士師記6章11節~16節
7月は旧約聖書の士師記から学びます。モーセによってエジプトから助け出されたイスラエルの民は、神への不信仰のゆえに40年荒野をさまよい歩きました。そして、もう一度カナンの地に近づいた時、モーセは天に召され、新しくヨシュアがイスラエルのリーダーとして神に選ばれました。ヨシュアによって導かれたイスラエルの民はヨルダン川を渡り、カナンの住民と戦い、その地を占領することができました。しかし、彼らは完全に異邦の民を追い出すことが出来ませんでした。神はモーセを通して、カナンの民族を滅ぼし、彼らと交わってはならないと命じられました。しかし、彼らがカナンの地に定住する時、異邦の民と関係を持ち、彼らの神々を礼拝する者となってしまいました。その背後には、イスラエルの民族が遊牧民族から農耕民族に移行するために必要な事だったのかもしれません。イスラエルの民は現地の住民から作物を作る方法を学ぶ必要があったのです。
イスラエルの民が神から離れ、偶像礼拝をする時、彼らは神の守りを失い、周りの国々から攻められ苦しめられました。彼らがイスラエルの神に助けを求めると、神は士師(神によって選ばれたリーダー)によって、外国の民を追い出し、神の祝福を取り戻しました。しかし、彼らが豊かになると、彼らは偶像礼拝を再び行い、神の祝福を失いました。すると、また外国の民に攻められ苦しみを受けました。するとまた彼らは神に助けを求めました。神は彼らをかわいそうに思い、士師を遣わし、外国の民を追い出しました。イスラエルの民はこの事を繰り返し、さらに国が乱れていきました。士師記の最後21章25節「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと見えることを行っていた。」とあります。彼らは自己中心、自分の欲望を満たすための社会を作り出してしまったのです。
- 神に選ばれたギデオン(士師記6章)
6章1節「イスラエルの子らは、主の目に悪であることを行った。そこで、主は七年の間、彼らをミディアン人の手に渡された。」とあります。具体的にどのような悪を行ったのかはわかりませんが、偶像礼拝を行っていたと考えられます。神の守りを失った彼らは、ミディアン人に苦しめられました。11節「さて主の使いが来て、アビエゼル人ヨアシュに属するオフラにある樫の木の下に座った。このとき、ヨアシュの子ギデオンは、ぶどうの踏み場で小麦を打っていた。ミディアン人から隠れるためであった。」とあります。ミディアン人を恐れて隠れていたギデオンに主の使いが言いました。12節「力ある勇士よ、主があなたとともにおられる。」ギデオンはそれを聞いて喜んだでしょうか。13節ギデオンは御使いに言った。「ああ、主よ。もし主が私たちとともにおられるのなら、なぜこれらのすべてのことが、私たちに起こったのですか。『主は私たちをエジプトから上らせたではないか』と言って、先祖が伝えたあの驚くべきみわざはみな、どこにあるのですか。今、主は私たちを捨てて、ミディアン人の手に渡されたのです。」ギデオンは現状を見て、主がともにおられるという主の使いのことばを信じることが出来ませんでした。14節「すると、主は彼の方を向いて言われた。『行け、あなたのその力で、あなたはイスラエルをミディアン人の手から救うのだ。わたしがあなたを遣わすのではないか。』」彼は主の使いの言葉に喜んだでしょうか。15節「ギデオンは言った。『ああ、主よ。どうすれば私はイスラエルを救えるでしょうか。ご存じのように、私の氏族はマナセの中で最も弱く、そして私は父の家で一番若いのです。』」ギデオンは現実から自分を見て、主の使いの言葉を信じることが出来ませんでした。私たちもそういうことが無いでしょうか。神のことばよりも現実の方が確かに見える時があります。16節「主はギデオンに言われた。『わたしはあなたとともにいる。あなたは一人を討つようにミディアン人を討つ。』」17節「するとギデオンは言った。『もし私がみこころにかなうのでしたら、私と話しておられるのがあなたであるというしるしを、私に見せてください。』」ギデオンは自分と話しているのが本物の主の使いかどうかしるしを求めました。この後もギデオンは神にしるしを求めています。その事は、彼の弱さであり、慎重な性格を表していると思わされます。その方が主の使いであることが分かるとギデオンは主のために祭壇を築いたとあります。
