心と体が疲れていませんか

 2026年5月号

4月に入学、就職された方は、一カ月が過ぎて疲れが出る頃ではないでしょうか。環境の変化に適応するのが得意な人もいれば、苦手な人もいます。友達を作るのが得意な人もいれば、苦手で孤立や孤独を感じている人もいるでしょう。

私が初めて会社に就職した時、上司と性格が合わず、苦しい思いをしました。会社に行くたびに、上司に怒られ、怒鳴られる日々が続きました。次第に会社に行くのが苦しくなり、体調を壊すようになりました。会社に行かなければ、頑張らなければという思いはありましたが、上司に怒られると、自分の存在を否定されているようで、耐えられなくなりました。心が疲れ、会社に近づくにつれて、気分が悪くなり、会社に行けなくなってしまいました。そこで、会社を辞めてしばらく心を休めることにしました。

会社を辞めて、二カ月ほどゆっくりしながら仕事を探しました。そして次に入社した会社は、小さな会社でしたが、喜んで私を受け入れてくれてくれました。そして、「あなたがいてくれて助かる」と言われ、周りから必要とされることに喜びを感じました。

苦しみを乗り越えて、成長する人もいますが、我慢をしすぎて心の病になる人もいます。人それぞれ性格が違います。無理を続けると、どこかで体に変調が起こり、生きる希望を失うこともあります。そんな時は、少し休んで、自分自身の心を休める時が必要です。聖書のことばの中でイエス様が群衆に語られた有名なことばがあります。マタイの福音書11章28節~30節「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」「くびき」とは、馬と馬を繋ぐ道具です。くびきを負うとは、イエス・キリストと共に人生を歩くということです。

イエス・キリストと出会う前は、自分の力、知恵に頼って生きていました。明日のことも分からないのに、先の事まで心配し、自分の生活は自分で稼いで生きなければならないと考え、一生懸命がんばって生活していました。しかし、教会に来て、イエス・キリストと出会ってからは、自分の力ではなく、神に生かされていることを学びました。神を見ることは出来ませんが、イエス様を神の子と信じる者と共に神がおられると聖書に約束されています。その約束のことばを信じる時、私たちの心は本当の安らぎを得ることが出来るのです。