1/4 出エジプト記15:1-21 「感謝して主を賛美しましょう」

導入

 私たちは毎週礼拝や祈祷会、日々の生活の中などで主に賛美をささげます。今日の出エジプト記のなかでも、主に感謝と喜びの賛美をささげています。そして賛美の大切さを教えてくれています。そのことを読み進める中で、味わってまいりましょう。

 イスラエルの民は、400年というエジプトでの奴隷生活から、神様の10の災いにより、全員でエジプトを脱出することができましたが、荒野を行き、海辺で宿営している時、考えを変えて追って来たエジプトの軍勢に追いつかれ、危機的な状態に置かれました。しかし神様のご臨在である火と雲の柱に守られ、水が分かれ、海の真ん中の乾いた地面を進み、後を追って来たエジプト軍は海にのまれ全滅してしまいました。神様の偉大な御力を見て、主を畏れ、主とそのしもべモーセを信じ信頼しました。そして感謝して主を賛美しました。

本題

15章1節から21節の今日の部分は、神様ご自身がイスラエルの民を栄光をもって救い出されたことを、モーセとイスラエルの子らが、褒めたたえ、賛美する一つの歌となっています。アロンの姉とここで紹介されていて、モーセの姉でもあるミリアムが女性たちを率いて、繰り返しの賛美として、神様を賛美しました。

 この歌は神様を賛美する歌で、主に向かって歌われ主が賛美の中心でした。モーセとイスラエルの民はその時喜びに満たされ、心は神様に対する大きな喜びと賛美の心であふれていました。それは主が民のために栄光ある勝利を収められたからでした。主は奇跡的にエジプト軍を海の水を戻し、敵の「馬と乗り手を海の中に投げ込まれ」全滅させました。そしてイスラエルの民がエジプト人に再び捕らえられ奴隷とされることから栄光をもって救い出されたのです。これはイスラエルの歴史上最大の贖いの日でした。 それゆえ、主は褒めたたえられ、あがめられたのです。

2節では、誉め讃えることがふんだんにありました。主は常に信仰者と共にいてくださり、主のご臨在こそが、常に信仰者の心に歌を湧き出させます。

 「私の力」であり「ほめ歌」である主がたった今、紅海で奇跡を起こして民を救い出し、敵を滅ぼし、奇跡を起こし、敵対するあらゆるものから救い出し、救ってくださいました。主は「私の救いとなられ」、「私の神」であることを実感し、心から「私の神」であることを宣言し褒め称える時でした。「私の父の神。この方を私はあがめる」と彼らが歌ったのは、彼らの先祖アブラハム、イサク、ヤコブが、神様が民と交わした偉大な約束を信じるように教えられていたからでした。また先祖たちの信仰心は強く、神様は彼らを豊かに祝福されたからでした。それゆえイスラエル人は、先祖の神様に従うと誓いました。

 3節から12節の歌でも、神様のご性質のすばらしさ、神様の偉大な御力、救いを讃えました。主はいくさびと、戦士であり、私たちのために戦ってくださり、敵に立ち向かい、あらゆる敵を打ち破り、悪の勢力を打ち負かし、勝利を勝ち取ってくださる、ヤハウェ、契約の神ですと歌います。

 5節で、実際に主はファラオの戦車と軍勢を海に投げ込まれ、補佐官たちを海で溺れさせ、石が沈むように深みに沈められました。それは神様の驚くべき奇跡を起こされたみわざであり、約束通り御民を救ってくださったのです。

 6節では神様のお力をほめたたえ、「【主】よ、あなたの右の手は力に輝き、【主】よ、あなたの右の手は敵を打ち砕き」と歌われています。輝く右手は力の象徴であり、神様の全能のお力を表しています。主の右の手は力強く威厳に満ちていて、エジプトの軍勢を打ち砕き、粉々に砕きました。

 7節では、神の子を愛される神様をほめたたえます。神様はご威光の偉大なお力によって民を救われました。神様はご自分の子たちの敵、御自身に逆らう者たちを打ち倒されました。神の子たちに敵対する者は、ご自身に敵対する者だったのです。神様は御怒りを注がれ、ファラオとその軍勢を藁の切り株のように焼き尽くされました。あたかも彼らの軍隊が藁に過ぎないかのように焼き尽くされたのです。神様のご威光はこれほど輝かしく、燦然として、地上のいかなる強大な軍隊をも焼き尽くされます

 8節の鼻の息とは強い風のことで、「神様の力強い鼻の息」が吹き付け、強い東風を引き起こし紅海を分け、水を積み上げ、荒れ狂い波立つ水を堰のように直立させ、深い水を動かないように固まらせ、堅い絶壁にしたのです。9-10節では欲深い敵の罪と、「剣を抜いて、この手で彼らを滅ぼそう」と言った敵の激しい憎しみ、その高慢と誇りに対し栄光ある勝利をおさめ、神様は敵を「鉛のように、大いなる水の中に沈」めて、民を救われたと歌っています。

 11‐12節で「 【主】よ、神々のうちに、だれかあなたのような方がいるでしょうか。だれがあなたのように、聖であって輝き、たたえられつつ恐れられ、奇しいわざを行う方がいるでしょうか。あなたが右の手を伸ばされると、地は彼らを呑み込んだ。」と、聖なる神さまの奇しいみわざを讃えていますように、神様に肩を並べるものはいません。モーセの歌はその真実な偉大さを鮮やかに褒め称えます。聖なる威厳に満ち、ご自身の栄光に畏れを抱かせ、奇跡を行われるお方です。