34節「主の霊がギデオンをおおったので、彼が角笛を吹き鳴らすと、アビエゼル人が集まって来て、彼に従った。」とあります。さらにマナセ族、アシュル族、ゼブルン族、ナフタリ族も集まってきました。ここでギデオンはまたも、神にしるしを求めました。初めは「一匹の羊を打ち、その場に置き、羊の毛だけに露が降りていて、土全体が乾いていたなら、神がイスラエルを救うことを信じます」というしるしでした。神はそのようになされました。ギデオンはさらに神にしるしを求めました。ギデオンの慎重な性格が現わされています。今度は、羊の毛だけが乾いていて土全体に露が降りるようにしてくださいと願いました。神はギデオンの願い通りにされました。
7章で、ギデオンのもとに多くの兵士たちが集まりました。しかし、神はギデオンのもとに集まった兵を見て多すぎると言いました。その理由は、自分たちの手でミディアン人を倒したと誇るといけないからだと神は言われたのです。そこで、ギデオンが恐れる者は帰るように呼びかけました。すると二万二千人が帰り、一万人が残ったとあります。兵が多い方が安心です。しかし、ギデオンは神のことばに従いました。すると二万二千人が帰り一万人がのこりました。この時点で一万人が残り、ギデオンはほっとしたかもしれません。しかし、神はまだ多いと言われました。ギデオンは神のことばに従い兵士を水辺に連れてきました。そこで、犬が水を飲むように顔を水につけて水を飲んだ者と手で水を汲んで飲んだ者に分けられました。神は手で水を汲んで飲んだ者三百人でミディアン人をあなたの手に渡すと言われたのです。三万人の兵士が集まったのに、神が選ばれたのは三百人の兵士でした。しかし、ギデオンはこの三百人でミディアン人に戦いをいどんだのです。三百人がそれぞれ、百人の組に分かれ、左手にたいまつを持ち、右手に角笛を持ち、一斉に壺を打ち砕き、角笛を吹き鳴らしました。ミディアン人は突然の奇襲に混乱し、大軍に攻められたと錯覚し同士討ちを行い、ある者は逃げ出しました。ギデオンの大勝利です。
士師記8章22節「イスラエル人はギデオンに言った。『あなたも、あなたの子も、あなたの孫も、私たちを治めてください。あなたが私たちをミディアン人の手から救ったのですから。』」イスラエルの民はこの勝利を喜び、ギデオンに王になってくださいとお願いしました。23節「しかしギデオンは彼らに言った。『私はあなたがたを治めません。また、私の息子も治めません。主があなたがたを治められます。』」と言いました。賢明な答えです。この度の勝利はギデオンの力でも知恵でもありません。彼は自分を誇らず、神があなたがたを治められますと謙遜に答えました。しかし、次のことでギデオンは大きな罪を犯してしまいました。24節「ギデオンはまた彼らに言った。『あなたがたに一つお願いしたい。各自の分捕り物の耳輪を私に下さい。』殺された者たちはイシュマエル人で、金の耳輪を付けていた。」とあります。ギデオンは金の耳輪やその他の金の飾りを受け取りました。その金の重さが千七百シェケルとあります。金額にすると約一億円の価値があるそうです。彼はその金でエポデ(祭司服)を作り、彼の町オフラにそれを置いたとあります。イスラエルの民はそれを慕って淫行を行ったとあります。そのエポデがギデオンの勝利のしるしとなり、また、金で飾られていたため、人々が神のように礼拝したという事です。そのエポデを慕ってイスラエルの民が偶像礼拝を始めたのです。この事はギデオンとその一族にとって罠となったとあります。それは、彼の一族に禍をもたらしたということです。
ギデオンは神の助けによって素晴らしい働きをしました。しかし、彼が作ったエポデが彼の家族に禍をもたらせました。その事は9章に記されています。神に選ばれて最期まで神のことばに従うことは難しいことです。サウル王もソロモン王も晩年、神の祝福を失ってしまいました。モーセやヨシュアのように最後まで、神に従い神の祝福のもと地上での最後の時を迎えたいと思います。