教会よりお知らせ Announcement

去る2022年10月24日、私達の教会の牧師である、愛する冨岡幸恵先生が、この地上でのよき戦いをおえて天に凱旋されました。10歳のときに神さまから伝道師になりなさいとの声をきき、まっすぐに主を見上げ、右にも左にもそれることなく主に忠実に歩まれた62歳の生涯でした。そしてその生涯は、主の愛を私たちに伝え続けた人生でもありました。
On October 24th, 2022, our beloved Pastor, Yukie Tomioka, went to heaven after having a good fight on earth. When she was 10 years old, God told her to become an evangelist, and since then, her walk with our Lord was faithful, always seeking the Lord, without turning left or right. She also continued to convey to us the love of Jesus Christ throughout her life.

以下に、10月26日に執り行われた告別式のメッセージを掲載いたします。これまでお祈りくださった皆様方に、誠に感謝申し上げます。主の豊かな御恵み、祝福がありますよう、引き続きお祈りさせて頂きます。

つくばキリスト福音教会


お祈りします。
愛する天の父なる神様。あなたさまの大いなるみなをほめたたえます。あなた様こそ大いなるおかた、天と地と海とその中のすべてを作られ、御子イエス様のとうとい血潮で私たちの全ての罪を洗い清め、罪を許してくださったことをありがとうございます。今朝は冨岡幸恵先生の告別式をとりおこなわせていただきます。これからの祈りと感謝のひとときをすべて、あなたさまのみ手におゆだねますので、どうぞこの礼拝を導いてください。

この祈りを主イエスキリストのみなによって御前におささげします。アーメン

では、賛美をおささげしましょう。「カルバリ山の十字架」です。この賛美曲は、冨岡先生が10月9日の最後の礼拝メッセージをされたときにも賛美された賛美曲です。

カルバリ山の十字架>(外部リンクに飛びます※音が鳴ります)

みことばをお読みします。

人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。」

ルカの福音書 19章10節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

人の子というのは、イエスさまのことです。イエスさまは、失われたものを探して救うために来たと言われました。この御言葉を、冨岡先生は9月25日と、10月2日の、2回の日曜の礼拝で解き明かしをくださいました。

冨岡幸恵牧師は、2022年10月24日、よき戦いをおえて天のみくにに凱旋されました。天のみくにに帰る直前の9月25日と10月2日の2回、この御言葉をお聞かせくださったということは、この御言葉をどれほど大切に思っておられたかということだと思います。

冨岡先生は9月25日には、「イエス様は失われたものを探し出して救うためにこられました。そして私たちも救われました。本当に感謝なことです。」と語られ、続けて高校生の時にイエス様を信じて救われ、イエス様は3つのことを言ってくださったということを伝えてくださいました。

その3つとは、

一つ目は、イエス様は祈りは聞いていると言ってくださったということです。そしてイエスさまの心にかなうものは全部叶えてあげるといわれたとのことでした。

二番目は、聖書の御言葉は全部、本当だという事です。

そして三つ目は聖書の福音を伝えなさい、ともかく伝えなさいと言われました。その人が聞こうと聞くまいと、福音を伝えなさいと言われたことです。

冨岡先生は、「私は当時、とても恥ずかしがりでシャイでしたので、あまり伝えていなかったのですが、「わかりました。イエス様、福音をに伝えます、人が聴いてもきかなくても伝えます」と言ったときに、最後に言われたのは「人が受け入れようが受け入れまいが、それはあなたの責任ではないのです。とにかくあなたは伝えなさい」と言われて、それ以来、私はそのように心がける伝道者になりました。」とのことでした。

ほんとうにその生涯は、イエスさまにささげた生涯でした。冨岡先生は、福井県小浜市のご出身で、10歳のときにイエスさまの声をきいて伝道者となる決意を与えられました。

その後、静岡県立大学の薬学部を卒業し、淀川キリスト教病院で薬剤師として勤務されました。白方誠彌先生はじめ多くのみなさまとの出会いをそのときにいただいたと聞いています。その後、神さまのみちびきでアメリカにわたり、コロンビア聖書神学校、トリニテイ神学校で学んで帰国されました。帰国後も、薬剤師として勤務するかたわら、神さまのみこころに忠実に、つくばの地で「つくばキリスト福音教会」を開拓し、福音を伝え続けてこられました。

その冨岡先生のあゆまれた道筋は、2022年7月31日「イエスさまと歩んだ日々」という題で、日曜の礼拝メッセージでお語りくださっていますが、まさに「人が受け入れようが受け入れまいが、それはあなたの責任ではないのです。とにかくあなたは伝えなさい」と言われたイエスさまの言葉に忠実に、福音を伝え続けてこられました。

冨岡先生は2022年春にガンとわかり、7月には京都のホスピスに入院されました。それからの3か月、病床にあっても礼拝メッセージを送り続け、私たちを祈りでみちびき励まし続けてくださいました。

