンを見たヨセフは兄弟たちを歓迎しました。その帰り、ヨセフは自分の杯をベニヤミンの袋の中に入れて兄弟たちを送り出したのです。後になって、兵隊に兄弟たちを追わせ、杯の入った袋を持った者をエジプトに留めるように命じました。その杯がベニヤミンの袋から見つかり、兄弟たちは再びヨセフのもとに連れて行かれました。ヨセフはベニヤミンだけを置いて、兄弟たちに家に帰るように命じました。ユダはそれを聞いて自分がベニヤミンの代わりになると申し出たのです。それは、父ヤコブとの約束があり、父を悲しませないためでした。ユダは自分をエジプトに売った張本人です。そのユダが自分の弟ベニヤミンを助けるために身代わりを申し出たのです。ヨセフはそれを見て、自分が兄弟のヨセフであることを明らかにしたのです。ヨセフは兄弟たちに言いました。創世記45章3節~5節「ヨセフは兄弟たちに言った。『私はヨセフです。父上はお元気ですか。』兄弟たちはヨセフを前にして、驚きのあまり、答えることができなかった。ヨセフは兄弟たちに言った。『どうか私に近寄ってください。』彼らが近寄ると、ヨセフは言った。「私は、あなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。私をここに売ったことで、今、心を痛めたり自分を責めたりしないでください。神はあなたがたより先に私を遣わし、いのちを救うようにしてくださいました。』」ヨセフは兄弟たちが自分に対して行った悪の背後に神の計画がある事を受け入れたのです。
兄弟たちは、ヨセフを苦しめた加害者です。そして、ヨセフは兄弟によって苦しみを受けた被害者です。加害者は被害者を苦しめたことは忘れても、被害者は加害者から受けた苦しみは忘れません。たとえ、何十年たったとしても。ヨセフは生涯兄弟たちを赦す気持ちはなかったでしょう。しかし、ヨセフが兄弟たちを赦すことが出来たのは、一つは、ユダがヨセフの弟ベニヤミンの身代わりになることを申し出たことです。自分を奴隷として売ったユダが、ベニヤミンを助けようとする姿に心が動かされたのです。もう一つは、信仰によって兄弟たちを赦す決心をしたということです。憎しみを持ち続けることは決して幸いな人生ではありません。ヨセフは全ての出来事の背後に神の計画がある事を認めたのです。たとえ兄弟たちは悪意を持って自分を売ったとしても、その背後に神のご計画があり、神が万事を益に変えて下さることを信じた結果、兄弟を赦す決心をしたのです。人を赦すことは人間の力ではできません。神のご計画を受け入れる時、人は加害者を赦すことが出来るのです。
また、私たちもイエス・キリストの十字架によって罪が赦されたという事実があります。イエスのたとえ話に、一万タラントの借金が王に赦されたのに、自分に百デナリの借金のある者を赦さなかった者の話があります。結局、彼は再び王のもとに呼び出され、借金を返すまで牢獄に入れられてしまいました。(マタイ18章23節~35節)このたとえ話の結論はマタイの福音書18節35節「あなたがたもそれぞれ自分の兄弟を心から赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに、このようになさるのです。」とあります。自分を苦しめた者を赦すことは難しいことです。しかし、人は憎しみを持って生きることは幸いな人生ではありません。まず、私たちは、イエス・キリストの十字架の苦しみによって、すべての罪が赦されたことを覚えましょう。私たちはそれほど大きな恵みを神から与えられた者です。どうぞ、その事を覚えて、家族や友人、周りの人々を見て見ましょう。少しづつ、人に対する見方が変わって来るのではないでしょうか。皆様が、苦しみに縛られるのではなく、神の恵みに満たされることをお祈りします。