モーセの兄アロンと姉ミリアム

出エジプト記12章1節~16節

先週はモーセの生涯を通して、神が選ばれた者には神の計画があり、神が全てのことを通して守り導いて下さることを学びました。今日は、モーセの兄アロンと姉のミリアムについて学びます。

1、モーセの姉ミリアムについて

モーセが誕生したのは迫害の時代でした。男の子が生まれたらナイル川に投げ捨てるようにエジプトの王より命令が出されていました。しかし、モーセの両親はモーセの命を助けようと三か月間モーセを隠して育てました。しかし、それも限界がきて、仕方なくモーセをかごに入れて、ナイル川の岸に置いてくることを決心しました。誰かに拾われて育てられることを願ってのことです。ここにモーセの姉ミリアムが登場します。出エジプト記2章4節「その子の姉(ミリアム)は、その子がどうなるかと思って、離れたところに立っていた。」とあります。そこにエジプトの王の娘が水浴びをしに出て来たところ、モーセの入ったかごを見つけました。7節「そのこの姉はファラオの娘に言った。『私が行って、あなた様にへブル人の中から乳母を一人呼んでまいりましょうか。あなた様に代わって、その子に乳を飲ませるために。』」この時ミリアムが何歳かわかりませんが、非常に賢く勇気のある行動だと思います。ここに彼女の性格が現わされています。彼女の行動によってモーセは実家において安心して実の母親に育てられることになりました。この事はモーセの成長に大きく影響を与えることになりました。この事により、モーセはへブル人をエジプトの苦しみから助けたいという思いを持ったのです。

時がたち、モーセによって男性だけで60万人(女性子供を含めると100万人以上)という大勢の人々がエジプトから旅に出ました。ここで再びミリアムが登場します。出エジプト記15章20節21節「そのとき、アロンの姉、女預言者ミリアムがタンバリンを手に取ると、女たちもみなタンバリンを持ち、踊りながら彼女について出て来た。ミリアムは人々に応えて歌った。『主に向かって歌え。主はご威光を極みまで現わされ、馬と乗り手を海の中に投げ込まれた。』」これはモーセとイスラエルの民が紅海を渡った後、エジプトの軍隊も紅海に入り、波に呑まれて全滅したことを歌った箇所です。この個所を通して、モーセの姉ミリアムは女預言者としてイスラエルの民の中で、認められた存在であることが分かります。

ミリアムは女預言者としてイスラエルの民に大きな影響力を持っていたと考えられます。しかし、モーセの登場によって彼女の立場は変わりました。モーセがイスラエルの民のリーダーとなり、イスラエルの民は彼のことばに従って行動するようになりました。姉のミリアムにとって弟のモーセが自分より神に用いられることに我慢が出来なくなりました。ミリアムは弟のモーセに嫉妬し、アロンを巻き込んでモーセを批難しました。民数記12章1節「そのとき、ミリアムとアロンは、モーセが妻としていたクシュ人(エチオピア人)の女のことで彼を批難した。モーセがクシュ人の女を妻としていたからである。」とあります。しかし問題はクシュ人の女性との結婚ではありません。2節「彼らは言った。『主はただモーセとだけ話されたのか。われわれとも話されたのではないか。』主はこれを聞かれた。」とあります。しかし、モーセは二人に対して黙っていました。3節「モーセという人は、地上のだれよりもまさって柔和であった。」とあります。5節~9節「主は雲の柱の中にあって降りて来られ、天幕の入り口に立って、アロンとミリアムを呼ばれた。二人が出て行くと、主は言われた。『聞け、わたしのことばを。もし、あなた方の間に預言者がいるなら、主であるわたしは、幻の中でその人にわたし自身を知らせ、夢の中でその人と語る。だがわたしのしもべモーセとはそうではない。彼はわたしの全家を通じて忠実な者。彼とは、わたしは口と口で語り、明らかに語って、謎では話さない。彼は主の姿を仰ぎ見ている。なぜあなたがたは、わたしのしもべモーセを恐れず、批難するのか。』主の怒りが彼らに向かって燃え上がり、主は去って行かれた。」とあります。神にとってモーセが特別な存在であることが宣言されています。この後、ミリアムは重い皮膚病になりました。アロンは驚いてモーセに彼女のために祈るように頼みました。モーセが神に祈りましたが、神は、ミリアムを七日間宿営の外で過ごすように命じられました。この出来事は、私たちに「謙遜」ということを教えます。ミリアムは女預言者としてイスラエルの民に尊敬されていました。しかし、イスラエルの民が弟のモーセに従うことを快く思いませんでした。自分が年上であり、姉という立場もあり、彼女の心に嫉妬が生まれたのでしょう。彼女がもし、謙遜であれば、弟のモーセが神に用いられることを喜び、喜んでモーセを助けたでしょう。しかし、それが出来るほど彼女は謙遜ではなかったということです。それに比べ、モーセはこの事に一言も反論しませんでした。聖書はモーセのことを「地上のだれにもまさって柔和であった。」記しています。それはモーセが謙遜を身に着けていたということです。兄や姉にとって自分より年下の弟や妹の能力を認めることは難しいことかもしれません。また、会社において、自分より年下の者に仕えることはプライドもあり難しいことです。そこに、私たちが「謙遜」を学ぶことの大切さがあるように思います。箴言15章33節「謙遜は栄誉に先立つ」とあります。

2、モーセの兄アロン

神はモーセを選び、エジプトに行きエジプトの王と交渉し、へブル人をエジプトから助け出すように命じられました。しかし、モーセは「口が重く舌が重いのです」と自分の欠点を上げて、神の命令を拒みました。神はそれを聞いて、兄のアロンを遣わすと約束してくださいました。アロンはモーセと共にエジプトに行き、モーセを助けてエジプトの王と交渉しました。その後、アロンはモーセと共に荒野へと旅を続けました。

モーセがシナイ山に神のことばを受けるために上って行ったとき、モーセは後のことをアロンに任せました。しかし、モーセが中々、山から下りて来ないので、イスラエルの民は不安になり、アロンに神々を作るように懇願しました。アロンは人々から金の耳輪を集めて、金の子牛を作り「これがあなたがたをエジプトの地から導き上って、あなたがたの神々だ。」

と宣言しました。それを知り神はモーセに山を下るように命じました。モーセはイスラエルの民が食べたり飲んだりして戯れているのを見て怒り、神のことばが書かれた十戒の石の板を砕いてしまいました。この罪によりイスラエルの民三千人が倒れたとあります。この事はモーセのとりなしの祈りによって収められ、モーセはもう一度、十戒の石の板を神より授かりました。アロンはこのような大きな失敗を犯しましたが、神は彼を赦し、アロンの家系が祭司の家系とされ神殿に仕える者として選ばれました。アロンの失敗は、人間の弱さを表しています。ローマ総督ピラトも、イスラエルの民の声に押し切られて、イエスが無実の罪であるのに、死刑の判決を下してしまいました。ペテロも召使の女性のことばを恐れて、イエスを知らないと言ってしまいました。私たちはこのような失敗を犯しやすい弱い者です。しかし、神は私たちの弱さを知っておられ、悔い改めと赦しの恵みを与えてくださいました。神は、一度の失敗で私たちを退けることなく、自分の罪(失敗)を認めて悔い改めるならば、必ず、やり直すチャンスを与えて下さるお方です。それゆえ、私たちは安心して神に仕えることができるのです。