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祈祷会メッセージとお祈りの課題

神様が目を留めて下さる神殿

だれでも、あなたの民イスラエルがおのおの自分の心の悩みを知り、この宮に向かって両手を差し伸べて祈るとき、どのような祈り、願いも、あなたご自身が、あなたの御住まいの所である天で聞いて、赦し、またかなえてください。ひとりひとりに、そのすべての生き方にしたがって報いてください。あなたはその心を知っておられます。あなただけがすべての人の子の心を知っておられるからです。
I列王記8:38-39

列王記第一に入りました。列王記にはその名の通り、イスラエルの代々の王たちの記録が残されています。列王記の初めは、ダビデからソロモンに王位が移っていくところから始まります。ソロモンの治世はイスラエルの国の歴史で最も平和な時であったかもしれません。また間違いなく最も栄えた時でした。6章からソロモンは神殿建設に着手します。神殿の構造は、モーセの時代に造られた会見の天幕と相似形になっていますが、大きさは比較にならないほど大きく、また持ち運びできないものとなりました。神殿が建てられた場所はユダヤの伝承によれば、アブラハムがイサクを捧げようとしたモリヤの山(創世記22章)、ダビデが自分の罪のために買い取ったアラウナ(オルナン)の打ち場(IIサムエル24章、I歴代21章)と同じ場所であると言われています。

神殿が完成した時にソロモンは神様にいけにえを捧げて、祈っています。今でいえば献堂式を行っているのです。この祈りはとても長い祈りですが、とても内容の濃い祈りです。ソロモンはとても大きな神殿を建てましたが、神様はもっと大きなお方なので、このように大きな神殿を建ててもお住まいにはなれないだろうと祈っています(8:27)。完成した大きな神殿を目の前にしながらソロモンの祈りを聞いていた民は、神様の大きさに愕然としたことでしょう。この神殿もとても大きいけれど、神様はもっと大きいのかと視覚的にも味わったことと思います。しかしソロモンは、この神殿に神様が目を留めて下さって、民が神様を覚えて神殿に向かって祈る祈りを聞いてくださるように求めています。この神殿は神様がイスラエルにおられるという象徴であり、神様がイスラエルの民に目を留めて下さっていて、祈りを聞いてくださることの象徴なのです。実際、この神殿はイスラエルの礼拝と祈りの儀式が毎日行われる場所となり、神様の律法、言葉が熱心に語り告げられる場所となります。それらの儀式の中心はあくまで神様です。神様が目を留めてくださっているからこそ、全ての儀式には意味があります。ですからソロモンは神様が常にこの神殿に目を留めていてくださるように祈っています。

またソロモンは、その同じ祈りの中でイスラエルの民の責任についても言及しています。神様の祝福はご利益宗教的な物ではありません。心はともかく、やることやればもらえるというような自動販売機的なものでもありません。神殿に向かって祈る民の心に、果たして本当に神様を第一とする心があるのかどうかという事も大事なことです。神様を信頼していないのに、神様に祈るというのは普通はできないことです。ソロモンは全ての人の心の中をご覧になる神様が、その心に応じて報いてくださるように祈っています。また神様に背いたことのない人はいないという事もソロモンは分かっていて、罪の赦しをも祈り求めています(8:46)。民が心から悔い改め神様に祈る時に、神様が赦して下さるようにと祈っています。

ソロモンの祈りに対する神様からの返答は9章の初めに記されています。神様はソロモンの祈りを聞き入れ、この宮を神様の名を置く場所、神様が昼も夜も目を留めてくださる場所、民の祈りを聞かれる場所としてくださることを約束してくださっています。今日、この神殿は失われていますが、イエス・キリストの御名によって信じる者のうちに神様はこの神殿を建てて住んでくださっています(IIコリント6:16参照)。ですから私たちが心から神様を求め祈る時に、神様は私たちの祈りを聞いてくださいます。感謝していつも神様の言葉に聞き、祈りたいと思います。

お祈りの課題

  • 昭島教会に集う方々、ご家族のために
  • 4, 5月に新しく来られた方々、久しぶりに来られた方々のために
  • 教団の3人の神学生のために
  • 宣教師の先生方のために
  • 川越教会のために