冨岡先生は礼拝メッセージを通じて、またその忠実な生き方を通じて、私たちに、イエスさまを自分の主として受け入れ、神さまの大きな愛のなかで、神さまに従うものとしていきることのすばらしさを伝え続けてきてくださいました。私はキリスト者医家連盟というクリスチャン医療者の集まりで冨岡先生にお引き合わせいただいたのですが、ほんとうに火の玉のように熱くまっすぐに神さまに仕えてこられた姿を見せていただいてきました。

2022年10月2日の礼拝メッセージでは、同じ聖書箇所であるルカ19章10節、

人の子は、失われたものを捜して救うために来たのです

を引用され、二つのことを教えてくださいました。ひとつは、イエス様の第一の目的は、救われたものを探し出す、そして救うということですが、「では、救われる人はどこに居るのかというと、どこにでもいる、ということが、今日のこのメッセージを通して分かります。」と語り、ご自身の体験を通じて、まさかこの人は救われないだろうと思っていた人が次々と救われたということを証されました。

そして二つ目、これもとても大事なことですが、「私たちは、私たちの力で変わることができるのではない」ということです。

ルカ19章10節のこの御言葉は、イエス様がユダヤの街で、ザアカイという、取税人と当時呼ばれた人の頭に声をかけて救われたという話の中に、その話のしめくくりとして出てきます。イエス様はザアカイが納税者のお金を盗んでいたということや、いろんな過去をご存知です。そのうえで、ザアカイを探して救ってくださいました。

同じように、イエスさまは私たちのすべてのことをご存じで、その上で私たちを探して、私たちのところに来てくださって、救ってくださるのです。

つまり、私たちは自分で変わることができると思っても変われないところを、イエスさまがともにいてくださる。冨岡先生はここのところを「一人で伝道するというように考えなくても、イエス様が共にいてくださり、イエス様の力は本当だということを教えてくださって、私たちは伝道してゆくのだということを覚えたいと思います。」と言われました。

そしてマルコ16章15節の「それから、イエスは彼らに言われた。全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい」を引用され、伝道や宣教は、イエスさまの御霊の力によってなされるということを覚えて、いつでも希望を持って伝道して行きたいと語られました。

最後のメッセージは、2022年10月9日でした。第1コリント13章13節から「こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です」とお伝えくださいました。まさに、冨岡先生のこの世での人生は、信仰と希望と愛に満ちたものでした。

残された私たちには、寂しい思いもあります。しかし私たちクリスチャンは「人は死んでも生きる」と信じています。イエスさまが復活されたからです。ですから、私たちは死を悲しい出来事とはとらえません。私たちは神さまによって造られ、この地上の時を与えられ、時が来れば天に召されるという希望を与えていただいています。

イザヤ55章9節をお読みします。

天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。

イザヤ書 55章9節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行

7月31日の礼拝メッセージで、冨岡先生はこの御言葉から、3つのことをときあかしてくださいました。1つ目は、神様の思いはを私達は全てを見極めることはできない。2つ目は、神様の言われたことは必ず実現する。3つ目は、主のご計画、御思いは、私達の思いを超えて本当に素晴らしい、ということです。

このことのわかりやすい例として、冨岡先生はコーリー・テン・ブームの隠れ家にある刺繍の話をなさいました。私たち人間は刺繍の裏側からしか見えませんが、裏も表も見ておられる神さまは、私たちには想像もつかないようなすばらしい人生を織りなしてくださっている、という話でした。

聖書には、神さまの高い思いに従い、神さまのご計画をなしていった人たちのことがたくさんしるされています。モーセも、ヨシュアも ペテロもそうでした。 

冨岡先生も神さまの高い思いに忠実にきき従い、神さまのご計画をなしてゆく人生を送られました。私たちも冨岡先生にならい、生きている限り、天のみくにに迎えられるその日まで、福音を伝え、神さまの思いに忠実にあゆませていただきたいと願います。

お祈りします。
天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
愛する天の父なる神様、今夜、冨岡幸恵先生の告別の礼拝をささげることを許され、ありがとうございます。
神さまの御言葉は真理であり、いのちの御言葉です。そこに聞き従うとき、その御言葉はずっと私たちのうちに残り、私たちの生きる指針を与えてくださいます。
御言葉にいつもより頼み、御言葉は、イエス様の真理は、いのちは、何と言っているのかを、私たちが聞いてゆくことができるように助けてください。
冨岡幸恵先生をあなたさまが天のみくににお連れくださり、あなたさまに限りない喜びの賛美をささげさせてくださっていますからありがとうございます。冨岡先生があなたさまに忠実に仕えてこられたそのよき行いに、あなたさまが天のみくにで豊かにむくいてくださいますように、また今日ここに集われたみなさまのうえに、また残された弟さまご家族のうえに、あなたさまの慰めとゆたかな祝福がありますように、愛する主イエス様の御名よってお祈りします。アーメン。 


神のことばをあなたがたに話した
指導者たちのことを、覚えていなさい。
彼らの生き方から生まれたものをよく見て、
その信仰に倣いなさい。


ヘブル人への手紙 13章7節

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です