 その奇跡とは、主が右の御手を伸ばされ、地は御民の敵を飲み込んだことでした。神様が御民を虐げる者、悪い迫害者たちに裁きを下すのを、人の手で作った偽の神々は誰もはばめませんでした。

 13節で、「あなたが贖われたこの民を、あなたは恵みをもって導き、御力をもって、あなたの聖なる住まいに伴われた」と歌われているのは、神様の栄光ある目的を讃え、それがどのようなことかを語っています。この意味が大切で、それは神様を信じて贖われた人々を神様の聖なるお住まいである約束の地へと神様が導くことでした。神様は民を相続地、約束の地へ、主が御臨在される聖所へ導かれます。約束の地は天国を象徴しています。大切な事実は、これが確かな未来を指し示していることです。そして神の民がその神の偉大な約束に確信を持っていますと宣言しています。その約束は、神様が民を約束の地へ導かれることです。言い換えますと、民が約束の相続地、約束の地、天国という相続を確実に受け取れますと神様が保証され契約を結ばれている確かなことなのです。 

この「神様が贖われたこの民を恵みをもって導かれる」のは、神様の憐れみと神様のご愛によるものです。神様は民を贖うことによって、その憐れみと愛を示されたのです。紅海で敵から救い出し、奴隷の束縛から完全に解放されたのです。神の民は神の憐れみと愛を信頼できますから、心からの賛美へと導かれたのです。「御力をもって、あなたの聖なる住まいに伴われた」とありますように、神様は憐れみと愛によって、民が約束の地に至るまで導き続けてくださいます。

 このイスラエルの民と同じように、いかなる敵も、神様が私たちを天の約束の地へ導くことを決して阻むことはできません。神様は日々私たちを守り導き、天の故郷、天国でお迎えになる時まで守り導いてくださいます。私たちも、このような素晴らしい神様を賛美しない理由はありません。

 ミリアムの歌によって神の民の女性たちが賛美と踊りへと導かれました。ミリアムはモーセの姉であり、幼子だった彼を愛情深く世話した姉でした。アロンの姉でもあり、神の代弁者として神に召された女預言者ミリアムがタンバリンを手に取ると、女たちもみなタンバリンを持ち、踊りながら彼女について出て来て主は栄光のうちに勝利され、馬と騎手を海に投げ込まれたことやすべての祝福を、主に向かって歌い褒め称えたのです。

結論

 これまで、神様を賛美することを中心に読み進めてきました。モーセは荒野でさ迷う中で詩篇90篇14節で「朝ごとにあなたの恵みで私たちを満ち足らせてください。私たちのすべての日に喜び歌い楽しむことができるように」と祈りました。詩篇92篇1‐5節でも主を賛美することを勧めています。少し詳しく見てみたいと思います。その1節に「【主】に感謝することは良いことです。いと高き方よあなたの御名をほめ歌うことは」とありますように、礼拝に集うとき、私たちは喜びをもって神を賛美し、感謝をささげるべきです。「いと高き方」とは、神様が最高の存在であり、全宇宙のあらゆる存在の上におられるということです。

 また4節に、「【主】よあなたはあなたのなさったことで私を喜ばせてくださいました。あなたの御手のわざを私は喜び歌います」とあり、神様が私たちの人生に成し遂げてくださったみわざを喜びをもって、主に感謝を捧げます。神様が私たちのためにしてくださるすべての素晴らしいことによって、私たちは大きな喜びと賛美に満ち溢れます。それによって、大きな声で歌い、喜びの声をあげます。神様が私たちのためにしてくださるすべてのことを賛美し感謝することを、私たちは決して軽んじることはありません。

 また5節で、「【主】よあなたのみわざはなんと大きいことでしょう。あなたの御思いはあまりにも深いのです」と歌い、偉大な主のみわざを、私たちは高らかに賛美します。それと共に、深い神様の御心「御思い」であるご計画をも賛美します。イザヤ55章9節で「天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」と神様は言われますから、私たちは礼拝の中で、神様が私たちの人生において私たちの理解をはるかに超える御計画を成し遂げられる、その偉大なみわざに対して感謝します。  

 このように、主を賛美し感謝することが素晴らしいこととして、ここでも教えられています。それは神様が賛美に値するお方だからです。それは私たち自身のためにも益となります。神様を賛美し感謝するとき、私たちの霊は生き生きとリフレッシュされ、エネルギーを頂きます。神様の変わらぬご愛と真実を思うとき、試練や悪に立ち向かうための励ましをいただきます。すべての必要を満たしてくださり、天の約束の地、天国へと導いてくださる神様の豊かさに目を向けるとき、困難に対する希望と大きな力をいただくのです。神様が私たちの人生に働かれることを感謝するために、日々私たちに成し遂げてくださる驚くべきみわざを思い巡らしてみましょう。それに加えて、神様を賛美し感謝することによって、私たちがいかに神様を信頼し、頼りにしているかを思わされます。なぜなら、私たちの人生の中ですべての益となるものは神からのいただきものだからです。神の家族と共に礼拝に集うとき、神様を賛美し感謝することは私たちにとって素晴らしい恵みですから、この新しい1年も神様からのあらゆる恵みと祝福に感謝して、また出エジプトの救出のように、罪の奴隷から救い出してくださった神様に感謝して、神様を賛美してまいりましょう。

About the author: 東御キリスト教会

Leave a Reply

Your email address will not be published.