一切の金銭を持たずに
イエスが12弟子を遣わされた時、次のように命じられています。
「帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。」
要するに、お金を1円も持たずに行って来なさいというのです。
常識的に考えれば、お金を持たずに旅に出るというのは無謀といえます。
しかも、日帰りではなく泊まり込みです。
なぜそのような、無謀な命令をイエスは命じられたのでしょうか?
行った先々で、食費も含めて、何もかもただで泊まらせてくれる家など
普通にたくさんあったのでしょうか?
たとえば、病人のいる家が医者を呼んだとしたら医者を丁重にもてなすでしょう。
その医者が、自分たちにとって良い事をしてくれるからです。
12弟子たちは、医者ではありませんでしたが非常に良いものを与えに行っていたのです。
そこには、病気のいやしや悪霊の追い出し、死者の生き返らせもありました。
もし弟子たちが、自分の家の病人をただちに癒したらどういう反応が返って来るでしょうか?
そうです、家族はとても喜び弟子たちを丁重にもてなすはずなのです。
弟子たちはお金は何も持って行きませんでしたが、お金とは比べ物にならないような
素晴らしい良いものをもって、出て行っていたのです。
それは病の癒しであり、悪霊の追い出しであり、死者の生き返らせなどでした。
そして忘れてはならないのは、「天国は近づきました」という救い主到来の福音でした。
イエスは弟子たちに、金銭を持って行くことを禁じられましたが
それは「福音とそれに伴う奇蹟」が、お金とは比べ物にならない程の
価値あるものだということを、知らしめるためでした。
その価値は、宿泊滞在費とは比べることのできない程高価なものだったのです。
ですから、福音を伝えそれに伴う奇蹟を行いさえすれば
滞在の費用のことなど、心配することはなかったのです。
参考:
当時の貨幣の一覧表
【今日の聖書】
帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。
マタイによる福音書 10章9節