老年期をどう生きるか
日本人の寿命が男女とも伸びて、今までとは違う生き方を求められるようになりました。男性は、定年後の生活が長くなり、女性は、定年後の夫と共に暮らす時間が長くなりました。
老年期と言っても、日本では65歳から75歳までを前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と年齢で区別するようになりました。実際には個人差があり、体力、記憶力、病気など低下の度合いは人によって違います。簡単に年齢だけで区別することはできません。しかし、若い時と比べて、共通して低下しているものもあります。身体的には、体力、聴力、視力など。また、老年期特有の心理的変化もあります。不安、焦り、抑うつ、孤独、生きがいの喪失、死への不安など。また、環境の変化によってストレスが増します。定年退職、こどもの独立、配偶者の死、老々介護など。
今、老年期をどう生きるかが、大きなテーマとなっています。今まで忙しくできなかった趣味を楽しむ人もいれば、新しいことにチャレンジして人間関係を広げて、生き生きと老年期を楽しむ人もいます。しかし、家に閉じこもりがちとなり、外の人との関係が希薄となり、孤独な老後を過ごす人もいます。人間の寿命が延びるとともに、老後の時間も長くなりました。過去の栄光(何々会社の部長、専務などの肩書)を忘れて、一人の人間として新しく生きることを求められています。
教会には、様々な年齢の人々が集まっていますが、学歴や職業の差別のない所です。神様の前に皆平等で、偏見のない社会です。ぜひ、一度、教会を訪れてみませんか。教会では聖書を学びますが、死後の世界についても学びます。私たちのいのちは死んで終わりではありません。死後の世界、天国での新しい生活が始まります。しかし、全ての人が天国に入れるわけではありません。罪ある者は天国に入ることはできないからです。しかし、イエス・キリストは私たちの罪の問題を解決するために十字架で死んでくださいました。そして、聖書はイエス・キリストを神の子と信じる者の罪を赦し、天国に新しい住まいを設けると約束してくださいました。どんなに人間の寿命が延びても、人は死から逃れることはできません。しかし、死の恐怖から解放される方法はあります。死の恐怖は、人が死後どうなるのかわからない所にあります。死んで天国に行けることがはっきりしているなら、死は、恐ろしいものではなくなります。死が、新たな天国への旅立ちとなるからです。