ハートフル・メッセージ16:家族のために一人で我慢していませんか。

家族のために一人で我慢していませんか。

結婚するということは、一つの家族(家庭)を作るということです。今まで違った家庭で育った二人が、新しい家庭を作るわけですから、互いに話し合い、それぞれの違いを理解しながら、新しい自分たちの家庭を作り上げなければなりません。しかし、ともすると、一方だけの価値観が押し付けられ、片方が我慢しなければならない状況になる時もあります。特に、弱い立場の女性が我慢し夫の要求に無条件で従わなければならない場合もあります。初めは我慢できても我慢には限界があります。我慢しすぎると、ストレスによって心の病を患うこともあります。家族は愛の共同体です。相手の意見を聞き、何が二人にって最善であるのか、話し合う必要があります。

また、子どもが生まれると、家族の生活が変わります。特に、女性は子育てに時間がとられ、精神的にも負担を背負うことになります。この時、夫の理解と助けがあると、女性は精神的にも安定しますが、子育ての全てを押し付けられると、肉体的にも精神的にも疲れ果て、夫婦の信頼関係が壊れていきます。夫も仕事に疲れて家に帰ってきますが、子育ては、母親一人の責任ではありません。夫の優しい言葉と小さな助けでも、女性は救われた気持ちになります。愛するとはどれだけ相手の気持ちになって考えてあげることができるかです。思いやりのある一言は夫婦関係に潤いをもたらします。

子供が青年期に達すると、また、家族のバランスが微妙に変化します。親の価値観を押し付けても、反発するだけで、素直に従うことが無くなってきます。親は、自分の生きて来た価値観が絶対であると信じ、子どもに良かれと、自分の意見を押し付けますが、子どもは、子どもで、自分の自我を育てる大事な時期です。この時期に、自我が成長しないと社会に出たときに問題となります。子供の行動を見ていると、将来が心配で見ておれないかもしれません。しかし、それも人生です。あまり過保護に、親が子どもの人生に線路を引くように介入するなら、どこかで破綻してしまいます。

家族は、愛の共同体で、それぞれの役割と責任があります。一人の強い価値観で家族を支配するなら、他の家族はそれを我慢しなければならなくなります。しかし、我慢には限界があり、いつの日か、家族が崩壊し、形だけの家族となってしまいます。イエス様は聖書の中で、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたし(イエス様)のところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」と言われました。教会は疲れた心を休ませる場所です。心に疲れを覚える方は、気軽に教会にお越しください。いつでも皆様のお話を聞かせていただきます。