「仮庵のリバイバル」 ネヘミヤ記 8 章 1-18 節 金田ゆり牧師
BC445、エルサレムに帰還したネヘミヤは、帰還民と共にたった52日で城壁を再建します。最後、民が再建すべく向き合ったのは、信仰の再建でした。彼らは一人の人のように集まり、学者であり祭司であるエズラに、聖書を読んで聞かせてくれるよう願ったのです。
1. 御言葉の前に起立する民 2~8 節
成人の男女、聞いてわかる子どもに至るまでが、夜明けから真昼まで御言葉の朗読を聞きました。民はみな、起立していました。本来、神の言葉を聞くとはこういうものです。私たちは礼拝にて、そして日々のデボーションにおいても、真剣に神の言葉の前に立つのです。イスラエルの民は長く御言葉から離れ、理解することができなくなっていました。レビ人が解き明かし、初めて彼らは御言葉を理解します。真剣に御言葉に向き合ったからです。
2. 民の涙と神の愛 9~12 節
御言葉を理解した民は、みな泣いていました。なんと自分たちは御言葉からかけ離れ、神の前に罪深い歩みであったことか。神の民として、やっと御言葉を理解できた。彼らは御言葉の前に泣き崩れたのです。御言葉に心照らされて、御言葉が自分のものになった経験はありますか。神の言葉には、あなたの人生を変える力があります。神の力を体験する人生に変わります。泣き悲しむ民を見た指導者たちは、この日は主にとって聖なる日だ。悲しんではいけない。泣いてはいけない。もう、泣かなくていいんだ。心から喜び祝おう、と声を掛けます。主がこんなに素晴らしいお方であると、主を喜ぶことはあなたがたの力だから!と勧めます。神の御言葉を理解し、自分のものとなり、神を深く知ることができたなら、喜びなさい。悲しんではいけない。神様の思いです。何という愛のお方なのでしょうか。
3. 仮庵のリバイバル 13~18 節
大いに喜び祝った次の日、民のリーダーたちはさらに聖書を調べようとエズラのもとに集まりました。彼らは、レビ記23章の仮庵の祭りの箇所を見つけたのです。主がイスラエルをエジプトから救い出されたとき、仮庵でかくまい、養われたことを覚える祭りでした。ネヘミヤもエズラも体験したことのない祭り。彼らは、御言葉の通りに仮庵の祭りを行いました。ヌンの子ヨシュアの時代から1000年、イスラエルが自発的にこの祭りを行ったことはありませんでした。やっと!神の御言葉の通りに行うことができた!全イスラエルが歓声を上げて喜びました。仮庵のリバイバルです。私たちは、御言葉と真剣に向き合う時間が必要です。御言葉に向き合うことなしに私たちが真に神の力を体験することはありません。御言葉が、あなた自身のものとなる経験を。御言葉を行うことができる喜びを。神の力があなたに現れる喜びを。あなたにとっての仮庵のリバイバルを体験してほしい。これが主なる神の願いなのです。