2020年8月2日 主日礼拝メッセージ

「火をもって答える神」列王記第一 18章30~40節  金田洋介牧師

 バアルの預言者たちとの対決は、エリヤの番になりました。彼は壊れた祭壇を築き直すと、そこに大量の水を注ぎかけました。献げものも薪も水浸しになり、彼が祭壇の周囲に掘らせた溝から水が溢れます。エリヤは人の手や自然現象では発火が起こり得ない状況を敢えて作り出し、主なる神への絶対的な信頼を現したのです。準備が整うと、彼は祈り始めます(36-37節)。彼の祈りから、神が民との関係回復をどれ程強く願っておられるのかが伺えます。彼が「【主】よ私に答えてください」と祈ると火が降って全てを焼き尽くし、溝の水をも蒸発させました。この光景を目の当たりにした民は口を開き、「主こそ神です」と告白したのです。

Ⅰ.火をもって答えて下さる神に期待しよう

イスラエルの民の姿をよく観察すると、人の心は言葉だけでは動かないことが分かります。民はエリヤが告げた神の言葉の通り、全く雨が降らない3年間を経験しましたが、彼らの心は動きません。「バアルか神か」エリヤが強く迫っても一言も答えず、黙り込む始末です。しかし、「火をもって答えて下さる神」を体験した民の心はついに翻り、「主こそ神」と告白しました。私たちは「見ないで信じる信仰」を持っていますが、「火をもって答える神」の御業、すなわち、私たちの現実のただ中に生きて、働いておられる神の御業を、私たちも体験できることを信じ、期待しようではありませんか。私たちの神、主は生きておられるのですから。

Ⅱ.「主よ私に答えて下さい」と祈り求めよう

「主よ私に答えてください」と祈るエリヤ。イスラエルの民の回心がかかっている大切な場面で、彼は「私たちに」ではなく「私に」と神と一対一で祈っています。まるで神を独り占めするかのような大胆な祈りです。天地創造の唯一の神を信じる私たちも、彼のように積極的に、大胆に、神に祈り求める信仰者でありたいものです。「主よ私に答えて下さい。あなたは、私の日々の生活の中に火をもって答えて下さる神、御力を大いに現わして下さる神です。」と確信と期待をもって、心から祈ろうではありませんか。その祈りの先に「主こそ神です」と告白せずにはいられない、素晴らしい神体験が待っているのですから。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。
今週のお花は、アレカヤシ、スカシユリ、ガーベラ、スプレー菊です。