ルカの福音書17章11節~19節
ルカによる福音書は、異邦人ルカによってテオピロというローマの高官にイエスが救い主であることを伝えるために書かれた書物です。彼はイエス様と一度も出会ったことのない人物でしたが、キリスト教の伝道者パウロと出会い、パウロの良き協力者になりました。彼は医者で歴史家でもありました。彼はパウロから聞いたイエスのことをさらに詳しく調べるために、現地に赴き、当時の人々から話を聞いてこの福音書を書いたといわれています。今日皆さんに紹介する聖書の話は、ルカによる福音書だけに記された出来事です。10人のツアラアト(重い皮膚病)に冒された人々がイエスに病の癒しを求めて叫びました。10人はイエスの言葉に従って祭司に体を見せに行きましたが、そのうちの一人が、イエスに感謝するために戻ってきました。彼はユダヤ人ではなくサマリア人でした。イエスは彼に、「あなたの信仰があなたを救ったのです。」と言われました。ルカはこの出来事をどのようにとらえ、どういう思いでこの出来事をルカの福音書に記したのでしょうか。共に考えたいと思います。
11節「さて、イエスはエルサレムに向かう途中、サマリアとガリラヤの境を通られた。」
とあります。当時、ユダヤ人とサマリア人は仲が悪く、ガリラヤからエルサレムに向かう場合、サマリアを避けて行く道を選んで旅をしていました。イエスはあえてサマリアを通る道を選ばれたものと考えられます。ここで10人のツアラアトに冒された人々がイエスに助けを求めて叫びました。
13節「イエス様、先生、私たちをあわれんでください。」
イエスは多くの病人を癒されましたが、その中にはツアラアトに冒された人もいました。彼らはそのことを知っていたのでしょう。そのイエスが近くの村に来られたということで、病の癒しを求めてやってきたのです。当時、ツアラアトは難病というだけではなく、汚れた病とされていました。彼らの触れた物も汚れた物とされ、彼らは町の中に住むことも許されず、人々から離れて生活をしなければなりませんでした。人々は彼らを恐れ忌み嫌いました。それゆえ、10人はイエスに近づくことをせず、遠くからイエスに叫んだのです。
イエスは彼らに言われました。
14節「行って、自分のからだを祭司に見せなさい。」
旧約聖書の時代からツアラアトという病はありました。その当時からこの病は神の裁きとして与えられると考えられていました。それゆえ、この病に冒された人は神に呪われた者として人々に恐れられ、嫌われ、街中で住むことも許されませんでした。彼らは、社会から追い出され、孤独な生活を強いられていたのです。また、レビ記には、この病が癒された人は祭司に見せて、病が癒されたことを宣言されてからはじめて、社会に戻ることが許されると記されています。それゆえ、イエスは彼らの病だけではなく、彼らが社会に戻ることができるように、「祭司に見せなさい」と言われたのです。
15節16節「そのうちの一人は、自分が癒されたことが分かると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。彼はサマリア人であった。」
ユダヤとサマリアはソロモン王の時代までは一つの国でした。しかし、ソロモンの死後イスラエルの国は二つの国、北イスラエル王国と南ユダ王国に分かれてしまいました。北イスラエル王国の王に就任したヤロブアムは、人々がエルサレムの神殿に礼拝に行かないように、ダンとベテルに金の牛を置き、これを神として拝ませました。その後北イスラエル王国は紀元前722年にアッシリアに滅ぼされ、外国人の強制入植の結果、混血の民となってしまいました。一方南ユダ王国はバビロニヤに滅ぼされましたが70年後に帰還が許されました。その後、神殿建設が始められたとき、サマリアの人々はその神殿再建に協力したいと申し出ましたが、ユダヤの人々はそれを拒みました。それゆえ、サマリアの人々はゲリジム山に神殿を築き、サマリア教団を創設したのです。そのような歴史的出来事と宗教的対立により、サマリア人とユダヤ人は互いに憎みあう種族となってしまったのです。
するとイエスは言われました。
17節18節「十人きよめられたのではなかったか。九人はどこにいるのか。この他国人のほかに、神をあがめるために戻って来た者はいなかったのか。」
10人のうち、神様に感謝するために戻って来たのはサマリア人ひとりでした。
それからイエスはその人に言われました。
19節「立ち上がって行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。」
なぜこのサマリア人は大声で神をほめたたえながら、イエスのところに戻ってきたのでしょうか。この10人はツアラアトという重い病に苦しみ、この病が癒されるようにイエスに助けを求めました。彼らの願いは病が癒され社会に復帰ることです。そのためには祭司のところに行き、病が清められたという宣言を受けることが必要です。10人はイエスのことばを信じ祭司のところへ向かいました。そのうちの9人は行く途中で清められたことを知ると、さらに急いで祭司のところに向かったことでしょう。彼らは一日も早く社会生活に戻りたかったのです。ところが、このサマリア人は他の9人のユダヤ人とは違いました。彼はユダヤ人のイエスから助けをいただく資格のないものでした。彼の心の中には、他の9人と共にイエスに助けを求めましたが、サマリア人である自分にも神の恵みによる癒しがあるか不安があったのではないかと思います。そのように資格のない者が恵を受けたとき、どれほど大きな喜びがあるでしょうか。
10人のツアラアトに冒された人たちのうち、9人は病の癒しを願い、社会への復帰を願いました。しかし、このサマリア人は、病の癒しだけではなく、病の癒しを通して神様の大きな恵みに気が付いたのです。それは、彼が異邦人(ユダヤ人以外の民族)サマリア人だったからです。私たちも本来、イスラエルの神とは関係ない国民でした。しかし、イエスはユダヤ人だけの救いではなく、すべての人の罪の身代わりとして十字架の上でいのちを犠牲にしてくださいました。私たちの罪が赦され、救いの恵みをいただいたのは、一方的な神様の愛の御業でした。私たちは、それほどの大きな神の愛と恵みに気が付いているでしょうか。「驚くばかりの」という讃美歌を作ったジョン・ニュートンは、自分が船乗りとなり、神を捨てたような生活をしていましたが、神は自分を捨て去らなかったことに気づき、この讃美歌を作ったといわれています。「驚くばかりの恵み」私たちが神からいただいた恵みは、私たちの人生を根本から変えるような大きな恵みなのです。